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ヘヴンズブルー:18

  

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第18話

  

(……フラれたな。思いっきり)
(ひとまわりも年下に熱上げて追い掛け回した挙句、告白したら泣かれるほど嫌がられて、……みっともないったらないな、全く)
 
 和臣は自分のマンションに帰ってきていた。どこをどう通ったのか覚えていない、などということもなく、ごく普通にいつもの道を歩いた。─── 失恋で自分を見失うほどの子供には戻れない。心の柔らかな部分に痛手を負ってもそれを表に出さぬ術はもう熟知していた。

 雪ですっかり濡れてしまったコートを廊下で脱ぎ捨てる。背広を白い革張りのソファーの背に引っ掛け、ネクタイを緩めながら浴室へ向かう。

 湯が張られるのを待たずにバスタブに身を沈めた。
 冷えた身体が温まるにつれて、閉じた瞼の裏でナオの泣き顔が鮮明になる。
(……泣かせるつもりじゃなかった)

 もう気持ちを抑えることが出来なかった。─── 笑って欲しかった。好かれたかった。自分以外と寝ないで欲しいと……。
(……完全に営業妨害だ)

 河合を口説いているところを邪魔した。それだけではない。以前から、自分がナオに構えば構うほど客が付かなくなるのを承知の上で、わざとそうした。ナオに声を掛けただけで店のオーナーに睨まれ、他の少年に乗り換えざるを得なかった客はかなり多い。

 自分を売って生計を立てているナオにしてみれば営業妨害以外の何ものでもないだろう。
 
(……でも)
 ナオはすぐに気づくと思ったのだ。─── オーナーのお気に入りの自分はその相手さえしていればいい、と。
 
 思えばナオにそんなことを望んだのが間違いだった。よく言えば控え目、悪く言えば自分に自信がないナオは、オーナーに気に入られているとは夢にも思わなかった。
(……そういうところが気に入ったんだが)

 自分に好かれていると気づかなかったナオがいきなり怒鳴られ、告白されてどれほど困惑したか想像に難くない。─── 断れば、店に出入り出来なくなる。
 
 それはほとんど脅迫に近かっただろう。断る、という選択肢はないのだ。
(……結果、泣かせた)
 勢い良くシャワーを出し、頭から浴びる。浴室を出ると身体を拭くのもそこそこにバスローブに袖を通した。

 キャビネットからウイスキーを出し、タンブラーに注ぐ。ストレートの液体は和臣の喉を焼いた。
「……」
 ロックにしようそうだそれがいい、と冷蔵庫の前に来た時、チャイムが鳴った。

 何も考えずインターフォンに出る。
『─── 臣さん』
 ナオだ。玄関の前まで来ている。

 一瞬の沈黙の後、和臣は冷たい声を出すのに成功する。
「何の用だ」
『開けて下さい』

「ついさっきフラれた相手と面と向かえるほど俺の神経は図太くない。帰れ」
『いやです』
「……犯すぞ」
『いいよ』

 和臣はインターフォンを切った。冷凍室からロックアイスを取り出し、タンブラーに落とす。
 その上からウイスキーを注いでいるとまたチャイムが鳴った。何度も、何度も鳴る。
 足音も荒く玄関に向かい、ドアを開けた。

 ─── ナオがそこにいた。
 くせのある柔らかい髪が雪に濡れている。小さな鼻の頭と、─── 泣いたせいか ─── 目の縁を赤くして、寒そうにマフラーに顎を埋めていた。唇の端の絆創膏がちらりと見える。

 オリーブグリーンのダッフルコートの肩に積もった雪が今しも解けていくところだった。
 もう一度、「帰れ」と言おうとした和臣も思わず言葉を飲み込む。─── 今、帰せば確実にナオは風邪を引くだろう。

「……中、入れて?」
「もう挿れていいのか?」
「臣さん!」
 ふざけた下ネタにナオは目を吊り上げる。

 和臣はナオのそんな表情に目を細めつつ、部屋へ上げた。
「そのままじゃ風邪引く。風呂に入れ。……何もしやしない」

 浴室に続くユーティリティにナオを押し込み、ドアを閉める。
 廊下に脱ぎ捨ててあった自分の黒いコートとナオのダッフルコートをハンガーに通し、エアコンの近くに掛けた。
 
