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きみの手を引いて:40

 

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 

 第四十話

 

  
 ヘヴンズブルーの店内を、ハルは覚束ない足取りで歩いていく。
 和臣はカウンターにいたが、いつもの壁際の席ではなくその隣の席にいた。壁際の席にはタンブラーが置かれ、誰かが中座しているのが判る。

 ハルにその誰かを詮索する余裕はなかった。
 和臣の後ろで足を止め、スーツの広い背中を恨めしそうに見る。

 カウンターの中にいたフロアマネージャーの牧田がハルに気付き、驚きに目を瞠った。 牧田の様子で背後の異変に気付いた和臣は振り返る。
「─── 何だお前。なんて顔してる」

 瞼を赤く腫らしたハルが後ろにいたことに和臣はぎょっとしたが、近づいてきたハルの言葉にさらに驚いた。
「……追い出された」
「はあっ?……カレシんとこを?」
 ハルはうな垂れたまま頷き、和臣の隣の席 ─── 壁際でない方の ─── に座った。

 今まで見たことがないほど悄然としているハルを、和臣は片眉を上げて皮肉げに眺める。
「ひとにさんざん手間かけさせといて、もうこれか。先に言っとくが、痴話ゲンカなんか持ってくんなよ。迷惑だ」

「ちっ……痴話ゲンカなんかじゃないっ」
「じゃなんだよ。何やらかした」
 ハルは一瞬和臣を縋るように見て、目を潤ませる。そのまま俯く彼に和臣は、こりゃ面倒だ、とため息をついた。

「……誘った」
「へえ。そいつは良かった」
「誘って、最後までしてもらった。オレの方からせがんで、触ってもらったんだ、」
「一件落着だな。帰っていちゃいちゃしてろ。……なんだカレシも来てるじゃねーか」

 カウンターからは遠い、出入り口の近くに柚月が壁にもたれているのを和臣は発見する。
「さっさと柚月くんとこ行けよ。またお前とデキてるだのなんだの、嫉妬され ───……」

 そこまで言って和臣はある可能性に気づく。まさか。
「……まさか、とは思うが、カレシまだ誤解」
 こく、とハルは頷いた。
 
「……オレがあんたのこと好きだって思ってる。他に好きなひとがいるのにやっちゃったって……ひどいことした、って謝るんだ……そんで、一緒にいられないって……成沢さんとこ行けって、追い出され……」
 ハルの瞳からはらはらと涙がこぼれる。無意識なのか、堪える様子もないハルに和臣はあっけに取られた。
 
「お前な、……ぽろぽろ泣くな。涙腺壊れてんじゃねーか? 自業自得だろ、自分で柚月くんのゴカイ、解けよ」
「そうっ……そうなんだけどさ、オレだって言ったよ、柚月さんがイイって、……でも、きっ……聞いてくんなくて、オレが、柚月さんに気い使ってるって、……」
「気イ使ってヤらせるようなタマかよ、お前が。……まあカレシにはそう見えてんだろうな。とりあえず泣くの止めろ、……あいつに見られたら、マズい」
 
 最後の言葉はひとり言のようだった。ハルはそこに以前と違う和臣を嗅ぎ取り、ひっくっ、としゃくり上げながら首を傾げる。
「……なに慌ててんの? あいっ……あいつって、ダレ」

「お前には関係ない」
 ふふん、と余裕の表情で和臣は水割りのグラスを揺する。鼻歌でも歌いだしかねないほど上機嫌の和臣にハルは遅まきながら気付いた。

「はい。これで顔拭きなよ、ハルくん」
 カウンターの向こうから牧田がティッシュを箱ごと差し出した。
「ありがと、牧さん。……ねー、オーナーがオカシイんだけどなんでか知んない?」

 涙を拭い、洟をかみながらハルは牧田に訊ねた。
「俺の口からは言えないな」
 ちらりと壁際の席のタンブラーに牧田は視線を送る。

 ハルはまだ涙に濡れている目をぱちぱちと瞬かせてタンブラーを見た後、和臣の横顔の口元が緩んでいることに気付いた。
 目を見開く。
 
 自分の今置かれている状況を頭から飛ばしたハルは、和臣の肩にしがみ付いた。
「うっそ、マジ? 本命? ダレ? もう出来上がってんの? 口説いてる最中?」

「うるさい、お前には関係ねーの。……まあ、もう誰にもやるつもりはないけどな」
 和臣の言葉にハルはぽかんと口を開けて、薄気味悪そうに彼を窺った。
「落としたんだ……。金ずく? 力ずく? 監禁? 脅迫? どんな手使った?」

