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2009年4月

きみの四十五話まで更新しました。

  

 「きみの手を引いて」四十四話、四十五話更新しました。

 やっと全部こちらに移せました……。時間かかったなあ。(@Д@;

 四十六話で終わると思われたのですが、書きたいものは全部書こうと決意したので一話延びて四十七話で終わる予定です。大体、大した腕前でもないんだから出し惜しんでるバアイじゃない。

 で、書きました。大方書き上がったのですが、なんか落ち着かないな……。据わりが悪い、というか……。ちょっと推敲しよう。( ´・ω・`)

 

 今日は家庭訪問でした。先生方が時間をやりくりして下さったので、一日で終了\(^o^)/

 でも、次から次に先生がいらっしゃるので「ダレの先生で、名前は……」と頭を切り替えるのが大変。

 学校での様子が聞けて面白かったです。うちにいる時とは違うな、やっぱり。( ̄ー ̄)ニヤリ

 

    

きみの手を引いて:45

     

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第四十五話

  

   
 スタッフルームを出たそのままの勢いでヘヴンズブルーを後にしたハルは、大通りで立ち止まった。
 この道を来た時と同じように、柚月が少し離れてついて来ていた。顔だけ振り向くと柚月も足を止めたのが目に入る。

「……」
 少しの躊躇の後、柚月はハルのそばへ近づいた。
 二人は、沈黙したまま再び歩き出す。
 ハルより半歩遅れて、しかし離れないように柚月は足を進めた。
 
 繁華街が近い駅前のこの通りさえ、終電を過ぎた今の時間はさすがに行き交う人は少ない。それでも街灯や閉まったショップの防犯の為の明かり、車やタクシーのヘッドライトと喧騒、深夜営業の店のイルミネーションなどで、賑やかな、不夜城といったような雰囲気があった。

 そんな中を付かず離れず二人は歩き、信号で止まる。
 柚月はちらりとハルを見た。─── 泣いているかもしれない、と思った。
 和臣には恋人がいた。小さくて、色が白くてそばかすがあって、柔らかく笑って彼を「優しい」と嬉しそうに話す恋人。─── ハルの、友達。
 
(もっと頻繁に、無理やりにでもハルを成沢さんに会わせておくべきだった)
 そうすれば、和臣はハルに気持ちを傾けていたかもしれない。あんなふうに和臣のそばにいたのはハルだったかもしれない。

 ナオとハルを重ね合わせたせいで柚月の心は少しざわめいたが、無視する。自分のことよりハルのほうが気にかかった。
 知らない内に、友達が思う人の恋人になっていた。

 自分ならばとても耐えられない、とハルの様子を窺う。
 ハルは、泣いてはいなかった。
 ダウンジャケットのポケットに手を入れ、ほの赤い唇から白く息を吐き出している。ただ目の前を通る車を見ているだけのようで何を考えているのか判らない。

 柚月は情けなさそうに眉尻を下げて、ぽつりと溢した。
「……ごめん」
「え?」
 きょとん、とした顔でハルは首を傾げる。

「もっと早く成沢さんに会いに来てたらよかったな、……それか、俺がお前を預からなかったら」
 柚月の言葉にハルは鼻を鳴らした。
 
「……オレが成沢さんのおもちゃになってたほうがよかった?」
「……そんな言い方するな。ちゃんと、恋人として」
「成沢さんがオレを恋人にすると思う? ありえない。あのひとナオがいいんだよ」

 こっちだって願い下げだし、とハルは呟く。車の騒音で柚月には聞こえない。
 フォローの仕様もなく、黙っているしかない柚月をハルは上目遣いで見た。
「……ナオってさあ、カワイイよね」

「……そう……か?」
「素直でー、いっつもにこにこしてて、いい奴で、なんか守ってあげたくなるようなカンジ。柚月さんもナオみたいのが、イイ?」

「……なに言ってるんだ」
「さっき、いいカンジだった、ナオと。……あの二人が出来てなくて、オレのこと成沢さんに預けられたら、ナオのこと、誘った?」

 軽い口調ながらも不安の滲んだハルの声に柚月は困惑した。こんな風にハルに絡まれるのは初めてで、どう答えたらいいのか判らない。
 一方、自分の嫉妬に気付いたハルは、ふん、と肩をそびやかした。

「べっつに柚月さんがナオとデートしたって構わないけど! オレにはカンケーねーしっ」
 まただ、とハルは自分が情けなくなった。いつも、心とは裏腹なことを言ってしまって後で後悔する。きっと今度もそうなると判っているのに ───。

「あ、ナオと会いたかったら連絡しよっか? オレが頼めば、デートしてくれるかもねー。でもヤらしてくんないと思うよ、成沢さんと出来てるからさ、……オレと同じようにってわけには」

「……ハル」
「……」
 低く自分を呼ぶ柚月の声に、ハルは口を噤んで俯いた。─── やっぱり後悔することになった。柚月が、忘れたがっていることを蒸し返してしまった。

(……柚月さんが忘れたくても、オレは忘れないんだから)
 信号が変わり、ぱらぱらと動く人々と共に歩き出す。渡り終え、しばらく無言で歩いていたハルは柚月のアパートに続く住宅街に入る細い路地で立ち止まった。

 柚月を見上げる。
「……オレ、ヴィンテージの倉庫で寝かしてもらう」
「なん、……」
「一緒に、いたくないって……し……知ってるから。大丈夫、環さんいいひとだから、根掘り葉掘り訊いたりしないし、……絶対、言わない」

 薄々気付いているらしい環なら何も言わずにおいてくれるだろう、とハルは思った。柚月さんには何も言わないで、と頼めばきっと不承不承でも知らない振りをしてくれるはずだ。

「荷物、後で取りに行くから。……柚月さんのいない時にする。元々へんだったもんね、オレ柚月さんのなんでもないのにさ、ずうずうしく居候してて、……柚月さんに付け込んでさんざんわがまま言って、……」
 触ってもらった。キスをせがんで、してもらえたら嬉しくて。
 
 そんな風に嬉しがっていた自分がバカみたいだ、とハルはうな垂れた。自分の気持ちを誤解している柚月がどんなに後悔して苦しむか、判っていたくせに知らない振りをした。
 柚月のものになりたかった。

「ヴィンテージで寝泊りしたらさ、住み込みってことになるのかな? オレ、そういうの初めてだよ。なんかカッコいいね、働き者、ってカンジ、……」

 ハルは、突然の申し出に驚いている柚月を見上げて、にこりと笑った。
「……オレねえ、柚月さんは信じてくんないかもしれないけど」
 少しは、ナオを見習わなければ。ハルは素直に口に出した。

「柚月さんちにいれて、すごい楽しかった。毎日、柚月さんと一緒にいられて嬉しかったんだ。ほんとだよ。……でも、柚月さんがオレと一緒にいられない、って、……辛いって思うんなら、……オレ、そういうの嫌だからさ、柚月さんが辛いの、ヤダからさあ、……」

 徐々に小さくなっていく声はどうしても涙に濡れる。柚月に気付かれたくなくて、背を向けた。
 「……じゃーね、柚月さん。あ、環さんのコーヒー飲みたくなったらオレ、奥引っ込んでるから。安心して来てイイよ」

 軽い口調で別れを言い、なんでもなさを装いながら歩き出す。─── 本当になんでもないことだ、とハルは考えた。これきり二度と会えないというわけでもない。柚月と環は従兄弟同士で、近しい関係だ。ヴィンテージだって近いのだから、道端で偶然柚月に会うことだってなくはない。
 
(……だからぜんっぜんヘーキ、……柚月さんと一緒にいられなくても)
 それより今頃訪れたら環も迷惑だろう、と朝までコンビニかネットカフェで時間を潰すことに決める。─── そんなことでも考えていないと声を上げて泣いてしまいそうだった。

(バカかオレは。泣くな。……こうやって追い出されんのもオレが柚月さんに手え出したのが悪りーんだし、……だから自業自得。臣の言うとおり。ちきしょう、ムカつく……)
 自分のスニーカーが交互にずんずんと踏み出されるのを目で追う。白い息と滲んだ涙のせいでぼやけたそれが、ふと止まった。

 柚月がハルの腕を掴んでいた。

 力強い手はハルを引き戻し、路地を曲がる。公園が見えてきた。
「……柚月さん」
 戸惑うハルの声に柚月は歩く速度を落とし、その腕を離した。ハルの気配が立ち止まったことに気付いて、振り返る。
 ゆっくりとハルに近づいた。
 
「……」
 凍てつく冬の空。月も星もその姿は見えない。公園の街灯がふたりを照らし、影を作った。
 一心に柚月を見上げるハルに、大きな手の平が差し出される。

 その手から目を逸らしたハルは小さく咎めた。
「……誰かに、見られるよ」
「構わない」
 柚月の白い吐息がハルの唇にまで届く。あ、と思う間もなく温かい手の平が、ハルの手を包み込んだ。

 柚月は冷たいハルの手を引いて歩いていく。

 虚勢も意地も必要のなくなったハルは、柚月の手をぎゅっと握りしめた。

 

    
   

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きみの手を引いて:44

 

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 第四十四話

 

  
「いや……っ、臣さんっ、離して……お願いだから……!」
 ドアを開けた途端のナオの悲鳴に、ハルと柚月は固まった。
 いきなり現場に踏み込まれた和臣はもちろん驚いたが、ポーカーフェイスを保ったままナオを離そうとはしない。

 ナオは、 ─── 可哀想なくらい真っ赤になって、やっと和臣の腕の中から逃れた。
 はッと我に返った柚月が後ろ手にドアを閉める。同時にハルは和臣を咎めた。
「な……な、なにやってんだバカかあんた、ダレがドア開けるか判んねーのに」

「あ、……あの、ハル、これは、そのう」
 和臣を庇うように前に出たナオは、Tシャツの裾を引っ張りながらおろおろと取り繕うとする。
 何をどう言ったらいいのか判らないという様子で柚月とハルを交互に見るナオに、ハルはそっと近づいた。

「……ナオ。ガチで訊いていい? まさかとは思うけど、そこのヘンタイエロオヤジに借金とかしてそのカタに無理やりなんて」
「ことないから! ぜんぜん!」

 真顔で訊ねるハルにナオは慌てて首を横に振った。邪魔され、面白くない和臣が不機嫌そうに腕を組むのを、動揺の治まらない柚月が見つめる。
「レイプ未遂じゃね? 今の?」
「ちが、違うよ、……臣さんは」

 ハルは自分の喉を突付いて、ナオに和臣の唇の跡が付いていることを知らせる。気付いたナオはまたも頬を染めると喉を手の平で覆い隠し、俯いた。
「……僕、臣さんが好きなんだ……」

 小さく、囁くような声の中に微かな決意が見て取れる。ハルは素直に自分の気持ちを言葉にするナオに面食らい、同時に少し羨ましく思った。
 ナオの言葉を耳に拾った和臣は唇を引き結んだまま、眉間の皺を消して目を細める。その視線の先にはナオの後ろ姿があった。
 
「ナオ、趣味悪ィ」
 苦笑いするハルと、和臣に対する気持ちを聞かされて情けなさそうな顔をしている柚月に、ナオは上目遣いを向けた。

「……僕が、一方的に好きになったんだよ。臣さんは、あの、……遊びで、付き合ってくれてるだけ。……オーナーが僕に本気になるわけないもの」
 たどたどしく言うナオの乱れた髪の毛に、ハルは手を伸ばした。指で軽く梳く。

「だからさ、誰か、他の……シュウとか、お店のお客さんとかに訊かれても、恋人じゃないって」
「おい、気安く触るな俺のだぞ」

 和臣の体面を気にしたナオの言葉は、ずかずかと歩み寄ってきた当の本人によって一瞬で台無しになる。
 ナオの腕を掴んで引いた和臣はハルの前に立ちはだかった。

「二度と触るな、絶対触るな」
「やめてよ、臣さん、ヘンなこと言わないで」
「オレでもダメなわけー?」
「ダメだ」
「やめてってば!」

 ナオは和臣の前に回りこむと胸元をぐいぐいと押して、ハルと柚月から引き離した。
「もうっ、臣さんはカウンター行ってて! 僕が話すからっ」
「お前が話したらなにでっち上げるか判んねえだろ、……ストーカー紛いに追いかけ回されて、仕方なく恋人になったんだってちゃんと言うか?」

「そんなんじゃないよ!……そんな風に思ってたのっ? 仕方なく、って?」
 胸を押すナオの手首を掴んだ和臣は、その手の平を自分の唇に押し当てる。
「……今でも思ってる。お前は他の奴に平気で触らせる。俺の目の前で」
「だって……ハルだよ……?」

「誰だろうと許さない」
 手の平に、和臣の唇と吐息を感じる。くぐもるその低い声にナオは背筋をぞくりとさせ、手を取り戻そうと強く引いた。
「や……もう、離して、臣さ……」

「─── やってらんない。行こ、柚月さん」
 付き合ってられない、とばかりに砂でも吐きそうな顔でハルは柚月を促す。すっかり当てられた柚月は、ああ、とも、うう、ともつかない声を上げた。
 
「なんだまだいたのか」
 まるで今気付いたかのようにしゃあしゃあと言う和臣を睨みつけるハル。
「ええ、まだいてすいませんでしたっ、」
 ナオのこと泣かすなよ、と目で訴える。そんなハルを和臣は、ふん、と鼻でせせら笑った。

「─── 成沢さん」
 スタッフルームのドアを開けた時の衝撃が強くて、成り行きを見守っているばかりだった柚月が口を開いた。
「ハルは、そのう」

 和臣の気持ちもナオの気持ちも、もうはっきりしていた。そこにハルが入り込む余地などないことも。
 しかし、それではハルはどうしたらいい?

「─── ハルにはもう言ってある。柚月くんのところにさっさと帰れって」
 少しの沈黙の後、和臣はナオを背中から抱きしめて言った。人目も憚らないその行為を腕の中のナオは当然嫌がり、「やめて下さい、離して」と小さな声で抗議したが、和臣は聞き入れず、柔らかい髪の毛に頬を寄せた。

「きみは?……柚月くんは、そいつが迷惑?」
「……そんなわけないです。俺は、ハルに、いて欲しいと思って、……でも」
 ふたりの間に起こったことを話せずに口ごもる柚月を察して、和臣はハルに視線を移した。
 
「俺の家、来るか?」
「ゼッタイ行かねー」
 俯くナオの耳の後ろに口付け、真っ赤にさせながら問う和臣にハルは唇を尖らせた。

「なんであんたとナオがいちゃついてるとこ観賞しに行かなきゃなんないんだよ。柚月さんちの方が百倍マシ」
「だとさ。そいつ連れて帰って、柚月くん。……それとお前らがヤったとかヤってないとか興味ねえから」

 ドアノブに手をかけようとしたハルは頬に血を昇らせて振り返った。
 和臣は口の端を上げてハルに笑みを見せる。

「いちいちノロケに来るなよ、ハル」
「二度と来ねーよっバカ臣!」

 勢いよくドアを開けて出て行くハルの後ろで、柚月は和臣とその腕の中にいるナオに頭を下げる。
 慌ててハルを追う柚月の背中がドアの向こうに消えると、和臣は後ろから抱いたナオの首筋に口付けた。

「……わざとでしょうっ」
 ナオは頭を振って和臣の唇から逃れると、身体の向きを変える。和臣を正面から見上げた。
「なにが?」
 
 にやにやと笑みを浮かべる和臣にナオはうっすらと涙を滲ませた。
「こんな風に……僕に触っ……触って見せて……っハルを、あのひとのとこ行かせようと」
「あいつが俺ん家来たら邪魔だ」
 言いながらナオの目尻に唇を落とす。

 ナオは顔を俯けて小さく囁いた。
「すっごい、は……恥ずかしかったんだからっ……。いくらハルの為だからって、こんな」
「あいつの為じゃない。お前が俺を好きだって言うから我慢出来なくなった。……触りたい」
「……」

 俯いたままのナオの首筋が赤く染まっていくのを見逃さず、和臣は言葉を重ねた。
「俺のこと、好きだって言ったろう?……触っていいか?」
 甘い和臣の声にうっかり頷きかけたナオは、慌てて頭を横に思い切り振る。

「かっ、帰ってからじゃなきゃダメ!」
「……おあずけか」
 軽く舌打ちをした和臣はそれでも身体を離し、ナオの頭を撫でて微笑んだ。 

 

   

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きみの四十三話更新しました。

  

 「きみの手を引いて」四十三話更新しました。

 旦那さんが麻雀に行っていて、家にいないのでこの時間(午前2時)の更新となりました。

 朝帰りになるかも、といさぎの良い旦那さん。いい度胸だな?ナイターゴルフならともかく、麻雀て珍しい。

 そういえば、しばらく麻雀してないです。何年か、っていう単位で。

 ちょっと前に「アカギ」(闘牌伝説アカギ。麻雀を扱ったマンガ)をアニマックスで夫婦で見てました。

 「1話で1巡もしないな」「ひとりごとが多すぎるからだよ、鷲巣さまの」「血圧上がって(血を抜かれてる)アカギより先に鷲巣さまがアブナイんじゃないか」と鷲巣さまのことがやたら話題になりました。面白いひとなんです、鷲巣さま。しかしスケルトン牌はヤダな……。

 イッツウとか三色とかがウツクしくて作りやすいので好きです。サンアンコウ狙ってたらチートイになっちゃった、とか懐かしい……。

 「アカギ」を見ていた時に家族麻雀の気運が盛り上がったのですが、すっかり忘れてました。┐(´-`)┌

 テーブルに敷く雀卓のシートと牌買おうかな……。

  

 

きみの手を引いて:43

 

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 第四十三話

 

   
 自分の手首を掴んで離さず、強引にフロアを突っ切って行く和臣の背中をナオは見つめた。
 ─── 少しだけ、和臣を疑った。

 ハルが手元に戻ると判れば和臣は自分を「いらない」と放り出すのではないか、と ─── やはりキレイで強気で魅力的なハルの方が良くて、自分は単なる代わりに過ぎなかったのではないか、と思った。

 杞憂だった。
 和臣は自分に触れた柚月に対して嫉妬も露わに「自分のものに指一本触れるな」と威嚇した。

 それは確かに一瞬、ナオの心を暖かくした。どうしようもないほどの嬉しさ、泣きたくなるほどの幸福感を覚え、─── その後、ナオはうろたえた。

 ─── そんなに大声を出したら、他の少年や客に自分たちのことが、和臣の気持ちが、明るみになってしまう。

 スタッフルームのドアの内側の、従業員控え室や和臣の使う事務室に繋がる狭い廊下でようやく立ち止まった和臣から、ナオは自分の腕を取り戻した。
 和臣を見上げて食って掛かる。

「どうしてあんなこと言ったんですかっ?」
「あんなこと?」
 他の男に触れさせたナオに我を失い、怒りを向けた和臣だったが、こうして二人きりになって唇が彼の柔らかい髪の毛をかすめる距離にいると嫉妬が徐々に失せていく。

 自分を精一杯見上げて、臆することなく咎めるナオを和臣は愛しそうに見つめた。

「あんな、……僕に、触るな、みたいなこと、……」
「なんで言ったらいけない? 所有権を主張しただけだ。……それとも、柚月くんに一目惚れでもして触ってもらいたかったのか?」

「もうっ、そんなこと言ってない!」
 壁を背にしたナオは、嫉妬の火種を残したまま耳元で囁く和臣の身体を押しのけようとその肩に手をかけた。びくともしない。

「お……臣さんは、オーナーなんだから、僕にそのう……僕と付き合ってる、みたいなこと店で言ったらダメだよ。お客さんとか、他の子たちに聞かれたらどうするの?」
「自慢する」

「……自慢になんかならないよ……!」
 ナオはそばかすの散る白い頬に血を昇らせて俯いた。
「み……みんなが使った、お古を、ヘヴンのオーナーが大事にしてるって……笑われるよ……? 金で何でもさせるのに、夢中になって、……入れ上げてるって……」

 唇を噛んで耳まで赤く染めているナオに和臣は目を細める。
「オーナーが恥ずかしい思いするだけだよ……お願いだから誰にも僕のこと言わないで、……ね?」
「みんな知ってる」
「え?」

 和臣は赤い耳たぶに唇を触れさせながら囁いた。
「……俺がおまえにちょっかい出してるって。フリの客ならともかく、常連は知ってる。……結構前から客付かなくなったろう?」
「な、……」
「お前ぐらいだ、俺に口説かれてるのに気付かなかったのは。……他の奴らは知ってる」

 これ以上なく真っ赤になったナオの頬に手を添えて、和臣は彼のこめかみにキスを落とした。レイと柚月に煽られた嫉妬はそのまま独占欲となり、結果ナオに触れずにはいられない。
「や……めて、臣さん」
 ナオは和臣の腕の中から抜け出そうと焦った。

「……みんな、知ってるって……っ、な、なんで……?」
 和臣の唇が自分のそれに近づいてくることに気付いて、ナオは顔を背けた。
「……やらせろ」
「ダメ、……」

「なんで」
「こっこんなとこでキスしたら誰かに見られるよっ! 離してください!」
「大丈夫だ、誰も見てない」

 大丈夫なわけがない。すぐそこのドアが開いたらフロアなのだ。
 和臣の腕の中でナオは気が気ではなかった。
「お願い、臣さん、離して……こんなとこ誰かに見られたら、なんて思われるか判んない、……お……臣さんが、僕と付き合ってる、だけじゃなくて……本気で、夢中だって思われ……」
 
「事実だ」
「……僕が無理やり、臣さんに恋人にしてもらった、ってことにするから……臣さんは、僕のこと、興味ないって顔しなきゃダメだよ、……僕のせいで臣さんが笑われるなんて嫌なんだ……」

 ナオは俯いて、自分を取り巻く和臣の腕を外そうと、ぐい、と押した。
 ─── その腕は頑固にナオを離そうとしない。
 のみならず、ナオの手を取ると、その甲に口付けた。
 
「やっ……やめて下さい、ちゃんと、話、聞いて」
「聞いてる、ちゃんと。……こっちの手だったな? 他の男に触らせたのは」
「他の男って……ハルの、恋人だよ……? それに、腕掴まれただけだしっ……ヘンな意味じゃ」

 ナオの手が引こうとするのを許さず、もう一度、甲にキスをしてぺろりと舐めた。
「……っ」
 息を飲んだナオの表情を見逃すまいと上目になった和臣は、彼が涙で潤んだ瞳を恥ずかしそうに逸らすのを捉え、満足する。

「……今度他の奴に触らせたら」
 ナオの手を掴んだまま、彼の耳元で低く囁いた。
「殺してやる」
 
 びくっと身体を震わせるナオ。ためらいながら、自由な方の手で自分を閉じ込めている和臣のスーツの腕を掴む。
 額をYシャツに包まれた広い胸に押し付けた。

「……臣さんに殺されるんなら、いいよ」
「お前じゃない、相手の奴だ。男でも女でも触らせるな。……レイとデートもするな」
「……?」

 ナオはきょとん、と和臣を見上げる。
「レイと? デート?……する予定、ないよ?」
「あいつに奢らせたろう。それをいいことに、どっか行きませんかー、とか言ってくるぞ、あいつ、絶対、……言葉巧みに家にでも連れ込まれたらどうするんだっ?」

 妄想が暴走する和臣にナオは無警戒の笑顔を見せる。
「まさか。まーた、変なことばっかり、……レイはそんなことしないよー、だって、僕よりレイの方がずーっとキレイだもん。どっか連れ込まれそうなのはレイの方でしょ」

「何を暢気なことを………」
 和臣は焦燥に駆られ、歯噛みしてナオの唇を塞いだ。。
 噛みつくようなキスにナオは抗う。

「……っやめて、ダメだよ……っ」
 抵抗するナオを身体ごと壁に押さえつける。頭を振って逃れようとするナオの耳の下に口付け、そのまま首筋に舌を這わせた。

「いや……っ、臣さんっ、離して……お願いだから……!」
「……」
 ナオの懇願を聞き入れず、和臣は白く柔らかな喉に所有の跡を付ける。

 その時。
 ─── フロアに続くドアが、開け放たれた。

 

 

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きみの四十二話、番外編9話更新。

 

 「きみの手を引いて」四十二話、番外編9話を更新しました。

 タイトルの「きみの手を引いて」。

 お褒めの言葉を頂けて大変嬉しいです。……のですが、コレは本当に決まらなくて、切羽詰まって付けたタイトルです。

 八月はタイトルとかあらすじとかがすごい苦手です。_| ̄|○

 ヘヴンはまんまだし、番外編に至ってはもう、タイトルを付ける事を放棄してます。

 「投稿する為にタイトルひねり出さなきゃならない」そんな崖っぷちに追い込まれた挙句、四十五話から無理やり引っ張ってきた「きみの手を引いて」。

 ……なんかもっと他にあったろう、と今でも思うんですが、やっぱり考えつきません。

 もうコレでいいや……。なんの支障があるで無し。_ノフ○ グッタリ

 同じような並びでペンネームもなろうサイト様に登録する時に考えたのですが、コレも未だに、なんか他にあったろう、と思います……。

  

  

きみの手を引いて:42

  

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 第四十二話

 

  
 柚月とナオの間に割り込んだ和臣は、殺気に満ちた視線を柚月へ向けた。
「……柚月くん、言うのを忘れていたが」
「なる、……成沢さ」
 うっかり和臣の目をまともに見た柚月は後悔した。─── 背筋に寒気が走るほど怖い。

「こいつは俺のものなので金輪際指一本触れないでくれ」
「オーナーやめてください、店内(ここ)でヘンなこと、言わないで」
 和臣の背中から困惑したナオが抗議する。肩越しに振り返った和臣はイライラと言った。
  
「変なことってなんだ、全然変じゃない! お前も簡単に触らせるな!」
「大きな声出さないでっ……みんなに知られる」
「知られて何が悪い!?」

 宥めようとするナオの手首を掴んで和臣はフロアを横切る。
 こっちに向かってくるハルと、ナオは通り過ぎざまに目が合った。
「は、……」
 ハル、と言いかけながらナオは和臣に手を引かれていく。

 ハルはぽかんと口を開けてスタッフルームに消えた二人の背中を見送った。
「……なんだアレ。拉致? 大丈夫かよ、ナオ」
「……ハル」
 
 ナオを気遣いながらハルは柚月に近づく。
 ついさっきまで盛大に泣いていたことが気恥ずかしい。それでも、柚月のそばで、柚月と話せることが嬉しくて精一杯見上げた。
「あの、……殴られたり、しなかった……?」
 
「……殴られはしなかったけど殺されるかと思った……」
 一瞬死を覚悟したらしい柚月に、ハルは苦笑した。
「……成沢さん、ナオに夢中なんだって。スタッフのひとが言ってた」
「……」

 ハルに掛ける言葉が見つからず、柚月はただ彼を見つめた。─── ナオの存在を知るまで、成沢に恋人がいるとは全く思ってもみなかった。ヘヴンズブルーに来てハルを成沢に預ければそこで自分の恋は終わり、ハルは幸せになれると信じていた。
 
 ところが。
「……オレ、成沢さんに邪魔だから来んなって言われた」
「う……」

「ナオはいい奴だから来ないでとか言わないだろうけど、……でも、ヤダと思うよー、オレが成沢さんちにいたら」
 当然だろう。ナオからすればハルと和臣が同居するなど、気が気でないはずだ。さらに、ナオと和臣が同棲中だとしたらハルは単なる邪魔者でしかない。
 
 しかしそれを肯定するわけにもいかず、柚月はハルに確かめた。
「……前から、あのふたり付き合って……?」
「んー、最近だと思うけど。前まで全然そんなカンジじゃなかったんだよ」
 心配そうにハルはスタッフルームと書かれたドアを見つめた。

「大丈夫かなー、ナオ。臣……成沢さんに泣かされてないかなあ?」
「……大丈夫なんじゃないか。成沢さんのこと話すとき、嬉しそうだった」
「へえ?」

 和臣(アレ)の恋人になって嬉しいなんてナオの気が知れない、と思いながらハルは壁に背中を寄りかからせた。
 柚月は自分の失言に気付き、目を伏せる。
「ご……ごめん。嬉しそう、なんて」
 
「……」
 ハルはじっと柚月を見上げた。─── 和臣に恋人が出来たということは、柚月にとってまたとないチャンスのはずだった。この機に乗じて、つけこむことが出来る。
 
 けれど柚月がそれをしないということをハルは半ば確信していた。失恋で心が弱っている ─── と柚月は思っている ─── 自分を甘い言葉で慰める、などという器用な真似が出来るのなら、とっくの昔に恋人同士になっている。

 不器用に、相手のことを一番に考える柚月だからこそ惹かれたのだ、とハルはうっすらと頬を染めた。
 柚月に判らないようにそっぽを向く。

「……オレ、どこ行ったらイイ?」
「え……」
「もう成沢さんとこ行けない。ゼッタイ邪魔者扱いされんもん。……柚月さんが行けって言ったところに行くよ。ダレか引っかけて泊めてもらう? ついでにイイコトしてお小遣いもらって」

「駄目だ。そんなことは、駄目だ」
「柚月さんがオレんこと追い出したんじゃんか!」
 どうして柚月を前にするとこんなことばかり言ってしまうのか、とハルは自分の口を塞ぎたくなる。判っているのに言葉は止まらない。

「オレ行くとこねーもん。……柚月さんに置いとけないって言われたもん。オレがダレか引っかけたって柚月さんにカンケーない」
「関係ある。とにかく駄目だ」
「ダメ、ダメって、じゃあどーすんのっ? 野宿でもしろってのかよ!」

 オレはバカか? とハルは自分のひねくれた性格にあきれた。もっと可愛らしく「成沢さんちに行けなくなったから柚月さんとこ置いて?」とお願いしたらいいのに、どうしてそう出来ないのか判らない。挑発するような態度を取っても、柚月を困らせるだけなのに。

 案の定、追い詰めれた柚月はうろうろと視線をさ迷わせた挙句、やっと言葉を吐き出した。
「……判った。俺が成沢さんと話す」
「はあっ?」
「成沢さんの気持ち、確かめてみる。本当に、……ナオくんだけなのかどうか」

「確かめるって……」
 確かめるまでもない、とハルは思った。

 ハルの知る限りずいぶん前から特定の恋人がいない和臣が、嫉妬であれほど我を失うのは初めて見た。レイに対しても然り、柚月に対しても然りだ。それだけ本気だという証しだろう。
(絶対ナオだけだと思う。……ナオには気の毒だけど)

 そんなハルの気持ちとは裏腹に柚月は先に立って歩き出した。
「柚月さんっ」
 慌ててついて行くハルに、人の隙間を縫って歩きながら柚月は話す。
 
「……成沢さんに本気の恋人がいるなんて信じられないんだ。こう言ったらなんだけど、遊んでるひとみたいだから」
「……確かにそうなんだけど~」
 
 反論のしようもない。ハルにしても和臣が夢中になる相手がいるとは、牧田に聞くまで想像もしなかった。
「オレだって信じらんないけどさ、でも、アレ、マジだよ」

「……お前の方が、先に好きだったのに」
 俺は諦められないんだ、と言って柚月はスタッフルームのドアノブに手をかけた。
 

  

  

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きみの手を引いて:番外編9

 

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第9話

   
 何かの物音で、目が覚めた。何か ─── チャイムみたいな音。
 ここでは、臣の家では初めて聞いた。て言っても、この家には丸一日くらいしかいないから何だって初めてだけど。

 小さいテーブルの上のアンティークっぽい置き時計を見る。十二時になろうとしているところだった。夜中の。
 ……昨日は今頃、ピザ食ってビール飲んで、……今から思えば飲まされた、んだろうな。すげー簡単に身体熱くなって。

