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ヘヴンズブルー:2

           

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第2話

        
 冬の陽は落ちるのが早い。その日も暗くなってしばらくしてから、ヘヴンズブルーのイルミネーションが瞬き始めた。

 すぐに客が入る。サラリーマン、OL、学生、あるいはどう見ても成人には達していない客もいる。

 駅から比較的近いのと、階段を下りた半地下の隠れ家のような装いが受けて、いつもそこそこ込んでいた。

 薄暗いフロアは広く、立ち飲み用の丸い銀色のテーブルを乗せた足が何本か生えている。

 二、三人用のボックス席が奥まったところにあり、カウンターは半円を描いてスツールが八つ。円の内側でバーテンがドリンクを用意し、その奥にちょっとしたものを作る厨房がある。

 自分のその店で、和臣はいつも座るカウンターの一番右端の席に陣取っていた。

 ナオを待っていた。

 昨日の記憶が定かでない。多分なにもしてないと思うが、「買う」と言ったことは覚えていた。少々強引に家に連れ込んだことも。

 キスも……したかもしれない。いやした。無理やりだったろうか。

 ぬくもりと「いい匂い」は覚えてる。

 その主が来ないか頭をめぐらせると、まさにその彼が重量感のあるドアを押し開けてフロアに足を踏み出したところだった。

 和臣は席を立ち、客の間を縫ってナオに近づく。

 しかし、先にナオに声をかける者がいた。

 ここ一ヶ月ほど彼に付きまとっている男だった。ナオは客にする気はないらしく相手にしなかったが、しつこく言い寄ってくる。傍目で見ても迷惑しているようだった。

 男のことなど見えていないかのように、和臣は声をかけた。

「ナオ」
「あ、オー……」

 オーナーと言いかけて口をつぐむ。男に知られてはまずい、と思ったらしい。

 じろり、と和臣に目を向けた男の髪は短く刈り込まれ、金に近いほど色を抜いている。浅黒い肌、というよりは体調が悪いんじゃないか、と思わせるような顔色だった。

 皮のジャケットにひざの抜けたジーンズ、耳にはカフタイプのイヤリングにいくつものピアス、銀色のネックレスが少し目を引くが、有り体に言って不良少年としてはいたって普通の身なりだ。

 普通でないのはどんよりとにごったその目つきだった。

 和臣もショットバーを経営しているので、時々そんな目をした客が騒ぎを起こすのを知っていた。

 薬物中毒者の目つきだ。

 しかし今日はそれほどキマってないらしく、男は落ち着いた声で ─── 少し抑揚はおかしかったが ─── 和臣に話しかけてきた。

「……あんたが先約?」
「そうだ」

 先約があると言って、ナオが男を断ろうとしたことは容易に想像がつく。
 違う、とかなんとかナオが言ったようだが和臣も男も聞いていない。

「譲る気、ねえ? 俺、前からコナかけてんのによ、全然、取りつくシマも」
「譲る気はない」

 ぺらぺらとしゃべり続けようとした男の言葉を和臣はさえぎる。

 男は鼻白んで、次いでむっとする。和臣の威圧感に負けたのか舌打ちをひとつすると、ドアに向かった。

 男の姿が見えなくなると、和臣はナオを横目で見て言った。

「……あいつは、やめとけ。ろくなことにならねえぞ」
「……オーナー」

 ナオは驚いて和臣を見た。

「─── ヤク中だってよく判ったね」

「まあな。ショットバーなんて構えてりゃ、そんな奴、いくらでも目にする。あいつかなり重症っぽいぞ。やめとけ、やめとけ。─── それとも簡単にあしらえない訳でもあるのか?」

 ナオは後ろの壁にもたれて、俯いた。
「あれ、ね、幼なじみ。中学卒業してからはほとんど会わなかったんだけど、……ここで、「お客」と一緒にいるとこ見られちゃってさ。そしたら、なんかもう……しつこくて」

 ヤらせろって、とナオは声を落とした。

「すごい、やらしい目で見るんだよね。……昔はやせっぽちでそばかすだらけのチビだったのにすげー色っぽくなった、とか、いろんなオヤジに教え込まれたんだろう、とかさ、いやな、……いやらしいこといっぱい言うの。それで触ってきたり、触らせようとしたり、……買ってやるからヤらせろって……」

