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ヘヴンズブルー:3

  

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第3話

  

     
 一晩中でも『ハル』の話に付き合うとは言ったものの、無論それだけで事が済むはずもなく。

 ナオは昨日と同じく和臣のベッドの中にいた。二人ともろくに衣服を身に着けていないということだけが違っている。

 隣りで眠ってしまった和臣を起こさぬように、そっとナオは起き上がった。

 ナイトテーブルの上に置いてある封筒に手を伸ばす。─── 厚みに違和感を覚え、中を見た。………八、九、十。十枚。

 相場は大体三万、ふっかけても五万がいいところだろう。多過ぎる。

 ナオの気配に気づいた和臣が身じろぎして起きた。

「……どうした」
「どうした、って……」
「足りないのか?」
「多過ぎるんだよっ」

 和臣は上半身を起こすと、煙草に火を点けた。ゆっくりと煙を吐き出す。

「別に、多過ぎやしない」
「臣さん、相場知らないの? 三枚だよ、三枚」

 和臣が相場を知りすぎるほど知っているのを判っていて、ナオは言う。

「ハルならね、十枚でも足んないって言うかもしんないけど僕は違うの。お安くやんないとリピーター付かないんだから」

 言ってからナオは口ごもった。

(……もっとも、臣さんがリピーターになってくれるわけないけど)

 つまらなかっただろうな、とナオは思う。チビで不細工で色気もなくて ─── きっと、和臣を退屈させてしまった。

 でも仕方がない。自分は、ハルのようにはなれないのだから。

 ナオは封筒から紙幣を七枚抜いて、ナイトテーブルに置いた。
 にっこりと営業スマイルを浮かべる。

「今日はありがとうございました。気が向いたらまた呼んでくださいね」 
「……帰るのか?」

 和臣は驚いて目を瞠った。

「うん。……仕事済んだし、もらうもんもらったしね」

 ナオはバスローブを羽織った。和臣は煙草をぐい、ともみ消し、ベッドを下りようとするナオの袖を掴む。

「待て、……泊まってけよ」

 ナオは営業用とは違う笑みを見せた。

「気ィ使うことないよ。終わったのにそばにいられちゃウザいでしょ」

 やっさしいんだからなあ臣さんは、とナオは心の中でつぶやく。情が深いっていうのかな。

 終わったあと、片手で追い払われるような扱いを受けるのは慣れていた。むしろそうでない方が ─── 先ほどの和臣のように客が眠ってしまったりすることの方が少なかった。

 和臣の安心しきった寝顔を見ているうちにナオも眠気に襲われたが、いけないと思って起き出したのだ。

「気にしないでよ、ね?」
「そうじゃない。……気を使ってるわけじゃない」

 らしくもなく和臣は言いよどむ。なんと言って引き止めればいいか判らなかった。

 ナオは ─── 性格も身体も良かった。有り体に言って気に入ったのだ。

 ナオ自身はなんだか自信なさ気にバスローブを脱ぐのをためらい、ベッドに入ってからも緊張していたが時間が経つにつれて、その細い身体は熱くなり蕩けていった。

 普段の子供っぽい格好や表情からは想像しがたいほど、あえかな声と誘う仕草に和臣は夢中になった。

 しかし、今のナオはあっさりと仕事が終わったから帰ると言う。

 夢中になったのは俺だけか、と和臣は眉をしかめてナイトテーブルに置いてあった紙幣を掴み、ナオに押し付けた。

「今日は泊まっていけ。拘束時間分の金ならやる。それで足りなきゃ明日言え」
「臣さん」

 ナオははだけた胸もとから落ちそうになった紙幣を両手で抱えた。

 『仕事分』の三万円の入った封筒をベッドの上に置き、そっと紙幣を揃える。落ちた一枚を拾い上げ、困ったように笑った。

「お金持ちなのは知ってるけど、こういうのってちょっと嫌味だな。お金で何でもできると思ってるみたい。臣さんに似合わないよ」

 和臣は虚を突かれた。金さえ出せばナオを思い通りに出来ると思っていた。─── これでは男の顔が円にしか見えない女にカモられても仕方がない。

 黙りこむ和臣に、ナオは表情を曇らせた。

「……生意気なこと言ってごめんなさい。怒ったんですか?」
「─── いや」

 怒ってはいなかった。正しく真実を言い当てたナオに驚いていたのと同時に、自己嫌悪に陥っていたのだ。

 否定はしたものの二の句が告げない和臣をナオは心配そうに覗き込んだ。

「……怒ってないから心配すんな」
「うん、……」

 ナオにしてみれば『仕事場』のオーナーの機嫌を損ねるわけにはいかないのだろう。

 出入り禁止にでもなったら外で客引きをするか、よその店を探すしかない。ヘヴンのように寛容な店はそう多くはなかった。

 ナオは揃えた紙幣をおずおずとナイトテーブルに置いた。ベッドの上の封筒を手にしてどうしたらいいか判らないように和臣の様子を伺う。

「─── そうだ」

 『いいこと』を思いついたナオはぱっと顔を明るくした。

「今度さ、臣さんの好みの子、紹介するよ。一週間くらい前からヘヴンに来てるんだけど、すごいキレイな子なんだ。そりゃハルみたいってわけにはいかないけど僕よりずっとキレイだからさ、きっと気に入ると思うよ」

 必死に機嫌を取ろうとするナオを制した。

「……怒ってないって言ったろう」
「うん……そうだけどさ」

 ナオは少しの間もじもじとしていたが、和臣の様子を気に掛けつつリビングを抜け浴室へ向かう。再び寝室に姿を見せた時にはオリーブグリーンのダッフルコートを着込んでいた。

