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ヘヴンズブルー:17

  

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第17話

 

  足早に階段を下りた和臣は重い木製のドアを開ける。薄暗い店内を見回し、彼の姿を捜す。
 いない。
 
 焦ってフロアを突っ切る。
 なぜか確信があった。─── ナオはここに来ている。
(金の代わりに自分の傷ついた身体を差し出そうとした。……受け取らなかった俺に、必ず金を返すと)
 昨日の夜を反芻する。

(金も身体も要らない。ただ)
(これ以上辛い目に遭わせたくない)
 
 カウンターに入ってきた牧田を捕まえた。
「ナオ。ナオを見なかったか」
「オーナー、……どうしてここに?」
 
 驚いた牧田は決まり悪げな表情をして眼鏡を押さえる。
「レイくんとデートじゃ」
「─── 誰がそんなこと」

 牧田は従業員が出入りするドアに目配せする。
 フロアよりもなお一層暗くなっているその場所にナオがいた。一人ではない。
「……さっき、俺も誘われて。オーナーはレイくんと会ってるって言ってましたよ。もちろん俺は断っ……オーナーっ、」
 
 和臣はずかずかとナオの背中に近づいた。
「……お願い河合さん、この通り」
「ええっ、でもなあ……」
「じゃ、一万五千! ダメ?」

「金額のモンダイじゃないよー、オーナーに知れたら、俺」
「オーナーはレイとデートだよ。そうじゃなくたって僕なんかオーナーの眼中にないもの、知ったって眉一つ動かさないよ」

「何言ってんの、お気に入りのくせに」
「違うって。もう、みんな誤解してる。お気に入りなんかじゃないよ。……聞いたら、オーナー、気い悪くするよー」

「うーん、そうかな……? ま、レイくんとデートしてんならいいか。二枚でいいの?」
「ありがと、助かる」
「ケガって顔だけ……」
 ナオの頬に触れようとした河合の手が硬直する。─── ナオの真後ろに、黒い影。

 河合の顔色がみるみる変わっていく。ナオは首を傾げた。
「……どうしたの、河合さん?」
 自分の後ろで真っ黒い瘴気を発しながら佇む人影にナオはまだ気がついていない。

 河合は後ずさった。
「ご、ご、ごめん、ナオくん、俺今日ちょっと用事あってさ、さっきの話なかったことに」
「え、なんで?」
「頼む、なかったことにして! 俺まだ死にたく」

「……生き埋めと水死体(どざえもん)、どっちがいい河合?……」
 悲鳴のような河合の声に被さる、怒りを孕んだ地を這う声。
 ナオは振り返って驚いた。

「臣さ……オーナー」
 髪を乱し、剣呑な眼差しをした和臣がそこにいた。
 河合は涙目で首を横に振る。

「どっ、どどど」
「水死体(どざえもん)?」
「どっちも嫌ですごめんなさい許して下さいまだ何も」

「まだ、何も?」
「これからも何もしません誓います!」
 和臣はナオの前に出ると河合の目前に顔を近づけた。

「……そろそろ仕事に戻った方がいいんじゃないか、ええ?」
 河合はこくこく首を縦に振る。壁伝いにナオを避けるとフロアに駆け出す。様子を伺っていた牧田に駆け寄るその後ろ姿は「怖かったよう死ぬかと思った~」と語っていた……。

 ナオはぼんやりと和臣を見つめる。
 どうしてここにいるのか判らなかったのだ。
 不意に和臣はナオを見据えた。─── 明らかに怒っている。

「……来い」
 怒気を隠そうともしない低い声と共に、ナオの二の腕を掴む。そのまま目の前のスタッフルームのドアを開け、真っすぐ進んでいく。ナオは引き摺られないようについて行くのが精一杯だった。

 奥にある和臣一人が使う事務室に入ると、やっと歩みが止まる。
「……どうして」
「え……」
 ゆっくりと閉まっていくドアを待ちきれず、和臣はナオを壁際に追い詰めた。