 ナオの声は小さくなって消えた。

 和臣は俯くナオの明るい茶色のくせのある髪の毛を見つめる。

「─── あの野郎、出入り禁止にするか」
「え、……」

 ナオははっと目を見開いて、あわてて頭を横に振った。

「平気。あんなのぜんぜん平気! あんな奴、相手にしないし、……オーナーも気にしないで。ほんと、平気だから。うん」

「俺がひとこと言えばすぐ出入り禁止にできるぞ、あんなの」

 和臣に話したことをナオは後悔していた。

「……ごめんなさい。臣さんがオーナーだってこと、うっかり忘れてた。そんなおおごとにするつもりじゃなかったんだ。気にしないで。ね? 大丈夫だから」

 和臣はふん、と鼻を鳴らした。ナオが自分の力を利用しようとしない ─── 頼らないのが面白くなかった。

「まあ、いい。……それより先約あるのか」

 話が変わったことにナオはあからさまにほっとして答えた。

「そんなの、ないよ。今日も売れ残りそー。もう足洗った方がイイかもね」

 ナオはわざと明るくおどける。

「オーナー、僕で手ぇ打たない? 安くしとくよー」
「わかった手を打とう。いくらだ」

 間髪を入れない和臣の言葉にナオは戸惑った。

「やだな、冗談だよ。ハルみたいにキレイなのがオーナーの好みでしょ」

 ナオの仲間でもあり、友達でもあったハルという少年はまれに見る美人だった。

 少なくともナオは ─── 顔に自信のある少年たちが出入りするこの店でも ─── ハルのような美形は見たことがない。TVや雑誌でもめったに見ないほど整った顔立ちをしていた。

 ナオが親しくしていることを密かに自慢に思っていた彼は、もうヘヴンズブルーにはいない。

 たったひとり、大事なひとを見つけて行ってしまった。もう二度と来ないだろうとナオは思っている。

「お気に入りだったってみんな知ってるよ」
「ハルが? 俺の?」

 和臣は思いがけないことを言われ、驚いた。

「そんなふうに見えてたか?」
「またまた。一緒に住んでたんでしょ」

「一ヶ月だけな。あいつ住むところも金もなくて、仕方ねえから……ただの居候だ、イソウロウ。お気に入り、なんて可愛げのあるもんじゃない」

 ナオは意味有り気に微笑んだ。

「ふうん。でもあれだけキレイだもんね、なんにもなかったってことないよねえ」
「そりゃ、家賃代わりに少しはな、……まあ顔はキレイなほうだしな」

「やっぱりお気に入りだったんだ」
「ちがうって」
「取られちゃってイイの」
「何が」

「柚月さんだっけ。男前だし、イイひとそうだけどさ」

 ハルをヘヴンズブルーから連れ出した、たったひとりのひとだった。

 ナオは一度しか会っていないが、彼がハルを心底想っていることだけは確かだ。でなければ、このヘヴンまで迎えに来たりはしないだろう。

 和臣はまじまじとナオを見つめた。それから、カウンター席に座るように促す。

 オリジナルのカクテルと水割りをオーダーし、ナオに向き直った。

「─── 取られるも取られないもないな。元々、俺のもんじゃねえし……それに、柚月くんはいい奴だよ。ハルの奴、あれでけっこう見る目がある」

「そんなこと言ってるから取られちゃうんだよー。オーナーが本気で口説けばハルだって」

「惚れてた訳でもないのに本気で口説けるわけないだろう」

 和臣は水割りに少しだけ口を付けた。ナオもカクテルに手を伸ばす。
 流れていたアップテンポのメロディがスロウなジャズに変わる。

 和臣が口を開いた。

「あいつを引き受けるなんざごめんだね。ひねくれてて強情で自分が気に入った奴でなけりゃ、差し伸べられた手もあっさり払いのける。外見がああでも中身は傲慢で臆病なただのガキだ。そんな奴、かき口説いて自分のものにしたところでやっぱりアンタじゃない、とか言われて ─── いや言われる前に逃げ出されんのがオチだよ」

