« きみの手を引いて:37 | トップページ | 三十八話まで更新。 »

きみの手を引いて:38

  

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 

 第三十八話

 

         
 ─── 普段と何も変わらない。

  
 ふたりが日常を暮らすための、暗黙の了解。その空気が部屋を満たす。
 それでもふとした折に、お互いの言葉の、行動の端々に、どうしようもないぎこちなさが見え隠れする。

 今までと同じように話しかけるのはハルのほうが多かった。
 違うのは。
 その目が、切なく柚月を追う。もっと話したいのに何を話せば良いのか判らない、というふうに口ごもり、柚月を前にして徐々に赤くなっていく顔を伏せる。

 次の瞬間には「なんでもない」と頭を振って笑ってみせるものの、以前には見せた事のなかったハルのそんな態度を目にする度に、柚月は心に拷問を受けていた。

 このままでいいはずがなかった。土下座をしてでもハルに許しを乞い、自分から遠ざけなければならない。
 
 ずっと恋焦がれていたハルが、自分の腕の中で艶かしく喘ぐ姿は鮮烈に脳裏に焼きついていた。
 もう一度、触れたい、と。あの声が聞きたい、と。
 幾度となく思った。

 そう思うこと自体も柚月には拷問だった。─── 強姦しておきながら、またハルを犯して自分の与える快楽で泣かせたいと思っている。
(最低だ)

 罪悪感に耐えかね、無理を承知であやに「預かって欲しい」と頼んだが断られた。環に託そうか、とも思ったが、そうするには全ての事情を ─── 恐らく、ハルが売春をしていたことも話さなければならない。

 ハルがアルバイトを続けていく為にもそれは避けたかったし、例え話したところであの年上の従兄弟はハルを預かってはくれまい。「自分で責任を取れ」と ─── 高校生の頃バイトしていた時にさんざん言われた ─── 小言を言われるさまが目に浮かんだ。
 
 そうなるとハルが身を寄せる先は、 ─── 成沢のところしかない。
 ハルの為を思うなら、今すぐ成沢の元に帰さなくてはならない。

 今日こそ成沢の元に送っていこう、と毎日考える。自分は変質者で強姦魔だ。ハルと一緒に暮らしていていいわけがない。

 けれど、成沢とハルが一緒に暮らし始めたら ───。
 あの姿を、自分が我を忘れてのめり込んだあの仕草を成沢にも見せるのだろうか?

 見せるだろう。当然だ。ハルが本当に好きなのは、成沢なのだから。
(……あんな、風に……あのひとにも……)
 相手が成沢なら自分の時以上に、遥かに扇情的に ───。

 それを想像して、柚月はかっとなる気持ちを抑えられなかった。

 自分には聞かせない声。自分には見せない表情。
 ハルに思いを寄せられている成沢は、容易くそれらを手に入れることが出来る。無理を強いた自分とは違う、想う人にだけ見せるハルの媚態やあえかな声を思い、気が狂いそうになった。

 ハルの身体を思いのままにしたことで柚月は返って嫉妬の炎に炙られ、成沢の元に帰れと言えなくなっていた。
(なら、いっそあやの言うように)
 「自分のものになった」ような顔をしてハルを抱きしめたらどうだろう。

 それは抗いがたい誘惑だった。今、手を伸ばしてハルを掴まえたら、あの夜のハルが、自分の腕の中で快楽に泣き、「柚月さん」と涙声で何度も自分を呼んだハルが手に入るかもしれない。

 一度、自分を受け入れたハルは今度は抵抗しないかもしれない。

 そんな見え透いた、下衆な、ひとたび寝て自分の所有物になったから抗わない、というような傲慢で横柄で薄っぺらいことを一瞬でも自分が考えた、ということに柚月は打ちのめされた。落ち込んだ。

