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ヘヴンズブルー:1

 

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい        

     

 第1話 

 

    
 年が明けて間もない頃のある夜。

 成沢 和臣は名前さえろくに覚えていない女を駅へ送るのに苦心していた。

「もう一軒行きましょうよ」

 女は酔いつぶれたふりをしてその日会ったばかりの男 ─── 和臣と一夜を共にすることに決めたようだった。彼女が単なる遊びで和臣に興味がある、というのなら一晩だけ付き合ってもよかったが、どうやらそうではないらしい。

 女は和臣の素性を知っていた。

 和臣の祖父ということになっている高齢の父は官房長官や大臣を歴任した大物政治家だった。政治にかかわる以前から代々素封家で金に貧したことはない。

 そんな父は当然のように愛人をつくり、彼は妾腹の子として出生した。

 高校生の時、愛人だった母は亡くなり、父は彼を手元に置くと言い出したが外聞が悪い。結局、子供のできなかった父の二番目の息子夫婦の籍に入ることで落ち着いた。

 建前は孫であったが、父は成人するまで自分と同居することを頑強に押し通し、おかげで和臣は別に家を構えていた戸籍上の父母とはほとんど言葉を交わしたことがない。

 彼は成人するとすぐに過干渉の父と冷ややかな目つきの正妻から逃れるため、家を出た。

 その際、父はいくつもの不動産を和臣に与え ─── 成沢家の総資産からすると微々たるものだったので意外にも揉めなかった ─── その内のひとつ、ヘヴンズブルーというショットバーで女に引っかかってしまった。

 その日、和臣は実家 ─── 父と正妻の家 ─── に顔を出し、父の昼食に付き合わされた後、正妻から散々見合いを勧められた。彼女曰く、三十過ぎた男がひとりでは一人前に見られない、家庭を持ってこそ社会で認められる ─── のだそうだ。

 和臣はうんざりしながらも拝聴し、家を出てからは目つきがやわらかくなった彼女の機嫌を損ねないように努めた。そのストレスを自分の経営する店で発散しようと、スタッフ相手にくだを巻いているところを女に見初められてしまった。

 女は身内の話をほとんど聞いていた。

 お父様は元代議士さんなんですってね。

 結婚が嫌なんてどうしてですの?

 不動産をいくつも持っていらっしゃるなんてうらやましいわ。

 いいかげん酔いがまわって来ていた彼は、女を振り切れずに話しに付き合ってしまっていた。

 三十前くらいだろうか、水商売系の派手なタイプではなくむしろ地味でまじめそうな女だった。血統が良く、一生働かなくても生活できるほどの資産を持った三十二歳未婚の成沢和臣は、彼女にとって王子様の出現に他ならなかった。

 まずいな、とやっと彼は思い至る。

 このままホテルにでも連れ込まれた日には既成事実ができてしまう。

 案の定、女は少し休みたいなどと言い出し、和臣の黒いコートの腕に自分の手を絡ませた。
 どうしたものかと立ち止まり、女を振り返るとその後ろから見知った少年が近づいてきた。

