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ヘヴンズブルー:12

 

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第12話

 

             
 ナオが和臣の前に現れたのは11時半を過ぎた頃だった。
「─── な」
 一目見た和臣は絶句した。和臣の表情にナオは居たたまれなくなって俯く。

 酷い有様だった。
 小さな唇の端には殴られて紫色に切れた傷。癖のある茶色の柔らかい髪の毛にも、オリーブグリーンのダッフルコートにも白くコンクリートで擦った跡が付いている。
 目の縁に涙の滲みを見つけ、和臣はナオの肩を掴んだ。

「何があった、誰にこんな」
「痛ッ……」
 小さく悲鳴を上げ、身を捩るナオに戸惑い手を放す。肩を庇うナオの仕草に息を呑んで立ち尽くした。

「……ナオ……」
 声を上擦らせる和臣を見上げ、ナオは泣きそうに顔を歪めた。
「─── ごめんなさい」

「何で謝る? 判るように言え、ああやっぱり後でいい、─── 歩けるか」
 ナオに肩を貸し、リビングのソファーに座らせる。和臣は跪いてナオを見上げた。
「辛かったら横になっていいんだぞ。今、バンソーコー持ってくる」

 甘く優しい和臣の声にナオの涙腺が緩む。
「……臣さんの、百万取られちゃった……」
「え?」

 百万? なんだっけ? 一瞬本気でそう思い、ああ今日俺がナオに出した金か、と合点する。ナオに拒否され逃げられたことの方が和臣にとっては「大事」ですっかり忘れ去っていた。
 今にも溢れそうな涙を目に溜めたナオは跪いたままの和臣に頭を下げた。

「ごめんなさいっ……明日返そうと思ってたんです、僕にあんな大金出すはずないって判っ……判ってたから……」
 ぽつ、とナオの膝の上に涙が落ちる。

「……返してって頼んだんだけど、かっ……返してくれなくて、僕、何度も頼んで……っ僕のじゃなくて臣さんのだから返してって言っても全然、聞いてくれなくてっ……」
「落ち着け」
 和臣はそっとナオを抱きしめた。丸まったナオの背中をゆっくりと撫でさする。
 ナオは和臣の肩に涙を零した。

「ごめっ……ごめんなさい……っ臣さんのお金取り返せなくってごめんなさいっ……」
「泣くな。─── お前を泣かせたの誰だ。教えろ?」
  
 幼馴染みでドラッグ中毒の男の名をナオは小さな声で告げる。
 すうっと和臣は目を細めた。
「……尾けられて……僕がバカだったんだ、ヘヴンで揉めたんだからもっと気を付けなきゃいけなかったのに……レイプされそうになって暴れたら」

「ちょっと待てレイプされたのか?」
 ナオの身体を少し離しその顔をじっと見つめる。表情を強張らせ、瞬きもせず目を覗き込む和臣にナオは怯えた。

「さ……されてない、ごめんなさい……」
「何で謝るんだ」
 ほっとした和臣は眼差しを和らげる。
 ナオはおどおどと目を伏せた。

「て……抵抗しなかったら百万、あいつに見つからなかった、きっと……僕が大人しくしてたら、こんな、臣さんに迷惑……」
「レイプされてたらあいつソッコーコンクリ詰めにして海に沈めてやる。ジジイに頭下げて社会的に抹殺してやってもいい。どっちがいい?」
 
 優しい和臣の声がナオは怖かった。真っ青になり頭を横に振る。
 母を愛人にし、自分を溺愛する戸籍上では「祖父」の父親を和臣が苦手にしていると、ナオはぼんやりとだが知っていた。なるべくなら顔を合わせずやり過ごしたい、そんな父親に権力を使わせて欲しいと頼み、借りを作るのも辞さないということは ───。
 
 本当に、心底怒っているのだ。
 コンクリ詰めで海中遺棄も社会的抹殺も冗談ではない。
 
 ナオは震えそうな両手を膝の上で握り合わせた。
「……僕のこと、もう、……顔も見たくない……? 臣さんのお金取られて……取り返せなくて……あの、貯金あんまなくて……最近、常連のひととかにも飽きられちゃったみたいで……お金、なくて……」

 常連客が手を引いたのはナオがヘヴンのオーナーのお気に入りだという傍から見れば明らかな理由があったからだ。
 気が付かないのは当のナオぐらいで「売れ残る理由」を知っている和臣は目を泳がせた。

「すぐには百万、用意出来なくて……あの、僕、なんでもします」
 ナオが何を言わんとしているのか感づいた和臣は彼の冷えた手を両手で包み込んだ。
「あの金はお前にやったんだ。俺の金じゃない。返す必要は無い」

