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きみの手を引いて:36

 

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

  

 第三十六話

  

  
「─── どうしたの、柚月さん」
 ハルはコーヒーサーバーを手に振り向いた。
 明るいリビングには淹れたてのコーヒーの香りが漂っている。

 ダイニングテーブルには目玉焼きとウィンナーソテー、昨日の残りのサラダ。たった今焼けたばかりのトーストを皿に乗せ、ハルはバターと共にテーブルに運ぶ。
「コーヒー入ってるから持ってきてー」

 ハルに言われ、柚月はコーヒーが注がれた二つのマグカップを手に、テーブルの脇に立った。
「いただきまーすっ」
 いつもどおりの旺盛な食欲を見せるハル。側にぼーっと立つ柚月の様子を全く気にも留めていない。

「食わないの? 遅刻するよ」
「あ……ああ」
 柚月はハルのマグカップをテーブルに置き、自分の分は持ったまま椅子に腰掛ける。コーヒーを啜った。

「美味い?」
 箸の先を口に咥えながらハルが訊く。柚月は頷いた。
「……ああ。ずいぶん上手く淹れられるようになったんだな」
「お客さんが少ないときとかさ、環さんに淹れ方教えてもらってるんだー」

 褒められ、にこにこと嬉しそうに笑うハルを見て、柚月は昨日の夜の出来事が夢だったのではないかと思い始める。
 自分の部屋で話しただけ。ハルには指一本触れていない。
(……そんなわけない)

 ハルの瞼がわずかに赤く腫れていた。自分に無理やり組み敷かれ、泣いたせいだ。
『やあ……っやだ……やめて……』
『……いた……いたい、よ……ゆづきさ……』

「────」
 柚月は手の平で顔を覆ってうな垂れた。
(……謝れ。謝らないと。土下座だ。今すぐ)
(なんて言って? どうしても自分のものにしたかったからレイプしてしまいました、ごめんなさいってか?……許すわけないだろう)

(許されるはずがない)
 他に思うひとがいるハルをこの手でめちゃくちゃにした。
 顔が上げられない。
 ハルを正視できない。

「─── ごちそうさまでした」
 柚月がうな垂れ、ぐったりと椅子に座り込んでいる間にハルは食事を終えて席を立った。空いた食器をシンクに下げる。

 水の音が柚月の耳を打つ。キッチンに立つハルの背中をこっそりと見つめた。
(……なんで……何も……)

 ハルが何も言わず、普段と何一つ変わらないのが不思議だった。
 本当なら罵られ、殴られても仕方がないはずだ。さもなければ出て行く、と言い出されるか。

 柚月の方は死にそうなくらい落ち込み、ハルの目もまともに見られないというのに、ひどいことをされた当の本人は何事もなかったかのような顔をしている。
(……そうだ。前にも)

 ハルには、以前からそんなところがあった。
 熱を出した柚月に無理やり頬を触らせられた時も。酔って帰った柚月がセクハラ紛いの行為に及んだ時も。

 こんなの大したことない、と言わんばかりに何事もなかったように振舞った。
 いつもと何も変わらないのだ、と態度で示して、その実は。
(泣くほど嫌なのを必死で我慢していた)

 以前とは程度の違う、今回のことでさえハルは我慢して「ぜんぜんヘーキ」と誤魔化すのだろうか。
 ─── いつもと変わらない日常を送る為に。

 柚月はほとんど無意識に立ち上がり、ハルに近づいていた。
「……ハル」
 至近距離で背後から呼びかけられたハルの変化は劇的だった。

 びくッと身体を竦ませたのがはっきりと判る。みるみる耳まで赤く染めると、食器を洗う手を止め、柚月から少し離れてタオルを手に取った。
「あ、……びっくりした。急に後ろにいるから」
 手を拭きながら目を伏せて、合わせようとしない。

