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きみの手を引いて:22

  

  R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第二十二話

  

 白いダウンジャケットの背中がどんどん遠ざかる。
 柚月は足を速めたが、人込みに阻まれ追いつけない。ドアを抜け、階段を見上げた時にはもうすでにその姿はなかった。

 二段飛ばしで駆け上がり、昇り切ったところでグレイのコートの男とぶつかりそうになった。
「……失礼」
 その男は柚月を避けて下へ降りていこうとする。

 焦った柚月はきょろきょろと辺りを見回したが、ハルはいない。
 夢中で男を呼び止めた。

「あの、すいません、今、ハルが」
「……ハル?」
 振り向いた男は訝しげに柚月を見た。

「いえ、あの……男の子が出てきたはずなんですけど、どっちへ行ったか見ませんでしたか」
「ああ」
 男は片眉を上げて柚月に品定めをするような視線を向けた。それから、あっち、と駅へ向かう大通りを指差す。

「ありがとうございます」
 軽く頭を下げて、柚月は大通りへ出た。
 クリスマスソングがどこからともなく聞こえる。街路樹のイルミネーションが暗がりに慣れた目に眩しい。

 沢山の人で溢れる通りをハルを捜して何度も行きつ戻りつする。見つかるはずがなかった。
「……」
 吐く息が白い。ガードレールに凭れて夜空を見上げる。

 逡巡した後、柚月は萎れてヘヴンズブルーに戻った。ハルの手がかりはそこにしかないのだ。

 控え目に灯るHeaven's blue の文字の下でさっきの男が煙草を吸っていた。
 炎が赤く光る。

 柚月は以前、その男に会っていることに気が付いた。
 ハルと初めて会った時だ。
 この店の前まで来るとハルは柚月に待つように言い、この男と何か話していた……。

「─── 下で聞いたよ。ハルの奴、シュウと揉めたんだって?」
 男の口から出たハルの名に、柚月はどきんとする。
「仲裁に入ってくれたのって君だろう。ありがとう」

「……どうして、礼なんて」
 柚月は男とハルの関係を勘繰った。礼を言われても素直に喜べない。
「ああ、……」
 低めたその声で柚月の嫉妬に気づいた男は煙草を消し、姿勢を正した。

「この店を経営している成沢です。店内の揉め事は私の責任、大ゲンカにでもなって評判と売り上げ落ちて閉店に追い込まれたりすると大変困ります。お礼申し上げたのはオーナーとして。……他意はないよ」
 
「オーナー……」
 丁寧に改めた口調の中にどこか揶揄するような響きを感じ取り、柚月はむっとする。しかし、それ以上にヘヴンズブルーの経営者ということに驚いていた。

 精悍な男、というのが第一印象だった。意志の強そうな瞳、浅黒い肌、高く通った鼻梁、 ─── 身長こそ柚月のほうが幾分高かったが、引き締まった体つきは柚月よりよほどがっしりしている。何よりも大人の男としての威圧感、社会を渡っている者の世慣れた風情は柚月に格の違いを思い知らせた。

 成沢 ─── 和臣は柚月をたっぷりと観察してから口を開いた。
「『柚月さん』?」
「え?」
「君、『柚月さん』だろう。ハルの」

 心臓がどくんと鳴った。胸苦しささえ感じて柚月は息を飲む。
「どう……して、俺のこと、知って……」
 和臣は一瞬迷ったような顔をして、それから唇の端を片方だけ上げて笑った。

「まあ、色々と。あいつから聞いてる。……いや、聞かされた、かな」
「ハルはどこに行ったんですか」
 アパートを出た後のハルを知っている、と和臣が匂わせただけで軽い嫉妬も敗北感も柚月の中から消え失せていた。
 
 ハルに会いたい。ただ、それだけが柚月を突き動かす。
 
「あいつを捜してるんです。出て行ってからずっと、……会いたいんです。話しがしたい。俺に黙って出て行って、行くとこなんかないのに、今どこにいるのか気が気じゃなくて……腹減ってないか、寒い思いしてないか、……嫌な思いしてないか、誰のところにいるのか」

