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きみの手を引いて:32

 

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 

 第三十二話

 

    
「あれー、柚月さん起きてたんだ」
 パーテーションからひょこっと顔を覗かせたハルは、靴を脱ぎながら目を見張る。
「飲み過ぎで一日中起きれないんじゃないかと思った」

 顎の下まできっちりファスナーを上げたダウンジャケットも脱がずに、真っすぐ柚月の側に来る。屈託ない笑みを見せた。
「さっむかったー、雪降ってんだよ外。……オレもコーヒーちょうだい?」
「あ……ああ」

 自分のマグカップを用意するハルの柔らかい茶色の髪の毛が、柚月の肩の辺りで揺れる。少し濡れているのは雪のせいだろうか。
 それを見つめているのが、後ろめたい。
「あ! 洗濯物」

 顔を上げるハルの頭に柚月は顎をぶつけそうになり、身体を引く。
「……入れといた。洗濯物干す時間あるなら、朝メシぐらい食ってけよ。ヴィンテージでぶっ倒れるぞ」
「んんー、……食おうと思ったんだけどさ、……なんか、時間なくて」

「……?」
 ハルの口ぶりに違和感を覚える。何か言いづらいことを隠しているような口調だ。
「食欲ないのか?」
「ううん! 違うよ、寝……寝坊しただけ。環さんになんも食ってないって言ったらさ、サンドイッチ作ってくれたんだよー。タダでいいって。すげーラッキー」

 何かがおかしい。一見、いつもと同じように明るく振舞っているハルだが、目を合わせようとしない。
 訝しく思いながらも柚月は出来上がったコーヒーを二つのマグカップに注いだ。

 ハルは自分のマグカップを両手の平で包んで「あったかくていい匂いー」と言いながら嬉しそうにソファーに座った。
 柚月も続いてL字型のソファーの短い方に座る。

「まだ寒いか?」
 コーヒーを一口、二口飲んでもジャケットを脱ごうとしないハルに気づき、柚月は部屋の温度を上げようとエアコンのリモコンを目で探した。
「や、もうそんな寒くないから」

 言いながら、ハルは躊躇いがちにジャケットを脱いだ。下に着ていた黒いロングTシャツの右袖を気にしている。
 気もそぞろな様子で、Tシャツの右手首の袖を左手で押さえた。

「……どうした?」
「えッ、……別に、なんでも」
 うろたえ、柚月の方に顔を向けるハルの喉には、─── 絆創膏が貼られていた。

(な……)
 絆創膏を凝視する柚月に気付き、ハルはとっさに右手で喉を隠す。─── 袖が捲れ、露わになったその右手首には、解けかけた白い包帯。
 その隙間から赤く指の跡が付いた肌が覗いた。

「ど……どうしたんだ、それ、……お前、怪我して」
 柚月の言葉に驚くハル。
「……あの……これは……」
 柚月は、覚えていないのだ。昨日の夜、何が起こったのか。
 気付いたハルは、顔を赤らめながら袖を下ろして包帯ごとその痕跡を隠し、俯いた。

「大したこと、ないんだよ……。でも、環さん心配してくれて、今日はもう上がっていいって……そんで、こんな早く」
 柚月の耳はハルの言葉を素通りした。

 喉に貼られた絆創膏。利き腕の、赤い指の跡。─── 昨日はいなかった、監視する、自分。
 (……ああ。そういう、……)
 柚月は納得した。

 要するに、ハルは昨日、成沢と会っていたのだ。
(そのせいで付いた痕ってわけだ)
 帰ってきてから様子がおかしかったのも。言いづらそうな口ぶりも。

(……俺に気を使って)
 冷静になろうとする頭とは逆に、心臓の音がやけに大きく聞こえ出す。ごくり、と唾を飲んだ。
 
(動揺するな。判ってたことだろう。俺がいなけりゃハルは、気兼ねなく成沢さんに会える)
(笑って、言うんだ。……良かったなって。成沢さんに会えて良かったな、って)

 柚月はぎこちない笑顔をやっとの思いで拵えた。
「よ……良かったな、成沢さんに会えて……」
 だめだ、完全に棒読みだ。

 自分の演技力に絶望して頭を抱えたくなったが、これ以上ハルに気を使わせたくない。重ねて言った。
「……今夜も、会いに行っていいんだぞ。夕飯一緒に食ってくるといい」
「……」

 ハルは口を尖らせ、不満そうな顔を隠さない。─── 昨日の夜、あんなに潔白を訴えて、柚月さんだって判ってくれたと思ったのに。ちっとも覚えてない。なんかまた、臣がどうとか言ってるし!
(ぜんぜん思い出さないのかな)