 視線をうろうろとさまよわせ、なるべく距離を取ろうとする柚月をハルは切ない目で追う。
 ハルは ───。
 「自分のものになった」と柚月に思われても、良かった。

 元より誘ったのは自分の方だ。柚月に性欲処理に都合の良い、セフレだ、と思われたところで仕方がない。「自分のものになった」と柚月が思ってくれるなら、それは僥倖だった。
「……」
 
 そう思うのは惨めだった。柚月はあの夜以来、目も合わせようとせず、ろくに口も利いてくれない。自分の身体が気にいらなかったからか、それとも、男を平気で誘う淫乱な奴だ、と呆れられたのか ───。

 みっともなく誘ったりしなければ良かった。柚月に縋りついてキスをねだったり、触って欲しがったりしなければ良かった。
 柚月から見たらどんなに浅ましくて、滑稽で、惨めだったろう。

 柚月にどんな風に思われるか、考えもしなかった。ただ、柚月が好きで、触れたくて。触れて欲しかった。
 柚月に嫌われるくらいなら、何もしなければ良かった。

(嫌われた)
 その考えはハルの目に涙を浮かべさせた。
(嫌われたんだ、オレ)
 
 どうしたらいいか判らない。一緒にいるのが耐えられない、とばかりに寝室に引きこもる柚月の気を引きたい。

 表面上は穏やかに日々は過ぎて行き。  
 ─── 気がつけば、あの夜から一週間が経っていた。

   

   

   

 風呂から上がった柚月はキッチンに向かった。ソファーに座ってTVを見ているハルをちらりと見るがすぐに視線を逸らす。 
 冷蔵庫から缶ビールを取り出し、その場で一口飲んだ。

 本当なら、ハルに風呂が空いたことを告げ、湯が冷めない内に入るように促すべきなのだろう。実際、以前ならそうしていた。
(『もー、うっさいなっ。まだTV見てんのに!』)

 ハルが生意気な口調で言い返してきたことを思い出す。
 きっと、ハルは今でも同じように返答するだろう。─── みるみる頬を染めて、首筋まで赤くしながら。

 あの夜からハルは柚月がそばにいたり、─── 自分から話しかける分にはともかく ─── 柚月が話しかけたりすると極度に緊張するようだった。それはそうだろう、と柚月は思う。
(トラかライオンか……ああ、オオカミか……と同じ檻に入れられてるようなものだからな……)

 一度食われて、自分と一緒にいるのはオオカミだと気付かされたハルはそれでも、気丈だった。逃げもしないでこうしている。
(……行くところがないから仕方がない、か……)
 無意識に唇を噛み、柚月は飲み差しの缶ビールを持ったまま自分の部屋に向かう。

「柚月さん」
 ハルの小さな声が、引き止めた。振り向くと、つ、と近寄ってくる。
 柚月の心臓が跳ね上がった。

「……何だ」
 低い、ぶっきらぼうな声が出る。ハルが自分に近づくのを牽制し、自分もハルに対して妙な気を爪の先ほども起こさぬようにする為だった。

 ハルはその声色に一瞬怯み、少し悲しそうな目をした。すぐに、にこりと笑みを浮かべる。
「あのさー、もうすぐ柚月さん、誕生日だよね」
「え、……ああ。そうか、……何で知ってる」
「環さんが教えてくれたんだー」

 物覚えの良い従兄弟だ、と柚月は感心した。自分は、と言えば環の誕生日はおろか、自分の誕生日も忘れていたくらいだ。ハルの誕生日は知らない。最初に、詮索するな、と釘を刺されて以来、ハルが話さない限り柚月は何も知ることは出来なかった。
 
 ハルの誕生日が知りたい、と思った。訊いたら、教えてくれるだろうか。それとも、「アンタにはカンケーない」とそっぽを向かれるだろうか。
 ……後者だろう、と黙り込んでいると、ハルは首を傾げて柚月を見上げた。

「なんか、欲しいもの、ある?」
 柚月は虚を衝かれた。

「オレ、……判んなくてさー、柚月さんが何が欲しいか、……ほんとはちゃんと察してさり気なーく、ハイって渡す方がカッコいいんだろうけど、そうしたかったんだけど、……やっぱ、判んなくて。……何がイイ、かなあ……?」

 にこにこと笑うハルの瞳の奥に不安が揺れる。
 そんなハルを、柚月はまじまじと見つめた。
 ── 自分に、誕生日のプレゼントをあげたい、と?

