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きみの手を引いて:28

 

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第二十八話

 

      
「─── ハル」
 その声。見慣れたスニーカーに、ジーンズ。黒いダウンコート。
 真正面に立つ、背の高い彼。
 見上げたハルの身体がぐらりと傾ぐ。─── 気持ちが悪い。貧血、だ。
 
 彼は ─── 柚月は躊躇なく、口を押さえて身体をふらつかせるハルを支えようと手を伸ばす。
 ハルは頭を横に振って、その手を拒んだ。

「─── なん……、なんでもない、ヘーキ……」
 片手を壁について、身体を支える。はあ、と大きく息を吐いた。
 柚月は気遣わしげにハルの青ざめた顔を見つめる。

 少し落ち着いてきたハルは、小さく訊いた。
「……なんで、ここに……?」
「─── 成沢さんから、電話もらって」

 柚月は話していいのか迷うように、カウンターの和臣に横目で視線を送る。
「一番最初に声かけろ、って……」
 ハルはまなじりを吊り上げた。きっ、と和臣を睨みつける。

 グラスに口を付けたヘヴンのオーナーは、ハルの剣呑な目付きに気が付くと、にやにやと笑みを浮かべた。

「俺……来たら、いけなかったか……?」
 沈んだ、柚月の声。ハルは俯く彼を見上げた。

 昨日よりも憔悴していた。顔色ははっきりと悪く、髪の毛はぼさぼさで不精ひげもあたっていない。頬はさらにこけ、目は赤く充血していた。
「もう、帰る、な?……押しかけてきて、悪かった……」

 やっぱり来なければよかった、と柚月は思う。幾ら成沢に、ハルの思い人に、ハルを預かって欲しいと言われたところでそれを真に受けるなんてどうかしてる。ハルは物じゃない。ちゃんと心があって、好きなひとがいる人間だ。
 現に今、その好きなひとと見つめ合ってた。

 殺意みなぎるハルの視線を柚月は誤解した。

 離れていこうとする柚月の肘をハルは思わず掴む。
 切ない、その眼差し。

 柚月は驚きながらも、目を逸らすことが出来ない。

「か……っ帰っちゃ、ダメ……最初に、声、かけたんだから……」
「え……」
「……臣に……言われたんだろ、オレに最初に声かけたら、……買える、って……」

 声が消える。柚月の腕をゆるゆると離し、ハルは視線を落とした。
 
「これって、昨日の、続き?……臣に言われて、オレを買いたくて来たの? ちゃんと買えるよ、今日は。だってそういう約束」
「違う」

 たつみ上がりになりかけるハルの声を柚月は遮った。
「違う、……か……買ったりなんて、しない。ただ、成沢さんに言われただけだ、お……お前がヘヴンに来たら、一番に声かけろって……そうしないと、後悔するって。どういうことか判らなかったけど……」

「───」
 ウソじゃない。自分を「お前」と呼ぶことをためらい、口ごもりながら赤くなる柚月の様子でハルは確信する。
(柚月さんはオレと臣の約束を知らない)

「あのエロオヤジ殺してやる……」
 ハルは再びカウンターを睨みつける。今度は涙が滲んできた。
 
「……あの……どういう、ことなんだ?」
「柚月さん騙されたんだよ、臣にっ……オレ、最初に声かけてきた奴相手にするって約束して、だから、あいつ何にも知らない柚月さん呼んで、面白がってんだ」

(オレの気持ち知ってて。柚月さん以外とは寝たくなくて、でも柚月さんに金で買われるのも嫌で)
 こんなの、あんまりだ。

「し……っ知らなかったんだから、声、かけた内に、入らないよな。引き止めてごめん、……も、帰って」
 あいつ絶対ぶん殴ってやる、とハルは拳を固めた。潤んだ目に自分と柚月の足先がぼやけて映る。
 彼の足が踵を返すのを待った。

