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きみの手を引いて:12

 

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第十二話

 

       
 柚月のアパートからほど近い公園のベンチにハルは座っていた。
 アルバイトを始める時に買った携帯電話を見ると六時。柚月の部屋を出てから二時間以上が経っていた。

 あれから行く当ても無く、コンビニやゲームセンターをぶらぶらとしていた。
 ヴィンテージに顔を出そうかと思ったが、早退した手前、それも出来ない。
 ましてヘヴンズブルーなど論外だった。柚月に知られたらどれだけ軽蔑されるか判らない。

 そこまで考えて自嘲の笑みを浮かべた。
(……あのひとにはあんな美人の彼女がいるのに)
 それでもこれ以上嫌われたくなかった。
 
(……柚月さん……)
 きっと、今頃はあやと仲良くしているに違いない。
(俺みたいのがいたら邪魔だもんね)

 柚月は喜んでくれただろうか。少しは自分の事を気に入ってくれただろうか。
 ここにいてもいいと思ってくれただろうか。 
 ハルは小さくため息を吐いた。

 辺りはすっかり日が暮れてしまっていた。それでも公園内には明かりが灯り、真っ暗という事はなかったが人影もなくかなり心細い。
(……帰りたいなあ)

 ダメダメ、と頭を横に振る。
(どっか、泊まれるとこ捜さなきゃ。……ネットカフェかな。あ、でもあんま金ないんだっけ……)

 柚月が出すと言ったダウンジャケットの代金をハルは自分で払っていた。アルバイトで得た初めての給料をはたき、財布の中にはもう小銭しかない。
 
 これが二ヶ月前なら間違いなくその手の男を ─── 自分をおかしな目で見る男を躊躇いなく引っ掛けるところだが、今のハルはそんな事を考えるのも嫌だった。

(……野宿って……寒いよな、どう考えても。てか、もうすでに今寒いし。コンビニ、はしごするか)
 ハラ減ったなー、と呟いて立ち上がる。
 
 その時、ハルの手の中で携帯電話が鳴り出した。
 ─── 柚月さん。
 表示を見て戸惑う。
(何で……?)

「─── 今どこにいる」
 携帯を耳に当てたとたん聞こえる、柚月の不機嫌な声。ハルはごくん、と息を呑んだ。
「どこって、……あのう」

 百メートルほど先のアパートの外廊下の明かりを見る。
「か、風邪薬、買うの忘れたからドラッグストアに……」
「薬はいらない。すぐに帰って来い」
 ぶっきらぼうな口調の後、ぷつりと切れてしまう。

 ハルは呆然と携帯電話を見つめた。
(……怒ってる?)
 わけが判らない。彼女と二人きりにしてあげたのに、帰って来いと怒られるなんて余りにも不当だ。
 
(あやさんとケンカしちゃったのかな。……それとも、オレがなんか気に食わないこと)
 考えても考えても柚月の気に障るようなことをした覚えはない。
 家主のお見舞いに美人の彼女が来たから、居候の自分は気を利かせて外へ出た。どこにも不都合なことなどない、むしろ喜ばれこそすれ怒られる謂れはないはずなのに。

 ハルは殊更のろのろと柚月のアパートへ向かう。
 恐る恐る鍵を外して中に入ると、─── 柚月が玄関先でパジャマのまま待ち構えていた。
「─── 二時間もどこのドラッグストアに行ってきたんだ?」
 
 腕を組み、仁王立ちになってハルを見下ろす。背の高い柚月が発する不機嫌のオーラにハルは身を竦ませた。
「ええと、あのう、……その、ちょっと気分が悪くなって休んでたんだ、公園で……」
 
 しどろもどろで答え、靴を脱ごうと足元を見る。あやの目立つロングブーツがないことに気づいた。
「……あやさんは?」
「とっくに帰った。そんなことはどうでもいい。お前に訊きたい事がある」
 