「失礼な奴だな。ちゃんと正攻法で口説いたんだよ」
「ほんとかよ……。借金でがんじがらめにして無理やり落とした、とかって方が納得できる」
「返す返すも失礼な奴だな」

「だーってさあ、……あ、オレウーロン茶。牧さん、マジで? オーナーがフツウに口説いたって」
「ウーロン茶ね。……それも俺の口からは言えないなあ」

「俺が言いましょうか?」
 すっ、とハルの傍らに立った人影が声をかけた。
 
「……レイくん」
 珍しく牧田が動揺したように低く言う。
「商談成立したんじゃなかったんだ?」

「ええ。コッチの方が面白そうだったから。ハルさんですよね?」
 振り返ったハルは、レイと呼ばれたその少年と肩越しに目が合った。切れ長の目に整った細い鼻筋。肩までの黒い髪が白い肌に良く映えている。

 しげしげとレイを観察したハルは、くる、と牧田に向き直った。
「─── すげー美人。ダレ? オーナーの本命?」

「違いますっ!!」
「違う」
 牧田に向けた言葉は他のふたりに思い切り否定された。
 
 レイは恐ろしく整った日本人形のような顔をしかめながらハルの隣に座った。
「……落とされた当の本人から聞きましたけど、体当たりの自爆に近いような口説き方だったみたいですよ。駆け引きも余裕も一切ナシ、……それで落ちてくれるんなら俺だって土下座でもなんでもするのに」

 たいあたりのジバク、とハルは目を丸くして、聞いてないフリをしている和臣の横顔をまじまじと見た。
「ありえねー……。好きだ、とか言ったの? 付き合ってくれ、とか? うっわー怖ッ、断ったら監禁されそー。あんたに告白されたら脅迫だよ、選択の余地ないじゃん」

「……そんなことは、ない。ちゃんと、あいつだって俺を好きだって」
「一回しか言ってもらえてないんでしょう」
 割り込んできたのはレイだった。しれっとした口調でハル越しに和臣を挑発する。

「まだ俺にだってチャンスある」
「そんなものはない。全然ない。これっぽっちもない」
「あのひとのこと諦めませんから、俺」
「往生際が悪い。しつこいと嫌われるぞ」
「オーナーにしつこいって言われるとは思いませんでした」

 険悪な雰囲気に挟まれたハルは、きょろきょろとふたりを交互に見た後、少し青ざめて牧田にこっそり呟いた。
「……なにコレ、超怖ーんだけど、この席、……オーナーと対等にやり合うヒト、初めて見たよ……」
「はは……色々あってね……」

 疲れたように笑う牧田から差し出されたウーロン茶をハルは一気に半分ほども飲む。
「泣いたらノド渇いた、……そうだ、オレ、こんなのに巻き込まれてる場合じゃねーんだ」
 和臣の恋愛とその恋人に横恋慕しているらしいレイの鞘当てですっかり頭が冷えた。ほっと息を吐いて、考える。
(……臣に本気の恋人が出来た、ということは、だ)

「……オレ、あんたん家行けないよね?」
「当たり前だ。邪魔だから来るな」
 じゃあそこら辺のこと柚月さんに話してよアンタから、……と言いかけたハルの横からレイが口を出す。

「あれ、昔の恋人に冷たいんですね、オーナーって。さっきも泣かしてたし」
「ええ、オレー!?」
 思わずハルは自分を指差した。ダレが、ダレがこんなエロオヤジの恋人だったって?

 そんなハルの気持ちを代弁するかのように和臣が低く否定する。
「こいつは昔の恋人じゃない」
「昔じゃなかったら、今? フタマタかけられた、なんてあのひとが知ったら泣いちゃうかも。可愛いだろうなー、慰めたげよう」
「昔も今も恋人じゃねえ。慰めなくていい。……この際、はっきり言っとくが手を引け」
 
 静かに、しかし強く脅す和臣を、レイはしゃあしゃあと受け流す。
「あ、俺ー、昨日ドリンク奢ったんです、あのひとに。そしたら今度奢るから忘れないでって。ついでにデートしちゃおうかなあ」
「……いくらだ。俺が払う」
「けっこうです。あのひとに缶コーヒーでも奢ってもらったほうがマシです」
「そう言うな。取っとけ」