「……最初に、声かけてきた奴、相手に」
 低く言う柚月にハルは自棄になり、なんでもないような調子で言う。
「そう。昨日言ったろ、ダレでもいいんだよ、オレ。全然ヘーキ、こんなの。……早く行ってよ。営業妨害、……それともオレがどんな奴と寝るか、知りたいの」

 柚月がいなくなったら。
(……ふざけんなって臣のバカ、ぶん殴ってやる。そんで野宿する。凍死したっていいや)

「……」
 案に相違して柚月の足は動かない。ハルは横を向いてこぼれそうな涙をくい止めた。 
 

「─── え?」
 柚月はいきなりハルの腕を掴んだ。のみならず、引っ張って出入り口へ向かう。
「ちょ……柚月さん」

 非難めいたハルの声が聞こえないのか、柚月は止まらない。階段を昇りきると冷たい風が二人の頬に吹き付けた。
 少し離れた大通りのクリスマスイルミネーションがきらびやかに瞬いている。

 ヘヴンズブルーのネオンの下で立ち止まっても、柚月はハルの腕を離そうとしない。
 不安そうに柚月を見上げるハル。
 柚月は困ったように眉尻を下げた。

「そんな顔、するな。─── 俺を、その、相手にしたくないの判ってるよ。何もしない。……お前、あの人のこと、臣って呼ぶんだな」
 ハルは、あ、と掴まれているほうと反対の手で口を押さえた。

「かん、……カンケーないだろ」
「……そうだな」
「……手え、離して」

 柚月はハルの腕を離した。掴まれていたところをハルは擦る。ひどく熱く感じた。
「─── オレ戻んなきゃ……金、いるんだ。……臣のとこ、追い出されそうで」
「……追い出される?」

「ん……うん。お前みたいな奴、願い下げだって。で……でも大丈夫。すげー金持ち見つけてふんだくってやるから。……柚月さ……あんたは、帰って。……もうこんなとこ来たらダメだ」

「─── 俺の家で暮らせばいい」
「なに言ってんの? 自分が何言ってっか判ってんの? オレ、あんたなんか大嫌いだっつってんじゃん。ゼッタイやだ」

 決して目線を合わせようとしないハルに、柚月は躊躇いながら言った。 
「……お前を、預かって欲しいって」
「はあ?」
「成沢さんに言われた。預けるって。……お前を俺のとこに来させる為に、こんな手の込んだことしたんだな、あの人」

 ハルはぽかんと口を開けた。─── 臣が、オレを預かって欲しいって柚月さんに頼んだ?
 迎えに来ても帰らない自分に業を煮やして、こんな回りくどい強硬手段に出たのか。
(……余計なこと、しやがって)

 ─── 柚月さんが迷惑するの、判ってるくせに。
 
「……悪いけど、オレ、あんたに預かってもらうつもりないから。大体、臣もあんたも何考えてんの? ひとのこと勝手にやり取りすんな。オレは自分の好きなようにする。好きなとこに行く。誰かに指図されんの、ごめんだよ」

「指図じゃない」
「命令?」
「違う」

 柚月は真っすぐハルを見た。腕を組んだハルは口をへの字に曲げて柚月を見上げる。
 吐く息が白い。
「……頼んでるんだ。俺の家に来て欲しい」

 ハルは、ほんの一瞬、柚月の肘を掴んで引き止めたときと同じ切ない表情を見せる。
 それは束の間に消え、目を眇めた不機嫌そうな顔になった。

「なんでゆづ……あんたが頼むの? 臣は厄介払いしたくてあんたに預かれって言ってんだよ? 利用されてんの判んないの、……オレのこと迷惑なくせに」

 最後に思わず本音を出してしまったハルはそっぽを向いた。
 つん、と顎を逸らす高慢な態度のハルに、柚月は静かに告げる。
「─── 好きなんだ」
 
「─── 」
 一瞬、言葉の意味を理解出来ず、ハルは思考を止めた。

「ずっと好きだった。……お前に嫌われてるのは知ってる。成沢さんのこと好きなのも。でも、他の奴と、……知らない男相手にして金を稼ごうとしてるお前は、見てられない。嫌われるより耐えられない。……嫌ったままでいいから、俺のとこ来てくれないか。成沢さんのこと、好きでいいから。……何もしない、から」

