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ヘヴンズブルー:16

  

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第16話

 

             
 和臣の目の前にはレイが座っていた。

 料亭『比さ乃』の離れである。室内は豪奢と言うよりも、品のいい調度で比較的簡素に纏められていた。床の間には一輪の白い寒椿、雪見から見える庭は枯山水になっていてその周りに手入れされた竹が植えられている。

 レイを案内してきた女将は「お連れ様にもただいま突き出しをお持ち致します」と優雅に襖を閉めて出て行ったが、和臣は全く聞いていない。

 ─── 静まり返っていた。

 行儀良く正座しているレイは何も言わず、ただ和臣の目を見ている。
 人形のように整ったレイの顔を見ながら、和臣は胸の奥に何か黒いどよどよとしたものが湧いてくるのを感じていた。

 喉が渇き、錫のちろりから直接飲む。温燗のおかげでやっと声が出た。
「─── ナオは」
「俺は、ナオさんの、代わりです。ナオさんに、頼まれました。……一晩、オーナーと、付き合って欲しいって」

 嫌そうにセンテンスを区切って告げるレイ。
 彼が現れた時から予感はしていたが、決定的になった。
 和臣はあぐらを掻いた膝の上で両手を握りしめた。

「……俺はナオと約束したんだ」
「ええ。知ってます。─── ずいぶん前から待ってたんですね」
 周囲に繊細な螺鈿蒔絵が施された黒い漆塗りの座卓の上には、和臣の為の酒肴と酒器が乗っている。その減り具合と温燗で大分待っていた事が容易に知れた。

「ナオさんはオーナーを喜ばせたいって言ってました。……自分よりも俺のほうがキレイだから、って」
 和臣は座卓の上に肘をついて両手を組み、その前で顔を隠して俯いた。

「……ナオ以外の奴が来て俺が喜ぶとでも?」
「ナオさんは絶対喜ぶと思ってるみたいでしたよ。微塵も疑ってませんでした」
  
 顔を上げた和臣は、だん、と座卓に拳を叩きつける。
「喜ぶわけがないだろう!? あいつでなけりゃ誰がわざわざ『比さ乃』に誘うかっ!」 「……落ち着いて下さい、オーナー」

 怒りを露わにする和臣を前にレイはため息を吐いた。─── だから嫌だったんだ。
「俺だって来たくて来たわけじゃない、ナオさんに頼まれて仕方なく」
「そんなこと判ってる! どうせあいつに「お願い」されてしぶしぶここに来たんだろう」

 頷くレイを和臣は鋭く睨んだ。
「何を報酬に望んだ。一発ヤらせろとでも言ったのか?」
「……いい加減にしろよ。ナオさんが承諾すると思うのか?」

 口調が変わったレイを和臣は初めて見るような目で見た。
「ナオさんにそんなこと言ったらびっくりしてどん引きされンだろ。口きいてもらえなくなったらどーすんだよ。……あんたたちが別れんの気長に待つつもりだから。あ、なんなら今すぐ別れてもらってもいいけど? ナオさんのことは俺に任せて」

「誰が別れるかっ!」
 にっこりと微笑む日本人形のように整った顔に怒号を浴びせる。─── こんな綺麗なツラしやがってとんだ狸だ、狐だ、いや悪魔だ。

 レイはしれっと口調を元に戻した。
「ああ、別れるとか別れないの問題じゃないですよね。付き合ってもいない」
「……!」
 痛いところを突かれ、和臣は言葉に詰まった。

「─── 俺が横からナオさんを掠う可能性もあるわけだ」
「……そんなものは、ない。あってたまるか」
「告る勇気もないくせに」

「……俺はここ何ヶ月もあいつ以外の客にはなっていない。女遊びもしていない、言い寄られても断ってるんだぞ。自分に気があると思うだろう、普通!?」
「ナオさんみたいな手合いはね、オーナー」
 
 レイは和臣のぐい飲みに手を出し、中身を煽った。
「好きだってはっきり言わないとダメなんですよ」
「─── そんなこと言えるか。俺はもう三十三だぞ」
「それが何か?」

 正座を崩したレイは片膝を立てて、ちろりからぐい飲みに注ぐ。
「……なら、俺が告白します。オーナーは指咥えて横で見てればいい」
「させるか。……ナオはどこだ」

 和臣とレイの視線がぶつかる。対峙した時から友好的とは言いがたかった空気がさらに張り詰め、緊迫する。
 レイは視線を外すことなく、ぐい飲みを乾した。

「……ヘヴンに行くって言ってました」
 ふっとため息を吐くレイ。
「─── ヘヴン?」
「百万。借金あるんでしょう、ナオさん。早く返したいからって。─── もちろん、止めましたよ。顔、怪我してたし」

「あれは借金じゃない。ナオにやった金だ。返す必要はないって」
「オーナーなら多分そう言うと思いました。……でもナオさんはすごく気にしてましたよ。今夜はともかく、怪我が治ったらどんな奴でも相手しちゃうんじゃないかなあ」

 オーナーの為に、とレイはちろりを手に取った。「失礼致します」と女将の声がし、襖が開け放たれる。
「遅くなりまして申し訳ございません」

 崩した足を正座に戻すレイの前に給仕が酒器と酒肴を並べてゆく。何食わぬ顔をしたレイは和臣のぐい飲みに手に取ったちろりから酒を注ぎ、「さ、どうぞ?オーナー」と酌をしているふりをした。

 その白々しさに呆れながら、和臣はナオのことが気がかりだった。─── ヘヴンに行く、だと?
 レイは止めたと言った。しかし。
(……ナオは必ず返す、と言っていた)
 胸の奥に不安が広がる。─── もしも、まさに今、ナオが見知らぬ客に微笑んでいるとしたら?
 
 新たに燗をつけたちろりを和臣に出した女将と給仕が去り、猫を被るのを止めたレイは自分のぐい飲みに熱燗を注ぎ、ぺろりと舐めた。
「美味いすねえ、コレ」
「ヘヴンに行く」

 いきなり立ち上がると、和臣は背広を着込みネクタイを締め直した。
「支払いは俺のツケだ。好きなだけ飲んで帰れ」
「え、ちょ、俺ほったらかし? オーナーとデートしてってナオさんに言われてんのに」
「知るか。最初から寝る気もねえくせに引き受けるのが悪い」

「ナオさんに頼まれると弱いんですよねえ……でも、オーナーだって俺はごめんでしょ」
「当たり前だ。─── 二度とナオに色目使うな」
 低く言い、レイを睨めつけると和臣は音高く襖を閉めた。

「……色目なんか使ってねえっつーの」
 てか、使っても無駄でしょ、あんだけオーナーのことばっか言ってるひとにさー、と一人呟き、レイはぐい飲みを空けた。
 

 

    

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