 さっきまでの普段どおりのハルはやはり、そう振舞っていただけで ─── 本当は我慢していたのだ、と柚月は気付かされる。
 もう言葉が出ない。なんと言っていいのか、判らない。

 リビングがしん、と静まり返る。
 気詰まりなその沈黙を嫌い、ハルは口を開いた。
「……オレ、もうバイト行く」

 明らかに時間が早かった。いつもは柚月の方が先に家を出て、それからハルが洗濯物を干す。それでも充分過ぎるほど間に合う。
 言葉を失い、一歩も動けなくなった柚月をそのままに、ハルは慌しくダウンジャケットを着込む。

 スポーツバッグを肩に掛け、部屋を出て行く。バタンと玄関ドアが閉まる音がやけに大きく、柚月の耳に響いた。

    

    

    

    

 エレベーターに乗り込むとハルは壁に凭れた。
 はあ、と息をつく。
 身体が痛んで、だるかった。正直なところ横になりたい。

(……いち、に、さん、よん、……四ヶ月? 臣、じゃなかった、成沢サンとはやんなかったからそんなもんか……)
(けっこう、かなり、キツイかも……ブランクのせい、……それとも柚月さんが)
 強引だったから? と考えて、それを打ち消そうと咳払いする。それさえも身体に響く。

 本当は椅子に座るのも辛かった。平気な顔が出来たのは、柚月が起きてきたときのシュミレーションをしていたからだ。
(……まさか、あんな真っ青な顔色で起きてくるとは思わなかったけど)

 柚月の部屋のドアがものすごい勢いで開き、青ざめた彼が心底不安そうな表情で出てきた時を思い出す。
(……びっくりした。柚月さんが起きてきたら、って考えてたこと全部飛びそーだった)

 柚月の顔を見た途端、心臓が激しく鳴り出した。気取られないよう、平気な顔をして普段どおりに話しかける。だるくてよく動かない身体を叱咤して、痛くても表情に出ないように気をつけた。
(大丈夫、だったよな。カラダのこと、……バレなかったはず)
(……最後だけ失敗した。柚月さんがいきなりそばで「ハル」って呼ぶから)

『……ハル』
 
 昨日の夜、耳元で囁かれた柚月の声を思い出してしまった。また顔が赤らんでくる。
(さい……最後までしてくれるなんて、思わなかった。……柚月さんに触って欲しくなって誘ったけど、……嫌がられると思ってた、から)

(……オレ、昨日、……へ……へんじゃなかった、かな……? 嫌われて、ないかな……)
(ヘンだったかも……誘ったり、して……みっともなかったかも……)
(……浅ましい、とか……思われてたらどうしよう……?)
 
 さっき離れたばかりなのにもう柚月に会いたくなってきた。上手くしゃべれなくても構わない。部屋に戻ろうかと思いかけて、階数ボタンを見る。
 五階のままだった。ボタンを押し忘れたのだ。

(……か、かなり浮ついてんな、オレ)
 軽く舌打ちをして、「開」と「1」のボタンの間で迷った指先は結局、─── 「1」を押した。

  

   

   

   

   

 ヴィンテージの裏口から続いているカウンターに入ると、物音で気付いたのか、住居になっている二階から環が驚いた様子で下りてきた。
「早いね、ハルくん。どうしたの」
 
「ちょっと……早起きしちゃって。すいません。迷惑だったらコンビニかどっか行ってます」
「いや、いいよ。早く開けても構わないしね。……?」
 言いながら環はしげしげとハルの顔を見つめる。

「─── 顔色、良くないよ」
「え……そ……そうですか?」
 歩いて来る道すがら、少し気分が悪くなっていた。

「うん。ちょっと休んでなさい。朝ごはんは食べてきた?」
「はい、……」

 話しながら、従業員の休憩室として使っているカウンター裏の倉庫に入る。コーヒー豆の入った袋や缶詰の並んだ棚の隣に置かれた長椅子に横になるようハルに勧めた環は、二階から毛布を取ってきてハルの上に掛けた。