 初めて臣と寝た。そんで熱出した。
 別にオレがか弱いわけじゃない。ここ何日かのカルいホームレス生活が祟ったのと、臣に付き合わされた運動が激しかったからだ。契約までさせられた。悪魔。鬼畜野郎。

 何で今オレがここで寝てるのかをつらつら思い返していると、ドアの隙間から声が聞こえた。何を言っているのかまでは判らない。

 ─── 臣の声じゃない。
 
 はっきりと覚醒したオレは身体を丸めて神経を尖らせた。
 ダレかが、この家にいる。

 さっきみたいな電話じゃない、TVでもない、肉声。明らかに臣とは違う声が微かに聞こえる。

 そういえば、オレ、臣のこと全然知らない。名前と顔と、……カラダのことはよく知りたくもないのに無理やり知らされたけど、それだけだ。性格だって、案外優しいのかもしんないなー、ってぐらいで、本当はどうだか判らない。

 ……臣が悪いヤツで、同じような仲間呼んだ、とかだったらどうしよう。悪いって何がどうワルいのか判んないけど、……ヤクザ、とか。前科何犯、とか。……海外、売り飛ばされたりして、オレ。
 いやいやいやいや。男なんか売れるもんか。

 どうしよう。今すぐこっから逃げ出す? どうやって? オレが今いる臣の寝室は一番奥まっていて、リビングを抜けなきゃ玄関まで辿りつけない。ベランダは無理だ。まだ見たことないけど、 ─── 下を見れば目も眩むだろう高層マンションの最上階、この一戸しかなくて隣に助けを求めることさえ望めない。

 結局どうも出来なくて布団の中で縮こまっていると。
 
 ─── すげーイイ匂い。
 ご飯の匂いだ。ピザ食って以来、丸一日なんも食ってないオレの嗅覚は鋭い。
 さっきまでものを口に入れるなんて考えらんなかった。欲しいのは水分だけで ─── 臣に足元見られて触られまくった ─── こんなにご飯の匂いに誘惑されるとは思わなかった。

 ゆっくりとベッドを下りる。恐る恐る歩いてみると足もふらつかず、腹が鳴った。
 治ったんだ、オレ。
 多分、まだ完全じゃないだろうけどリビングでもトイレでも自分で行ける。

 そっと足音を忍ばせて部屋を抜け出し、廊下を通ってリビングのドアの隙間から中を窺い見る。
「何やってんだ、お前。さっさと入れよ」
 中から掛けられた臣の声に飛び上がりそうに驚く。気付かれた。

「……」
 恐る恐る、滑り込むようにしてリビングに入る。

「あ、起こしたかな?」
 続きのキッチンからの声にびくついて、そっちを見た。ここにいるのはやっぱり臣だけじゃない。
「腹が空いたらしいぞ。鳴ってる」

「ちょうど良かった」
 小ぶりの土鍋が鍋敷きに乗せられて運ばれてくる。運んできたのは、若い男。 白いシャツに黒いベスト、黒いズボン。お仕着せの、カフェの従業員ってスタイルだ。すっきりと整った顔に縁なしの眼鏡がちょっと冷たそうな印象。─── なんか仕事デキるってカンジ。

 不審なオレの表情を読んだのか、センターテーブルに鍋敷きごと土鍋を乗せながら彼は言った。
「今、様子を見に行こうと思ってたんだ。うちのオーナーにイジメられたんじゃないかと思って。……そんな、怪しいもんじゃないよ」
「……はあ」
 
 うちのオーナー?……臣のこと? 多分そうなんだろう。
 オレは臣にちらっと視線を送ったが、当の本人は素知らぬ顔をしている。

 レンゲと小鉢を運んできた彼は土鍋の前に並べ、その蓋を取り去る。
「雑炊、食べられるかな?」
「大好きっ」
 立ち上る湯気と出汁のなんとも言えない、いい香りにオレは即答していた。

 彼は苦笑しながら小鉢に雑炊をよそい、その前のソファーに座り込んだオレに手渡してくれる。
「熱いから気を付けて」
 オレは彼を横目で見ながら頷き、雑炊を盛ったレンゲを吹いた。ちょっと熱すぎたけど我慢できなくて口に運ぶ。美味い。
 
「べろ火傷したら俺が舐めてやるよ」
 臣のバカがまたエロいこと言ってる。無視無視。
 食べ始めた俺から離れた彼は臣に近寄った。

「……ノラ猫、というより迷い込んできた仔猫じゃないですか。親元に帰さなくていいんですか?」
「帰りたくないって鳴いてる。仕方ないだろう」
 彼は肩を竦めた。

「ずいぶんお気に召したんですね、あの子が。あんまりイジメないで下さいよ。可哀想だ」
「お前こそ、ずいぶん仔猫ちゃんの肩持つじゃないか。惚れたのか?」
「オーナーが事の外、ご機嫌麗しいんで牽制してるだけですよ。あの子に夢中になって店に顔出さなくなられても困りますしね」
 
 小声だけど聞こえる。オレのこと、話してる。ダレが仔猫ちゃんだ。
「臣っ! このでっかいTV見ていいっ?」
 噂話されんのが気に食わなくて、せめて聞こえないようにしよう、と断りを入れてからTVを点ける。

 返事がなかったのでちらっと臣を見るとにやにや笑ってた。その隣の彼は驚いたように目を瞠っている。
「……呼び捨て、させてるんですか?」
「ああ。いいだろう?」
 はあ、と彼はため息を吐いて、頭を横に振る。

 いかにも呆れた、と言わんばかりのその仕草にちょっとむっとする。臣が呼び捨てでいいって言ったんだぞ。……でも、雑炊美味いから許す。
 
「そろそろ店に戻ります」
 そう言ってリビングを出る彼に臣はついて行く。チップだ、なんだとちょっとやり取りの後、臣だけ戻ってきた。

「……今の人、ダレ? オーナーってアンタのことだよな? アンタ一体なにやってるヒトなの?」
 オレは自分で冷蔵庫から出してきたミネラルウォーターを飲んで、また雑炊を食べながら訊いた。
 
「今のは、牧田。俺はしがない場末のショットバーの経営者で、そこでオーナーって呼ばれてる。一応な。牧田はそのバーのフロアマネージャーだ」
 律儀に全部答える臣が意外だった。どれかははぐらかされるような気がしてたから。
 ……でなきゃウソつかれるか。

 どれかはウソかもしんないな、と思いながら「ふーん」と相槌を打った。
「コレ、あのひと、……牧田さんが作ってくれたの? 超美味い」
「感謝しろよ。店で作って土鍋ごと持ってきたんだ」

「すっげイイひとー。オレ、あのひとに拾われたら良かったな」
「……ピザ食わせてやって一日看病してやった俺の立場は?」
「その分身体で払わされたじゃん」

 臣は可笑しそうに笑いながら、キッチンへ行った。
「ごちそうさまでしたっ」
 土鍋を空にして、両手を合わせた俺の前に薬袋が置かれる。
「ちゃんと服んどけよ」
 
 三種類の錠剤をミネラルウォーターで飲み下す。あれ、薬ってミネラルウォーターで服んでいいんだっけ? ま、薬って言っても栄養剤だからいいか。
 
 ……そのままぼんやりTVを見てたらなんだか眠くなってきた。ずるずるとラグの上に座り込む。
 何だコレ……。さっきまで一日中、寝てたのに。やっぱまだ完全には治ってなかったのかな……。

 とろんとした目付きで臣を見上げる。臣はソファーに座って水割りかなんか飲みながら、煙草を吸っていた。
 オレの視線に気づく。

「……そういえば、その薬、どれか睡眠導入剤だって言ってたな」
「……すいみん、……睡眠薬?」
 ダメだ、眠くて頭まわんねー。臣の口がぱくぱく動いてる。

「そんな強いやつじゃない。医者は、過労だからとにかく身体を休めろ、とさ。……よく効くな、お前」
「……効いてんの? オレ、……すげーねむ……」
 自分の言ってることが判らない。ぐらり、と傾いだオレは、あったかい、煙草臭い身体に抱きとめられた。

 抱え上げられる浮遊感。
「……仕方がねーな、寝てる奴相手にしても面白くねーし、……」
 ぶつぶつ言う臣の声を最後にオレは意識を手放した。
 

 

 

   

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きみの四十一話更新。

  

 きみの手を引いて四十一話、移しました。

 すいません、時間がないので更新報告のみで。m(_ _)m

きみの手を引いて:41

  

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 第四十一話

 

   
 ハルが成沢の陣取るカウンターにゆっくり近づいていくのを、柚月は黙って見ていた。
 気付いて振り返る成沢。その隣のスツールに、ハルは肩を落として座り込んだ。

「……」
 柚月は出入り口近くの壁に背中を預けた。─── ハルを成沢の元に送り届け、詫びを入れようと思っていた。大事な、預かりものをキズものにしてしまいました、すいません、……けれどその預かりものはあなたのことが好きなので。
 
(……どうか、一緒に暮らして恋人にしてやって下さい)
 今すぐにでも成沢に土下座したい。ハルは悪くない、自分が無理強いしたのだ、─── だから、ハルを好きになってやって欲しい、と頼み込むつもりだった。

 それなのに、二人が並んで座る後ろ姿を見ると。

 近づけなかった。

 何かを話している様子が判る。成沢がハルに顔を向け、ちらりと柚月を見た。ハルは、泣いているのかもしれない。─── 乱暴された、無理やりだった、と想い人に訴えているのだろうか。
(……土下座する間もなく成沢さんに殴られそうだな)

 その方が良かった。お前なんかに預けるんじゃなかった、と成沢が怒ってハルを自分から取り上げ、大事に扱ってくれれば諦めがつく。自分が謝らないでいた方がハルの幸せに繋がるのなら、そうする。

 二人の背中を見ているのが辛くなり、柚月は、ふい、と顔を背けた。
 ─── レストルームから出てきた少年と目が合った。
「……あ」

 異口同音に言い、さらに少年の方は、ぴょこ、と頭を下げて柚月のそばに来る。
「ええと、……確か、柚月さん」
「……ハルの、友達の」
 面識があった。ハルを捜しに来た時、ケンカを止めようとしていた ───。

「ナオです。ハルは一緒じゃないの?」
 白い頬にそばかすを散らせた小さい少年は柚月に笑顔を向ける。明るい笑みと共に口にされた邪気のない質問に、柚月の心はずきりと疼く。
「……ああ」

 ぎこちない表情の柚月にナオは首を傾げた。─── ハルを背中に庇った時とは別人のように生気がない。
 不思議に思いながら柚月の視線の先を辿ったナオは、カウンターにこの店のオーナーとハルが並んで座っている事実を知る。

 ナオは眼を瞠って、柚月を見上げた。辛そうに俯いた柚月の泳いだ目と出会う。
 柚月はナオからも目を逸らした。
「……いいんですか?」
「なに、が?……」

「ハルのこと、好きなんでしょう。……オーナーのそばにいて不安じゃないの?」
 訊ねるナオの声も少し平静を欠いていたが、ほとんど初対面の柚月には判らなかった。
「……成沢さんのところに行くように俺が言ったんだ」
「……どうして?」

 柚月と同じように背中を壁に凭れさせて、ナオは彼の顔を下から覗き込む。
「オーナーがハルのこと、す……好きになって、……もう帰さないって言うかも」
 わずかに柚月は頷いた。
「─── いいんだ、それで。……ハルが好きなのは成沢さんだから」

 ナオは驚き、カウンターのふたりの背中を見つめる。
「……そうなんだ、知らなかった、……」
 小さく言って視線を落とした。

 柚月は自分の肩ぐらいしかない、ナオの明るい茶色の頭を見下ろした。
「……俺、ハルには嫌われててね。……金もらっても嫌だって。……でも、成沢さんが、……あいつの好きなひとが俺に預けるって言ったもんだから、仕方なく、一緒に暮らして、……あいつ、俺に気使ってて、ずっと。……それにつけ込んで」

 ひどいことをした、と柚月はナオに聞こえないように口の中で呟いた。ハルが、自分に乱暴されたことを友人に知られたいとは思えない。
 頭を横に振って呟いた言葉を打ち消す。
「……もう、成沢さんのところに行った方がいいんだ、あいつは。俺のところにいるべきじゃない」

「……柚月さんは、それでいいの?」
 少し高い、透明なナオの声が柚月の耳に届く。
「辛くないの ───?」

「……」
 辛くないわけがなかった。二人が一緒にいるのを見ているだけで、苦しくなる。今すぐにでも視界から消したい。成沢がハルを預かると確約するまではここにいなければならないことは判っていたが、─── 見なければ、少しはマシだ。
 
 それで苦しさが消えるわけではないということも本当は判っていた。ここから逃げ出して、家に帰り着いても成沢とハルのことを嫌というほど考えながら布団に潜るだろう。忘れろ、諦めろ、と自己暗示を掛けながらそれでも二人のことを考えて、一睡も出来ないで朝を迎える自分が容易に想像ついた。

 例えそれでも。眠れぬ夜がどれほど続いても。
「……ハルが泣かないでいてくれたら、それでいいよ」
 真っすぐカウンターを見つめる柚月をナオはじっと見上げる。

「……そんなにハルが好きなんだ」
 ナオはヘヴンのオーナーと並ぶハルの背中に視線を移した。
 ─── そのハルの隣に、ごく自然に座る人物が現れる。
 
 あ、と柚月が声を上げるのを聞きながらナオは名前を口にしていた。
「レイ、……どうしたんだろ」
「……レイ?……」

「友達なんです。……ハルよりいっこ上だったかな。でも、ハルとは会ったことないと思うんだけど」
 ナオは戸惑いながらも説明する。
「すっごくキレイなコ。ハルとちょっとタイプ違うけど、……なんの話、してるのかなあ?」
 暢気に呟くナオに柚月は訊ねた。 
 
「……成沢さんは、その、レイ、とは」
 身体の関係があるのかどうか訊かれているとすぐさま当たりを付けたナオは、笑って首を横に振る。
「ああ、なんにもないですー。ビックリするくらいキヨラカ、……て言うか、お互い好みじゃないみたいで」

「そうなのか……、恋人、かと思った」
 成沢さんの、と続ける柚月に、ナオは内心動揺した。─── もし「成沢さん」に恋人がいたら?
 どうなるんだろう、と訊かずにいられない。
「……恋人、いたらどうします? オーナーに」
 
「どうって、……別れて欲しいって頼むよ。ハルを大事にしてやって欲しいって」
「そ……そっか、そうですよねー」
 軽い声に笑みさえ含ませながら、淋しそうに目を伏せるナオ。

 その様子に柚月は違和感を覚える。
「─── 成沢さん、恋人いるのか?」
 低く発した柚月の真っすぐな言葉に、ナオはうろたえる。

「や、僕は、なにも、……判んないです。……オーナーのこと、よく、……知らないし……」
「……知らない……? 本当に?」
「……」

 ナオはただ、柚月を見上げることしか出来ない。背の高い柚月は切羽詰まった目でナオを見下ろした。
「……何か知ってるなら教えてくれないか。成沢さんが俺にハルを預けたのは、恋人がいるからじゃないのか? あいつが邪魔で、だから」

「それは違います、だってハルが柚月さんのところに戻ってからだったから、……」
 慌ててナオは口を噤んだが遅かった。柚月の顔色が変わる。
「……恋人が、いるんだな?」

 確信を得た柚月はナオに詰め寄った。
「どんな、……どんな奴なんだ?……成沢さんはハルが眼中にないくらい、そいつが好きなのか? どうして、ハルじゃ駄目なんだ……!」
 後ずさろうとしたナオの腕を掴む。

「……教えてくれ。頼む。知ってるんだろう……?」
 必死に和臣の恋人の情報を乞う柚月にナオは困惑した。まさか自分だとは、言えない。
「あのう、……あの、僕はよく判んないんだけど」

 柚月の真剣な目をじっと見つめながら、ナオは小さく囁いた。
 他の誰にも聞こえないように。

「……オーナーはそのひとに、すごく優しいです。笑って欲しい、って……そのひとも、嬉しいみたいです、……」
 そしてにこり、と笑うと恥ずかしそうに顔を伏せる。

「……え? ナオく……」
 柚月が事の真相に気付いた時。
 ナオの腕を掴んでいた柚月の手が、ヘヴンズブルーのオーナーによって乱暴に振り払われた。

  

 

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きみの手を引いて:40

 

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 第四十話

 

  
 ヘヴンズブルーの店内を、ハルは覚束ない足取りで歩いていく。
 和臣はカウンターにいたが、いつもの壁際の席ではなくその隣の席にいた。壁際の席にはタンブラーが置かれ、誰かが中座しているのが判る。

 ハルにその誰かを詮索する余裕はなかった。
 和臣の後ろで足を止め、スーツの広い背中を恨めしそうに見る。

 カウンターの中にいたフロアマネージャーの牧田がハルに気付き、驚きに目を瞠った。 牧田の様子で背後の異変に気付いた和臣は振り返る。
「─── 何だお前。なんて顔してる」

 瞼を赤く腫らしたハルが後ろにいたことに和臣はぎょっとしたが、近づいてきたハルの言葉にさらに驚いた。
「……追い出された」
「はあっ?……カレシんとこを?」
 ハルはうな垂れたまま頷き、和臣の隣の席 ─── 壁際でない方の ─── に座った。

 今まで見たことがないほど悄然としているハルを、和臣は片眉を上げて皮肉げに眺める。
「ひとにさんざん手間かけさせといて、もうこれか。先に言っとくが、痴話ゲンカなんか持ってくんなよ。迷惑だ」

「ちっ……痴話ゲンカなんかじゃないっ」
「じゃなんだよ。何やらかした」
 ハルは一瞬和臣を縋るように見て、目を潤ませる。そのまま俯く彼に和臣は、こりゃ面倒だ、とため息をついた。

「……誘った」
「へえ。そいつは良かった」
「誘って、最後までしてもらった。オレの方からせがんで、触ってもらったんだ、」
「一件落着だな。帰っていちゃいちゃしてろ。……なんだカレシも来てるじゃねーか」

 カウンターからは遠い、出入り口の近くに柚月が壁にもたれているのを和臣は発見する。
「さっさと柚月くんとこ行けよ。またお前とデキてるだのなんだの、嫉妬され ───……」

 そこまで言って和臣はある可能性に気づく。まさか。
「……まさか、とは思うが、カレシまだ誤解」
 こく、とハルは頷いた。
 
「……オレがあんたのこと好きだって思ってる。他に好きなひとがいるのにやっちゃったって……ひどいことした、って謝るんだ……そんで、一緒にいられないって……成沢さんとこ行けって、追い出され……」
 ハルの瞳からはらはらと涙がこぼれる。無意識なのか、堪える様子もないハルに和臣はあっけに取られた。
 
「お前な、……ぽろぽろ泣くな。涙腺壊れてんじゃねーか? 自業自得だろ、自分で柚月くんのゴカイ、解けよ」
「そうっ……そうなんだけどさ、オレだって言ったよ、柚月さんがイイって、……でも、きっ……聞いてくんなくて、オレが、柚月さんに気い使ってるって、……」
「気イ使ってヤらせるようなタマかよ、お前が。……まあカレシにはそう見えてんだろうな。とりあえず泣くの止めろ、……あいつに見られたら、マズい」
 
 最後の言葉はひとり言のようだった。ハルはそこに以前と違う和臣を嗅ぎ取り、ひっくっ、としゃくり上げながら首を傾げる。
「……なに慌ててんの? あいっ……あいつって、ダレ」

「お前には関係ない」
 ふふん、と余裕の表情で和臣は水割りのグラスを揺する。鼻歌でも歌いだしかねないほど上機嫌の和臣にハルは遅まきながら気付いた。

「はい。これで顔拭きなよ、ハルくん」
 カウンターの向こうから牧田がティッシュを箱ごと差し出した。
「ありがと、牧さん。……ねー、オーナーがオカシイんだけどなんでか知んない?」

 涙を拭い、洟をかみながらハルは牧田に訊ねた。
「俺の口からは言えないな」
 ちらりと壁際の席のタンブラーに牧田は視線を送る。

 ハルはまだ涙に濡れている目をぱちぱちと瞬かせてタンブラーを見た後、和臣の横顔の口元が緩んでいることに気付いた。
 目を見開く。
 
 自分の今置かれている状況を頭から飛ばしたハルは、和臣の肩にしがみ付いた。
「うっそ、マジ? 本命? ダレ? もう出来上がってんの? 口説いてる最中?」

「うるさい、お前には関係ねーの。……まあ、もう誰にもやるつもりはないけどな」
 和臣の言葉にハルはぽかんと口を開けて、薄気味悪そうに彼を窺った。
「落としたんだ……。金ずく? 力ずく? 監禁? 脅迫? どんな手使った?」

「失礼な奴だな。ちゃんと正攻法で口説いたんだよ」
「ほんとかよ……。借金でがんじがらめにして無理やり落とした、とかって方が納得できる」
「返す返すも失礼な奴だな」

「だーってさあ、……あ、オレウーロン茶。牧さん、マジで? オーナーがフツウに口説いたって」
「ウーロン茶ね。……それも俺の口からは言えないなあ」

「俺が言いましょうか?」
 すっ、とハルの傍らに立った人影が声をかけた。
 
「……レイくん」
 珍しく牧田が動揺したように低く言う。
「商談成立したんじゃなかったんだ?」

「ええ。コッチの方が面白そうだったから。ハルさんですよね?」
 振り返ったハルは、レイと呼ばれたその少年と肩越しに目が合った。切れ長の目に整った細い鼻筋。肩までの黒い髪が白い肌に良く映えている。

 しげしげとレイを観察したハルは、くる、と牧田に向き直った。
「─── すげー美人。ダレ? オーナーの本命?」

「違いますっ!!」
「違う」
 牧田に向けた言葉は他のふたりに思い切り否定された。
 
 レイは恐ろしく整った日本人形のような顔をしかめながらハルの隣に座った。
「……落とされた当の本人から聞きましたけど、体当たりの自爆に近いような口説き方だったみたいですよ。駆け引きも余裕も一切ナシ、……それで落ちてくれるんなら俺だって土下座でもなんでもするのに」

 たいあたりのジバク、とハルは目を丸くして、聞いてないフリをしている和臣の横顔をまじまじと見た。
「ありえねー……。好きだ、とか言ったの? 付き合ってくれ、とか? うっわー怖ッ、断ったら監禁されそー。あんたに告白されたら脅迫だよ、選択の余地ないじゃん」

「……そんなことは、ない。ちゃんと、あいつだって俺を好きだって」
「一回しか言ってもらえてないんでしょう」
 割り込んできたのはレイだった。しれっとした口調でハル越しに和臣を挑発する。

「まだ俺にだってチャンスある」
「そんなものはない。全然ない。これっぽっちもない」
「あのひとのこと諦めませんから、俺」
「往生際が悪い。しつこいと嫌われるぞ」
「オーナーにしつこいって言われるとは思いませんでした」

 険悪な雰囲気に挟まれたハルは、きょろきょろとふたりを交互に見た後、少し青ざめて牧田にこっそり呟いた。
「……なにコレ、超怖ーんだけど、この席、……オーナーと対等にやり合うヒト、初めて見たよ……」
「はは……色々あってね……」

 疲れたように笑う牧田から差し出されたウーロン茶をハルは一気に半分ほども飲む。
「泣いたらノド渇いた、……そうだ、オレ、こんなのに巻き込まれてる場合じゃねーんだ」
 和臣の恋愛とその恋人に横恋慕しているらしいレイの鞘当てですっかり頭が冷えた。ほっと息を吐いて、考える。
(……臣に本気の恋人が出来た、ということは、だ)

「……オレ、あんたん家行けないよね?」
「当たり前だ。邪魔だから来るな」
 じゃあそこら辺のこと柚月さんに話してよアンタから、……と言いかけたハルの横からレイが口を出す。

「あれ、昔の恋人に冷たいんですね、オーナーって。さっきも泣かしてたし」
「ええ、オレー!?」
 思わずハルは自分を指差した。ダレが、ダレがこんなエロオヤジの恋人だったって?

 そんなハルの気持ちを代弁するかのように和臣が低く否定する。
「こいつは昔の恋人じゃない」
「昔じゃなかったら、今? フタマタかけられた、なんてあのひとが知ったら泣いちゃうかも。可愛いだろうなー、慰めたげよう」
「昔も今も恋人じゃねえ。慰めなくていい。……この際、はっきり言っとくが手を引け」
 
 静かに、しかし強く脅す和臣を、レイはしゃあしゃあと受け流す。
「あ、俺ー、昨日ドリンク奢ったんです、あのひとに。そしたら今度奢るから忘れないでって。ついでにデートしちゃおうかなあ」
「……いくらだ。俺が払う」
「けっこうです。あのひとに缶コーヒーでも奢ってもらったほうがマシです」
「そう言うな。取っとけ」

 長財布から十万円を出した和臣は、二人の間にいるハルの前にばさっと置く。和臣の本気の度合いを見せつけられたハルは、思わず身体を引いた。
「マジかよ、……デート阻止するためにドリンク代十万て」
 
 レイはそれを見やり、ふんっ、と顔を背けた。
「そういう金ずくってあのひと、キライなんじゃないかなあ。……価値観の違いで別れるのも時間のモンダイ……」
 和臣がついにレイを睨みつけた。
 ハルを挟んで視線の火花が飛ぶ。
 
 ウーロン茶のグラスに口を付けながらハルは小さくなった。
「……もうやだ、この席サイアク……帰りたいよう……」
「オーナー、大人げないですよ。レイくんも挑発しないで、……ハルくんが可哀想じゃないですか」

 諫める牧田の言葉に耳を貸さず、和臣はレイを睨んだままハルに言った。
「お前、いつまでここにいるつもりだ? とっととカレシんとこ帰れ。俺は「レイくん」に話があるんだよ」
「だから、追い出されたんだって……でもあんたん家にも行けないから、柚月さんに話してよ。あんたから言われたら、柚月さん、オレのこと置いてくれるかもっ」

「後にしろ。……俺はこのくそ生意気なガキに引導を」
「ええ、俺はガキですよ。あのひとと二歳しか違わない、あ、オーナーはいくつ違いでしたっけ、あのひとから見たら相当年上、………満足させられるんですか?」

「……いい加減にしろよ?」
 和臣の頭の血管がキレる音が聞こえたような気がしたハルは首を竦めた。同じ音が聞こえたらしい牧田が慌てて口を挟む。
「そうだハルくん、カレシ連れてきたらっ? このままじゃラチ明かないし、───」
 言いかけた牧田は柚月がいる出入り口付近を見つめて、固まる。

「なに、どうし……あれ、ナオ?」
 牧田の様子に振り返ったハルは、柚月とナオが一緒にいるのを見つけ、目を丸くする。かなりの身長差 ─── 二十センチ以上 ─── がある二人は、まるで大人と子供だ。

 不意に大人が子供に詰め寄り、その二の腕を掴んだ。
 がたん、とスツールを立ち上がる音。─── ハルの両側の二人が揃って立ち上がり、柚月とナオを見ていた。

 ぎり、と和臣の奥歯が鳴る。
「─── ちゃんとカレシに首輪付けて繋いどけ!」
 ハルに向かって押し殺した声で言うと、和臣は足早にフロアを横切っていく。

「え? なに? なんで? え?」
 牧田、レイ、和臣の背中、柚月とナオ、を順に見て、牧田に戻る。
「まさか、……ナオ?」
 こくり、と牧田は頷いた。押し上げた眼鏡の奥の目が困ったように笑っている。
「かなり夢中でね、……ウチのオーナー」

 ハルは驚きつつ、気の毒そうに呟く。
「……ナオって趣味悪かったんだ……それとも、弱みでも握られて……」

 スツールに腰を下ろしながら、レイはちッと舌打ちした。
「……やっぱ邪魔しちゃえばよかった。俺の方が絶対大事にするのに」

 切ないレイの言葉にハルは苦笑しながら立ち上がる。
「今、邪魔しに行かねーの? オレは行くよ、柚月さんが心配だから。あっ、柚月さんがナオになんかする、とかじゃなくてー、……だって、柚月さんは乱暴なんかしないもん。臣が、オーナーがさー、テンパって殴ったりしたらヤだから」
 
「……俺は行きません。どうせ見せつけられることになるんだし」
「ふーん……臣にあんな楯突いたわりには結構諦めてんだ。ナオ、臣なんかにはもったいないと思うけどねー」
 牧田にウーロン茶の代金を支払い、ハルはカウンターを離れた。

 視線の先では和臣が柚月とナオの間に割って入り、何か話している。
 ハルは半ば駆け出すようにして、柚月の元に急いだ。

 

 ※この話はヘヴンズブルー20話、21話とリンクしています。なろうサイト様に掲載する際、「きみの」と「ヘヴン」を同時期に投稿していました。なので、ちょっとリンクさせて書くの面白そうだな、と思って……書くのは楽しかったですが、作品としてはかなりダメ。いろいろと実験していました、当時。 八月金魚 拝

 

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きみの手を引いて:39

 

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 

 第三十九話

 

   
 俯いて、ぎゅっと閉じたハルの目の隙間から、涙が溢れてこぼれる。
「……ごめ……ごめんなさい……っ、へんな、こと、してごめんなさいっ……もうしません、みっともないことしません、……気持ち悪いことさせてごめんなさい、もう、しなくていいから、触ってくれなくていいから、……」

 ひっく、ひっくと言う声が混じり、肩が震える。
「……もう、柚月さんの嫌なことしないから……っ」

 ハルは顔を真っ赤にして泣きじゃくっていた。ベッドの上で見た色っぽい泣き顔とは違う、完全に子供のそれに柚月は手を伸ばして、抱きしめたくなる。
 伸ばそうとしたその手で缶ビールを持っていることに気付く。それで我に返った柚月は温くなった缶をカウンターに置いた。ぐっと拳を作る。─── 抱きしめる資格などない。

「─── 嫌ってなんか、ない。謝るのは、俺の方だ」
 震えるハルの肩を見つめる。また、泣かせてしまった。
 やっぱり俺は駄目な奴だ、と柚月は頭を下げた。

「……ごめん。すまなかった。……」
 驚いて、─── ハルの涙は止まった。しゃくり上げる名残ですぐには言葉が出ない。

「本当なら、あの夜すぐに謝るべきだった。お前をそんな風に泣かせるぐらいだったら、せめてもっと早く謝れば良かった。─── 嫌ってなんかない。気持ち悪いなんて思ったことない。……お前が欲しくて、歯止めが、利かなくなった」

 のろのろと顔を上げた柚月は、驚きに目を瞠るハルの長い睫毛が涙に濡れているのを見つけて、うな垂れた。

「……お前が成沢さんを好きでも構わない、と思った。抵抗しても力で俺に勝てるわけないって……今なら……お前を自由に出来るって……、ごめん。本当に悪かった、……」

「───………」
 ハルはぼんやりと、顔を歪めて謝罪の言葉を口にする柚月を見つめた。
 ─── 嫌われた、わけじゃなかった。

 嬉しい、と思うより先にほっとしてしまい、気が抜ける。柚月に嫌われてしまった、でも柚月からはっきり「キライ」と言われたら死にそうなくらい辛い。そう言われたくなくて、ずっと気を張っていた。
 その緊張が解けた今、安堵の余り足元がふらつきそうになる。

 一心に見上げるハルに、柚月はぽつりと言った。
「……許して欲しいとは言わない。許されるとは思ってない」
 そして自分の部屋へ入ると、手早く着替えて出てきた。普通のセーターにジーンズ、手にはいつものダウンコート。
 ハルはジーンズの似合うその長い足に見惚れながら、顔に視線を移す。

