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2009年3月

ヘヴンズブルー:9

  

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第9話

 

         
(尾けられた)
 背中に嫌な汗を感じる。
 ヘヴンを出て行く直前の、怒りで真っ赤になった充の顔が脳裏に浮かぶ。
 
 ただで済むはずが無い。
 ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだ充がゆっくり近づいて来る。
 待つはずも無く、ナオは踵を返して走り出す。

 充の反応は素早かった。3mも行かない内にナオは後ろから肩を掴まれ、正面から薄汚れたコンクリートの壁に押し付けられた。頬が冷たい。
 
「……なにすんだ、よ。放せ」
「乱暴な口の利き方、似合わねーぜ。大人しく何でも言う事聞くのがウリなんだろ」
 売春だけにな、と充は喉の奥で笑う。

 何が可笑しいのかさっぱり判らない。
「そんなつまんないこと言いに来たの。悪いけど付き合ってらんない」
 背後で怒気が膨れ上がる。ダッフルコートの裾を捲り充の右手がナオのジーンズの前を掴んだ。

「……っ」
 悲鳴を飲み込んだナオの耳に充は唇を寄せた。
「……あんまりつれない事言うなよ?」
 囁き、耳の後ろに舌を這わせ耳たぶを口に含む。
 
(気持ち悪い)
 コンクリートの冷たい壁に邪魔され頭を振って逃れることも出来ない。
 充は両手でナオのベルトのバックルを外し始めた。
 
 ヤバい。ナオは身体を強張らせた。レイプされる。
 ベルトがカチャカチャと耳障りな音を立てる。耳に掛かる荒い息とジーンズの上から押し当てられた充の硬い股間に吐き気がした。
 
 外れないベルトに業を煮やした充はナオを自分の方へ向かせる。
 冷たい壁から解放されたナオは充を突き飛ばそうと闇雲に暴れた。その手首は難なく捕らえられ、平手が飛んでくる。一回。二回。二回目は口の中と唇の端が切れた。

「……手加減してんだぜ。でなきゃゲンコでボコッてるところだ」
 充は俯くナオの顎を掴んで上向ける。
「そばかすさえなきゃ結構見られるのにな、お前。知ってたか? 自分が美人だって」

「……バカじゃないの。オヤにもみっともないって言われるような不細工のどこが。レイプしたって面白くもなんともないよ」
「そうかな?」
 ナオの顎を掴んだまま反対側の手をTシャツの裾から中に潜り込ませる。乾いた冷たい手の平で腹と胸を撫で回され、嫌悪に粟立つ。

「……やめろ……っ」
 弱々しく首を振るナオを充はにやにや笑いながら眺める。顎から手を放すとダッフルコートのトングを外し、Tシャツを胸まで捲り上げた。摘まれ立ち上がった乳首を口に含み舌で転がす。
 びくん、とナオの身体が震えた。

「や……っあ」
 こういう時慣れてると厄介だな、と頭の片隅で思う。路上で強姦されかけてるってのに条件反射で身体が反応して喘ぎ声が漏れる。こいつ悦ばせるだけだって判ってんのに、畜生。─── 充はナオの思ったとおり愉しそうにくっくっと嘲笑った。

 唇を噛んで声を殺そうとするナオの背中に手を回し撫で上げる。
 ナオは身を弓なりに反らした。嬲り易く突き出させた胸の突起を唇と舌で弄び、ベルトを外した手がジーンズの中に滑り込んでくる。

「ん……っふ、あ……あっ……ん……」
 充の手が巧みにナオのものを擦り、ますます身体の自由を奪われる。
 我慢しきれず甘えるような声を上げながらナオは焦っていた。

(ヤバい。マジで。……こいつだけは嫌だ、ヤク中だけはごめんだ、絶対ヤク漬けにされる)
 客や恋人にクスリを教えられ、ぼろぼろになった同業者が思い浮かぶ。
(僕が僕でなくなるのはいやだ)

(僕はハルじゃない。七生だ。こいつにレイプされんのもクスリで頭のネジが飛ぶのも、)
「……嫌なんだよ!」

 ナオは自分の胸に吸い付く充の頭を押しのけようと手に力を込める。もう片方の手で股間の充の手に爪を立てた。
「てッ」
 充が怯んで手と頭がナオから離れる。逃げ出すにはまだ隙間が足りない。

 突っ張ったナオの手が充の顔に当たり、ついでに引っ掻く。
「!? ってーじゃねーかこのヤロウ!」
 両腕を掴まれぎりぎりと吊り上げられる。目前の頬の傷から見る間に血が滲み尖った顎先に伝う。

「……クスリやり過ぎだよ。血ィ止まんないんじゃない」
 ナオの言葉で咄嗟に頬に手をやる。手の平に擦られた赤い色を見て充は青ざめた。
 その隙に片腕だけ解放されたナオは充の脛を蹴り上げる。

「いっ……!」
 充の力が緩んだ隙に手を振り払い壁と充の間から抜け出す。
 逃げられると思った瞬間。
 
 後ろから充に抱きつかれて引き倒された。
 馬乗りになった充の血走った目がやたらと大きく見え、背筋が凍る。
 充の拳が振り上げられた ───。

   

    

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きみの手を引いて:10

  

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 第十話

 

         
 一夜明けて。
 寝室のドアを開けた柚月が見たものは、ダイニングテーブルに並んだ朝食だった。ありえない。

 いつも腹を満たす物を作っていたのは柚月だ。居候 ─── 柚月は同居だと思っているが ─── となって一ヶ月になるハルは、一度としてキッチンに立ったことがない。
 目を瞬かせてトースト、ハムエッグならぬ目玉焼きハム添え、トマトとレタスのサラダを見つめていると、その側に柚月のマグカップが置かれた。

 ハルは自分のマグカップを手に柚月の様子を見ている。その瞼が少し腫れていた。
 柚月がまともに視線を向けると、彼は俯いて自分の席に座った。
「早く食わないと冷めるよ?」
 いつもと変わらない少し乱暴なハルの口調。柚月は、ああ、と半ば上の空で返事をし、椅子に座る。

「メシ、作ってくれたんだな。ありがとう」
 戸惑いながらもそう言うと、ハルはみるみる赤くなった。
「……べつに……腹減ったから、ついでに柚月さんの分も作っただけ……」
 照れ隠しでトーストにかじりつく。
 
「コーヒーさ、豆から淹れたことなかったからよく判んなくて……マズい?」
 マグカップに口を付けた柚月を上目遣いに見て、ハルは問う。
「いや、美味いよ。よく淹れられたな」

「ほんと?」
 ハルはぱッと顔を明るくした。
「柚月さんが淹れるとこ結構見てたんだよ。明日からオレがコーヒー、淹れようかな……?」
 柚月の様子を伺うようにちらっと見た。
 それに気づいて柚月は苦笑する。

「いつもそんなに早起き出来ないだろう? 時々、気が向いた時に淹れてくれればいいよ」
「で、でもさ、オレ居候なのに何にもしないから……あの、……迷惑?……」
「迷惑なんかじゃない」

 柚月は否定しながら、ハルの様子がいつもとだいぶ違う事に気づく。
 おどおどとしている。柚月の顔色を気にし、正面から見ようとしない。生意気で、柚月をからかって喜んでいたハルは何処へ行ってしまったのか。
「ハル」

「あっそれからさ、風呂掃除と洗濯もするね、……迷惑でなかったら」
「……それは、助かるけど……」
 口ごもる柚月にハルはほっとしたように微笑む。
「よかった」

 目玉焼きを箸で切り分け、口へ運ぶハルをじっと見つめる。やはりおかしい。いつものハルじゃない。
 心当たりはたったひとつ。
「……昨日の夜のことだけど」

「そうだオレ、バイトしようと思うんだけど!」
言いかけた柚月をハルは強引に遮った。
「どっかいいとこないかなー?」
「……バイト?」

 ハルが無理やりに話を変えた事に気づきながら、柚月はそれに付き合った。
「働くのか」
「うん。悪いでしょ、タダで居候して柚月さんに食費とか洋服代とか出してもらって。……なんかヒモみたいだねえ、オレ」
「ヒモ……」

 じゃあ俺が女か、と想像して柚月はぞっとする。
「やっぱダメだよねーヒモは。働かないと。……出来れば履歴書とか出さなくていいところ、ないかな」
「保険証とかもないのか」
「……あるけど、家出ってバレたら連絡されるもん……」

 ハルは言いづらそうに俯いた。
 未成年のハルがまともに働くとなればいろいろなものが必要になる。履歴書は元より親の承諾、印鑑、最低でも保証人、場合によっては身分証明書 ─── 家出中のハルにはハードルが高すぎる。

 だからこそ身体で生計を立てざるを得なかったのだ。
 柚月が自分と同じことを考えていると判ったハルは、焦って取り繕おうとする。
「あの……へ、ヘンな仕事じゃなくて、普通の……皿洗いとか、あとなんだろ……なんか普通の仕事……無理かな……?」

 その声は頼りなく揺れる。─── 柚月に糾弾され、軽蔑されるのが怖かった。
 いや、軽蔑されているのは判っている。それでも真正面から柚月に罵られたり、蔑まれた目で見られるのは辛過ぎる。
 昨日の夜、柚月に振り払われた手をぎゅっと握った。

「……俺の知り合いのコーヒー屋で良かったら、紹介する」
「え?」
 顔を上げたハルは柚月の優しい目に驚く。心臓が跳ね上がった。

「従兄弟がコーヒーショップのマスターやってるんだ。時給安いけどそこで良かったら。……俺が身元保証人になるから」
「あ……あ……うん。……いいの……?」
「ああ」

 柚月は何でもない事のように言い、平然と食事を続ける。
 聞こえてしまったらどうしようと危ぶむほど、ハルの鼓動は大きい。それでも平静を装い、トーストを平らげた。

「……目、どうした」
「え?」

 不意打ちの柚月の質問だった。昨日の夜の事を話題にしたくないハルにとって一番訊かれたくない事。
「あ、」
 ハルは左手で瞼を隠した。

 俯いても誤魔化せない。仕方なくハルは笑った。
「これは、……えっと、その……なんでもない」
「……なんでもない?」

 何でもなくない事は一目瞭然だった。─── ハルは泣いて、泣きすぎて瞼を腫らしているのだ。
 柚月の胸の奥がずきん、と痛む。

「─── ごめん。あの、昨日は」
 なんて言い訳したらいい? お前に乱暴する夢を見て理性を失いそうだった、何をするか判らなかった、だから触れないで欲しかった。
(絶対に言えない)
 言ったが最後、どれだけ白い目で見られるか知れない。

 言いよどむ柚月にハルは首を横に振って見せた。
「ゆ……柚月さんが謝ること、ないよ。オレが悪かったんだ、……触られたくなくて当たり前だよね。オレ、アタマ悪いから全然気が付かなくて」
 無理やりに作ったハルの笑顔は淋しそうだった。

「柚月さんに、き……嫌われてるの判んなくって、オレずっと」
「違う! きらっ……」
 嫌ってなんかいない、逆だ、触りたくて、お前に触れたくて、気が変になりそうで、でも夢みたいに嫌がられたら。
 
 柚月はぐっと黙り込む。言えない。ハルに嫌われたくない。安心して自分に近寄ってくるハルの信頼を失いたくない。

 ハルは俯いて小さな声で言った。
「……も、触ったり、近づいたりしないから」
「……」
 言い訳したい。出来ない。柚月は心の中で身悶えする。

「……ここ、に、いてもいい……?」
 恐る恐るハルは柚月を見上げた。
「当たり前だろう、俺が連れてきたんだ。……ずっといていい」
 掠れる柚月の声。─── 本当は他にもっと言いたい事があった。もっと、聞いて欲しい事が。

 焦燥に駆られ、それでも何も言えない柚月にハルは安堵の笑みを見せる。
「良かった。オレ、他に行くとこないから」
 ハルのその笑顔に柚月は胸を突かれた。
 
 ─── ハルが好きだ。

 どうしようもなく惹かれる。その笑顔をずっと見ていたい。いや笑ってくれなくても構わない、怒っていても自分をからかうひとの悪い表情でも ─── 泣いていても。
(傷つけて泣かせたくせに何考えてるんだ、俺は)

 慌てて頭を横に振り、柚月は朝食を食べ終える。
 食器を下げて洗い物を始める柚月を、ハルは切ない目で追った。

  

    

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「番外編5」更新しました。

  

 和臣とハルの関係が色々はっきりするかなー、と(八月にとって)思って番外編を書いているわけですが、……この番外編て、ネタ帳見たら「4月終わりにハルと臣が出会う」しか書いてなくて、プロットにも起こしてなかったです……。これはもうネタじゃなくてメモです、メモ。

 でもイメージだけは固まってたので、(コレがイメージ……?どんなだ(;´д`)トホホ…)書くだけ書いてみよう、と思ったのです。ヘヴンの終わりで受け視点一人称を書く!と豪語したので、ついでにそれも達成しようと欲張ってみました。三人称なら三人称で和臣の視点も書けて面白かったろうなー、とちょっと思うんですが………。

 そんな番外編、今のところエロいばかりですが、面白いでしょうか……?ヾ(_ _*)ハンセイ・・・

 完結したらムーンライトに出そうかな……。

きみの手を引いて:番外編5

  

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 第5話

 

     
 膝から力が抜け、上げていた腰が落ちてベッドに突っ伏す。
「ん、う……」
 指を挿れたまま男はオレの身体を横向きにし、背中から抱いた。完全に勃ち上がっていたモノの先からシーツまで糸を引く。

 でも、それさえもろくに認識出来ない。意識が朦朧としていた。 
 男の右手はその指を中に埋めたまま、左手でオレのモノを優しく包み込む。

 びく、と身体が震えたけど、嫌だったわけじゃなくて。
「ふ……っあ……あ、ん……」
 もっと、して欲しかった。アソコに入ったままの指先で、気持ちイイ場所を弄って欲しかった。

「アタマ……ヘン、なる……」
「ん? なんだって?」
 男は耳元で囁き、巧みに指を使う。先走りの体液でぬるぬるになったそれを強弱をつけてなぶった。

 男の硬くなったモノが背中……腰に当たり、その状態が知れる。
 まるで痴漢でもされているようで、そう意識すると恥ずかしくて堪らなくなる。

 膝を折って身体を丸める。精一杯の拒絶。
 それを全く意に介さず、男の手はオレを追い込む。

「ヤだ、あ……っ」
「気持ちイイか?」
「……」

 オレは黙って頭を横に振った。
 どれだけ身体が男の与える快楽を欲しがっても、それだけは認められない。認めるくらいなら死んだ方がマシだ。
 つまんないプライドだって、判ってる。

 だってオレはもう身体を開いてる。男の言うとおり、トロけきった身体はろくな抵抗ひとつ出来ない。男の舌先で泣きながらイかせられ、指を挿れられてその快楽にあえいだ。のみならず、もっとその快楽を与えて欲しい、と身体が告げている。

 浅ましく快楽を貪ろうと開いた身体を知りながら、それでもオレは首を横に振った。
 男は、く、と哂う。
「大した強情っぱりだな。ええ?」

 くちゃり、と音を立てて、浅く入っていた指が引き抜かれる。
 オレを背中から抱いたまま、男は屹立したものを蕩けたすぼみに押し当てた。
「……じゃあ良くなるまでしてやろうか」
「や……っヤだっ……んなの、入んない……っ」

 押し付けられたモノの、指とは比べものにならない質量に身体が強張ってずり上がる。
 男はオレの肩を掴んで仰向けにした。膝に手をかけ、開かせる。
 オレの足の間に身体を進めた男は、自分のものに手を添えてすぼみに押し入ってきた。

「い──……っ!!」
 息が詰まる。背筋が硬直する。

「痛い痛い痛い痛いってッこのバカっ! やめ、抜いて、抜けってば! ムリムリムリ、マジで! 動くな痛い痛い痛あーーっ!」
 男の胸を、肩を押して喚きもがく。
「まだちょっとしか挿れてねえぞ。それにお前初めてじゃねーだろ」
 
 なんで判った? でもそれどころじゃ、ない。
「二回目だよそれがなんだってんだ痛てーもんは痛てーんだよっ!!」
「力抜かないからだ。せっかくローションで慣らしてやったのに」
「うるせ……痛……痛てー……よ……」
 
 暴れたオレは男に手首を掴まれ、ベッドに縫い止められていた。ぽろぽろと涙がこぼれる。
 痛い。なにがなんだか判らない。力の抜き方なんか知らない。
 どうしたらラクになる?

「泣くな。深呼吸しろ」
 押し入ることを止めた男はオレの耳元で低く囁いた。
 言われたとおり深く息を吸う。吐く。何度か繰り返すと少しだけ入っていた男のものに慣れてきたのか、ちょっとラクになった。

「一回目のとき、教わらなかったのか。身体の力抜けって」
「……教わるヒマなかった……。する、ときは……手でいいって言われてたから……長谷川さんはオレの舐めてくれたり……指、挿れたりしたけど……オレいつも手で……でも、あん時だけ違って、て……後ろ向きで……オレ判んなくて……いきなり、つ……突っ込まれて、わけ判んなくて……泣きわめ、て、たら……終わってた……」

「なんだ。レイプだったのか」
「ち、違うっ! 長谷川さんは、そんなこと、……う、動くな……っ」
 押し進めようとする男を上擦る声で制止する。痛みにまた涙が溢れた。
 

「このままのほうがツラいぞ? 入り口のとこキツいから、……半分入れると楽になる」
「ほんとに? ほんとだな? ウソだったら殺す」
 涙声でそれでも精一杯、虚勢を張る。

 男はそんなオレにふっと笑いかけた。今までの、バカにしてるような哂いじゃなくて、優しい、微笑み。
 なんとはなしに安心したオレは、目を閉じて深呼吸を繰り返した。
 
 男はオレの髪の毛に指を差し入れて梳いた。耳に口づけると反対の手は胸を撫でながら下へ降りていく。
「良くしてやる」
 そして痛みに縮こまってしまったオレのものを手の平に包んで揉み解す。

 男が、押し入ってきた。
「あああ……っう、あ、あっ……!」
 背筋が弓なりに反る。呼吸が浅く、速くなる。
「深呼吸」

 動きを止めた男の言葉で思い出す。深呼吸。力、抜かないと。
「声は我慢しなくていいから深呼吸して力抜け。……ここ、気持ちいいだろ」
 男の指がオレのモノを弄って、勃たせる。根元から先端まで大きな手でしごかれてあっという間に滴を垂らしはじめた。

 痛い、けど気持ちいい。
「く、あ、……痛……んんっ……あ……っ痛、い……あっ……ん……」
 よがってるのか拒んでるのか判らない。

 男は動きを止めたまま、唇で耳に流れた涙を拭ってくれる。挿入が止んだのと、快楽に意識を向けようとする男の仕草で、少しずつ緊張が解けて力が抜けていく。
 下半身を見る勇気がなくて、訊いた。
「な……あ、……はんぶん入って、ん、の……?」

「気にするなんざヨユーじゃねーか。……ま、半分も入ってねえな」
「……マジか、よ……どんだけデカいんだ、あんた……」
「さっきよりマシだろ? このまま止めとくの結構辛いんだぞ」
「……」

 それは、そうだろう。ぶっちゃけ、奥まで突っ込みたいはずだ。
「なん……で……気ィ使って、くれんの……? 勝手に、挿れたらイイじゃん……」
「俺はレイプが嫌いなんだよ。気持ち良くない。後味悪い。よがらせて喘ぎ声が聞きたい」

「……これ、レイプじゃねーんだ……?」
「レイプじゃない。契約したろ」
「……ああ……」

 そうだった。男が提供するのは衣食住、オレが提供するのは身体。需要と供給が見事に折り合った結果だ。
 ほとんどそのままの位置で男は軽く腰を揺する。

「あ……ッん、んん、」
 オレの口から出たのはさっきまでのみっともない悲鳴じゃない。いや、みっともない悲鳴の方がずっと良かった。
 男の手はもうオレのモノを弄ってはいなかった。それなのに、喘ぎ声が漏れる。

「ここ、……気持ち良いんだろ」
 男の屹立したモノが、その場所を掠める。
 オレは頭を横に振って、違う、と訴えた。例え指で知られてしまっていたとしても、認めるわけにはいかない。

 けれど、オレの詰まんないプライドなんか男は歯牙にもかけなかった。
「ああ……っ! あ、ん、……あっあっ、や、あ……っ」
 執拗にその場所を男のモノが擦り上げる。そうすることでオレの身体に快楽を教え込んでいく。
 
 精液が流れ出るような感覚に思わず自分のモノに視線を走らせる。先端からは欲情を示す体液がだらしなく腹に流れていたが、白濁した液は飛散していない。
 それでも、イってないことにほっとする暇は与えてもらえなかった。
 
「やっ……あ、やだ……っあ……あああっ……」
 また涙が溢れる。今度は痛みで、じゃない。
 気持ち良くて何がなんだか判らない。声が、やらしい声が勝手に出る。

 男は耳元で囁いた。
「─── 良くしてやるって言ったろう?」
 オレはもう、良くないって言ってやることも頭を横に振ることも出来ない。

 こんなに快楽に溺れていては何を言ってもムダだ。男だってそれが判って、良すぎて涙をこぼすオレを観察している。
「ふ、あ、ああっ、んんっあっあ……っ」
 男のモノが奥まで押し入ってくる。一旦動きを止めて、オレに痛みがないことを知った男はゆっくりと抽挿を繰り返した。

 その間中、オレはあられもない声を上げ続けた。口を塞ぐ余裕もない。
「もう、や、あ……っあ、やだ……っ」
 心臓が苦しい。男のモノを咥え込んだ部分がその存在を明確に伝える。膝が胸につくほど折り曲げられ、最奥まで貫かれた。

 悲鳴に似た喘ぎ声と共にオレは吐精していた。涙がこぼれる。
 後ろに挿れられてイくなんて思わなかった。もう、どうしたらいいか本当に判らなくて、自分の腹にぶちまけてしまった白濁をただ呆然と見つめる。顔がみるみる赤くなっていくのが判った。

 男は黙ってティッシュでオレの粗相を始末してくれる。それもまた、恥ずかしさに拍車をかけた。
「わ……哂えばいいだろ……っさんざんヘンな声上げて、よがってっ……」
 良くなってしまったことが悔しくて、惨めで涙が出てくる。
「二回もイかされてっ……下であんあん言ってるオレ見て哂いたくてたまんないくせに、なんで黙ってんだよ! あんたなんか大嫌いだっ!」

 自分でも、めちゃくちゃなこと言ってんな、と微かに思う。完全に八つ当たりだ。
 実際のところ男は優しかった。無理やり突っ込んで自分だけ終わらせることも出来たのに、オレをちゃんと『良く』してくれた。
 現に今だって、男はイってないままオレの中で動かないでいる。多分、本当に優しいのだ。

「……痛くないか?」
「痛かったらイかねーよっ! バカじゃねえの!? あんた名前は!?」
 バカじゃねえの、と同じ勢いで訊いてしまった。だってカラダつながってんのに名前訊かれないし、教えてもらってねーんだもん。

 優しい悪魔はあっさり名乗った。 
「臣。家臣の、しん、で臣。お前は」
「……ミハル。桐島 瞠」
 桐島はあの人の養子になる前の苗字だ。本当は長谷川、なんだけどそう名乗るのはなんとなくイヤだった。─── あのひとと親子、って突きつけられてるみたいで。

「ふーん。ミハル、ちゃん」
「キモい。ちゃん付けすんな。ハル、でいい。……ずっとそう呼ばれてたし。臣、は、なんて呼んだら、イイ?」
 挿れられてる圧迫感で、本当はあんまり余裕がない。けど、平気な振りで会話した。

「まんま、呼び捨てでいい」
 本当は臣はすげー金持ちで、いいとこのボンボンで、呼び捨てにされたことなんか一回もないようなご身分だってオレが知るのはしばらくしてからだ。
 もっとも、その頃には呼び捨てに慣れちゃって変えらんなかったけど。
 
「苗字? カッコ、いいじゃん、」
 息が上がる。誤魔化そうと思って、軽口を叩いた。
「違う。名前が和臣。偉大な親父さまの家臣たるべくこの世に生を受けたってしるしだ」
「?」

 なに言ってんだかイマイチよく判らない。父親の家臣なんてことあるだろうか。
 不思議そうな顔をしていたらしいオレに臣は、ふ、と笑った。
「判らなくていい。……ハル」
 
 臣が耳元でオレの名を呼んだ。同時に動きが再開する。
「あ……ッ、待っ……」
「痛いか?」
「……痛くねーよっ……」

 臣は、気持ちいいか、と訊くより痛いかどうか訊くことにしたらしい。オレが気持ちいいって絶対言わないからだ。
 なんとなく勝ったような気になったのも束の間。

 オレはまた、臣の与える快楽に翻弄された。

 

   

   

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きみの手を引いて:9

  

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 第九話

 

 午前一時五十五分。ハルは眠れずに何回目かの寝返りを打った。
(夕方まで寝ちゃったからだ)
 それでなくても一ヶ月前までほとんど昼夜逆転の夜型生活で、一時に眠れるようになったのはここ一週間のことだった。

 大体、朝の四時五時に眠りについていた人間が夜中の十二時に布団に入っても眠れるわけがない。ハルは夜中に起きている感覚を取り戻しつつあった。
 その上、ハルの眠りを妨げる障害物がもうひとつ。

(……もう寝たのかな、柚月さん)
 形の良い唇を指でなぞる。
 柚月の唇の感触を思い出し、自分では知らず頬を赤らめた。

 すぐに頭を横に振って柚月を意識から締め出そうと試みる。面白かったTV番組のこと、チキンのトマト煮込みが絶品だったこと、明日のメシは何かなと考え、「柚月は料理が上手い」にたどり着き、またもや彼のことで頭が一杯になっている自分に気づく。
  
(何やってんだオレ)
 ハルがため息をついた時、柚月の部屋から物音がした。
(……?)