 ハルは右手の袖を捲り上げた。解けた包帯を手首から取り去り、指の跡を晒す。喉の絆創膏も剥がした。
 強く吸われたそこははっきりと跡が残り、ハルが何をされたかを雄弁に物語る。
 柚月は目を逸らさずにはいられなかった。

「……成沢さんとは、会ってないよ」
 コーヒーの黒い水面を睨んでいた柚月は、ちらりとハルを見た。
 ハルは膝の上で赤い指の跡を擦りながら、そこに目を落としている。

(……今、成沢さんて)
 柚月が密かに気にしていた「臣」という呼び方ではなくて、成沢さん、とハルは呼んだ。
(……何か、思い出しそうな……)

 何かが頭の奥の方でひっかかっていたが、柚月は非難がましくならないように、柔らかく言った。
「俺に気使わなくていいんだぞ。……前から、会いに行けって何度も言ってるだろ。会ったこと誤魔化さなくていいから」
「会ってない」

 ハルは頑なに認めようとはしない。
 柚月の心がざわめき出す。─── どうして、そんなに認めようとしないんだ。反感が募る。
 それは同時に既視感を伴い、柚月を戸惑わせたが、口の方が勝手に動いた。

「……そんな痕付けられたくせによく言えるな。俺に見せつけてやれって言われたのか? そんなことぐらいじゃ動揺しない、判ってたからな……俺がいなけりゃ、成沢さんのところに行くって」
「柚月さんのバカ!! なんでそんなこと言うんだよ!!」

「なっ……」
 柚月は鼻白んだ。俺がいない隙を見計らってデートしてきたくせに、それ指摘されて逆ギレ?
 あんまりだろう、と言いかけた柚月は涙の滲んだハルの瞳に睨みつけられた。

 一瞬だけ顔を柚月のほうに向けたハルはまた俯き、唇を噛んだ。─── 柚月に付けられた赤い指の跡が目に入り、それを反対側の手で隠す。
 
「オレ、どこも行ってないよ! お……成沢さんにも会ってない、ずっとここにいたんだから」
「……そんなわけないだろう」

 ずっとここにいたのなら、情交の跡の説明がつかない。
 ……説明が、つかない……?
「……柚月さんが帰ってきて」
 ハルの声は小さかった。

「すげー酔っぱらってて、……成沢さんと会ったんだろう、って……オレ何度も、会ってないって言ってんのに信じてくれなくて、……腕、掴まれて」
「……ちょっと待て」
 掠れる柚月の声。頭の芯がしびれたように思考が止まる。

 指の跡を撫でながらハルは続けた。
「……腕、ここんとこ、……ぎゅうって掴まれて、痛くて……でも柚月さん離してくんなくて、……それから」
 右手の人差し指で、白い喉に付いた強く吸われた跡をなぞる。

「……あんまり引っ張るからパジャマのボタン、取れちゃった……腕も、指の跡、環さんとかに見られたらヘンな風に思われると思って、包帯巻いてたら朝メシ食う時間なくなっちゃうし……ノドだってバンソーコー、目立つけど仕方なく」

 朝。着替えたハルは、指の跡がはっきり残っていることに気付いて。身支度を整えようと洗面所に行けば、喉には唇の跡が付いていて。
(どんなにうろたえたことだろう)

 慌てて絆創膏で喉に吸い付かれた跡を隠して。片手でなんとか包帯を巻いて。
 思考が止まった柚月の頭の中に、まざまざとその姿が思い浮かぶ。
 
(……ボタン。さっきの、落ちてたボタン)
『やだ……っ、離して、柚月さん、いや』
 涙声。悲鳴。── ハルの。

 無理やりに引っ張られて取れたボタンが落ちていく。きつく吸い上げた白い喉に濡れた赤い跡が鮮明に映える。肩にかけられたハルの手が弱々しく押しのけようと ──。

『柚月さんが嫌なら違う呼び方にする』
『どこにも行ってないよ。成沢さんには会ってない』
『信じて』
『柚月さんがしたいなら、ちゃんと』

 ─── 思い出した。
 
 柚月は立ち上がっていた。真っ青な顔色で、ハルを見つめる。
「柚月さん……?」
 ハルは驚き、怪訝そうな表情で柚月を仰いだ。

 柚月は無意味にぱくぱくと口を開閉した。
 上手く呼吸が出来ない。背中に汗が噴き出す。─── 俺は、昨日の夜、一体何をした?
(最悪だ。最低だ)

「思い出した?……」
 ハルはほっとしたように笑んだ。これでやっと誤解が解けて柚月さんに信じてもらえる。
「オレ、ほんとに成沢さんに会ってないよ。これね、この跡、柚月さんが掴んだからだよ、このキスマー……」
「わーーーー!?」
 
