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きみの手を引いて:17

  

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第十七話

  

 時刻は夜の十一時をまわっていた。
 広いリビングの照明は落とされ、白い革張りのソファーの上で膝を抱えたバスローブ姿のハルは、横でグラスを傾ける男をぼんやりと見た。─── やはり柚月ではない。

 食事の間も、この家に帰ってきてからも、考えないようにしていた現実を再び目の当たりにする。
(……なにを今さら)
 自分で言ったのだ。泊めてくれ、と。やらせるから、と。─── 金が欲しい、とさえ、言った。

(オレが頼んだ)
 判ってる。判ってる。平気。こんなの、なんでもない ───。
 和臣の手がハルの肩にまわされる。唇を寄せられたが何気なく顔を背けていると、ゆっくりとソファーの上に押し倒された。

「ちょっ、ちょっとタンマ」
 近づいてくる和臣の唇を手の平で塞ぐ。
「待ったなし。……と言いたいところだが、やっぱりお前変だぞ」

 腕でハルの手を払いのけ、和臣は身を起こす。煙草に火を点けた。
「何があった。誰のところにいた?」
「……なんもないって言ってんじゃん」
 ハルはのろのろと起き上がり、うな垂れた。バスローブの前がはだけていたが直すでもない。

 和臣は目を眇めた。
「酒は飲まない、煙草は吸わない、その上身持ちも良くなったってか。大した品行方正ぶりだな。それで何もないってのを信じろってのか?」
「……オレ、未成年だぜ。そういうのダメだって、当たり前だろ」
「三ヶ月前まで全部取っ払ってたくせに」

「それは、……」
 口ごもるハルを和臣は観察した。─── 誰か、ハルを変えた人間がいる。ハルの後ろに透けて視える。いや、内側(なか)にいるのか。

 三ヶ月前。和臣は図らずも自分の言った言葉で思い出した。
「─── そうか。あの、兄ちゃんか」
 にやりと笑みを浮かべる。

 ハルが焼け出された後、一緒にいたあの男だ。店の前で遠目に見た程度だが背の高い男前だった。あれから一度もハルはヘヴンに来なくなった……。

「そうかそうか。ずっと一緒に暮らしてたってわけだ」
「な、……なんの話だよ」
「お前が今まで一緒にいた奴の話だよ。店の前で一度見た」

 途端にハルは頬に血を昇らせた。余りにもあからさまな変化に和臣は驚きを隠せない。
「……何だ、判りやすい奴だな」
「何がッ? オレは何もっ」

 今や耳まで赤くなったハルを和臣はしげしげと眺める。
「へえ。本気で惚れたんだな、そいつに」
「ば……バカか、そんなわけねーだろ……っ」

 ハルは和臣のグラスをひったくった。両手で持ち、赤いワインの表面を見つめる。
 ごく、と息を飲む。
 それから一気に飲み干した。

「─── あーらら。あのひとに嫌われちゃうー」
「……うるせ」
 普段そんなキャラじゃないくせにひとからかう時だけ……とハルは和臣を睨みつける。
 その視線を空のグラスに落として小さく呟いた。

「……もうとっくの昔に嫌われてんだからいいんだよ」
 和臣は片眉を上げてハルを見た。─── これは思ったより深刻な。

 煙草を消し、デキャンタからハルの持つグラスに注ぐ。またもやそれを飲み干してしまったハルはぐい、と手の甲で唇を拭き、グラスを和臣に突き出した。

「もっと、」
「……おねだりならもっと上品にな。そんなハイペースだと悪酔いするぞ」
 冗談に包まれた和臣の気遣いをハルは一蹴する。

「アタマ痛くなんないよーになんか作ってよ。サワーとかさー。グレープフルーツがいい」
 言いながら自分でグラスに注ぐ。半分ほども飲んで唇をぺろりと舐めた。
 ふー、とため息とも大きな息継ぎとも取れる息を吐く。

「……あのひとさー、俺がちょっと近づいたら、触るな、だって」
 アルコールが入ったハルは饒舌になった。
「ちょっと額に触っただけなのにさー、触るな! って怒鳴んだよ。……オレー、ウリやってたのバレてたからさあ。オレみたいなオカマ野郎には触られたくないんだって」

 和臣はキッチンに立ち、ハルの飲み物を拵えた。このままではワインは全部ハルの胃に納まってしまう。
「ふざけて背中に抱きついた時は勃ったくせに、心配して真正面からおでこ触ったら触るな!だって。……ずーっと我慢してたのかな。オレに触られんのすげー嫌で、でも我慢してたのかな。バッカみたい。早く言えばいいのに。……出て行けって言えばいいのに」

 ソファーとテーブルの下に敷かれた毛足の長いラグにハルはずるずると座り込む。
 ハルにサワーのタンブラーを手渡した和臣は、それと引き換えにワイングラスを受け取り、ソファーに腰を下ろした。