 しばらく耳をそばだててみる。
 ドアが開き、閉まる音。柚月が起きて来たらしい。

 ハルはカーテンの隙間から梯子に足をかけて静かに降りた。冷蔵庫を開けた明かりで一瞬周囲が照らされる。すぐに暗闇に戻る中、ハルは柚月の背中に近づいた。
 柚月は冷蔵庫に額をくっつけている。

「……柚月さん」
 イケナイものを見てしまったような気がして恐る恐る声をかける。
 柚月は弾かれたように身体ごと振り返った。
「どうか、したんですか?」
「どっどうかってな、なにが」

 ……噛み噛みだ。柚月さんらしくない。
 ハルは訝しく思いながら首を傾げた。
「あの、……いつも冷蔵庫相手にキスしてんの?」

「違うっそんなわけないだろう!」
 言下に否定する柚月に安堵する。良かった。人間より無機物が好きなひとなのかと思っちゃった。……いや、柚月さんが無機物好きだって関係ないけどさ、……。

「あれ」
 後ずさる柚月の顔が少し赤いことにハルは気づく。
(熱、ある……?)
 ひょっとしてソファーで寝たから風邪引いたんじゃないか?

 ハルは何も考えずにすっと手を伸ばす。柚月に抱きついたことさえあるハルにとって、本当に何の気なしにしたことだった。
「顔、赤いよ? 熱あるんじゃ」
 柚月の額に触れる。温かく少し汗ばんでいるが熱はな……。
「触るな!」

 柚月の鋭い声。同時に手を振り払われる。ハルが驚いて見上げた柚月の顔は、真っ赤に染まっていた。
 ハルは、じん、と痛む手に視線を落とす。
 なぜか涙が出そうになった。

「あ……あ……ごめん、そんなつもりじゃ」
 柚月の声は戸惑いを含んでしどろもどろだった。
「ね……熱なんかない。昨日だって何もしてない、本当だ! 何かするつもりなんてない、……俺に近寄るな」

「……知ってるよ」
 柚月さんは、優しい柚月さんは。
「オレが風邪引くと思って、ベッドに運んでくれたんだよね」
 何かしたのは俺のほう。柚月さんが寝てるのをいいことにキスをした。

「でもそのせいで、柚月さんが風邪引いて熱出したんじゃないかって、オレ」
 心配になって。
 柚月と自分の裸足のつま先が滲んでぼやける。
 握った手の甲でまぶたをごしごしと擦った。
 
(みっともね、こんなんで泣くなんて。……何やってんだろオレ、バカみたい)
『触るな。俺に近寄るな』
 それが柚月の本心。
 オレには指一本触れられたくない ───。

「なれなれしく、して、ご、……ごめん、なさい」
 やっとのことでそれだけ口にするとハルは踵を返した。
 ロフトに上がってタオルケットに潜り込む。
 声を殺して泣いた。

 

  

  

  

 ……目が覚めたのは朝の六時だった。泣きながら眠ったせいか、頭が痛い。
 思い出す必要もなく昨夜の事が脳裏に浮かんだ。

(オレ、柚月さんに嫌われてんだな)
 優しい柚月はそれを少しも悟らせずに今まで過ごしてきた。
 しかし昨日の夜は。

 限界だったのだろう、なれなれしく額に触れた自分の手を払いのけて「触るな」と本心を言ってしまった。いや柚月も戸惑っていたのだから思わず本音が口をついて出てしまった、という所か。

(柚月さんは優しいひとなんだ。焼け出されて一文無しに近いオレをここに置いてくれた。自分を大事にしろ、と言ってくれた。オレには何一つ要求しないで何にも訊かないで ─── )

 でもそれはただ優しいから同情したってだけで、オレを好きなわけじゃなくて。
(……本当はオレみたいな身体売ってたオカマ野郎なんか嫌いで)
 触られたくなくて。
『触るな!』

 柚月の言葉が耳の奥で響く。
(当然だ。当たり前だ。ダレがウリやってた奴に触られたいと思う? 誰も思わない、誠実でまともな柚月さんなら、なおさら、……気持ち悪いって思って当然だ)
 
 目を閉じ、布団の中で縮こまり、耳を塞いだ。
『触るな。俺に近寄るな』
 心臓が痛い。頭が痛い。

 柚月のことを考えるのは止めようと試みる。柚月はただの家主で自分はただの居候、嫌われてたってカンケーない、大した事ない、全然ヘーキ……。
 思い込もうとして出来なかった。

 胸の奥の炎が消えない。
 柚月のことを思うと温かく切なくなる「それ」が無くならない。─── 苦しい。

『ハル』
 柚月が名前を呼ぶ。ぽん、と頭にのせられる大きな手。からかわれて赤くなる頬。自分の為にベッドを譲り、ソファーで眠る彼、その唇に触れた感触。

(……嫌いな奴に、触られたくない奴にそんなことされたなんて柚月さんが知ったら)
(怒って、もう二度と口もきいてもらえなくなる。─── それどころか出て行けって言われる)
(柚月さんのそばにいられなくなる)

 ほんの一ヶ月ほど前までは柚月の事など全く知らなかったのに、今やハルは彼のそばに居場所がなくなるのが怖くてたまらなくなっていた。

(どう……どうしよう、絶対バレないようにしなきゃ……)
(これ以上嫌われたくない)

 知らずに柚月と同じことを思ったハルは、指で唇をそっと撫でた。

  

  

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ヘヴンズブルー:8

  

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 第8話

 

       
 ナオはほっと安堵の息を漏らした。─── 自分が暴力を振るわれるのはかまわない。しかしオーナーの和臣に何かあったらどうするのか?
 スーツ姿の広い背中をナオは見上げた。
 
 視線に気づいたかのように和臣が振り返る。
「─── 何ですぐにどかなかったんですか?」
 ナオは思わず、咎める口調になる。

「あいつかなりヤバかった、下手したら殴られてたよ、てゆうか臣さん先約じゃないし! この前もそうだ、オーナーのくせに何だってのこのこクスリキメてる奴んとこ出て来るんです!?」
「─── お前が他の男に触られてるのを見るのは我慢がならない」
「え?」

 和臣はほとんど無表情で呟く。嘘偽ざる本音が思わず口をついてしまった。
 ナオには聞き取れなかったそれを咳払いで誤魔化す。
 
「……売れ残ったら買うと言ったはずだ。ちゃんと先約はしてある。あいつを客にする気はないんだろう、だったら売れ残りだ、俺が買う」
「……」
 釈然としない面持ちでナオは俯く。

「その金額じゃ不満か?」
 俯いた先にあったナオの両手に包まれた札束を和臣は顎で指し、また財布を取り出した。
「ずっと俺を避けてたな? 気づかないとでも思ったか、……幾らなら俺に買われてくれるんだ?」
「やめて下さいオーナー」
 
 ナオは視線を周りに走らせる。充が退場したことでギャラリーは三々五々散っていったが、まだ幾人か残っている。
 ナオがどこまで吊り上げるのか、ひそひそと隣りと話し、忍び笑う。

 居たたまれなくなり、ナオはスタッフルームに逃げ込んだ。すぐに和臣も後を追ってくる。 「……助けてくれてありがとうございました」
 和臣と対峙したナオは札束を突き出した。

「僕、帰ります」
 和臣は絶句した。─── 金を出せばナオを買えると思っていた。心が無理ならせめて身体だけでも欲しかった。
「……どうして。何が気に入らない? 金か? 俺が怖いからか? 嫌いだからか?─── それとも」

 ごくりと和臣の喉が鳴る。
「……誰か、好きな奴がいるのか……?」

 以前から漠然と考えていたことを口にする。
 ナオは初めから自分には買われたくなさそうだった。レイを紹介されたことさえある。最初からナオは自分を遠ざけようと ───。
 ナオの常連の顔が何人も脳裏に浮かぶ。どいつだ? 誰が好きなんだ? 全員出入り禁止にしてやる!

 嫉妬で我を失いそうになっている和臣にナオは微笑んだ。─── 淋しい、笑み。
「好きな人がいるの、臣さんの方でしょ」
 俯き、それでも笑みを絶やさない。何でもないように見せかけたかった。

「ハルのこと好きなんでしょう。僕と寝てハルを思い出したいんでしょう?……残念だったね、こんなチビで不細工で色気もないのがハルの友達で。ハルとは月とスッポン、話になんない。……もう無理して買わなくていいよ、臣さんがこれっぽっちも似てない僕をハルだと思いこもうとして、飽きてきても構おうとするの見てらんない」

 和臣は言葉も出ない。俺がハルを好き? 冗談だろう。
 今も目の前のこいつのことで頭がいっぱいなのに。

 壁を背にしたナオに和臣は一歩近づく。ナオは一歩下がり、壁に背中を付けた。
 逃げ場が無いナオを追い詰める格好で和臣は彼に手を伸ばした。

「ナオ」

「僕はハルじゃない!」

 和臣の手が肩に触れる寸前、悲鳴のような声。
 ナオはもう笑ってはいなかった。
 顔を俯かせたまま目に涙を滲ませている。

 衝動的に和臣を怒鳴りつけてしまった。ハルの身代わりにされるのがひどく辛くて、嫌だったとしても大声を出して拒絶するつもりはなかった。
 和臣がヘヴンのオーナーだからではない。

(……臣さんを傷つけたくない)
 自分はハルじゃない、ハルの身代わりは嫌だと突きつけられれば、和臣は彼の面影を捜すのを諦めるしかなくなる。未だにハルを忘れられない和臣にとってそれはどれほど残酷なことか。

「……っごめんなさい」
 ナオは身を翻し、走ってスタッフルームを出た。
 足早に通り過ぎるナオに気づいたレイと牧田が目を丸くして見送る。
 その視線を振り払うように階段を駆け上がった。

  

  

 札束を握り締めたままだったことに気づいたのは、ヘヴンズブルーを出てすぐだった。右手を開かずに隙間から飛び出した紙幣を見つめる。
 振り返るとHeaven's blueと書かれたネオンが目に入る。

 気まずくてとても返しに行けない。
 ダッフルコートのポケットに右手を突っ込んだ。行く当ても無く歩き出す。

(明日返そう。……臣さんがどうしても僕としたいって言ったら寝てもいいや。だって客選べる立場じゃないし、それに臣さんはヘヴンのオーナーで超金持ちだよ。断る方がおかしい。セレブの気まぐれに付き合うくらいどうってことない)

(臣さんが見てるのが僕じゃなくたって構わない)

(「物好きだよねえ、臣さんて。僕でいいんなら幾らでも相手するけどさ、」)
(軽く言って笑う。今日のこと忘れた振りして。……大丈夫、言える。笑える。全然平気)
(臣さんがハルのこと好きでも平気)

 優しく笑いかける和臣を思い浮かべる。ナオ、と彼が呼ぶ。
『何もしなくていいから朝までそばにいてくれ』

「……なんで僕、ハルじゃないのかな……」
 もし僕がハルだったら他のひとなんか見ないで、ずっと臣さんのそばにいるのに。

「─── ハルってダレだ?」

 ナオは足を止める。

 いきなり後ろから掛けられた声に息を詰めた。
 嫌な、とても嫌な気配が背後から近づいてくる。

 ゆっくりと振り返ったナオの瞳に映ったのは、にやにやと薄ら笑う充だった。

  

     

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ヘヴンズブルー:7

  

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 第7話

          
 夜、十時過ぎのヘヴンズブルー。
 ナオはドリンク片手に壁に寄りかかっていた。

 暇潰しにぐるりとフロアを見渡す。
 今日の同業者は四人。中でもレイの整った顔は目立っていた。

(きッれーなカオだよね、ほんと)
  暗い照明の中にレイの白い顔は花のようで思わず見惚れる。
 
 レイはナオのほぼ対面の壁にもたれていた。両脇の二人の中年男性がなにやらレイに話しかけているが詰まらなそうにしている。どちらも「ヤバい奴」─── 殴られた、縛られた、写真撮らせろと凄まれた、等々 ─── ではなかったがレイは気に入らないらしい。

(選べるっていいよね……)

 ナオはため息をついてドリンクに口を付ける。
 レイの様子でハルを思い出した。

 彼もよく二、三人侍らせていた。レイとは違い、表面上はにっこり笑ったり話に相槌を打ったりして楽しそうにふるまっていたが、間違いなく退屈していた。

 そんな時、ハルは一人でいるナオの所へふいにやって来て、他愛ない話を始める。勿論、二、三人もついて来てその内ハルが一人と出て行ってしまうと、残された二人はナオに商談を持ちかけた。

 翌日、ナオが客を紹介してくれた礼を言うと彼は言った。
  
「べつにー。ただウザくてつまんなかったからナオと話したくなっただけ。だってあいつらこむずかしいこと言ってても、目付きがやらせろやらせろっつってんだもん。バッカみたい。スキあらば触ろうとするしさー、ダレがタダで触らせるかってんだよ」

 ハルのそういう気性は時に争いごとを引き起こしたりしたが ─── 実際、ハルの客同士のケンカやハル自身刃物を突きつけられたこともあった ─── ナオの目にはひどく魅力的に映った。

(……そして、あのひとにも)
 
 ナオは店内が見渡せるカウンターに座っている和臣を見つめた。

(臣さんがハルを好きになるって考えてみれば当たり前だ。ハルはあんなにキレイで、ちょっと他にいないくらいキレイで勝ち気で選り好み激しくて安売りしなくて……でも臣さんにはなんだかんだ言って懐いてて)

(……僕とは全然違う。ひとつも似たところなんかない)
  
(チビでそばかすで色気もなくて、飽きてきて本当はヤる気も起こらない、……でもハルの友達だったから)

(ハルを思い出させるから)

 ナオは和臣から目を逸らした。

(だから、臣さんは僕を買ってくれてた)

 ここ一週間ほど和臣を客にしていなかった。売れ残りそうになるとすぐに帰ることにしていた。

 とっくの昔に飽きられているのに、和臣のマンションに連れて行かれ、仕事の間中ハルの思い出と比べられるのが辛かった。嫌だった。

(いや……?)

 なぜ、そう思うのだろう。

 和臣が似ても似つかない自分を通してでも、ハルの面影を捜そうとするならばそれを逆手にとって何回でも寝て、ふんだくってやればいい。
 和臣と自分は客と男娼なのだから当然の打算だ。
 けれど。
 
 けれど、ナオにはどうしてもそれが出来なかった。

 うな垂れていたナオは視線を感じ、顔を上げる。和臣が何気ない振りでこちらを見ていた。
 売れ残っていると知れば、「飽きてない」と主張する和臣はスタッフを寄越してカウンターに来るように言うだろう。

 ナオは和臣と目を合わせないようにもたれていた壁を離れ、フロアマネージャーの牧田にグラスを返す。

「あ、ナオ君、カウンターでなんか作ろうか。河合に何でも言って」

 和臣に気を利かせたのだろう牧田は、彼が陣取るカウンターに誘導しようとする。
 ナオは苦笑して頭を横に振った。

「も、帰るね。ドリンク高いし」
「そんなこと言わないで。なんだったらオーナーに付けといて」
「まさか。そんなずうずうしいこと出来ないよ」
 
 牧田は縁なしの眼鏡の蔓を指先で軽く持ち、位置を直した。心なしか困っているように見える。

「……あのさ、ナオ君。ドリンク、オーナーに付けたらきっと喜ぶと思うな。そのう、なんて言うか」
「え? なんで? 喜ぶわけないよ、そんなの」
「えーと、ナオ君が自分に甘えてるって言うか、頼ってるって言うかさ、………そういうの判る?」
 
 ナオは首をかしげた。
「なんで僕がオーナーに甘えなきゃいけないの? 迷惑でしょ、普通」
 
 それを聞いた牧田はため息をつき、こりゃ大変だ、と口の中で呟いた。ちらっとカウンターに視線を走らせる。

「ここんとこあのひと機嫌悪いんだよ、……君がちっとも相手にしてくれないから。お気に入りだって自覚ある?」
 ナオはあっけに取られ、まじまじと牧田を見る。─── 本気で言ってるんだろうか?

「他の客なんかほっときなよ。─── 君が他の男と出てったら荒れちゃってヒドんだから。お気に入りなんだから、オーナーだけ相手してればいいんだよ」

「何言ってんの、牧さん? 僕、オーナーのお気に入りじゃないよ。オーナーはねえ、他に好きな子が……」

 突然、背後から肩を抱かれる。
 なれなれしく耳元で囁いたのは ───。

「─── よう、ナオ。久しぶりだなオイ」
「……充」
 ナオにしつこく付きまとっていた幼なじみの充だった。牧田の目がすっと細くなる。

「放してよ」
「つれねえこと言うなよ。客付いたのか? 付いてねーんだろ?」
 目の下のクマが濃い顔を近づけてにやりと笑う。

 小、中と同じ学校へ通った充は、ナオが家にいられなくなった経緯を知っていた。家を出る前、夜中に何度かゲーセンで遊んだこともある。充は地元の高校に進学し、卒業と同時に家を出たナオはそれ以来、学校が同じだったというだけの幼なじみのことを忘れていた。
 
 思い出したのは四ヶ月前。ヘヴンで客待ちをしていた時、髪の色を抜いてすっかり面変わりしてしまった幼なじみが「俺だよ、充だよ。冷てーな」と言った時だった。

 あの時と同じ、舐めまわすような視線をナオに向ける。
 ぞっとしてナオは首に回された充の腕を解こうと手を掛けた。
 
「今日な、ちっと儲けたんだよ、……ほら」
 充の反対側の手が伸びてきて、ナオの手に五枚、紙幣が握り込まされる。

「こないだはあのオヤジに邪魔されたけど、今度は俺が先だろ。文句ねーよな?」
「……儲けたってバイト? こんな大金、僕に出すのやめて貯金でもしたら」
「うるせえな。お前を買ってやるって言ってんだよ。さんざんもったいぶりやがって、楽しませてもらうからな」
 
 充は周りが見えていないのか大声で話し、下卑た笑い声を上げる。
 クスリ、キメすぎだとナオが思った時、落ち着いた声が響いた。

「いらっしゃいませ、お客様」
「あ?」

 慇懃に頭を下げた牧田を充は睨めつけた。
 その間も首にまわされた充の手はナオの頬や顎を撫でている。顔を背け、嫌がるナオが痛々しい。

「申し訳ありませんが、そちらのお客様は先約がございます。手をお放しください」
「先約ってアンタ?」

 牧田の言うことなど意に介さず、ナオの喉を撫でていた手をそのままTシャツの襟から中に潜り込ませる。
 ナオはびくっと身体を震わせ、真っ赤になって俯いた。

「─── いえ、私ではありませんが」
「なら引っこんでな」
 顔をしかめて答えた牧田を一蹴する。

「俺ァもうこいつに何回もおあずけ食らってんだ。先約ならこっちの方だぜ。大体、どこに先約した奴がいんだよ」
 ナオの胸を撫でまわした手を再び顎へ持って行く。背けた顔に唇を寄せた。

「……いや……っ放せよっ……!」
 ナオが小さく悲鳴を上げ、充の手と唇から逃れようともがく。  
「お客様、困ります!……」
 切迫した牧田の声。ナオは血相を変えて向かって来るレイを目の端に捉える。
  
 そして、もうひとり。

「── 先約は俺だ」

 その声と同時にナオは充の腕から解放される。
  
 背後から近づいて来た和臣が、充の腕を掴んでいた。後ろ手に捻り上げる。
「~~いだだだだあっ!!」

 充の無様な悲鳴に店中の視線が集まる。
 和臣は充を突き放した。レイは転がり出てきた充を冷えた目で見下ろし、鼻を鳴らして元の壁際に戻って行く。

 牧田は和臣に頭を下げた。
「……申し訳ありません、オーナー。穏便に収めるつもりだったんですが」
「いや、いい。すまなかったな。もう下がってろ」

 涼しい顔の和臣に片腕を庇った充が食って掛かる。
「痛ってぇじゃねーかっ! ふざけんな、てめえなんなんだよ!」
「先約だと言ってる。ヤクのやりすぎで日本語忘れたのか?」
「……てめえ、この前の」

 血走った目で充は和臣を睨みつける。和臣は全く動じない。
 対峙する二人をナオはおろおろと見つめる。

 不意に充は卑しい笑みを浮かべた。
「残念だったなあ、おっさん。そいつはもう俺が買った。先約だろうとなんだろうと先に金出したもん勝ちだよな?」
  
 本当か、と言うように片眉を上げてナオを見る和臣。ナオがゆっくり指を開くと手の平の上にくしゃくしゃになった紙幣が現れた。
 充は笑みを深める。

「来いよ、ナオ。お前は俺のもんだ」

「─── そんなはした金でナオが買えると思ってるのか?」
 
 和臣は黒革の長財布でナオの手の平の上の紙幣を払い落とす。
 十枚ずつ束になった札をナオの手の平に載せた。……一束。二束、三束、四、五、……。

「臣さんっ」
 十を超えたところでナオは咎めるような声を上げる。
 固唾を呑んで様子を見ていた周りの客たちがナオの声を契機にしてざわつき始める。
 
 百万だ、とこそこそ囁かれる声にナオは頬を赤らめて俯いた。
(ち……ちが……やり過ぎだよ……)

「多く出す方に買われる。当然だな?」
 優しい猫なで声で言う和臣にナオは仕方なく頷く。

 出し抜けに、だん、と物を叩く大きな音がした。─── 充が立ち飲み用のテーブルの天板を殴りつけたのだ。
 振り向いたナオの目に顔を真っ赤にして怒りを隠そうともしない充が映る。

 充が掴みかかって来るのを危惧した和臣はナオを背中に隠した。
「臣さん、危ないからどいて。あいつかなりヤバいよ、……早く逃げて」
 背中で囁くナオを肩越しに見つめる。心配そうなナオの目つきにますます逃げる気が失せた。

「お前には指一本触れさせない。俺が買ったから俺のものだ」
「臣さん」
 切羽詰ったナオの声。

 ふたりを見つめる充の目尻がつり上がる。
 ぎりぎりと歯軋りをしてもう一度、拳をテーブルに叩きつけた。周りにギャラリーが大勢いることを今になって気づいたのか「見せもんじゃねえぞコラ、散れよ!」と凄む。

 ギャラリーの視線が充に集まる。冷たい目、目、目。
 充はきょろきょろと辺りを見回し、仁王立ちでナオを庇う和臣に舌打ちをした。

 状況が悪いと見て取り、踵を返した充の背中に和臣は声をかける。
「忘れ物だ」
 振り返った充は投げられた物を反射的に受け取る。─── 丸められた五枚の紙幣だった。
 和臣を睨みつけ、背を向ける。通り過ぎざまカウンターチェアの足を蹴り、店を出て行った。

 

 

    

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きみの手を引いて:8

 

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 第八話

 
  
 紺色のパジャマを身に着けたハルが柚月のベッドで眠っている。少し開いた唇から歯を覗かせたあどけない表情。髪の毛は生乾きで艶やかに光っている。
 ソファーで眠ってしまったハルを、柚月がベッドへ運んだ昨日の夜と同じ状況だった。

 違うのは ───。
 
 自分の手がハルのパジャマのボタンを外していく。
 柚月は自分の意思とは裏腹のその行為に驚き、慌てた。
 しかし手は止まらない。

 気配に気づいたハルは身動ぎして目を開けた。
 ぼんやりと柚月の顔を見上げ、次に襟元を寛げようとしているその手を凝視する。
「……柚月さん……?」

 もう一度柚月の目を見つめた時、何が起こっているのかを察したハルは ─── 泣きそうな表情で頭をゆっくり横に振った。

「柚月さん……」
 嫌だという響きをひそませた、小さな小さな声。

 柚月はハルの身体にのしかかった。
 押し戻そうとするハルの手を払いのける。
 背けた顔を無理やり自分の方に向かせて口付けた。ハルの左手は柚月の肩を押し、右手は柚月のTシャツの背中を引っ張り引き離そうとする。

 そんな必死の抵抗も意に介さず、柚月はハルのいつもほの赤い唇も温かく甘い口腔も思うさま味わってようやく解放した。
 すぐに身体を捩じって柚月から逃れようとするハルの腕を掴み、ベッドに押さえつけ滑らかな喉に唇を這わせる。

「……やだっ……やめて……!」
 とうとう悲鳴を上げたハルの目に涙が浮かんでいた。
 構わず柚月の舌はボタンの外れた胸元へ進む。

 ハルの両足の間に片膝を割り込ませ細い腰を押さえつける。足をばたつかせる事も出来なくなったハルは諦めたのか、身体の力を抜いた。

 柚月はハルのパジャマのズボンに手を掛ける。
 横を向き中空を見つめるハルの瞳から涙がこぼれた。

  

  

 
「───!」
 柚月は飛び起きた。
 自分のベッドの上。レイプされたハルが隣りにいる ─── などということは無く一人だった。

 息を荒げて周りを見回す。暗い中に作り付けのクローゼットの扉が浮かぶ。本棚の前には入りきらない本が積んであり、その横の机の上はノートパソコンやら書類やらが占領していた。決して広くは無いが過ごしやすい見慣れた自分の部屋だ。真っ暗なのは真夜中だからだろうか。

 枕元の目覚まし時計を見ると午前二時。柚月はパジャマの襟ぐりを片手で掴んだ。
(夢で良かった……)
 心底、そう思った。まだ動悸が治まらない。

 ほっとしたのも束の間、自己主張する下半身に気づいて落ち込む。
(……眠ってる相手に何かするなんて最低なことはしない、だと? 我ながら聞いて呆れる、夢に見るほど触れたかったくせに)

 壁に頭を打ち付けたい。自己嫌悪でどうかしそうだ。
 ベッドに横になりタオルケットを頭の上まで引き上げる。二転三転、寝返りを打つがとても眠れそうになかった。
 
 諦めてタオルケットを跳ね除ける。ベッドを下りて部屋を出た。
 もう暗闇に目が慣れていたので、明かりを点けずに真っすぐ冷蔵庫に向かう。冷えたビールを取り出して、プルトップを引き上げた。
(ちょっと落ち着いてから寝よう)

