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ヘヴンズブルー:7

  

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第7話

          
 夜、十時過ぎのヘヴンズブルー。
 ナオはドリンク片手に壁に寄りかかっていた。

 暇潰しにぐるりとフロアを見渡す。
 今日の同業者は四人。中でもレイの整った顔は目立っていた。

(きッれーなカオだよね、ほんと)
  暗い照明の中にレイの白い顔は花のようで思わず見惚れる。
 
 レイはナオのほぼ対面の壁にもたれていた。両脇の二人の中年男性がなにやらレイに話しかけているが詰まらなそうにしている。どちらも「ヤバい奴」─── 殴られた、縛られた、写真撮らせろと凄まれた、等々 ─── ではなかったがレイは気に入らないらしい。

(選べるっていいよね……)

 ナオはため息をついてドリンクに口を付ける。
 レイの様子でハルを思い出した。

 彼もよく二、三人侍らせていた。レイとは違い、表面上はにっこり笑ったり話に相槌を打ったりして楽しそうにふるまっていたが、間違いなく退屈していた。

 そんな時、ハルは一人でいるナオの所へふいにやって来て、他愛ない話を始める。勿論、二、三人もついて来てその内ハルが一人と出て行ってしまうと、残された二人はナオに商談を持ちかけた。

 翌日、ナオが客を紹介してくれた礼を言うと彼は言った。
  
「べつにー。ただウザくてつまんなかったからナオと話したくなっただけ。だってあいつらこむずかしいこと言ってても、目付きがやらせろやらせろっつってんだもん。バッカみたい。スキあらば触ろうとするしさー、ダレがタダで触らせるかってんだよ」

 ハルのそういう気性は時に争いごとを引き起こしたりしたが ─── 実際、ハルの客同士のケンカやハル自身刃物を突きつけられたこともあった ─── ナオの目にはひどく魅力的に映った。

(……そして、あのひとにも)
 
 ナオは店内が見渡せるカウンターに座っている和臣を見つめた。

(臣さんがハルを好きになるって考えてみれば当たり前だ。ハルはあんなにキレイで、ちょっと他にいないくらいキレイで勝ち気で選り好み激しくて安売りしなくて……でも臣さんにはなんだかんだ言って懐いてて)

(……僕とは全然違う。ひとつも似たところなんかない)
  
(チビでそばかすで色気もなくて、飽きてきて本当はヤる気も起こらない、……でもハルの友達だったから)

(ハルを思い出させるから)

 ナオは和臣から目を逸らした。

(だから、臣さんは僕を買ってくれてた)

 ここ一週間ほど和臣を客にしていなかった。売れ残りそうになるとすぐに帰ることにしていた。

 とっくの昔に飽きられているのに、和臣のマンションに連れて行かれ、仕事の間中ハルの思い出と比べられるのが辛かった。嫌だった。

(いや……?)

 なぜ、そう思うのだろう。

 和臣が似ても似つかない自分を通してでも、ハルの面影を捜そうとするならばそれを逆手にとって何回でも寝て、ふんだくってやればいい。
 和臣と自分は客と男娼なのだから当然の打算だ。
 けれど。
 
 けれど、ナオにはどうしてもそれが出来なかった。

 うな垂れていたナオは視線を感じ、顔を上げる。和臣が何気ない振りでこちらを見ていた。
 売れ残っていると知れば、「飽きてない」と主張する和臣はスタッフを寄越してカウンターに来るように言うだろう。

 ナオは和臣と目を合わせないようにもたれていた壁を離れ、フロアマネージャーの牧田にグラスを返す。

「あ、ナオ君、カウンターでなんか作ろうか。河合に何でも言って」

 和臣に気を利かせたのだろう牧田は、彼が陣取るカウンターに誘導しようとする。
 ナオは苦笑して頭を横に振った。

「も、帰るね。ドリンク高いし」
「そんなこと言わないで。なんだったらオーナーに付けといて」
「まさか。そんなずうずうしいこと出来ないよ」
 
 牧田は縁なしの眼鏡の蔓を指先で軽く持ち、位置を直した。心なしか困っているように見える。

「……あのさ、ナオ君。ドリンク、オーナーに付けたらきっと喜ぶと思うな。そのう、なんて言うか」
「え? なんで? 喜ぶわけないよ、そんなの」
「えーと、ナオ君が自分に甘えてるって言うか、頼ってるって言うかさ、………そういうの判る?」
 