 長財布から十万円を出した和臣は、二人の間にいるハルの前にばさっと置く。和臣の本気の度合いを見せつけられたハルは、思わず身体を引いた。
「マジかよ、……デート阻止するためにドリンク代十万て」
 
 レイはそれを見やり、ふんっ、と顔を背けた。
「そういう金ずくってあのひと、キライなんじゃないかなあ。……価値観の違いで別れるのも時間のモンダイ……」
 和臣がついにレイを睨みつけた。
 ハルを挟んで視線の火花が飛ぶ。
 
 ウーロン茶のグラスに口を付けながらハルは小さくなった。
「……もうやだ、この席サイアク……帰りたいよう……」
「オーナー、大人げないですよ。レイくんも挑発しないで、……ハルくんが可哀想じゃないですか」

 諫める牧田の言葉に耳を貸さず、和臣はレイを睨んだままハルに言った。
「お前、いつまでここにいるつもりだ? とっととカレシんとこ帰れ。俺は「レイくん」に話があるんだよ」
「だから、追い出されたんだって……でもあんたん家にも行けないから、柚月さんに話してよ。あんたから言われたら、柚月さん、オレのこと置いてくれるかもっ」

「後にしろ。……俺はこのくそ生意気なガキに引導を」
「ええ、俺はガキですよ。あのひとと二歳しか違わない、あ、オーナーはいくつ違いでしたっけ、あのひとから見たら相当年上、………満足させられるんですか?」

「……いい加減にしろよ?」
 和臣の頭の血管がキレる音が聞こえたような気がしたハルは首を竦めた。同じ音が聞こえたらしい牧田が慌てて口を挟む。
「そうだハルくん、カレシ連れてきたらっ? このままじゃラチ明かないし、───」
 言いかけた牧田は柚月がいる出入り口付近を見つめて、固まる。

「なに、どうし……あれ、ナオ?」
 牧田の様子に振り返ったハルは、柚月とナオが一緒にいるのを見つけ、目を丸くする。かなりの身長差 ─── 二十センチ以上 ─── がある二人は、まるで大人と子供だ。

 不意に大人が子供に詰め寄り、その二の腕を掴んだ。
 がたん、とスツールを立ち上がる音。─── ハルの両側の二人が揃って立ち上がり、柚月とナオを見ていた。

 ぎり、と和臣の奥歯が鳴る。
「─── ちゃんとカレシに首輪付けて繋いどけ!」
 ハルに向かって押し殺した声で言うと、和臣は足早にフロアを横切っていく。

「え? なに? なんで? え?」
 牧田、レイ、和臣の背中、柚月とナオ、を順に見て、牧田に戻る。
「まさか、……ナオ?」
 こくり、と牧田は頷いた。押し上げた眼鏡の奥の目が困ったように笑っている。
「かなり夢中でね、……ウチのオーナー」

 ハルは驚きつつ、気の毒そうに呟く。
「……ナオって趣味悪かったんだ……それとも、弱みでも握られて……」

 スツールに腰を下ろしながら、レイはちッと舌打ちした。
「……やっぱ邪魔しちゃえばよかった。俺の方が絶対大事にするのに」

 切ないレイの言葉にハルは苦笑しながら立ち上がる。
「今、邪魔しに行かねーの? オレは行くよ、柚月さんが心配だから。あっ、柚月さんがナオになんかする、とかじゃなくてー、……だって、柚月さんは乱暴なんかしないもん。臣が、オーナーがさー、テンパって殴ったりしたらヤだから」
 
「……俺は行きません。どうせ見せつけられることになるんだし」
「ふーん……臣にあんな楯突いたわりには結構諦めてんだ。ナオ、臣なんかにはもったいないと思うけどねー」
 牧田にウーロン茶の代金を支払い、ハルはカウンターを離れた。

 視線の先では和臣が柚月とナオの間に割って入り、何か話している。
 ハルは半ば駆け出すようにして、柚月の元に急いだ。

 

 ※この話はヘヴンズブルー20話、21話とリンクしています。なろうサイト様に掲載する際、「きみの」と「ヘヴン」を同時期に投稿していました。なので、ちょっとリンクさせて書くの面白そうだな、と思って……書くのは楽しかったですが、作品としてはかなりダメ。いろいろと実験していました、当時。 八月金魚 拝

 

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