「ありがとうございます、……そんなヒドい顔してました? オレ」
 辛そうに大きく息をつきながら苦笑いするハルに、環は困ったような笑みを返す。
「まあね。今にも倒れそうって感じ、……原因は、要?」
「え」

 ハルは驚いて、まじまじと柚月に似た環の優しい目を見つめた。
「こないだは腕、怪我してたね。喉も。……差し出がましいことは言いたくないから黙ってたけど、もし要が、その……ひどいことをするなら」
「いえっ、違います!」

 思った以上に大きい声が出てしまい、焦ったハルは口を塞いだ。
「……」
 おそるおそる手を外し、長椅子の側で黙って言葉を待つ環を見上げた。

「……ちが……違うんです。柚月さんは、優しいです。……オレの好きなひとに会って来いって言ってくれたりして……」
 言葉を途切れさせたハルは真っ赤になる。小さな声が本心を告げた。

「……でも、オレ、柚月さんが好きなんです……」

 環は驚いた風もなく頷き、ハルの傍らに腰掛けた。
「うん」

「……気持ち悪い、ですよね……? クビ、ですか?……」
「どうして?」
「どうしてって……。こんなの……ヘンだから、雇えない……」

「クビにはしないよ。OLさんや結構遠くからハルくん目当てで来てくれる女子大生さんに恨まれてしまうから。……それに僕だってきみがいてくれると助かる。仕事を覚えるのは早いし、手際もいい。要が高校生の頃とは雲泥の差、……あいつがバイトで入ったとき、カップとソーサー何個割られたと思う?」

 一ヶ月で十を超えた、と環は苦々しく顔を歪める。
 ハルはぱちぱちと目を瞬かせた。
「柚月さんが? 信じられない」

「箱入り息子で洗い物ひとつしたことなかったからね、あいつは。掃除も出来ない、サイドメニューの盛り付けも出来ない、さすがに愕然としたよ。従兄弟でなきゃそれこそクビだ」
「今は食器割ったりしないです。料理も上手だし、部屋もきれいだし、洗濯物もちゃんと畳んで」

 言い募るハルに環は、にやっと笑ってみせる。
「知ってるよ、今はちゃんと出来るって。要のこと庇うんだ」
 ハルはますます赤らんできた顔を毛布を引き上げて、半分隠す。

 そんなハルの様子をただ穏やかな目で見ていた環は、ゆっくりと静かに言った。
「……きみが要のところを出てった時、あいつ血相変えてここに来てね。「ハルがいなくなった」って。寝不足でげっそりしてて、見られたもんじゃなかった。……要もきみが好きなんだね」

「わか……判んないです。……前は、好きって言ってくれたけど、……後悔してるかも」
「……後悔してそうなの?」
「……」

 昨日の夜、柚月はあの後、何も言ってくれなかった。
 身体を起こした自分を茫然と見つめ、うろたえていた。どうしたらいいか判らない、とその目の色が言っていた。

 ハルもどうしたらいいか判らなかった。身体はだるいし、腰は痛い。中に出された柚月の精液をどうにかしないと、と麻痺した頭で考え、浴室へ向かった。後始末を終えて湯に浸かっていると身体が楽になり、正気に戻ってくる。そうなるとあられもない声を上げて二回も達してしまった自分が恥ずかしくて、もう柚月の部屋には行けなかった……。

「……」
 黙り込んでしまったハルをしばらく環は見つめていたが、長椅子から腰を上げた。
「体調良くなったら店に出ておいで。開店までまだ時間あるし、……あんまり具合が悪いようなら要に迎えに来させるよ。お前のせいだろって叱ってやる」

「いえ! 大丈夫ですっ、すぐ良くなりますから!」
 半分本気らしい環の言葉にハルはまた顔を赤らめて、毛布を被った。

 

 

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