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きみの手を引いて:18

  

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第十八話

 

 二日続けて柚月のアパートを訪れたあやは躊躇いつつ、チャイムを鳴らした。
 インターフォンから何の応答も無い代わりに、中で何かが倒れる音がし、次いでドアが勢いよく開く。

 飛び出してきたのは柚月だった。
「……ハル!」
 名を呼んだものの、すぐに彼ではないことに気付いたのか、目に見えて落胆する。

「……要ちゃん」
「ああ……あやか……」

 柚月は憔悴していた。
 乱れに乱れた髪の毛、髭も剃っていない。身に着けているシャツはよれ、赤く充血した目は余り寝ていないことを物語っている。

「………」
 あやは後ろめたさに俯いた。─── ハルは本当に出て行ったのだ。

 柚月はあやの様子など全く気づかず、中へ入っていく。あやも続くと、目隠しのパーテーションが倒れているのが目に入った。どうやらさっきの、物が倒れる音はこれだったらしい。
 
 柚月はパーテーションを起こすと、ふらふらと覚束ない足取りでソファーに向かい、腰を下ろした。
 俯き、目を手の平で覆う柚月にあやはそっと近づいた。
  
「……要ちゃ」
 「ハルが」
 
 声が被る。構わず、柚月は続けた。
 
「ハルがいなくなった」

 知っている。自分がそう仕向けたのだ ─── あやは肩に掛けたバッグの持ち手をぎゅっと握り締めた。

「……昨日帰ったらもういなかった。あいつ、バイト休みで家にいて……いるはずなのに、いないんだ。買い物に出てるのかと思って待ってても帰って来なくて……ロフト見たらあいつの物、なくて……無くなってて。ケータイ、電源切れてて……繋がらないんだ……」

「要ちゃん、寝てないの……?」

「ああ。あいつ鍵置いてったから……帰って来たとき、入れなかったら困るだろう?……」
 ハルが出て行った、と柚月は認めたくなかった。例え、ハルの物が無くなっていたとしても。─── 施錠した後、ドアポストに鍵を入れて行ったとしても。

 柚月はあやの先回りをして、言い訳をする。
「……だって、あいつ昨日の朝は普通だったんだ。なんにも変わったことなんかなくて、にこにこ笑って、……いきなり出て行くなんて、そんなわけない……」

「で……でも、現に出て行ったじゃないの」
「そんなわけない……!」
 柚月は髪の毛を掻き乱した。

 「……そりゃ好かれてはいなかったけど、何も言わないで出て行くなんてことあるわけないだろう……!? いくら物欲しそうに見たって、ソファーでそばに座っても何にもしてないんだぞ、なんにも! これから先だってあいつが俺のこと好きになってくれない限り、……なにも」

 ハルを思う気持ちを聞かされたあやは頬を引きつらせる。
「─── そう。そんなにあの子が好き?」
「………ああ」

 あっさり肯定され、あやはかっとなった。

「だったら買えばよかったじゃないの。お金さえ出せば簡単に手に入るわよ。あの子、……売春してたんだから」
「お前、……何で知って」

「要ちゃん知ってたの?」
 互いに顔を見合わせ、驚く。あやが先に口を開いた。

「知ってて一緒に暮らすなんてどうかしてるわ。─── 男娼なのよ。汚らしい。お金で好きにさせるなんて信じらんない、相手なんか誰だっていいんだわ。出て行ってくれてせいせいし……」

 ソファーから立ち上がりながら柚月は手を振り上げた。
 あやは身体を竦ませる。

「……二度と言うな」
 柚月は下ろした手をぐっと握り締めた。
 
「な、……なによ、殴ればいいでしょ!」
「女なんか殴れるかっ」
「要ちゃんのバカ! あの子要ちゃんのことなんとも思ってないんだからっ! 好きじゃないってはっきり言ったんだからね!」