 ナオは首をかしげた。
「なんで僕がオーナーに甘えなきゃいけないの? 迷惑でしょ、普通」
 
 それを聞いた牧田はため息をつき、こりゃ大変だ、と口の中で呟いた。ちらっとカウンターに視線を走らせる。

「ここんとこあのひと機嫌悪いんだよ、……君がちっとも相手にしてくれないから。お気に入りだって自覚ある?」
 ナオはあっけに取られ、まじまじと牧田を見る。─── 本気で言ってるんだろうか?

「他の客なんかほっときなよ。─── 君が他の男と出てったら荒れちゃってヒドんだから。お気に入りなんだから、オーナーだけ相手してればいいんだよ」

「何言ってんの、牧さん? 僕、オーナーのお気に入りじゃないよ。オーナーはねえ、他に好きな子が……」

 突然、背後から肩を抱かれる。
 なれなれしく耳元で囁いたのは ───。

「─── よう、ナオ。久しぶりだなオイ」
「……充」
 ナオにしつこく付きまとっていた幼なじみの充だった。牧田の目がすっと細くなる。

「放してよ」
「つれねえこと言うなよ。客付いたのか? 付いてねーんだろ?」
 目の下のクマが濃い顔を近づけてにやりと笑う。

 小、中と同じ学校へ通った充は、ナオが家にいられなくなった経緯を知っていた。家を出る前、夜中に何度かゲーセンで遊んだこともある。充は地元の高校に進学し、卒業と同時に家を出たナオはそれ以来、学校が同じだったというだけの幼なじみのことを忘れていた。
 
 思い出したのは四ヶ月前。ヘヴンで客待ちをしていた時、髪の色を抜いてすっかり面変わりしてしまった幼なじみが「俺だよ、充だよ。冷てーな」と言った時だった。

 あの時と同じ、舐めまわすような視線をナオに向ける。
 ぞっとしてナオは首に回された充の腕を解こうと手を掛けた。
 
「今日な、ちっと儲けたんだよ、……ほら」
 充の反対側の手が伸びてきて、ナオの手に五枚、紙幣が握り込まされる。

「こないだはあのオヤジに邪魔されたけど、今度は俺が先だろ。文句ねーよな?」
「……儲けたってバイト? こんな大金、僕に出すのやめて貯金でもしたら」
「うるせえな。お前を買ってやるって言ってんだよ。さんざんもったいぶりやがって、楽しませてもらうからな」
 
 充は周りが見えていないのか大声で話し、下卑た笑い声を上げる。
 クスリ、キメすぎだとナオが思った時、落ち着いた声が響いた。

「いらっしゃいませ、お客様」
「あ?」

 慇懃に頭を下げた牧田を充は睨めつけた。
 その間も首にまわされた充の手はナオの頬や顎を撫でている。顔を背け、嫌がるナオが痛々しい。

「申し訳ありませんが、そちらのお客様は先約がございます。手をお放しください」
「先約ってアンタ?」

 牧田の言うことなど意に介さず、ナオの喉を撫でていた手をそのままTシャツの襟から中に潜り込ませる。
 ナオはびくっと身体を震わせ、真っ赤になって俯いた。

「─── いえ、私ではありませんが」
「なら引っこんでな」
 顔をしかめて答えた牧田を一蹴する。

「俺ァもうこいつに何回もおあずけ食らってんだ。先約ならこっちの方だぜ。大体、どこに先約した奴がいんだよ」
 ナオの胸を撫でまわした手を再び顎へ持って行く。背けた顔に唇を寄せた。

