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きみの手を引いて:33

  

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

   

  

 第三十三話

 

  
 その夜は雪が降っていた。しんしんと降り積もる雪はあらゆる音を吸い込む。
 静かな夜だった。
 ハルはなぜ自分がそんな気を起こしたのか、明確には判らない。
 
 ただ柚月は、酔ってハルに乱暴しかけたあの日以来、夜二人きりになるのを極力避けようと自分の部屋に引きこもるようになっていた。ハルに嫌われるようなことを、「預かりもの」に傷を付けるような真似をしてしまうのが怖かったのだ。
 
 ハルは、そんな柚月の気を引き、─── さらには、柚月を試したかったのかもしれない。

 自分が家出をした理由を知っても、柚月は変わらず、ここにいていいと言ってくれるだろうか。
 嫌わずに、軽蔑せずに、そばにいてくれるだろううか。

 ハルはコンコンと軽く柚月の部屋のドアをノックした。
「……どうした?」
 戸惑う柚月の声。それと共にドアが開かれる。
 
「話があるんだけど……」
 風呂上りで髪も生乾きのまま、頬を上気させたハルは柚月をじっと見上げて言った。
「入っていい?」

 なんとなくハルの様子がいつもと違うことに気付き、柚月は逡巡する。
 なるべくならハルを部屋に入れたくなかった。酔いにまかせて嫉妬に狂い、容易く一線を越えようとした自分と狭い空間にふたりきりになることは、ハルにとって安全ではない。

 それでもハルの真剣な目に気圧され、ドアを大きく開けた。
 ハルをベッドに座らせ、柚月はパソコンデスクのチェアに腰掛けると足を組んで向かい合う。
 部屋に引きこもる時に持ってきていた缶ビールを一口飲むと、それで空になってしまった。

「あ、……ビール」
「いや、いい。……それで、話って?」
「うん、……オレ、柚月さんに黙ってたこと、あって」

 湯上りのパジャマ姿でベッドに腰掛けているハルはひどく色っぽく、柚月はすぐに自分の過ちに気づいた。リビングで話すか、せめて自分がベッドに座り、ハルにこの椅子を譲るべきだった……!

 柚月の後悔など知らず、ハルは静かな表情を俯けている。
 小さな声だった。
「……オレの、名前。ハセガワ ミハルっていうんだ……」
 ミハル、と柚月は口の中で呟く。その名は柚月の心に温かく流れ込む。本当の名を教えてくれたことが純粋に嬉しかった。
 
「目を瞠る、だよ。ヘンな名前。……本当の名前、苗字変わる前はね、桐嶋 瞠だったんだけど、今は長谷川。……あのひとの子供になったから……。オレ、名前、言いたくなくて、知られたくなくてずっと黙ってた……。ごめんなさい。あのひとと同じ苗字だから、イヤだったんだ……。」

 柚月は辛そうに声を掠れさせるハルを見つめながら、「ハルを預けたい」と電話で話した成沢の言葉を思い出していた。
(「ハルはその養父と……」)
 
「前、施設から引き取ってくれたひととケンカしたって言ったよね。あれ、ウソ」
 一瞬言いよどむハル。柚月に嫌われたくなくて心が揺れる。
 それでも口を開いた。
「─── ほんとはオレ、そのひとと寝たんだ」

 静かだった。車の通る音さえ聞こえない。
 サイドテーブルに置かれた目覚まし時計の時を刻む音だけが、やけに大きく響く。

「……戸籍上の父親と寝たんだ。軽蔑したでしょ。サイテーだよね。─── 出て行って欲しくなった?」
 ハルは俯いたまま柚月を見ようとしない。柚月がどんな目をしているか確かめるのが怖かった。膝の上で握りしめた手の震えが止まらない。

「─── 知ってたよ」
 柚月はハルを刺激しないように落ち着いた声を出した。
「成沢さんから聞いた。お前がいなくなった時に成沢さんから電話あって……その時、聞いた」

 思わず顔を上げたハルは柚月をまじまじと見つめる。次いで頬を真っ赤に染めると柚月から目を逸らし、吐き捨てるように呟いた。
「……あのエロオヤジ殺してやる……!」

「成沢さんは俺の気持ち判ってたから教えてくれたんだ」
「俺の気持ちって? それ聞いて軽蔑したんだろ! 知っててなんでヘヴンに来たんだよ!?」
「軽蔑なんてしてない。……それ聞いても好きだったから迎えに行ったんだ」
「……」

