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ヘヴンズブルー:22

  

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第22話

  

 和臣が実家のある地方都市から自分のマンションに戻ってきたのは、夜の11時過ぎだった。
 エントランスで時間を確かめ、エレベーターに乗り込むと壁に背を預ける。
 ふーっと息をついた。

 月に一度、どうかすると半月に一度は祖父 ─── 父に呼び出される。いつもは煩わしいばかりの接見だが、今日に限って言えば僥倖だった。

 ヘヴンに顔を出さない理由が出来た。
 
 朝も、ずいぶん迷った。─── 起きた時、自分がいなければナオは戸惑うだろう。けれど起こして顔を合わせるのも、辛い。

「…………」
 
 カーテンのわずかな隙間から差した光が、ナオの寝顔を浮かび上がらせる。青く腫れた唇の端の傷は痛々しかったが、半開きの唇そのものや額に落ちかかったくせのある前髪は、和臣の気持ちを掻き立てた。

 それでも何もせず、そっとドアを閉め、家を出た。

(……ナオ)
 今頃は店にいるだろうか。それとも、客を捉まえて外に。

 和臣は頭を振って、考えるのを止めた。最上階に着いたエレベーターを降りる。
 ─── すぐに、彼に気が付いた。

 部屋のドアの前でオリーブグリーンのダッフルコートがうずくまっている。中廊下で絨毯敷きになっているとはいえ、空調が効いているわけではない。
 やはり寒かったのだろう、顔を上げ、慌てて立ち上がった彼の鼻の頭は赤くなっていた。

「……臣さん」
 自分をそんな声で呼ぶ人間はひとりしかいない。
「……ナオ」

 和臣は落ち着け、冷静になれ、と自分に言い聞かせる。
 自己暗示が功を奏してか、和臣は表情を少しも変えず、近づきながらコートのポケットの中でリモコンキーを操作し開錠した。

 先に部屋に入り、ナオを促す。─── なぜか、小ぶりのスポーツバッグを両手で抱えている。
「どうした。昨日は無理やり上がりこんで来たくせに。上がれよ」
 ナオはどうしたらいいか判らないように、玄関先で和臣を見上げた。

「あ……あの、ね、あいつが、充が僕のアパートまで来て」
 ナオは唐突に喋りだした。
「多分、ヘヴンから尾けられて……それで」

(「イイ金づる掴んでんだろ……ほら、あのオヤジだよ」)
(「昨日はいくらで寝たんだ? ええ? 少し恵んでくれよ」)
 
「……僕、寝てないって言ったんだ、臣さんは僕なんか相手にしないって、……百万返せって、でもあいつニヤニヤ笑って、全然本気にしなくて……っ」

 しつこい充はペンチでチェーンを切ると脅してきた。怖くなってドアを閉めたらまたチャイムが鳴って、ドアが叩かれて。ベッドの上で布団被ってたら音が止んだから、ドアスコープを覗いた。

「誰もいなくて、ほっとしたんだけど、窓から外見たら」

 充が、立っていた。

 街灯の下で、ナオの部屋の方を見て笑っていた。

「……逃がさないって怒鳴ってた、ドアの外で。……あいつ、また来るって、……いなくなった隙に服とか、荷物持って出てきたんだけど、……ヘヴンとかも知られてるから行けなくて……行くとこなくて」

「電話しろ。─── どうしても俺が行けなきゃ牧田でも河合でも寄越す」
 充の恐喝を思い出しているのか、ナオは真っ青になった。
「ご……ごめんなさい……」

 スポーツバッグをぎゅっと抱きしめる。和臣の言葉をろくに聞いていないようだった。
「ここにくれば泊めてもらえるって、……僕……臣さんにつけ込もうとしたんだ。……サイテーだよ……」

 和臣は片眉を上げ、皮肉そうな表情を作る。ヤク中よりはまだ俺のほうがマシってことか。
 ため息をつき、前髪をかきあげた。
「つけ込めばいいだろう。なんだって言うこと聞いてやる」

 俯いたままナオは頭を横に振った。
「さっき、……臣さんのこと待ってるとき、考えたんだけど……ずっと迷惑かけっぱなしで……ヘヴンで揉めたり、百万、とか……今も……だから、僕、いないほうがいいと思って……」

 たどたどしいナオの言葉に和臣は険しい顔になる。なんだ。何を言おうとしている ───?