 一気に半分ほど飲み一息つく。油断すると夢の中のハルが、泣きそうなハルが容赦なく脳裏に浮かんでくる。
(最悪だ。最低だ……)
 
 どうせ夢なら抵抗しないで欲しかった。
 一瞬そう考えて、もうアルコールがまわったのかと冷蔵庫のドアの表面に額をぶつける。ごち、と頭の中に響いた。

「─── 柚月さん」
 唐突に。
 本当に唐突に、ハルの声がした。……背後だ。

 柚月は呼吸を止めて振り返った。
 ハルが、いた。間の悪いことに紺色のパジャマを着ている。─── 柚月に触れられるのを嫌がり、顔を背け「やめて」と懇願した夢の中と同じパジャマ。

 柚月の動揺も知らず、当の本人は不思議そうに首をかしげた。
「……どうかしたんですか?」
「どっどうかって、な、なにが」

「あの、……いつも冷蔵庫相手にキスしてんの?」
「違うっ! そんなわけないだろう!」

 冷蔵庫にキスしてたんじゃないキスしたいのはお前だそれ以上もしたくてでもめちゃくちゃ嫌がられてああ夢だった良かったと思ったけど下半身が落ち着いてくれなくてアルコールで紛らわそうとして、だから。

 だから、これ以上近寄るな。

 ハルは背伸びをした。
「あれ、……カオ赤いよ? 熱あるんじゃ」
 ひやりとした冷たい手の平が柚月の額に押し当てられる。何の警戒もしていないハルの仕草。
 理性が飛びそうになった柚月は。

「触るな!!」
 ハルの手を、自分を心配しているその手を払いのけた。
 ぱしん、という乾いた微かな音。
 驚いたハルの表情。
 払いのけられた手を見つめ、また柚月に焦点を合わせる。

 ─── 夢でしか見たことの無いハルの泣きそうな顔。
 柚月は動転した。
 いつだってハルは生意気に自分をからかい、明るく笑っていたのに。
 
「あ……あ……ごめん、そんなつもりじゃ」
 本当は振り払いたくなかった。その手を掴み、引き寄せて抱きしめたかった。
 ─── 安心しきって無防備に近づいてきたハルはどんなに驚くだろう。慌てて振り解こうと抵抗、夢の中と同じように「やめて柚月さん」と悲鳴を上げて ───。

 そんなことは出来ない。嫌われてしまう。
「ね……熱なんかない。昨日だって何もしてない、本当だ! 何かするつもりなんてない」

 自分に言い聞かせるように呟く柚月。
 ハルを無理やり手に入れようとする夢を見た罪悪感、たった今もハルを自分のものにしたいと主張する下半身に対する罪悪感。

「俺に近寄るな」
 今、ハルにそばに来られたら理性が消し飛ぶ。

 右手にある半分残った缶ビールを抑制剤にしようと握りしめる。その冷たさに意識を集中させた。

「……何もしてないって知ってるよ」
 俯き、微かに震える小さな声。

「オレが風邪引くと思って、運んでくれたんだよね。知ってるよ。……でもそのせいで、柚月さんが風邪引いたんじゃないかって、オレ」
 柚月の額に触れ、払いのけられた手を見つめてぎゅっと握る。

「なれなれ、しく、して、ご……ごめん、なさい」
 たどたどしいハルの言葉。握った手の甲で瞼を擦った。

(泣かせた)
 身体の熱がすうっと冷めていく。
 柚月はうろたえた。どうしたらいいのか判らず立ち尽くす。

 身を翻したハルは足早にロフトに上がってしまう。

(泣かせてしまった。どうしよう。どうしたらいい?……あのままハルに触れられていたら無理やり抱きしめてた、キスしてた、それ以上もきっとしてた……! だから仕方なかった、好きでもない奴にそんなことされないように警告した)
 
(ハルの為だけじゃない、ハルに嫌われたくなかった。力ずくでそんなことしたら嫌われてしまう)

(嫌われたくない)
 柚月は縋るようにロフトのカーテンを見上げた。物音も、─── 泣き声も聞こえない。
 
 柚月はゆるゆると右手を上げ、ビールを一口飲んだ。 
 もう飲む気になれないことに気づいて、缶をシンクに置き、肩を落とした。

  

 

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「きみの」四十一話更新♪

  

 「きみの手を引いて」四十一話、小説家になろうサイト様にて更新しました

 子供たちがPCを使っていた為、(八月家にはPC一台しかないのです)今日は無理か、と思ったのですが、隙を見て更新。

 そして今、ポケモンガーデンに夢中だった彼らは、それぞれDSとかPS2のバイオハザードとかをしています。ゾンビ(アンデッド?)のうめき声が怖い……。Σ(゚д゚lll)アブナッ !

 そういえばWiiが壊れてしまいました。なんでだろう。

 

ヘヴンズブルー:6

  

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 第6話

 

       
 その日を境にして、和臣の目はナオを追い始めた。

「客が付かなかったら言えよ。俺が買ってやる」
 
 あの日の朝、そう言った和臣を「オーナーの気まぐれ」とばかりにナオは本気にせず、笑った。

「売れ残りなんか相手にしなくたって、臣さんならよりどりみどりでしょ」
 
 出会ったのは一年以上も前、ナオは今までの間に和臣が自分と同じシゴトの子をとっかえひっかえしているのも、玄人素人問わず女遊びを繰り返すのも、目の当たりにしてきた。

 またナオはナオで客が誰であれ、よほど性質が悪くなければ金で買われる商売をしてきた上に、和臣に過去を知られてしまっている。

 和臣が自分に執着するなどありえない。少なくともナオはそう思っていた。

 ナオに相手にされなかった和臣は、歯噛みする思いで彼の常連客を睨みつける。

 ナオが常連客に向ける笑顔や、さりげなく甘える仕草、連れ立って店を出て行くときの和臣の目付きはあからさまに尋常ではない。

「ナオの隣にいる奴、誰だ。知ってるか」

 たまたま運悪くカウンターの中にいたバーテンの河合は、雇い主の剣呑な声にびくつきながら答える。

「えーと、……最近、ナオくんのこと気に入ってるみたいで……高木さんってナオくんは呼んでましたけど……結構はずんでくれるって喜んでましたよ……」

 高木は実直で人の良さそうな顔をしていた。小太りで眼鏡をかけている姿は、普通の四十代後半のサラリーマンだ。笑うと目がなくなりいかにも優しそうに見える。

 ナオを愛人として囲っていた島崎 ─── 和臣は見たこともなかったが ─── と重なり、胸がちりちりと焦げる思いがした。

(……あんなふうに……島崎にも笑って……)

 暗い照明の下で高木に笑いかけるナオから目を背ける。手の中のグラスをぐっと握りしめた。

「ま、まあ、ナオくんもせっかくの常連さんですから……愛想良くしないと……」

 雇い主に八つ当たりで眼光鋭く睨まれ、河合はそそくさと奥の厨房に引っ込む。一部始終を見ていたレイはその後、他のスタッフに「だってオーナーが怖いんですよう、カウンターにいられません~」と泣き言を言っている河合を目撃した……。

 ナオの客が顔を出さない夜の和臣はまるで別人のように機嫌が良かった。フロアマネージャーを使って彼をスタッフルームに呼び出し、相場に上乗せした額を提示する。

 ナオはいつも困ったように和臣を見上げ、仕方なさそうにうなずく。
 その様子は、彼を金で無理やり自由にしているという意識を和臣に植え付け、苛立ちを生んだ。

 和臣は苛立ちをかき消そうとナオを何度も抱く。
「……や…っ臣さん、も……やだっ……」
 
 哀願するナオの唇を、枕に押し付け、あるいは和臣自身の唇で塞ぎ欲望を満たした。

 そんな夜が幾日も過ぎ、ついに和臣はナオへの気持ちを自覚した。

 一日中、ナオのことが気にかかって仕方がない。ヘヴンに来なければ外で客引きをしているのかと気を揉み、来たら来たで声をかける奴がいないか、やきもきしながら見守る。
 
 いっそそれこそ愛人にでもしてしまえばいい、という考えが頭をもたげないでもなかったが、和臣には出来なかった。

 欲しいのはナオの心。

 ─── 身体だけいくら手に入れてもムダだ。
 
 ナオの過去を知ったあの夜の予感は的中した。
 和臣はナオに心を奪われ、どうしようもなく夢中になってしまった。

 そんな自分がおかしくてこみ上げてくる笑いを抑えることが出来ない。
「臣さん?」
 
 和臣のベッドの中。きょとんとした面持ちで下から見上げてくるのはバスローブ姿の愛しき君。

 一緒に夜を過ごすのが何回目か、正直ナオは覚えていない。
 それでも、ベッドの中でいきなり和臣が笑い出したことは今まで一度もないはずだ。

 和臣はひとしきり笑うと、ナオの柔らかい髪の毛を撫でた。
 
「今日はいい」
 とびきり優しい声で囁き、はだけたバスローブを整える。まるで壊れ物を扱うように彼の頬に触れた。

「何もしなくていいから、朝までそばにいてくれ」

 ベッドの中でナオは戸惑い、不審な表情で和臣を見上げる。
 和臣の真意がわからない。

 ─── 何もしなくていいって?

 つい、おとといまでさんざん僕の……アレ、舐めて「イイ声だ」って言ってたのに?「お願い」しなきゃイかせてくれなかったのに?

 僕の中の気持ちいいとこ指で探して、見つけたらそこばっかりいじって、僕が泣きそうになってもやめてくれなかったのに?

「─── 飽きたから?」

 ナオの言葉に和臣は驚く。ただ、ナオのぬくもりを抱きしめて眠りたかっただけだ。
 終わった後、ナオはさりげなく離れて眠ってしまうから、だから。

 初めから何もしなければ、朝まで腕の中にいてくれると思っただけだ。

「あ、図星。いいよ、飽きたなら飽きたって言って下さい。僕はこの通り色気もないし、ハルみたいな美人でもない、チビでそばかすの売れ残りだよ。……とっくの昔に飽きたって言われてもおかしくないんだから」

 ナオは和臣をそっと押しのけて身体を起こす。

「へへ……とうとう飽きられちゃった。まあ持ったほうだよね、臣さんみたいなひとが僕なんて買う必要ないもん。ハルを思い出させるからって、無理に僕みたいなの買わなくても」
 
 ベッドを下りようとしたナオの肩を掴む。
 強く引いて、和臣はナオをベッドに押さえつけた。
  
「─── 二度と」

 低く、押し殺した声が和臣の口から漏れる。

「二度と、あいつの名前を出すな」

 ナオが自分でも薄々とは気が付いているであろう劣等感から、ハルの名を出すのが見ていられなかった。

「……お前が一番美人だって言ってるだろう?」
 
 ナオは怯えたように覆いかぶさる和臣を見上げる。─── 和臣の逆鱗に触れたと思った。

(……やっぱり、ハルのこと好きなんだ)

 他の男に取られた、本気で好きな子の名前を何度も呼ばれて面白いはずがない。

(どう……どうしよう、臣さんを怒らせた……)

 この失敗をどうにか取り繕わなければ、とナオはおずおずと口を開く。

「ご……ごめんなさい。もう、あの……呼んだりしないから……」

 普段は対等な風を装うナオが、自分の機嫌を損ねまいとする様子は和臣の劣情を掻き立てた。

 乱暴に唇を奪う。一方的なキスの後、和臣はナオの耳朶を甘く噛みながら囁く。

「……飽きてなんか、いない」

「……うん……」
   
 ちっとも納得していない声色で肯定するナオの首筋に舌を這わせる。
 びく、とナオは身体を震わせた。

「……俺が怖いのか?」
 
 バスローブの合わせから手を差し入れ、小さな突起を指で弄ぶ。優しく摘まれナオは身を捩った。

「……そりゃ、……ヘヴンのオーナーだもん……」
 
 和臣はすっと目を細める。─── いつまでもたっても、ナオにとって自分は追い出されたら困る「仕事場」のオーナーで、寝たくなくても断れないってわけか。

 同じ夜を幾度過ごしても。

 自分がどれほどナオを思っていても。

「……そうか、よく判った」

 冷える心とは裏腹に和臣の熱は高まっていく。身を捩るナオの仕草が拍車をかけた。
 
 執拗にナオの薄い胸を舌で舐る。バスローブの裾を割り、膝から柔らかい太ももを撫で回した。付け根には手を触れない。

 それでも、ナオ自身が徐々に大きくなっていく。

「ん……っう……」
 
 ナオが微かに漏らす声に煽られ、彼のものを口に含む。一瞬ナオは身体を硬くしたが、すぐに力を抜いた。

 うすぼんやりと夜が明ける頃、やっと解放されたナオはぐったりと身体を横たえる。いつにも増して執拗な和臣の愛撫に疲れ果てていた。

 何度も頂点を昇らされ、喘いだ喉がひりつく。

(……そういえば「あンのエロオヤジ、しつこいんだよっ」ってハルがずっと前言ってたっけ……)

 なるほど、と思わず笑いそうになる。

 和臣と目が合い、笑うのを止めた。

 ─── ひどく寂しそうな目の色をしていた。

 ナオの頬にゆっくりと、手を伸ばしてくる。恐る恐る指先が触れ、手の平が頬を包み込む。

 和臣の優しい手の平の熱が心地よくて、ナオは目を閉じた。

(本当は、ハルにこうしたいんだろうな……)

(何だってハルはあのひとなんか選んだろ……臣さんはこんなに優しくて、ハルのこと思いながら僕を身代わりにするくらいなのに……)

(けど、身代わりも今日でおしまい。……臣さんに飽きられちゃった。そりゃそうだよね、ハルに比べたらお粗末で話にならないもん)

(僕は、ハルじゃないもの……)

 沈み込むような眠りにナオは落ちて行く。
 和臣はナオを背中をから抱きしめ、腕の中に閉じ込める。

 ─── ナオの心が遠くて、どうしたらいいか判らない。

 近づき方を知らない和臣は、ただ抱きしめることしか出来なかった。

  

    

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きみの手を引いて:7

   

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 第七話

 

      
 普段なら起きるのが遅いハルの朝食を作るだけ作って、顔も合わせずに出かけてしまう柚月だったが、その日の朝は二人でテーブルに着いていた。

 ソファーで眠ってしまった柚月が寝坊したのだ。九時過ぎに目が覚めた彼は慌てて服を着替えに自分の部屋へ飛び込んだが、そこに居るはずのハルがいない。

 着替えもせずに自分の部屋から出ると柚月はリビングを見回し、ロフトの梯子に手を掛ける。
 少しカーテンが開いたのを感じたハルは寝ている振りをした。目を閉じて規則正しい呼吸を繰り返す。

 柚月の気配が去ってから目を開けた。気づかれないように寝返りを打つ。
 ─── ハルは自分の布団に入ってから結局、一睡も出来なかった。

 どうしてなのか判らない。落ち着かない。
 柚月の事ばかり頭にちらついて離れない。
 
 そうこうしている内に「朝メシ、食うか?」と柚月に声を掛けられ、「あっ、うん」と答えて飛び起きたハルはロフトの天井に頭をぶつけた。

 頭をさすりながらダイニングの椅子に座り、今に至っている。
「あの、……今日、ガッコ行かなくていいの」
「午後から行く。……午前は諦めた」

 柚月をまともに見れずハルは目玉焼きを凝視した。
「……寝坊したの、オレのせいだよね……? ソファーで寝たから……」
 抱き上げられた時、からかったりしないで起きれば良かったと悔やむ。

「お前のせいじゃない。目覚まし掛け忘れた俺が悪い」
 飄々と言う柚月に反発心が募る。─── オレのせいだと思ってるくせに。

「何でベッドに運んだりしたんだよ? ソファーで寝かせとけば良かったのに。……あ、ひょっとしてイタズラするつもりだった? てゆーか、イタズラした?」
 口が勝手に動き、止まらない。
「寝てると思ってチュウぐらいしたんじゃないのー」
 
 ばかッ、それはオレだ、とハルは自分で自分の頭をぶん殴りたくなる。
 柚月は何もしなかった。ハルの髪の毛をそっと撫ぜただけだ。
 
(判ってる。知ってる)

 イタズラしたのはオレの方だ。ハルはぐっと言葉に詰まり、唇を噛んだ。
 柚月は箸を止めて、起きてから視線を合わせようとしないハルを見つめた。

「風邪引くと思って運んだだけだ。……疑われても仕方がないけど、何もしてない。本当だ。証明は出来ないが」
「ほらっ証明できないじゃんか、何もしてないって口だけなら何とでも言えるもんね!」
 ちきしょうこの口を縫い合わせてしまいたい、とハルは心の中で悶絶しながら、柚月に思ってもいない言葉を投げつけてしまう。

「溜まりすぎでオレに抱きつかれただけで勃ってんのに、何もしてないなんて信じられるわけないだろ!」
「……信用してもらえないのは判ってる。けど本当に何もしてない。眠ってる相手に何かするなんて最低なことはしない。本当だ。信じて欲しい」

「───」 
 ハルはぽかんと口を開けて柚月をまじまじと見た。
 柚月はさらに続ける。

「ただベッドへ運んだだけだ。信用したか?」
「……最低……?」
「え?」
「……ああ、そっか……サイテーか……そうだよね……」 
 
 ハルは頭が真っ白になっていた。
(「眠ってる相手に何かするなんて最低」)

 ……その通りだ。
(だって柚月さんはオレの恋人でもなけりゃ客ですらなくて、だから勝手にキスなんてしたらいけなくて) 
(眠ってて意識がない時なんて絶対ダメで)

「……っ」
 俯いてハルは立ち上がる。乱暴な所作に、ガタンと椅子が鳴った。
「……ハル?」
 トーストを口に入れようとした手を止めて柚月はハルを見上げる。

 ハルは視線を合わせず足早に柚月の側を通り、ロフトに向かう。
「おい、メシは? ほとんど手、つけてないじゃないか」
「いらない」
「いらないって……」
「ほっとけよっ、……柚月さんなんか」
 
 優しくて誠実でお人よしで、朴念仁。オレに、ただの居候に、寝てるときキスされたのも気が付かない。

 そんな最低なことされたのも気が付かない。

(……当たり前だ。判らないようにしたんだもん。後でこのひとが聞いたらどんな顔するか、からかってやろうと思って)

(……あんなこと、しなけりゃ良かった)

 ひどい後悔の念が襲う。柚月に最低と罵られるくらいだったら、何もしなければ良かった。

「ハル? 一体どうし……」
 目の縁を赤くして涙を溜めたハルに驚く柚月。席を立ってハルに近づく。
 ハルはロフトに逃げ込んだ。

 慌てて追う柚月の目の前でシャッとカーテンが閉まる。
「待っ、話を聞いてくれハル、本当に何もしてないんだっ。い……いや、あの、ほんとはちょっとさわっ……髪、髪の毛を撫でただけだ! ごめん、嘘ついてごめん、もうしない、悪かった! でもほんとにちょっと触っただけなんだ、寝込みを襲うような真似は絶対してな」
「もうっほっといてよ! 柚月さんのばかっ!」
 
 髪の毛撫でた? なにそれ? 触ったうちに入んの? 謝るようなこと?
 オレなんか。
 寝込み襲って悪かったねー!

 ……ハルは心の中で絶叫してタオルケットを頭から被った。

 

「……ハル」
 ハルにばか、と罵られた柚月はそれを真っすぐに受け止めて落ち込んだ。
 
 なぜハルが急に怒り出したのか判らない。何もしていないと言う言葉を信じられなかったのだろうか?

(……信じられないのも無理はないか)

 柚月はため息をついた。─── あれだけ見惚れて、抱きつかれただけで半勃ちになってるようでは信用できなくて当然だ。俺がハルでも不信感を募らせるだろう……。

 自分で考えたことに柚月はますます落ち込む。
 浮かない表情で洗濯物を干し終え、カーテンがぴっちり閉められたロフトを見上げた。

 声をかければハルの機嫌は尚一層悪くなるだろう。
 静かにその前を横切り、玄関で靴を履く。パーテーションからもう一度ロフトを覗いたが、開く気配のないカーテンに肩を落とし、柚月は外へ出た。

 

 

 

 夕方、帰って来た柚月はシンクに朝食を平らげた皿が置いてあるのを見て、ほっとした。ハルが何も食べないのでは、と一日中危惧してしまった。
 彼がそのことを知れば「うざっ、ガキじゃねんだから」と顔をしかめるだろう。

 その顔を想像していると、ロフトのカーテンが開いた。
 ハルはしかめ面ではなく、寝ぼけ顔だった。今まで寝ていたらしく目を擦りながら降りてくる。

「……朝? 夜?」
「夕方だ。メシ作るから待ってろ」
「うん」

 ハルが普通に話してくれたことに安堵し、柚月は上機嫌で洗濯物を取り込んでから台所に立つ。
 食材を刻みながら、ふとハルを見るとソファーの脇で洗濯物を畳んでいた。

 珍しいな、というか洗濯物畳む所初めて見た、と思いながら柚月は手早くチキンのトマト煮込みとサラダを拵える。昨日の残りの肉じゃがをテーブルの上に出した時には、ハルはもう食べ始めていた。

「おかわりっ」
「……昼メシ食ってないだろ、お前」
 突き出された皿を受け取り、なみなみとチキンをよそってハルに手渡す。

「細いのに良くそんなに食えるな」
「成長期なんだよ。柚月さんみたいなオジサンには判んないだろうけどー」
 がっつきながらハルは憎まれ口を叩く。普段どおりの彼に柚月は安心する。

 メシ作って二人で食べて、ハルの食いっぷりに呆れて。
 そうしてる内にちょっとぎくしゃくしてた空気なんかなくなってしまう。

 ハルが無意識に切ない目で自分を見ていることに柚月は気づかず、いつもと変わらない彼だと信じて疑わなかった。
 
 

    

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ヘヴンズブルー:5

  

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 第5話

 

       
「……親が離婚したのは十歳の時だったかな。どっちも僕のこと欲しがらなくてさ。こんなそばかすだらけのみっともない子、いらない、迷惑だって怒鳴り合ってた、父親も母親も。それでも仕方なく父親が引き取って……すぐに新しい母親が出来たよ。離婚する前から付き合ってたひとみたい」

 ナオは淡々と話した。
 くす、と笑みさえ浮かべる。

「その人が絵に描いたような意地悪な継母だったってわけじゃないよ。いいひとだった。優しくて……七生ちゃん七生ちゃんって、実の母親よりも気に掛けてくれた。
 なのに、どうしても懐けなくて……僕が悪いんだけど。
 お母さんて呼べなかった」

 和臣はナオのくせのある髪の毛に顔をうずめた。
 抱く腕に力を込める。
 
「その内、あんまり話さなくなって……父親は僕のこと疎ましがってたし。すごい寂しい家だった。毎日、しーんとしててさ……。
 中学生の時、妹が出来たんだ。可愛かったよ。手なんかこんな小さくてさ、ミルクの匂いがしてた。当然、父さんもあのひとも妹に夢中になったよ。もう溺愛。
 父さんとあのひとと赤ちゃん、それで一つの家族。
 僕の居場所なんて、どこにもなかった」

 ナオは和臣の腕をやんわりと解き、ベッドの上でひざを抱えた。
 静かな笑みを浮かべている。
 
「遠慮がちに話しかけてくるあのひとも、僕を無視する父親もどっちもウザかった。妹は可愛かったけどどう扱ったらいいのか判んなかったし……自分の部屋にいても妹の泣く声とか一生懸命世話するあのひとの声とか、父さんとあのひとが妹のことで笑いあう声とか聞こえてきて。
 居づらくて、ほんと居づらくてさ、家に帰りたくなくて。
 ……僕は妹と違って、要らない子供だったから……」

 こんな話、退屈でしょうとナオは横になったままの和臣を見下ろす。
 和臣はいいやと頭を横に振った。

「……家にいらんなくて、どこも行くとこなくて……ふらふらしてたら、女の人に声掛けられた。初めてシゴトして……てゆーか、童貞だったんだよね、そんとき。で、二万もらって……気持ちいーことしてこんなもらえるの? ラッキーとか思って。何回か女の人相手に仕事して、家出たかったからもっと稼げないかなあと思って……男の人、相手にした」

 へへー、とナオは笑う。処女ソーシツ。すっごいイタかった。終わったあとの方が痛いよねー。
 面白くない和臣はつっけんどんに、それで、と先を促した。

「その男の人さ、僕のこと気に入ってくれて、専属……結婚してたから、愛人? みたいなことになったんだ。一年くらい。家には夜バイトしてるって言って、まあほとんど帰らなかったしその頃はもう、父さんもあのひとも僕には無関心だったから……で、中学卒業する時に一人で暮らすって言って家出て、その男の人にお金出してもらってアパート借りた。愛人みたいって言うか、こうなるともう完全に愛人だよね」

 和臣はナオの腕を掴んで強く引いた。
 体勢を崩したナオは和臣に組み敷かれる。

「……二年経って、奥さんにバレたんだ」

 ナオは無表情でわずか数センチ先の和臣の目を見つめた。
 すぐにいつもの柔らかい笑みを浮かべ、軽い口調で話を続ける。

「すっごい修羅場。アパートに乗り込んできて、いきなり頭、バッグでぶん殴られた。あんた一体なんなの、男のくせに……って。僕もそう思った。僕は一体何なんだろう、何で男と寝てんだろう、どうしてこんなことになっちゃったんだろうって。ぼーっとしてたら、奥さんに首絞められて、島崎さんが ─── あ、旦那さんね、止めに入って。ふざけるな、殺してやるとか奥さん泣き喚いて物投げてくるし、島崎さんはそれなだめようとして、落ち着け落ち着けってそればっか……もうここで奥さんに殺されてもいいやとか思ってたら、島崎さんが奥さんの肩抱いて出てって……のど痛いし、部屋ん中めちゃくちゃだし、放心状態で座り込んでたらケータイかかって来て。島崎さんから。もう二度とアパート行かないって小さい声で言って、切れちゃった」
 
 和臣は絞められたというナオの白いのどに指を這わせる。
 無論、そこには何の跡も残されてはいない。

「なんかさ、あの修羅場の後、めちゃくちゃの部屋の真ん中で自分もぼろぼろで、堕ちるとこまで堕ちたってこんなカンジかなーって思った。男なのに男に囲われてお手当てもらっていい気になってたら、奥さんにバレて殺されそうになって。……サイッテーだな、死んだ方がマシだなって思った。でもさ、部屋片付けてる間になんかおっかしくなってきちゃって。今時、昼ドラでもこんなのないよって。
 泣きながら笑ってた。声、掠れて出ないんだけど。
 両親に要らないって言われたときに死んじゃえばよかった、そしたらこんなめちゃくちゃなことにならなかったのにって思いながら、昼ドラかよって自分で突っ込んでんの。殺されかけていよいよ頭おかしくなったんだなーと思って、もうどうでもいいやって一晩寝て、……通りに立ってお客探した」

 金、なかったのかと和臣は訊く。
 ナオは頭を横に振った。

「……しばらく生活してけるくらいはあったけど、家賃とか島崎さん当てに出来なくなったから……それにもうこんなめちゃくちゃなんだし、どうだってイイやって。あの人以外、男相手にしたことなかったんだけど案外平気だった。やることなんて大して変わんないし、……その内ヘヴンとかにも行くようになって、ウリ街道まっしぐら。─── ね。大層な理由なんてないでしょ」

 和臣はナオの額にかかる髪の毛を撫で上げる。
 あきれた? と訊くナオに首を振ってみせた。

「ムリしなくていいよ。こんな奴そばにいたら、僕ならなんてバカな奴なんだろうって呆れてる。
 ……あの時。
 親に要らないって言われたあの時、死んじゃえば良かったのかなあ?
 僕がハルみたいにキレイだったら要らないって言われなかったかなあ? そしたら、もっと、……」
 
 ナオがハルに固執する訳を、和臣は思い至る。
 ─── ハルに、というよりも美醜に。ハルはナオが知る少年の中で最も美形というだけだ。

「……つまんない話して、ごめんね」

 和臣はナオの額にキスを落とし、お前が一番美人だと囁く。
 目をぱちぱちと瞬かせたナオはにこりと笑った。

   

     

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きみの手を引いて:6

    

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 第六話

 

        
 ドアが静かに閉まり、柚月の寝室は真っ暗になった。ハルは薄目を開けて部屋の主が出て行ったことを知ると、上半身だけ起こす。

(……何も、しなかったな)

 膝を抱えた。

(アタマ、撫でられた)

 柚月がやったように自分の頭を撫でてみる。顔を膝に埋めた。

(子供扱いすんじゃねーよ……!)