 いやどうでも良くないでしょ、と言いかけるハルの眼前に小さい紙袋が突き付けられる。
 ─── アルバイトの帰りに買った風邪薬が入っている紙袋。

「─── これはなんだ」
「あの、……それは……あ、そっかバイトの帰りに薬買ったんだった、忘れてた……」
 どう贔屓目に聞いても嘘だ。

 柚月はすっと目を眇めた。
「ほー。買ったばっかりでテーブルの上に置いてあっても忘れるのか。それは驚いた」
 柚月のいつになく皮肉な口調にハルはただ俯くしかない。

 不意に柚月はくるりと背を向けるとパーテーションの向こう側へ行ってしまう。
 ハルは慌てて後を追った。
「……あやさん、何で帰っちゃったの? なんか用事?」

「どうしてそんな事を訊くんだ」
 ソファーの背もたれに手を付いたまま、柚月はハルを見ようともしない。
「柚月さんと二人きりになれて嬉しそうだったから、……まさか帰っちゃうと思わなくて」
 
「俺がもう帰っていいと言った」
 ハルは驚いて目を瞠った。
「何でそんなこと。せっかく彼女がお見舞いに来てくれたのに」
 
「彼女じゃない」
 柚月はハルの言葉が終わるより早く、すぐさま否定した。

「彼女はいないって言ったろう。あいつは昔、家が隣同士だったんだ。両親が死んで家は維持できなくて手放した。ここに越してからも付き合いは変わらない、妹みたいなものだ。……今日だって見舞いに来てくれと頼んだわけじゃない、たまたまあいつから電話があって風邪引いたって言っただけだ。来るとは思わなかった」

 背中を向けたままの珍しく饒舌な柚月の口調は、言い訳じみている。
 ハルはそんな柚月に塞いだ気持ちが晴れていくのを感じた。
「……ああ、そうなんだ」
 それでも舞い上がる心を押さえつけ、何気なさを装う。

「でもあやさんは柚月さんのこと、好きなんでしょ? 一瞬オレのこと女の子と思って動揺してたもん。大丈夫、男でただの居候だって言っといたから。柚月さんは優しいから置いてくれてるって持ち上げたんだよー」
 
 柚月の肩がぴくりと揺れる。
 ハルは明るい笑顔を見せた。

「あんな美人、帰しちゃうなんてもったいないなー。一晩中でもそばにいてもらえば良かったのに。あっ、ひょっとして居候のこと気にした? ヘーキだよー、オレなんかどこでも。せっかく空気読んで二人きりにしたげたのに、これじゃ」

「─── そんなに俺とあやをくっつけたいのか!」

 怒りも露わに柚月は振り向いた。くしゃりと小さな紙袋が握り潰される。
「薬買いに行くって嘘まで吐いて二人きりにして満足か!? 俺があやとどうにかなればいいと思ったんだろう!」
 
 柚月の怒りに驚き、ハルは顔色を失った。
 おろおろと言い繕う。 
「だっ……だって、あやさん柚月さんの彼女だと思って……だから、ふ、二人きりの方がいいと思って。オレがいたら邪魔だから、……」

 ただ。柚月に気に入られたかっただけなのに。
 邪魔だと思われたくなかっただけなのに。
 
 柚月はきつくハルを睨み、吐き捨てるように言った。
「生憎だったな、あやはただの幼馴染みだ。恋人になる予定はない。─── 俺が鬱陶しいからって他の奴に無理やり押し付けるような真似をすることないだろう……!」

 歯軋りをし、柚月は手の中の潰れた紙袋を見やる。
「判ってる。お前にしてみれば、しょっちゅう物欲しそうに見られて嫌気が差してたんだろう。……そこに都合良くあやが現れて、熱でわけが判らなくなってる俺とどうにかなればいいって、そういう、……そういう……」

 柚月の口調がおかしい。
「柚月さん……?」
 ふらふらと覚束ない足取りでハルの前を横切り、一言「寝る」と言って柚月は自分の部屋に入って行ってしまった。

 ハルはやっと気づいた。柚月はまだ、具合が悪かったのだ。
(……玄関で待ってたから良くなったのかと思ってた)
 多分ほとんど熱は下がっていなかったに違いない。それを押して、自分と話しに起きてくるとはよほど怒っていたのだろう。

 ハルは柚月の部屋へ入っていく。また怒られるかもしれないが、自分のせいで余計に具合が悪くなったとすれば放っては置けない。
 薄暗い中、寝乱れたベッドに近寄り、仰向けで目を瞑っている柚月を覗き込む。少し汗の匂いがした。