 余りにも、思いも寄らないことだった。
 あんなにひどいことをした自分に。他に思うひとがいると知りながら、その行為を止めようとしなかった自分に。力ずくで抵抗を封じた自分に。

 ハルは、誕生日だからプレゼントをあげたい、と言う。
 言葉を失う柚月にハルは慌てて付け足した。
「あのさー、あんま高価いものはダメだよ?ぶっちゃけ三万以内」

「三万、……そんなに使ったら、お前自分のものほとんど買えないじゃないか」
 本気で言っているらしいハルに柚月はうろたえた。
 思い止まらせようと ─── 自分はハルから贈り物をされるに値しないのだ、と心が疼き、言い募る。
「PSP欲しいって言ってなかったか。服も、靴もバイト代入ったら買うって言ってたろう」

「いいんだよ、ゲームも服も逃げるわけじゃねーもん。次の給料で買う」
「いいから自分のもの買うか、貯めとけ。もったいない。それこそ俺が逃げるわけじゃないんだから」
「─── ウソだ」

 ハルの声のトーンが変わった。柚月は、はっと目を瞠る。
「ウソだ。柚月さんは逃げるよ。オレのこと、避けてる。知ってるよ、ちゃんと。……やっぱり女の子のほうがよかった?」

 俯き、表情を隠したハルの小さな声は震えていた。思わず柚月は一歩踏み出す。
「は、……」
「……ごめん! ヘンなこと言った。忘れて、」
 ハルは後ずさり、俯いたまま手の甲で目をごしごしと擦る。

 顔を上げて、柚月に笑顔を向けた。
「─── 何がイイか、決まった? あのさ、何も思いつかなかったら、でいいんだけど、マフラーとかどうかなあ? ヴィンテージ行く途中に、ショップ……」

「ハル」
 硬い声で名前を呼ばれ、ハルはびくんと身体を竦ませた。
「……何も、いらない。お前からは、もらえない」
「あ……」

 断固とした柚月の言葉にみるみるハルの笑顔が萎んでいく。
「……オレ……あの……柚月さんに喜んで、欲しくて……」

 自分を避ける柚月の気を、引きたかった。自分が近寄ると硬直する柚月に、話しかけると警戒するような目を向ける柚月に、少しでも好かれたかった。

(『何もいらない。お前からはもらえない』)
 けれど、柚月には迷惑なことだったのだ。
 ずっと、あの時から。浅ましく柚月に縋りついて触ってもらった時から。
(柚月さんに嫌われてた)

「……も……みっともないこと、しないから……」
 ハルの瞳に浮かんだ涙は、足元のフローリングをぼやけさせる。
「……近づいたり、へんなこと、……したり、しないから……気持ち悪い、こと、させたりしないから……」
 潤んだ目の縁から、一粒、転がり落ちた。
 
「オレのこと、嫌わないで ───……」

 

 

    押して頂けると嬉しいです    

      目次next≫

  

   *投票していただけると励みになります。

     ←ネット小説ランキングの人気投票です。

   にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
   にほんブログ村  ←クリックすると投票になります。

    ←クリックすると投票になります。

« きみの手を引いて:37 | トップページ | 三十八話まで更新。 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: きみの手を引いて:38:

« きみの手を引いて:37 | トップページ | 三十八話まで更新。 »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト

リンクⅡ

  • 拍手お礼画像等を使わせて頂いています


  • アルファポリス


     
  • 雪ひろとさんと鷹槻れんさんのサイトです。


ブログバナー

  • Bromance

    リンクフリーです。報告は任意でお願いします。
無料ブログはココログ