 ハルは柚月に抱き上げられた時からずっと起きていた。彼をからかったのだ。

 ベッドに連れ込んできっと何かするに違いないと思った。眠っているのをいいことにイタズラするに違いない、と。─── レイプされるかも知れない、とさえ思っていた。

(それなら、それでいい)

 減るもんじゃなし、それで今まで出して貰った洋服代、食費 ─── 全部チャラになるなら安いもんだ、と思った。

 ところが柚月は。

 何も、しなかった。頭を撫でてその手さえもたちまち引っ込めて、その後は指一本触れずに静かに行ってしまった。

(いくら好きな奴としかしないったって、溜まってんだからこの際オレで我慢しとけばいいのに)

(……そんっなにオレじゃ嫌なのかな……)

 眠ってると思ってイタズラするぐらいだったら見逃してやったのに。

 ハルは柚月の出て行ったドアを見つめた。

 

 

 

 ─── 気が付くと朝になっていた。
 
 自分のいる場所が判らず、ハルは飛び起きる。柚月のベッドだと思い出して辺りを見回すが ─── 柚月はいなかった。

 ベッドを下りて柚月の寝室を出る。
 
 リビングのソファーで横になっている柚月を見つけた。半分落ちたタオルケットを朝の弱い光が照らしている。

 ハルはぼんやりと柚月を見つめた。

(……どうしてこんなとこで寝てんだろう)

 柚月のベッドはダブルだった。ハルが小柄な分、ふたりで横になっても充分な広さがある。
 彼がソファーで寝なければならない理由は特に見当たらない。

 横幅はないが背だけは高い柚月に、ソファーはひどく窮屈そうに見える。と、眉根を寄せて少し唸ると足を伸ばそうとする仕草をした。

 もちろんそれは果たせず、片方の足は床に落とし、もう片方は曲げたまま動かなくなった。

 ハルは見かねて、声をかけた。

「柚月さん、起きて。ベッド行こう」

 誘ってるみたいだと思い、戸惑う。そうじゃなくて。

「……ベッドで寝てください、」

 柚月はぐっすり眠っている。

 ハルは柚月をお姫様抱っこするような腕力も体力も持ち合わせていない。どうしようもなく、傍らに座り込んだ。

 どうして自分のベッドで寝なかったんだろう。ハルは思いを巡らせる。

 オレと一緒なのが嫌だった。ならわざわざオレをベッドへ運ぶ必要はない。

(オレがここで寝れば済むことだし)

 じゃあ、実はヤってしまうつもりで連れて行ってうっかりソファーで寝てしまった。

(いくらなんでもそんなマヌケな)

 考えてみれば、眠っている相手をベッドに連れ込んで犯すなどという荒技を柚月が繰り出すとは思えない。

(……疑ってたオレが言うのもなんだけど)

 柚月が優しい、いい奴だ、とハルにも判っていた。

 冗談一つ言うわけでも、愛想がいいわけでもなく、ハルが話しかけなければ一日中でも黙っているような男だったが ───。

(……優しい、いいひとなんだ)

 好きでもない自分に欲情しても指一本触れない、そういうひと。

 力ずくで乱暴したり ─── あるいは、家に置いてやる代わりに抱かせろ、などど天地がひっくり返っても言えそうもない。

(かと言って、好きだって嘘つけるひとじゃないし)

 自分自身にも、ハルにも。

(……好きじゃなくたって、嘘つかなくたって、やらせてやるのに。オレ平気なんだから。そんなのちっとも)

 そう思いながら、ハルは心のどこかで安堵していた。
 ─── 柚月が自分に手を出さなかったことが嬉しかった。

 柚月の顔を覗き込む。意外に長い睫毛や高い鼻梁、少し乾燥しているけれど形の良い薄い唇を順番に眺める。うっすらと生えた無精ヒゲに手を伸ばした。

 指先に触れるその感触を珍しく思いながら指を這わせる。

 ハルはヒゲが生えたことがなかった。発育不良なのだと思う。
 いい加減、十六にもなればヒゲくらい生えて、喉仏も出て、脛毛も多くなっても良さそうなのに ─── せいぜい声変わりしたくらいで、しかもそれとて低い、通りの良い声とは言えない。

 柚月の高い背丈や大きな手、広い背中に喉仏、無精ヒゲまでもがハルのコンプレックスを刺激した。

(男前で背が高くって頭も良くて優しくて誠実で、……なんかそれって出来すぎ。イヤミだよなー)
 
 ハルは柚月の唇に目を留める。ちょっとした、イタズラ心だった。

 くちづける。

 ほんの軽く触れるだけのキス。

 すぐに離れた。

(……あれ)

 自分の心臓の鼓動が速まっている事に気づく。

(なんだ、これ。……キスなんかなんでもないだろ。ちょっとからかってやっただけ。後でこの人が聞いたらどんな顔するかな、と思って)

(ほんとどんな顔するだろ。真っ赤になるかな。好きな奴以外にするなって怒るかな)
 
 好きな奴 ─── と考えて、ハルの鼓動はますます速くなる。

(なんかおかしい、オレ。変だ)

 ハルは立ち上がり、落ちかけているタオルケットを柚月の胸まで引き上げた。
 逃げるようにロフトに上がる。カーテンを閉めて布団に横になると、頭までタオルケットを被った。

 何も考えないように ─── と思えば思うほど柚月の顔が、その唇の感触が蘇って来る。

(……なんだよ、これ。どうかしてる。絶対おかしいって)

 目を閉じてもとても眠ることなど出来なかった。

  

  

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ついに

  

 一番下の子が幼稚園を卒業しました。

 今日卒園式だったのです。

 明日から幼稚園と家を二往復しなくてもいいんだ……。子供たちの朝ごはん作りながらお弁当作らなくてもいいんだ……。

 気が抜ける……。エンプティネスト・シンドローム?違うか。

 番外編4更新しました。まだ真っ最中って……。┐(´д`)┌ヤレヤレ

  

  

 

 

きみの手を引いて:番外編4

   

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 第4話 
     

    
 ─── 悪魔って名乗らないんだっけ。

 男がベッドの脇で服を脱ぎ捨て、裸になるのを見ながらそんなことを考える。
 オレは男の名前を知らない。部屋の、ドアプレートになんか書いてあったような気がするけどよく見てなかった。

 あつあつとろーりチーズのピザの幻に目が眩んでいたからだ。オレはバカだ。痛感。
「……ん、ぅ」
 膝を割り、のしかかってきた男に首筋を吸われ、変な声が出る。

 反射的に男の肩に手をかけて押しのけようとするが、力が入らない。男はオレのわずかな抵抗を、くすくすと哂って相手にせず、唇を、舌を滑らせる。
「んっ……」
 白くて薄い胸板にくっついてる赤い突起に男の唇がたどり着く。

 敏感なそこを舌が這う。もう片方は男の指が弄んだ。
「んん……っあ……あ……っ」
 普段ならそんなとこ、舐られたってくすぐったいだけだ。変な声だって出ない。
 でも今は。

 全身の神経が過敏になっている。ほんの少し、男の手が、指が、唇が、舌が、肌に触れるだけで身体が熱くなる。おかしな声が出てしまう。
 無意識に閉じようとした膝を男の手が押し止める。
 
 男の唇が何の躊躇も無く、オレのものを包み込んだ。
「ひ……あ!」
 生温かいぬるりとした感触。舌先でくびれをなぞられ、根元を指先で解される。柔く揉まれながら吸われると早くも限界が来た。

「んんっ、ダメ、あ……っん、……だ……出して、いい?……」
 黙って口内発射してやりゃよかった、と心の隅で思いながらも、つい礼儀正しく訊ねてしまう。
 
「もう限界? 早いな」
「早いって言うな……っあんたが上手過ぎるからだっ」
「褒めてくれんの? 嬉しいね」
 しまった、褒めてどうする。

 口と手を離した男はオレのそれをじっと見た。男の唾液と、先端からの滴で濡れている。
 男の視線が恥ずかしくて、目を背ける。

「見ろよ」
 悪魔がそれを許すはずがなかった。面白がるような声が続く。
「契約したろう? 不履行で追い出すぞ」

 契約を盾に取られ、オレは仕方なしに目を向けた。顔が赤らんでくるのが判る。
「おねだりは?」
 ……悪魔は、最初言えなかったアレをご所望らしい。

「……せてください」
「聞こえねーな」
「い……イジって、舐めて、イかせてください……っ」
 涙で目が潤んでくる。ちきしょう、何でこんなこと言わせられなきゃなんないんだ。

 男はわざとらしくオレの顔を覗き込んだ。
「泣きそうだな。けっこう色っぽい」
「……うっせ……カオ、見んなっ……」

 腕で顔を隠す。
 その隙間から見た男は笑みを浮かべると、オレの足の方へ下がっていく。
 
「んんっ……」
 またも男の生暖かい口腔に包まれて、荒い息と共に声が漏れる。
 心臓が苦しい。

 見られたくなくて顔を隠していたはずのオレの手は、いつしか身体に沿って下半身に向かい、男の髪に指先を差し入れていた。

 強ばっていた膝から力が抜け、自分から足を開く。オレの様子が変わったことに気づいた男はくわえたまま、喉の奥で笑った。

 恥ずかしさで顔が火照る。涙で潤んだ目は、男の髪の毛をまさぐる自分の指とだらしなく開いた膝を霞ませた。

「あん……っん…っん……」
 勝手に腰が浮く。快楽を求めるその仕草に、いよいよ堪えきれなくなった涙が珠を結ぶ。

 いやだ、こんなんで泣きたくない。
 抗う心とは裏腹に、涙がまなじりから耳に伝って落ちる。

 情けない。今すぐ男を突き飛ばして逃げ出したい。でも、そうはできなかった。
 なぜなら。

「やっ…あ……っあ、あっ……んんっ……!」
 さんざん追い上げられながら、ふっと口と手を弛められる技巧に振り回されたオレは、甘噛みの刺激でイってしまっていた。

 男の口の中で放出に何度も震える分身を止める術はない。
 目を瞑って、その瞬間をやり過ごす。

 ぐったりと力の抜けたオレの身体を男はやっと解放した。

「ふ……っ、う……」
 手の平で涙のこぼれた跡を拭う。
 もう嫌だ。

 出したくてイヤラしいこと言わせられてすげーイヤで恥ずかしくて、それなのにカラダは男の指と舌によってもたらされる快楽を貪った。

 情けなかった。惨めだった。あんなに、抵抗していたのに。

 心は今でも抗っているのに。

「すげーエロい声。そんなにヨカった?」
 笑いを含んだ男の言葉に、オレは目を擦りながらかッと顔を赤らめた。

「あんただからヨカったってワケじゃねーよっ……ダレにされてもこうなんの! 男なんだから当たり前だろ!?」
 言いながら身を起こしたオレは、男がいつの間にか取り出したチューブからトロリとした液体を指先に付けるのを目撃する。

「ちょっ……なにそれなに出してンだよッ?」
「ローション。見たことねえの?」
 あってたまるかっ、……と言いたい所だったが、残念なことに見たことがあった。それがどんな用途に使われるのかも、知っている。
 オレはベッドを下りるべく男に背を向けた。

「どこ行く」
「……わーッ、やだッ、やだって!」
 男に足を掴まれ、うつぶせに引き倒される。
 背中にのしかかってきた男の濡れた指先が双丘を割ってすぼみに触れた。

「あッ!? やっ……ドコ触ってんだヘンタイ!」
 男の指から逃れようと身を捩る。
 慌てるオレの様子など意に介さず、男は耳元で囁いた。
「契約。忘れたとは言わせねーぞ」

 男の指が、ローションまみれの指先が、その場所を這う。
 今にも入ってきそうな感覚にビクリと身体が強張る。
 頭を振って拒絶を訴えた。

「や……ムリ、ほんとムリだから、……ヤだ……っ」
「自分だけ出してお預けか?焦らすなよ」
 男の指がぬるりと中に入ってきた。

「やあッ……!」
「力抜け」
 くちゅくちゅとイヤラしい音が聞こえる。男の指先がオレの入り口を解す音。

「んっ……ん……っ……やっ……」
 声にならない。頭を何度も横に振る。
 中で蠢かれる感覚は凄まじく、思考力を奪う。抜いて欲しい。

「……力抜けってのに」
 男はオレの中に指先を埋めたまま、片方の手でチューブを搾り、直接そこにローションを垂らす。
 必然的に男の圧迫は解けたが、垂らされたローションの冷たさと二本に増やされた指のせいで身動きが取れない。

「いっ……無理、痛……あっ……ん……んっ……」
 拒む言葉が途中であえぎ声に変わる。
 男の指先が、オレの中のイイ場所を探り当てたのだ。

「ここ?……ゼンリツセン」
 唇を噛んで首を横に振る。男にそんな場所を知られたくない。
 それなのに。

「あ……っ、んんっ……やあ……っあ」
 肌が上気して汗が染み出してくるのが判る。
 明らかに媚態を含んだ自分の声にまたも目が潤んでくる。
 
 男の指はオレのウソを易々と見破り、その場所をわざと何度もかすめた。
「いや……っあ……っ」
「いや、じゃねえだろ? ん? イイ、って言えよ」
 男はオレの耳たぶを口に含みながら、からかうように言った。
 
 涙がうっすらと浮かぶ。シーツを掴んだうつぶせの姿勢で、いつの間にかオレは腰を上げていた。
「……は……っは……ん、ふ……っ」

 声が。荒い息が。男の指先がその場所をかすめる度にくねる身体が。
 快楽に流されていることをあからさまに示す。

「ま、言わなくてもいいけどな。……こんだけトロトロんなってたら言ったも同然」
「ヤ……っヤラしい言い方、すんなっ……」
「やらしいのはお前のカラダだ」

 男の言葉に顔が真っ赤になる。涙声で否定した。
「違っ……あんたがそんなとこイジる、から、……っ……やっ……ああッ!?……」

 ソコを二本の指の腹で撫でられて快感の電流が貫く。
「これでもいやらしいカラダじゃないって?」
「あ……あ……ん……っ」
 男の言葉に反論出来ない。それぐらい、良かった。

  

     

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「きみの」四十話更新♪

  

 「きみの手を引いて」四十話更新しました。

 なろうサイト様から少しづつこちらに小説を移しているのですが、大変です。_ノフ○ グッタリ

 目次を作ったり、リンクさせたり、ルビがつかないので手直したり……。

 八月の小説はなろうサイト様のフォームで書いているので、新しく書いたものさえもこちらに移す手間を考えると頭が痛くなります。

 こっちで書くのに慣れたい……。

 でも、なろうサイト様の執筆フォームが書きやすいです……。(´;ω;`)ウウ・・・

    

ヘヴンズブルー:4

       

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第4話

 

     
「オーナー?……」
「そう。紹介したいのって、ヘヴンのオーナーなんだ」

 訝しげな表情を浮かべるレイと話しながら、ナオはスタッフルームの中でも一番奥まった部屋のドアをノックした。

「入ってもいいですか」

 入れ、と中から声がする。ここ入るの緊張するよね、とナオはレイにいたずらっぽく耳打ちした。

 ドアを開けると革張りの黒いソファーが目に入る。その向こう側の机にはデスクトップのパソコンがあり、和臣はその前に座っていた。

「この間の約束」
「ん?」

 近づいてくるナオを見て和臣は驚く。スタッフの誰かだと思っていたのだ。

「約束? なんだ?」
「もー、キレイなコ、紹介するって言ったでしょ。連れてきたよ」

 和臣はナオの隣に立つレイに目を向ける。

「レイだよ。まだ十七なんだって」

 レイは軽く頭を下げた。「どう?」と言わんばかりにナオはにこにこと笑って和臣を見た。

 和臣は ─── 顔には出さないが、正直不愉快になる。

 レイはナオの言うとおり、美人だった。

 白い肌。切れ長の瞳。真っ黒で癖のない髪がさらさらと揺れる。日本人形的な美に近い。身長は170cmはあるだろう。腰の位置が高く、長い足を黒いジーンズで覆っている。

 紹介されて不愉快に思う理由がないほどの美形だ。

 その隣りのナオはどう見てもレイの引き立て役だった。

 レイよりも小さいその顔はなかなか可愛らしかったが、いかんせんそばかすが目立つ。くせのある茶色い髪は少し長めだ。インディゴブルーのジーンズにTシャツをレイヤードに着た姿は、160センチそこそこの身長と相まって中学生ぐらいにしか見えない。

 その中学生は何かに気づいてばつの悪そうな表情をした。

「すいません、気が利かなくて。……じゃ、僕はこれで」

 そう言うとレイを置いてドアへ向かう。
 レイは一瞬ナオを呼び止めようとしたが、それより早く和臣が動いた。

「ちょっと待て」

 足早にナオのもとへ向かう。
 ナオはドアノブに手を掛けたまま、和臣を見上げた。

「えっと、……なにか?」

 自分が邪魔なのだ、と思っているナオは戸惑う。
 和臣はナオをまっすぐ見て訊いた。

「今日、客ついたのか」
「はあ?……そういうことは本人に聞いて下さい」

 ナオは机のそばに立つレイをちらっと見た。

「お前に訊いているんだ」
「あ、そっか。レイが思ったより美人だから気後れするんでしょ。多分ねー、ついてないと思うよ。一人だったから」

「そうじゃない。お前に、訊いてるんだ。今日、客ついたのか?」

 ナオは自分を指差した。

「僕……? ですか? あのう、ついてませんけど……そんなの関係な」
「じゃあ俺のマンションに来い」

 ぽかんと口を開けた後、ナオはあわてて頭を横に振る。

「……俺に買われるのは二度とごめんか?」
「や……そうじゃなくて」

 視線をまたレイへ向ける。レイは困惑するわけでもなくふたり ─── 主に和臣の様子を観察していた。

 どう見てもナオに執心で言い寄っているようにしか見えない。それは客が男娼に対してというより ───。

(なんだ。男、いんじゃん)
 レイは軽く肩をすくめた。
 ドアの近くでふたりはまだ揉めている。

 和臣は財布から紙幣を取り出し、二つに折ってナオに差し出した。

「シゴトなら受け取ってくれるんだろう?」
「そうじゃなくて、ですね、僕はレイを紹介しに来たわけで、紹介が済めば僕は邪魔なわけで」

 『北の国〇ら』状態でナオは必死に言い募る。和臣の真意は計り知れないが、自分が連れてきたレイに恥をかかせるわけには行かない。

「だから、つまり、そのお金はレイに渡してください」

 はっきり「レイと寝ろ」と言われた和臣は途端に機嫌を悪くする。紙幣を財布にしまわずに自分のスーツの胸ポケットに突っ込んだ。

「要するに俺の相手は嫌だってわけか。それにしちゃ、一昨日はずいぶん色っぽい声上げてたけどなあ? あれも仕事の内ってヤツか。さすがプロ、たいした役者だな」
「オーナー」

 レイがいるこの場であからさまに自分を辱めようとする和臣の言葉に、ナオは非難がましい目を向けた。

 自分を見据えるナオのきらきらとした瞳に和臣は見惚れる。
 レイはため息をついて和臣とナオに近づいた。

「─── お取り込み中のところ、すいませんけど」
「え?」
「お邪魔みたいなので失礼します。─── じゃ、ナオさんお先に」

 名残惜しそうな視線をナオにくれ、レイは部屋を出て行った。

「待って、レイ、違うんだ」
「何が違うんだ?」

 レイの後を追おうとするナオの前に和臣は立ちふさがった。唇を引き結んで、ナオは和臣を睨みつける。しかしすぐにうつむいた。

「……レイ、気を悪くしてる。きっと」
「あいつ、なんだ? 物欲しそうな目付きでお前を見てたぞ。買いたかったんじゃないのかお前のこと」

「まーたそういう、わけの判んないことを……臣さんじゃなかったオーナー、レイはヘヴンいちのキレイどころなんですっ、見たら判ると思うけど! せっかく頼んで来てもらったのに……」
「頼んだ? キスでもさせてやったのか?」
「オーナー!」

「俺は紹介してくれなんて言ってない」

 詰め寄ろうとしたナオの両手首を強く掴んで引き寄せる。和臣は目を眇めた。

「俺と寝るのが嫌で他の奴を紹介したのか?」
「……臣さんに寝たいって言われて断る奴なんていないよ」
「ここにいる」
「だから、それは僕みたいのよりキレイなコの方がいいと思って……放してください」

 ナオは和臣の手を放そうともがいた。

 すぐに、和臣が自分を放すつもりがない事を悟り、懇願するように彼を見上げる。不意に身体の力を抜き、和臣にもたれかかった。

 ナオの柔らかな身体の重みに気を逸らした和臣はつい手を緩める。

 途端にナオは両腕の自由を取り戻し、和臣の胸を押して離れた。

「あー痛かった。ひっどいなーもう、商売道具なのに」

 ナオは掴まれた手首をさすった。両手首とも赤く指の跡が付いている。

 甘えるような仕草して期待させといておあずけとはあんまりだろう、と口から出かかっていたが、和臣はその言葉を飲み込んだ。色仕掛けに引っかかったと自分から言うようなものだ。

 放してやったんだ、という顔をして和臣は胸ポケットから二つ折りの紙幣を取り出す。

「シゴトの依頼だ」

 今度は優しくナオの手を取り、紙幣を握らせる。

「断る奴なんていないんだろう?」
「……だから、多すぎるって」

 ナオの手の中にある厚みは十枚は下らない。

 ナオも欲がないわけではない。もちろん、もらえるものなら全部欲しい。

(……けど……ハルの代わりはムリだ……)

 うつむくナオの顔を上げさせて和臣はキスをした。なんだかナオが嫌がっているような気がしてならない。

 和臣はいらついて、乱暴に舌をからませた。さんざん口腔を犯してから解放してやる。

「……俺に買われるの嫌か?」
「……そんなこと、あるわけないよ」

 ナオはぎこちない笑顔を見せた。いつもの軽い口調で言う。

「じゃあ稼がせてもらおうかな。そんなもらうんならサービスしなくちゃね」
「……」

 和臣はナオを無理やり金で買うつもりはなかった。嫌なら嫌と言ってくれていい。無理強いはしない。自分がヘヴンのオーナーだから断りたくても断れないのだろうか。

 なんだか、無性にいらいらとしてもう一度乱暴に口付けた。
 

 

 

 
 起き上がろうとしたナオは和臣に肩をつかまれ、ベッドに押さえつけられた。
「臣さん」
「……また、帰る気か?」

 その日の夜、和臣の部屋のベッドの中。

 和臣は馬乗りになりナオの抗う気持ちを殺いだ。元々、抵抗するつもりのないナオはじっと和臣の目を見つめる。

「……この間、僕が帰ったのはここにいたら迷惑だろうと思ったからで、……」
「なら、ここにいて下さいと俺が頭を下げて頼んだら?」

 ナオの髪の毛を撫でて唇を寄せる。

「……帰らないで下さいと土下座したら、ここにいてくれるか?」
「……臣さんがそんなことする必要ないよ」

 耳元で囁かれ、ナオは背中をぞくぞくとさせる。終わったばかりでまた反応していると思われたくない。

 ナオは和臣の唇を手のひらで塞ぎ、横を向いた。

「いてもいいんだったら、います」
「……言葉の割には嫌そうだな」

 和臣はナオの手を自分の唇から外し、横を向いた彼の顔を自分の方へ向ける。何度もキスを繰り返した。

 ─── ナオの身体を手に入れたことで和臣の苛立ちは軽減されていた。嫌そうだと口に出せるのがその証拠だ。

(……でも、それもいつまで続くのか)

 身体を手に入れて満足出来る内はいい。ナオは断らない ─── 断れないだろうから。

(もし ─── もしも、ナオの心が欲しくなったら……?)