 無表情で柚月は言った。
「……送っていくから、上着を着て」
「え……? どこ……」
「成沢さんのところだ」
「───」

 ハルは言葉を失った。
「……ここには置いておけない。判るだろう。どんな、ひどいことをされたか、覚えてるだろう。……一緒には、いられない」
「ゆづきさん」

 あどけない、と言ってもいい声でハルは柚月を呼んだ。それはあの夜の声を思わせ、柚月は頭を横に振る。
「そんな声で呼ぶな」 
 ハルに背を向け、ダウンコートに袖を通す。ロフトのカーテンの隙間から白いダウンジャケットを掴み出して、ハルに差し出した。

「柚月さん、オレ」
「呼ぶなって言ったろう」
 ジャケットを受け取ろうとしないハルに無理やり押し付ける。ハルは仕方なしにそれを両手で抱えた。

「着なさい。外は寒い」
「───……」
 年上の、分別のある大人としての命令だった。ハルは柚月が本気なのだと悟り、目を潤ませながらジャケットを着込む。
 
「……オレ、ここにいたらいけないの……?」
 ハルの小さな、子供じみた声にパーテーションを回り込もうとした柚月は立ち止まる。
 ゆっくり振り向くとハルの涙の浮かんだ茶色い瞳が、じっと柚月を見つめた。

「─── ああ。駄目だ。成沢さんのところに行くんだ」
 ─── それであの夜のハルが成沢のものになっても。たった一夜だけ自分のものになったハルが全部成沢のものになっても。
 ハルの幸せの為なら、自分の気持ちなどどうなっても構わない。

(『オレ、好きなひとがいるんだ。……金持ちで優しくて、あんたと大違い。……あんたなんか大嫌い。金もらってもあんたとだけは寝ない』)

 ハルの言葉を今さらながらに思い出す。
(……金をもらっても嫌な相手に無理強いされてどんなに辛かったろう。やめて、と泣いていた。俺はそれを無視した……嫌がってるのを承知で、俺は)
(暴力を、振るった)

 押さえつけて無理やり身体を開かせた。痛みに震えるハルの涙声が次第に快楽に煽られていくのを聞いて歓喜した。どうして今までこうしてはいけなかったのか、とさえ思った。
 ─── ハルがそうされたくなかったからだ、ということが頭から消えていた。

「─── 判った、……」
 ハルの呟きがあのひどい一夜に意識が飛んでいた柚月を現実に引き戻す。

 すっと柚月の脇を通ったハルは、黙って靴を履いた。ふたりでいっぱいになってしまう玄関に柚月が足を下ろそうとすると、ハルは頭を振って止める。

「……送らなくていい。ひとりでヘーキ、……」
 ハルは新たな涙を目の縁に止め、玄関ドアを開けた。
 足早にエレベーターに向かう。待つのがもどかしく、階段に踏み出した。

「……」
 ハル、と呼び止めかけて声にならず、柚月は玄関を飛び出した。階段を下りる足音がしている。

 送らなくていい、と言われてもそういうわけにはいかなかった。成沢の元にハルをきちんと送り届け、宜しくお願いします、と ─── 出来ることなら恋人にしてやって欲しい、と頭のひとつも下げてやりたい。自分の土下座でハルが幸せになるのなら、ヘヴンズブルーでだって出来る。

 ハルを追いかけて柚月もまた、階段を駆け下りた。

  

  

   

   

 白いダウンジャケットの肩を落として、俯き加減にハルはゆっくり通りを歩いていく。
 後ろから柚月が付いて来ているのは知っていた。
 
 涙で濡れた頬が冷たい。手の平で拭ってもすぐには乾かず、返って濡れた範囲を拡げてさらに頬を冷たくさせた。
 ずず、と洟をすする。通りすがりの何人かが、ちらちらとハルを横目で見ていく。

 ただでさえ目立つ美貌をしているのに、今涙が止まったばかりといった風情で歩いていては二度見されても仕方がない。
 立ち止まってハルの背中を見ている男を柚月はじろりと睨みつけた。

 長身の柚月に見下ろされ、男は慌てて離れていく。
 自分の背後で起こっていることに気付かず、信号で止まったハルは、はあ、とため息を吐いた。
 
「……」
 柚月は、近づいてこない。
 離れた場所でうろうろと信号が変わるのを待っていた。

 それを目の端に捉えたハルは俯いて自分の爪先を見つめる。
 柚月が、─── 連れ戻してくれないか、と期待した。「成沢さんのところに行かなくていい、帰ろう」と言ってくれるかもしれない、と思った。

(……そしたら、オレ、セフレでもいいのに。柚月さんとこ、いていいんならなんでもするのに)
(臣に触られたら、多分ぶん殴る、……でなきゃ吐く)
(どうしよう、オレ、柚月さんじゃなきゃダメだ)
(他の奴と出来ない)

(『……ハル』)
 あの夜、耳元で囁かれた柚月の声が蘇る。
 
 柚月にとっては、ひどい一夜でもハルには違っていた。
 確かに甘いばかりのセックスではなかった。強引に一方的に事を進めた、と柚月が思い込んでも仕方がないような触れ方だった。

(でも、オレのこと、呼んでくれた)
 だから力を抜いて身体を開いた。そうすれば快楽を得られる、と知っていることを柚月に知られるのは恥ずかしかったし、軽蔑されるのも怖かったけれども、それでもハルは。
 柚月と快楽を共有することを選んだ。

(……他の奴なんかイヤだ。柚月さんがいい。柚月さんと一緒にいたい)
(『駄目だ。成沢さんのところに行くんだ』)
 
「……」
 感情を抑えた冷たい柚月の言葉に、じわりと涙が浮かんでくる。
 
 信号が変わり、人波と共にとぼとぼとハルは歩き始める。少し狭い路地に入るとずっと人通りが少なくなり、行き交いもまばらだ。柚月の気配は相変わらず、付かず離れずハルの背後にある。

 ─── 「Heaven's blue」のイルミネーションが灯っている。徐々に近づいてくるその明かりの手前で、ハルの足は止まった。
 柚月も立ち止まる。しょんぼりとうな垂れるハルの背中や肩、白いうなじに視線が吸い寄せられた。

 未練がましい自分が嫌になる。自分のものではない、と知りつつ無理やりに手に入れた癖に、今になって「手離したくない」と心が言う。理性の「無駄だ、諦めろ」と言う声で無表情を保った。

 ゆっくりとハルが振り向く。涙こそ止まっていたが、潤んだ瞳は縋るように柚月を見つめた。
「……」
 柚月は感情を表に出さず、軽く頷いてハルを促す。どうあっても和臣のところへ行かなければならないのだ、と悟ったハルは前に向き直り、手の甲でぐいぐいと目を拭った。

 暗くぽっかりと穴を開けたヘヴンズブルーの階段を、ハルの後から、柚月は下りていった。
 
 
  
 

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きみの四十五話、なろうサイト様にて更新。

 

 「きみの手を引いて」四十五話、小説家になろうサイト様にて更新しました。

 ……これから授業参観で落ち着きません……。ι(´Д`υ)アセアセ

 上のお兄ちゃんたちはともかく、今年入学したばかりの一番下の子は初めての授業参観……。緊張するなあ、お母さん(八月)が。

 とりあえず行ってきます。

  .。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

 ブログに四十話まで移しました。

 授業参観行って来ました。末っ子なせいか甘えん坊な彼は、満面の笑みでお母さんに手を振りまくり……。カワイイヤツだなあ、もう。(←親バカ丸出し発言)┐(´д`)┌ヤレヤレ

 ま、いずれお兄ちゃんみたいに「来なくていい」っていうようになるんだけどね……。お母さん、寂しいわあ( ´・ω・`)。こっそり覘くけど。( ̄ー ̄)ニヤリ

 なんか半分子育てブログみたいですが、扱ってるのはBL小説です……。┐(´-`)┌

  

  

  

三十八話まで更新。

 

 きみの手を引いて、三十八話更新しました。

 昨日、子供の習い事と歯医者の送り迎えで(ママチャリです)忙しくて、三十六話を更新したまま放置。( ̄○ ̄;)!

 更新した時は書こうと思ってたのにこの体たらく。前回の「つぶやき」の数字を入れ替えて(今は三十七話になってます)「まあいっか」ということにしてしまいました……_| ̄|○

 しかし、忙しいのは本当に子供に関することばかり。自分のことはナンニモ忙しくないな~。

 最終話は、なにひとつ切らないことに決めました。゚.+:。(・ω・)b゚.+:。

 読みたいといってくれる方がいる限り(雪さんありがとうございます!)、書きます。頑張ります!

 あっ、でも、八月の力量で最後までたどりつけるかどうか判んないんですけど

 ……って日和ってないで最後まで書こう。頑張る。自分を甘やかすな~。(自分に言い聞かせるのに必死……)

   

   

 

きみの手を引いて:38

  

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 第三十八話

 

         
 ─── 普段と何も変わらない。

  
 ふたりが日常を暮らすための、暗黙の了解。その空気が部屋を満たす。
 それでもふとした折に、お互いの言葉の、行動の端々に、どうしようもないぎこちなさが見え隠れする。

 今までと同じように話しかけるのはハルのほうが多かった。
 違うのは。
 その目が、切なく柚月を追う。もっと話したいのに何を話せば良いのか判らない、というふうに口ごもり、柚月を前にして徐々に赤くなっていく顔を伏せる。

 次の瞬間には「なんでもない」と頭を振って笑ってみせるものの、以前には見せた事のなかったハルのそんな態度を目にする度に、柚月は心に拷問を受けていた。

 このままでいいはずがなかった。土下座をしてでもハルに許しを乞い、自分から遠ざけなければならない。
 
 ずっと恋焦がれていたハルが、自分の腕の中で艶かしく喘ぐ姿は鮮烈に脳裏に焼きついていた。
 もう一度、触れたい、と。あの声が聞きたい、と。
 幾度となく思った。

 そう思うこと自体も柚月には拷問だった。─── 強姦しておきながら、またハルを犯して自分の与える快楽で泣かせたいと思っている。
(最低だ)

 罪悪感に耐えかね、無理を承知であやに「預かって欲しい」と頼んだが断られた。環に託そうか、とも思ったが、そうするには全ての事情を ─── 恐らく、ハルが売春をしていたことも話さなければならない。

 ハルがアルバイトを続けていく為にもそれは避けたかったし、例え話したところであの年上の従兄弟はハルを預かってはくれまい。「自分で責任を取れ」と ─── 高校生の頃バイトしていた時にさんざん言われた ─── 小言を言われるさまが目に浮かんだ。
 
 そうなるとハルが身を寄せる先は、 ─── 成沢のところしかない。
 ハルの為を思うなら、今すぐ成沢の元に帰さなくてはならない。

 今日こそ成沢の元に送っていこう、と毎日考える。自分は変質者で強姦魔だ。ハルと一緒に暮らしていていいわけがない。

 けれど、成沢とハルが一緒に暮らし始めたら ───。
 あの姿を、自分が我を忘れてのめり込んだあの仕草を成沢にも見せるのだろうか?

 見せるだろう。当然だ。ハルが本当に好きなのは、成沢なのだから。
(……あんな、風に……あのひとにも……)
 相手が成沢なら自分の時以上に、遥かに扇情的に ───。

 それを想像して、柚月はかっとなる気持ちを抑えられなかった。

 自分には聞かせない声。自分には見せない表情。
 ハルに思いを寄せられている成沢は、容易くそれらを手に入れることが出来る。無理を強いた自分とは違う、想う人にだけ見せるハルの媚態やあえかな声を思い、気が狂いそうになった。

 ハルの身体を思いのままにしたことで柚月は返って嫉妬の炎に炙られ、成沢の元に帰れと言えなくなっていた。
(なら、いっそあやの言うように)
 「自分のものになった」ような顔をしてハルを抱きしめたらどうだろう。

 それは抗いがたい誘惑だった。今、手を伸ばしてハルを掴まえたら、あの夜のハルが、自分の腕の中で快楽に泣き、「柚月さん」と涙声で何度も自分を呼んだハルが手に入るかもしれない。

 一度、自分を受け入れたハルは今度は抵抗しないかもしれない。

 そんな見え透いた、下衆な、ひとたび寝て自分の所有物になったから抗わない、というような傲慢で横柄で薄っぺらいことを一瞬でも自分が考えた、ということに柚月は打ちのめされた。落ち込んだ。

 視線をうろうろとさまよわせ、なるべく距離を取ろうとする柚月をハルは切ない目で追う。
 ハルは ───。
 「自分のものになった」と柚月に思われても、良かった。

 元より誘ったのは自分の方だ。柚月に性欲処理に都合の良い、セフレだ、と思われたところで仕方がない。「自分のものになった」と柚月が思ってくれるなら、それは僥倖だった。
「……」
 
 そう思うのは惨めだった。柚月はあの夜以来、目も合わせようとせず、ろくに口も利いてくれない。自分の身体が気にいらなかったからか、それとも、男を平気で誘う淫乱な奴だ、と呆れられたのか ───。

 みっともなく誘ったりしなければ良かった。柚月に縋りついてキスをねだったり、触って欲しがったりしなければ良かった。
 柚月から見たらどんなに浅ましくて、滑稽で、惨めだったろう。

 柚月にどんな風に思われるか、考えもしなかった。ただ、柚月が好きで、触れたくて。触れて欲しかった。
 柚月に嫌われるくらいなら、何もしなければ良かった。

(嫌われた)
 その考えはハルの目に涙を浮かべさせた。
(嫌われたんだ、オレ)
 
 どうしたらいいか判らない。一緒にいるのが耐えられない、とばかりに寝室に引きこもる柚月の気を引きたい。

 表面上は穏やかに日々は過ぎて行き。  
 ─── 気がつけば、あの夜から一週間が経っていた。

   

   

   

 風呂から上がった柚月はキッチンに向かった。ソファーに座ってTVを見ているハルをちらりと見るがすぐに視線を逸らす。 
 冷蔵庫から缶ビールを取り出し、その場で一口飲んだ。

 本当なら、ハルに風呂が空いたことを告げ、湯が冷めない内に入るように促すべきなのだろう。実際、以前ならそうしていた。
(『もー、うっさいなっ。まだTV見てんのに!』)

 ハルが生意気な口調で言い返してきたことを思い出す。
 きっと、ハルは今でも同じように返答するだろう。─── みるみる頬を染めて、首筋まで赤くしながら。

 あの夜からハルは柚月がそばにいたり、─── 自分から話しかける分にはともかく ─── 柚月が話しかけたりすると極度に緊張するようだった。それはそうだろう、と柚月は思う。
(トラかライオンか……ああ、オオカミか……と同じ檻に入れられてるようなものだからな……)

 一度食われて、自分と一緒にいるのはオオカミだと気付かされたハルはそれでも、気丈だった。逃げもしないでこうしている。
(……行くところがないから仕方がない、か……)
 無意識に唇を噛み、柚月は飲み差しの缶ビールを持ったまま自分の部屋に向かう。

「柚月さん」
 ハルの小さな声が、引き止めた。振り向くと、つ、と近寄ってくる。
 柚月の心臓が跳ね上がった。

「……何だ」
 低い、ぶっきらぼうな声が出る。ハルが自分に近づくのを牽制し、自分もハルに対して妙な気を爪の先ほども起こさぬようにする為だった。

 ハルはその声色に一瞬怯み、少し悲しそうな目をした。すぐに、にこりと笑みを浮かべる。
「あのさー、もうすぐ柚月さん、誕生日だよね」
「え、……ああ。そうか、……何で知ってる」
「環さんが教えてくれたんだー」

 物覚えの良い従兄弟だ、と柚月は感心した。自分は、と言えば環の誕生日はおろか、自分の誕生日も忘れていたくらいだ。ハルの誕生日は知らない。最初に、詮索するな、と釘を刺されて以来、ハルが話さない限り柚月は何も知ることは出来なかった。
 
 ハルの誕生日が知りたい、と思った。訊いたら、教えてくれるだろうか。それとも、「アンタにはカンケーない」とそっぽを向かれるだろうか。
 ……後者だろう、と黙り込んでいると、ハルは首を傾げて柚月を見上げた。

「なんか、欲しいもの、ある?」
 柚月は虚を衝かれた。

「オレ、……判んなくてさー、柚月さんが何が欲しいか、……ほんとはちゃんと察してさり気なーく、ハイって渡す方がカッコいいんだろうけど、そうしたかったんだけど、……やっぱ、判んなくて。……何がイイ、かなあ……?」

 にこにこと笑うハルの瞳の奥に不安が揺れる。
 そんなハルを、柚月はまじまじと見つめた。
 ── 自分に、誕生日のプレゼントをあげたい、と?

 余りにも、思いも寄らないことだった。
 あんなにひどいことをした自分に。他に思うひとがいると知りながら、その行為を止めようとしなかった自分に。力ずくで抵抗を封じた自分に。

 ハルは、誕生日だからプレゼントをあげたい、と言う。
 言葉を失う柚月にハルは慌てて付け足した。
「あのさー、あんま高価いものはダメだよ?ぶっちゃけ三万以内」

「三万、……そんなに使ったら、お前自分のものほとんど買えないじゃないか」
 本気で言っているらしいハルに柚月はうろたえた。
 思い止まらせようと ─── 自分はハルから贈り物をされるに値しないのだ、と心が疼き、言い募る。
「PSP欲しいって言ってなかったか。服も、靴もバイト代入ったら買うって言ってたろう」

「いいんだよ、ゲームも服も逃げるわけじゃねーもん。次の給料で買う」
「いいから自分のもの買うか、貯めとけ。もったいない。それこそ俺が逃げるわけじゃないんだから」
「─── ウソだ」

 ハルの声のトーンが変わった。柚月は、はっと目を瞠る。
「ウソだ。柚月さんは逃げるよ。オレのこと、避けてる。知ってるよ、ちゃんと。……やっぱり女の子のほうがよかった?」

 俯き、表情を隠したハルの小さな声は震えていた。思わず柚月は一歩踏み出す。
「は、……」
「……ごめん! ヘンなこと言った。忘れて、」
 ハルは後ずさり、俯いたまま手の甲で目をごしごしと擦る。

 顔を上げて、柚月に笑顔を向けた。
「─── 何がイイか、決まった? あのさ、何も思いつかなかったら、でいいんだけど、マフラーとかどうかなあ? ヴィンテージ行く途中に、ショップ……」

「ハル」
 硬い声で名前を呼ばれ、ハルはびくんと身体を竦ませた。
「……何も、いらない。お前からは、もらえない」
「あ……」

 断固とした柚月の言葉にみるみるハルの笑顔が萎んでいく。
「……オレ……あの……柚月さんに喜んで、欲しくて……」

 自分を避ける柚月の気を、引きたかった。自分が近寄ると硬直する柚月に、話しかけると警戒するような目を向ける柚月に、少しでも好かれたかった。

(『何もいらない。お前からはもらえない』)
 けれど、柚月には迷惑なことだったのだ。
 ずっと、あの時から。浅ましく柚月に縋りついて触ってもらった時から。
(柚月さんに嫌われてた)

「……も……みっともないこと、しないから……」
 ハルの瞳に浮かんだ涙は、足元のフローリングをぼやけさせる。
「……近づいたり、へんなこと、……したり、しないから……気持ち悪い、こと、させたりしないから……」
 潤んだ目の縁から、一粒、転がり落ちた。
 
「オレのこと、嫌わないで ───……」

 

 

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きみの手を引いて:37

 

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 第三十七話

 

   
 大学と院、共通のカフェテリアに柚月はいた。学生で賑わう長テーブルの端に座り、ぼんやりとトレイに乗せられた昼食を見つめている。
 食欲が湧かなかった。それでも、手にした箸で鯖の味噌煮を突付く。

 近くにひとの気配が立ち、柚月のトレイの隣にカルボナーラの乗ったトレイが置かれた。
「どうしたの、要ちゃん。顔が変」
 あやだった。

 柚月の気持ちが自分にないことを思い知らされ、痛手を負った彼女だったが今ではすっかり回復していた。ハルを出てゆきがしにした、あの出来事の一週間後には柚月の前に現れ、二人が一緒に暮らし始めたのを知ると「カモフラージュになってあげる」と言い出し始めた。

 柚月は「彼氏ができないぞ」と断ったが、あやは勝手に触れ回った。曰く「難攻不落の柚月 要を落とした」、と。
 友人の間を廻り回ったその噂を耳にした柚月は頭を抱えた。

 大学に入った年に両親を亡くしてから、誰とも付き合うことのなかった自分は難攻不落だと周囲に思われていたのか、と落ち込み、「高校の頃は彼女がいた、あやは幼馴染みだ」と柚月が一応の弁明を試みたところで時はすでに遅く、柚月とあやのことは周知の事実になっていた。

 彼女なりの謝罪なのか、それ以来柚月と付き合っている振りをしながら、ハルとの仲を応援してくれている。
「……ヘン、……そうか、変か……」
 ろくすっぽあやの方も見ず、柚月はぼそりと呟いた。

 あやは肩を竦めて、柚月の隣に座る。カルボナーラの上の半熟卵をフォークでざくざく突き崩して混ぜた。
「何よ、ぼけーっとしちゃって。寝ぼけてんじゃないの」

 言いながら食べ始める。柚月に振られてからというもの、あやは柚月の前で女らしく振舞うのがバカバカしくなって止めた。ハルに夢中になっている柚月相手にしなを作ったところでムダだ。
 それでも一応恋人同士らしく、小声で耳打ちしてみる。
 
「……なに? ついに愛しのカレに手え出しちゃった?」
 あくまでも冗談だった。好きな相手と一緒に暮らしてるのに、どういうわけか自制している柚月をからかう為の冗談。

 いつもなら、「何言ってんだ、ばかばかしい」と顔をしかめた柚月にあしらわれるのが常だったが ───。
 その冗談に、柚月は頷いた。

「……は? 要ちゃん?」
「─── やってしまった」
「や、や、やったって、何を? 何が?」

 思わず声を上擦らせたあやは、ここはカフェテリアで周りに人が沢山いることを思い出し、小声になる。

「落ち着こう。落ち着こう、ね?……キスとか、その程度でしょ?」
 柚月は頭を横に振った。
「……キスも……した、無理やり……犯した。強姦した……」
「ごッ……!?」

 ごうかん、と叫びかけたあやは慌てて口を噤んだ。昼食時に賑わう明るいカフェテリアに相応しい話題では、ない。セクハラもいいところだ。

 恐る恐るあやは柚月の様子を窺った。
「……マジ?」
「……ああ」
 鯖の味噌煮を見つめながら柚月は肯定する。

 口をあんぐりと開けて柚月の横顔を見つめるあやの手元のフォークから、卵黄が程よく絡まったパスタが落ちた。

    

    

    

    

「─── どういうことかキリキリ白状してもらいましょうか」
 ところは変わって柚月のアパート近くのファミリーレストラン。あのまま、カフェテリアで話を続けるのは憚られて、それぞれのゼミが引けた後ここで落ち合うことになった。

 あやは腕を組んで柚月を問い詰めた。その目には困惑の色が浮かんでいる。
「あいつが許すまで指一本触れないって言ってなかったっけ。……なんでいきなり、そんな」
「……俺が悪いんだ……」

 テーブルの上のコーヒーを見つめながら自責の言葉を口にする柚月に、あやはため息をついた。
「そりゃ、強姦は悪いわよ。でもほんとに強姦なわけ?」
「……強姦強姦言うな、女だろう」

「だから何よ、男も女も関係あるの? そんなこと。黙ってりゃゴーカンされないっての? そうじゃないでしょ? いくらだって言えるわよ、レイプ、強姦、痴漢、猥褻物……」
「判った、判った、もういい」

 柚月はあやの言葉を遮ってコーヒーに手を伸ばした。今朝、柚月の分までもコーヒーを淹れたハルを思う。─── どんな気持ちだったのだろう。
 嫌だ、やめて、と言ってもやめてもらえなくて。抵抗を力ずくで封じられて。さんざん泣かされて。

 どこにも行くところがなくて。
 あの部屋で暮らす日常を失いたくなくて、何もなかったような顔で柚月の分の朝食を用意して、笑ってみせた……。

「─── もう駄目だ、あや、俺はあいつとは一緒にいられない」
「いられないって……一緒にいたくて連れ戻したんでしょう。責任取りなさいよ」

「あいつ、好きなひとがいるんだ。他に好きなひとが。……それでもいいと思ってた、あいつと一緒にいられるならいいって、……あのひととハルが恋人になってもいいと思ってた……でも駄目だった。……ハルが好きなんだ……」

「知ってるわよ、」
 あやは自分の紅茶に砂糖とミルクを入れ、かき混ぜた。
 ハルを思う柚月の気持ちを聞かされても、全く心はざわめかない。それどころか、振った女に自分の恋の不始末を懺悔するような男をどうしてあんなに好きだったのか判らない、と不思議に思うほどだった。

「だからね、ハルはどうなのか、ってことなのよ、問題は。あの子だって要ちゃんの気持ち知ってて一緒に住んでたんでしょう。他に好きなひとがいるにしろ、合意の上っていうか、……そういうことになってもいいと思ってたんじゃないの?」
 
「それは、……」
 そうかもしれない。
 気を使ったにしろ、同情したにしろ、ハルは柚月に「好き」と言った。あれは、寝てやってもいいということなのかもしれない。

「……そうやって、同情やら気遣いで俺に許してあいつが辛くないと思うか……?」
「許した、ってことは合意なんじゃないの」
「許さざるを得なかったというか……俺が強引に……つい、歯止めが利かなくなった……」
「生々しいわねー。そこまで訊いてないわよ」

 紅茶を飲みながらサバサバとあやは言った。
「それで今朝はあの子どうだったの? 思いっきりシカトされた? 強姦魔って罵られた?」
 強姦魔、という言葉に胸を貫かれて、柚月は思わずうめき声を上げながらも答える。

「……普通だった」
「普通? 初夜が明けての朝なのに?」
「初夜って言うなっ……とにかく、あいつ普通で……普段どおりで。メシ作って、コーヒー淹れて……でも俺が近づいたら、顔真っ赤にして、離れて……目、逸らして……」

「ははあ」
「なに、何がははあ、なんだっ?」
「そりゃ恥ずかしいんだわ。一線を越えた後の反応としてはまあ、ありがちよね。ちょっと純情すぎるって感じだけどー」
 でも、その反応はどう考えても強姦魔に対してじゃないわよ、とあやは続けた。
 
「……」
 そうなのだろうか。いや、あやは知らない。自分がハルに対して行った数々のセクハラ行為。彼はその度に我慢して誤魔化そうとしていた ───。
 
 柚月は居住まいを正して身を乗り出し、あやに縋り付くような目を向けた。
「─── 頼みがある。お前の家でハルを預かって貰えないか」
「はあ? うちで? ダメよう、実家暮らしなの知ってるでしょ。ハルみたいの連れて帰ったら、あたしが五つも年下の美少年たぶらかしたって大騒ぎになっちゃう」

「……駄目か……」
 一縷の望みを賭けてみたもののあっさり断られ、柚月は落胆する。
「そんなにハルと一緒にいたくない?」
「いたくないんじゃない。そばにいたら何をするか判らないからだ、俺が」
 
 真顔で訴える柚月にあやは呆れた表情を隠さない。
「ねえ、あたしは結局ノロケを聞かされてるわけ? バカバカしくてやってられないわ。……そんなに好きなら正面切って、好きだ、あいつのことなんか忘れろ、忘れさせてやるー、って迫ってみたらいいじゃない」
 
 にやにやとひとの悪い笑みを浮かべながら頬杖をつくあやを、柚月は恨めしそうに見た。
「……面白がってるだろ、お前」
「ちょっと。だって面白いんだもん」

 あやはテーブルにつくほど長い自身の巻き髪をくるくると指に巻きつける。
「あたしに言わせればね、要ちゃん。合意かどうか微妙なところでもハルは許したんだし、今朝のその様子からしても本当にイヤがってるとは思えないのよ。要ちゃんがなんでそんなうじうじしてるのか判んないわ」

 いっそ開き直って、俺のものになった、みたいなカオしてたら、とけしかけながら、あやは携帯電話をバッグから取り出す。時間を確かめて席を立った。

「残念、もう行かなきゃ。後日談聞かせてね」
「……合コンか」
「飲み会よ、飲み会。あたしは要ちゃんのカノジョだから人数合わせ。その前にちょっと女子だけで集まるの」

 軽い足取りで店を出て行くあやを見送りながら、柚月は深いため息を吐いた。
 ─── あやの言うように、身体を繋ぐのを許されたから心も自分のものになる、というのならどんなにことは単純だろうか。

 ぼんやりと昨夜のハルが脳裏に浮かびそうになり、柚月は慌てて伝票を手に立ち上がった。

  

  

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 第三十六話

  

  
「─── どうしたの、柚月さん」
 ハルはコーヒーサーバーを手に振り向いた。
 明るいリビングには淹れたてのコーヒーの香りが漂っている。

 ダイニングテーブルには目玉焼きとウィンナーソテー、昨日の残りのサラダ。たった今焼けたばかりのトーストを皿に乗せ、ハルはバターと共にテーブルに運ぶ。
「コーヒー入ってるから持ってきてー」

 ハルに言われ、柚月はコーヒーが注がれた二つのマグカップを手に、テーブルの脇に立った。
「いただきまーすっ」
 いつもどおりの旺盛な食欲を見せるハル。側にぼーっと立つ柚月の様子を全く気にも留めていない。

「食わないの? 遅刻するよ」
「あ……ああ」
 柚月はハルのマグカップをテーブルに置き、自分の分は持ったまま椅子に腰掛ける。コーヒーを啜った。

「美味い?」
 箸の先を口に咥えながらハルが訊く。柚月は頷いた。
「……ああ。ずいぶん上手く淹れられるようになったんだな」
「お客さんが少ないときとかさ、環さんに淹れ方教えてもらってるんだー」

 褒められ、にこにこと嬉しそうに笑うハルを見て、柚月は昨日の夜の出来事が夢だったのではないかと思い始める。
 自分の部屋で話しただけ。ハルには指一本触れていない。
(……そんなわけない)

 ハルの瞼がわずかに赤く腫れていた。自分に無理やり組み敷かれ、泣いたせいだ。
『やあ……っやだ……やめて……』
『……いた……いたい、よ……ゆづきさ……』

「────」
 柚月は手の平で顔を覆ってうな垂れた。
(……謝れ。謝らないと。土下座だ。今すぐ)
(なんて言って? どうしても自分のものにしたかったからレイプしてしまいました、ごめんなさいってか?……許すわけないだろう)

(許されるはずがない)
 他に思うひとがいるハルをこの手でめちゃくちゃにした。
 顔が上げられない。
 ハルを正視できない。

「─── ごちそうさまでした」
 柚月がうな垂れ、ぐったりと椅子に座り込んでいる間にハルは食事を終えて席を立った。空いた食器をシンクに下げる。

 水の音が柚月の耳を打つ。キッチンに立つハルの背中をこっそりと見つめた。
(……なんで……何も……)

 ハルが何も言わず、普段と何一つ変わらないのが不思議だった。
 本当なら罵られ、殴られても仕方がないはずだ。さもなければ出て行く、と言い出されるか。

 柚月の方は死にそうなくらい落ち込み、ハルの目もまともに見られないというのに、ひどいことをされた当の本人は何事もなかったかのような顔をしている。
(……そうだ。前にも)

 ハルには、以前からそんなところがあった。
 熱を出した柚月に無理やり頬を触らせられた時も。酔って帰った柚月がセクハラ紛いの行為に及んだ時も。

 こんなの大したことない、と言わんばかりに何事もなかったように振舞った。
 いつもと何も変わらないのだ、と態度で示して、その実は。
(泣くほど嫌なのを必死で我慢していた)

 以前とは程度の違う、今回のことでさえハルは我慢して「ぜんぜんヘーキ」と誤魔化すのだろうか。
 ─── いつもと変わらない日常を送る為に。

 柚月はほとんど無意識に立ち上がり、ハルに近づいていた。
「……ハル」
 至近距離で背後から呼びかけられたハルの変化は劇的だった。

 びくッと身体を竦ませたのがはっきりと判る。みるみる耳まで赤く染めると、食器を洗う手を止め、柚月から少し離れてタオルを手に取った。
「あ、……びっくりした。急に後ろにいるから」
 手を拭きながら目を伏せて、合わせようとしない。

 さっきまでの普段どおりのハルはやはり、そう振舞っていただけで ─── 本当は我慢していたのだ、と柚月は気付かされる。
 もう言葉が出ない。なんと言っていいのか、判らない。

 リビングがしん、と静まり返る。
 気詰まりなその沈黙を嫌い、ハルは口を開いた。
「……オレ、もうバイト行く」

 明らかに時間が早かった。いつもは柚月の方が先に家を出て、それからハルが洗濯物を干す。それでも充分過ぎるほど間に合う。
 言葉を失い、一歩も動けなくなった柚月をそのままに、ハルは慌しくダウンジャケットを着込む。

 スポーツバッグを肩に掛け、部屋を出て行く。バタンと玄関ドアが閉まる音がやけに大きく、柚月の耳に響いた。

    

    

    

    

 エレベーターに乗り込むとハルは壁に凭れた。
 はあ、と息をつく。
 身体が痛んで、だるかった。正直なところ横になりたい。

(……いち、に、さん、よん、……四ヶ月? 臣、じゃなかった、成沢サンとはやんなかったからそんなもんか……)
(けっこう、かなり、キツイかも……ブランクのせい、……それとも柚月さんが)
 強引だったから? と考えて、それを打ち消そうと咳払いする。それさえも身体に響く。

 本当は椅子に座るのも辛かった。平気な顔が出来たのは、柚月が起きてきたときのシュミレーションをしていたからだ。
(……まさか、あんな真っ青な顔色で起きてくるとは思わなかったけど)

 柚月の部屋のドアがものすごい勢いで開き、青ざめた彼が心底不安そうな表情で出てきた時を思い出す。
(……びっくりした。柚月さんが起きてきたら、って考えてたこと全部飛びそーだった)

 柚月の顔を見た途端、心臓が激しく鳴り出した。気取られないよう、平気な顔をして普段どおりに話しかける。だるくてよく動かない身体を叱咤して、痛くても表情に出ないように気をつけた。
(大丈夫、だったよな。カラダのこと、……バレなかったはず)
(……最後だけ失敗した。柚月さんがいきなりそばで「ハル」って呼ぶから)

『……ハル』
 
 昨日の夜、耳元で囁かれた柚月の声を思い出してしまった。また顔が赤らんでくる。
(さい……最後までしてくれるなんて、思わなかった。……柚月さんに触って欲しくなって誘ったけど、……嫌がられると思ってた、から)

(……オレ、昨日、……へ……へんじゃなかった、かな……? 嫌われて、ないかな……)
(ヘンだったかも……誘ったり、して……みっともなかったかも……)
(……浅ましい、とか……思われてたらどうしよう……?)
 