 柚月は大声で遮った。遮らずにはいられなかった。
 ハルはきょとん、と柚月を見上げている。
 まるで大したことなど起こらなかったようにあどけない顔をしている彼に、柚月は息も絶え絶えで声を上擦らせた。

「……俺、……お前に、……お前を」
 
 セクハラだ。痴漢だ。強姦魔だ。
 情交の跡が成沢でなければ自分に決まっている。
 柚月はめまいがしてソファーに座り込んだ。

 頭を抱える。ハルの顔を、まともに見ることが出来ない。
「……ごめん」
 がっくりと肩を落とし、開いた自分の足の間から見えるフローリングの床に向かって謝罪する。

「ごめん。悪かった。……本当に、ごめん」
 他になんと言ったらいいか判らない。謝ったぐらいでは済まされないことをした。
 酔っていた、などと言い訳にもならない。

「あの、さー、……そんな気にしなくてもイイよ? こんなの、すぐ消えるし」
 ノドのはちょっと時間かかるかしんないけどー、とハルは脳天気に言う。
 
「……気に、しなくていい?」
 無邪気なハルに柚月は暗い目を向けた。
「酔っぱらって無理やり押さえつけて乱暴しといて? 自分がどれだけ自制が効かない人間か思い知らされて? ……気にしなくていいわけあるか……!」
 自分に絶望する。アルコールで理性を飛ばし、嫉妬の余り見境いがつかなくなった。

「もっと怒って罵ったらいいだろう! 最低だ、って言ったらいい。乱暴されたんだぞ! 強姦魔元気付ける被害者がどこの世界にいるんだ!」
 ハルはぽかんと口を開けて柚月をまじまじと見た。

 瞬きを繰り返しながら自分を見つめるハルの瞳から目を逸らし、柚月は立ち上がる。
「最悪だ……死んだ方がマシだ」
 逃げるように自分の部屋に向かった。
「ちょ、……柚月さん」
 
 後を追ったハルの目の前でドアが閉まる。
「ええ……? 死んだ方がマシって、……開けてよ柚月さん、誤解だってっ、触っただけ!」
 あろうことか柚月は、乱暴を働いてしまった、と思い込んでいるようだった。
(そんなこと柚月さんに出来るわけないじゃん)

 まさか自殺?
 不安になったハルは声を張り上げた。
「ヤってないよっ! 信じらんなきゃ確かめてみればイイだろ!」

 ドアが細く開いた。ハルの足元に暗い視線をさまよわせながら柚月は低く問う。
「……どうやって」
「あ、えー、と……えっち、してみる?」
 ばたんとドアが閉じた。

「あッちょっとっ! ヤってないんだって、ほんとに! 開けてってば!」
 柚月の誠実さを見くびっていた。ナメていた。酔いに任せてコトに及んでしまった、と思い込んでいるのなら自傷行為に走りかねない。
(あッたま硬いんだからっ……)
 
 ハルは舌打ちしてドアを叩く。
「柚月さん、……ほんとに最後までしてないんだよ……。ノド、跡ついてるけどそれだけで……あとは、あの、……パジャマの上から触られただけ……」
 思い出して恥ずかしくなり、ハルは声量を落とした。
 
 それが返って柚月の気を引いたのか、ドアが開いて彼の顔が覗いた。
「……触られた?」
「そう、……それだけ」
 どこを、とはさすがに具体的には言えない。反応したとなればなおさらだ。

 俯き、視線も合わせられずに耳まで赤く染めているハルの様子で、大体触った場所を特定した柚月はハルと同じくらい真っ赤になった。
「……ごめん」
「別に、……いいけど」

 嫉妬に駆られた柚月に触れられるのは辛かったけれど、その行為自体は嫌ではなかった。柚月に触れられたという事実は甘くハルを誘い、もっと触って欲しかった、という浅ましい思いに導く。
 それに対抗すべく、ハルはそっぽを向いて腕を組んだ。

「どうってことないもん、柚月さんに触られたって。犬に噛まれた、ってか、虫に刺された、ってカンジ? オレも気にしないから、柚月さんも気にしなくてイイよ」
「……」

 柚月は少し切なそうにハルの横顔を眺めた。─── 自分にとっては、酔ってハルに触れてしまったことは天地がひっくり返るほどの大事件なのに、ハルにしてみれば虫に刺された程度のことでしかないらしい。あるいはそれ以下か。
 
「……本当にごめんな」
「いいって、もう。─── コーヒー冷めちゃったよ」
 今、柚月をまともに見たらきっと、誘うような目付きをしてしまう。ハルは彼の側を離れると背中を向けて、マグカップを取り上げた。

 そんなハルの背中を柚月はただ黙って見つめていた。

   

   

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