 その時こそどうしたらいいか判らない。金ずく、力ずくで手に入るものではないからだ。

 和臣はナオの心を欲しがる自分を予感していた。

「苦しい、臣さん」

 馬乗りになったままだった。和臣はナオの上から退き、今度は背中から抱きしめる。

「─── 何でこんな仕事してる?」
「……」
「教えろよ」
「……そんな大層な理由はないよ」

 ナオはぽつりぽつりと小さな声で話し始めた。

   

     

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きみの手を引いて:番外編3

   

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 第3話

 

        
「ひとりエッチ、見せてもらおうかな?」
「はあ!? なんだそれなに言ってんだあんた!?」

 オレは大声を上げていた。
 冗談だろ、なんでこいつにそんなの披露しなきゃなんないんだよ! 大体、一人でこっそりやるからひとりえっちなんであって、堂々と人前で公開するもんじゃねーだろ!?

「オナニー。自慰。マスターベーション。マス掻き」
「知ってるよ! 知らなくて訊いてんじゃねーよっ、てかマスターベーションとマス掻き被ってるし! そんなことするかっ!」

 男が次々と口にするワイセツな言葉に頬が赤らむのが判る。オレも勢いで言ってしまった。
 器用に片眉だけ跳ね上げた男は、オレの股間を指差した。
「それ。ひとりエッチじゃねーの?」

 オレの手はタオルの下で自分のものを握っていた。硬くなっているそれに這わせた指は、先端から溢れた体液にまみれ、ぬるつきだす。
 オレは今度こそ、耳まで真っ赤になった。

「見せろよ」
 男の手がタオルを掴んで引き剥がそうとする。オレは慌ててタオルから手を抜いて上から押さえた。
 涙目で男を睨んで呪文を唱える。

「に……にいちが、に、ににんが、し……にさん、が、ろく、にしが、はち……」

 落ち着け、バカ息子。見ず知らずの男にひとりえっち公開するハメになってもいいのか? オレ一人だけサカって、サルみたいにしこしこしてるとこお披露目してもいいのか? いやよくない。ぜんぜんよくない。

「さんご、じゅうご、さぶろく、じゅうはち、……さんしち、にじゅういち、」
 
 男の肩が震えている。声を殺して笑っているのだ。ちきしょう、笑いたきゃ笑え。
 呪文の効果か、硬かったそれが徐々に柔らかくなっていく。

 よし、このまま大人しくなってくれれば、名前も知らない男の目の前でソソウするような事態は避けられる。
「─── で。今、我慢してどこで抜くんだ?」

 男の言葉に呪文の詠唱が止む。……どこで? どこでって……。

「公園の便所? 駅のトイレ? ネットカフェ? 個室ビデオ?……入る度胸あんのか? お前みたいなガキが一人で入ったらさぞかし目立つだろうな。ドアにカギついてねーネットカフェか? いつダレがドア開けるか判んねーぞ。びくびくしながら抜くか? トイレはカギついてっけどはあはあ言う声が筒抜けだな。エロい声でひとりエッチの実況生中継か?」

 饒舌。いやになるほど、饒舌。

「……オレがどこで抜こうとあんたにカンケーないだろ。大体、自分の家って選択肢」
「家出してんのに?」

 何で知ってんだ?
 オレは男に家を出てきたことを話した覚えはない。
 不安な思いが不審そうな表情に現れたのか、男はベッドに腰掛けた姿勢で足を組み、肩を竦めた。

「家出してんだろ。腹空かせたガキが汚ねーカッコで人ん家の前に座り込んで、ホームレス寸前。声かけてみれば奢れ、ときた。家出して金無くなったとしか思えない」

 ……ええ、おっしゃるとおり。ご明察。名探偵もビックリ。

「それとも抜きに帰んの。家に」
 そんなわきゃない。そんなみっともないことできるわけない。
 オレは口をへの字に曲げて、タオルの隙間からまだ半勃ちのそれを見た。

「あッ!?」
 ふいに、そのタオルが消えた。素早く伸びてきた男の手が最後の砦を引っぺがしたのだ。
 
「かっ返せよ!」
「へえ、まだ勃ってんだ。その呪文効果あんの?」
「うっさいなっ、あるよ!……多分。見てろよ、しいちが、し、しにが、はち……」
「見てていいのか?」
「向こう向けーー!!」

 くっそー、見てろってのは言葉の綾だろ、揚げ足取んな!
 唇を噛み、横向きで股間を押さえて真っ赤になっているオレに男はくくくっと喉の奥で笑ってみせる。

 それから男はいきなりオレの股間に手を差し入れた。
「や……っ」
 自分の手を外され、代わりに男の手が、指が、絡みつく。遮るものがない刺激を与えられ、それは見る間に元の大きさを取り戻した。

「呪文の続きをどうぞ?」
「んっ……や、はなせ……っ……あっ、んんっ」
「そんなイロっぽい呪文だったっけ」

 男は背中から覆い被さるように覗き込んでくる。オレは涙を滲ませた目で男を精一杯睨みつけた。

「……なんで、う、こんなこと、す、んっ……すんの?……」
 喘ぎ声が混じって情けない。でも文句を言わずにはいられなかった。
「オレ、なんかっ……んっ……ふ、かまっても、おもしろくな……っ」

「俺の奢りでピザ食ったろ。風呂も入れてやった」
 男の答えは単純明快。ギブ&テイクってやつだ。
「しばらく泊めてやってもいい。愉しませろよ」

「そんな、約束、し……っした、覚え、ない……!」
「じゃ、今、契約交渉だ。俺は衣食住を保証する。お前は身体を提供する。それでどうだ?」

 どうだ、じゃない。交渉中なのに男は勝手にオレの身体を愉しんでる。片方の手はオレの髪の毛をまさぐり、地肌に指を這わせ、もう片方の手はオレの分身を弄び、その下の袋まで揉みしだく。

「はっ……はあ、ん、ふ……っは……」
 息が苦しい。心臓がどきどきする。出したい。
「─── それとも」

 男はオレの先端に親指でセンをする。わざとソコをぐりぐりと押した。悪魔だ。
「あっあっあっやあ、やだ、出る……っ」
 涙声と喘ぎ声が混じる。少しの刺激で暴発しそうだ。

「公衆便所かネットカフェで済ませる?」
 男は手を止め、蹂躙しつくしたそれをつん、と指で突付いた。隠す余裕もなく、硬く張り詰めたそれは少し頭を揺らし、その先から新しい滴を垂らす。

「わかっ………た」
 限界だった。どっちにしろ、このままでは男に懇願するか、自分で慰めるのを男に観賞されるかの二者択一しかない。
 ネットカフェは余りにも遠すぎる。

「……契約、……する……」
 
 オレは悪魔と契約を交わした。
 

 

        

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ヘヴンズブルー:3

  

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 第3話

  

     
 一晩中でも『ハル』の話に付き合うとは言ったものの、無論それだけで事が済むはずもなく。

 ナオは昨日と同じく和臣のベッドの中にいた。二人ともろくに衣服を身に着けていないということだけが違っている。

 隣りで眠ってしまった和臣を起こさぬように、そっとナオは起き上がった。

 ナイトテーブルの上に置いてある封筒に手を伸ばす。─── 厚みに違和感を覚え、中を見た。………八、九、十。十枚。

 相場は大体三万、ふっかけても五万がいいところだろう。多過ぎる。

 ナオの気配に気づいた和臣が身じろぎして起きた。

「……どうした」
「どうした、って……」
「足りないのか?」
「多過ぎるんだよっ」

 和臣は上半身を起こすと、煙草に火を点けた。ゆっくりと煙を吐き出す。

「別に、多過ぎやしない」
「臣さん、相場知らないの? 三枚だよ、三枚」

 和臣が相場を知りすぎるほど知っているのを判っていて、ナオは言う。

「ハルならね、十枚でも足んないって言うかもしんないけど僕は違うの。お安くやんないとリピーター付かないんだから」

 言ってからナオは口ごもった。

(……もっとも、臣さんがリピーターになってくれるわけないけど)

 つまらなかっただろうな、とナオは思う。チビで不細工で色気もなくて ─── きっと、和臣を退屈させてしまった。

 でも仕方がない。自分は、ハルのようにはなれないのだから。

 ナオは封筒から紙幣を七枚抜いて、ナイトテーブルに置いた。
 にっこりと営業スマイルを浮かべる。

「今日はありがとうございました。気が向いたらまた呼んでくださいね」 
「……帰るのか?」

 和臣は驚いて目を瞠った。

「うん。……仕事済んだし、もらうもんもらったしね」

 ナオはバスローブを羽織った。和臣は煙草をぐい、ともみ消し、ベッドを下りようとするナオの袖を掴む。

「待て、……泊まってけよ」

 ナオは営業用とは違う笑みを見せた。

「気ィ使うことないよ。終わったのにそばにいられちゃウザいでしょ」

 やっさしいんだからなあ臣さんは、とナオは心の中でつぶやく。情が深いっていうのかな。

 終わったあと、片手で追い払われるような扱いを受けるのは慣れていた。むしろそうでない方が ─── 先ほどの和臣のように客が眠ってしまったりすることの方が少なかった。

 和臣の安心しきった寝顔を見ているうちにナオも眠気に襲われたが、いけないと思って起き出したのだ。

「気にしないでよ、ね?」
「そうじゃない。……気を使ってるわけじゃない」

 らしくもなく和臣は言いよどむ。なんと言って引き止めればいいか判らなかった。

 ナオは ─── 性格も身体も良かった。有り体に言って気に入ったのだ。

 ナオ自身はなんだか自信なさ気にバスローブを脱ぐのをためらい、ベッドに入ってからも緊張していたが時間が経つにつれて、その細い身体は熱くなり蕩けていった。

 普段の子供っぽい格好や表情からは想像しがたいほど、あえかな声と誘う仕草に和臣は夢中になった。

 しかし、今のナオはあっさりと仕事が終わったから帰ると言う。

 夢中になったのは俺だけか、と和臣は眉をしかめてナイトテーブルに置いてあった紙幣を掴み、ナオに押し付けた。

「今日は泊まっていけ。拘束時間分の金ならやる。それで足りなきゃ明日言え」
「臣さん」

 ナオははだけた胸もとから落ちそうになった紙幣を両手で抱えた。

 『仕事分』の三万円の入った封筒をベッドの上に置き、そっと紙幣を揃える。落ちた一枚を拾い上げ、困ったように笑った。

「お金持ちなのは知ってるけど、こういうのってちょっと嫌味だな。お金で何でもできると思ってるみたい。臣さんに似合わないよ」

 和臣は虚を突かれた。金さえ出せばナオを思い通りに出来ると思っていた。─── これでは男の顔が円にしか見えない女にカモられても仕方がない。

 黙りこむ和臣に、ナオは表情を曇らせた。

「……生意気なこと言ってごめんなさい。怒ったんですか?」
「─── いや」

 怒ってはいなかった。正しく真実を言い当てたナオに驚いていたのと同時に、自己嫌悪に陥っていたのだ。

 否定はしたものの二の句が告げない和臣をナオは心配そうに覗き込んだ。

「……怒ってないから心配すんな」
「うん、……」

 ナオにしてみれば『仕事場』のオーナーの機嫌を損ねるわけにはいかないのだろう。

 出入り禁止にでもなったら外で客引きをするか、よその店を探すしかない。ヘヴンのように寛容な店はそう多くはなかった。

 ナオは揃えた紙幣をおずおずとナイトテーブルに置いた。ベッドの上の封筒を手にしてどうしたらいいか判らないように和臣の様子を伺う。

「─── そうだ」

 『いいこと』を思いついたナオはぱっと顔を明るくした。

「今度さ、臣さんの好みの子、紹介するよ。一週間くらい前からヘヴンに来てるんだけど、すごいキレイな子なんだ。そりゃハルみたいってわけにはいかないけど僕よりずっとキレイだからさ、きっと気に入ると思うよ」

 必死に機嫌を取ろうとするナオを制した。

「……怒ってないって言ったろう」
「うん……そうだけどさ」

 ナオは少しの間もじもじとしていたが、和臣の様子を気に掛けつつリビングを抜け浴室へ向かう。再び寝室に姿を見せた時にはオリーブグリーンのダッフルコートを着込んでいた。

「……それじゃ、おやすみなさい」
「─── ああ」

 寝室のドアが静かに閉まる。和臣はしばらくそのドアを見つめていた。

   

   

    

 二日後。

 定休日を挟んだヘヴンズブルーはなかなか盛況だった。オープン時から混みあい、カウンターもフロアテーブルもボックスもほぼ満席だ。

 壁際にはたくさんの客が立ったり座ったりしている。八時ごろ店に入ったナオは客の多さにため息をついた。

 あまりに混みすぎているときも、がらがらのときもこのシゴトはうまく行かない。

 人が多過ぎるときはたいがいフリの客ばかりだし、そうなると人目を気にして声を掛けてくる客はほとんどいない。

 逆に空いているときに商談などしていると目立ってしまってそれを嫌がる客は多い。

 あきらめて帰るか、それとも外で客引きをするか ─── 真冬の夜はかなりツライ ─── 迷っていると、グラスを手にカウンターの側の壁にもたれている少年を見つけた。

 和臣に紹介すると約束した『キレイな子』である。

 珍しく今日は誰にも声を掛けられていない。

(さしもの美人もこの混みようじゃね……)

 なるべく人にぶつからないようにナオはカウンターへ近寄る。

「レイ」

 ナオに気づいた『美人』は軽く頭を下げた。真っ黒で癖のない髪が揺れる。整った薄めの唇の両端を少し上げ、微笑んだ。ナオはちょっと見惚れる。

(……これなら臣さんだって、落ちる)

 にこっとナオは笑った。

「なに飲んでるの、それ」
「バラライカ。すっごい混んでますね、今日」

「たまにはこれぐらい混まないと、店潰れちゃうからいいんじゃない? ま、仕事にはなんないけどね、……河合さん、僕もレイと同じの」

 カウンターの中に声を掛ける。河合と呼ばれたバーテンはうなずき、手早くカクテルを作り出した。その様子を見つめるナオをレイは不思議そうに眺めた。

 ナオは変わっている。少なくともレイはそう思う。ヘヴンに出入りするようになって二日目、初めて言葉を交わした。

(いくら?)
(えっ……?)

 中学生ぐらいにしか見えない少年に話しかけられて正直、面食らった。しかも内容が内容だ。

(いくらって訊いてるの、きみの値段。それと名前、教えて?)
(あの、レイ……です。えっと、値段は……)

(そういうときは「高いよ」って言うんだよ。せっかくそんな美人なのに安売りしたらもったいないだろ)

 ボックス席の近くでこっちを見ながらにやにやと笑う少年たちがいた。その少年たちが『同業者』で、昨日の夜レイが相場で売ったことを知っているのだ、と気づいた。

 おそらく、仕事が初めてで値を吊り上げることを知らない、と嘲笑しているにちがいない。

 頭に血が上り、ボックス席に向かおうとしたレイの腕を掴んで、ナオはカウンター席に座らせた。

(まあまあ。あの子たちはほっときなよ。レイが美人だから妬いてるだけなんだよ。……そうだなあ、五枚以下で売ることないんじゃない。そんだけきれいだからさ)

(……あなたは?)
(僕? 僕は相場だよー、五枚稼げたらラッキーってカンジ)

(そうじゃなくて、………名前は)
(あっ、ナオ。ナオだよ。よろしくー)

 ニコニコと笑うナオはそんな仕事をしているとは思えないほど、明るく可愛らしかった……。

 それからもナオは何くれとなくレイの世話を焼いた。

 アレはヤーさんだからやめたほうがいい、とか、あいつ縛りたがるから気をつけて、とかヤク中だけは相手にするな、とか ─── さりげないナオの忠告のおかげでレイはヤバい奴に引っかからなくて済んでいる。

(やっぱり、変わってる)

 普通は『同業者』に親切にしたりしないだろう。レイには同じ仕事の少年と仲良くなるなど、考えられない。

 けれどナオは他の少年たちにも、レイにも気さくだ。

 人懐こい笑顔で少年たちの間に入り、意地の悪い噂話を止めさせ、レイをごく簡単に手懐ける。それでいてナオに対する陰口は聞いたことがない。

(まるでトリックスターだな)
 レイは傍らでグラスに口を付けるナオを見つめた。ナオも気づき見つめ返してくる。

 根負けしたのはレイのほうだった。

「……なんですか」
「いやー、キレイな顔だよね、ほんっと感心しちゃう。そういうキレイな子が好みってひとがいるんだけどさ、これから時間ある?」
「ありますけど……」

 ナオは親切だったが、客を紹介してくれたことはない。レイは首をかしげた。

「あ、心配しないで。男でも女でもオッケーってこと以外は変な趣味もないし」
「はあ……」

 それだけでかなり変だ、とレイは苦笑する。

「若いし、男前だし、セレブだし……てか、ぶっちゃけ金持ち? なんだよねー。それもハンパないの。その上メンクイでさー、絶対レイのこと気に入ると思うんだよね、……会ってくれないかなあ?」

「ナオさんの頼みなら」
「よかった」

 ナオは人懐こく笑う。その柔らかそうな髪の毛を撫でたい、とレイは思った。

 その間にも、ナオはフロアマネージャーの牧田を捉まえオーナーの所在を訊いている。

「奥にいると思うよ。さっき来たから」
「ありがと、牧さん」

 ナオはレイのグラスを受け取り、自分の分と一緒にカウンターの河合に渡す。
 ついて来て、と言うナオに従い、STAFF ONLYと書かれたドアの前に立った。

  

           
 

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  当ブログはオリジナルBL小説(R-15・18)を扱っております。
      15歳、18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい。m(_ _)m

   ※「ありふれた…」「その腕の中」「ヘヴン2」「きみの2・SS」はR指定ではありません。 
 

  小説 一覧  (無断転載・転用禁止)

  

  Kimino (R-18) 

  家出少年ハルと大学院生柚月の話。マジメ×ツンデレ(?)全四十七話完結。

  続編「ありふれた、そして特別な。」SS「それさえも甘やかな日々(R-18)UPしました。

 きみの手を引いて2(R-18)完結しました。\(^o^)/ 全十九話。

  きみの2の後日談「その腕の中」を掲載しました。読んで頂けると嬉しいです。

  「きみの2・SS」 掲載しました。

 

 時系列は「きみの番外編」→「きみの」「ヘヴン」→ 「ありふれた…」→「それさえも…」
→「In heaven…」→「息も…」「きみの2」→「その腕の中」「ヘヴン2」→「きみの2・SS」という
順になります。

  執筆順は「きみの」「ヘヴン」(W連載)→「きみの番外編」→「ありふれた…」
→「きみの2」「in heaven…」「息も…」(同時期掲載)→「その腕の中」→「それさえも…」→
「ヘヴン2」→「きみの2・SS」です。

  こんなややこしいことになってしまってすいません…(;´д`)
  

  .。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.   

 

  Heaven (R-15) 

  「きみの…」のスピンオフ。和臣(オレ様?)とナオ(天然)のなれ初めです。(^-^;

  全23話完結。

 In heaven on a certain night(R-18)

  「きみの」「ヘヴン」共通続編です。全五話。

  「息も出来ないくらい(R-18)ヘヴンの単発番外編です。
 

 ヘヴンズブルー2

  完結しました。(*^.^*) 全12話。

  ヘヴン2・SS「耳元で告白(R-18)についてのお知らせ。

  ヘヴンズブルー2・後日談「この空の下」連載中。o(_ _)oペコッ

 

  .。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。. 

 きみの手を引いて 番外編 (R-18) 

  和臣×ハル。別名「きみの手を引いて:0」 

  オレ様×ツンデレというどうにもならないカップリング。

  家出直後のハルが和臣と出会ったときの話です。全13話完結。

 

   ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆

 

  Tukimi1 (R-18)

  ある娼家から逃げ出したかずさは、娼妓の息子・大和と妓楼の跡取りであるカナエに
 出会い、匿われる。

  次第にかずさと大和は惹かれ合うようになるが、カナエに振り回され、本当の気持ち
 を告げる事が出来ない……。全十五話。

    続編(R-18)完結しました。\(^o^)/

 

    ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆

 

  Linaria (R-18)

  創作系携帯サイト・フォレストページのHP「Linaria」(管理人・八月金魚)へのリンクです。

  小説置き場にてオリジナルBL小説「恋人じゃない」・続編「After sweethearts」を公開しています。皆川視点の続編「皆川くんの話」完結。

  「僕達はあの夏の中」掲載中。

 

  Photo

  小説ディアプラスとフォレストページのコラボ企画・ボーイズラブノヴェルコンクールで「恋人じゃない」がハート賞を頂きました。

  ありがとうございます。m(_ _)m

 

  ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆

 フォレストブックストアのブックアプリにオリジナル作品を提供させて頂くことになりました。

 「年下彼氏のつくりかた」というタイトルです。

 『会社員の久賀は、ある日、新入社員の一ノ瀬に告白されて……』という感じの年下攻めのコメディ風R-18です。

 寺井赤音様に素敵な表紙イラストを描いて頂きました。

 そのイラストだけで価値あり ヽ(´▽`)/ 

  こちらになります↓

 Forest_bookstore

  ぜひ、よろしくお願いします。

   

    ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 

   拍手・コメントありがとうございます!

   大変嬉しいです。(*^-^)

   続き、頑張ります!

  お世話になっているweb拍手サイト様のリニューアルに伴い、拍手コメントに
   レスが付けられるようになりました。
 
    記事に掲載してレスしたい、と思っているのですが、ご迷惑でしたら載せませんの
   で、その旨ご連絡下さい。o(_ _)oペコッ

                              

 

 

きみの手を引いて 番外編:目次

     

 尊敬する養父から性的虐待を受けたミハルは家出をする。

 成沢 和臣という得体の知れない男と出会い、契約を余儀なくされるが……。

 重そうですが、養父は出てきません。(回想シーンでほんの少し程度)

 和臣×ハル。本編のイメージを壊してしまったらごめんなさい。( ´・ω・`)

    

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 面倒ですが、拍手を頂くととても嬉しいので宜しくお願いします。

    

  第1話

  第2話

  第3話

  第4話

  第5話

  第6話

  第7話

  第8話

  第9話

  第10話

  第11話

  第12話

  最終話

     

      

きみの手を引いて:番外編1

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

   

 第1話      

       

 四月なのに、やけに寒い夜だった。
 コンビニの駐車場で弁当を食ったのが朝の十時過ぎ、今は午後十一時。寒いしハラ減るし、かと言って所持金は残り五千円程度。
 
 贅沢は出来ない。
「……っくしゅ!」
 ジーンズにウィンドブレーカー、その下の長袖のTシャツだけではこの寒さは凌げない。オレは身震いをひとつして、緩い坂を上っていく。

「さみ、……」
 どうすっかな、今日。昨日はコンビニで夜明かしして、明るくなってから公園でダンボール被って寝てみた。その前はネットカフェ。その前も。その前も。家を出て、最初の夜も。

 カクジツにホームレスへの道たどってんなー、と感慨深く思いながら目の前に現れた高層マンションを仰ぎ見る。
「……すっげ」

 こんなとこ、どーゆー奴が住んでんだろ。家賃高そ。待てよ、分譲か? いくらすんだろーなー、見当もつかねー。
 ま、どうでもいいか、と思いながら車寄せのそばの植え込みの敷石に座る。

 疲れていた。昨日の夜、じゃなかった、朝はさすがによく眠れなかった。またネットカフェに逆戻り? 待て待て、節約しないと。ハラ減った、コンビニでなんか買っとくんだった。ダメだって、節約すんだろ?