「そんなこと知ってる!……ちょっと待て。それいつの話だ。いつハルに会った」
「だから昨日っ……」

 はっと口を噤んだあやに柚月は詰め寄った。
「昨日? 昨日、あいつに会ったのか」
「……会ったわ」

「どこで。どこで会った。どこに行くって言ってた? 近く捜せば」
 アパートを出た後のハルにあやは会ったのだ、と柚月は思っているようだった。

 あやは目を逸らし、頭を左右に振る。柚月は彼女の両肩を掴んだ。
「─── どうして。教えてくれ、あや、頼む」
「ち……違うのよ」
「何が」

 目を合わせようとしないあや。─── たった数秒の沈黙があやには五分にも十分にも感じられる。
 柚月の顔色が、すう、と変わり、その目が見開かれた。
 
「まさか、─── お前」
「……」
「出て行く前か?─── 出て行く前に、ここであいつに会ったのか。そうなんだな?」
 彼女は目を伏せたまま、ゆっくりと頷いた。
 
「─── あいつに何言った。何した?」
 怒りを孕んだ、柚月の低い声。
 
 あやは意を決して真正面から柚月を見つめた。
「聞いて、要ちゃん。……要ちゃんがあの子と一緒にいるところ、見たコがいるの。そのコはハルが、あの子が売春してること知ってたのよ!……もし学内で噂になったらって、……だから、あたし」

「……出て行けって言ったのか。あいつに」
「言ってないわ! 言ってないっ……そのまま話しただけよ! そしたらあの子、出てくって勝手に」
「話しただけ?」

 柚月の握りしめた拳が震えた。
「それ聞いたあいつがこのままここにいるわけないだろうっ!」

 その通りだった。出て行くように仕向けたのだ。
 あやはいやいやをするように頭を横に振る。涙が浮かんでいた。
 
「だって、……要ちゃんが諦めると思ったのよ……!」
 
 涙ぐんだまま、一歩も引かず柚月を見つめる。
「あの子が出て行けば諦めるって、……もし諦めなかったら、男と寝てお金もらう、そういう子だって知れば、要ちゃんも目が覚めると思った。いくらキレイだって、そんな子出て行ってくれて良かったって思うに違いないって……あたしを、見てくれるかもしれないって……」

「……あや」
 あやは顔を両手で覆って伏せる。─── 自分の醜い心に直面した。

「……ごめんなさい。ごめんなさいっ……あの子が出て行くように仕向けたわ、一緒に暮らしてるの周りに知れたら、庇ってあげられないって……ここ出て行ったらあの子がどうなるか判ってて、止めなかった。……ハルが他の人と寝ればいい、と思ったのよ……!」
 あやの嗚咽が静かに響く。

 柚月は宥めることもせず、唇を噛んだ。─── ハルが他の男と寝る。
 その言葉は想像以上に柚月の心を焼いた。
(……知らない男に微笑み、しなだれかかって)
 焦燥感でいても立ってもいられない。

 バッグからハンカチを出したあやはそれを鼻の下に押し当てる。
 柚月は自分の部屋からダウンコートを取ってくると、玄関に向かいながら袖を通した。

「ど……どこ行くの?」
「ハルを捜す」

 あやに背を向けて、柚月は毅然と言う。
「捜して連れ戻す。どこにいても、何をしていても」
「待って」

 あやの悲鳴のような声に柚月は顔だけ振り向いた。
「なんであの子なの? あたしじゃ駄目なの? ずっと好きだったのよ、あの子の代わりにはなれない……?」

 涙に濡れた頬と鼻の頭は赤くなり、いつも綺麗に化粧をしているあやとは別人のように子供っぽく見えた。また涙が瞳に滲む。

 柚月はあやに対峙すると静かに言った。
「─── ハルが好きだ。誰も、あいつの代わりにはならない」

 瞠られたあやの目の縁から涙がこぼれ落ちる。
「……ごめん」
 柚月は目を逸らし、玄関を出た。

 アパートの外は曇天の空が覆っている。
 あやは、追って来なかった。

 
 

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