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きみの手を引いて:39

 

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 

 第三十九話

 

   
 俯いて、ぎゅっと閉じたハルの目の隙間から、涙が溢れてこぼれる。
「……ごめ……ごめんなさい……っ、へんな、こと、してごめんなさいっ……もうしません、みっともないことしません、……気持ち悪いことさせてごめんなさい、もう、しなくていいから、触ってくれなくていいから、……」

 ひっく、ひっくと言う声が混じり、肩が震える。
「……もう、柚月さんの嫌なことしないから……っ」

 ハルは顔を真っ赤にして泣きじゃくっていた。ベッドの上で見た色っぽい泣き顔とは違う、完全に子供のそれに柚月は手を伸ばして、抱きしめたくなる。
 伸ばそうとしたその手で缶ビールを持っていることに気付く。それで我に返った柚月は温くなった缶をカウンターに置いた。ぐっと拳を作る。─── 抱きしめる資格などない。

「─── 嫌ってなんか、ない。謝るのは、俺の方だ」
 震えるハルの肩を見つめる。また、泣かせてしまった。
 やっぱり俺は駄目な奴だ、と柚月は頭を下げた。

「……ごめん。すまなかった。……」
 驚いて、─── ハルの涙は止まった。しゃくり上げる名残ですぐには言葉が出ない。

「本当なら、あの夜すぐに謝るべきだった。お前をそんな風に泣かせるぐらいだったら、せめてもっと早く謝れば良かった。─── 嫌ってなんかない。気持ち悪いなんて思ったことない。……お前が欲しくて、歯止めが、利かなくなった」

 のろのろと顔を上げた柚月は、驚きに目を瞠るハルの長い睫毛が涙に濡れているのを見つけて、うな垂れた。

「……お前が成沢さんを好きでも構わない、と思った。抵抗しても力で俺に勝てるわけないって……今なら……お前を自由に出来るって……、ごめん。本当に悪かった、……」

「───………」
 ハルはぼんやりと、顔を歪めて謝罪の言葉を口にする柚月を見つめた。
 ─── 嫌われた、わけじゃなかった。

 嬉しい、と思うより先にほっとしてしまい、気が抜ける。柚月に嫌われてしまった、でも柚月からはっきり「キライ」と言われたら死にそうなくらい辛い。そう言われたくなくて、ずっと気を張っていた。
 その緊張が解けた今、安堵の余り足元がふらつきそうになる。

 一心に見上げるハルに、柚月はぽつりと言った。
「……許して欲しいとは言わない。許されるとは思ってない」
 そして自分の部屋へ入ると、手早く着替えて出てきた。普通のセーターにジーンズ、手にはいつものダウンコート。
 ハルはジーンズの似合うその長い足に見惚れながら、顔に視線を移す。

 無表情で柚月は言った。
「……送っていくから、上着を着て」
「え……? どこ……」
「成沢さんのところだ」
「───」

 ハルは言葉を失った。
「……ここには置いておけない。判るだろう。どんな、ひどいことをされたか、覚えてるだろう。……一緒には、いられない」
「ゆづきさん」

 あどけない、と言ってもいい声でハルは柚月を呼んだ。それはあの夜の声を思わせ、柚月は頭を横に振る。
「そんな声で呼ぶな」 
 ハルに背を向け、ダウンコートに袖を通す。ロフトのカーテンの隙間から白いダウンジャケットを掴み出して、ハルに差し出した。

「柚月さん、オレ」
「呼ぶなって言ったろう」
 ジャケットを受け取ろうとしないハルに無理やり押し付ける。ハルは仕方なしにそれを両手で抱えた。

「着なさい。外は寒い」
「───……」
 年上の、分別のある大人としての命令だった。ハルは柚月が本気なのだと悟り、目を潤ませながらジャケットを着込む。
 
「……オレ、ここにいたらいけないの……?」
 ハルの小さな、子供じみた声にパーテーションを回り込もうとした柚月は立ち止まる。
 ゆっくり振り向くとハルの涙の浮かんだ茶色い瞳が、じっと柚月を見つめた。

「─── ああ。駄目だ。成沢さんのところに行くんだ」
 ─── それであの夜のハルが成沢のものになっても。たった一夜だけ自分のものになったハルが全部成沢のものになっても。
 ハルの幸せの為なら、自分の気持ちなどどうなっても構わない。

(『オレ、好きなひとがいるんだ。……金持ちで優しくて、あんたと大違い。……あんたなんか大嫌い。金もらってもあんたとだけは寝ない』)

 ハルの言葉を今さらながらに思い出す。
(……金をもらっても嫌な相手に無理強いされてどんなに辛かったろう。やめて、と泣いていた。俺はそれを無視した……嫌がってるのを承知で、俺は)
(暴力を、振るった)