 さっき離れたばかりなのにもう柚月に会いたくなってきた。上手くしゃべれなくても構わない。部屋に戻ろうかと思いかけて、階数ボタンを見る。
 五階のままだった。ボタンを押し忘れたのだ。

(……か、かなり浮ついてんな、オレ)
 軽く舌打ちをして、「開」と「1」のボタンの間で迷った指先は結局、─── 「1」を押した。

  

   

   

   

   

 ヴィンテージの裏口から続いているカウンターに入ると、物音で気付いたのか、住居になっている二階から環が驚いた様子で下りてきた。
「早いね、ハルくん。どうしたの」
 
「ちょっと……早起きしちゃって。すいません。迷惑だったらコンビニかどっか行ってます」
「いや、いいよ。早く開けても構わないしね。……?」
 言いながら環はしげしげとハルの顔を見つめる。

「─── 顔色、良くないよ」
「え……そ……そうですか?」
 歩いて来る道すがら、少し気分が悪くなっていた。

「うん。ちょっと休んでなさい。朝ごはんは食べてきた?」
「はい、……」

 話しながら、従業員の休憩室として使っているカウンター裏の倉庫に入る。コーヒー豆の入った袋や缶詰の並んだ棚の隣に置かれた長椅子に横になるようハルに勧めた環は、二階から毛布を取ってきてハルの上に掛けた。

「ありがとうございます、……そんなヒドい顔してました? オレ」
 辛そうに大きく息をつきながら苦笑いするハルに、環は困ったような笑みを返す。
「まあね。今にも倒れそうって感じ、……原因は、要?」
「え」

 ハルは驚いて、まじまじと柚月に似た環の優しい目を見つめた。
「こないだは腕、怪我してたね。喉も。……差し出がましいことは言いたくないから黙ってたけど、もし要が、その……ひどいことをするなら」
「いえっ、違います!」

 思った以上に大きい声が出てしまい、焦ったハルは口を塞いだ。
「……」
 おそるおそる手を外し、長椅子の側で黙って言葉を待つ環を見上げた。

「……ちが……違うんです。柚月さんは、優しいです。……オレの好きなひとに会って来いって言ってくれたりして……」
 言葉を途切れさせたハルは真っ赤になる。小さな声が本心を告げた。

「……でも、オレ、柚月さんが好きなんです……」

 環は驚いた風もなく頷き、ハルの傍らに腰掛けた。
「うん」

「……気持ち悪い、ですよね……? クビ、ですか?……」
「どうして?」
「どうしてって……。こんなの……ヘンだから、雇えない……」

「クビにはしないよ。OLさんや結構遠くからハルくん目当てで来てくれる女子大生さんに恨まれてしまうから。……それに僕だってきみがいてくれると助かる。仕事を覚えるのは早いし、手際もいい。要が高校生の頃とは雲泥の差、……あいつがバイトで入ったとき、カップとソーサー何個割られたと思う?」

 一ヶ月で十を超えた、と環は苦々しく顔を歪める。
 ハルはぱちぱちと目を瞬かせた。
「柚月さんが? 信じられない」

「箱入り息子で洗い物ひとつしたことなかったからね、あいつは。掃除も出来ない、サイドメニューの盛り付けも出来ない、さすがに愕然としたよ。従兄弟でなきゃそれこそクビだ」
「今は食器割ったりしないです。料理も上手だし、部屋もきれいだし、洗濯物もちゃんと畳んで」

 言い募るハルに環は、にやっと笑ってみせる。
「知ってるよ、今はちゃんと出来るって。要のこと庇うんだ」
 ハルはますます赤らんできた顔を毛布を引き上げて、半分隠す。

 そんなハルの様子をただ穏やかな目で見ていた環は、ゆっくりと静かに言った。
「……きみが要のところを出てった時、あいつ血相変えてここに来てね。「ハルがいなくなった」って。寝不足でげっそりしてて、見られたもんじゃなかった。……要もきみが好きなんだね」

「わか……判んないです。……前は、好きって言ってくれたけど、……後悔してるかも」
「……後悔してそうなの?」
「……」

 昨日の夜、柚月はあの後、何も言ってくれなかった。
 身体を起こした自分を茫然と見つめ、うろたえていた。どうしたらいいか判らない、とその目の色が言っていた。

 ハルもどうしたらいいか判らなかった。身体はだるいし、腰は痛い。中に出された柚月の精液をどうにかしないと、と麻痺した頭で考え、浴室へ向かった。後始末を終えて湯に浸かっていると身体が楽になり、正気に戻ってくる。そうなるとあられもない声を上げて二回も達してしまった自分が恥ずかしくて、もう柚月の部屋には行けなかった……。

「……」
 黙り込んでしまったハルをしばらく環は見つめていたが、長椅子から腰を上げた。
「体調良くなったら店に出ておいで。開店までまだ時間あるし、……あんまり具合が悪いようなら要に迎えに来させるよ。お前のせいだろって叱ってやる」

「いえ! 大丈夫ですっ、すぐ良くなりますから!」
 半分本気らしい環の言葉にハルはまた顔を赤らめて、毛布を被った。

 

 

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三十七話まで更新。

  

 「きみの」三十七話まで移しました。

 最終話が……三分の二まで書いたのですが、この時点ですでに4千文字。(小説家になろうサイト様のフォームには出るんです、文字数が……。)

 いつも1話3千文字台(時に2千5百とか、4千超えることも)で書いているのですが、読みやすさを考えると、3千5百文字前後がいいかなー、と思うのです。個人的な見解ですが

 web小説だから長すぎると目が疲れるし、電気食うし、短すぎると物足りないし、で3千5百前後で書ければいいな~と思って設定しているわけですが、最終話、長すぎる。

 更に、ちょろっとおまけっぽいエピソードも入れようと思っていて、……コレを切るか、入れるんなら最終話を二話に分けるか……。( ´・ω・`)

 それとも6千文字超覚悟で、1話にするか……。

 とりあえず書いてから決めよう……。

  

   

 

きみの手を引いて:35

  

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 第三十五話

 

       
 上は着たまま、下着ごとズボンを引き下ろされたハルは、張りつめたそこを揉まれ、あえかな息をつく。滴を垂らし始めたそれを、柚月は身体をずらして見た。
「やあ……っ」
 柚月の視線に気づき、ハルは膝を閉じようとする。恥ずかしかった。

 それを許さず、柚月はハルの膝を掴んでこじ開け、勃ち上がったものを口に含んだ。
「! 柚月さ……」 
 ハルは慌てた。男と寝た経験などないであろう柚月に、そんなことをさせるつもりはなかった。

「いや、柚月さん、やだっ……手、で、いいから……っ、そんなこと、するのイヤだろ……?」
 柚月の頭を押しのけようと手を伸ばす。
 力の入らないハルの手を柚月は払いのけた。わざとちゅくちゅくと音を立ててハルを追い詰める。

「やあ……っやだっ……! ダメ、だよ……っ」
 息が上がる。心臓が苦しい。ハルはシーツを蹴飛ばし、射精から逃れようとする。
 柚月はハルの足を押さえつけ、口の中にあるくびれを舌先で執拗になぞった。軽く吸い上げる。

「……っ!」
 ハルはあっけなく達していた。自分でそのことに驚き、柚月の手が緩んだ隙に慌てて起き上がった。
「あ……あ……オレ……どうしよう……ごめっ……ごめんなさ……」

 おろおろと柚月に向ける目に涙が滲む。
 柚月の口の中に放ってしまった。こんなはずじゃなかった。我慢しようとして、出来なくて。相手が柚月だ、と思っただけでダメだった。

「……ちが……オレ……ごめんなさい……っ」
 ハルは真っ赤になり、泣きそうな顔を伏せる。
 柚月はそれをじっと見つめていたが、いきなりハルの足首を掴んで引き倒した。
 
「!」
 柚月が怒ったのかと思った。口の中に粗相をされて機嫌を悪くしたのか、と。
 それほどの荒々しい仕草でハルの膝を押し開き、まだ硬度を保っていたそれをもう一度口に入れた。
 
「やだ……っ柚月さん、やめて……!」
 ハルは涙を浮かべて柚月の頭をぐい、と押した。足をばたつかせて本気で抗うが、柚月はその足首を掴んでハルの抵抗を封じた。柚月の口腔に包まれ、唇で扱かれると力が抜けていく。

(……そういえば、さっきのどうしたんだろ……)
 柚月はティッシュに吐き出さなかった。飲んだのだ、と気付いて泣きたくなった。─── 柚月にそんなことをさせたくなかった。
「……柚月さん、お願い……やめて……っまた出ちゃうよ……」

 ハルの哀願に柚月は口を離す。代わりに足を持ち上げ、すぼまったところを露わにすると、そこに舌を這わせ、指で解しにかかった。
 ハルはびく、と身体を反らした。

「や……そんな事したら、……」
 柚月が欲しくなってしまう。言えるわけもなく、ハルは口ごもり、抵抗らしい抵抗も出来ずに、柚月を増長させた。
 
 ハルをうつ伏せにさせ、腰だけを上げさせる。パジャマの上衣が捲れ、何も身に着けていない下半身を晒したその姿は扇情的だった。
 柚月は丹念にすぼみを舐め、舌先を挿入させる。指を挿れ、中を探った。
 
「……ん……ん……っ」
 柚月のひとつひとつの動作に身体をびくつかせながら、ハルはシーツを掴み、声を押し殺していた。柚月にいやらしいヤツだと思われたくない。
 柚月の指が増やされ、ハルの中で蠢く。その場所を掠めた。

「あ……っ!」
 思わずハルが上げてしまった声を頼りに、柚月はそこを指で弄る。
 もう声を殺すことが出来ない。

「……っあ、ああ……っん、やあ……っ」
 涙で視界が曇る。柚月が早く飽きるといい、と思った。こんなところに自分のものを挿れるなんて、柚月にはきっと出来ない。
(……口でしてあげよう。さっき柚月さんがしてくれたみたいに)

 そう思いながら不安でたまらなかった。柚月は熱に浮かされたような目付きをしたまま、ずっと無言だ。
 こんなところを弄られて、アレの先端から体液を垂れ流してあえいでいる自分に呆れているのでないだろうか。
 いやらしいヤツだ、と見限られてしまうかもしれない。
 
 それでも、ハルはあられもない声を止められなかった。涙がシーツに落ちる。
「……ふ……っう、─── あっ……あっ……」
 涙声が混じる。もう止めて欲しかった。─── 挿れて、なんて柚月にねだったら嫌われてしまう。

 泣きながら快楽に煽られるハルの身体から、柚月は手を離した。
 ベッドに突っ伏したハルは身を起こすことも出来ない。そこは柚月の舌と指ですっかり解され、中のあの場所まで知られて欲しがるようにひくついているのが自分でも判った。

 ハルはゆっくりと上半身を起こした。柚月に背中を向けて俯き、パジャマの袖で涙を拭った。ぐすん、と洟をすする。
 柚月に嫌われてしまったのではないだろうか。義理の父親と平気で寝て、知らない男とも金で平気で寝るような、淫乱な身体だ、と軽蔑されて ───……。
 
 ぽろぽろと涙がこぼれた。どうしたらいいか判らない。
 柚月に嫌われたくない。
 
 ハルは俯いたまま、おずおずと柚月に向き直る。口でするから、と言う声は震えて、余りにもか細い。
 膝に伸びてきたハルの手を柚月は強く掴んだ。

 圧し掛かりながら仰向けに押し倒した。
「ゆ、……」
 柚月の名を呼ぼうとしたハルの唇が柚月のそれに塞がれる。

 柚月は慌しく自分のジャージと下着を引き下ろした。膝の裏に差し入れられた大きな手がハルの足を持ち上げる。指とは比べ物にならない質量が、ハルの解され蕩けた場所に押し入ってきた。
「んん ── っ……!」

 ハルの悲鳴は柚月の唇にかき消された。いくら解されても、濡れることのないそこに侵入されれば痛みが走る。それでもゆっくり手加減されながらなら、ほとんど痛みは感じずに済むのだが ───。

 柚月は一息にハルの身体を貫いていた。
 痛みで背筋を反らしたハルは、反射的に柚月から逃れようと身体をずり上がらせる。

 その肩を掴み、押さえつけ、柚月はより一層身体を深く埋めた。小さな悲鳴がハルの唇から漏れる。
「……や……いた…いたい……よ……ゆづきさ……」
 ハルは子供のように泣きじゃくりながら、柚月に組み敷かれていた。

「……なにか、……いって……? オレのこと、……ヤラしいって……おもってるなら、それでも、いいから……ゆづきさんの、こえ……ききたい……」
 何も言わない柚月が怖かった。身体を合わせているのに、遠く感じる。
 柚月が何を思っているのか知りたかった。

 途切れ途切れの微かなハルの言葉に柚月は応えた。

 ハル、と柚月は赤くなっているハルの耳に囁いた。流れてくる涙を舐め取り、耳たぶを舌で転がす。耳の裏に何度もキスをした。 
「ん……っ、ふ……」
 目をぎゅっと瞑るハル。柚月はその瞼にも唇を落とし、涙を吸い取る。

 ハルの中で柚月は動かずにいた。貫かれた痛みは、ハル、と声を掠れさせながら呼ぶ柚月の降るようなキスで甘い疼きにすり替わっていく。

「……ハル……ハル……っ」
 強張っていたハルの身体から次第に力が抜けていった。大きく息をついて、柚月の背中に手を回す。
 それをきっかけにして柚月はゆっくりと動き出した。

「─── あ……っあっ、あっ……ゆづきさ……っ」
 ハルが甘い声を上げる場所に柚月は何度も擦りつける。
 押し上げられ、柚月の肩越しにゆらゆらと揺れる自分の膝を潤んだ瞳に映したハルは、切ない声を上げ続けた。

   

   

   

   

 

 ─── どれほど朝が来ないで欲しい、と願っても誰にでも平等に朝は訪れる。
 カーテンの隙間から漏れる朝日をこれほど恨めしく思ったことはない。柚月はベッドの中で頭まで布団を引き上げた。
 とてもリビングには行けそうもなかった。ハルの、─── 顔が見られない。
 
 昨日の夜。
 ハルは、身体を起こすと何が起こったか判らないような表情でぼんやりと柚月を見た。涙に濡れた目を手の甲で拭い、ベッドを下りる。落ちていたパジャマのズボンと下着を手にしてふらふらと柚月の部屋を出て行った。

 それきりハルは部屋には来なかった。柚月も追わず、ベッドの中でうつらうつらしながら朝を迎えた。
 目覚まし時計のアラームが鳴る。布団の中から手を伸ばして止めた。

 ─── こうしているわけにはいかないのは判っていた。
(……ハルに、─── 謝らなければ)
 悪いのは完全に自分だった。

 最初はハルを楽にしてやるだけのはずだった。
 どこから歯止めが利かなくなったのか、柚月自身にも判らない。ただ、ハルの「いや」と哀願する声も、弱々しい抵抗も、声を押し殺そうとする仕草も、全てが柚月を誘っていた。

 ハルが欲しいと思った。ハルが好きなのが自分じゃなくても、構わない。
(……俺はハルより十センチ以上も背が高い。ウェートだって十五キロは重い。ハルが抵抗したところでタカが知れてる。─── 今なら。今ならハルを自分のものに出来る)
 その「力」の意識は瞬く間に柚月を支配した。

 どうしてもハルを自分のものにしたくなった。ハルが本当に抱かれたがっているのは成沢でも。─── 自分と寝るのは金をもらっても嫌だ、と思われていても。
(さい……最悪だ……)
 
 自己嫌悪で気が狂いそうだった。
 ─── なんと言って謝ればいい?
(謝りようがない、謝って済む話じゃない。……俺は義理の父親と同じ事をハルに)

 ハルの心など全く構わず、無理やり身体を手に入れた自分に吐き気がする。

「……う……」
 ベッドの上で口を手で押さえながら柚月は、はッとドアを見つめた。
 ハルが、出て行ってしまうかもしれない。

 義父に乱暴され家出を余儀なくされたハルが、今また同じ事をされて出て行かないという保証はない。
 柚月はドアに駆け寄り、勢い良く開けた。

   

   

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 第三十四話

  

   
 大きな温かい手が頭を撫でてくれる。
 そのことに心の底から安堵したハルは身体の力を抜いて、撫ぜられるままになった。

 気持ちが良くてうっとりとする。頭を上げるとその手が離れていってしまいそうで、そのままの姿勢で目の前にあるジャージに包まれた長い足を盗み見た。

 柚月は椅子から立ち上がり、ハルに近づき過ぎないように腕を伸ばして、その頭を撫でていた。不用意に近づくまいとするその態度はハルをより一層安心させ、下手な慰めを口にしない柚月の心にハルの気持ちはますます傾く。

「……柚月さん」
「ん?」
「オレの、こと、イヤじゃない……? 気持ち悪く、ない……?」
 消え入りそうな声で訊くハルに柚月は応える。

「嫌じゃない。気持ち悪いなんて思ったこと、一回もない」
 ハルはほっとして笑みを浮かべた。
「……隣、座って?……」

 柚月は少し躊躇しながらもハルの隣に腰を下ろした。あくまでもスペースは空け、これ以上近寄らない、と自分の心に誓う。
 その誓いを破りたいと願ったのはハルのほうだった。

「ちょっと……でいいから、……ぎゅっ、て、して……?」
 ハルの頭を撫でていた柚月の手が止まる。その手がすっと柔らかい髪の毛から離れた。
「……そういうことは成沢さんに頼め」

 目を逸らし、ハルを視界から消す。ハルの頭の形を、柔らかい生乾きの髪の感触を覚えている手の平を何度も閉じたり開いたりした。

「柚月さんがいいんだよ」
「いいわけないだろう。……成沢さんと連絡取ってるのか、ちゃんと」
「……」
 また成沢さんだ、とハルはため息をつく。臣なんかどうだっていいのに。
  
「最後に会ったのいつだ。去年てことないだろうな?」
「……去年だよ。クリスマス前、……柚月さんがヘヴンでオレのこと連れ出した時」
「あれきり会ってないのか? 電話は」
「話すことなんかない」
「……あるだろう、色々、……バイトのこととか、柚月が酔っぱらって帰ってきて大変だった、とか」

 ノロケるのも大概にしろってケータイブチ切りされる、とハルは心の中で呟いてそっぽを向いた。
 柚月は立ち上がり、パソコンデスクの上の缶ビールを取り上げて飲んだ。ベッドの方に視線を向けないように言う。

「今頃なら成沢さん、ヘヴンにいるんだろう。行ってこいよ」
「行かない」
 にべもないハルの言葉に柚月は振り返った。

「なんで。……成沢さんに会って抱きしめてもらえ」
「やだよ。柚月さんがいいっつってんじゃん」
「─── 俺を身代わりにするなよ」
 苦笑いしながら軽い口調で言う柚月に、ハルは拗ねたように唇を尖らせた。
 
「身代わりなんて一度もゆってないよ。柚月さんがいいんだ」
 頑なにハルは自分の主張を曲げようとはしない。
 柚月はビールを飲み干すと、パソコンデスクの上に置いた。コン、と軽い音。
 
「……」
 大きく息をついて、振り返るとベッドに上がった。柚月の膝の下でスプリングが軋む。
 ハルの抱えた膝ごと、抱きしめた。

 驚いてハルは身体を強張らせる。それも一瞬のことで、柚月は腕の中でその身体が柔らかくなるのを感じた。
 パジャマを通して体温が伝わってくる。お互いに相手の温度がひどく心地いい。
 
 柚月の手がゆるゆるとハルの肩を撫でる。その手が脇腹をゆっくりと下がってもハルは柚月に凭れかかったまま、警戒する様子もない。

 ─── ハルのパジャマとTシャツの下に柚月の乾いた手が潜りこんだ。
 ハルの身体に緊張が走る。
 
 柚月はハルの腹と胸を手の平で撫でまわした。頭を撫でた時とは違う、あからさまに性的な仕草。
 ハルは頬に血を昇らせて俯くばかりだ。
 柚月には、ハルが精一杯我慢しているようにしか見えない。
 
「─── これでも、俺がいいか?」
 低い声音で訊ねる。
 「嫌だ」と言われる自信があった。

 ハルは答えず、柚月の手が直に胸を這い回っているせいで、ごそごそと動くパジャマに目を落としている。
 尖ってきていたハルの胸の突起を柚月は指の腹で撫でた。 
「っあ……!」
 びくっと跳ねたその身体に圧し掛かる。

 柚月はハルのTシャツをパジャマごと捲り上げた。明かりの下に晒されたハルの上半身は熱を帯びて桜色に染まっている。
 思わず柚月はごく、と喉を鳴らし、目を逸らした。
 平静を装う。

「……俺がいい、なんて言うからこんな目に遭うんだ。抱きしめられるだけで済むと思ってたのか? レイプされかけたの忘れたわけじゃないだろう、…… 成沢さんのところに行って、柚月のバカに痴漢された、って言いつけろ。俺に預けたの間違いだったって、あのひとだって」
 
「成沢さんのとこなんか行かない」
 恥ずかしさで耳たぶまで赤くしながらハルは、それでも言い募った。
「絶対行かない。ここがいい、柚月さんがいいんだ……っ」

「いい加減にしろ、どこまで強情なんだっ?」
 イライラと柚月はハルのパジャマの上衣を乱暴に下ろして直した。ハルの上から退き、背中を向けてベッドに腰掛ける。

「……どうして成沢さんに会いに行かないんだ。俺に気、使って遠慮してるのか? 大きなお世話だ、余計惨めになる。……好きでもない奴に触られまくってなんで我慢してる? 触るなって言えばいい」
「……遠慮なんかしてないよ。我慢もしてない」

 ハルは起き上がり、うな垂れる柚月の背中を見つめる。その切ない視線に気づかず、柚月はため息をついた。
「金もらっても嫌なくせに。……ここを追い出されたら行くとこがないからか? そんなことはしない、大事な預かり物だからな。安心してデートしてこい」

「オレ、ゆ……柚月さんが、好き、……だから」
 小さなハルの声が静かな部屋に響く。
「……気、使うなって言ってるだろう」

 このままハルと二人きりで部屋にいるのはマズい、と柚月は思い始めていた。自分の気持ちを知っているハルが、気を使って、あるいは同情で、寝てもいいと言い出しかねない。
 ハルと一緒にいたいばかりに、正直に気持ちを話したのは間違いだったか。柚月は後悔しながら腰を上げようとした。

 ハルは柚月の背中に抱きついた。
「おい……!」
 振り返りながら、ハルの肩を掴んで引き剥がす。潤んだハルの瞳に見上げられて柚月は息を飲んだ。

 一瞬、手の力を緩めた柚月にハルは唇を重ねる。
 驚いた柚月はハルを振り払おうとして、─── 出来なかった。

 ハルの舌がおずおずと柚月の唇に割り込んでくる。
 気がついたときにはその舌を自分の舌で絡め取っていた。強く抱きしめる。

 ハルの口腔に舌を潜り込ませ、上顎に、舌下に這わせる。歯列をなぞると甘い吐息を漏らして震える華奢な身体が愛しくてたまらない。
「……ごめん」

 それでも柚月は唇を引き離した。他に思うひとがいるハルに手を出すわけにはいかない。
「わ……悪かった。ごめん、……」
 柚月の胸に顔を埋めたハルは頭を横に振った。

 大きな柚月の手をハルは自分の中心に導く。硬いそれに気付いた柚月はパジャマ越しに手の平に握りこんだ。
「……っ」
 背筋をびくん、と反らせたハルが、瞼をうっすらと染めて柚月の肩に凭れかかってくる。その吐息が耳にかかり、柚月は自分の体温が上昇したような気がした。

「……は……っ……は……」
 柚月が手を動かすたびにハルの息が上がる。耳元で、ごくん、と喉を鳴らす音が聞こえた時、柚月はハルの下着に手を入れて直に触れた。

 楽にしてやるだけだから、それ以上はしないから、と自分に言い訳をする。
「あッ……ん……っん……」
 ハルの声に煽られて、その身体を押し倒した。

   
 
 

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 第三十三話

 

  
 その夜は雪が降っていた。しんしんと降り積もる雪はあらゆる音を吸い込む。
 静かな夜だった。
 ハルはなぜ自分がそんな気を起こしたのか、明確には判らない。
 
 ただ柚月は、酔ってハルに乱暴しかけたあの日以来、夜二人きりになるのを極力避けようと自分の部屋に引きこもるようになっていた。ハルに嫌われるようなことを、「預かりもの」に傷を付けるような真似をしてしまうのが怖かったのだ。
 
 ハルは、そんな柚月の気を引き、─── さらには、柚月を試したかったのかもしれない。

 自分が家出をした理由を知っても、柚月は変わらず、ここにいていいと言ってくれるだろうか。
 嫌わずに、軽蔑せずに、そばにいてくれるだろううか。

 ハルはコンコンと軽く柚月の部屋のドアをノックした。
「……どうした?」
 戸惑う柚月の声。それと共にドアが開かれる。
 
「話があるんだけど……」
 風呂上りで髪も生乾きのまま、頬を上気させたハルは柚月をじっと見上げて言った。
「入っていい?」

 なんとなくハルの様子がいつもと違うことに気付き、柚月は逡巡する。
 なるべくならハルを部屋に入れたくなかった。酔いにまかせて嫉妬に狂い、容易く一線を越えようとした自分と狭い空間にふたりきりになることは、ハルにとって安全ではない。

 それでもハルの真剣な目に気圧され、ドアを大きく開けた。
 ハルをベッドに座らせ、柚月はパソコンデスクのチェアに腰掛けると足を組んで向かい合う。
 部屋に引きこもる時に持ってきていた缶ビールを一口飲むと、それで空になってしまった。

「あ、……ビール」
「いや、いい。……それで、話って?」
「うん、……オレ、柚月さんに黙ってたこと、あって」

 湯上りのパジャマ姿でベッドに腰掛けているハルはひどく色っぽく、柚月はすぐに自分の過ちに気づいた。リビングで話すか、せめて自分がベッドに座り、ハルにこの椅子を譲るべきだった……!