 柚月は口を噤んだ。眠る場所を提供する代わりに身体を要求されたハルが、それに従っていると決め付けるような自分の言い方に気が差したのだ。
「……誰と一緒にいたって構わない。ただ会って話したいんです」
 
 柚月の真摯な眼差しを和臣は量るようにじっと見つめて、言った。
「─── じゃあ、会う?」
「え……」

 今すぐにでも会えるような、和臣の言葉に柚月の思考は止まる。
「まだ帰ってないかもしれないけど、その時は待ってればいい。直に帰ってくるだろうから」
 
 和臣は先に立って大通りへ歩き出した。柚月は慌てて付いて行く。
「あの……っ、居場所、知ってるんですか。ハルはどこに」
「俺の家」

 あっさりとした和臣の言葉は、柚月の足を止めさせるのに充分だった。
 和臣は気づいて振り返る。

「……ずっと、あなたの家に」
「そう」
 言葉を失う柚月。
 
 ハルがこの男 ─── 成沢と何もなかったとは到底思えなかった。胸に広がるどす黒い、嫌な思い。切り裂かれるような痛み。
 
 和臣は顔色を変えた柚月に平然と言った。
「それが何? その程度で、なんであいつのこと捜してんの?」
 ま、もう会いたくなくなったってんなら別にイイけど、と和臣は鼻で笑う。

 柚月は拳を握り締める。─── そうだ。
 誰と一緒にいたって構わない、と言ったばかりじゃないか。あいつが金をもらう為に、泊めてもらう為に誰かと ─── この男と寝ようと、それがなんだ?

 それくらいで揺らぐのなら、とっくの昔に諦めてる ─── 。

 柚月は深呼吸をした。
「行きましょう。こっちですか」
 和臣を追い越し、大通りへ出る。近づいてきた和臣は驚きを隠さず、柚月をしげしげと見た。

「……へえ。案外、キモ据わってんな。『柚月さん』」
「その呼び方やめて下さい。柚月でいいです」
「じゃ、柚月くんね」

 和臣はなぜか機嫌良さそうに歩いていく。大通りをしばらく行き、路地に入ると閑静な住宅街になる。私道らしき一本道の先に瀟洒なマンションがあった。
 エレベーターの中で和臣は最上階のボタンを押す。

「あいつ、どうして君んとこ出た? ケンカでもした」
 柚月は俯いて唇を噛んだ。
「……俺の周りで自分のことが、その、……良くない噂になってるって……言われたらしくて、……それ、気にして、多分」

 一呼吸置くと、意を決したように顔を上げる。
「ハルを、連れて帰ります。お世話になりました」
 真っすぐな柚月の目。和臣は眩しそうに目を細めた。

「─── それはどうかな。……素直に帰ればいいけど」
 静かにエレベーターが止まり、二人は降りた。
「ハルの奴、君の世間体を思いやってるってわけだ?」

 ゆっくり閉まるドアのわずかな機械音に紛れて、和臣は呟く。
「……大嫌いだの何だの言ってたのはそういうことか。強情張りやがって、バカだねあいつも。ベッドの中じゃさんざん、柚月さん柚月さん言ってるくせに」

「え? なに、……何ですか?」
「何でもない」

 和臣は柚月に背を向けて歩き出す。ホテルのような絨毯敷きの中廊下や、フロアに一つしかないらしい金の縁取りのある大きなドアを目にした柚月は、ヘヴンズブルーのオーナーということも合わせて、和臣がとんでもない金持ちであることに気付き始める。
  
 リモコンキーを使ったのか、和臣が近づいただけでロックが外れる音。その背中を柚月はちらりと見た。

 マンションの中とは思えないほど広い大理石張りの玄関は明かりが点いていた。和臣は外開きのドアを開けたまま、柚月に先に入るように促す。─── 見慣れたハルのスニーカーがあった。

 柚月は平静を失いそうになったが、和臣の手前、見栄もあって落ち着いているように見せかける。
 吹き抜けになっているホールの先の短い廊下で、そのドアの向こうがリビングだ、と柚月に教えた和臣は壁に凭れ、腕を組む。ついて来る気はないようだった。

 柚月は一人でリビングのドアを開けた。

   

   

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