 柚月の率直な言葉にハルは赤らんだ顔を上げることが出来ない。─── どうしてこう柚月は、自分の一番欲しい言葉を事も無げにくれるのだろう。
 ハルは柚月のベッドの上で膝を抱えた。

「ウソだ。血ィ繋がってなくても父親と平気で寝るような奴、なんで好きになれんだよ。オレは嫌い、そんな奴大嫌い」
「……平気じゃなかったから、『そんな奴大嫌い』なんだろう」
 
 静かに言う柚月をハルはちらっと上目遣いで見る。どんな目で自分を見ているのか気になった。
 柚月はいつもと変わらない、優しい目をしていた。
 
 ハルは不意にベッドから下りると柚月の部屋を出ていく。すぐに戻ってきたハルのその手には缶ビールがあった。
「……はい」
 柚月に手渡す。

「ああ。……お前が飲むって言い出すのかと思った」
 プルトップを開けながら柚月が言う。
 ハルは口を尖らせた。
「飲まないよ。未成年だからダメ、だろ?」

「当然だ」
「ケチ。……臣なんかさ、名前も知らない内からオレにビール飲ましたよ」
「……」

 わざと『臣』を強調したハルに柚月はむっとして口を噤む。ベッドに這い上がり、また膝を抱えたハルは微かに笑ってみせた。
「ごめん。もう言わない」
「別に。いくらでも惚気ぐらい聞いてやる」
「ごめんて」
 嫉妬を隠そうとしてぶっきらぼうな口調になる柚月にハルは困ったように笑った。

 その笑顔がすう、としぼむように消えてゆく。
 柚月と出会ったばかりの頃のような、自分の心の深遠を覗きこむ暗い目をしてハルはぽつりぽつりと話し出した。

「……長谷川さんはね、すごくいい人だった。前、話したよね。……縁もゆかりもないオレのこと引き取ってくれて、優しくて、品が良くて、声荒げたとこなんか一回も見たことない、……オレみたいにガサツで、アタマも口も悪いのとは全然違う……。オレ、嬉しかったんだよね。自分の家があって、自分のこと気にかけてくれる人がいて、っていうの。─── だから、長谷川さんにキスされた時、びっくりして、でも、……これ嫌がったらマズいんじゃないかって、……思った」

 膝を抱えたまま、ハルは何もないベッドの上に視線を落としている。
 その目は何も見ていない。柚月にはそれが痛ましくてならなかった。
「ハル、……言いたくないなら」
 
 ハルはかぶりを振った。
「……そういうの、だんだんエスカレートしてきて……触られたりとか、手コキとかフェラとかされて、は……恥ずかしいからイヤだったけど……でも……イヤだって言えなくて……嫌われて、出てけって言われたらどうしようって……そんで……」

「もういい、話さなくていい」
「─── 長谷川さんが中に入ってきて」
 顔の半分以上を膝に埋めて、それでもハルは話し続けた。その目の縁が赤くなっているのに気付いて柚月は顔を背ける。とても見ていられない。

「さすがにめちゃくちゃ痛くてさ、初めてイヤだって言ったけど止めてくれなかった。それまでさんざん好き放題させといて痛いからイヤだっつったって、そりゃ止めないよね。……イヤだって言っちゃったな、止めてくんなかったけど、嫌われたかな、ってびくびくしてたんだけど、……長谷川さん、何も言わなかった……。何にもなかったみたいに、優しくて上品で、……オレに触るようになってからとおんなじちょっとヘンな目で見るだけ……。オレ、それが怖くてさ、なんで何も言わないんだろって……オレは長谷川さんの子供で、長谷川 瞠で、だからこんな事したらいけないはずで……十日ぐらいして傷が治ったころ、長谷川さんにキスされて、夜、部屋に行くからって言われたんだ。頷いて……鏡見たらオレ、顔、真っ青で……ちょっとコンビニ行ってくるって外出て、そのまま、……帰れなくなっちゃった……」

「……」
 柚月は掛ける言葉も見つからず、そっとハルの頭を撫ぜた。普段なら、子供扱いするな、と噛みついてくるハルが大人しく撫ぜられるままになっている。
 柚月の指はしばらくその柔らかい髪の毛を梳いていた。

  

  

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