「……それじゃ、おやすみなさい」
「─── ああ」

 寝室のドアが静かに閉まる。和臣はしばらくそのドアを見つめていた。

   

   

    

 二日後。

 定休日を挟んだヘヴンズブルーはなかなか盛況だった。オープン時から混みあい、カウンターもフロアテーブルもボックスもほぼ満席だ。

 壁際にはたくさんの客が立ったり座ったりしている。八時ごろ店に入ったナオは客の多さにため息をついた。

 あまりに混みすぎているときも、がらがらのときもこのシゴトはうまく行かない。

 人が多過ぎるときはたいがいフリの客ばかりだし、そうなると人目を気にして声を掛けてくる客はほとんどいない。

 逆に空いているときに商談などしていると目立ってしまってそれを嫌がる客は多い。

 あきらめて帰るか、それとも外で客引きをするか ─── 真冬の夜はかなりツライ ─── 迷っていると、グラスを手にカウンターの側の壁にもたれている少年を見つけた。

 和臣に紹介すると約束した『キレイな子』である。

 珍しく今日は誰にも声を掛けられていない。

(さしもの美人もこの混みようじゃね……)

 なるべく人にぶつからないようにナオはカウンターへ近寄る。

「レイ」

 ナオに気づいた『美人』は軽く頭を下げた。真っ黒で癖のない髪が揺れる。整った薄めの唇の両端を少し上げ、微笑んだ。ナオはちょっと見惚れる。

(……これなら臣さんだって、落ちる)

 にこっとナオは笑った。

「なに飲んでるの、それ」
「バラライカ。すっごい混んでますね、今日」

「たまにはこれぐらい混まないと、店潰れちゃうからいいんじゃない? ま、仕事にはなんないけどね、……河合さん、僕もレイと同じの」

 カウンターの中に声を掛ける。河合と呼ばれたバーテンはうなずき、手早くカクテルを作り出した。その様子を見つめるナオをレイは不思議そうに眺めた。

 ナオは変わっている。少なくともレイはそう思う。ヘヴンに出入りするようになって二日目、初めて言葉を交わした。

(いくら?)
(えっ……?)

 中学生ぐらいにしか見えない少年に話しかけられて正直、面食らった。しかも内容が内容だ。

(いくらって訊いてるの、きみの値段。それと名前、教えて?)
(あの、レイ……です。えっと、値段は……)

(そういうときは「高いよ」って言うんだよ。せっかくそんな美人なのに安売りしたらもったいないだろ)

 ボックス席の近くでこっちを見ながらにやにやと笑う少年たちがいた。その少年たちが『同業者』で、昨日の夜レイが相場で売ったことを知っているのだ、と気づいた。

 おそらく、仕事が初めてで値を吊り上げることを知らない、と嘲笑しているにちがいない。

 頭に血が上り、ボックス席に向かおうとしたレイの腕を掴んで、ナオはカウンター席に座らせた。

(まあまあ。あの子たちはほっときなよ。レイが美人だから妬いてるだけなんだよ。……そうだなあ、五枚以下で売ることないんじゃない。そんだけきれいだからさ)

(……あなたは?)
(僕? 僕は相場だよー、五枚稼げたらラッキーってカンジ)

(そうじゃなくて、………名前は)
(あっ、ナオ。ナオだよ。よろしくー)

 ニコニコと笑うナオはそんな仕事をしているとは思えないほど、明るく可愛らしかった……。

 それからもナオは何くれとなくレイの世話を焼いた。

 アレはヤーさんだからやめたほうがいい、とか、あいつ縛りたがるから気をつけて、とかヤク中だけは相手にするな、とか ─── さりげないナオの忠告のおかげでレイはヤバい奴に引っかからなくて済んでいる。

(やっぱり、変わってる)

 普通は『同業者』に親切にしたりしないだろう。レイには同じ仕事の少年と仲良くなるなど、考えられない。

 けれどナオは他の少年たちにも、レイにも気さくだ。

 人懐こい笑顔で少年たちの間に入り、意地の悪い噂話を止めさせ、レイをごく簡単に手懐ける。それでいてナオに対する陰口は聞いたことがない。

(まるでトリックスターだな)
 レイは傍らでグラスに口を付けるナオを見つめた。ナオも気づき見つめ返してくる。

 根負けしたのはレイのほうだった。

「……なんですか」
「いやー、キレイな顔だよね、ほんっと感心しちゃう。そういうキレイな子が好みってひとがいるんだけどさ、これから時間ある?」
「ありますけど……」

 ナオは親切だったが、客を紹介してくれたことはない。レイは首をかしげた。

「あ、心配しないで。男でも女でもオッケーってこと以外は変な趣味もないし」
「はあ……」

 それだけでかなり変だ、とレイは苦笑する。

「若いし、男前だし、セレブだし……てか、ぶっちゃけ金持ち? なんだよねー。それもハンパないの。その上メンクイでさー、絶対レイのこと気に入ると思うんだよね、……会ってくれないかなあ?」

「ナオさんの頼みなら」
「よかった」

 ナオは人懐こく笑う。その柔らかそうな髪の毛を撫でたい、とレイは思った。

 その間にも、ナオはフロアマネージャーの牧田を捉まえオーナーの所在を訊いている。

「奥にいると思うよ。さっき来たから」
「ありがと、牧さん」

 ナオはレイのグラスを受け取り、自分の分と一緒にカウンターの河合に渡す。
 ついて来て、と言うナオに従い、STAFF ONLYと書かれたドアの前に立った。

  

           
 

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