 柚月の後悔など知らず、ハルは静かな表情を俯けている。
 小さな声だった。
「……オレの、名前。ハセガワ ミハルっていうんだ……」
 ミハル、と柚月は口の中で呟く。その名は柚月の心に温かく流れ込む。本当の名を教えてくれたことが純粋に嬉しかった。
 
「目を瞠る、だよ。ヘンな名前。……本当の名前、苗字変わる前はね、桐嶋 瞠だったんだけど、今は長谷川。……あのひとの子供になったから……。オレ、名前、言いたくなくて、知られたくなくてずっと黙ってた……。ごめんなさい。あのひとと同じ苗字だから、イヤだったんだ……。」

 柚月は辛そうに声を掠れさせるハルを見つめながら、「ハルを預けたい」と電話で話した成沢の言葉を思い出していた。
(「ハルはその養父と……」)
 
「前、施設から引き取ってくれたひととケンカしたって言ったよね。あれ、ウソ」
 一瞬言いよどむハル。柚月に嫌われたくなくて心が揺れる。
 それでも口を開いた。
「─── ほんとはオレ、そのひとと寝たんだ」

 静かだった。車の通る音さえ聞こえない。
 サイドテーブルに置かれた目覚まし時計の時を刻む音だけが、やけに大きく響く。

「……戸籍上の父親と寝たんだ。軽蔑したでしょ。サイテーだよね。─── 出て行って欲しくなった?」
 ハルは俯いたまま柚月を見ようとしない。柚月がどんな目をしているか確かめるのが怖かった。膝の上で握りしめた手の震えが止まらない。

「─── 知ってたよ」
 柚月はハルを刺激しないように落ち着いた声を出した。
「成沢さんから聞いた。お前がいなくなった時に成沢さんから電話あって……その時、聞いた」

 思わず顔を上げたハルは柚月をまじまじと見つめる。次いで頬を真っ赤に染めると柚月から目を逸らし、吐き捨てるように呟いた。
「……あのエロオヤジ殺してやる……!」

「成沢さんは俺の気持ち判ってたから教えてくれたんだ」
「俺の気持ちって? それ聞いて軽蔑したんだろ! 知っててなんでヘヴンに来たんだよ!?」
「軽蔑なんてしてない。……それ聞いても好きだったから迎えに行ったんだ」
「……」

 柚月の率直な言葉にハルは赤らんだ顔を上げることが出来ない。─── どうしてこう柚月は、自分の一番欲しい言葉を事も無げにくれるのだろう。
 ハルは柚月のベッドの上で膝を抱えた。

「ウソだ。血ィ繋がってなくても父親と平気で寝るような奴、なんで好きになれんだよ。オレは嫌い、そんな奴大嫌い」
「……平気じゃなかったから、『そんな奴大嫌い』なんだろう」
 
 静かに言う柚月をハルはちらっと上目遣いで見る。どんな目で自分を見ているのか気になった。
 柚月はいつもと変わらない、優しい目をしていた。
 
 ハルは不意にベッドから下りると柚月の部屋を出ていく。すぐに戻ってきたハルのその手には缶ビールがあった。
「……はい」
 柚月に手渡す。

「ああ。……お前が飲むって言い出すのかと思った」
 プルトップを開けながら柚月が言う。
 ハルは口を尖らせた。
「飲まないよ。未成年だからダメ、だろ?」

「当然だ」
「ケチ。……臣なんかさ、名前も知らない内からオレにビール飲ましたよ」
「……」

 わざと『臣』を強調したハルに柚月はむっとして口を噤む。ベッドに這い上がり、また膝を抱えたハルは微かに笑ってみせた。
「ごめん。もう言わない」
「別に。いくらでも惚気ぐらい聞いてやる」
「ごめんて」
 嫉妬を隠そうとしてぶっきらぼうな口調になる柚月にハルは困ったように笑った。

 その笑顔がすう、としぼむように消えてゆく。
 柚月と出会ったばかりの頃のような、自分の心の深遠を覗きこむ暗い目をしてハルはぽつりぽつりと話し出した。

「……長谷川さんはね、すごくいい人だった。前、話したよね。……縁もゆかりもないオレのこと引き取ってくれて、優しくて、品が良くて、声荒げたとこなんか一回も見たことない、……オレみたいにガサツで、アタマも口も悪いのとは全然違う……。オレ、嬉しかったんだよね。自分の家があって、自分のこと気にかけてくれる人がいて、っていうの。─── だから、長谷川さんにキスされた時、びっくりして、でも、……これ嫌がったらマズいんじゃないかって、……思った」

 膝を抱えたまま、ハルは何もないベッドの上に視線を落としている。
 その目は何も見ていない。柚月にはそれが痛ましくてならなかった。
「ハル、……言いたくないなら」
 
 ハルはかぶりを振った。
「……そういうの、だんだんエスカレートしてきて……触られたりとか、手コキとかフェラとかされて、は……恥ずかしいからイヤだったけど……でも……イヤだって言えなくて……嫌われて、出てけって言われたらどうしようって……そんで……」

「もういい、話さなくていい」
「─── 長谷川さんが中に入ってきて」
 顔の半分以上を膝に埋めて、それでもハルは話し続けた。その目の縁が赤くなっているのに気付いて柚月は顔を背ける。とても見ていられない。

「さすがにめちゃくちゃ痛くてさ、初めてイヤだって言ったけど止めてくれなかった。それまでさんざん好き放題させといて痛いからイヤだっつったって、そりゃ止めないよね。……イヤだって言っちゃったな、止めてくんなかったけど、嫌われたかな、ってびくびくしてたんだけど、……長谷川さん、何も言わなかった……。何にもなかったみたいに、優しくて上品で、……オレに触るようになってからとおんなじちょっとヘンな目で見るだけ……。オレ、それが怖くてさ、なんで何も言わないんだろって……オレは長谷川さんの子供で、長谷川 瞠で、だからこんな事したらいけないはずで……十日ぐらいして傷が治ったころ、長谷川さんにキスされて、夜、部屋に行くからって言われたんだ。頷いて……鏡見たらオレ、顔、真っ青で……ちょっとコンビニ行ってくるって外出て、そのまま、……帰れなくなっちゃった……」

「……」
 柚月は掛ける言葉も見つからず、そっとハルの頭を撫ぜた。普段なら、子供扱いするな、と噛みついてくるハルが大人しく撫ぜられるままになっている。
 柚月の指はしばらくその柔らかい髪の毛を梳いていた。

  

  

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 第三十二話

 

    
「あれー、柚月さん起きてたんだ」
 パーテーションからひょこっと顔を覗かせたハルは、靴を脱ぎながら目を見張る。
「飲み過ぎで一日中起きれないんじゃないかと思った」

 顎の下まできっちりファスナーを上げたダウンジャケットも脱がずに、真っすぐ柚月の側に来る。屈託ない笑みを見せた。
「さっむかったー、雪降ってんだよ外。……オレもコーヒーちょうだい?」
「あ……ああ」

 自分のマグカップを用意するハルの柔らかい茶色の髪の毛が、柚月の肩の辺りで揺れる。少し濡れているのは雪のせいだろうか。
 それを見つめているのが、後ろめたい。
「あ! 洗濯物」

 顔を上げるハルの頭に柚月は顎をぶつけそうになり、身体を引く。
「……入れといた。洗濯物干す時間あるなら、朝メシぐらい食ってけよ。ヴィンテージでぶっ倒れるぞ」
「んんー、……食おうと思ったんだけどさ、……なんか、時間なくて」

「……?」
 ハルの口ぶりに違和感を覚える。何か言いづらいことを隠しているような口調だ。
「食欲ないのか?」
「ううん! 違うよ、寝……寝坊しただけ。環さんになんも食ってないって言ったらさ、サンドイッチ作ってくれたんだよー。タダでいいって。すげーラッキー」

 何かがおかしい。一見、いつもと同じように明るく振舞っているハルだが、目を合わせようとしない。
 訝しく思いながらも柚月は出来上がったコーヒーを二つのマグカップに注いだ。

 ハルは自分のマグカップを両手の平で包んで「あったかくていい匂いー」と言いながら嬉しそうにソファーに座った。
 柚月も続いてL字型のソファーの短い方に座る。

「まだ寒いか?」
 コーヒーを一口、二口飲んでもジャケットを脱ごうとしないハルに気づき、柚月は部屋の温度を上げようとエアコンのリモコンを目で探した。
「や、もうそんな寒くないから」

 言いながら、ハルは躊躇いがちにジャケットを脱いだ。下に着ていた黒いロングTシャツの右袖を気にしている。
 気もそぞろな様子で、Tシャツの右手首の袖を左手で押さえた。

「……どうした?」
「えッ、……別に、なんでも」
 うろたえ、柚月の方に顔を向けるハルの喉には、─── 絆創膏が貼られていた。

(な……)
 絆創膏を凝視する柚月に気付き、ハルはとっさに右手で喉を隠す。─── 袖が捲れ、露わになったその右手首には、解けかけた白い包帯。
 その隙間から赤く指の跡が付いた肌が覗いた。

「ど……どうしたんだ、それ、……お前、怪我して」
 柚月の言葉に驚くハル。
「……あの……これは……」
 柚月は、覚えていないのだ。昨日の夜、何が起こったのか。
 気付いたハルは、顔を赤らめながら袖を下ろして包帯ごとその痕跡を隠し、俯いた。

「大したこと、ないんだよ……。でも、環さん心配してくれて、今日はもう上がっていいって……そんで、こんな早く」
 柚月の耳はハルの言葉を素通りした。

 喉に貼られた絆創膏。利き腕の、赤い指の跡。─── 昨日はいなかった、監視する、自分。
 (……ああ。そういう、……)
 柚月は納得した。

 要するに、ハルは昨日、成沢と会っていたのだ。
(そのせいで付いた痕ってわけだ)
 帰ってきてから様子がおかしかったのも。言いづらそうな口ぶりも。

(……俺に気を使って)
 冷静になろうとする頭とは逆に、心臓の音がやけに大きく聞こえ出す。ごくり、と唾を飲んだ。
 
(動揺するな。判ってたことだろう。俺がいなけりゃハルは、気兼ねなく成沢さんに会える)
(笑って、言うんだ。……良かったなって。成沢さんに会えて良かったな、って)

 柚月はぎこちない笑顔をやっとの思いで拵えた。
「よ……良かったな、成沢さんに会えて……」
 だめだ、完全に棒読みだ。

 自分の演技力に絶望して頭を抱えたくなったが、これ以上ハルに気を使わせたくない。重ねて言った。
「……今夜も、会いに行っていいんだぞ。夕飯一緒に食ってくるといい」
「……」

 ハルは口を尖らせ、不満そうな顔を隠さない。─── 昨日の夜、あんなに潔白を訴えて、柚月さんだって判ってくれたと思ったのに。ちっとも覚えてない。なんかまた、臣がどうとか言ってるし!
(ぜんぜん思い出さないのかな)

 ハルは右手の袖を捲り上げた。解けた包帯を手首から取り去り、指の跡を晒す。喉の絆創膏も剥がした。
 強く吸われたそこははっきりと跡が残り、ハルが何をされたかを雄弁に物語る。
 柚月は目を逸らさずにはいられなかった。

「……成沢さんとは、会ってないよ」
 コーヒーの黒い水面を睨んでいた柚月は、ちらりとハルを見た。
 ハルは膝の上で赤い指の跡を擦りながら、そこに目を落としている。

(……今、成沢さんて)
 柚月が密かに気にしていた「臣」という呼び方ではなくて、成沢さん、とハルは呼んだ。
(……何か、思い出しそうな……)

 何かが頭の奥の方でひっかかっていたが、柚月は非難がましくならないように、柔らかく言った。
「俺に気使わなくていいんだぞ。……前から、会いに行けって何度も言ってるだろ。会ったこと誤魔化さなくていいから」
「会ってない」

 ハルは頑なに認めようとはしない。
 柚月の心がざわめき出す。─── どうして、そんなに認めようとしないんだ。反感が募る。
 それは同時に既視感を伴い、柚月を戸惑わせたが、口の方が勝手に動いた。

「……そんな痕付けられたくせによく言えるな。俺に見せつけてやれって言われたのか? そんなことぐらいじゃ動揺しない、判ってたからな……俺がいなけりゃ、成沢さんのところに行くって」
「柚月さんのバカ!! なんでそんなこと言うんだよ!!」

「なっ……」
 柚月は鼻白んだ。俺がいない隙を見計らってデートしてきたくせに、それ指摘されて逆ギレ?
 あんまりだろう、と言いかけた柚月は涙の滲んだハルの瞳に睨みつけられた。

 一瞬だけ顔を柚月のほうに向けたハルはまた俯き、唇を噛んだ。─── 柚月に付けられた赤い指の跡が目に入り、それを反対側の手で隠す。
 
「オレ、どこも行ってないよ! お……成沢さんにも会ってない、ずっとここにいたんだから」
「……そんなわけないだろう」

 ずっとここにいたのなら、情交の跡の説明がつかない。
 ……説明が、つかない……?
「……柚月さんが帰ってきて」
 ハルの声は小さかった。

「すげー酔っぱらってて、……成沢さんと会ったんだろう、って……オレ何度も、会ってないって言ってんのに信じてくれなくて、……腕、掴まれて」
「……ちょっと待て」
 掠れる柚月の声。頭の芯がしびれたように思考が止まる。

 指の跡を撫でながらハルは続けた。
「……腕、ここんとこ、……ぎゅうって掴まれて、痛くて……でも柚月さん離してくんなくて、……それから」
 右手の人差し指で、白い喉に付いた強く吸われた跡をなぞる。

「……あんまり引っ張るからパジャマのボタン、取れちゃった……腕も、指の跡、環さんとかに見られたらヘンな風に思われると思って、包帯巻いてたら朝メシ食う時間なくなっちゃうし……ノドだってバンソーコー、目立つけど仕方なく」

 朝。着替えたハルは、指の跡がはっきり残っていることに気付いて。身支度を整えようと洗面所に行けば、喉には唇の跡が付いていて。
(どんなにうろたえたことだろう)

 慌てて絆創膏で喉に吸い付かれた跡を隠して。片手でなんとか包帯を巻いて。
 思考が止まった柚月の頭の中に、まざまざとその姿が思い浮かぶ。
 
(……ボタン。さっきの、落ちてたボタン)
『やだ……っ、離して、柚月さん、いや』
 涙声。悲鳴。── ハルの。

 無理やりに引っ張られて取れたボタンが落ちていく。きつく吸い上げた白い喉に濡れた赤い跡が鮮明に映える。肩にかけられたハルの手が弱々しく押しのけようと ──。

『柚月さんが嫌なら違う呼び方にする』
『どこにも行ってないよ。成沢さんには会ってない』
『信じて』
『柚月さんがしたいなら、ちゃんと』

 ─── 思い出した。
 
 柚月は立ち上がっていた。真っ青な顔色で、ハルを見つめる。
「柚月さん……?」
 ハルは驚き、怪訝そうな表情で柚月を仰いだ。

 柚月は無意味にぱくぱくと口を開閉した。
 上手く呼吸が出来ない。背中に汗が噴き出す。─── 俺は、昨日の夜、一体何をした?
(最悪だ。最低だ)

「思い出した?……」
 ハルはほっとしたように笑んだ。これでやっと誤解が解けて柚月さんに信じてもらえる。
「オレ、ほんとに成沢さんに会ってないよ。これね、この跡、柚月さんが掴んだからだよ、このキスマー……」
「わーーーー!?」
 
 柚月は大声で遮った。遮らずにはいられなかった。
 ハルはきょとん、と柚月を見上げている。
 まるで大したことなど起こらなかったようにあどけない顔をしている彼に、柚月は息も絶え絶えで声を上擦らせた。

「……俺、……お前に、……お前を」
 
 セクハラだ。痴漢だ。強姦魔だ。
 情交の跡が成沢でなければ自分に決まっている。
 柚月はめまいがしてソファーに座り込んだ。

 頭を抱える。ハルの顔を、まともに見ることが出来ない。
「……ごめん」
 がっくりと肩を落とし、開いた自分の足の間から見えるフローリングの床に向かって謝罪する。

「ごめん。悪かった。……本当に、ごめん」
 他になんと言ったらいいか判らない。謝ったぐらいでは済まされないことをした。
 酔っていた、などと言い訳にもならない。

「あの、さー、……そんな気にしなくてもイイよ? こんなの、すぐ消えるし」
 ノドのはちょっと時間かかるかしんないけどー、とハルは脳天気に言う。
 
「……気に、しなくていい?」
 無邪気なハルに柚月は暗い目を向けた。
「酔っぱらって無理やり押さえつけて乱暴しといて? 自分がどれだけ自制が効かない人間か思い知らされて? ……気にしなくていいわけあるか……!」
 自分に絶望する。アルコールで理性を飛ばし、嫉妬の余り見境いがつかなくなった。

「もっと怒って罵ったらいいだろう! 最低だ、って言ったらいい。乱暴されたんだぞ! 強姦魔元気付ける被害者がどこの世界にいるんだ!」
 ハルはぽかんと口を開けて柚月をまじまじと見た。

 瞬きを繰り返しながら自分を見つめるハルの瞳から目を逸らし、柚月は立ち上がる。
「最悪だ……死んだ方がマシだ」
 逃げるように自分の部屋に向かった。
「ちょ、……柚月さん」
 
 後を追ったハルの目の前でドアが閉まる。
「ええ……? 死んだ方がマシって、……開けてよ柚月さん、誤解だってっ、触っただけ!」
 あろうことか柚月は、乱暴を働いてしまった、と思い込んでいるようだった。
(そんなこと柚月さんに出来るわけないじゃん)

 まさか自殺?
 不安になったハルは声を張り上げた。
「ヤってないよっ! 信じらんなきゃ確かめてみればイイだろ!」

 ドアが細く開いた。ハルの足元に暗い視線をさまよわせながら柚月は低く問う。
「……どうやって」
「あ、えー、と……えっち、してみる?」
 ばたんとドアが閉じた。

「あッちょっとっ! ヤってないんだって、ほんとに! 開けてってば!」
 柚月の誠実さを見くびっていた。ナメていた。酔いに任せてコトに及んでしまった、と思い込んでいるのなら自傷行為に走りかねない。
(あッたま硬いんだからっ……)
 
 ハルは舌打ちしてドアを叩く。
「柚月さん、……ほんとに最後までしてないんだよ……。ノド、跡ついてるけどそれだけで……あとは、あの、……パジャマの上から触られただけ……」
 思い出して恥ずかしくなり、ハルは声量を落とした。
 
 それが返って柚月の気を引いたのか、ドアが開いて彼の顔が覗いた。
「……触られた?」
「そう、……それだけ」
 どこを、とはさすがに具体的には言えない。反応したとなればなおさらだ。

 俯き、視線も合わせられずに耳まで赤く染めているハルの様子で、大体触った場所を特定した柚月はハルと同じくらい真っ赤になった。
「……ごめん」
「別に、……いいけど」

 嫉妬に駆られた柚月に触れられるのは辛かったけれど、その行為自体は嫌ではなかった。柚月に触れられたという事実は甘くハルを誘い、もっと触って欲しかった、という浅ましい思いに導く。
 それに対抗すべく、ハルはそっぽを向いて腕を組んだ。

「どうってことないもん、柚月さんに触られたって。犬に噛まれた、ってか、虫に刺された、ってカンジ? オレも気にしないから、柚月さんも気にしなくてイイよ」
「……」

 柚月は少し切なそうにハルの横顔を眺めた。─── 自分にとっては、酔ってハルに触れてしまったことは天地がひっくり返るほどの大事件なのに、ハルにしてみれば虫に刺された程度のことでしかないらしい。あるいはそれ以下か。
 
「……本当にごめんな」
「いいって、もう。─── コーヒー冷めちゃったよ」
 今、柚月をまともに見たらきっと、誘うような目付きをしてしまう。ハルは彼の側を離れると背中を向けて、マグカップを取り上げた。

 そんなハルの背中を柚月はただ黙って見つめていた。

   

   

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 第三十一話

  

   
 翌朝。快適とは言いがたい目覚めが柚月に訪れた。
 完全な二日酔いだった。柚月は枕元の目覚まし時計を引き寄せ、無理やり目を開ける。
 十一時。

(寝過ごした)
 柚月は飛び起きようとしたが身体が言うことを利かない。その内、今日が休みだ、と思い出す。柚月のような二日酔い学生を出さぬように、ゼミの新年会は毎年大抵週末に行われるのだった。

 ひとまず安堵の息をついたが、今度は頭痛と喉の渇きに悩まされる。起き上がって、ベッドを下りて、部屋のドアを開けて出て、キッチンに向かい、ミネラルウォーターをグラスに注ぐ ─── ただそれだけのことが、考えただけでも気の遠くなるような重労働に思われた。
 
  身体の向きを変え、その拍子に痛みがひどくなる頭をなだめつつゆっくり起き上がると、……サイドテーブルに水の入ったグラスが目に入る。
 柚月は躊躇なくグラスを引っ掴んで口元へ運ぶ。勢い余って口の端から少し水がこぼれたが、気にも留めず一気に飲み干した。

 大きく息をついてグラスをテーブルに戻すと、口を袖で拭いた。
 自分の服が昨日のままだ、ということに気付く。

 どうやって帰ってきたのか記憶になかった。いや、帰ってくる途中の道は覚えている。
 アパートの前まで来て、家に入ると、そう、ハルがいて、それから……?
 どうも歩いて帰る間に酔いがまわったらしい。
 家に帰ってくるなり着替えもしないで寝てしまったのだろう。
 
 またベッドに横になり、毛布を頭の上まで引き上げる。
「……」
(あいつ、……成沢さんに会ったのかな。ちゃんと、帰って来たんだな……)

 ハルは ─── ヴィンテージでバイトだ。今は家にいない。訊きたくても訊けないことに、柚月は安堵する。
 自分が夜いなければハルはきっとヘヴンに行って成沢に会うだろう、と柚月は思っていた。
 
(……俺に気を使う必要ないのに)
 再び一緒に暮らしはじめてから、ハルは一度も成沢のことを口にしなかった。
 柚月はそれを自分に遠慮しているせいだと思い込んでいた。

 自分に好かれていることを知っているハルが、その気持ちを無視して、ヘヴンや成沢のマンションに行くようなことを出来るはずもない。
 だからこそ、柚月も事あるごとに水を向けてはみたのだ。─── ヘヴンに行ってもいいんだぞ、と。成沢さんに会いたいだろう、と。

 しかしハルはその度に、少し機嫌を悪くしたように唇を尖らせ、ぷい、とそっぽを向いてしまう。「じゃあ、会いに行ってくる」と言われなかったことに内心ほっとしながら、ハルが淋しそうな顔をしていないかこっそり窺うのがいつものことだった。

(─── でも、さすがに昨日は)
 自分が遅くなる、と判っている昨日の夜はヘヴンズブルーに行ったはずだ。
 いつもびくびくしながら監視している自分が、いないのだから。
 
(……成沢さんと何話したんだろう)
(なんで預けたりしたんだ、とか……文句、言ったり、……じゃれたり、とか)
(きっと会えて嬉しくて)
(……俺には見せたことないくらい、綺麗に笑って)
(嬉しくて)

 飲んでいる間中、今頃成沢の隣にいるだろうハルを想像してつい深酒 ─── やけ酒してしまった。
「……くそ……」
 実際、飲まずにはいられなかった。一次会に顔を出すだけでも良かったが、アパートに帰ってハルがいないことを確認してどうするというのか。

 それこそ二人のことを考えないようにして寝るか、冷蔵庫の缶ビールがなくなるまで飲み尽くすか ─── なら、誰かいる分、二次会に付き合ってる方がマシだった。
 その結果が、このひどい二日酔いだったとしても。

(……頭が、がんがんする……)
 柚月は再び眠りに落ちた。

  

    

 
 

 ─── 次に柚月がはっきりと覚醒したのは午後二時を過ぎた頃だった。
 頭痛は大分去っていたが、まだぼんやりとする。楽な格好がしたくて、だるい身体を無理やり起こした。

 寒さに身震いしながらTシャツとジャージに着替えて、キッチンへ行く。無意識にハルの姿を捜しながら ─── バイトで留守にしている、と知っているにも関わらず ─── その場で水を飲んだ。
 何かを踏みつける。

(……ん?)
 紺色のボタンだった。引きちぎられたように同色の糸が付いている。
 拾い上げた柚月は壁際にも同様のボタンが落ちていることに気が付き、二つを手の平に載せた。
 
 同じ服のもののようだった。色も形もそっくり同じ、同色の糸がボタンを縫い付ける穴から飛び出しているところまでも。
(……二つもボタンが取れた服なんてあったか?)
 首をひねりつつ、そのままカウンターに置いた。

 コーヒーを淹れる為にケトルを火にかける。時々、ハルが多めに作っておいてくれるのだが、今朝は時間がなかったのか、コーヒーを淹れた形跡はなかった。それどころか食事を摂った形跡さえない。
 
(あいつ、……メシはちゃんと食えって)
 苦虫を噛み潰したような顔をしてから、二日酔いで食欲がない俺に言われる筋合いはないか、とため息を吐く。

 アルコールがまだ抜けてないのか、なんだか息が酒臭いような気がする。
 空気を入れ替えようと窓に近づくとちらちらと雪が降っていた。
(初雪だ)
 
 暖冬だったせいか一月も半ばを過ぎての初雪だった。ハルが干してくれたらしい洗濯物がベランダに出ているのに気付いて、慌てて取り込む。
(洗濯物干すヒマあったらメシ食えよ)

 乾燥機能が付いている浴室に運び、天井近くのバーにかける。その中にハルの紺色のパジャマがあった。

 ─── ボタンが二つ、取れていた。
 本来、ボタンが付いていたはずの場所は引きちぎったように糸くずが纏わっているばかりだ。
「あ」

 柚月はすぐにキッチンに落ちていたボタンを思った。あの二つに違いなかった。
(なんで、ボタンが二つも取れたんだ……?)
 何か、思い出しそうな気がする。

 キッチンに戻ると湯が沸いていた。カタカタと蓋が鳴っているケトルの炎を弱め、ペーパーフィルターに湯を注ぐ。コーヒーメジャーで量った荒挽きの豆をフィルターに入れ、何度かに分けて湯を注いだ。
 最初は蒸らしで縁近くまで、豆が対流したら湯が全部落ち切らないように注ぎ足して……。

 いつもと同じことをしながら、柚月は「思い出しそうなこと」を思い出そうとしていた。
 
 なにか。何か、あったような気がする。─── ここで。
『やだ……っ』
『……いや、柚月さん、やだ、……お願い、離して』
『柚月さんが、したいなら、ちゃんとする。……嫌がったり、しない、から……』

「え……」
 なんだ、今の。

 ハルの悲鳴。─── 涙声?
 泣きそうな顔で見上げるハル。涙で潤んだ瞳。自分の手がハルの下半身に伸びて……。
「!」
 
 柚月は頭をぶんぶんと振った。
(……ヘンな妄想やめろ)
(ハルは成沢さんが好きなんだ。……そう簡単に俺に触らせるわけない)
(……金もらっても嫌な奴なんか、相手にするわけない)

 出し抜けに玄関で鍵を開ける音がした。柚月はびくッと身体を竦ませ、パーテーションを見つめる。

 ─── ハルが、帰ってきた。

  

  

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番外編8話、本編三十三話、更新しました。

 

 番外編8話、本編三十三話まで更新しました。

 ついにバナーが貼れました!やったー!キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 htmlめ……こんなにPC疎いのに判るわけないだろ(`ε´)。でもなんとかなりました~\(^o^)/。

 それに伴い、レイアウトも変更。サイドバーを左から右に移しただけですが、気分一新です。(レイアウトの変更はこんなにも簡単……)

 左目の方が悪いせいか(0.03。右目は0.2)なんとなく右側をメインにしてたのですが、自分で自分のブログ読まないから別にどっちでも良かった……。┐(´д`)┌ヤレヤレ

  

  

 

きみの手を引いて:番外編8

  

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第8話

 

    
 次の日、オレは見事に熱を出した。
「── 8度6分」
「ええ……? マジで?……」
 
 口の中が熱くてろれつが回らない。臣は体温計をケースにしまいながらベッドに横たわってるオレを見下ろした。
「全く、とんだ拾い物だな。一発ヤっただけでこの有り様か、……ヤるたび熱出されちゃたまんねーな」

「……あんたは一発かもしんないけど、オレは三発なんだよっ……その上、ずっとあんま食ってなかったし……ろくに寝てなかったし……体力使い果たした……」
 はあはあと苦しい息の下から、やっと言葉を押し出す。

「病院行くか? 連れてってやってもいい」
「……や……だ……。保険証で家出、バレるかもしんね……。帰りたく、ねー……」
 臣の眉間にしわが寄る。厄介もんだ、とでも思ってんのかな。否定出来ないけど。

「……寝てりゃ、治る……から……。ほっといて、いいよ……あんた、仕事あんだろ……遅刻、じゃねーの……」
 ベッドの脇にある小さいテーブルの上の時計は十時を過ぎていた。真っ当な勤め人ならとっくに遅刻だろう。
 
「── 生憎、ちょっと顔を出すぐらいが俺の仕事でね。行かなきゃ行かないでいいぐらいだ」
「それ、……仕事じゃねーじゃん……」
「そう。……それだけぜーぜー言っててよくひとのこと気に出来るな」
「へん……かな……」

 臣はバカにしたように、ふんと鼻を鳴らす。くそ、むかつく~。
 ムカついたところで噛みつく元気もない。視界がぐるぐる回る。
「……みず……飲みて……」
 
 黙ったまま臣がいなくなる。少ししてグラスを持って現れると、臣はオレの頭を支えた。
 キスされるのと同時に水が喉に流れ込んでくる。美味い。
 水ってこんな甘いんだ、と思いながら臣の口を吸って、その唇を舐める。

 二回目、臣の唇はオレの唇に乗せられたまま開こうとしない。焦れたオレは自分から臣の唇を舌で割って水を吸う。もっと。もっと、欲しい。臣の舌に自分のそれを絡ませて、水をねだる。

 臣は目を細めてオレを見ながらグラスに口をつける。水をたっぷり含んだ唇をオレに近づけ、これ見よがしに「ん」と突き出す。
 オレは力の入らない手で臣のシャツを掴んで引き寄せ、その唇を貪った。舌でこじ開け、流れ込んでくる水を喉を鳴らして飲む。まだ足りない。水を求めて臣の口の中をオレの舌がうろうろと這い回る。

「……っん、ぅ」
 それを臣の舌が絡めとり、オレの口の中に侵入してきた。抵抗なんか、出来ない。
「……熱いな」
 さんざん蹂躙されてぼうっとなったところへ囁かれる。……かなり下半身がキててとても、ヤバい。知られたら何言われるか判んない。また、……エロい、とか言われたらヤダ。

「……熱あんだから、当たり前だろ……水、くれ……べろチュウしてもいいから……」
 触られなきゃ判んないだろ、とかなり譲歩する。
 臣はまた姿を消してすぐに戻ってきた。今度は水の入ったグラスに、 ── ストローが刺さっている。

「はっ……初めからそうすりゃいいだろっ……」
 差し出されたストローを寝たまま咥えながら毒づいた。水が喉を潤す。それはありがたかったが、臣に弄ばれて面白くない。

「さっきはストロー見つからなかった」
 うそつけッ。
 しゃあしゃあと言う臣を睨みつけたかったけど、体力も気力もない。それでも精一杯臣を見上げる。

「誘ってんのか?」
 ガンくれてんだよっ!

 オレは布団を頭から被って臣に背を向けた。

  

  

   

   

「……はい、じゃあお大事に」
 二時間後、医者が来た。往診、てやつだ。

 診たてでは疲労とストレスが溜まって熱が出たらしい。二日も大人しく寝てれば治る、と栄養注射を打たれた。オレの代わりに臣がなんか、薬を受け取って説明を聞いてる。
 いや、そんなことよりも。

「……医者、やだって言ったじゃん……」
 医者を見送って寝室に戻ってきた臣を詰る。

「どうせ保険証、勝手に見せたんだろ……連れ戻されたらどうしてくれんだよ、……」
「そんなもんなくても医者には掛かれる。全額自費でな」
「……アンタが払ったの?」
「他に誰が?」

 ドアを開けたままそこに凭れて臣は煙草を咥える。火を点けて、吸い込んだ煙を吐き出した。
 ……よく判んねーけど、往診とかって金かかんじゃねーのかな……。わざわざ、来て診てもらうんだし……そんで100%自費ってさあ……。

 一応礼ぐらい言っとくか、と口を開きかけたところに臣がニヤリといやらしく笑った。
「前払いしてもらったからな。さっきのでチャラにしてやる」
 さっきの、アレ。むッとしたオレは口を噤んでへの字に曲げた。

「……やっぱアンタ、サイテーだ。病人になんてことすんだ」
「病人ならぐずってないで寝ろ。ドア開けとくからなんかあったら呼べ、……一回呼ぶごとにチュウ一回な」
「ぜってー呼ばねー」
 
 今度は這いずってでも自力で水飲みに行こう、と心に誓う。いちいちあんなエロいチュウ、イヤだ。
 ドアを半分開けたまま姿を消した臣に向かって、軽く舌を出した。

  

   

  
  

 ……でもそれから結局何回か臣を呼んだ。滅多に熱なんか出したことないせいか、オレはすごく「熱がある状態」に弱い。部屋がやたら広いのも災いした。ベッドから下りても目が回って座り込んでしまい、ホフク前進の途中で仕方なく臣を呼んだ。

 「お漏らしか?」と揶揄されて真っ赤になりながらキスされる。早く、連れてって欲しいのに。決壊しそうなのを知ってる癖に臣はわざと唇を離そうとしない。やっとキスから解放されたオレは涙目で臣に「肩貸して……お願い……」と懇願するハメになった。どSめ。

 食欲はなかったけど喉がやたら乾いて、その度に臣にキスされたりいろいろイジられたりしたけど、抵抗どころか文句ひとつ言えやしない。力も入んないし、ろれつも回らないからだ。それでも悔しいから臣の顔をじーっと見てやった。

 その日はほとんどうつらうつらしてたんだけど、何かの拍子にふっと目が覚めた。── 話し声。リビングからだ。臣の他に誰かいるのか、と思って息を詰める。
 オレが呼んだら判るようにリビングのドアも寝室のドアも開けてある。そのせいで途切れ途切れながらも結構聞こえた。

「ああ。……ちょっと手のかかるノラ猫、拾った。面倒見なきゃならん」
『……』
「まあ、そうだな。……また、毛色が変わっててなかなかなつかないんだ」
『……』

「恋人ヅラなんてしそうにねえな。サド野郎って目付きが言ってるよ。それぐらいの方が面白い」
『……』
「違うよ。……いや、ちょっとは……俺のせいかもしれんが、大半は俺のせいじゃない、と思う。熱出して寝てる」

『……』
「そりゃ助かる。食欲はないらしいが、なんか食わさないとな、……」
 
 どうやら電話らしい。オレはほっとして身体の力を抜いた。
 それにしてもノラ猫ってオレかよ? すげーシツレイ、ムカつく。
 今すぐリビング行って臣を睨みつけてやろうかと思ったけど、足が立たないかも知んないからやめた。

 電話の相手ダレだろう。オレのこと、ベラベラしゃべんな。知らないところでノラ猫扱いされんのも自分のことを話題にされんのも、ごめんだ。 熱引いたら文句言ってやる、と思いながらも重くなってくる瞼には逆らえない。

 オレはまた眠ってしまった。

  

  

     

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「きみの」三十話まで更新。

 

 とりあえず三十話まで更新しました。

 最終話(になるはず)の四十六話も三分の一くらいまで書いたので、ちょっと休憩。

 アタマ冷やさないと暴走する、と思う……。気をつけよう……。ただでさえ下手なんだから……。( ´・ω・`)

 そうだ、明日は番外編の(八月が勝手に決めた)更新日だった。Σ( ゜Д゜)ハッ!