「……最後に臣さんに会ってから行こうって……もう、行くね。会えたから……」
 ナオはスポーツバッグを抱えたまま頭を下げた。

「迷惑かけて、ごめんなさい」
「どこに行く気だ」
 和臣はナオに最後まで言わせなかった。スポーツバッグを強引に取り上げ、その細い腕を掴む。

「どこにも行くとこなんかないだろう!?」
 引っ張られたナオは、慌てて靴を脱ぐ。ずんずん廊下を進んだ和臣はリビングでナオを放した後、自分の寝室にスポーツバッグを放り込んだ。

「お……臣さ……」
「お前の荷物はあの部屋の中だ。強姦される覚悟があるなら取りに行け」

 コートを脱ぎながら戻ってきた和臣はイライラと煙草に火を点けた。空になった煙草の箱をくしゃりと潰し、ゴミ箱に投げる。
「言っとくが、本当に犯すぞ。お前が俺をどう思ってようと関係ない」

 ソファーに座った和臣は灰皿を引き寄せ、灰を落とす。
「強姦されたくなけりゃ昨日の部屋行って寝ろ」

 ナオはおずおずと和臣の前のソファーに腰を下ろした。
「……優しいね、臣さん」
「ひとの話、ちゃんと聞けよ? 犯すって言ってんだぞ」
 和臣はスーツのジャケットを脱ぎ、ソファーの背もたれに掛ける。ネクタイを緩めた。

「……」
 ナオは和臣が自分の目を見ないことに気付いた。─── 昨日、自分の目を覗き込んで「笑って欲しい、なんでもする」と切羽詰った声で言った人間とは思えない。

 以前の和臣と同じ、優しさをそれと悟らせない乱暴な口調。昨日のことを、なかったことにしたいと思っているのだろうか。
(……もう、嫌われたのかも)

 ナオはしょんぼりと肩を落とした。
「……ごめんなさい。会わないで、黙って行けば良かったね……? あと少しだけ、少しだけ待って来なかったら、行こうって考えてて……ずっと待ってた……臣さんに迷惑だって判ってるのに……」

 俯き、すんと鼻を啜り上げるナオに和臣は視線を向けた。
「迷惑、ね。─── お前はそう思うわけだ」
「臣さん……?」
 冷ややかな和臣の声にナオは顔を上げた。まともに視線がぶつかる。

「ずっと待ってた? すごい殺し文句だな。俺がどんなに嬉しいか判らないだろうな、お前には」
「僕……殺し文句とか、そんなんじゃ……」
 ナオは口ごもり、和臣を見つめた。─── 本当の気持ちを話しただけなのに、伝わらない。

 和臣はふんと鼻を鳴らし、煙草を灰皿に押し付けた。
「ああ、判って言ってるのか。俺みたいに自分に夢中になってるオヤジひとり、転がすのなんざわけねえってか、……そうだろうな」
「そんな……」
 言葉が続かない。どう言えば伝わるのか判らない。

 涙を浮かべたナオから和臣は目を逸らした。
「ここにいたいなら、好きなだけいればいい。何もしやしない。─── 利用したけりゃいくらでも利用されてやるよ。何が欲しい?」

 ナオは呆然と和臣を見つめた。
 ─── 利用、と言った。和臣を利用する、と。

「金か? 欲しいもの言ってみろ。……そうだ、このマンションごとくれてやろうか。車は? 欲しくないか?」
 声も出せず、すうっと青ざめたナオは頭を横に振る。
 
「なら、ヘヴンのオーナーは? やってみるか?」
「……やめて下さいっ……」

 ナオの瞳の涙が徐々に大きくなっていく。
「そんなの、いらないっ……利用、とかそんなつもりで来たんじゃないよ!……」

 また泣かせてしまう。
 和臣は内心の動揺を気取られないように、わざとゆっくりと言った。

「じゃあ、……じゃあ俺がレイを愛人にするってのは、どうだ?」
 涙に濡れたナオの目が瞠られる。

 泣かせたくない、と和臣は心の底から思う。─── その為なら何でも出来る。
「……そうして欲しいんだろう? レイを愛人にする。昨日みたいなことはレイに言えばいい。……」
 
 和臣は立ち上がり、ネクタイを締め直す。ジャケットに袖を通した。
「……明日の午前中に一度戻る。ここは好きに使え。……ずっといていいんだぞ。何かあったら電話しろ。すぐ飛んでくるから」
 思わず本音が出た。和臣は口を噤み、訂正する。
 
「……牧田か河合を寄越す」
 ダイニングチェアに掛けてあったコートを手に取る。

 ナオはリビングを横切る和臣の前に飛び出し、しがみ付くように見上げた。
「ど……どこ行くの、臣さん……」

 細く掠れる、ナオの甘い声。
 和臣は自分を見上げる涙を滲ませた瞳を、ただじっと見つめた。 

 

     

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