「……金、欲しーなー」
 心の中で考えた浅ましいことが口をつく。実際貧乏はツラい。金さえあったらメシ食えるし、屋根のあるとこで寝れる。何も目の前のこんな高級そうなマンションじゃなくていい。

 ガキの頃、ハハオヤと一緒に暮らしてたぼろアパートを思い浮かべる。四畳半と六畳の二間しかない部屋。畳黄ばんで剥げてるし、箪笥だってガタガタ、雨漏りしなかったのが唯一の救い。……それでも、いい匂いがしていた。食事の匂い。洗濯物の匂い。生活の匂い。ハハオヤの、匂い。

「……」
 病院で最後に見た彼女を思い出す。オレを育てる為に働いて働いて、弱った身体で肺炎起こして死んだ母親。彼女は最期にごめんね、と言った。

(何がごめんねだよ。オレなんか施設にでも預けてお水でもやりゃよかったんだ。どんだけ美人でも宝の持ち腐れだろ、コブつきじゃさあ)
 あーあ、やなこと思い出した、と膝を抱えて顔を埋める。

 ……と、人の気配がした。誰かが上り坂を歩いてくる。
 ヤバい。このマンションの人? ここにいたらカンペキ不審者だ、通報されるかも……。
 思いながらも腰も顔も上げられない。

 オレ疲れてんだな、マジで。家、……長谷川さんとこ出てからまともに寝てない。ハラも減った。おまけに寒い。三重苦だ。

 ケーサツ呼ぶなら呼べ、と開き直ってその場にうずくまってるとその人物が目の前で立ち止まった。
 男だ、と黒い革靴とスーツらしき黒のスラックスで判る。

 その男はオレに視線を注いでいるらしい。全然前から動こうとしない。
 くっそ、通報すんなら通報しろよ。
 意地になり目線を上げずにいると、間の悪いことにオレのハラが鳴った。

 ぐぐー。

 ああ、なんてマヌケなハラの音。今度は意地ではなく羞恥から顔を上げられずにいるオレに、男は言った。
「腹減ってんのか?」

 ええそうですとも。このでっかいハラの虫の鳴き声聞いたら、判りそうなもんですけどね!?
「……だからなに? あんたオゴってくれんの」

 オレは顔を上げて、男を見上げた。
 男は端正な顔立ちをしていた。浅黒い肌に、意志の強そうな瞳。額に落ちかかる前髪をかき上げ、皮肉気に唇を歪める。黒のスーツにグレイの軽そうなコートがよく似合っていた。

 オレが男を観察していたように、男もオレを観察していた。
 舐めるようにオレの顔を見ていた男の目がすっと細められる。

「なんだ。男か」
 ……断っておくがオレは別に女っぽい格好をしていたわけじゃない。ハハオヤに似たこのカオのせいで時々、こんな風に言われるのだ。あくまでも、時々。心の中では大概の人が思っているのかもしれないが、言われるのはあくまでも時々、だ。 

 思ったことを心の中に止めておけない性質なのか、それともわざと意地の悪いことを言いたいタイプなのか、男は続けた。
「オンナかと思った」
 大多数の人のように心の中でだけ思って、口には出さないで欲しい、そんなこと。

「男で悪かったね。オゴってくんないならほっといて」
 オレはまた視線を下げた。こういうとき、女ならオゴってもらえるんだろう。このマンションの一室で美味いもんたらふく食って、いかにもセレブっぽいこの男と寝ればタダで泊まれる。いや、ひょっとしたら万単位で金もらえるかも。

 でも、オレは女じゃない。長谷川さんが、……オレのこと女みたいに扱っても、オレは女じゃない。
 だから目の前のこの男にとって、オレは用なしだ。

「……っくしゅ!」
 またくしゃみだ。そしてハラも鳴る。ぐ~。

 ずずーと鼻をすすりながら顔を上げると、男の顔が真正面にあった。
 男はいつの間にかしゃがんでオレを見てた。
「な、……に?」

「奢ってやるよ。デリバリーのピザでいいか?」
 ピザ。あつあつの、ピザ。チーズが溶けて、いい匂いさせるピザ。マジで?
 考えただけで、ヨダレが口ん中に溜まる。ごくんとそれを飲み込み、男を見つめた。

「……いやなら無理にとは言わないが」
 返事をしなかったオレを見限ったのか、男は立ち上がり背を向ける。コートの裾がひるがえった。
「ちょっ……嫌だなんて言ってねーじゃん!」

 疲れを吹っ飛ばす想像のピザに急かされて慌てて立ち上がり、男に追いすがる。
 男は肩越しに振り返り、にやりと笑う。
 その笑みには気付いていたが、ピザの前にはどうでもいいことだ。

 あつあつとろーりチーズのピザの幻影に惑わされたオレは、見ず知らずの男に伴われてマンションに入った。

    

           

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ヘヴンズブルー:目次

   

 ショットバーのオーナーである和臣は店に出入りする少年ナオに惹かれていく。

 ナオは和臣の気持ちを本気にせず、さらにナオを慕う年下の少年も現れて、ついに和臣は告白してしまう……。

 年上ベタ惚れ攻め×年下天然受け。R-15。

 「きみの手を引いて」のスピンオフです。 

   

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   第1話 

   第2話 

   第3話

   第4話

   第5話

   第6話

   第7話  

   第8話

   第9話

   第10話

   第11話

   第12話

   第13話

   第14話

   第15話

   第16話

   第17話

   第18話

   第19話

   第20話

   第21話

   第22話

   最終話

   

   ヘヴンズブルー2:目次 

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ヘヴンズブルー:2

           

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第2話

        
 冬の陽は落ちるのが早い。その日も暗くなってしばらくしてから、ヘヴンズブルーのイルミネーションが瞬き始めた。

 すぐに客が入る。サラリーマン、OL、学生、あるいはどう見ても成人には達していない客もいる。

 駅から比較的近いのと、階段を下りた半地下の隠れ家のような装いが受けて、いつもそこそこ込んでいた。

 薄暗いフロアは広く、立ち飲み用の丸い銀色のテーブルを乗せた足が何本か生えている。

 二、三人用のボックス席が奥まったところにあり、カウンターは半円を描いてスツールが八つ。円の内側でバーテンがドリンクを用意し、その奥にちょっとしたものを作る厨房がある。

 自分のその店で、和臣はいつも座るカウンターの一番右端の席に陣取っていた。

 ナオを待っていた。

 昨日の記憶が定かでない。多分なにもしてないと思うが、「買う」と言ったことは覚えていた。少々強引に家に連れ込んだことも。

 キスも……したかもしれない。いやした。無理やりだったろうか。

 ぬくもりと「いい匂い」は覚えてる。

 その主が来ないか頭をめぐらせると、まさにその彼が重量感のあるドアを押し開けてフロアに足を踏み出したところだった。

 和臣は席を立ち、客の間を縫ってナオに近づく。

 しかし、先にナオに声をかける者がいた。

 ここ一ヶ月ほど彼に付きまとっている男だった。ナオは客にする気はないらしく相手にしなかったが、しつこく言い寄ってくる。傍目で見ても迷惑しているようだった。

 男のことなど見えていないかのように、和臣は声をかけた。

「ナオ」
「あ、オー……」

 オーナーと言いかけて口をつぐむ。男に知られてはまずい、と思ったらしい。

 じろり、と和臣に目を向けた男の髪は短く刈り込まれ、金に近いほど色を抜いている。浅黒い肌、というよりは体調が悪いんじゃないか、と思わせるような顔色だった。

 皮のジャケットにひざの抜けたジーンズ、耳にはカフタイプのイヤリングにいくつものピアス、銀色のネックレスが少し目を引くが、有り体に言って不良少年としてはいたって普通の身なりだ。

 普通でないのはどんよりとにごったその目つきだった。

 和臣もショットバーを経営しているので、時々そんな目をした客が騒ぎを起こすのを知っていた。

 薬物中毒者の目つきだ。

 しかし今日はそれほどキマってないらしく、男は落ち着いた声で ─── 少し抑揚はおかしかったが ─── 和臣に話しかけてきた。

「……あんたが先約?」
「そうだ」

 先約があると言って、ナオが男を断ろうとしたことは容易に想像がつく。
 違う、とかなんとかナオが言ったようだが和臣も男も聞いていない。

「譲る気、ねえ? 俺、前からコナかけてんのによ、全然、取りつくシマも」
「譲る気はない」

 ぺらぺらとしゃべり続けようとした男の言葉を和臣はさえぎる。

 男は鼻白んで、次いでむっとする。和臣の威圧感に負けたのか舌打ちをひとつすると、ドアに向かった。

 男の姿が見えなくなると、和臣はナオを横目で見て言った。

「……あいつは、やめとけ。ろくなことにならねえぞ」
「……オーナー」

 ナオは驚いて和臣を見た。

「─── ヤク中だってよく判ったね」

「まあな。ショットバーなんて構えてりゃ、そんな奴、いくらでも目にする。あいつかなり重症っぽいぞ。やめとけ、やめとけ。─── それとも簡単にあしらえない訳でもあるのか?」

 ナオは後ろの壁にもたれて、俯いた。
「あれ、ね、幼なじみ。中学卒業してからはほとんど会わなかったんだけど、……ここで、「お客」と一緒にいるとこ見られちゃってさ。そしたら、なんかもう……しつこくて」

 ヤらせろって、とナオは声を落とした。

「すごい、やらしい目で見るんだよね。……昔はやせっぽちでそばかすだらけのチビだったのにすげー色っぽくなった、とか、いろんなオヤジに教え込まれたんだろう、とかさ、いやな、……いやらしいこといっぱい言うの。それで触ってきたり、触らせようとしたり、……買ってやるからヤらせろって……」

 ナオの声は小さくなって消えた。

 和臣は俯くナオの明るい茶色のくせのある髪の毛を見つめる。

「─── あの野郎、出入り禁止にするか」
「え、……」

 ナオははっと目を見開いて、あわてて頭を横に振った。

「平気。あんなのぜんぜん平気! あんな奴、相手にしないし、……オーナーも気にしないで。ほんと、平気だから。うん」

「俺がひとこと言えばすぐ出入り禁止にできるぞ、あんなの」

 和臣に話したことをナオは後悔していた。

「……ごめんなさい。臣さんがオーナーだってこと、うっかり忘れてた。そんなおおごとにするつもりじゃなかったんだ。気にしないで。ね? 大丈夫だから」

 和臣はふん、と鼻を鳴らした。ナオが自分の力を利用しようとしない ─── 頼らないのが面白くなかった。

「まあ、いい。……それより先約あるのか」

 話が変わったことにナオはあからさまにほっとして答えた。

「そんなの、ないよ。今日も売れ残りそー。もう足洗った方がイイかもね」

 ナオはわざと明るくおどける。

「オーナー、僕で手ぇ打たない? 安くしとくよー」
「わかった手を打とう。いくらだ」

 間髪を入れない和臣の言葉にナオは戸惑った。

「やだな、冗談だよ。ハルみたいにキレイなのがオーナーの好みでしょ」

 ナオの仲間でもあり、友達でもあったハルという少年はまれに見る美人だった。

 少なくともナオは ─── 顔に自信のある少年たちが出入りするこの店でも ─── ハルのような美形は見たことがない。TVや雑誌でもめったに見ないほど整った顔立ちをしていた。

 ナオが親しくしていることを密かに自慢に思っていた彼は、もうヘヴンズブルーにはいない。

 たったひとり、大事なひとを見つけて行ってしまった。もう二度と来ないだろうとナオは思っている。

「お気に入りだったってみんな知ってるよ」
「ハルが? 俺の?」

 和臣は思いがけないことを言われ、驚いた。

「そんなふうに見えてたか?」
「またまた。一緒に住んでたんでしょ」

「一ヶ月だけな。あいつ住むところも金もなくて、仕方ねえから……ただの居候だ、イソウロウ。お気に入り、なんて可愛げのあるもんじゃない」

 ナオは意味有り気に微笑んだ。

「ふうん。でもあれだけキレイだもんね、なんにもなかったってことないよねえ」
「そりゃ、家賃代わりに少しはな、……まあ顔はキレイなほうだしな」

「やっぱりお気に入りだったんだ」
「ちがうって」
「取られちゃってイイの」
「何が」

「柚月さんだっけ。男前だし、イイひとそうだけどさ」

 ハルをヘヴンズブルーから連れ出した、たったひとりのひとだった。

 ナオは一度しか会っていないが、彼がハルを心底想っていることだけは確かだ。でなければ、このヘヴンまで迎えに来たりはしないだろう。

 和臣はまじまじとナオを見つめた。それから、カウンター席に座るように促す。

 オリジナルのカクテルと水割りをオーダーし、ナオに向き直った。

「─── 取られるも取られないもないな。元々、俺のもんじゃねえし……それに、柚月くんはいい奴だよ。ハルの奴、あれでけっこう見る目がある」

「そんなこと言ってるから取られちゃうんだよー。オーナーが本気で口説けばハルだって」

「惚れてた訳でもないのに本気で口説けるわけないだろう」

 和臣は水割りに少しだけ口を付けた。ナオもカクテルに手を伸ばす。
 流れていたアップテンポのメロディがスロウなジャズに変わる。

 和臣が口を開いた。

「あいつを引き受けるなんざごめんだね。ひねくれてて強情で自分が気に入った奴でなけりゃ、差し伸べられた手もあっさり払いのける。外見がああでも中身は傲慢で臆病なただのガキだ。そんな奴、かき口説いて自分のものにしたところでやっぱりアンタじゃない、とか言われて ─── いや言われる前に逃げ出されんのがオチだよ」

 バカバカしくてやってられねえ、と和臣は肴に出された生ハムを摘んで口に入れる。
 ナオはほおづえをついて和臣を見上げた。

「なんだ、やっぱり口説いたことあるんですね」
「俺じゃねえよ。あいつの客。……マジんなってやっと自分のものにしたと思ったら、次の日にはアンタのものになった覚えないとかあいつに言われて、ここで暴れてくれた」

「ああ……」

 ナオは思わずため息と共に声を出していた。
 何度かあった修羅場が和臣とナオの脳裏に鮮明に浮かぶ。

「ああ、怖い怖い。まったく、許すとか信じるとか知らねえガキは始末に負えない。おっかなくって、とても引き受ける気にはならねえな」
「でも臣さんはちがうでしょ」
「なにがだ?」

 店の中なのに臣さんと言ったな、と和臣は思い、ナオを見た。

 酔っているようには見えないが、グラスは空だ。同じものをオーダーする。

「臣さんならハルだって落ちたよ、きっと。なんだかんだ面倒見てるしさ」
「落ちねえな。………いや、落ちたフリぐらいはするかもな。義理でな。でも結局あいつ逃げるだろ、─── どこも行くとこねえくせに」
 「………」

 ナオは黙って和臣を見つめた。和臣の手の中でグラスが揺れ、氷が音を立てる。

「─── ま、それも今となっては過去形ってやつだな。柚月くんは大した男だよ。あいつにちゃんと居場所作ってやった。ここにいていいって信じさせて ─── ハルはだから、柚月くんに落ちた」

「……臣さんは」
「うん?」

 今でもハルを待っているんじゃないだろうか。─── ナオは思う。

 いつか柚月のところに居られなくなり、自分を頼ってくるんじゃないかと ─── 期待、している。ような気がする。

「臣さんて、一途で優しいんですね」
「はあっ?」

 和臣はすっとんきょうな声を上げた。一体、どこをどう聞いたら今の会話が一途で優しくなるのか、皆目見当が付かない。

 ナオはふっと笑った。

「そうかー、ハルの避難場所みたいなもんか……いいなー、ハルは。やっぱ、美人は得」

「なに言ってんだ。一途なんてこの世で最も俺に似合わない言葉だぞ。優しくもねえし、避難場所なんてまっぴらだ。そこまで大人じゃねえよ」

「ハルだから、なんじゃないの。やっぱり臣さん、ハルに本気だったんだ」
「冗談。あんな手のつけられないガキに落とされてたまるか」
「気が付いてなかっただけだよー」

 ナオはカクテルを半分残し、スツールから下りた。

「あんまり飲みすぎると仕事になんなくなっちゃう。そろそろ、お客探さなきゃ。ごちそうさまでした、オーナー」
「こら待て。飲み逃げするつもりか? 客ならここにいる」

 和臣はナオの腕をつかんでスツールに座らせた。

「下心なしで奢る気はないぞ。誘ったのはおまえのほうだろう」
「だから冗談だってば。もっとキレイなコ、たくさんいるのになんで」
「おまえがいい」

 ナオは面食らった。

 軽く肩をすくめて、和臣に言う。

「そういうこと、平気で言うから臣さ……オーナーって怖いよね。昨日の女の人だってそりゃ夢中になるよ」
「昨日の女は口説いてないぞ。お前を口説いてるんだ」

 ナオはくすくすと笑う。
 金さえ出せば簡単に落ちる自分を口説く、と言う和臣がおかしかった。
 
 自分はハルや他の美形な少年たちとは違う。かなりヤバそうな奴でさえなければ、相手を選んだりなどしない。出来ない。買われてなんぼなのだ。

 和臣のような、金持ちで見栄えもいい男なら「選ぶ側」の少年たちとてほうっては置かない。実際、出入り禁止になるのが嫌さに露骨な誘いこそないものの、誰もが「ヘヴンのオーナー」と関係を持ちたがっていた。

 そんな和臣がまさか自分に興味を持つとは ─── ナオには思いも寄らないことだった。

「判りました、オーナー。一晩中でもハルの話、付き合うよ」
「何で一晩中もあいつの話しなきゃなんないんだ」
「まあまあ。慰めたげるからさ」

 和臣はふんと鼻を鳴らし、グラスを空ける。笑いながらナオは、和臣の肩をぽんぽんと叩いた。
  
  
  
         

      

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ヘヴンズブルー:1

 

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい        

     

 第1話 

 

    
 年が明けて間もない頃のある夜。

 成沢 和臣は名前さえろくに覚えていない女を駅へ送るのに苦心していた。

「もう一軒行きましょうよ」

 女は酔いつぶれたふりをしてその日会ったばかりの男 ─── 和臣と一夜を共にすることに決めたようだった。彼女が単なる遊びで和臣に興味がある、というのなら一晩だけ付き合ってもよかったが、どうやらそうではないらしい。

 女は和臣の素性を知っていた。

 和臣の祖父ということになっている高齢の父は官房長官や大臣を歴任した大物政治家だった。政治にかかわる以前から代々素封家で金に貧したことはない。

 そんな父は当然のように愛人をつくり、彼は妾腹の子として出生した。

 高校生の時、愛人だった母は亡くなり、父は彼を手元に置くと言い出したが外聞が悪い。結局、子供のできなかった父の二番目の息子夫婦の籍に入ることで落ち着いた。

 建前は孫であったが、父は成人するまで自分と同居することを頑強に押し通し、おかげで和臣は別に家を構えていた戸籍上の父母とはほとんど言葉を交わしたことがない。

 彼は成人するとすぐに過干渉の父と冷ややかな目つきの正妻から逃れるため、家を出た。

 その際、父はいくつもの不動産を和臣に与え ─── 成沢家の総資産からすると微々たるものだったので意外にも揉めなかった ─── その内のひとつ、ヘヴンズブルーというショットバーで女に引っかかってしまった。

 その日、和臣は実家 ─── 父と正妻の家 ─── に顔を出し、父の昼食に付き合わされた後、正妻から散々見合いを勧められた。彼女曰く、三十過ぎた男がひとりでは一人前に見られない、家庭を持ってこそ社会で認められる ─── のだそうだ。

 和臣はうんざりしながらも拝聴し、家を出てからは目つきがやわらかくなった彼女の機嫌を損ねないように努めた。そのストレスを自分の経営する店で発散しようと、スタッフ相手にくだを巻いているところを女に見初められてしまった。

 女は身内の話をほとんど聞いていた。

 お父様は元代議士さんなんですってね。

 結婚が嫌なんてどうしてですの?

 不動産をいくつも持っていらっしゃるなんてうらやましいわ。

 いいかげん酔いがまわって来ていた彼は、女を振り切れずに話しに付き合ってしまっていた。

 三十前くらいだろうか、水商売系の派手なタイプではなくむしろ地味でまじめそうな女だった。血統が良く、一生働かなくても生活できるほどの資産を持った三十二歳未婚の成沢和臣は、彼女にとって王子様の出現に他ならなかった。

 まずいな、とやっと彼は思い至る。

 このままホテルにでも連れ込まれた日には既成事実ができてしまう。

 案の定、女は少し休みたいなどと言い出し、和臣の黒いコートの腕に自分の手を絡ませた。
 どうしたものかと立ち止まり、女を振り返るとその後ろから見知った少年が近づいてきた。

「……ナオ」
「あれ、臣さん。……あ、どうも」

 女に向けて軽く頭を下げる。

 よく知っているその少年は、彼がオーナーで、さっきまでくだを巻いていたヘヴンズブルーの常連客だった。

 正確に言えばただの常連ではない。

 ナオは店に来る客相手に売春をしていた。

 そういう少年はほかに何人もいて、べつだん珍しいことではない。その子たち目当てに客が増えれば店は繁盛する。

 売春を強要しているわけでもなく、ただ出会う場所を提供しているだけである。ヘヴンズブルーは彼らのことを常連客として扱っていた。

 ナオは和臣に笑いかけると、おやすみなさい、と言ってその場を立ち去ろうとする。

「待て。待てって」

 和臣は女の手から逃れ、ナオのオリーブグリーン色のダッフルコートの袖を掴んで引き止めた。小声でささやく。

「……ちょっとここにいてくれ」
「え、なんで。僕、オジャマ虫になりたくないんだけど」

 つられてナオも小声になる。和臣は必死だった。

「なってくれ。頼む」
「えーっやだよ……」

 ナオの抗議を無視し、和臣は彼の肩を抱いた。和臣より十五センチ以上低いナオはいい具合に腕に納まる。

「悪いけど、今日はこの子と約束してた。今思い出したんだ。なあ?」
「ええと、……そう、です、ね」

 妙なアクセントになった。
 女は不審そうに和臣とナオを交互に見た。

「……どういうことですか?」
「つまりデキてるんだ」

 しれっと言う和臣を女は信用しなかった。

「……冗談でしょう」

 女の方を向いているナオに和臣は不意に口付けた。

 呆然とその光景を見ていた女の肩からバッグが滑り落ちる。ナオはかがんで、それを拾い上げると女に差し出した。

 バッグをひったくるように掴んで女は足早に駅の方向に消えた。

「……何もあそこまでやることないのに」
 夜の十一時もまわり、人通りは少ないとはいえ天下の往来である。

「ああでもしなきゃ、俺の貞操が奪われてたんだぞ。それでもいいのか」
 臣さんの操に興味ないよ、とナオは笑った。

「一回寝たらよかったじゃない。さんざん遊んでるくせに」
「向こうも遊びならな。今回は、マズい」

 かなり身内のことを女に知られてしまった、とナオに手短に話した。ヘヴンで和臣のとなりに女がべったりくっついていたのを見ていたナオはすぐに了解する。

「最初から結婚しか考えてませんって顔に書いてある女とヤるか? ふつう。ヤったが最後、次の日は式場探しだ」

「臣さんにしてはめずらしくヘマったね。身の上知られちゃうなんて」

「まったくだ。しかも、男の顔が円にしか見えない種類の女ときた。自分のバカさ加減がいやになる。……今日、客ついたのか」

 時間も早く、ナオの身なりもひと仕事終えた帰りには見えなかった。 

 くせのある茶色い髪も乱れてはおらず、けだるげな様子もない。

 小さな白い顔にはそばかすがあり、それが彼を売れっ子にはしなかったが目鼻立ちはよく、中でも黒目がちの瞳は清冽でなにも知らない子供のように彼を見せていた。
 
 ─── 金で誰かとベッドを共にするとは考えられないくらい。

 ナオは頭を横に振った。

「今日はもう帰る」
「よし買った」
「帰るって言ってんでしょ。……いいよ、無理しなくて」

「無理じゃない。俺が買うって言ってるんだ。ヘヴンのオーナーの命令だぞ、店に出入りできなくなってもいいのか」
「なにそれ。臣さん酔っぱらってんの?」

 普段の和臣なら冗談でも言うはずのない言葉だった。

「酔ってない」
 酔っぱらいはみんなそう言う。

「ワインと水割りと焼酎だけだ」
「酔っぱらってんじゃない」

 ナオはため息をついた。

「仕方ないな、もう。家まで送ったげる」
「いくらだ。相場でいいのか」
「送るだけだよ。すぐ帰る」
「だめだ。……オーナー命令だぞ」

 ナオは口を開きかけてつぐんだ。あきれたように言う。

「わかったよ。相場でいい」

 歩いたせいで酔いがまわってきたらしい和臣を支えながら彼のマンションにたどり着く。

 瀟洒な高層マンションで最上階に一戸しかない部屋に和臣は暮らしていた。広い大理石の玄関とさらに広いリビングを抜け、モノトーンで統一された寝室のベッドに彼をようやく横にさせた。

 ナオはキッチンへ行き、ミネラルウォーターに氷を入れて再び和臣のベッドに近づく。

「臣さん、水」

 和臣はジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めていた。ナオも手伝い、やっと解いたネクタイをナイトテーブルに置く。

「……口移し」
「は?」

 どうやら起き上がるのが面倒らしい。
 ナオは少し考え込んだが結局、和臣の要望に応えた。

「……嫌だってつっぱねてもいいんだぞ」
「ハルみたいな美人じゃないからね。サービス悪いと客がつかない」

 もう一度、和臣ののどに水を流し込む。

「これで満足ですか、オーナー」
「ここは店じゃない」

「ヘヴンのオーナーとして僕に命令したんでしょ。出入りできなくなったら困るからなんでもするよ。次はストリップでもしましょうか?」

 ナオは軽やかに立ち上がり、和臣からよく見えるように後ずさる。
 ダッフルコートを脱ぎ捨てた。

「おい」
 あわてる和臣に、ナオはふっと笑いかけた。

「うそだよ。冗談。だいたいストリップだってダンスなんだからさ、僕にできるわけないよ。ただ脱ぐだけって言うならいつもと変わんないから、全然できるけど」

「……ただ脱ぐだけのストリップでもやるのかと思ったぞ」
「それでもいいんならやるけど?」

 ごく薄いシャツのボタンに指をかける。

「いや、……悪かった。そんなことはしなくていい」

 和臣は目をつぶり、手の甲をまぶたに押し当てた。

「すまなかった。………実家に行くと気が滅入ってな。たぶん、さっきの女を切れなかったのはそのせいだ。誰でも良くなった。そばにいて欲しくて」

「僕が通りかからなかったら、あのひととホテルでも行ってた?」
「ああ、たぶんな。助かった。……おまえでよかった」

 まぶたから外した手をナオへ差し出す。

「……そばに来てくれ」

 ナオが近寄るとあっという間に腕をつかまれ、ベッドに引き込まれた。
 和臣はしがみつくようにナオの胸に顔をうずめる。

「─── しばらくこうしててくれ。なにもしない」

 目を閉じて、じっとしている和臣はひどく子供っぽく見えた。

「……なにかしてもいいよ」
「いいのか? やる気、ないんだろう。……悪かったな、無理やり連れ込んで」
「連れ込まれたんじゃなくて、送ってあげたの」

 和臣は息を吸い込み、満足そうな顔をした。

「おまえ、いい匂いがするな……」

 急に眠気が襲ってくる。ひとの体温をこれほど心地いいと感じたのはいつ以来だろうか。

 ナオの手が和臣の髪の毛を撫でている。

 和臣はいつの間にか眠りに落ちていた。

  

   

    

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「きみの」三十九話更新♪

 

 三十八話がとんでもないところで終わった「きみの手を引いて」ですが、やっと更新できました。ハルがほぼ泣きながら、ヘヴンへ向かうとこが取り留めなくなってしまい、最後の柚月視点を大幅に切り飛ばしました……。