「……ナオ」
「あれ、臣さん。……あ、どうも」

 女に向けて軽く頭を下げる。

 よく知っているその少年は、彼がオーナーで、さっきまでくだを巻いていたヘヴンズブルーの常連客だった。

 正確に言えばただの常連ではない。

 ナオは店に来る客相手に売春をしていた。

 そういう少年はほかに何人もいて、べつだん珍しいことではない。その子たち目当てに客が増えれば店は繁盛する。

 売春を強要しているわけでもなく、ただ出会う場所を提供しているだけである。ヘヴンズブルーは彼らのことを常連客として扱っていた。

 ナオは和臣に笑いかけると、おやすみなさい、と言ってその場を立ち去ろうとする。

「待て。待てって」

 和臣は女の手から逃れ、ナオのオリーブグリーン色のダッフルコートの袖を掴んで引き止めた。小声でささやく。

「……ちょっとここにいてくれ」
「え、なんで。僕、オジャマ虫になりたくないんだけど」

 つられてナオも小声になる。和臣は必死だった。

「なってくれ。頼む」
「えーっやだよ……」

 ナオの抗議を無視し、和臣は彼の肩を抱いた。和臣より十五センチ以上低いナオはいい具合に腕に納まる。

「悪いけど、今日はこの子と約束してた。今思い出したんだ。なあ?」
「ええと、……そう、です、ね」

 妙なアクセントになった。
 女は不審そうに和臣とナオを交互に見た。

「……どういうことですか?」
「つまりデキてるんだ」

 しれっと言う和臣を女は信用しなかった。

「……冗談でしょう」

 女の方を向いているナオに和臣は不意に口付けた。

 呆然とその光景を見ていた女の肩からバッグが滑り落ちる。ナオはかがんで、それを拾い上げると女に差し出した。

 バッグをひったくるように掴んで女は足早に駅の方向に消えた。

「……何もあそこまでやることないのに」
 夜の十一時もまわり、人通りは少ないとはいえ天下の往来である。

「ああでもしなきゃ、俺の貞操が奪われてたんだぞ。それでもいいのか」
 臣さんの操に興味ないよ、とナオは笑った。

「一回寝たらよかったじゃない。さんざん遊んでるくせに」
「向こうも遊びならな。今回は、マズい」

 かなり身内のことを女に知られてしまった、とナオに手短に話した。ヘヴンで和臣のとなりに女がべったりくっついていたのを見ていたナオはすぐに了解する。

「最初から結婚しか考えてませんって顔に書いてある女とヤるか? ふつう。ヤったが最後、次の日は式場探しだ」

「臣さんにしてはめずらしくヘマったね。身の上知られちゃうなんて」

「まったくだ。しかも、男の顔が円にしか見えない種類の女ときた。自分のバカさ加減がいやになる。……今日、客ついたのか」

 時間も早く、ナオの身なりもひと仕事終えた帰りには見えなかった。 

 くせのある茶色い髪も乱れてはおらず、けだるげな様子もない。

 小さな白い顔にはそばかすがあり、それが彼を売れっ子にはしなかったが目鼻立ちはよく、中でも黒目がちの瞳は清冽でなにも知らない子供のように彼を見せていた。
 
 ─── 金で誰かとベッドを共にするとは考えられないくらい。

 ナオは頭を横に振った。

「今日はもう帰る」
「よし買った」
「帰るって言ってんでしょ。……いいよ、無理しなくて」

「無理じゃない。俺が買うって言ってるんだ。ヘヴンのオーナーの命令だぞ、店に出入りできなくなってもいいのか」
「なにそれ。臣さん酔っぱらってんの?」

 普段の和臣なら冗談でも言うはずのない言葉だった。

「酔ってない」
 酔っぱらいはみんなそう言う。

「ワインと水割りと焼酎だけだ」
「酔っぱらってんじゃない」

 ナオはため息をついた。

「仕方ないな、もう。家まで送ったげる」
「いくらだ。相場でいいのか」
「送るだけだよ。すぐ帰る」
「だめだ。……オーナー命令だぞ」

 ナオは口を開きかけてつぐんだ。あきれたように言う。

「わかったよ。相場でいい」

 歩いたせいで酔いがまわってきたらしい和臣を支えながら彼のマンションにたどり着く。

 瀟洒な高層マンションで最上階に一戸しかない部屋に和臣は暮らしていた。広い大理石の玄関とさらに広いリビングを抜け、モノトーンで統一された寝室のベッドに彼をようやく横にさせた。

 ナオはキッチンへ行き、ミネラルウォーターに氷を入れて再び和臣のベッドに近づく。

「臣さん、水」

 和臣はジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めていた。ナオも手伝い、やっと解いたネクタイをナイトテーブルに置く。

「……口移し」
「は?」

 どうやら起き上がるのが面倒らしい。
 ナオは少し考え込んだが結局、和臣の要望に応えた。

「……嫌だってつっぱねてもいいんだぞ」
「ハルみたいな美人じゃないからね。サービス悪いと客がつかない」

 もう一度、和臣ののどに水を流し込む。

「これで満足ですか、オーナー」
「ここは店じゃない」

「ヘヴンのオーナーとして僕に命令したんでしょ。出入りできなくなったら困るからなんでもするよ。次はストリップでもしましょうか?」

 ナオは軽やかに立ち上がり、和臣からよく見えるように後ずさる。
 ダッフルコートを脱ぎ捨てた。

「おい」
 あわてる和臣に、ナオはふっと笑いかけた。

「うそだよ。冗談。だいたいストリップだってダンスなんだからさ、僕にできるわけないよ。ただ脱ぐだけって言うならいつもと変わんないから、全然できるけど」

「……ただ脱ぐだけのストリップでもやるのかと思ったぞ」
「それでもいいんならやるけど?」

 ごく薄いシャツのボタンに指をかける。

「いや、……悪かった。そんなことはしなくていい」

 和臣は目をつぶり、手の甲をまぶたに押し当てた。

「すまなかった。………実家に行くと気が滅入ってな。たぶん、さっきの女を切れなかったのはそのせいだ。誰でも良くなった。そばにいて欲しくて」

「僕が通りかからなかったら、あのひととホテルでも行ってた?」
「ああ、たぶんな。助かった。……おまえでよかった」

 まぶたから外した手をナオへ差し出す。

「……そばに来てくれ」

 ナオが近寄るとあっという間に腕をつかまれ、ベッドに引き込まれた。
 和臣はしがみつくようにナオの胸に顔をうずめる。

「─── しばらくこうしててくれ。なにもしない」

 目を閉じて、じっとしている和臣はひどく子供っぽく見えた。

「……なにかしてもいいよ」
「いいのか? やる気、ないんだろう。……悪かったな、無理やり連れ込んで」
「連れ込まれたんじゃなくて、送ってあげたの」

 和臣は息を吸い込み、満足そうな顔をした。

「おまえ、いい匂いがするな……」

 急に眠気が襲ってくる。ひとの体温をこれほど心地いいと感じたのはいつ以来だろうか。

 ナオの手が和臣の髪の毛を撫でている。

 和臣はいつの間にか眠りに落ちていた。

  

   

    

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