「……まだ熱あるんじゃん。病人のくせに起きてきたら治んないよ」
 ふてくされた、小さな声で詰る。
 柚月はうっすらと目を開け、ハルの綺麗な茶色の目が心配そうに自分を見つめているのを確認した。
 
「……お前が嘘吐いて俺とあやを二人きりにしたせいで、熱があるのを忘れた」
「……ごめんなさい。嘘吐いたのは謝ります。でもさ、オレ」
「熱が、上がってきたみたいだ」
 ハルの弁解を柚月は無理やり遮った。

「頭が痛い。熱、測ってくれないか。─── 手の平で」

 低く言う柚月にハルは驚いて身体を強張らせる。

 あの夜から一度もハルは柚月に触れていなかった。のみならず、近寄る事さえ滅多に無かった。
 軽口を叩きながらも柚月を不快にさせないように気を使っているのを、当の柚月も知っているはずなのに。

『さわるな』
 柚月の声が蘇り、ハルの胸を突き刺す。
 
「た、……体温計持って来るね、今」
 立ち上がろうとしたハルの左手首を柚月は強く掴んだ。上半身を起こしてハルを引き寄せる。

「ゆ……柚月さ……」
 
 ハルの手の平を、柚月は自分の額に押し当てた。
 熱っぽく少し汗ばんだ柚月の額を感じ、ハルの心臓の鼓動は跳ね上がる。
(あ……あ……どうしよう)

 手を、離して欲しかった。柚月に嫌われているのはよく判っている。
 ─── こんな事、柚月が望んでいる筈がない。
 
「……冷たいな」
 柚月はハルの手首を掴んだまま、自分の額から頬にかけて彼の手の平を移動させた。
 びくッと身体を竦ませ、手を引っ込めようとするハル。
 柚月はそれを許さず、目を瞑り、ハルの柔らかい手の平を頬で堪能する。

 ハルは混乱していた。
(どうしよう。どうしよう。……何でこんなことするんだろう)
(嫌われてるのに。オレのこと、嫌いなのに、なんでこんな)
 
 うっすらと涙が浮かんでくる。ハルはその事に驚き、初めて自分の気持ちを自覚した。
(オレ、……柚月さんのこと、好きなんだ……)

 嫌われていると知り、落ち込みもした。柚月に彼女がいる、と思い込んでショックも受けた。
 しかしそれが「なぜ」なのかまでは深く考えなかった。─── 考えるのを避けていた。
 初めて、強く思った。

(柚月さんが好きだ)
(どうしよう)
(嫌われてるのに)
(本当は触られたくないほど嫌われてるのに)

 目をぎゅっと瞑り、もう一度、今度は弱く手を引く。
 柚月は名残惜しげにハルの手を解放した。

「……熱、あったか」
「う……うん。まだ高いみたいだよ……」
 ハルはほっとして息を吐く。柚月に掴まれていた左手首を右手で握りしめた。
 そんなハルの様子を柚月は黙って見つめる。

 動悸が治まらないまま、ハルは枕元に投げ出してあったくしゃくしゃの紙袋を手に取った。
「……なんか、食べて、薬服まないと……」
 ぎこちなく中を探る。
 何事もなかったようにふるまおうとするハルに、柚月は素っ気無く言った。

「さっきアイス食べてその薬を服んだ」
「そ……そっか」
「少し寝る。一人にしてくれないか」
 
 柚月は布団を被ってハルに背を向ける。
「……」
 ハルは柚月を振り返りながら静かに部屋を出た。ドアに寄りかかり、柚月に掴まれて赤くなった左手首をためつすがめつ見る。

 左の手の平は柚月の額と頬の感触を覚えていた。少し汗ばんだ額から眉の端、目尻を通って頬に生えた無精ひげのザラザラした感覚までもが鮮明だった。

(……どうして、こんなこと)
 ─── 柚月さんが、好きだ。

(触られたくないくせになんでこんな)
 ─── 気づきたくなかった。知りたくなかった。

(嫌いなくせに。ほんとは跳ね除けたかったくせに)
 ─── あのひとが好きだ。優しい目も堅い髪の毛も低い声も匂いも全部好きだ。全部に触れたい。

(嫌われてるのに)
 ─── 触れて、欲しい。

 柚月の部屋のドアに凭れたまま、ハルはうずくまり、抱えた膝に顔を埋めた。

 

  

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