 押さえつけて無理やり身体を開かせた。痛みに震えるハルの涙声が次第に快楽に煽られていくのを聞いて歓喜した。どうして今までこうしてはいけなかったのか、とさえ思った。
 ─── ハルがそうされたくなかったからだ、ということが頭から消えていた。

「─── 判った、……」
 ハルの呟きがあのひどい一夜に意識が飛んでいた柚月を現実に引き戻す。

 すっと柚月の脇を通ったハルは、黙って靴を履いた。ふたりでいっぱいになってしまう玄関に柚月が足を下ろそうとすると、ハルは頭を振って止める。

「……送らなくていい。ひとりでヘーキ、……」
 ハルは新たな涙を目の縁に止め、玄関ドアを開けた。
 足早にエレベーターに向かう。待つのがもどかしく、階段に踏み出した。

「……」
 ハル、と呼び止めかけて声にならず、柚月は玄関を飛び出した。階段を下りる足音がしている。

 送らなくていい、と言われてもそういうわけにはいかなかった。成沢の元にハルをきちんと送り届け、宜しくお願いします、と ─── 出来ることなら恋人にしてやって欲しい、と頭のひとつも下げてやりたい。自分の土下座でハルが幸せになるのなら、ヘヴンズブルーでだって出来る。

 ハルを追いかけて柚月もまた、階段を駆け下りた。

  

  

   

   

 白いダウンジャケットの肩を落として、俯き加減にハルはゆっくり通りを歩いていく。
 後ろから柚月が付いて来ているのは知っていた。
 
 涙で濡れた頬が冷たい。手の平で拭ってもすぐには乾かず、返って濡れた範囲を拡げてさらに頬を冷たくさせた。
 ずず、と洟をすする。通りすがりの何人かが、ちらちらとハルを横目で見ていく。

 ただでさえ目立つ美貌をしているのに、今涙が止まったばかりといった風情で歩いていては二度見されても仕方がない。
 立ち止まってハルの背中を見ている男を柚月はじろりと睨みつけた。

 長身の柚月に見下ろされ、男は慌てて離れていく。
 自分の背後で起こっていることに気付かず、信号で止まったハルは、はあ、とため息を吐いた。
 
「……」
 柚月は、近づいてこない。
 離れた場所でうろうろと信号が変わるのを待っていた。

 それを目の端に捉えたハルは俯いて自分の爪先を見つめる。
 柚月が、─── 連れ戻してくれないか、と期待した。「成沢さんのところに行かなくていい、帰ろう」と言ってくれるかもしれない、と思った。

(……そしたら、オレ、セフレでもいいのに。柚月さんとこ、いていいんならなんでもするのに)
(臣に触られたら、多分ぶん殴る、……でなきゃ吐く)
(どうしよう、オレ、柚月さんじゃなきゃダメだ)
(他の奴と出来ない)

(『……ハル』)
 あの夜、耳元で囁かれた柚月の声が蘇る。
 
 柚月にとっては、ひどい一夜でもハルには違っていた。
 確かに甘いばかりのセックスではなかった。強引に一方的に事を進めた、と柚月が思い込んでも仕方がないような触れ方だった。

(でも、オレのこと、呼んでくれた)
 だから力を抜いて身体を開いた。そうすれば快楽を得られる、と知っていることを柚月に知られるのは恥ずかしかったし、軽蔑されるのも怖かったけれども、それでもハルは。
 柚月と快楽を共有することを選んだ。

(……他の奴なんかイヤだ。柚月さんがいい。柚月さんと一緒にいたい)
(『駄目だ。成沢さんのところに行くんだ』)
 
「……」
 感情を抑えた冷たい柚月の言葉に、じわりと涙が浮かんでくる。
 
 信号が変わり、人波と共にとぼとぼとハルは歩き始める。少し狭い路地に入るとずっと人通りが少なくなり、行き交いもまばらだ。柚月の気配は相変わらず、付かず離れずハルの背後にある。

 ─── 「Heaven's blue」のイルミネーションが灯っている。徐々に近づいてくるその明かりの手前で、ハルの足は止まった。
 柚月も立ち止まる。しょんぼりとうな垂れるハルの背中や肩、白いうなじに視線が吸い寄せられた。

 未練がましい自分が嫌になる。自分のものではない、と知りつつ無理やりに手に入れた癖に、今になって「手離したくない」と心が言う。理性の「無駄だ、諦めろ」と言う声で無表情を保った。

 ゆっくりとハルが振り向く。涙こそ止まっていたが、潤んだ瞳は縋るように柚月を見つめた。
「……」
 柚月は感情を表に出さず、軽く頷いてハルを促す。どうあっても和臣のところへ行かなければならないのだ、と悟ったハルは前に向き直り、手の甲でぐいぐいと目を拭った。

 暗くぽっかりと穴を開けたヘヴンズブルーの階段を、ハルの後から、柚月は下りていった。
 
 
  
 

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