 最終チェックだ~、見直さないと~。

  

   

きみの手を引いて:30

 

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 第三十話

 

    
 その日、柚月はゼミの新年会だった。
 ハルは「遅くなる」と言われていたが、彼のことが気になり眠れない。時刻は午前二時を指していた。

(……遅いなあ、柚月さん。大学院の、新年会かあ……)
 こういう時、嫌でも自分と柚月の差を感じずにはいられない。柚月は飲み会や合コンにだって普通に誘われる「大人」だ。

 自分がいるせいか、そういうものに滅多に行くことが無い柚月だったが、年に一度の新年会ともなればそうはいかないのだろう。
(オトナの、付き合いってやつ。……どうせ、オレはコドモですよーだ……)

 自分のことを「好きだ」と言ってくれた柚月だったが、ハルはその気持ちを量りかねていた。

 あの言葉は、本当だったのだろうか。
 柚月は、自分みたいな子供のことを本気で好きなのだろうか。
 ……自分といるよりも、同年代の、大人のひと達と一緒にいる方が楽しいんじゃないだろうか。

(……だから、帰ってこない、のかも)
(そうだよね……オレじゃ、一緒に飲んだりできないもんね……)

 ソファーで膝を抱え、見るでもないTVを点けっぱなしのままハルが落ち込んでいると、玄関でガタガタと音がした。
 ドアが開き、パーテーションから柚月の姿が覗く。

「……なんだ。いたのか」
 柚月の第一声はおかしかった。「いたのか」?
 どういうことだろう、と思いながらも柚月が帰ってきたことにほっとした。

「うん」
 起きてたのか、という意味だろうと解釈して笑みを浮かべる。

 柚月は玄関先でダウンコートを脱ぐと、いきなり寝転んだ。
「柚月さん?」
 ハルは柚月が相当酔っていることに、この時、初めて気付いた。ソファーを立ち上がり、柚月に肩を貸す。

「こんなとこで寝たらカゼ引くよ」
 酒と煙草の匂いが鼻をつく。柚月は煙草を吸わない。酒もこれほど、酩酊状態になるまでは飲まない。
 自分の知らない、大人の人たちと楽しく飲んだんだな、とハルは少し気が沈んだ。

 ふらつく柚月はかなり重かったが、なんとか寝室の前まで辿りつく。
「水……」
 柚月が呟く。ハルは彼を壁に寄りかからせると、キッチンに行き、グラスに氷を入れて水を用意する。

 手渡そうと振り向くと、─── ほとんど目の前に柚月がいた。
 音もなく近づいてきていたので判らなかった。ハルは驚いて、柚月を見上げる。
「……なんだ、自分で歩……」
 
 柚月は何も言わず、ハルを抱き寄せた。ハルは慌てて、グラスをカウンターに置く。
「よ、酔っぱらって、しょうがないな、もう」
 冗談めかして言うハル。

 柚月の体温がパジャマを通して伝わってくる。大きな手に撫で上げられた背中が反り返る。反応しそうになり、焦ったハルは柚月の胸を押した。
「は……離して、柚月さん」
 
「……ヘヴンズブルーには行ったのか?」
「柚月さん……?」
 柚月は暗い声でハルに囁いた。
 
「……成沢さんに、会ったんだろう。帰ってこなくても良かったんだぞ。成沢さんのところに泊まってきても、……邪魔したり、しない、から」
 言いながら柚月はハルを抱きしめる。言葉とは逆にハルを離そうとはしない。
 
「オレ、……ヘヴンになんて行ってないよ。臣にも、会ってない」
 ハルは戸惑いながら柚月の腕の中で小さく言った。

 柚月は恐らく、夜、自分がいなければ「ハルはヘヴンに行って成沢さんと会う」と考えたのだろう。朝帰り、とさえ考えたのかもしれない。
(それで、『いたのか』って)
 合点がいったハルは困ったように柚月を見上げた。

 再び同居を始めてからというもの、ハルを預かっている、という姿勢を柚月は崩そうとはしなかった。ハルが想いを寄せているのは和臣で、自分は預かっているだけ。もちろん指一本触れたりしない。今のように、抱きすくめるなんて以ての外………。

 柚月はハルを抱く手を緩めた。軽く突き放す。
「─── 嘘だ。……あのひとと会ってきたんだろう。今みたいに、臣、臣、って甘ったるくあのひとのこと呼んで、……」
 解放されたハルは呆気に取られ、柚月を見つめた。─── ひょっとして、呼び方をずっと気にしていたのだろうか。

「あの……オレが、臣って呼ぶのは、最初からそう呼べって言われたからで……あ、甘ったるくなんか呼んでないよ。……柚月さんが嫌なら違う呼び方にする」
「俺に気を使う必要なんかない。好きなように呼べばいい。─── 俺の前で他人行儀な呼び方してたって、今日みたいにデートした時は、臣、って呼ぶんだろう?」

「デートなんかしてないよ! オレずっとここに」
「邪魔な俺がいないのに? いつも物欲しそうに指咥えて、お前が「臣」に会いたいって言い出しやしないか、どきどきしながら見張ってる嫌な奴がいないのに?」

 ハルはぽかんと口を開けた。
 ─── 柚月がここ最近、度々、口にする言葉があった。
(「ヘヴンに行ってもいいんだぞ。成沢さんに、会いたいだろう?」)
 何度も、何度も言われた。そのたびに、ハルは不機嫌になった。
(だって、オレのこと、好きだって言ったのに)

 自分と和臣が会っても、柚月はなんとも思わないのだろうか。あの時、好きだと言ってくれたのは何かの間違いで、本当は和臣と自分をくっつけようとしているのだろうか。

 言われるたびにハルを不安にさせたその言葉。
 その裏には、ハルが頷いて臣に会いたい、と言い出すのを恐れる柚月がいた。
 
 ハルの気持ちを思いやり、和臣と上手くいくようにしてやりたい、と思う柚月と。
 あのひとと会わないで欲しい、二度と会って欲しくない、……少しでも自分を好いて欲しい、と願う柚月と。
 
 柚月はずっと相反する二つの心を行ったり来たりしていた。
「……嘘は、聞きたくない」
「柚月さ……」
 
 柚月は一度は離したハルに覚束ない足取りで近づく。いつもとは違う彼を感じ取っていたハルは後ずさり、狭いキッチンの中で距離を取った。
「成沢さんと寝てきたんだろう? 大好きな、臣、と、……良かったか?」
 頭を横に振るハル。

 柚月は怯えたように自分を見上げるハルをじっと見下ろした。すっかり酔いがまわっているせいで、相反する心が混ざり合う。
「……俺が可哀想で、言えない?」

 赤い顔にうっすらと笑みを貼り付けて、柚月はハルを壁際に追い詰めた。間に入れられた細い右腕を掴んで壁に押し付ける。
 空いている方の手で、ハルの白い頬を撫でた。
 
「良かった、んだろう? 言えよ。惚気、聞いてやる。……臣って何回呼んだ? 何回ヤった?」
「柚月さん、オレほんとに」
「俺のことなんか呼ぶな。お前の大好きな「臣」がどうやってお前を可愛がったのか、聞かせろ」
「……」

 ハルは俯き、涙の滲んだ目を閉じて弱々しく首を振った。
 掴まれた腕が痛い。酒臭い息が顔にかかる。
「「臣」はどうやったんだ?」
 
 大きな手で顎を掴まれた。顔を上げさせられ、瞳を覗き込まれる。
 柚月は貪欲に真実を、自分の望まぬ真実をハルの瞳の中に捜した。
 
「……臣とは……会ってない……デート、なんて、してない……寝て、ない……っ」
 何度訊かれても同じことだった。ずっとこの部屋で柚月を、帰ってこない柚月を待ってたのだ。
 柚月のことだけ、考えて。
 
 柚月は目を据わらせた。
 ハルの顔を上げさせた手をその下半身に滑らせる。とっさに腰を引いて逃れようとハルは身じろいだが、後ろが壁でままならない。
 あっけなくパジャマの上から中心を揉み解された。

「やだ……っ」
 ハルは柚月を押しのけようと暴れた。─── 柚月に触れられるのは構わない。むしろ、触れて欲しいとずっと思っていた。
 けれど今は違う。

 柚月は無理やりに自分の望まぬ真実を引き出そうとしている。
 それが、ハルにとっての幸せなのだと信じて。
 和臣に会って欲しくない、と考える自分は間違っているのだ、と思い知りたくて。

 柚月が自分を傷つける為に、触れられるのは嫌だった。
「……いや、柚月さん、やだ、……お願い、離して」

 ハルの抵抗を封じようとその足の間に自分の膝をこじ入れた柚月は、パジャマの襟に手をかけ、白く暖かい首筋に唇を這わせる。強く吸われたハルは痛みに身体を強張らせた。
 柚月の指の跡で赤くなった右手首が潤んだ目に映る。

 右手を解放されていたことに気付いたハルは、柚月を押しのけようとその肩に力なく手をかけた。
 柚月はびくともしなかった。
 何度も引っ張られたパジャマからボタンが千切れて落ちる。

 その間もずっと柚月はハルの中心から指を離さなかった。
「……嫌だって? これでも?」
「……」
 囁く柚月の声にハルは真っ赤になって俯いた。

 視線の先では柚月の手に弄ばれたものがズボンを押し上げていた。 
「だって……し……しつこくされたら……」
 うろたえ、涙声になるハルに柚月は優しく問う。

「……成沢さんにはもっとしつこくされたんだろう?」
 ハルは強情に頭を横に振った。
 多分、「臣と会って、寝た」と認めれば柚月は手を引いてくれる。判っていながらハルはどうしても首を縦に振ることが出来ない。

 柚月の留守に、柚月を傷つけぬように、こっそり和臣と会っていた、などと嘘でも認められない。

 頑なに首を横に振り、認めようとしないハルのズボンの中に、柚月は手を侵入させた。
「や……あっ……!」
 ハルは背筋を緊張させ、直に触れようとするその手を掴んで押し止める。

「……柚月さんっ……お願いだから、やめて……オレほんとに、お……成沢さんと会ってないんだよ……ウソついて、ない……」
 たどたどしい懇願に柚月の手の力が弱まる。
 ハルは重ねて言った。

「……ずっと、家にいたよ……? 柚月さんが遅くなるの、判ってたけど、……待ってたんだ。……どこにも行ってない。ほんとだよ……」
 柚月の肩に頭を凭れかけさせる。
 荒々しかった柚月の雰囲気が萎み、ズボンの中から手が抜かれる。その手はハルの細い腰に移った。

「ゆづ……柚月さんが、したいなら、ちゃんとする。……嫌がったり、しない、から……だから、信じて……ほんとに、オレ、……成沢さんと会ってないよ……」
「……」
 柚月は何も言わず、ハルを抱きしめる。ハルも柚月の背中に手を回し、額をその肩に擦りつけた。

 ハル、と柚月は囁く。その声は掠れて痛々しい。
 後悔している声音だった。
「……柚月さん」
 
 ハルは目を閉じた。─── 和臣が好きだと嘘を吐いた自分が一番、悪い。柚月の嫉妬を煽り、猜疑心で凝り固まらせてここまで追い詰めた。
(……酔っぱらった勢いでヤられちゃっても、仕方ない、かも)

(……ああでも、そんなことしたら、明日、柚月さんめちゃくちゃ後悔すんだろうなー……)
 真っ青になって自分に頭を下げる柚月の姿が目に浮かぶ。
 俺、酔っぱらってて、と何度も言い訳をして。ごめん、とうろたえながら謝って。

(オレ、いいのにな、ほんとに、……酔った勢いでも)
 和臣への嫉妬に駆られて触れられるのは嫌だったが、自分を想ってくれる柚月のものになるのは構わなかった。
(柚月さんが好きだ)

 それを口にしようとした時、柚月はゆっくりとハルを離した。─── 顔色が悪い。
 ハルに背中を向け、ふらふらとリビングを横切る。
「ゆ……柚月さん?」

 呼ばれても応えず、柚月はトイレに消えた。
 えづく声と水を流す音が聞こえる。
「……ああ」
 飲みすぎで吐いている、と気付くのに時間はかからない。ハルは脱力し、キッチンの壁に凭れたままずるずるとしゃがみこんだ。

(ヤバかった。流されそーだった。……いや別に流されたってイイんだけど)
 ボタンを失った胸元を気にしながらハルが立ち上がると、真っ青になった柚月がトイレから出てきた。

「柚月さん、水」
「……ああ」
 ハルが差し出した、氷がほとんど溶けてしまったグラスに口を付け、飲み干す。
 もっと水を用意しようとハルがキッチンに向かう間に、柚月は自分の部屋に入って行ってしまう。

 冷えた水を入れたグラスを手にしたハルが部屋に入った頃には、柚月はベッドの上で苦しげに唸っていた。
「……飲み過ぎなんだよ、もう」
 
 グラスをサイドテーブルに置き、毛布と布団を掛けてやる。
「水、ここに置いとくからね、」
 判ったのか判らないのか、目を瞑った柚月は、うーん、と声を上げた。

 ハルは大きくため息をついて、柚月の部屋を後にする。点けっぱなしだったTVとリビングの明かりを消し、ロフトに上がった。

 一度、柚月の手で煽られた性欲は熾き火のように身体に残っていたが、自分で発散するのは面倒だった。
 布団にもぐりこみながら考える。

(……やっぱ、ちょっと惜しかったな……柚月さんがあんな酔っぱらってなかったらな)
(急に止めたのは、信用してくれたってこと……?)
 吐き気のせいかも、とハルは二度目の大きなため息をついて目を閉じた。

  

   

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きみの手を引いて:29

 

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 第二十九話

  

       
『カレシと上手くいったか?』
「─── 臣」
 見覚えのない電話番号が表示された携帯電話にうっかり出たのが間違いだった。相手が判ったハルは声の温度を氷点下まで下げる。

「何でオレのケータイ番号知ってんだよ。てか、あんたよくオレに電話かけてこられるよね。ひとのこと嵌めといてどんだけツラの皮厚いんだよっ」
 送話口に小声でかみつきながらハルは席を立つ。
 
 柚月のアパートに戻った次の日の朝だった。柚月は食事を拵え、ハルはコーヒーを淹れてさあ食べようと席に着いたそのとき、ハルの携帯電話が鳴ったのだ。
 ダイニングテーブルに置いてあったそれを耳に当てたとたん、ハルは立ち上がり、朝食を置き去りにしてキッチンに逃げ込みざるを得なくなる。

『心外だな。泊めてやったけどハメてないぞ』
「朝っぱらから下ネタ聞きたくねー。メシだから切る」
『荷物どうすんだ、お前の』

 それでケータイかけてきたのか、とハルは思い至る。
『取りに来るか? 彼氏、ヤキモチ焼けて気が気じゃねえな』
「……そんなことねーよ」

 和臣の家なら行ってもいい、と言われていた。荷物を取りに行く、と言ったら「泊まって来い」と言われそうな気がする。
『なんだ。昨日の夜、デキたんじゃねえのか』
「デキてねーよっ、今エロい妄想したろ!?」

『してねーよ。お前らのえっちなんか興味ねえ。それより荷物』
「……」
 妄想したのはオレか、とハルは顔を赤くした。ゴホンと咳払いをして誤魔化す。

「あんたんち行きたくない。……まとめて送ってよ」
『俺がじきじきに持ってってやろうか? 新婚夫婦のお宅拝見』
「ゼッタイ来んなっ!」

 ずかずか柚月の寝室まで入っていきそうな和臣にハルは焦って声を荒げる。
 受話口の向こうで和臣が笑った。
『冗談だ。からかいに行くほどヒマじゃねーよ。住所教えろ』
 
 ほんとかよ、金持ちは何思いつくか判んねーからな、と心の中で呟きながら、小さく返事をした。
「……柚月さんに訊くからちょっと待って」
『判んねーのか。まだるっこしいな、柚月くんに代われよ』

「やだよ。あんたぜッッたいヘンなこと言うもん」
『言わない言わない。住所訊くだけ。代われって』
「……」

 ハルはちらりと柚月を見た。─── カウンター越しに彼と目が合う。

 柚月は食事に手を付けていなかった。トーストやハムエッグ、コーヒーが並ぶテーブルを前にしながら、息を詰めている。
 和臣と繋がっている携帯電話を手にキッチンに引きこもったハルが気になり、食事どころではない。

 柚月はハルと合った目をさっと逸らした。─── 思うひとと話しているハルが気になるが、そのことを知られたくない。嫉妬で醜い目をしているだろう自分を彼に見られたくなかった。
 
「柚月さん」
 ハルは柚月に近づき、困ったように言った。
「あの、……代わって欲しいって」

「……俺に?」
 戸惑う柚月にハルは携帯電話を渡す。
『柚月くん?』

「…………はい」
 聞こえた声に緊張する。それでも見栄を張った。
「昨日はご挨拶できなくてすいませんでした。ハルはうちで預かります。預かるだけですから、いつでも誘ってやってください」
『……』

 沈黙の後、受話口から抑えきれないような笑い声が聞こえた。
『ぷッ、くくく……すげーガチガチだね、柚月くん。誘ったりしないから安心しなよ』
 言いながら笑っている。
『俺とあいつがなんかあると思ってんの? なんもないって。本当に』

「……あなたになくても、ハルにはあるんです」
『あいつにだってねえよ。……ま、いいや、俺がいくら「ない」ってったって信じてくれそうもないし』
 恨みがましい柚月の声に、埒が明かない、とばかり和臣は本題を切り出した。

『あいつの荷物送るから住所教えて』
「あ……はい」
 それで電話代わったのか、と柚月は拍子抜けして、住所を答えた。

『……じゃ、後で送るから』
「待ってください、今ハルに代わります」
『いいよ。それよかハルのケータイかけて悪かったね。てっきりデキたもんだとばかり思ってたから。俺の着信履歴消していいよ』

「……そんな、こと、しません」
『いいの? ハルの奴、俺にかけてくるかもよ』
「……っ構いません。どうぞ好きなときに話してください」
『きみが買ってあげたケータイで、ハルが俺と話してもいいんだ』

「…………いいんですッ!」
「ゆ、柚月さん?」
 柚月は携帯電話をハルに突き返した。突然の大声に驚いたハルは慌ててそれを受け取り、耳に当てる。
 柚月に背を向けて、送話口を手で隠しながら小声で詰った。

「あんた何言ったんだよ、柚月さん怒っちゃったじゃんか!」
『怒ったんじゃねえよ。やせ我慢してるだけ』
「もうっなんだっていいよ、臣のバカ、二度とかけてくんなっ」

 携帯電話をぶちッと切ってフラップを閉じる。
 じっと手の中のそれを見つめる。
 ─── 昨日、柚月の部屋に帰ってから、電源を入れてサーバーにメールの問い合わせをした瞬間を思い出す。

 柚月からのメールが入っていた。
 数え切れないくらいのそれの、一回の文面は短い。

『話がしたい』
『どこにいる』
『帰ってきて欲しい』
『お前に会いたい』
 
 ハルは、すべて開封した。のみならず、全部保護した。
(へへ……)
 柚月からのメールが詰まった携帯電話は、物にも、自分の身体にも執着心のないハルの唯一の宝物になった。

 宝物を見つめ、笑みを浮かべるハルに、柚月の心はずきんと痛む。好きなひとから電話をもらって喜んでいるようにしか見えなかった。
「……コーヒー。冷めるぞ」
「あっ、うん」

 低い声で促し、ハルの笑顔を消させてしまった自分に自己嫌悪が募る。
 ─── もし、「成沢さんのアドレスを消して欲しい」と言ったらハルはどうするだろう。
 きっと困って、携帯電話を隠してしまうだろう。あのひとと繋がる手段を失いたくない、と考えて。

 本音を言えば今すぐハルの携帯電話を取り上げてしまいたかった。
 自分の知らないところであのひととハルが楽しそうに話すところなど、想像したくもない。
(……けど、取り上げたりしたら)
 ハルにますます嫌われてしまうことは目に見えている。
 
(「返してよ! 柚月さんのバカ、大っ嫌い!!」)
 顔を赤くして。目に涙を溜めて。
「……ハル。ケータイ、大事か……?」

 いつものように旺盛な食欲を見せるハルに柚月はおそるおそる訊く。
「え? うん、大事、すっげー大事。たからもの」
 トーストを片手に、にこにこ笑いながらくったくなく答えるハル。

「そうか……」
 対照的に柚月は沈んだ表情でコーヒーを啜った。

  

   

  
 
 

 明後日、ハルの荷物が送られてきた。私物と共にスポーツバッグの中に入っていたコンドームとローションは、和臣からの心尽くしの餞別だったが、どう考えても嫌がらせだ。
 柚月とハルは未だ、そんな関係ではない。

 リビングでスポーツバッグの中を検めてしまったハルは真っ赤になり、バッグを抱えてロフトに逃げ込むことになった。
「どうした?」
「な、なんでもない」
 
 心配して声をかけた柚月に平静を装いながら、心の中で「あのエロオヤジ、セクハラも大概にしろ」と和臣を罵倒するハルだった……。

 クリスマスイブからヴィンテージでのアルバイトを再開した。マスターの環から「クリスマス前後は混むので手伝って欲しい」と連絡があったのだ。
 勝手に辞めた自分にまたバイトを始めるきっかけをくれた、とハルはすぐに悟り、環に感謝した。

「ありがとうございます。あの、オレ、……」
『いいから、要と一緒にコーヒー飲みにおいで。二十四日はあいつにも手伝ってもらうよ』
 その言葉どおり、イブは柚月と二人でヴィンテージを手伝うことになった。

 柚月の年末年始の休みは合わせて一週間ほどあったが、ハルは元日以外バイトを入れた。環に恩返しがしたかった。
 二人が部屋で過ごす時間は必然的に少なかったが、それでもハルは柚月と一緒に暮らしている、と思うだけで嬉しかった。

 バイトが終わって、柚月のアパートに帰れば彼がいる。暖かい部屋で、ご飯を作ってくれて、「ハル」と呼んでくれる。ヴィンテージでの出来事を話せば、ちゃんと聞いてくれる。

(柚月さん)
 二度と柚月のそばを離れたくないと思った。
 ハルは自分を複雑そうに見つめる柚月に、どうしようもなく恋をしていた。

 ─── そんな風に年が明けて、一月も中旬。
 その日の夜遅く、柚月は酔って帰ってきた。

 

    

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 第二十八話

 

      
「─── ハル」
 その声。見慣れたスニーカーに、ジーンズ。黒いダウンコート。
 真正面に立つ、背の高い彼。
 見上げたハルの身体がぐらりと傾ぐ。─── 気持ちが悪い。貧血、だ。
 
 彼は ─── 柚月は躊躇なく、口を押さえて身体をふらつかせるハルを支えようと手を伸ばす。
 ハルは頭を横に振って、その手を拒んだ。

「─── なん……、なんでもない、ヘーキ……」
 片手を壁について、身体を支える。はあ、と大きく息を吐いた。
 柚月は気遣わしげにハルの青ざめた顔を見つめる。

 少し落ち着いてきたハルは、小さく訊いた。
「……なんで、ここに……?」
「─── 成沢さんから、電話もらって」

 柚月は話していいのか迷うように、カウンターの和臣に横目で視線を送る。
「一番最初に声かけろ、って……」
 ハルはまなじりを吊り上げた。きっ、と和臣を睨みつける。

 グラスに口を付けたヘヴンのオーナーは、ハルの剣呑な目付きに気が付くと、にやにやと笑みを浮かべた。

「俺……来たら、いけなかったか……?」
 沈んだ、柚月の声。ハルは俯く彼を見上げた。

 昨日よりも憔悴していた。顔色ははっきりと悪く、髪の毛はぼさぼさで不精ひげもあたっていない。頬はさらにこけ、目は赤く充血していた。
「もう、帰る、な?……押しかけてきて、悪かった……」

 やっぱり来なければよかった、と柚月は思う。幾ら成沢に、ハルの思い人に、ハルを預かって欲しいと言われたところでそれを真に受けるなんてどうかしてる。ハルは物じゃない。ちゃんと心があって、好きなひとがいる人間だ。
 現に今、その好きなひとと見つめ合ってた。

 殺意みなぎるハルの視線を柚月は誤解した。

 離れていこうとする柚月の肘をハルは思わず掴む。
 切ない、その眼差し。

 柚月は驚きながらも、目を逸らすことが出来ない。

「か……っ帰っちゃ、ダメ……最初に、声、かけたんだから……」
「え……」
「……臣に……言われたんだろ、オレに最初に声かけたら、……買える、って……」

 声が消える。柚月の腕をゆるゆると離し、ハルは視線を落とした。
 
「これって、昨日の、続き?……臣に言われて、オレを買いたくて来たの? ちゃんと買えるよ、今日は。だってそういう約束」
「違う」

 たつみ上がりになりかけるハルの声を柚月は遮った。
「違う、……か……買ったりなんて、しない。ただ、成沢さんに言われただけだ、お……お前がヘヴンに来たら、一番に声かけろって……そうしないと、後悔するって。どういうことか判らなかったけど……」

「───」
 ウソじゃない。自分を「お前」と呼ぶことをためらい、口ごもりながら赤くなる柚月の様子でハルは確信する。
(柚月さんはオレと臣の約束を知らない)

「あのエロオヤジ殺してやる……」
 ハルは再びカウンターを睨みつける。今度は涙が滲んできた。
 
「……あの……どういう、ことなんだ?」
「柚月さん騙されたんだよ、臣にっ……オレ、最初に声かけてきた奴相手にするって約束して、だから、あいつ何にも知らない柚月さん呼んで、面白がってんだ」

(オレの気持ち知ってて。柚月さん以外とは寝たくなくて、でも柚月さんに金で買われるのも嫌で)
 こんなの、あんまりだ。

「し……っ知らなかったんだから、声、かけた内に、入らないよな。引き止めてごめん、……も、帰って」
 あいつ絶対ぶん殴ってやる、とハルは拳を固めた。潤んだ目に自分と柚月の足先がぼやけて映る。
 彼の足が踵を返すのを待った。

「……最初に、声かけてきた奴、相手に」
 低く言う柚月にハルは自棄になり、なんでもないような調子で言う。
「そう。昨日言ったろ、ダレでもいいんだよ、オレ。全然ヘーキ、こんなの。……早く行ってよ。営業妨害、……それともオレがどんな奴と寝るか、知りたいの」

 柚月がいなくなったら。
(……ふざけんなって臣のバカ、ぶん殴ってやる。そんで野宿する。凍死したっていいや)

「……」
 案に相違して柚月の足は動かない。ハルは横を向いてこぼれそうな涙をくい止めた。 
 

「─── え?」
 柚月はいきなりハルの腕を掴んだ。のみならず、引っ張って出入り口へ向かう。
「ちょ……柚月さん」

 非難めいたハルの声が聞こえないのか、柚月は止まらない。階段を昇りきると冷たい風が二人の頬に吹き付けた。
 少し離れた大通りのクリスマスイルミネーションがきらびやかに瞬いている。

 ヘヴンズブルーのネオンの下で立ち止まっても、柚月はハルの腕を離そうとしない。
 不安そうに柚月を見上げるハル。
 柚月は困ったように眉尻を下げた。

「そんな顔、するな。─── 俺を、その、相手にしたくないの判ってるよ。何もしない。……お前、あの人のこと、臣って呼ぶんだな」
 ハルは、あ、と掴まれているほうと反対の手で口を押さえた。

「かん、……カンケーないだろ」
「……そうだな」
「……手え、離して」

 柚月はハルの腕を離した。掴まれていたところをハルは擦る。ひどく熱く感じた。
「─── オレ戻んなきゃ……金、いるんだ。……臣のとこ、追い出されそうで」
「……追い出される?」

「ん……うん。お前みたいな奴、願い下げだって。で……でも大丈夫。すげー金持ち見つけてふんだくってやるから。……柚月さ……あんたは、帰って。……もうこんなとこ来たらダメだ」

「─── 俺の家で暮らせばいい」
「なに言ってんの? 自分が何言ってっか判ってんの? オレ、あんたなんか大嫌いだっつってんじゃん。ゼッタイやだ」

 決して目線を合わせようとしないハルに、柚月は躊躇いながら言った。 
「……お前を、預かって欲しいって」
「はあ?」
「成沢さんに言われた。預けるって。……お前を俺のとこに来させる為に、こんな手の込んだことしたんだな、あの人」

 ハルはぽかんと口を開けた。─── 臣が、オレを預かって欲しいって柚月さんに頼んだ?
 迎えに来ても帰らない自分に業を煮やして、こんな回りくどい強硬手段に出たのか。
(……余計なこと、しやがって)

 ─── 柚月さんが迷惑するの、判ってるくせに。
 
「……悪いけど、オレ、あんたに預かってもらうつもりないから。大体、臣もあんたも何考えてんの? ひとのこと勝手にやり取りすんな。オレは自分の好きなようにする。好きなとこに行く。誰かに指図されんの、ごめんだよ」

「指図じゃない」
「命令?」
「違う」

 柚月は真っすぐハルを見た。腕を組んだハルは口をへの字に曲げて柚月を見上げる。
 吐く息が白い。
「……頼んでるんだ。俺の家に来て欲しい」

 ハルは、ほんの一瞬、柚月の肘を掴んで引き止めたときと同じ切ない表情を見せる。
 それは束の間に消え、目を眇めた不機嫌そうな顔になった。

「なんでゆづ……あんたが頼むの? 臣は厄介払いしたくてあんたに預かれって言ってんだよ? 利用されてんの判んないの、……オレのこと迷惑なくせに」

 最後に思わず本音を出してしまったハルはそっぽを向いた。
 つん、と顎を逸らす高慢な態度のハルに、柚月は静かに告げる。
「─── 好きなんだ」
 
「─── 」
 一瞬、言葉の意味を理解出来ず、ハルは思考を止めた。

「ずっと好きだった。……お前に嫌われてるのは知ってる。成沢さんのこと好きなのも。でも、他の奴と、……知らない男相手にして金を稼ごうとしてるお前は、見てられない。嫌われるより耐えられない。……嫌ったままでいいから、俺のとこ来てくれないか。成沢さんのこと、好きでいいから。……何もしない、から」