 ハルは呆然と柚月を見つめていた。
(す……き、って)
(柚月さんが、オレのこと、……好きって)
「……ほんとに……?」

 無意識に口を突いたハルの言葉に柚月は慌てる。
「本当だ、何もしない。誓う。……成沢さんから預かるだけ」

 いや「ほんとに」ってソコじゃないんだけど、とハルは曲げた人差し指を口に当て、考えるような仕草をする。
「……オレ……迷惑だろ。ほんとのこと、言っていいよ、……」
 小さく、頼りなげな声。

 当たり前のように柚月は言う。
「迷惑なんて思ったことない」
「……へんな噂、立てられても……? きっと、迷惑する。後悔するよ」
「後悔しない」

 柚月は断言した。
「お前がヘヴンで知らない奴にじろじろ見られてるのを黙って見てるほうが、よっぽど後悔する」
「……柚月さんて、やっぱヘンだ。初めから思ってたけど」
「……ごめん」

 素直にこうべを垂れて、柚月は続ける。
「変でごめんな。……でも、誓ってなにもしない。一緒に帰ろう。……一緒に、いたいんだ」
 ハルは耳まで赤くなった。顔が熱い。

「し……仕方ないから、一緒に帰ってもいいよ。どうせ臣んとこ追い出されんだしっ……柚月さんがオレんこと預かるって言うから、行くんだかんね。オレが柚月さんちに押しかけるわけじゃねんだから、……あの、だから」

 ハルは俯き、小さく言った。
「……オレのこと、迷惑で、邪魔になったら、すぐ教えて……?」
「……ハル」
 頼りなげな自分の声に気付き、ハルは慌てて打ち消そうとする。

「別に柚月さんが迷惑被ったってカンケーないけどさあ、やっぱ恨まれたらイヤじゃん? だからさ、早めに言って欲しいんだよねー、……オレ、柚月さんちじゃなくたってイイんだから」

「俺はいやだ。……お前が他の奴の家にいるのは、嫌だ」
 柚月は真顔だった。本気で言ってる、と気付いたハルは頬を赤らめたまま目を伏せた。
 嬉しかった。どうしようもないほど。

「あ……っ、成沢さんは別だぞ。お前が、成沢さんとこ行きたかったら、いつでも行っていい、……あの、……泊まるって、連絡くれれば」
 柚月の言葉で自分の吐いた嘘を思い出す。
 
 和臣が本命、ということになっているのをすっかり忘れていた。
「……臣のとこなら行ってもいいわけ?」
 声が冷える。自分が心にもないことを言ったのが悪い、と判っていても面白くない。

「ああ。……でも、金もらったりしたら駄目だぞ? 本当に好きなひとと、そのう、……するときは、自分に値段つけちゃ駄目だ。……俺の言ってること、判るだろう?」
 「……判ってないの、柚月さんのほうだよ、……」
 聞こえないほど小さな声で柚月を詰る。
 
(オレがなんで柚月さんにだけは買われたくないって言ったのか判んないの?)
 ふて腐れてハルは言う。
「オレ、……金もらっても、柚月さんとだけは寝ない」
「……うん」

「どんだけくれるって言っても、寝ない」
「判ってるよ。そんなに何度も言わなくても」
 苦笑いする柚月にハルは目を吊り上げた。
「判ってないよっ!柚月さんのバカッ!」

 鈍感、朴念仁、と心の中で悪態を吐きながら柚月に背を向けて歩き出す。
「ハル?」
 なぜハルが急に怒ったのか判らぬまま、それでも彼に付き従う柚月。

 アパートに帰り着くまでハルは仏頂面だったが、それでも柚月は顔を綻ばせていた。

 

 

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