 ソファーに座ってタンブラーを揺らす。氷が溶けて飲みやすくなったそれを半分も喉に流し込んだが、大して酔いも回らない。

 タオルを頭から被り、髪の毛を拭きながらナオが出てきた。
 和臣はナオを視界に入れないようにあらぬ方向へ目を向ける。
 おずおずと近づいてくる、バスローブを身に着けたナオの足を止めようと先制攻撃を仕掛けた。

「何の用だ」
「臣さん」
「……一体何しに来た。自分がフッた野郎の間抜けヅラ、拝みにでも来たのか」

「臣さん、僕、そんなつもりじゃ……」
 立ち止まって俯いたナオの言葉は口の中に消える。
 
「ああ、ヘヴンに出入り出来なくなると思って慌ててご機嫌伺いに来たってわけか?」
「…………」
 露悪的に言う和臣にナオは弱く首を振る。
 
 和臣は喉を鳴らしてウイスキーを煽った。カランと氷が鳴る。
「安心しろ。そこまで狭量じゃない。……営業妨害して悪かったな。牧田でも河合でもレイでも好みの奴を誘ったらいい。常連の……高木さん、だったか。来るんだろう?」

「どうして、高木さんのこと……知って」
「河合に訊いた。他の奴も知ってる。お前の馴染みは大体。……俺はストーカーなんだ。フッて大正解」
「……」

 ナオは困ったように眉尻を下げた。その表情を横目で盗み見て、和臣は口調を和らげる。
「……もうそんなことはしない。悪かったな。いつでもヘヴンに来るといい。……無理やり買ったりしないから」

 すまなかったな、と和臣は立ち上がる。ナオは和臣の目にも判るほど、びくッと体を竦ませた。
 今度は眉尻を下げるのは和臣の番だった。
「……何もしないって言ったろう」
 
 近づいてくる和臣をうっすらと涙が滲んだ目で見上げるナオ。─── 怖がっている。自分の機嫌を損ねれば何をされるか判らない、と怯えている。何をされても言うとおりにするしかない、と……。

 思いを告げた時と同じ、自分を恐れるその瞳。

 和臣の胸に苦いものが広がってゆく。こんなはずじゃなかった。
 ただ、好きになって欲しかった。笑って欲しかっただけなのに ───。

「……何もしないから、怖がらないでくれ……」
 
 和臣はナオの傍らをすり抜ける。
 ユーティリティでドライヤーを用意した。
 ドアを開け放したままナオの様子を見ると、彼もこちらを見て目を瞬かせている。

「………」
 思わず口を付いて出た言葉が気まずかった。
 名を呼ぶことも、手を引いて連れて来ることも叶わず、和臣はじっとナオを見つめる。
 
 気づいたナオは和臣の元にゆっくりやって来た。
「……風邪、引くからな」

 言い訳がましい言葉と共に、ドライヤーのスイッチを入れてナオの髪の毛に当てる。ぎこちない雰囲気の中に響くその生活音は和臣には救いだった。

 柔らかく、くせのある茶色の髪が和臣の真下で揺れる。シャンプーと混ざったナオの匂い。
 後ろを向いたナオの髪の毛に指を入れ、何度も梳く。

「…………」
 ナオは何も言わなかった。少し顔を俯けて、されるがままになっている。

 乾かし終わると和臣はパジャマと下着を用意し、ナオを玄関のそばの部屋へ連れて行った。エアコンを点ける。
「……もっと早く部屋、温めとけば良かったな。気が回らなかった」

 出窓のあるその部屋は、シングルベッドがひとつと作り付けのクローゼットがあるだけの小さな部屋だった。普段は使用せず、専ら泊り客があった時だけゲストルームとして使っていた。

 初めてその部屋へ通されたナオはきょろきょろと見回した。振り返り、和臣を見上げる。
「……」
 怖がっている目付きではない。
 物言いたげな瞳から目を逸らし、和臣はリモコンと用意しておいたパジャマをベッドの枕元に置いた。

「……ここ、使っていい。ゆっくり寝ろ」
 視線を合わせず、部屋を出て行こうとする和臣。
「臣さん」

 切ないナオの声。
 ナオに背中を向けたまま、和臣は目を閉じた。

 

   

    

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