 ハルは呆然と柚月を見つめていた。
(す……き、って)
(柚月さんが、オレのこと、……好きって)
「……ほんとに……?」

 無意識に口を突いたハルの言葉に柚月は慌てる。
「本当だ、何もしない。誓う。……成沢さんから預かるだけ」

 いや「ほんとに」ってソコじゃないんだけど、とハルは曲げた人差し指を口に当て、考えるような仕草をする。
「……オレ……迷惑だろ。ほんとのこと、言っていいよ、……」
 小さく、頼りなげな声。

 当たり前のように柚月は言う。
「迷惑なんて思ったことない」
「……へんな噂、立てられても……? きっと、迷惑する。後悔するよ」
「後悔しない」

 柚月は断言した。
「お前がヘヴンで知らない奴にじろじろ見られてるのを黙って見てるほうが、よっぽど後悔する」
「……柚月さんて、やっぱヘンだ。初めから思ってたけど」
「……ごめん」

 素直にこうべを垂れて、柚月は続ける。
「変でごめんな。……でも、誓ってなにもしない。一緒に帰ろう。……一緒に、いたいんだ」
 ハルは耳まで赤くなった。顔が熱い。

「し……仕方ないから、一緒に帰ってもいいよ。どうせ臣んとこ追い出されんだしっ……柚月さんがオレんこと預かるって言うから、行くんだかんね。オレが柚月さんちに押しかけるわけじゃねんだから、……あの、だから」

 ハルは俯き、小さく言った。
「……オレのこと、迷惑で、邪魔になったら、すぐ教えて……?」
「……ハル」
 頼りなげな自分の声に気付き、ハルは慌てて打ち消そうとする。

「別に柚月さんが迷惑被ったってカンケーないけどさあ、やっぱ恨まれたらイヤじゃん? だからさ、早めに言って欲しいんだよねー、……オレ、柚月さんちじゃなくたってイイんだから」

「俺はいやだ。……お前が他の奴の家にいるのは、嫌だ」
 柚月は真顔だった。本気で言ってる、と気付いたハルは頬を赤らめたまま目を伏せた。
 嬉しかった。どうしようもないほど。

「あ……っ、成沢さんは別だぞ。お前が、成沢さんとこ行きたかったら、いつでも行っていい、……あの、……泊まるって、連絡くれれば」
 柚月の言葉で自分の吐いた嘘を思い出す。
 
 和臣が本命、ということになっているのをすっかり忘れていた。
「……臣のとこなら行ってもいいわけ?」
 声が冷える。自分が心にもないことを言ったのが悪い、と判っていても面白くない。

「ああ。……でも、金もらったりしたら駄目だぞ? 本当に好きなひとと、そのう、……するときは、自分に値段つけちゃ駄目だ。……俺の言ってること、判るだろう?」
 「……判ってないの、柚月さんのほうだよ、……」
 聞こえないほど小さな声で柚月を詰る。
 
(オレがなんで柚月さんにだけは買われたくないって言ったのか判んないの?)
 ふて腐れてハルは言う。
「オレ、……金もらっても、柚月さんとだけは寝ない」
「……うん」

「どんだけくれるって言っても、寝ない」
「判ってるよ。そんなに何度も言わなくても」
 苦笑いする柚月にハルは目を吊り上げた。
「判ってないよっ!柚月さんのバカッ!」

 鈍感、朴念仁、と心の中で悪態を吐きながら柚月に背を向けて歩き出す。
「ハル?」
 なぜハルが急に怒ったのか判らぬまま、それでも彼に付き従う柚月。

 アパートに帰り着くまでハルは仏頂面だったが、それでも柚月は顔を綻ばせていた。

 

 

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 第二十七話

  

     
 薄暗いヘヴンズブルーの店内。目立たない、壁際の隅にハルはいた。
 内心、ひどく緊張していたがそんな素振りはつゆほども見せず、慣れた様子で壁に寄りかかる。

 半円のカウンター席の一番端に、ハルより先に来た和臣が陣取っているのが目に入った。
 自分が朝言ったことを履行するかどうか見張ってるのだろう、とハルは眉根を寄せる。

(ちゃんと、シゴトする。一回、ヤれば平気になる。……あのひとのことは、忘れる)
 よし大丈夫、と思った矢先から心がぐらつく。
(……やっぱやだな……ナオか河合さんとしゃべってるふりして、声かけてきた奴無視できないかな……)

 悪あがきだ、と自分でも判っている。それでもそう思わずにはいられない。
 ハルは不安そうな目をフロアに走らせ、ナオを、河合を捜す。生憎、ナオは来ておらず、河合はカウンターの中で接客中だ。

 ナオを捉えられなかった代わりに、ハルを見つめる複数の目と遭遇する。熱っぽい視線、あからさまに値踏みする目付き。
 ハルは俯いてそれに耐える。どんな妄想をされているのかはあえて想像しない。

 ダウンジャケットのポケットに手を入れて、電源の入っていない携帯電話を握りしめた。
(……お守り、じゃないけど)
 少しだけ心の安定を取り戻す。
 
 一昨日なら平気で笑いかけられた、シゴトしない、指一本触らせるつもりの無い一昨日なら。
 今日は違う。

 誰にともなくにっこりと愛想良く微笑めば、何人かの男がやってくるだろう。その中で最初に声をかけた奴を相手にする。早い者勝ち、だ。
(笑え。笑わないと。こんな仏頂面してたら、客引っかかんない。……引っかかんなくてもいい)

 いっそ和臣にそしられてもいいからこの場から逃げ出そうと思ったそのとき、声が聞こえた。
 ハル、とその声は呼ぶ。

 聞き間違えるはずがない、その声。
 フロアの客の間を縫って現れる。

 俯けていたその顔をゆっくり上げるハル。
 血の気が引く。

 前に立つその人を、真っ青になって見上げた。

  

   

   

   

 携帯電話が鳴った。ベッドに横たわって天井を見上げていた柚月はその音が聞こえるリビングに、億劫そうに目を向ける。

 取るつもりはなかった。放っておけば切れる。
 誰とも、話したくない。

 カーテンを閉め切っているがぼんやりと明るい。時計に目を走らせると午後二時。真っ昼間だ。
 時間の感覚がなかった。

 昨日の夜、─── 最低だった昨日の夜、アパートに帰り、ダウンコートをそこら辺に脱ぎ捨てベッドにもぐりこんだ。浅い眠りを何度か繰り返しては、覚醒した。

 耳の奥に声が響く。

(『─── もちろん寝たよ。この部屋の奴と。金も、もらった。前なんかじゃない、そんなこと思ってるのあんただけだよ』)

 冷笑するハル。 

(『客になってくれるってんなら、あんたのアパート行ってもイイよ?』)
 
 首をかしげ、誘う仕草。

(『オレ、好きなひとがいるんだ。この部屋の人、……金持ちで優しくて、あんたと大違い。……あんたなんか大嫌い』)

 耳を塞ぎ、頭を横に振る。
 
(『金もらってもあんたとだけは寝ない』)

 涙で潤んだ目の縁を赤くしていた ───。

 
 ハル、と声に出してみる。
『なに?柚月さん』
 違う。彼はもう返事をしない。

 四六時中、おかしな目で見ている男のところを飛び出して、本当に好きな人のところへ行ってしまった。
 
 あやのことはきっかけに過ぎない。物欲しそうな目で見られることに嫌気が差していたハルは、ついに本音をぶちまけた。
 
 大嫌い、と。金もらっても寝ない、と。

 ああ。そうだろう。
 表面上は良識ある大人のようにふるまった、自分は年上だからハルの面倒を見なければいけない、煙草を吸ったり平気で誘惑したりするハルを諫めて、良い方向に向かわせようとして、その実は。

 どうしてもハルのそばにいたかった。自分のものにしたいと思っていた。ハルに「客になってくれるなら家に行ってもいい」とからかい半分に言われ、簡単にその誘いに乗ってしまうほど。─── あのまま、無理やりに金を渡してハルをこのアパートに連れ込んだら、自分が何をしたか考える。

 歯止めが利くはずがない。ハルが、自分を厭って当たり前なのだ。

 
 ……一度止んだ携帯電話の着信音が再び鳴り出す。
 柚月はのろのろと身を起こした。出るつもりはなかったが、うるさい。
 むやみに明るいリビングに顔をしかめ、脱ぎ捨ててあったダウンコートのポケットを探る。携帯電話は切れなかった。

 見覚えのない番号が表示されている。
 柚月は迷いながらも、通話ボタンを押した。

「……はい」
『柚月くん?』

 心臓がどくんと跳ね上がる。─── ハルが思いを寄せる当の本人。
 切ろうとして耳から離した携帯電話から、声が聞こえた。

『成沢だけど。……話があるんだ。ハルのことで』
 こっちにはない。もう、終わったことだ。
 
 それでも柚月は携帯電話を耳に当てた。
「……もう、いいんです」
『いいってなにが? 諦めるってこと? 大嫌いって言われてヘコんじゃった?……あんな奴知るかって見限った?』

 そんなわけはない。ハルを、見限るなんてとても出来ない。
 どれほど嫌われても。
「……」
『ハルを引き取った養父のことは聞いてる?』

「……ええ。ケンカして家出したって」
『ケンカ?……あいつ、そんなこと言ってごまかしたんだ。君に知られたくなかったんだな』
 
 携帯電話の向こうの成沢の声は続く。

『ハルはその養父と寝たんだよ。寝たったって半分レイプみたいなもんだ。尊敬する、憧れの父親に嫌われたくなくて言いなりになった。……でもそれが辛かったんだろうな。父親ってものを知らねえハルは養父を神聖視してる。憧れの父親とは寝たくない、だって父親が子供の自分にそんなことするはずがないから。かと言って嫌がって嫌われたくない。……ハルは辛くて辛くて家に帰れなくなった』
 
「……」
『ショックで声も出ない?』
 
「─── いえ」
 柚月は自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
「なんとなく、……ただのケンカじゃない気がしてました」

『柚月くんて見かけによらずキモ据わってるよね。あいつを迎えに来たときから思ってたけど』
 笑いを含んだような成沢の声に柚月は純粋な疑問を口にする。
「……どうして俺にそのことを?」

『君に預けたい』
 一転、成沢の声は真剣味を帯びた。
『ハルと、ハルの傷、一切合財。預かって欲しい』

「何で俺なんです?」
 柚月の声は相手を咎めるように上擦る。
「ハルが好きなのはあなただ。俺じゃない。あなたが預かるべきなんだ」

『俺には荷が重すぎる。君みたいにキモが据わってる人間は、そう多くないよ? 俺みたいに気の小さい男にはあいつの傷は手に余る。癒し方も判らねーし』
「……俺だって、そんなの」

『大丈夫、柚月くん癒し系だから。……いやマジで。切るなって』
 からかう成沢の言葉に一瞬怒りが湧き上がる。沈黙で察したのか、成沢は慌てたように付け加えた。
『これからが本題なんだよ。聞いてる? 柚月くん』

「……聞いてます」
『今夜、ハルがヘヴンに顔を出す』
「は……?」

 成沢がなにを言いたいのか判らない。ハルなら毎日でもヘヴンズブルーに行ってもおかしくない筈だ。
『一番最初に声をかけてやって欲しい。誰よりも早く』
「……成沢さん」

 柚月は絶句した。昨日の夜のハルと自分のやり取りを聞いていなかったのだろうか。
 ハルは大嫌いだ、と言ったのだ。あんたなんか大嫌いだ、と。顔も見たくないとさえ、言った。
 昨日の今日で一体どのツラ下げて会いに行け、と言うのだ?

「……俺は、ヘヴンズブルーには、行きません。ハルには、会えない。─── あいつはきっと、嫌がる」
『嫌がらねえよ。そういうことになってるから』

 わけが判らない。そういうことになってるってどういうことだ?
 困惑して黙り込む柚月に成沢の声が畳みかける。
『まあ、とにかく来なよ。来ないと後悔するよ? 俺にはカンケーないけどな』
 考えといて、と言って通話が切れた。

 柚月は携帯電話のフラップを閉じて、手の中のそれをぼんやりと見つめた。
 ─── ハルと、ハルの傷。預ける。来ないと、後悔する。

 成沢の言葉を心の中でめぐらせ、柚月は顔を上げた。

     

   

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 第二十六話

  

                                           
 午前二時過ぎ。
 ハルの部屋のドアが細く開いた。人影が中を覗く。

 ハルが寝入っていることを確かめると、影はそっと侵入してきた。
 ベッドのそばに近寄り、あどけない ─── まだ子供のようにさえ見える寝顔を見つめる。
 影は手を伸ばすと枕元にある電源の入っていない携帯電話を取り上げた。

 
 ……しばらく後に、作業が済んだ影はハルの携帯電話をOFFにする。元の通りにそれを枕元に置いた。
 寝息を立てるハルの柔らかな髪の毛を意外なほど優しい手つきで撫でる。

「んんー、……」
 ハルは眉をしかめさせて横を向き、その手から逃れる。
 軽く肩を竦めた影は入ってきたときと同じように、静かに部屋を出て行った。

 

  

   

   

 
「お前、腹くくったって言ったな、昨日」 
 朝、─── と言っても十一時近かったが ─── パジャマのままハルがリビングに行くといきなりだった。

 和臣の言葉を聞こえなかったふりをしてキッチンに向かい、コーヒーメーカーに出来ていたコーヒーをマグカップに注ぐ。
 ダイニングテーブルで新聞を広げている和臣の前を横切り、リビングのソファーに座った。
 
 和臣はすでにスーツを着て身なりを整えていた。新聞を丁寧にたたみ、片手に持つとハルの座るソファーの後ろに立つ。
 少し寝グセのついている柔らかい髪の毛の上にぽん、と新聞を載せる。

「言ったよな? 昨日。それとも強がっちゃっただけか?」
 からかう口調の和臣にハルはむッとしてコーヒーを飲んでいた口をへの字に曲げる。新聞を払いのけた。
「……それがなんだよ。今からヤらせろっての? 悪いけど夜にしてくんない、朝っぱらからあんたの相手出来ねーよ」

「俺じゃない」
 新聞を持ったまま腕を組んだ。
 ハルは訝しげに振り返り、和臣を見上げた。

「今夜、ヘヴン行って商売して来い」
「なっ……なんでだよ!」

 唐突な「命令」にハルは思わず立ち上がり、ソファーを挟んで和臣と対峙する。
 朝の光の中、一分の隙もなくスーツを着こなし、新聞を片手に腕を組む和臣はハルが対抗できるとは思えないほど姿が良く、威圧感がある。事実、ハルは和臣に見下ろされ、ぐっと押し黙った。

「腹くくったんだろう。だったら誰が相手でもいいはずだ。─── と言うより、そうした方が手っ取り早く思い切れるんじゃねえの、お前にしても」
「……」

 ハルは唇を噛んで、言葉を押し出す。
「……あんたの、……専」
 言いたくなくて低まる声を、和臣は予想していたように拾った。

「専属? 俺の? ごめんだね、今自分がどんなツラしてるか判って言ってんのか? 大体こっちから願い下げなんだよ、専属とは名ばかりで彼氏に操立てられちゃたまんねーからな」

 何も言い返せない。この間の夜の不始末といい、和臣に愛想をつかされても仕方がなかった。

「どうする」
 和臣の声はやけに優しい。
「やらせねーのにいつまでも居候ってわけにはいかねえぞ。出て行ってもらう。……金が必要だろ。どうやって稼ぐんだ? お前にあるのはそのキレーなツラとイイ声上げる全身性感帯みたいな身体だけだろう」

「……なにそれ。言葉責め? 吐き気がすんだよ……っ」
 ハルは耳まで赤くして和臣を潤んだ目で睨みつける。何も持たない自分が悔しい。

「言葉責め? 冗談だろ、この程度で。事実を言ったまでだ」
 和臣は片方の唇の端を上げて笑った。
 カンに障る皮肉なその笑みにハルは追い詰められる。

 もう柚月のところへは帰れない。和臣には振られた。─── 残されたのは、和臣の言うとおりヘヴンで客を引っかけることぐらいだ。
「……行けばいいんだろ!」

 出て行ってもらう、と和臣が言った以上、近い内に追い出されるのは目に見えている。金が、なるべく多くの金が必要だった。
 稼ぐなら早い方がいい。

「ヘヴン行くよ、今日! あんたより金持ち捉まえてやるからな」
「言うじゃねーか。勝算あんのか?」
 
 昨日と一昨日、声をかけてきたヤシマの顔が思い浮かぶ。同時に、シュウの顔も。
「言っとくが、シュウの客に色目使うなよ。後が面倒だ」
 刺されるぞ、と和臣は釘を刺す。

「わ……判ってるよ!」
 頭の中を覗いたような和臣の言葉にうろたえた。正直、他に当てはない。
 三ヶ月前の客たちとはとっくに切れていた。他の少年たちに鞍替えしたか、遊びに飽きたのだろう。それでもちょっと笑いかければ、いくらでも出すという客は一昨日も結構いた。

 何とかなるだろうが、和臣よりも金持ちとなるとそうは行かない。大体、ヤシマだって和臣より金持ちだとは思えなかった。
 
 金持ち過ぎるヘヴンズブルーのオーナーを腹ただしい思いで睨みつけるハルに、当のオーナーは笑みを向ける。

「いいこと思いついた」
「はあ?」
「ヘヴンで、最初に声かけてきた奴ってのはどうだ?」

 これだから金持ちは嫌いだ。ろくでもないことを考えつく。ハルは心の中で悪態を吐きながらも視線を外さず応えた。
「いいよ」

「当たり外れでかいぞ。やめとくか?」
「いいって言ってんじゃん。最初に声かけてきた奴、ぜんぜんオッケー。サイコー」
「強がるねえ、お前も。いっそ立派だよ」

 やれやれ、とでも言いたげな和臣から顔を背けたハルは、けッと声に出した。ソファーに座り、あぐらをかく。

 和臣は新聞をダイニングテーブルに置くと、冷めたコーヒーを飲み干した。カシミヤのコートに袖を通しながら、忘れずにハルに忠告する。
「瞼、冷やしとけよ」

 からかい半分のその声にハルは唇を引き結んだ。絶対返事なんかするか、と心に決める。
 ハルの返事などそもそも期待していない和臣はそのまま部屋を出て行った。
 
 しん、と部屋に静寂が訪れる。
 ハルはリモコンのボタンを押してTVを点けた。

「……なにが当たり外れだよ」
 
 どんな奴だってハズレだ。あのひと以外は。

 ハルの呟きはCMの音でかき消される。

 自分の膝を抱いたハルは、クッションを引き寄せて顔をうずめた。

 

  

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 第二十五話

  

  
 ─── 泣いたことを忘れたくて浴室に閉じこもること一時間。

 昨日から和臣に借りているパジャマを身に着けて浴室を出たハルは、バスタオルを頭から被ったままキッチンへ直行した。冷蔵庫を覗き、500mlペットボトルから直接ミネラルウォーターを飲む。

 煙草の強い匂いでこの部屋の主が帰宅していることに気付く。
「……ずいぶんお早いお帰りで」
 ソファーに近づきながら嫌味っぽい言葉を投げつけた。

 テーブルを挟んで向かい側ではYシャツ姿の和臣が煙草を吸っていた。ジャケットとネクタイがソファーの背に掛かっている。

 眇めた目がソファーに座るハルを捉えた。
「瞼、腫れてんぞ」

「……腫れてねーよ。元からこんなんだ」
 言いながら頭のバスタオルを引き下げ、目を隠す。
 煙草を消した和臣はハルの隣に移動した。ぐい、と髪の毛ごとバスタオルを掴み、上向かせた顔を覗き込む。
 
「泣き過ぎなんだよ、バーカ。せっかく彼氏が迎えに来てくれたってのに、あんな言い方する奴があるか」
「なっ……」

 ハルは和臣の手を振り払い、立ち上がる。
「やっぱりあんたか。あんたが連れて来たんだな?……追いかけて来たにしてはおかしーと思ってたんだっ、その上盗み聞きかよ。変態。サイテー」

「サイテーでけっこう。ここは俺ん家、誰連れてこようと俺の勝手だ。居候にとやかく言われる筋合いはねえよ」
 しれっとした顔で言い放つ和臣を、目の縁を赤く染めたハルが睨みつける。

 和臣はソファーの背に腕を伸ばすと、ハルをつくづくと眺めた。
「お前、彼氏の世間体考えて身ィ引いたんだってな。泣かせる話じゃねーの」
「……そんなんじゃねーよ。聞いてたなら判ってんだろ。あんな奴のところにいるの、嫌んなったんだよ。そんだけ」

「お前の言ったこと、全部本当だってか? 俺を好きだってのも?」
 う、と言葉に詰まったハルは和臣から目を逸らす。
「俺を使うなんざイイ度胸じゃねーか。見上げたもんだな」
 
「……」
 ハルは唇を尖らせて俯いた。「使われた」和臣が面白くなく思うのは当然だ。反論の仕様もない。
 
「座れよ。いつまで突っ立ってんだ?」
 促され、元の場所に腰掛けようとしたハルの腕を掴む力強い手。バスタオルが落ちた。
「こっちだ」

 引き寄せられたハルは、ソファーに片足だけ乗せた和臣の腿の上に座らされる。
 Yシャツ越しに和臣の胸板に手を付くことになったハルは身体を硬くした。
「……臣、ズボンがシワにっ」

 背中にまわる左手から逃れようとお為ごかしを言ってみる。
「別に構わねえよ?」
 軽くあしらわれた。

「柚月くんのことが好きなんだろう」
 はっきりと言い当てられ、言葉に詰まる。
 素直に肯定すれば、和臣は「ヤらせない」と判断して出て行け、と言うだろう。─── 柚月のところへ帰れ、と。
 
(柚月さんの迷惑になるのはいやだ)
 ハルは唇を引き結んで、言った。
「……好きじゃない。前にも言っただろ、大嫌いだって。あんた耳ついてんの」

「俺の耳、性能良くてな。お前の大嫌いは大好きに聞こえる」
「……どんだけ耳悪いんだよっ……」
 和臣の右手がハルのパジャマの下に侵入し、這い回る。左腕はハルの背中を支え、その先の手は細い腰を撫でていた。
 
 薄いTシャツの上から胸の突起を摘まれ、爪の先で軽く引っかかれる。ハルはびくッと身体を竦ませた。
「ん……っ」
「嫌そーなツラ。言えよ、「柚月さん」のことが好きです、って」

「……言わねー」
「あ、そう」
 和臣はハルを押し倒すとパジャマごとTシャツを捲りあげる。

 反射的に抗おうとするハルの二の腕を掴んで、その頭上でソファーの肘掛けに押さえつけた。
「俺を使ってくれた罰だ。白状しろよ。犯すぞ?」
「……痛てーよ、臣……っ手え、離せ」

「他に言うことあんだろ」
「………判ったよ!」

 観念したハルの言葉と共にその腕が自由になる。
 起き上がったハルはパジャマとシャツを引き下ろし、二の腕をさすった。
「……ってーな! バカぢからっ、あんた手加減ってもん知らねーのっ?」

「お望みならもう一回。……彼氏のこと、本気だな?」
「……」
 ハルは和臣を上目遣いで見て、頷く。
 
「彼氏の世間体のために俺んとこ転がり込んできた、と」
「……こないだ、言ったろ。オレ、あのひとに嫌われてるって」
 完全に酔っぱらう前の記憶は残っていた。ハルはうな垂れて、続ける。
 
「あの……あのひと、オレに同情してさ……すっげー優しくしてくれた。家出してウリやって、って知ってんのに、オレのこと、ちゃんと扱ってくれた。……からかってヤラしいこと言ったり、どうやってやんの、とか言ってきたりもしなくて……。だから、「触るな」って言われるまで気がつかなかったんだ。あのひとに嫌われてるって。オレ、アタマ悪いからさ、……柚月さんに軽蔑されてるって、判んなかった……」

 和臣は黙って煙草とライターを引き寄せ、火を点けた。一瞬、煙草の先がぽっと赤く灯る。
 
「……柚月さんと一緒にいたくて……なるべく近寄んないようにした。オレ、気持ち悪い、からさ……でも、柚月さんやさしいから、自分から近づいてくれたりしたんだ。……オレのこと、友達って言ってくれた。普通に見られるようにするって、……すげーやせ我慢。オレめちゃくちゃ嬉しくってさあ、柚月さんのそばにいられるって、……有頂天んなった」

 咥え煙草の先から紫煙が漂う。聞いてるのかいないのか、和臣はハルから目を逸らしたまま凝った意匠のライターを弄んだ。

「ほんとはさ、あの時、……嫌われてるって判った時に出てけば良かったんだよね。そしたらオレのこと、噂にならなくて済んだ。……柚月さんに迷惑かけなくて済んだ。……オレがそばにいたいって思ったから、柚月さん、すげー迷惑……っ」

 下を向いたままのハルの目から涙がこぼれる。パジャマのズボンの上にぽつぽつとしみを作った。
 和臣は眉をしかめて煙を吐き出した。
「さっきさんざん泣いただろうが。明日の顔、見らんねーぞ」

「ど……うせっ、見んの、臣だけだろ……っ」
「あーはいはい、俺は物の数に入ってないわけね、」
 落ちていたバスタオルを拾い上げた和臣は煙草を咥えたまま、ハルの顔をぐいぐいと拭いてやる。

「臣ー、……」
「あ?」
「オレさあ、これ以上柚月さんに嫌われたくない」

「あっそ。それで?」
「……柚月さんとこ帰ったら迷惑んなって余計嫌われるからさあ、だから」

 ハルは自分の顔を拭う和臣の手をそっと掴んだ。バスタオルを取り去り、煙草の匂いのするその手を自分の白い頬に押し当てる。涙で潤んだ目を瞑り、温かく滑らかな喉に這わせた。
 その喉が和臣の手の平の下で動く。
「……ベッド、行く……?」

「やなこった」
 和臣はハルの手を振り解いた。灰が落ちそうな煙草を灰皿に押し付けて消す。
 立ち上がり、浴室に続くユーティリティに向かった。
「臣!……臣っ」

 追い出されるのではないかと危惧したハルは必死で後を追う。
「なんでだよっ、さっき犯すっつったじゃんか!」
「お前が白状しないからだろうが」
 
 袖のカフスボタンを外しながら和臣は言った。
「他の奴のことしか考えてねー奴と誰が寝るか。またさんざん酔っぱらわせたあげく「柚月さん」て泣かれんのがオチだからな」

「な……、なに言ってんの?」
「覚えてねーか。あんだけワケ判んなくなってたら当たり前だけどな、……」

(『や……離して。触んなっ……オレ帰んなきゃ……柚月さん……柚月さんとこ……』)
 
「帰るってマッパだぞ?こっちは指しか挿れてねーんだよ。フェラはしないは泣き出すは、口を開けば「柚月さん柚月さん」、……いっそ縛り上げて猿ぐつわかましてヤっちまうかと思ったけど、そこまですんのもめんどくせーしな。何がベッド行く?だ。腹括ってから誘え」

 事の顛末を知ったハルは真っ赤になって俯いた。
「……ごめん。も……あのひとのこと、言わないから」
「どうだか」

「名前、呼んだりしない。ちゃんとヤラせる。今度は、……シラフで。だからここに置いてください。お願い、します」
 うな垂れながら頭を下げたハルを和臣は見つめる。
 その目を細めた。
 
「……そんなに彼氏が好きか。シラフで俺と寝てめちゃくちゃ泣き喚くことになっても、……それでも、彼氏んとこ帰って迷惑かけるよりここにいて俺に抱かせる方を選ぶんだな」
 
 ハルは首をかしげて和臣の顔色を窺った。
「フェラもするよ?」
「そういうこと言ってんじゃねー」

 和臣は黙ってYシャツの前ボタンを外す。
 ─── 和臣の元に転がりこんできたのも、抱かせるのも、柚月に冷たい言葉を浴びせて自分がひどく傷ついたのも、全ては柚月のため。

 柚月を守るためにハルは意図せず自分を傷つける。

 柚月のことしか考えず、時に自分をさえ傷つけるその想いは、全く和臣をないがしろにしていたが ─── 。
 なぜか気分が良かった。感嘆した、と言ってもいい。
 
 自分よりも大事なものを守ろうと必死になるその思い。

 きらきら光る「それ」をハルの内に視た和臣は、ふんと鼻を鳴らした。
「向こう行ってろ。風呂入れねーだろ」

「……臣」
 ハルはYシャツの袖を掴んで和臣を見上げる。
 
「……ハラ、くくった、から」
 和臣の唇に自分のそれを寄せた。
 ハル自身は気付いていないが、掠れたその声はひどく痛々しく聞こえる。
 
 無論、それを無視してキスを受けても良かったが ─── 。
「……つまんねーな」
「え?」

 「退屈だ。お前誘うの下手だな。自分の部屋行って寝ろ、ガキ」
 ぐい、とハルの頭を押しのけ、ユーティリティから追い出すと引き戸をぴしゃりと閉める。

「な……っ何だよそれ! ふざけんなっ、臣のばーかッ! 二度と誘わねーかんな!」
 目の前で立て切られた引き戸に向かって言い放つハル。

 上等だ、と言う内側からの笑い声に背を向けて、ハルは足音も荒くリビングに戻った。
 

 

    

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 第二十四話

  

  
 長い時が経ったような気がした。実際はせいぜい三十秒だろう。
 ハルはそろそろとソファーを下り、柚月と向かい合った。

 柚月はぎこちない笑みを微かに浮かべた。
「……捜したんたぞ。迎えに来たんだ。一緒に、帰ろう」
 そして、ハルに近づく。

 ハルはいやいやをするように頭を振って後ずさる。
「……ハル」
 戸惑いを含んだ柚月の声。

 柚月に会いたい、もし会えたら、と考えていたハルの頭の中は真っ白になっていた。なぜ柚月がここにいるのか判らない。その上、迎えに来た? ありえない。そんな都合のいい話が転がっているはずはない。─── 帰れるわけがない。

「か……帰らない。帰りたくない」
「あやから聞いた」
 掠れるハルの言葉を柚月は遮った。

「……噂になってるって、言われたんだろう。お前が出て行くように……。そんなこと、気にしなくていい。今はちゃんとバイトだってやってるんだし、家事だって出来る。前のことを気にする必要はない」

「─── 前?」
 自分を庇う優しい柚月の姿を、ハルはその目に焼き付けるように見つめた。

 これから先、何度も思い出せるように。─── もう二度と会えなくても。

 ふいにハルはくすくすと笑った。
 冷たい、馬鹿にしたような視線を柚月に向ける。

「前なんかじゃないよ。このマンション、すげー広くてキレイだろ? 柚月さんの……あんたの貧相なアパートなんか比べものになんない、……オレ、こっちの方が良かったから置いてくれって頼んだんだ。─── もちろん寝たよ。この部屋の奴と。金も、もらった。前なんかじゃない、そんなこと思ってるのあんただけだよ」

 柚月は言葉を失った。
 凍りついたその表情に向かって、ハルは一層きれいに笑って見せる。

「さっきさ、オレにカルティエくれるって言ってたひと、いたろ? アレねえどっかの商事会社の御曹司で次期社長だって。昨日も五十万出すだの、愛人になったらマンション買ってやるだのうるさくてさー、……ま、愛人も悪くないけど」

 ふん、と鼻で笑ったハルは腕を組み、柚月を挑戦的に見た。

「オレはね、金さえもらえれば、誰とだって寝るんだ。金の為にいやいや寝てると思ってた? 違うね、気持ちいーことして金もらえたらそれでラッキーだろ。あんた騙されてたんだよ、家出してウリするしかなくてカワイソーって。オメデタイひとだね、……そうだ」