 ナオは頭を横に振った。 
「……シャワー借りるね、……」
「おい」
 困惑の声を上げる和臣。傷ついたナオを借金のカタに抱くような真似をするつもりはない。

 ナオは立ち上がりかけて脇腹を押さえ前屈みになる。苦痛に歪んだ表情に和臣は戸惑い、抱えるように細い身体に両腕を回した。

「腹、殴られたのか」
 痛みをやり過ごしながらナオは弱く首を振った。
「……け、られた……返してくれなくて、足にしがみ付いたら……」
 
「見せろ」
「やだっ……」
「やだじゃない!」

 無理やりにコートを脱がせTシャツを捲り上げる。─── 白く滑らかな腹の左寄り。青黒い痣が和臣の目を射る。
 限界だった。頭に血が昇り、思わず唸り声を上げる。

(クソ野郎殺してやる)
 充に対する殺意が固まったことなど知らず、ナオは慌ててTシャツの裾を下ろした。和臣の手をすり抜け浴室へ入って行く。

 憤懣やるかたない思いのまま和臣はヘヴンズブルーに電話を入れた。
「あ、牧田か? 悪いが救急箱持ってきてくれるか。そう、店に置いてある、……マンションだ。急いでくれ」

 牧田はすぐにやって来た。玄関先で救急箱を受け取りチップで一万円を渡す。断る牧田に無理に押し付けた。
「本当にいいですよ。……それより何かあったんですか?」
 ナオの靴をちらりと見て訊く。

「いや……ちょっと頼みがある。今日、ナオに絡んでた奴の事調べてくれないか」
「ありゃヤク中ですよ? オーナーが関わるような奴じゃない。ろくでもないクズです」
「辛辣だな」

 店での態度がよほど腹に据えかねていたのか、吐き捨てるような牧田の言葉に、和臣は怒りを忘れ、苦笑した。
「ヤク中なのは判ってる。マグロ船にでも乗せてやって日本に帰ってくる頃にはヤクとも手が切れてるだろうな、と思ってな」

「慈善行為ですか。ま、どうしてもって言われるんなら調べてみますけど、どうせ大した奴じゃないですよ。せいぜいがとこ、組の下っ端からヤクのバイ任されて吹き上がってるチンピラってところですかね」

「そりゃコッチじゃないのか」
 和臣は自分の頬に人差し指を当て、顎に向かってつッと引いた。

「違いますね。組員はそこら辺に突っ立って子供みたいな奴ら相手に商売しません。暴対法厳しいですから。そういう商売するのは杯貰ってない素人、自分もヤク中でのっぴきならなくなってる奴です」

「じゃ、よしんばマグロ船乗せられても」
「組がどうこう言って来るってことはないでしょうね。使い捨てですから。幾らでもいるんです。……ってオーナー、コッチなんて怖くないでしょう。お祖父さまがついてらっしゃる」
 雇い主と同じ仕草をし、にやっと笑みを浮かべる牧田。和臣は渋面を作った。

「もうとっくの昔に引退したよ。知ってるだろ。頭にヤのつく自由業の方々とは揉めたくない」
「未だ政界には結構な影響力誇ってるんでしょう。総裁選さえ御大の胸ひとつだってハナシですよ。仮にあのチンピラが杯貰ってたとしても、オーナーと事を構えるよか、切った方が組にしても無難です。潰されたくはないでしょうからねえ」

「物騒だな。潰す気はないぞ、」
「オーナーにその気がなくても、その気になるお方がいらっしゃるでしょう」
 牧田の携帯電話が鳴った。フロアマネージャーがいなくなり困った店かららしい。
 牧田は電話を耳に当てたまま「失礼します」と足早に立ち去った。

 救急箱を抱えた和臣がリビングに戻るとバスローブを着たナオが緊張した面持ちでソファーに座っていた。
 和臣に気づき、びくっと顔を上げる。

「……牧田さんは?」
「ああ、救急箱、持って来てくれって頼んだんだ。ここにはバンソーコーぐらいしかないからな。もう帰った。……お前のことは何も言ってないから安心しろ」
「そ……そう」

 あからさまにほっとするナオに和臣は疑いの目を向ける。
「……そんなに牧田に知られたくなかったのか?」
「あ……そうじゃなくて……牧田さんと寝なくちゃいけないのかなって……そういうつもりで呼んだのかなって思ってたから……」

 たどたどしくナオは続ける。
「あの……嫌だなって……あ、牧さんが嫌いってわけじゃなくて、いい人だけど……臣さんの目の前でお客取るの、いやだなって思って……」

「……怪我してんだから客取るのなんだの考えないで、横になってろ」
 和臣は救急箱をテーブルに置き、蓋を開ける。消毒薬とシップはすぐに出てきたがサージカルテープが見つからない。

 がさがさと救急箱を探る和臣の背中にナオは抱きついた。
 驚いて振り返る和臣。
 ナオはその胸に顔を埋めた。

「あ……あの、ね、僕なんでもするよ。なんでも言うこと聞く。臣さんの言うとおりにする、───」
 和臣のYシャツにしがみ付くナオの白い指が、細かく震えていた。

   

  

     

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