 バカバカしくてやってられねえ、と和臣は肴に出された生ハムを摘んで口に入れる。
 ナオはほおづえをついて和臣を見上げた。

「なんだ、やっぱり口説いたことあるんですね」
「俺じゃねえよ。あいつの客。……マジんなってやっと自分のものにしたと思ったら、次の日にはアンタのものになった覚えないとかあいつに言われて、ここで暴れてくれた」

「ああ……」

 ナオは思わずため息と共に声を出していた。
 何度かあった修羅場が和臣とナオの脳裏に鮮明に浮かぶ。

「ああ、怖い怖い。まったく、許すとか信じるとか知らねえガキは始末に負えない。おっかなくって、とても引き受ける気にはならねえな」
「でも臣さんはちがうでしょ」
「なにがだ?」

 店の中なのに臣さんと言ったな、と和臣は思い、ナオを見た。

 酔っているようには見えないが、グラスは空だ。同じものをオーダーする。

「臣さんならハルだって落ちたよ、きっと。なんだかんだ面倒見てるしさ」
「落ちねえな。………いや、落ちたフリぐらいはするかもな。義理でな。でも結局あいつ逃げるだろ、─── どこも行くとこねえくせに」
 「………」

 ナオは黙って和臣を見つめた。和臣の手の中でグラスが揺れ、氷が音を立てる。

「─── ま、それも今となっては過去形ってやつだな。柚月くんは大した男だよ。あいつにちゃんと居場所作ってやった。ここにいていいって信じさせて ─── ハルはだから、柚月くんに落ちた」

「……臣さんは」
「うん?」

 今でもハルを待っているんじゃないだろうか。─── ナオは思う。

 いつか柚月のところに居られなくなり、自分を頼ってくるんじゃないかと ─── 期待、している。ような気がする。

「臣さんて、一途で優しいんですね」
「はあっ?」

 和臣はすっとんきょうな声を上げた。一体、どこをどう聞いたら今の会話が一途で優しくなるのか、皆目見当が付かない。

 ナオはふっと笑った。

「そうかー、ハルの避難場所みたいなもんか……いいなー、ハルは。やっぱ、美人は得」

「なに言ってんだ。一途なんてこの世で最も俺に似合わない言葉だぞ。優しくもねえし、避難場所なんてまっぴらだ。そこまで大人じゃねえよ」

「ハルだから、なんじゃないの。やっぱり臣さん、ハルに本気だったんだ」
「冗談。あんな手のつけられないガキに落とされてたまるか」
「気が付いてなかっただけだよー」

 ナオはカクテルを半分残し、スツールから下りた。

「あんまり飲みすぎると仕事になんなくなっちゃう。そろそろ、お客探さなきゃ。ごちそうさまでした、オーナー」
「こら待て。飲み逃げするつもりか? 客ならここにいる」

 和臣はナオの腕をつかんでスツールに座らせた。

「下心なしで奢る気はないぞ。誘ったのはおまえのほうだろう」
「だから冗談だってば。もっとキレイなコ、たくさんいるのになんで」
「おまえがいい」

 ナオは面食らった。

 軽く肩をすくめて、和臣に言う。

「そういうこと、平気で言うから臣さ……オーナーって怖いよね。昨日の女の人だってそりゃ夢中になるよ」
「昨日の女は口説いてないぞ。お前を口説いてるんだ」

 ナオはくすくすと笑う。
 金さえ出せば簡単に落ちる自分を口説く、と言う和臣がおかしかった。
 
 自分はハルや他の美形な少年たちとは違う。かなりヤバそうな奴でさえなければ、相手を選んだりなどしない。出来ない。買われてなんぼなのだ。

 和臣のような、金持ちで見栄えもいい男なら「選ぶ側」の少年たちとてほうっては置かない。実際、出入り禁止になるのが嫌さに露骨な誘いこそないものの、誰もが「ヘヴンのオーナー」と関係を持ちたがっていた。

 そんな和臣がまさか自分に興味を持つとは ─── ナオには思いも寄らないことだった。

「判りました、オーナー。一晩中でもハルの話、付き合うよ」
「何で一晩中もあいつの話しなきゃなんないんだ」
「まあまあ。慰めたげるからさ」

 和臣はふんと鼻を鳴らし、グラスを空ける。笑いながらナオは、和臣の肩をぽんぽんと叩いた。
  
  
  
         

      

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