「お人好しだからなー、柚月さんて。拾ってきたガキには言えなかったんだろうなァ。……気持ち悪いから出て行けって。早く言ってくれればさー、オレだって、」

「オレだって好きになんかならなかった?」
 和臣はハルの蹂躙から逃れたデキャンタを目線の高さまで上げ、減った中身に眉尻を下げた。
「な……な……」

 ハルは口をぱくぱくとさせる。ごく、と唾を飲みこみ、またも顔を赤らめた。
「……そんなこと言ってないじゃん。ダレが、あんな奴、好きだって?……」
「お前が、そのゆづきさんを」
 何でもなさそうに言う和臣に、ハルは自分の口を押さえた。

「……オレ、名前言った?」
「言った。「ゆづき」ってどんな字?」
「かっ……カンケーない。臣には」
 
 そっぽを向いたハルはつまみのチーズが付いた指を舐め、タンブラーに口を付ける。
「いっぺんぐらいヤったんだろ?」
 和臣の言葉にハルはむせた。咳き込み、和臣からティッシュを受け取ったハルは反論する。

「や……ヤってねーよ! バカじゃねーのっ」
「へー。珍しくお前が本気んなったのに、カレシの方が相手にしてくれないとはね」
「おかしな言い方すんなっ」

 初めて見る、からかい甲斐のあるハルに和臣はにやにやと笑った。
「でもチューぐらいはしたんだろ」
「……!」

 した。彼が寝ているときに勝手に。
(柚月さんは知らない)
 頭に浮かんだ柚月の寝顔を慌てて追い出そうと試みるハルの瞳が揺れる。

「し……し……してない」
「してないってツラじゃねーぞー? んー?」
 生乾きのハルの頭を和臣は乱暴に撫でる。

「うるせーなっ柚月さんはオレなんて相手にしないんだよ! チューなんかするかっ」
 和臣の手を払いのけながらハルは噛み付いた。
「あのひとは本当に好きな相手とじゃなきゃやんないんだよ、オレとかあんたみたいに、……だ、ダレでもいいって奴とは違うんだよっ……」

 誰でもいいとはご挨拶だな、俺にだって好みってものがある、と和臣は文句を言うがハルは聞いていない。
「ほ……ほんと、すっげーアタマ硬くてさー、煙草吸うなとか、酒飲むなとか、うっさいの。オレみたいに金で寝るとか絶対ありえないって思ってんだよ、あのひと、……あんな奴、大嫌い」

「大嫌い、ねえ」
「そ……そう。大嫌い。口うるさくて大人ぶってて、……オレのことキライなくせにお人好しだから冷たく出来なくて、……あんな奴大嫌い」

 和臣はため息を吐いた。
「じゃあ何で泣きそうなツラしてんだよ」
「そんなツラしてねーよっ……」

 ハルは抱えた膝に顔を埋めた。
 想うのは柚月のことばかりだった。優しくしてくれた。おかしな目で見たりしなかった。おんなじテレビ見て笑った。ご飯作ってくれて、バイト紹介してくれて、─── それから名前を呼んでくれた。

『……ハル』
 あんな風に優しく呼ばれたのは初めてだった。─── ずっとそばにいれたらいい、と思った。
(でもダメだった。柚月さんのそばにオレのいる場所なかった)
 判っていた。知っていた。初めから。

(だから好きじゃない。大嫌い。好きになったことなんかない。……辛くない)
(大嫌いだから辛くない。柚月さんと離れても。全然平気)

 心臓が痛い。痛い。痛くなんかない ───。

「お前そいつんとこ帰れ」
 和臣の言葉に、はッと顔を上げるハル。
「『柚月さん』とこ帰れ。他の男のものに手ェ出す趣味はないんだよ」
 
「オレはあのひとのものじゃねーよ! 言っただろ、大嫌いだって!」
 嘘つけ、大好きなくせに……と言いかけた和臣は面倒を恐れて止めた。今でさえ目の縁を赤くしているハルを追い詰めれば泣かれかねない。

「……だったらヤらせんの? お前。出来ねーだろ? とっとと出て行……」
「出来る!……出来るよ」
 ハルは飲み終えたタンブラーを和臣に振って見せた。

「もっと強いやつないの」
 真っすぐに見据える目と言葉でハルは挑発する。強がりにしか見えないそんな態度に和臣は一瞬眉根を寄せたが、諦めたようにタンブラーを受け取った。
 
「……判った」
 よほど帰れない事情があるな、と和臣は察したが追求はしない。ハルが素直に白状するとは思えなかった。

「抵抗したくても出来なくなるようなやつ作ってやるよ。そのほうがいいんだろ」
「……ダレが抵抗なんかするかよ」
「今度は待ったなしだからな」

「……判ってるよ」
 ソファーから立ち上がった和臣は、ふん、と鼻を鳴らした。
「どうだかね」
「……」
 和臣の皮肉はハルの耳には届かず、その目はぼんやりとここにはいない『彼』を見つめていた。

 
 

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