 いらないのについ書いちゃうんだよな、攻め視点好きだから……。┐(´д`)┌ヤレヤレ

 今日で幼稚園のお弁当作りも最後です。

 やった……やりきったよ、私!頑張った!よくやった!ほうだと思う……。

 お兄ちゃんたちと合わせて5年間、その内1年はお兄ちゃんたち二人分の弁当作り、毎日、土日以外は作ったさ……作ったともよ。

 もう作らなくていいんだ……気が抜ける。( ´・ω・`)

 あ、まだ高校があるか……。

   

きみの手を引いて:番外編2

  

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい 
             

   第2話

             
「風呂入って来い」
 オレを部屋に上げた男は、顔をしかめて命令した。そーいや四日か五日か風呂入ってなかったんだっけ、と自分の肩に鼻を寄せて臭いを嗅ぐ。

 男は本当にホンモノの金持ちみたいだった。高層マンションの最上階にひとつっかない部屋、めちゃくちゃ広い大理石張りの玄関、吹き抜けのある広いホール。これまただだっ広いLDKを抜けて反対側のドアを開けると廊下に並ぶドア。その内のひとつ、引き戸を開けるとそこが洗面所兼洗濯乾燥室で浴室に続いていた。

 垢だらけの身体と髪の毛を何度も洗う。特に髪の毛。汚れのせいでなかなか泡が立たない。
 多少苦戦した後、青くて丸いでっかいバスタブに浸かる。一瞬、空腹を忘れるほど心地いい。

 あー極楽。やっぱ風呂入んなきゃダメだよねー。
 すっかり気分を良くして腰タオルでリビングに行く。着たきりで汚れ放題だった服を身に着けるのは抵抗があった。

 ─── ピザが来ている。リビングのドアを開けたとたん判る、フクイクたる香り。
 オレは陶然となってセンターテーブルにふらふらと近寄り、愛しのピザとご対面。
「よだれ垂れてんぞ」

 ソファーに座って煙草を吸っていた男が指摘する。
「えっウソ、マジで」
 一応そう答えてみたが、ヨダレなんかどうだっていい。オレはピザを一切れ引っつかんで口に運んだ。おおー、チーズがハムがたまねぎがサラミがトマトがハンドトスの生地がすばらしいハーモニー。イタリア最高。デリバリー万歳。

 毛足の長いラグの上に座り込んで夢中で食べ進めるオレに、男は缶ビールを寄越す。ちょっと躊躇して ─── ビール飲んだことなかった ─── それでも平静を装ってプルトップを開ける。苦い。
 一息ついたオレは男に訊いた。

「あのさー、オレマッパなんだけど。着替え貸して?」
 そう訊かれるのを予想していたように、男はソファーの上のスウェットを顎で示す。
「あんたの? これ」

 舐めた指をティッシュで拭いて、パジャマ代わりらしいそれを広げる。多分デカいな、これは。新しいトランクスとTシャツも広げてみて、さあ着るか、と腰タオルを押さえて立ち上がる。

 男が、じっと見ていた。
 絡み付くような熱っぽい視線。煙草を吸いながら、オレを観賞している。
「……着替えづらいんだけど」

「そうか?」
 平然としたまま男は視線を外してくれない。タオルの下まで透視されているような気がして、いたたまれず、俯いた。

「着替えづらけりゃ、部屋、貸してやる」
 男は着替え一式を手に取り、リビングを出る。浴室があった方の廊下を進んで一番奥のドアの前で立ち止まり、オレを待っている。

 洗面所でいいのに、と思いながらその前を通り過ぎた。

 オレの片手に着替えを持たせ、外開きのドアを開ける。
「……ほら、入れよ」

 中は暗かったが廊下からの明かりで様子が判る。黒い絨毯。カーテンの引かれた大きな窓。パソコンが載ったデスク。─── 真ん中に大きなベッド。
 寝室だ。恐らく、この男の。

 どん、と背中を強く押される。オレは足を縺れさせながらその部屋に踏み入った。
 着替えが、ばさっと落ちる。

 振り返り、後ろ手にドアを閉める男を見上げた。
 オレは今どんな顔をしているんだろう。ほっぺた引きつってる?哀願する目付き?
 いや待て、まだ挽回できる。この状況を打破する、最上にして最強の一手。

「……オレ、男だよ」
 どうだ。上擦った声でも威力は絶大、うっかりオレの顔に血迷った男は我に返り、背を向けて出て ─── 。
 行かなかった。

「判ってる」
 男は唇の端を上げて哂いながら近づいてくる。
 そりゃそうだ、オレが男だなんてことは先刻承知、顔だけならともかく、剥き出しの薄い胸も、脛毛がほとんど生えてない肉付きの悪い足も、女と見紛うのは無理だ。

 無理があり過ぎる。
 つまり。
「……!」

 逃げろ。

 男の脇を通り抜けようと突進、あとちょっとでドアレバーに手が届く ─── 。
「おっと」
 男はとおせんぼするように腕を伸ばし、突っ込んできたオレを抱き止める。その勢いのまま、ベッドに押し飛ばされた。

「……ッ!」
 仰向けに飛ばされたオレは、ベッドに肘を突き、頭を上げる。そこへ、体勢を変える間もなく男が馬乗りになった。

「ちょっと待ったちょっと待ったっ!?」
 二回も言った。あまつさえ、男のがっしりした胸板を押し返しもした。
 しかし男は、これっぽっちも、ほんの少しも、ちょっとも、待たない。

 オレの腕をなんなく捕らえ、ベッドに押さえつける。耳の下に口付けた男はそのまま、鎖骨まで唇を這わせた。
「……ん……っ……」

 皮膚が粟立つ。足がベッドカバーを蹴飛ばす。男の拘束を解こうと腕に力を入れる。
 頭を何度も横に振った。

「抵抗してるつもりか?それで?」
 せせら笑い、オレの耳に囁く男の言葉に自尊心が傷つけられる。だってマウントポジションなんだぞ! その上、この男の方が縦も横もデカい、どう考えたって逃げらんねーよ!?
 
 ─── 逃げられない。自分の言葉で絶望が襲う。

「……っあ!」
 絶望して力を抜いたそのとき、男の手が背後にまわり、タオルごとオレのものを掴んだ。せっかく左手が自由になったのに、力が入らない。

 身体を丸めて逃げたい。男がそれを許すはずもなく、馬乗りになったままタオル越しにオレを揉み解す。

「んっ……う……さ、わんなっ……」
 半分喘ぎ声みたいな声。情けない。涙が滲むのが判った。
 男の手はさらにオレを弄りだす。巧みな指が勃ち上がった根元を揉み、カリの窪みをなぞる。

「あ……っあ、ん、や……んん……っ」
 タオル越しなのに。いやタオル越しだからか。ざらりとした質感が敏感な部分を刺激する。声を、顔を隠したくて左の手の平を口に押し当て声を殺す。
 
 ぴたりと男の手が止まった。
「─── 手ェどけろ」
 口を押さえたまま、頭を振って拒絶。自分のこんな声、聞きたくない。

 男は目を眇めた。

 ふいに、拘束されていたオレの右手とオレ自身が解放される。さらに馬乗りになっていた男は身体を浮かせてオレの足先に移動した。

 何が興を殺いだのか判らないが、男はやる気が失せたのだ。助かった、とずり上がり、男と距離を取ろうとする。

 甘かった。

 男はオレの足首を掴んだ。
 片方の足首だけ掴んで、もう片方の手は外れかけたタオルに包まれたものを握りこむ。ついさっき、男の手で役に立つようにされたそれは萎えてはいなかった。

「ん……んっ……」
 緩急をつけた男の手の、指の動きに翻弄される。新たな刺激に、口を押さえた手の隙間から声が漏れた。
 
「あ……あっ……んん、……や、あ……っや、だ……っ」
 もう泣きたい。なんで、こんな声。サイアク。
「声。我慢すんだろ」
 
 からかう男の声がオレの足の間からする。頭を上げるとタオルにくるまれて屹立しているオレのものを弄りまくっている男の顔。
 オレが見ていることに気付くと、にやりと笑う。

「なんか濡れてきたぞ、ここ」
 先端の部分を親指の腹で撫でる。
「あ……っあんたがしつこくイジるからだろっ……」

 タオルに先走りの液体が滲みだしたのを知り、死にたくなる。喘ぎ声を上げて、気持ちが良かった証拠の体液を漏らして。最低だ。
 男がどいた時にめちゃくちゃ抵抗すれば逃げられたはず。

 逃げられなかったのは。
 身体が、男が与える快楽を期待していたからだ。

 一度他人の手で ─── 長谷川さんの手で、達かせられる快楽を知った身体は容易くそれに流れる。心を、裏切って。

「タオル、取って欲しいか?」
 優しい声で男が訊く。
「じかに、触って欲しい?……舐めて欲しいか?」

 しゃべる間も男の手は止まらない。体液の滲みはどんどん拡がっていく。
 勝手に腰が浮いてしまう。
「ん……っふ、あッ……あっ」
 
 自分の淫らな声と男の手を欲する仕草に涙が浮かんでくる。
 タオルを取って欲しかった。直にソコに触って欲しかった。舌で、舐めて欲しかった。

 限界。

「……タオル、……取って……」
 喘ぎながら、やっとの言葉。
「聞こえねーな」
 意地悪な男の声が言う。

「言ってみな、ちゃんと。じかに弄って、舐めて、イかせてくださいって」
 サドだ、こいつ。ひとを辱めて、自尊心を破壊して、悦ぶタイプ。

 恥ずかしくて顔が火照る。涙で目が潤む。
「……イかせて……」
「弄って、舐めて、は?」
 間違えた、こいつはドSだ。

 オレはごく、と喉を鳴らした。心臓がばくばく言って苦しい。達きたくて気が変になりそうだ。
「……い……」
 ダメだ。言えない。

「だ……れが言うか……っイかせろ、って……言ってんだろっ……」
 オレのバカ。
 最後の最後で自尊心が邪魔しておねだり出来なかった。

 イジって、舐めて、イかせてください、って言うくらいなんだってんだ、今からでも遅くない、言え、言えばイかせてもらえる、ラクになれる ─── と身体が言う。

 そんな恥ずかしいことダレが言うか、初めて会った名前も知らない男にねだるぐらいなら死んだ方がマシだ、と心が叫ぶ。
 
 心と身体が引き裂かれそうだ。

「ふーん」
 男はオレから手を離した。追い上げられる苦しさが引いていく。
 でも、快楽に晒された身体の熱が冷めるわけじゃない。
 
 放り出されて、辛い。どうにかして欲しい。イきたい。
「ふ……っ」
 オレは身を捩った。

 男はもうオレを拘束してはいなかった。起き上がって、ベッドを下りて、汚れた服を身に着けて、ここを出て行く。やろうと思えばすぐ出来る。

 なのに。身体が動かない。

 男の手が欲しい。快楽に導いてくれる、その手。
 心が、身体に流される。

 それに抵抗しようとタオルを股間に押し当て、横向きで身体を丸める。一度硬くなったそれは容易に元には戻らない。

 先端部分がタオルを通してぬるぬるする。男が言ったとおりの状態に、情けなさで涙が滲む。
 オレはタオルの中に手を入れてそれを握った。また溢れる体液を親指の腹で先端からくびれまで塗りこむ。

 ─── 視線。
 男がベッドに腰掛け、高みから面白そうにオレを眺めて、言った。
 
「─── ひとりエッチ、見せてもらおうかな?」
 
 ………冗談だろ。

   

        

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きみの手を引いて:5

    

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 第五話

  

         
 Tシャツとパジャマのズボン姿で風呂から上がってきたハルは、上機嫌で鼻歌を歌いながら髪の毛を拭いている。

 柚月が自分に反応して、それをからかったのが面白くてならないらしい。

 冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、ごっくごっくと勢い良く飲み干す。
「ビールだったらもっといいんだけどなー」
「……」
 
 ソファーから柚月が伸び上がるように自分を見ていることに気づき、「飲んでないって」とペットボトルを振ってみせる。

「信用ないなー」
「……信用はしてる。ただ、俺をからかう為だけにビール飲むんじゃないかと思って牽制しただけだ」

 憮然とした柚月の声にハルは首を傾げる。 
「あれ、さっきのこと怒ってんの?」

 ハルはL字型のソファーの短い方へ座った。
「ちょっと抱きついただけなのに」

「そんな綺麗な顔で、気軽に抱きつくんじゃない」
「いーじゃん、別に抱きついたって。てゆーかまたそれ? オレ、キレイじゃないよ」

 ハルは顔をしかめてソファーの上で膝を抱えた。

「そんな、女みたい?」
「……女みたいっていうか、……男でも女でもないって感じだな。綺麗な、顔だ」

 ふん、とハルは鼻を鳴らす。

「言われるの嫌ならもう言わない」
「……女みたいって言われるよりは、まだキレイのがマシ」

 そのままハルは口を噤んでしまう。
 いやだ、と言い返してくると思っていた柚月は戸惑った。

 ハルは時々、急に押し黙って物思いに耽るところがあった。

 いつもは明るくふざけた様子のハルも、そんな時だけは大人しく沈んだ表情で俯いてしまう。

 自分の心の奥深くを覗いているハルの眼差しは暗く、どこも見てはいない。

 ふいにハルは我に返り、沈黙をごまかそうとするように言った。

「じゃあさー、男か女か確かめてみる?」
「ば……ばか言え」

 思わず焦って噛んだ柚月にハルは笑った。

「あ、やーらしいこと考えたー、今。見るだけってイミだったのに」
「……」

 柚月は頬を赤らめて苦虫を噛み潰したような顔をした。
 ハルはそんな柚月を面白そうに眺める。顔を傾け、抱えた膝の上に頬を乗せた。

「柚月さんだったら、本当にヤらしたげてもいいのに」
「ハル、お前な」
「うそうそ、冗談。冗談だってば。柚月さんは好きな人としかしないもんね。溜まりすぎでオレに反応しちゃってもヤるわけないよねー」
 
 夕食後のことをからかうハルを柚月はじっと見つめた。
 ためらいながら口を開く。

「……お前は、」
「え?」
 
 柚月の声が低くなり、聞き取れなかったハルは問い返す。
 柚月はもう一度言った。

「お前は、好きじゃない奴とでも出来るのか」

 ハルは驚いた。オレ、が? 好きじゃなくても出来るかって?

「オ……オレは」
 
 すぐに答えることが出来ない。今まで考えたこともなかった。
 ハルは柚月から目を逸らした。

「……そんなの、判んないよ。好きだの好きじゃないのってそんなに大事なこと? 好きじゃなかったらなんでヤらせたらいけないの? オレはただ」
 
 金くれるって言うからヤらせただけ ─── と言う前に、ハルは黙って唇を噛んだ。
 柚月が正しいのは判ってる。間違っているのは自分の方。
 
 でも悪いのはオレだけ?そんなはずない。

 そんなの、ズルい。

 唇を引き結んで俯いているハルをしばらく見つめていた柚月は、諦めて立ち上がった。浴室へ向かおうと背を向ける。

「─── 好きじゃなくても出来る」

 柚月の背中にハルの声が当たった。

 振り向いた柚月はソファーからゆっくり立ち上がったハルの真っすぐな目を捉える。

 濡れて光る少し長めの髪の毛。パジャマから覗く喉元は白く滑らかで触れてみたいと思わせるには充分だった。長い睫毛に縁取られた大きな茶色い瞳が瞬く。

 赤く、小さな唇が動いた。

「……好きじゃなくても出来るよ。嫌いな奴でも、なんとも思ってなくても平気。オレで反応するんなら寝てもいいよ。好き嫌い抜きで、……性欲処理だって思えば柚月さんだって出来……」
 
 柚月は拳を握りしめる。
 その気配に気づいたハルは目をぎゅっと閉じ、殴られる覚悟を決めた。
 
 衝撃が来ない。
 
「─── 好きじゃない奴とはしなくていいんだ」

 案に相違して柚月の静かな声が響く。
 ハルが恐る恐る目を開けると、もうそこに柚月はいなかった。

  

   

   

   

 浴室に入った柚月は頭からシャワーを浴びた。温かい湯が出るまで浴び続け、やっと止める。
 髪の毛を乱暴に洗いながら考えるのはハルのことだけだった。

(……毎日あれだけ見惚れて、挙句の果てには抱きつかれただけでその気になって)

(……気持ち悪いと思われてないだろうか……?)

 いや思われてる。絶対思われてる。最悪だ。
 
(でも、ただ、綺麗だなと思って)

 好きになってくれないかと思って。

「!」
 
 ハルへの好意を自覚して、柚月は自分でも驚き、うろたえた。そして次の瞬間には落ち込む。

(……いきなり性欲処理はあんまりだろう)

 その言葉に反応している下半身を見て情けなくなった。無視して体を洗い始める。

(あんな言葉が出てくるってことは俺なんか完全に恋愛の対象外ってことなんだろうな……)

 全然、これっぽっちも眼中にない、と呟いて強調する。それでもなかなか下半身は納得しないが、知ったことかと湯に浸かった。
 
 落ち着くのを待って浴室を出る。

 トランクスとTシャツを身に付け、TVが点け放しのリビングを見渡す。ハルの姿がない。

 消し忘れてロフトへ上がってしまったのだろうと、リモコンを探すべくソファーを回り込むと ─── 彼がそこにいた。

 ソファーに横になっている内に眠ってしまったらしい。リモコンを持った手が床近くまで下がっている。

 寝息に合わせてパジャマの胸元が上下していた。ついさっき、「処理で寝てやってもいい」などと口にしたとは思えないほどあどけない寝顔を、見つめてしまう。

 柔らかそうな赤い唇から、白い歯が少し覗いていた。

(……綺麗だな)

 何度見ても、起きていても、笑っていても、ぼんやりしていても、気に入らないという表情をしていてさえそう思った。

 そっと声をかける。

「……ここで寝たら風邪引くぞ。起きろ」

 起きないハルの肩に手を掛けて揺すった。ハルの手からリモコンを取り、TVを消してからテーブルに置く。

「ハル」

 起きそうもない、と見て取ると柚月は ─── 少しの逡巡の後、ハルを抱え上げた。思った以上に軽い。
 
 柚月の私室に連れて行き、ベッドへ寝かせる。

 ハルは起きなかった。

 柚月は跪き、ハルの髪に手を伸ばした。起こさぬようにそっと撫でる。

 リビングからの光源で、薄暗いベッドの上に浮かぶハルの小さな顔は柚月の知る他のどんな人間よりも美しく、艶めかしかった。

 もし俺がこのまま覆いかぶさったりしたら ─── ソファーでハルが眠っているのを見つけた時から、考えまいとしてきた思いが頭をよぎる。

(「オレで反応するんなら寝てもいいよ。好き嫌い抜きで」)

(……そんなこと、できるわけない)

 ハルにとっては性欲処理でも、自分にとってはそうではないのだ。

 柚月は頭を横に振り、ベッドから離れる。

 もう少しハルの傍にいたかったが、もし悪戯したと誤解されて嫌われでもしたら目も当てられない。

 寝室をそっと出た柚月はキッチンへ行き、冷蔵庫から缶ビールを出した。
 ソファーに座りTVを点けて眺めるが、内容がさっぱり頭に入って来ない。

(……どうしてこんなに惹かれるんだろう)

 最初は確かに綺麗な顔だ、と思った。にっこり笑って座っていれば、世間知らずのいいとこの子にしか見えない。しかしひとたび口を開けば、言葉は乱暴だし全く大人しくなどない。

 柚月のことなど平気でからかい、赤くなったと言っては笑い ─── しかもその笑顔は恐ろしく可愛らしい。ただそれだけなら、一ヶ月も一緒に暮らさない、と柚月は思う。

 容姿が美しく、中身は勝気で、無論それも魅力ではあったろうが ───。

(あの、暗く、寂しい目)

 ハルが時折見せる、自分の心の奥深くを覗きこみ、誰にも助けてもらえないと諦めてしまったような目。
 
 家出してからのことに関係しているのだろうか、と柚月は考えた。

 ハルからはっきり聞いたわけではないが、見当はついている。ハルは恐らく ─── 。
 想像すると胸にもやもやとした嫌なものが生まれる。それでも、考えずにはいられない。

(それであんな目をするように ───?)
しかし、なんだかそれは違う、という気がした。
 
 もっと何か ─── 誰にも言えない何か、ずっと以前の辛い記憶を思い出しているような。
 それが何かは判らない。詮索するのは許されていない。

 柚月はビールを飲み干してため息をついた。

 

  

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きみの手を引いて:目次

 火事で住む所を失ったハルは大学生の柚月に拾われた。

 穏やかな生活の中、ハルの心は柚月へ傾いていくが、柚月の幼馴染みに売春していたことを知られ、出て行かざるを得なくなる……。

 

 マジメ×ツンデレ、だと思います。(自信ナイ…)R-18。

 続編「それさえも甘やかな日々」の下に、「きみの手を引いて2」の目次があります。

    

 ~携帯電話で閲覧される方へ~

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 面倒ですが、拍手を頂くととても嬉しいので宜しくお願いします。

  

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   第十一話

   第十二話

   第十三話

   第十四話

   第十五話

   第十六話

   第十七話

   第十八話

   第十九話

   第二十話

   第二十一話 

   第二十二話

   第二十三話

   第二十四話

   第二十五話

   第二十六話

   第二十七話

   第二十八話

   第二十九話

   第三十話

   第三十一話

   第三十二話

   第三十三話

   第三十四話

   第三十五話

   第三十六話

   第三十七話

   第三十八話

   第三十九話

   第四十話

   第四十一話

   第四十二話

   第四十三話

   第四十四話

   第四十五話

   第四十六話

   最終話

   

   ありふれた、そして特別な。

 

   それさえも甘やかな日々

 

   きみの手を引いて2:目次

  

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 第四話

   

 柚月の部屋は居心地が良かった。
 リビングもダイニングも物が少なく、大体いつも片付いている。柚月は洗濯も掃除もこまめに自分でしていた。
 
 ハルがだらだらとソファーに横になってTVを観ていても文句一つ言わず、風呂を洗ったりしている。
 普通なら居候のくせに ─── と言われても仕方がないところだが、柚月は何も言わず淡々と家事をこなし、大学院へ通った。

 一方、ハルはほとんど、部屋の中 ─── リビングやロフト ─── で過ごした。柚月に買い物を頼まれた時にしか外へは出ない。
(……このご時世、得体の知れない奴信用して買い物頼むってのも、相当お人好しか変人だけど。オレが金持ってズラかったらどうすんだろ、この人)

 しかしハルは逃げたりしなかったし、柚月もそれが判っていたようだった。買い物を終えて帰宅したハルに「昼飯代だ」と釣銭を与えさえした。
(ガキの使いかよ)
 くくっ、とハルはのどの奥で笑う。

 彼はハルに干渉せず、一緒にいて苦にならなかった。なにより夜、ベッドに引きずり込まれずに自分ひとりでゆっくり眠れる。
 柚月との生活は楽しかった。

「柚月さん」
「なんだ?」
「オレのこと、知りたい?」

 夕食時だった。柚月は豚肉のしょうが焼きを摘もうとした箸を止め、片眉だけ上げてハルを見た。
 
「本名とか、住所とか……知りたくない?」
「─── お前が話したくなったら話せばいい。詮索はしないよ」
 
 約束したからな、と柚月は言って食事を続ける。

「……オヤ、死んだって言ったよね、柚月さん」
「ああ」
 
 ハルはぽつりと言った。
「─── オレもオヤいないんだ」
 
 父親は幼い時に事故で死んだこと。十二才の時、母親も肺炎をこじらせて死んだこと。引き取り手がなくて施設に入ったこと。
 自分のことを話すのに慣れていないのか、たどたどしい口調で言う。

「小さい子だと養子とかでけっこう引き取り手が見つかるんだけど、オレもう十二だったしね。中学だけ施設から通って就職先探してたら、高校行かないかって……言ってくれる人がいてさ」

 ハルはうかがうように柚月を見る。

「その人も同じ施設の出で、自分も高校行けなかったからってオレに同情してくれたんだ。すごいイイひとなんだよ。そのおかげで高校入れて、一緒に暮らしたんだけど……」

 半分ほど残っている食事に手をつけずにハルは話を続けた。

「ダメだった。誰かと一緒に暮らすのってダメみたい、オレ。……そのひと、就職してから大学行ったりして、頭もいい人で……まだ若いんだけど会社でもエライひとなんだよ。─── 尊敬してる。こんな人がオレの「おとうさん」になってくれるのかってすげー嬉しかった。父親って全然覚えてなかったし。……でもダメだった。オレが悪いんだ」

「……喧嘩でもしたのか?」
 初めて柚月が口を挟んだ。
 ハルはためらいながら、うなずく。

「……うん。だから、家出した」
「……そうか」
「─── 帰れって、言う……?」

 ハルは恐る恐る柚月の表情を見つめた。
「いいや。仲直りしたいって言うんなら、一緒にそのひとのところに行ってもいいけどな」
「……」

 返事もせずに、ハルは押し黙る。思いつめた顔をして柚月から視線を逸らした。

「どうした?」
「……柚月さん、あの、ね」
 言葉が続かない。

 柚月はいぶかしみながらも食事を終え、自分の食器を下げ始める。
「しょうが焼き、苦手だったか?」
「……ううん! すごいうまい」
 ハルは慌ててご飯としょうが焼きを一緒くたにしてかき込む。

 洗い物を始めた柚月のところへハルが食器を持っていくと、彼が言った。
「─── 帰りたくないんだったら、ここにいていいんだぞ」
 
 ─── 自分がいては、迷惑だろうに。ハルは柚月の優しさが嬉しかった。
 素直に感謝の気持ちを表すのが気恥ずかしく、ハルはふざけて柚月の背中に抱きついた。

「ありがとうっ、柚月さんっ」
 柚月はぴたりと皿を洗う手を止める。
「柚月さんてイイひとだね、ちょっと融通が利かないとこもあるけどさー、あんとき柚月さんに声かけられて超ラッキー」