「……いや……っ放せよっ……!」
 ナオが小さく悲鳴を上げ、充の手と唇から逃れようともがく。  
「お客様、困ります!……」
 切迫した牧田の声。ナオは血相を変えて向かって来るレイを目の端に捉える。
  
 そして、もうひとり。

「── 先約は俺だ」

 その声と同時にナオは充の腕から解放される。
  
 背後から近づいて来た和臣が、充の腕を掴んでいた。後ろ手に捻り上げる。
「~~いだだだだあっ!!」

 充の無様な悲鳴に店中の視線が集まる。
 和臣は充を突き放した。レイは転がり出てきた充を冷えた目で見下ろし、鼻を鳴らして元の壁際に戻って行く。

 牧田は和臣に頭を下げた。
「……申し訳ありません、オーナー。穏便に収めるつもりだったんですが」
「いや、いい。すまなかったな。もう下がってろ」

 涼しい顔の和臣に片腕を庇った充が食って掛かる。
「痛ってぇじゃねーかっ! ふざけんな、てめえなんなんだよ!」
「先約だと言ってる。ヤクのやりすぎで日本語忘れたのか?」
「……てめえ、この前の」

 血走った目で充は和臣を睨みつける。和臣は全く動じない。
 対峙する二人をナオはおろおろと見つめる。

 不意に充は卑しい笑みを浮かべた。
「残念だったなあ、おっさん。そいつはもう俺が買った。先約だろうとなんだろうと先に金出したもん勝ちだよな?」
  
 本当か、と言うように片眉を上げてナオを見る和臣。ナオがゆっくり指を開くと手の平の上にくしゃくしゃになった紙幣が現れた。
 充は笑みを深める。

「来いよ、ナオ。お前は俺のもんだ」

「─── そんなはした金でナオが買えると思ってるのか?」
 
 和臣は黒革の長財布でナオの手の平の上の紙幣を払い落とす。
 十枚ずつ束になった札をナオの手の平に載せた。……一束。二束、三束、四、五、……。

「臣さんっ」
 十を超えたところでナオは咎めるような声を上げる。
 固唾を呑んで様子を見ていた周りの客たちがナオの声を契機にしてざわつき始める。
 
 百万だ、とこそこそ囁かれる声にナオは頬を赤らめて俯いた。
(ち……ちが……やり過ぎだよ……)

「多く出す方に買われる。当然だな?」
 優しい猫なで声で言う和臣にナオは仕方なく頷く。

 出し抜けに、だん、と物を叩く大きな音がした。─── 充が立ち飲み用のテーブルの天板を殴りつけたのだ。
 振り向いたナオの目に顔を真っ赤にして怒りを隠そうともしない充が映る。

 充が掴みかかって来るのを危惧した和臣はナオを背中に隠した。
「臣さん、危ないからどいて。あいつかなりヤバいよ、……早く逃げて」
 背中で囁くナオを肩越しに見つめる。心配そうなナオの目つきにますます逃げる気が失せた。

「お前には指一本触れさせない。俺が買ったから俺のものだ」
「臣さん」
 切羽詰ったナオの声。

 ふたりを見つめる充の目尻がつり上がる。
 ぎりぎりと歯軋りをしてもう一度、拳をテーブルに叩きつけた。周りにギャラリーが大勢いることを今になって気づいたのか「見せもんじゃねえぞコラ、散れよ!」と凄む。

 ギャラリーの視線が充に集まる。冷たい目、目、目。
 充はきょろきょろと辺りを見回し、仁王立ちでナオを庇う和臣に舌打ちをした。

 状況が悪いと見て取り、踵を返した充の背中に和臣は声をかける。
「忘れ物だ」
 振り返った充は投げられた物を反射的に受け取る。─── 丸められた五枚の紙幣だった。
 和臣を睨みつけ、背を向ける。通り過ぎざまカウンターチェアの足を蹴り、店を出て行った。

 

 

    

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