「どうして、来なかった」
「あ……あの……レイが行ったでしょう。僕が頼んだんです」

 ナオは戸惑っていた。─── なぜ、和臣の機嫌がこれほど悪いのか判らない。
 機嫌が悪い、などという生易しいレベルではなかったが、ナオはそのことに気が付いていない。
「僕、何か悪いこと」

「─── 俺はレイと約束したんじゃない」
 低く、冷たい声。
 和臣はナオを閉じ込めるように壁に手を付き、身を屈める。わずか数十センチ先のその目に本気の怒りを見たナオは、事の重大さをやっと把握した。

「あっ……あの、他のコがいいんだったら今すぐ頼んできます、ダレかキレイなコ、ハルみたいな美人てわけには行かないけど僕よりずっとキレイな」
 取り繕うはずのその言葉は返って火に油を注ぐ。

 和臣は握りこぶしをナオの顔の横の壁に叩きつけ、怒鳴った。
「判らないのか!? レイが嫌だって言ってるんじゃない、お前じゃなきゃ嫌だって言ってるんだ!」
 
 ナオは呆然と和臣を見つめる。─── 何? 今、なんて。
 わけが判らない、怖い、臣さんが怒ってる ───。
 
 ナオがその言葉の意味を理解するより先に、和臣は怒りの表情を消し、うな垂れた。
 ナオに顔を見られたくない。

「─── 好きなんだ。どうしたらいい?」
「え……」
 ついぞ聞いたことのない和臣の頼りなげな声だった。徐々にナオの心に浸透していくその言葉。驚きでナオは目を瞠った。
 
「どうしたらいいんだ。会ってもくれないのか? お前が喜ぶと思って、少しでも笑ってくれると思って『比さ乃』に誘ったんだ。……他の奴を寄越して俺が嬉しがるとでも思ったのか?」
「臣さ……」

「その上、……河合なんぞに……!」
 顔を上げた和臣はナオを睨みつける。顔の横の手が振り上げられるのを見て、ナオは目をぎゅっと瞑る。身体が竦んだ。
 だん、と音が響く。またもや壁を殴った和臣は小さく囁いた。
 
「……俺がどんな気がしたと思う?」
 優しいとさえ言っていいような口調に恐る恐る目を開けると、和臣は困っているような表情でナオを見つめていた。

「─── 教えてくれ。どうしたらいいんだ? どうしたら俺を好きになってくれる? なんでもする。─── 笑って欲しいんだ。昨日からちっとも笑わない。俺がレイと寝ればいいのか? そうしたら笑ってくれるか? お前の笑った顔が見たい。好きなんだ。お前が笑ってくれるならなんでも」
 する、と言いかけた和臣の唇はその言葉を発することはなかった。
 
 じっと和臣を見上げていたナオの瞳に涙が浮かぶ。─── 見る間にそれは大きくなり、頬を伝って落ちた。
 自分が泣いていることに気がついていないのか、ナオはぼんやりとした表情のままだ。

「……ナオ……」
 和臣はうろたえた。どうしてだ?
 無意識の内に覚束ない足取りで後ろへ下がる。

 圧迫がなくなり、ゆっくりと俯いたナオはぽろぽろと涙をこぼした。ついに泣き顔になると両手で覆い隠す。

 ─── 泣かせた。
 頭の中が真っ白になる。そんなつもりじゃなかった。
(ただ、笑って欲しくて)
 どうしたら好かれるのか判らなくて、気持ちをぶつけた。

(……つまりそういうことか)
 要するに、好きじゃない、と。俺に告白されるのは迷惑だ、と。
(やっぱり慣れないことはするもんじゃない)

「…………すまなかった」
 声が掠れる。和臣はナオを残して事務室を出た。
 一度も振り返らず店内を抜け、階段を上がり切る。

 雪が降っていた。
 積もってこそいないものの、空からは白い羽毛のような一片が次々と舞い落ちてくる。
 和臣は構わず歩き出した。

   

     

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