「……ハル。それは、ちょっとマズい」
「え? なにが?」
「だから……その……離れてくれないか」

 ハルは柚月が耳まで真っ赤になっていることに気づいた。胸にまわした手から柚月の大きな鼓動が伝わる。
「……離れないと、マズい?」
 人の悪い笑みを浮かべると、ハルは広い背中に頬をすりすりと押し付けた。

 うう、と柚月はうめく。
「非常に、とても、ものすごく、マズい」
「へー、そーなんだ」
 ハルはぎゅうっと柚月の背中を抱きしめた。 

 シンクに食器を落とす激しい音。
「ハル!」
「はあーい」

 面白かったのになー、とハルは柚月を解放する。
 柚月は食器が割れなかったか確認しながら言った。

「……風呂、入って来い。出来てるから」
「柚月さんが先に入ったほうがいいんじゃないの。オレでも良くなるくらいたまってるみたいだから」
「……ハル!」
「冗談だよー」
 ハルはくすくすと笑いながら浴室へ向かった。

   

   

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 第三話

  

        
「必要なものは明日買いに行こう」

 夜になり、柚月が手早く拵えた夕食を二人で摂った後だった。バスルームから出てきた柚月はソファーでTVを観ていたハルにそう告げる。
 振り向いたハルは柚月から借りたパジャマを着ていた。

「オレ、金ないよ」
「知ってる。だから一緒に行くんだろ 」
「ちょっと待って」

 ハルは立ち上がって柚月のそばへ来ると腕を組んだ。半袖のパジャマはやたらと大きく、ひじが隠れてしまって七分袖だ。ズボンは無理やりウエストより上に上げているらしい。

「柚月さんが買ってくれるってわけ? どうして?」
「お前が金がないから」
「そうじゃなくて。……そんなの変だ」
「変か?」

 柚月は冷蔵庫から缶ビールを出してプルトップを開けた。すかさずハルが言う。

「オレにもちょうだい」
「だめに決まってるだろう、十六歳」

 ペットボトルのミネラルウォーターをコップに注いでハルに渡す。
 ケチ、とハルは小声で悪態をついたが大人しくそれを飲んだ。

「─── それからな、この家は禁煙だ」
 シンクに捨ててある吸殻を見ながら柚月は言う。煙草とライターは見当たらなかった。

「もう吸うなよ」
「……煙草、取り上げないの」
「吸ってるの見たら取り上げる。十代で煙草吸ってたら、肺真っ黒になるぞ」

 ハルは唇を曲げ、面白くなさそうな顔をした。ソファーにあぐらを掻いて座る。きょろきょろと落ち着きなく部屋を見回し、生乾きの髪の毛に細い指を突っ込んで頭を掻いた。

 しばらくそうしてTVを観ていたハルは不意に立ち上がる。

「─── オレさ、ちょっと出かけてくる」
「今から? もう十一時だぞ。どこ行くんだ」
「ど……どこだっていいだろ。詮策しないって約束」
「……そうだったな」

 出し抜けに柚月はソファーから立ち上がり浴室へ向かう。ハルの服を洗濯機に入れ、洗濯を始めた。
 物音に気づいてハルが飛んでくる。

「何すんだよ! 服、これしかないんだぞ!?」
「風呂場に干しとけば明日には乾く。乾燥機ついてるから」

 ハルは柚月を睨みつけた。

「……金、稼いでこようと思ったのに」
「俺の服、着て行くか?」
「着てけるわけないだろ!」

 自分の着ているパジャマをひっぱって柚月に見せる。柚月はしれっと感想を言った。

「ちょっとでかいな」
「ちょっと!? これはかなりって言うんだよ! 柚月さんの服なんか着てってもダレも引っかかんない……」

 ハルは語尾を濁して口ごもる。まっすぐ自分を見つめる柚月に気圧された。
 うつむき、唇を尖らせるハルに、柚月は目付きを和らげる。小さなハルの頭に柚月はぽん、と手を置いた。

「─── まあ、今日はゆっくり寝ろ。疲れてるんだろう? 布団はロフトに敷いといたから」
「こ……子供扱いすんな!」

 頭を振って柚月の手を払いのける。その後もわめき立てるハルを相手にせず、柚月はリビングに戻り、ソファーでビールを飲み始めた。

 ハルは相手にされないのが口惜しくてならなかったが、仕方なしにソファーに腰を下ろした。

 つけっぱなしだったTVではバラエティ番組が始まっていた。観るともなしに観ていたそれに、ハルは笑い声を上げる。
 他愛なく機嫌を直したハルの笑顔に見惚れ、柚月は素直に口にした。

「─── 綺麗だな」
「え? なにが?」

 TVの中に『綺麗』なものを捜そうとしてハルは目を凝らす。無茶振りでものまねを披露する芸人しかそこにはいない。

「お前の顔。タレントとか、スカウトされるだろう。たくさん、」
 ああ、とハルは軽く肩をすくめた。

「ぜーんぜん。いっぺんもスカウトなんてされたことないよ」
「本当に?」
「うん。……オレ、キレイじゃないから。中にはさあ、柚月さんみたく言う人もいるけどなんでだかさっぱり判んない」

 客相手には決して言わないことをハルはこぼれ落ちるように話す。

「こんな顔、どこがいいの? 不細工だよ」
「……お前が不細工だったら俺なんか人間じゃないな」
「それって口説いてんの?」

 ハルは柚月に向き直った。

「あ、そうか。明日買い物に行くってのも込みなんだ。早く言ってくれればいいのに」

 腕を組んでうんうんとうなずくハル。

「男に興味ないと思ってたけど、外れたの柚月さんが初めてだよ。修行が足りないねえ」
「ちょっ……と、待て」
「心配しなくても今日はタダだよ、もちろん。泊めてもらって服まで買ってもらうんだからさ。まー、明日からはそれなりに相談の上でってことで。……柚月さんのベッドでいい?」
「ちょっと待て!」

 柚月の寝室へ向かおうとするハルの肩を掴んで引き止める。
「お、お前、何言って……」 

 ハルは困ったな、という表情で柚月を見上げる。

「あのさ、柚月さん……いくらオレでもソファーとかフローリングの床とかよりは、ベッドのほうがいいんだよね」
「そうじゃない! どこでとかそういう……、ベッド行ってなにするんだ!?」
「ナニって……エッチ?」

 けろっとしたハルとは対照的に、柚月は頬に血を昇らせる。耳まで赤い。
 無造作にハルの肩を掴んだままだった、その手を放した。
 
「……柚月さん?」
「─── 綺麗だと思ったからそう言ったんだ。口説いたわけじゃない。買い物に行くのも俺がそうしたいと思ったからだ。その代わりに、なんて思ってない。……俺がそんなこと要求する男だと思って、それでもいいと思って、ついて来たのか?」
「あの……だって、」

 どうやら柚月は怒っているらしいが、その理由がハルにはよく判らない。

 今までハルの周りにいたのは「その代わり」を要求する男ばかりだったからだ。
 何か言い訳をしようとするハルに、柚月は背を向けた。

「もういい。……早く寝ろ」
 突き放すような柚月の言葉はハルの癇に障る。思わず、カッとなった。

「なんだよっ、泊めてもらうからお礼のつもりで言ってるのに! ヤりたくないならそう言えばいいだろ!」
「やりたいとかやりたくないとかそういう問題じゃない」
「じゃあヤりたいの?」

 言葉に詰まった柚月の顔をハルは覗き込んだ。

「……キレイなんだろ。してもいいよ」
 大きめのパジャマから鎖骨が覗く。白い喉。赤く柔らかそうな唇と誘うような瞳を間近に見て、柚月は身を引いた。

「─── そういうことは好きな奴とだけするんだ」
「はあ?」
「好きでもない奴に簡単にやらせるな。自分を大事にしろ」

 ハルは思いも寄らないことを言われてぽかんと柚月を見つめていたが、ふいにそっぽを向いた。

「ああそうですか。お堅い柚月さんは好きでもない奴とはしたくないわけね。よーく判りました。誘って申し訳ありませんでした!」

 憎まれ口を叩くとハルはさっさとロフトに上がってしまった。

(─── なんだよ。キレイだって言うから誘ったのに)
(わーるかったね。どうせオレは柚月さんの好みじゃないよ)
(したくなきゃしたくないってはっきり言えばいいのに)

 柚月が用意してくれた布団に横になった。小さなスタンドまで枕元に置いてある。ハルはカチカチと点けたり消したりを繰り返した。

 しばらくすると頭が冷えてきた。

 TVの音が消えたのでそっとカーテンの隙間から覗くと、柚月がいない。浴室の方からの物音で洗濯物を干しているのが判った。

(……オレの服)
(悪いことしたな。あんなふうに誘って……イヤだったろうな、柚月さん)
(好きなひととだけ……自分を大事に、か)

 自分のことをありのままに知ったら柚月はきっと軽蔑するだろう。

(……柚月さんて、イイひとだな……正しくて……間違ったこと言ってない。間違ってるのは、多分オレの方だ……)

 判ってる、とハルは呟いた。

  

  

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 第二話

 

       
「ちょっと待ってて」

 ハルは柚月を残し、店の前で煙草を燻らせるオーナー ─── 成沢 和臣に近寄っていく。

 ハルが知る限り、いつも高価そうなスーツを着ていたがこの日もやはりブランド物らしいグレイのスーツを着ている。普段着のチェックのシャツにジーンズという格好のハルだったが臆することなどない。

「……なに、にやついてんだよ」
「べつに? ─── アパート、火事にあったんだってな。今、牧田が見に行ってきた」

 和臣は煙を吐いた。
「また俺ん家のゲストルーム貸してやろうか」

 前と変わってないぞ、と和臣はさらににやにや笑う。ハルは顔をしかめてそっぽを向いた。

「家賃、払うのやだ。あんたしつこいんだもん」
「言うねえ。どっか当てでもあるのか」

 ハルは柚月に聞こえないように、当てンなるかどうか判んないけどね、と小さく答え、後ろを ─── 柚月のいる通りをちらっと見た。

 和臣もつられて目を向ける。煙草の火が一瞬赤く灯った。

「……ふーん。男前じゃないか? お前の客じゃないな」
「当然。あの人、マトモだよ。商売っ気ゼロ」
「足洗う気か?」
「さあね」
「もったいないな。最後にやらせろ、タダで」
「ぜってーやだ」

 煙草の先から煙が白く流れ、ハルの鼻をくすぐる。

「なんだかんだ言ったって、お前メンクイだからな。篭絡しちまうんじゃないの」
「そんなんじゃないって。……もう行くよ」

 話を切り上げて、ハルは柚月のところへ戻った。

 柚月は同じ場所でほとんど動かずに待っていた。ほんの少しだけれど ─── ハルは柚月が消えてしまうんじゃないか、と疑っていた。

 なんとなくほっとして、背の高い柚月を見上げる。

「ごめん、行こう」 
「……いいのか?」
「なにが?」
「あの人、」

 和臣はまだ店の前で煙草を吸っている。ハルと柚月を見ていた。
 ハルは軽く頭を横に振った。

「ああ、アレはいいの。なんでもない」

 柚月は何か言いたそうだったが、黙って歩き出す。そのまま通りをしばらく進み、近道だというさほど大きくない公園を抜ける。

 そこはもう住宅街になっていて、柚月の暮らしているアパートはその一角にあった。

  

    

 柚月の部屋は五階にあった。玄関から入ってすぐに目隠しの為のパーテーションがあり、それをまわり込むとLDKになっている。奥にひとつだけある部屋は寝室だと柚月は言った。

 キッチンとリビングを見まわし、ハルは訊いた。

「柚月さん、彼女いるの」
「いないけど、どうしてだ。……アイスコーヒーでいいか。ガムシロは?」
「いれるー。─── ひとり暮らしにしては散らかってないなーと思って。隠さなくたっていいよ、べつに柚月さんとどうにかなろうってわけじゃないんだからさ」

 ハルは柚月をからかってくったくなく笑う。

 当の柚月は居心地悪そうにせき払いした。冷蔵庫からコーヒーが半分ほど入ったサーバーを取り出し、氷を入れたグラスにそそぐ。その場でガムシロップを入れてマドラーでかきまぜた。

 からからと氷の音が響く。

「掃除も洗濯も自分でしてる。食事も自炊だ。なるべく、だけどな」
「ふーん。オヤは? 田舎?」

 柚月は眉尻を下げて困ったように微笑んだ。ハルにグラスを手渡す。

「大学、入った年に両方とも事故で死んだ。もう四年……五年になるな」
「……ごめん」

 ハルは驚いて顔色を変えた。
「てっきり仕送りでもしてもらって生活してるんだと思ってた。……ごめんなさい」

「いや、かまわない。もう慣れた。……保険金と遺産がけっこう入ったからここに住んでられるんだ。叔父が弁護士で管財人になってくれて、生活費も毎月振り込んでくれるし……仕送り、もらってるようなもんだ。気にするな」

 柚月は自分のアイスコーヒーを持ち、ソファーに座った。しおれた様子のハルも柚月から離れたところへ座る。
 さっきまでのいたずらっ子のような表情を消した、大人しくいかにも可憐なハルの顔を柚月は見つめる。─── 思わず、見惚れていた。

 長い睫毛は伏せられてコーヒーの黒い水面に向けられている。自然にほの赤い唇をグラスの縁に押し当てて中の液体を飲んだ。ごくり、と白いのどが動く。

「……なに?」

 その視線に気づいて、ハルは怪訝な顔をした。柚月は目を逸らしてもごもごと言う。

「……いや。なんでもない」
「やっぱ出て行って欲しくなった? ヤなこと訊かれたから……そうならはっきり言って下さい」
「そうじゃない。親のことなんて気にしてない」

 柚月はあわてて否定する。苦し紛れに話を変えた。

「その、……そうだ、寝る場所どうする。布団はあるけど」
「寝る場所? そっか……」

 シゴトじゃないんだっけ、とハルは思いながら部屋を見渡す。ここで寝るとすればこのソファーか、フローリングに布団を敷くか ───。

「─── あの、ロフトは?」
「え?」

 リビングの右端、柚月の寝室の壁側にロフトがあった。下が引き戸の収納になっていて、黒い鉄製の梯子が付いている。明るめの青のカーテンがかかっているが端に寄せてあったので、中にほとんど物が入っていないのが見て取れた。

「そこでもいいよ」
「でも……物置だぞ? ほかに収納あるし、上がるの面倒だから使ってないけど」
「物置だっていいよ。ソファーより広そうだし。布団あるんだよね」
「ああ。前、使ってたのが」

 グラスをテーブルに置いて、ハルは梯子を身軽に登る。姿勢を低くしてロフトの中を『探検』した。胡坐をかいて、ソファーに座る柚月に笑いかける。

「なんか秘密基地みたい」

 子供っぽくはしゃいだハルはロフトを降りて元の場所に座る。上機嫌でアイスコーヒーを飲んだ。

「さっき、大学って言ってたよね。柚月さんて大学生?」
「いや、大学院生」

 ハルは目を丸くする。

「へえ、アタマいいんだー。じゃあ二十三……四?」
「二十三。……おまえはいくつなんだ」

 柚月の顔色をうかがうようにハルは上目遣いで見る。
 柚月は両親の事を聞かれたときと同じに、眉尻を下げて微笑んだ。

「─── 詮索しない約束だったな」
「─── じゅうろく」

 同時だった。ハルはもう一度、言う。

「十六だよ」

 柚月の左の眉がぴくり、と上がる。しかし、表情は淡々としていた。

「そうか」
「驚かないの」
「驚いてるよ。思ったより子供だ」
「ガキで悪かったね。……ケーサツ、連れてく?」
「だったらここに来る途中に交番に寄ってる」

 ハルは氷だけになったグラスを揺すって、アイスコーヒーを飲む柚月をちらちらと見る。
 ためらいながら口に出した。

「……本当にここにいてもいいの」  
「ああ」

 全く躊躇せずに柚月は答えてグラスを空ける。

「─── ありがとう」
 ハルは小さく言って、笑った。

  

   

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 第一話   

  

 ……澄んだ冬の夜空の下。きみの手を引いて歩いていく。
 決して離さぬように。
 強く握りしめた。

    

  

   

 炎と黒煙をハルはただ見つめていた。ものが焼けるひどい臭いが充満している。熱気を頬に感じた。
 
「おい、危ないぞ下がれ!」
 誰かに怒鳴られ、腕をつかまれて野次馬にのまれる。それでもハルは立ち尽くしたまま、目を逸らさない。

 せまいけれど快適だった自分のへやの窓ガラスが割れ、炎が噴き出す。消防車が来て消火活動を始める頃にはアパート中が火の海になっていた。
 周りの声がハルの耳に入る。

(……失火だって、一階の……)
(ケガ人、いる?)
(でも半焼じゃなくて良かったよ……全焼なら保険、全額下りるから)
(みんな逃げてケガした人いないらしいよ)
(タバコだって、原因……)

 小さな三階建てのアパートで、ハルが暮らしていたのは二階の一室だった。火元の真上で、外から見る限り、何もかも燃えてしまった。

 炎が見えなくなっても残り火を完全に消すため消防車は放水を止めず、黒く焦げた建物は次に水浸しになった。燃え残ったものがあったとしても、到底使い物にはならないだろう。

 ハルは群集から離れ、ふらふらと歩き出した。駅前の大通りに出ると花壇のレンガにしゃがみこむ。なにも考えられない。

 何もかもが無くなってしまった。住むへやも、服もベッドも、少しあった金も。あのへやにあったものだけがハルの全てだった。

(……どうしよう、これから……)
 うなだれるハルの目の前を野次馬が火事を見ようと通り過ぎる。

(もう火、消えてるのにな)
 他人事のように思うハルに、すっと影がかかる。誰かが前に立ち止まったのだ。

「……あのアパートに住んでたのか?」
 頭の上から男の声が降ってくる。
 ハルは誰だったろうといぶかしんだが、どうでも良くなり、ろくに顔も見ずに投げやりに答えた。

「うん、まあね。……火、消えたみたいだけど興味あるんなら見てくれば」
「消えたのは知ってる。見てたから」
「……あんた、ダレ」

 ハルはやっと男を見上げた。
 背が高かった。百八十センチ以上はある。ハルは百六十五センチあるかないかなので並んで歩きたくない相手だった。
 
 キースヘリングのTシャツに、ヴィンテージ風のジーンズが長い足に良く似合っている。細面 ――― というのか、線の細い顔立ちだった。

 一重なのにわりと大きく見える目、薄い唇。えらも頬も張っておらず、その代わり鼻は高く通っていた。眉が目尻に向かって上がっているのが凛々しさを与えている。

 ハルが最初に認識したのは、客ではない、ということだった。
(……ふん。まあ、男前だな。普通の大学生でそっちのシュミはない、と……)

 何を思われているかも知らず、男はハルの隣に座った。

「さっき、火事のところで腕つかんだの覚えてないか?」
「……ああ。下がれって」
「そう、それ」
「なんかオレに用?」

 ハルは男をじっと見つめる。彼が微かに赤くなるのが判った。

 自分の顔が他人の目にはそれなりに見えることをハルは知っていた。
 眉は自然にカーヴを描き、くっきりとした二重の大きな目を長い睫毛が囲んでいる。細い鼻筋、形のよい唇は少し赤い。白く小さな顔にそれらがバランスよく収まっている。

 肩にはつかない程度に伸ばして、アッシュブラウンに染めた髪。黒い細身のジーンズにノーブランドのチェックシャツという服装が返って彼の顔立ちの良さを際立たせていた。

「……なんか用って言い方はないか。すげー煙で死ぬとこだった。ありがと」
「少しでも煙吸ったんなら医者行ったほうがいい」
「ヘーキ。……朝メシ食いに行ってたらアレだもんなー、参った。……あ、オレの朝メシ、二時なの、商売柄」

 駅前にある大きなデジタル時計は午後の4時半を指していた。
 ハルはジーンズの後ろポケットから財布を出して中身を調べる。かんばしくなく、眉根を寄せた。

「……やっぱ、マックにすりゃよかったな……」
 ぶつぶつ言いながら、財布をしまう。
「どうするかな……」

「─── 大家か仲介の不動産屋に相談してみたらどうだ。こういう時の為に火災保険とか入ってるはずだし、すぐに金は入らなくても泊まるところぐらいは提供してくれるだろう」
「へえ、そうか、大家か……考えつかなかった」

 ハルは感心したように男を見上げた。肩をすくめる。
「でもそれ、だめなんだ。オレ、アキオじゃないから」
「え、……なんだって」

「あのアパートを借りてたのは、アキオって奴なんだ。オレの知り合い。そいつがなんかオトコの家で暮らすって言うからさ、あのへや貸してもらったんだ。又借りってやつ? 保証人いないとどっこも貸してくんないんだよねー」

 こういうのって違法だろ、とハルは小さく言う。

「……下手したら家に連絡されかねないし」
「家出、してるのか」
「あんたに関係ないだろ」

 ハルはとたんに不機嫌な表情になる。

「さて、ちょっと早いけど金稼ぎと宿探しに行くか」
 話は終わったとばかりにハルは立ち上がり、すたすたと歩き出す。男はあわてて後を追った。

「……泊まるところ、ないんだろう」
「あるよ。これから見つける」
「金もない」
「あんまりね。でも平気、稼ぐから。……ちょっと横、歩くなよ。オレが貧相に見えんだろ」

 その長い足どうにかしなよ、とハルは難癖をつける。男は困ったような顔をしてまじめに謝った。

「ごめん。……あの、名前、教えてくれないか」
「なにそれナンパ?」
 だっせー、とハルは笑う。しかし答えた。

「ハル。ハルだよ」
「ハル、……フルネームは?」
「じゃーね」

 ハルは足早に歩き出す。男は彼を引き止めようとその腕を掴んだ。
 振り向いたハルは男を思い切りにらみつけた。

「……オレのこと詮索すんな」
「判った。何も訊かない。……名前はハルで、たった今住んでたアパートが火事で全焼したところ。泊まるあてもなけりゃ、金もない。それでいいか」
「まあ、そんなとこかな」

 ハルはきつい表情をゆるめ、自分の腕から男の手を外す。

「で、あんたの名前は?」
「柚月、要」
「柚月さん。なんでオレにかまうの?」

 柚月は眉尻を下げた情けない表情になる。迷いながら答えた。

「あの火事で見かけて……気になって。もしあそこに住んでるんだったら困ってるんじゃないかって」
「家族とか恋人とかといっしょに住んでたかもよ?」

「だったらもっとあわてて、探したり、連絡取ろうとするだろう? 落ち着いてたっていうか……ただ、火事になったことだけがショックみたいだったから」

 ハルはじっと柚月を見つめて意地悪く言う。

「ふーん。よく観察してるね」
「そういうわけじゃ」
「オレ、男だよ」
「判ってる」
「そう? たまにいるんだ。本当は女なんじゃないかってしつこいのが」
「……きれいな顔してると大変だな」
「そういうこと、面と向かって言わないでしょ、ふつう。それもこんな往来で」

 ハルは呆れて辺りを見回した。駅前の大通りだ。ラッシュの時間帯を外れているせいでさほど混んでいないが、それでも学生や、買い物帰りの主婦、デート中のカップルなどが通りにあふれている。

「変態だと思われるよ」
「きれいはきれいだろう。それに誰も聞いていない」

 柚月の言うとおりだった。電車が着いたらしく、駅からたくさんの人が出てきたが誰もふたりを気に留めない。

 時々、ハルを見て振り返りながら歩いていく男女もいたが ─── 話までは聞いていそうもなかった。

 ふいに柚月は言う。

「……行くとこなかったら、俺の家、来てもいいぞ」
「変なひとだね、柚月さん。オレ、そーゆーの大体ハズレたことないんだけど、男なんかこれっぽっちも興味ないだろ」

 あんたがヘヴンに来るような奴なら話早いんだけどね、とハルは肩をすくめる。

「ヘヴン……?」
「ヘヴンズブルー。ショットバーだよ。俺らみたいのを品定めして声かける奴がけっこういる、……柚月さんには一生、縁ないだろうね」

 ハルは彼がどんな反応をするか見てみたかった。
 柚月は特に気にするふうもなく、もう一度言う。

「……俺の家、来るか?」
「行ってもいいわけ? オレと関わり合いになるのやめたほうがいいんじゃないの」

 探るようにハルは柚月の目を見つめる。その目は優しく、濁りがなかった。
「もう関わってる。名前はハルで、行くとこなくて、金もない。今のお前がこれほど判ってる奴は俺だけだと思うけど?」

 ハルは小さく声を上げて笑った。
「変なひと。……柚月さんの家ってどこ?」

 ふたりは駅から続く大通りを少し歩き、ショップや飲食店が軒を連ねる横道に入る。

 今年は猛暑だったが、九月も終わりに近づくと急に涼しくなってきていた。半袖で歩いている人はちらほらで、ほとんどが長袖か上着を羽織っている。夕刻になり、家路に着く人々の中でハルは急に立ち止まった。

「どうした?」

 細い路地の奥にぽっかりと穴を開けた場所があった。その穴は地下の店へ続く階段になっている。─── ヘヴンズブルーだった。
 
 ハルは、店の前でオーナーと従業員がなにやら話しているのを目に留めた。従業員はすぐに階段を下りて行ったが、オーナーはそのままそこで煙草に火を点ける。

 ハルに気付いたオーナーは、精悍な顔立ちにハルのよく知っている皮肉気な笑みを浮かべて、薄く煙を吐いた。 

           

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「きみの」三十八話更新

 

 「きみの手を引いて」第三十八話更新しました

 どうなんでしょうね、コレは……。ハル、切なすぎ?

 でも次話の頭の方が切ないと思う……。結構、かなり、不憫……。(´Д⊂グスン

 このシーンはハズせない、と思って書いてきたので、書けてウレシイ反面、ちょっと……。だって、この展開ありえないって方もいらっしゃるだろうしね……。

 八月的には満足な出来なので許してください。m(_ _)m

    

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