 ハルは、つ、と柚月に近づく。首をかしげてにっこりと笑った。
「客になってくれるってんなら、あんたのアパート行ってもイイよ?」

 声が、震えそうだ。
 
 柚月にだけは言いたくなかった。誘う言葉。しかし、彼に徹底的に嫌われる為には、─── 仕方なかった。

 柚月は、ハルを初めて見るような目をした。

 ハルは ─── 可笑しそうに笑って柚月から離れた。

「ウソだよ。冗談に決まってんだろ、お堅い柚月サン。オレみたいな誰とでも寝るような奴、気持ち悪くて指一本触れないもんねえ? 嫌われてんの、知ってんだから。……ぼけーっと突っ立ってないでさっさと帰ったら? ウザイよ、顔も見たくない」

 気を抜くと涙が出そうになる。ハルはそっぽを向いて、もう話したくないという態度を取った。

 柚月はハルの高慢な横顔を見つめる。その伏せた目は涙を押し止めようと睫毛を震わせていたが、柚月はそれに気づいた様子もなく、ただ黙っているだけだ。
 ハルは痺れを切らした。

「もうっ、判んねーひとだな! オレはここがい……」
「─── いくら出せばいい?」
 
 癇癪を起こしたハルの声を柚月は遮った。
 財布をコートのポケットから取り出す。

「今、手持ちがあんまり無いんだ……足りなかったら明日必ず払うから」

 ぼんやりとした柚月の表情。抑揚の乏しいその声が、あんなにも聞きたかった声が信じられない言葉を放つ。

「いくら出せば、お前のこと買える?」

「なに……言って……柚月さん……」
 か細い、ハルの声。顔色が真っ青になっていた。
 柚月はラグに投げ出されていた白いダウンジャケットをゆっくりと拾い上げ、呆然としているハルに着せかける。

 ハルはびくッと身体を竦ませ、それを振り払った。
「……冗談……だよね……?」

「……」
 柚月は黙って財布から紙幣を取り出すと、ハルの腕を掴み、その手に握らせた。
 ハルは膝から下が震えているような気がした。

 あの、潔癖な柚月が。
 好きな奴以外とはするな、と 金の為にそんなことはするな、と言った柚月が。

(オレを、買う)

 腕を掴んだまま、柚月の唇が近づいてくる。ハルは両手で柚月の胸を押し、もがいた。
「やー……っやだっ……」
 手の中にあった紙幣が落ちてばらまかれる。

 柚月は構わず唇を重ねた。
 
 その手の力が緩んだ隙に、ハルは柚月を突き飛ばして逃れる。
「……どうして」
 柚月の低い声。

「……客なら家に行ってもいいって、言っただろう?……」
 ハルは頭を横に振った。その目に、涙を溜めて。

「ちがうっ……オレ……」
 柚月が呆れると思った。二度と会いたくない、と思わせたかった。
 嫌われたかった。

「金なら出す、ちゃんと……今はこれしかないけど」
 柚月は情けなさそうに眉尻を下げた。ラグの上にばらまかれた千円札も混じる紙幣を、屈んで拾い集める。

「明日、必ず払うから……それともブランドの時計が欲しいのか? 今は……無理だけど、必ず、……必ずお前の欲しいもの買ってやるから……だから……」
「そんなんじゃないよ……!」

 ハルは唇を噛み、泣くのを必死で堪える。
 ─── 柚月がそんなことを言うはずがなかった。言いたいはずがなかった。
(オレのせいだ)
 
 柚月は、自分を連れて帰るために。
 したくもないことをしようとしている。

「……柚月さんに買われるの……やだ……」
 小さな声で懇願した。
「お願い……オレのこと、買わないで。お願いします……」

 跪いていた柚月はゆっくりと立ち上がり、ハルを見下ろした。
「─── 俺と寝るのがそんなに嫌か」
「ちが……柚月さ……」

 ハルは耳を塞いで、俯く。─── 今の柚月はいつもの、ハルの知っている柚月ではない。普段の、ハルが思いを寄せた柚月は。
(無理やりキスしたりしない。穏やかで、お人好しで、他愛ない話しして、からかうと赤くなって、オレに優しくしてくれて)
(こんなのやだ)

 俯くばかりのハルに柚月の理性が飛んだ。言ってはならない言葉が口を付く。
「この部屋の奴とは寝たんだろう」

 ハルの両肩を掴む。
「どうして俺は駄目なんだ? あの人は良くてなんで俺は、─── あの人のこと好きだからか? 好きだからここに置いて欲しくて寝たのか?」
 弾かれたように顔を上げたハル表情は今にも泣き出しそうだった。

 それをごまかす為に、柚月の手を邪険に振り払う。
「……そうだよ。オレ、好きなひとがいるんだ。この部屋の人、……金持ちで優しくて、あんたと大違い。……あんたなんか大嫌い。金もらってもあんたとだけは寝ない」
 
 たどたどしいハルの言葉に、柚月は放心した。呆然と、瞬きもせずにハルを見つめる。
「───」

 沈黙の後、柚月はゆっくりとうなだれた。
「そ……うか……。悪かったな……」
 手に握り締めた紙幣を財布に戻し、覚束ない足取りでドアへ向かう。

 遠ざかる柚月の背中に抱きつきたい衝動を、ハルは必死で堪えていた。
 
 ─── 柚月と一緒にいたい、と。

(……もし、言えたら)
(オレを捜してくれた。迎えに来てくれた。……一緒に、帰ろうって)
 
 柚月の消えたドアが涙でぼやける。ハルはその場にうずくまると、声を殺して泣いた。

 

  

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「きみの」四十四話更新♪

  

 「きみの」四十四話、なろうサイト様で更新しました

 またヘヴンの二人が出張ってる……。(ノ∀`) アチャー

 しかもイチャイチャ。全く見ちゃいらんねーな、こりゃ。┐(´-`)┌

 ネット小説ランキング様に登録しました~。このブログの「きみの」目次の下の方に、ランキングタグを貼ったので投票して頂けると嬉しいです。( ^ω^ )

 そう、登録したのでなるべく早く、なろうサイト様の「きみの」をこちらに移したいのですがなんか時間がなくて……。

 今、最終話(多分、四十六話になる予定)に取りかかったところなのですが、とても仕上げたい気持ちでいっぱいです。なんでか、ちょっとテンパってる……。(@Д@;

 恐らく、最後が見たいんだと思います。そして肩の荷(?)を下ろしたい。手を切りたい。(?)

 外枠、というか、大体のなりゆきが書ければ、落ち着くと思うのですが、……ああでも、この状態をほったらかして移す作業に没頭しようかなー、とも思う……。

 早く終わりが見たいような、見たくないような。何言ってんだ、八月……。┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

 

 そうだ、小学校のPTA学級委員、当たりませんでした~。\(^o^)/

 でも補欠1。_| ̄|○

 もし繰り上がった時は精一杯頑張ります……。

  

  

 

きみの手を引いて:23

  

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 第二十三話

 

  
 ヘヴンズブルーを飛び出したハルは現実感が伴わないまま、和臣のマンションに帰ってきていた。金の縁取りのあるドアに付いているパネルを開けると無意識に暗証番号を押し、開錠させる。

(柚月さん)
 思うのは、あのひとのことだけだった。
 
 柚月は少しやつれていた。顔色も悪く、クマも出来ていた。それでも自分の名を呼んで、ぱっと表情が明るくなると、いつもの柚月がそこにいた。

(……会えた)
 
 リビングで白いダウンジャケットを脱ぎ捨て、ソファーに膝を抱えて座る。
 目を閉じて、少し会っただけで話もしなかった彼を反芻する。
 彼の行動のひとつひとつを。

 膝の上に顔を伏せた。
(─── 俺のこと、捜してくれた。少しは気にしてくれたんだ)

 嬉しかった。どうしようもなく嬉しさが込み上げてきて、どうしたらいいか判らないほどだった。
 膝を抱えたまま、ソファーの上にころりと転がる。

「……」
 しばらく心の中の柚月を堪能した後、起き上がると今度はクッションを抱えた。

 次に自分がしなければいけないことは判っている。
 ─── もう二度と柚月に会ってはいけない。つまり、ヘヴンには行けないということだった。

 自分の存在が柚月にとって良くない、─── 害にしかならないのは判っていた。
(大体、合わせる顔なんてないし)

 ここに置いてもらう為に、柚月への気持ちを断ち切るために、和臣と寝たのだ。
(……アレ、ほんとにヤったのかな)
 実際のところ、あの夜の記憶はなかった。
 
 抵抗したくても出来なくなるようにしてやる、と言った和臣は「抵抗したくても出来なくなる」どころか、それ以上にきれいさっぱりハルの意識を失わせてくれた。
 
 朝 ─── 昼過ぎに目が覚めると和臣の姿はもうすでになく、「ヤったっけ?」と訊く機会を逸してしまった。
 何も着てはいなかったが、腰から下の違和感は特にない。三ヶ月ぶりなのだから多少は痛みがあってもおかしくないような気もしたが……。

 エントランス・玄関それぞれの暗証番号を書いたメモと現金 がナイトテーブルに置かれていたから、恐らく寝たのだろう。何もせずに十万も出すとは思えない。

(イタくねーのはローションでも使ったんかな……。全っ然覚えてねーし。優しーんだか、前戯めんどくさかったんだか判んねーなっ)
 ああ見えて存外心根の優しい和臣を知りながらもハルは悪態をつく。いっそ意識も記憶も痛みもあったほうが良かった。

 柚月に会いたい、と思わなくなる。
 
 脱ぎ捨てられたダウンジャケットをちらりと見てハルは立ち上がった。そのポケットから携帯電話を取り出し、そっと撫でる。

 ソファーに座りながら携帯電話のフラップを開いて、黒い画面を見つめた。
「……」
 もし、今、電源を入れたら、柚月に繋がるのだろうか。

 柚月の声が聞ける。ハル、と自分を呼んでくれる。
(……ダメだって。もう会わない。声も聞かない)
 ヘヴンで自分を背に庇う柚月の姿が鮮烈に思い浮かぶ。
 
 頭を振ってその面影を追い払い、携帯電話を閉じた。
(そうだ、……ヘヴン行けないんだ。……行っても、多分、今日みたいに……)
 客を断ってしまう。─── 柚月以外に触れられたくない、ということは金を稼げない、ということだった。

(しばらくは大丈夫、十万あるし……あ、もう九万五千か……でも無くなったら?)
(……ここはやっぱり……臣に……)

 専属にしてくれ、と頼むか。
(専属? そんなもんペットと一緒だ、ぜってーヤダ。気分ワルイ、考えただけで吐きそーだっ……)

(なる……なるべく今ある金、節約して……どうしても、金が必要な時だけ……でも「やらせる気ねーんなら出てけ」って言われたら?……そしたら、)

 吐き気のせいか、八方塞がりな状況のせいか、涙腺が緩む。手の中の携帯電話がぼやけていく。

(……専属とか、ペットとか……柚月さん聞いたらぽかんとするだろうな……)
(「ペット? 犬? 猫か? ハムスターとか?」)
 
「言いそう……」
 ハルはくすくす笑いながら、瞼を擦った。─── 平気だ。愛人でも専属でもペットでも、何だって出来る。こんなの、何でもない。
 柚月の迷惑になることに比べたら、ちっとも辛くない。

 でも。もう一度だけ。
(柚月さんに会いたいなあ……)
 
 会って、自分の状況を知られれば、柚月に嫌われ、蔑まれるだろう。成り行きで拾った自分が売春をしていたことを知り、触るな、と厭わしがった柚月のことだ。─── 和臣を相手にしたことで、どれほど汚らわしいと思われるか知れない。

 判っている。それでも。
(……今度会えたら、何て言おう。声、聞きたい。ちゃんと顔見たい。ヘヴン、暗いんだもん……そんで、全部覚えとこう。……柚月さんにめちゃくちゃ嫌われても)
 
「……っバカだ、オレ、二度と会わないって決めたばっかなのに……」
 会いたい。
 会いたくて、会えたときのことばかり、考えてしまう。
 
 ハルは乱暴に目を擦り、携帯電話をクッションの下に突っ込んだ。
 ─── と同時に。
 玄関で物音がした。

 和臣が帰ってきたのだ、とハルは疑いもせずにソファーに横になり、クッションを隠す。
 リビングのドアが開いた。

 ハルはそのひとの姿を見ないまま言った。
「ずいぶん早いじゃん。まだ九時半だよ。ヘヴンの売り上げでも落ちた?」

「─── ハル」
 
 和臣じゃない。
 気付いたハルはソファーの上にがばっと起き上がり、見上げた。

 柚月が、そこにいた。

  

   

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 第二十二話

  

 白いダウンジャケットの背中がどんどん遠ざかる。
 柚月は足を速めたが、人込みに阻まれ追いつけない。ドアを抜け、階段を見上げた時にはもうすでにその姿はなかった。

 二段飛ばしで駆け上がり、昇り切ったところでグレイのコートの男とぶつかりそうになった。
「……失礼」
 その男は柚月を避けて下へ降りていこうとする。

 焦った柚月はきょろきょろと辺りを見回したが、ハルはいない。
 夢中で男を呼び止めた。

「あの、すいません、今、ハルが」
「……ハル?」
 振り向いた男は訝しげに柚月を見た。

「いえ、あの……男の子が出てきたはずなんですけど、どっちへ行ったか見ませんでしたか」
「ああ」
 男は片眉を上げて柚月に品定めをするような視線を向けた。それから、あっち、と駅へ向かう大通りを指差す。

「ありがとうございます」
 軽く頭を下げて、柚月は大通りへ出た。
 クリスマスソングがどこからともなく聞こえる。街路樹のイルミネーションが暗がりに慣れた目に眩しい。

 沢山の人で溢れる通りをハルを捜して何度も行きつ戻りつする。見つかるはずがなかった。
「……」
 吐く息が白い。ガードレールに凭れて夜空を見上げる。

 逡巡した後、柚月は萎れてヘヴンズブルーに戻った。ハルの手がかりはそこにしかないのだ。

 控え目に灯るHeaven's blue の文字の下でさっきの男が煙草を吸っていた。
 炎が赤く光る。

 柚月は以前、その男に会っていることに気が付いた。
 ハルと初めて会った時だ。
 この店の前まで来るとハルは柚月に待つように言い、この男と何か話していた……。

「─── 下で聞いたよ。ハルの奴、シュウと揉めたんだって?」
 男の口から出たハルの名に、柚月はどきんとする。
「仲裁に入ってくれたのって君だろう。ありがとう」

「……どうして、礼なんて」
 柚月は男とハルの関係を勘繰った。礼を言われても素直に喜べない。
「ああ、……」
 低めたその声で柚月の嫉妬に気づいた男は煙草を消し、姿勢を正した。

「この店を経営している成沢です。店内の揉め事は私の責任、大ゲンカにでもなって評判と売り上げ落ちて閉店に追い込まれたりすると大変困ります。お礼申し上げたのはオーナーとして。……他意はないよ」
 
「オーナー……」
 丁寧に改めた口調の中にどこか揶揄するような響きを感じ取り、柚月はむっとする。しかし、それ以上にヘヴンズブルーの経営者ということに驚いていた。

 精悍な男、というのが第一印象だった。意志の強そうな瞳、浅黒い肌、高く通った鼻梁、 ─── 身長こそ柚月のほうが幾分高かったが、引き締まった体つきは柚月よりよほどがっしりしている。何よりも大人の男としての威圧感、社会を渡っている者の世慣れた風情は柚月に格の違いを思い知らせた。

 成沢 ─── 和臣は柚月をたっぷりと観察してから口を開いた。
「『柚月さん』?」
「え?」
「君、『柚月さん』だろう。ハルの」

 心臓がどくんと鳴った。胸苦しささえ感じて柚月は息を飲む。
「どう……して、俺のこと、知って……」
 和臣は一瞬迷ったような顔をして、それから唇の端を片方だけ上げて笑った。

「まあ、色々と。あいつから聞いてる。……いや、聞かされた、かな」
「ハルはどこに行ったんですか」
 アパートを出た後のハルを知っている、と和臣が匂わせただけで軽い嫉妬も敗北感も柚月の中から消え失せていた。
 
 ハルに会いたい。ただ、それだけが柚月を突き動かす。
 
「あいつを捜してるんです。出て行ってからずっと、……会いたいんです。話しがしたい。俺に黙って出て行って、行くとこなんかないのに、今どこにいるのか気が気じゃなくて……腹減ってないか、寒い思いしてないか、……嫌な思いしてないか、誰のところにいるのか」

 柚月は口を噤んだ。眠る場所を提供する代わりに身体を要求されたハルが、それに従っていると決め付けるような自分の言い方に気が差したのだ。
「……誰と一緒にいたって構わない。ただ会って話したいんです」
 
 柚月の真摯な眼差しを和臣は量るようにじっと見つめて、言った。
「─── じゃあ、会う?」
「え……」

 今すぐにでも会えるような、和臣の言葉に柚月の思考は止まる。
「まだ帰ってないかもしれないけど、その時は待ってればいい。直に帰ってくるだろうから」
 
 和臣は先に立って大通りへ歩き出した。柚月は慌てて付いて行く。
「あの……っ、居場所、知ってるんですか。ハルはどこに」
「俺の家」

 あっさりとした和臣の言葉は、柚月の足を止めさせるのに充分だった。
 和臣は気づいて振り返る。

「……ずっと、あなたの家に」
「そう」
 言葉を失う柚月。
 
 ハルがこの男 ─── 成沢と何もなかったとは到底思えなかった。胸に広がるどす黒い、嫌な思い。切り裂かれるような痛み。
 
 和臣は顔色を変えた柚月に平然と言った。
「それが何? その程度で、なんであいつのこと捜してんの?」
 ま、もう会いたくなくなったってんなら別にイイけど、と和臣は鼻で笑う。

 柚月は拳を握り締める。─── そうだ。
 誰と一緒にいたって構わない、と言ったばかりじゃないか。あいつが金をもらう為に、泊めてもらう為に誰かと ─── この男と寝ようと、それがなんだ?

 それくらいで揺らぐのなら、とっくの昔に諦めてる ─── 。

 柚月は深呼吸をした。
「行きましょう。こっちですか」
 和臣を追い越し、大通りへ出る。近づいてきた和臣は驚きを隠さず、柚月をしげしげと見た。

「……へえ。案外、キモ据わってんな。『柚月さん』」
「その呼び方やめて下さい。柚月でいいです」
「じゃ、柚月くんね」

 和臣はなぜか機嫌良さそうに歩いていく。大通りをしばらく行き、路地に入ると閑静な住宅街になる。私道らしき一本道の先に瀟洒なマンションがあった。
 エレベーターの中で和臣は最上階のボタンを押す。

「あいつ、どうして君んとこ出た? ケンカでもした」
 柚月は俯いて唇を噛んだ。
「……俺の周りで自分のことが、その、……良くない噂になってるって……言われたらしくて、……それ、気にして、多分」

 一呼吸置くと、意を決したように顔を上げる。
「ハルを、連れて帰ります。お世話になりました」
 真っすぐな柚月の目。和臣は眩しそうに目を細めた。

「─── それはどうかな。……素直に帰ればいいけど」
 静かにエレベーターが止まり、二人は降りた。
「ハルの奴、君の世間体を思いやってるってわけだ?」

 ゆっくり閉まるドアのわずかな機械音に紛れて、和臣は呟く。
「……大嫌いだの何だの言ってたのはそういうことか。強情張りやがって、バカだねあいつも。ベッドの中じゃさんざん、柚月さん柚月さん言ってるくせに」

「え? なに、……何ですか?」
「何でもない」

 和臣は柚月に背を向けて歩き出す。ホテルのような絨毯敷きの中廊下や、フロアに一つしかないらしい金の縁取りのある大きなドアを目にした柚月は、ヘヴンズブルーのオーナーということも合わせて、和臣がとんでもない金持ちであることに気付き始める。
  
 リモコンキーを使ったのか、和臣が近づいただけでロックが外れる音。その背中を柚月はちらりと見た。

 マンションの中とは思えないほど広い大理石張りの玄関は明かりが点いていた。和臣は外開きのドアを開けたまま、柚月に先に入るように促す。─── 見慣れたハルのスニーカーがあった。

 柚月は平静を失いそうになったが、和臣の手前、見栄もあって落ち着いているように見せかける。
 吹き抜けになっているホールの先の短い廊下で、そのドアの向こうがリビングだ、と柚月に教えた和臣は壁に凭れ、腕を組む。ついて来る気はないようだった。

 柚月は一人でリビングのドアを開けた。

   

   

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ヘブンズブルー:最終話

  

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 最終話

 

「ど……どこ行くの、臣さん……」
 必死に自分を見上げるナオの頭を、和臣は軽く撫ぜた。

 ナオを泣かせたくない、という思いは自然に和臣の表情と口調を和らげる。
「ヘヴンだ。レイに会ってくる。……お前が昨日セッティングしてくれたデート、台無しになったからな。……今日、あいつ客付いてたか?」

 そっと髪の毛に触れられながら、ナオは眉尻を下げ、頭を横に振った。
「そうか、付いてないか……選り好みが激しすぎるからだ」
 上手く誘ってやる、と和臣はナオを軽く押しのけた。

「待って、臣さん」
 泣きそうなナオの声。後を追うナオを和臣は振り返った。
「そうだ、約束な」

 内心を押し隠していつもの皮肉っぽい笑みを浮かべる。
 ナオの目には普段どおりの、余裕めいた大人の表情に映った。
  
「明日、俺が戻ってきたら笑ってくれよ? お前の望みなら何でも叶えてやる。その代わり、約束だぞ。……笑えよ」

 軽く、冗談でも言うような口振り。

 けれどナオは和臣の目の奥に自分を視た。

 マンションやヘヴンをくれると言ったのは、自分が和臣の心を要らないと言ったから。─── レイを愛人にするのは、自分がそう望んだから。

(……僕を喜ばせるために、嬉しがらせるために、笑わせるために、臣さんは)

「…………」
 答えないナオから目を逸らし、和臣は玄関を目指す。

 遠ざかる和臣の背中。

(臣さんが、行ってしまう)

 ─── 気が付いた時には。
 
 ナオはその背中に抱きついていた。

「お、……おい」
 驚いて振り返る和臣の胸にしがみ付き、泣き出すナオ。

 こぼれた涙が和臣のYシャツを濡らす。和臣はうろたえ、抱き寄せることも出来ない。
「……参ったな……。笑って欲しいのに、どうしてこう俺のやることなすことマズいんだろうな……どうしたらいいんだ? 泣かないでくれ。何でもするから」

「いっ……行かないで下さい」
 しゃくり上げ、ナオは和臣を見上げる。涙が目の縁から転がり落ちた。

「レイのところに、行かないで。僕と一緒にいて」
「判った。だから泣くな」

 即答した和臣はコートを床に落とし、恐る恐るナオの身体に手を回す。嫌がられたらすぐさま離そうとする慎重さをナオは焦れったく思った。

「……臣さん、僕ね」
「少し、……離れないか」

 ナオは和臣の背中に手を回し、思い切り抱きつく。
 それでも和臣はナオを強く抱き返そうとはしない。
「……ナオ」
 
 昨日と同じ声だ、とナオは思う。どうしたら好きになってくれる、と訊いた声。笑って欲しい、とせがんだ声。
(……怖くない)

 本当はまだ少し怖い。和臣のように激しくひとを愛する気持ちは、相手はおろか和臣自身さえも焼き尽くすのではないか ─── ?

(判らない。そんな気持ちは知らない。でも)

 嫌われたくない、とあの時、思った。

「……嫌われたくなかったんだ」
「え?」

「臣さんに嫌われたくなくて、いつでも、タダで寝るって、……言った。臣さんは気持ちを言ってくれたのに僕は、逃げた。ズルイよね。……本当にびっくりしたんだよ。驚いてどうしたらいいか判んなくて、……でも」
 
 ナオは甘えるように和臣のYシャツの胸に頬を擦り付ける。腰を引く和臣に気が付きながらも離れようとはしない。

「臣さんに、嫌われたくなかったんだ」
 
 腕の中で響く小さな、しかしはっきりとしたその声は、和臣の心に流れ込む。
「寝てもいいから嫌われたくなかった。……どんなことしてでも」

 大きさは違っても、自分の内側に存在する和臣と同じ炎をナオは覚えた。

 制御が利かなくなり、和臣は腕に力を込める。
 ナオの耳に口を寄せて囁いた。

「……それは、告白だと思っていいのか?」
「……」

 頬に血を昇らせ、顔を背けるナオ。
「逃げるな」
 
 和臣は容赦せず、耳たぶに口付ける。そのまま、真っ赤になっている首筋に唇を這わせた。
「……っ臣さん待って、」
「嫌だ。昨日からもうずいぶん待った。……まだ焦らすつもりか?」

 うなじを撫でていた和臣の指がナオの後ろ髪に差し入れられる。直接地肌に触れられ、髪の毛を梳かれる感覚に、ナオの身体がびくんと震えた。
 
 眼下の許しを請うようなナオの目付きを堪能して、そのこめかみにキスを落とす。
 目をぎゅっとつぶったナオは俯いた。

「わ……判った、から」
「── 一度だけでいい。お前の言葉が聞きたい」

 
「……臣さんが、好きだよ……」

 
 目を瞠り、そして満面の笑みを浮かべる和臣。
「やっと、言ったな」
「……言わされたんだよ……っ」
「俺だけじゃずるいからな」

 そっと触れるだけのキスを交わす。
「………」
 離れていこうとする和臣の唇を、ナオのそれは追いかけ、塞いだ。

「……駄目だ。怪我が治ってない」
 ナオの唇の端と身体の怪我を気遣い、和臣はキスを止める。実際、断腸の思いだったが、ナオを辛い目に合わせることは出来ない。
 このまま続ければ歯止めが利かなくなることは判っていた。

「……僕の言うこと、何でも聞いてくれるんでしょう」
 臣さんと、したい、とナオは額を和臣の胸に押し付ける。誘う言葉はまともに和臣の顔を見られなくさせる。

「……無茶言うな」
 口ではそう言いながら、和臣は真っ赤になっているナオの顔を上げさせ、その表情に目を細める。

「ん……」
 ナオは自分を見つめる和臣の視線から逃れようと目を逸らした。その瞼に、和臣の唇は優しく触れる。涙の跡をぺろりと舐めた。
 
「……怪我、辛いかもしれないぞ」
「平気、……構わない」
「泣いても、……止めなくていいか?」
「……いいよ」
 
 吐息と共に出た許しの言葉に後押しされ、和臣はナオを強く抱きしめた。

  

                             end.

  

      ~ おまけ ~  

  

    

「もう一回、聞かせろよ」
「……ヤだ。一度だけでいいって言ったもん」

 ヘヴンズブルーのカウンター席に陣取った和臣は、隣のナオの髪の毛を弄びながらその耳元へ囁く。
 頬を染めて頭を振り、和臣の手から逃れるナオ。

「しつこい、臣さん。ずっとそればっかり」
「お前が言わないからだ」

 強情っぱり、と和臣はにやりと笑う。─── ベッドの中でも「言え」「言わない」の押し問答の挙句、さんざん意地悪をされたナオはそのことを当てこすられ、ますます赤くなる。
 
 そんな二人の目の前のカウンターの中で、ため息を吐いたのは牧田だ。 
 今日もなかなか混み合っているこの店で、オーナーが一人の少年に公然と構っているのは非常に外聞が悪い。
「店内でイチャつくの、止めて下さいね?」

 いや、外聞など大した問題ではない。二人から少し離れて壁に寄りかかり、面白くなさそうに腕を組んでいるレイに視線を向けた。
「……雰囲気、悪くなりますから」

 レイの舌打ちと「やっぱ邪魔しちゃえば良かった」という声が聞こえたような気がして、牧田は剣呑、剣呑と肩を竦める。

「牧田さん、休憩時間ですよ」
 復帰を果たした河合が、トレイに空いたグラスを載せてカウンターに入ってきた。
「ああ、……お前、先入っていいよ」

 カウンターの二人と仏頂面のレイを横目で確認した河合は頬を引きつらせ、ぎこちない笑みを浮かべる。 
「……そうッスか、じゃお先に~」

 和臣をナオに取られたレイ、という図式でも想像したのか、河合は巻き込まれたくないとばかりにそそくさと奥の厨房へ引っ込む。

 あいつ、もうちょっと人を見る目と度胸があってうっかりが直ったらマネージャーに昇格させてやるんだが、……と牧田は心の中で思う。いっそオーナーと互角に渡り合ったレイをスタッフに雇いたくなる。

 成長に期待しよう、とカウンターに向き直るとナオがいない。
「逃げられた」
 自分との仲を隠そうともしない和臣に困惑したのか、辟易したのか、いずれにしろナオの背中はレストルームに消えていった。

「しつこくするからですよ」
「だってあいつが言わねーから」
 全く、子供じゃないんですからね、とたしなめる牧田に和臣は不機嫌そうに頬杖をつく。
 
 見えないところでナオにちょっかい出してないか、とレイに目を向けると、常連らしい「客」に口説かれている最中だった。
 和臣とナオに当てられたせいか首を横に振っているが、「客」も熱心だ。金額の折り合いさえ付けば成立するだろう。

「そういうことは二人っきりでして下さいよ。こっちはハラハラして、」
 言いかけた牧田は人込みに紛れ、和臣の後ろに立った人物に気付き、驚く。

 白いダウンジャケット。茶色い髪は柔らかく、小さな白い顔の輪郭を覆う。長い睫毛に覆われた大きな瞳。形の良い柳眉はひそめられ、赤い唇をへの字に曲げている。
 
 ─── ハルくん?

 彼を見なくなって何ヶ月なのか。前にも増した美貌をなぜか歪め、和臣の背中を見つめるばかりのハルに牧田は沈黙するしかなかった………。

 

 

    ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 ここまでお付き合い下さってありがとうございました。゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

 おまけは「きみの」の四十話とリンクしています。もし宜しかったらそちらも読んで頂けると嬉しいです。

                八月金魚 拝

         
         
        目次ヘヴンズブルー2:目次

  

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ヘヴンズブルー:22

  

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 第22話

  

 和臣が実家のある地方都市から自分のマンションに戻ってきたのは、夜の11時過ぎだった。
 エントランスで時間を確かめ、エレベーターに乗り込むと壁に背を預ける。
 ふーっと息をついた。

 月に一度、どうかすると半月に一度は祖父 ─── 父に呼び出される。いつもは煩わしいばかりの接見だが、今日に限って言えば僥倖だった。

 ヘヴンに顔を出さない理由が出来た。
 
 朝も、ずいぶん迷った。─── 起きた時、自分がいなければナオは戸惑うだろう。けれど起こして顔を合わせるのも、辛い。

「…………」
 
 カーテンのわずかな隙間から差した光が、ナオの寝顔を浮かび上がらせる。青く腫れた唇の端の傷は痛々しかったが、半開きの唇そのものや額に落ちかかったくせのある前髪は、和臣の気持ちを掻き立てた。

 それでも何もせず、そっとドアを閉め、家を出た。

(……ナオ)
 今頃は店にいるだろうか。それとも、客を捉まえて外に。

 和臣は頭を振って、考えるのを止めた。最上階に着いたエレベーターを降りる。
 ─── すぐに、彼に気が付いた。

 部屋のドアの前でオリーブグリーンのダッフルコートがうずくまっている。中廊下で絨毯敷きになっているとはいえ、空調が効いているわけではない。
 やはり寒かったのだろう、顔を上げ、慌てて立ち上がった彼の鼻の頭は赤くなっていた。

「……臣さん」
 自分をそんな声で呼ぶ人間はひとりしかいない。
「……ナオ」

 和臣は落ち着け、冷静になれ、と自分に言い聞かせる。
 自己暗示が功を奏してか、和臣は表情を少しも変えず、近づきながらコートのポケットの中でリモコンキーを操作し開錠した。

 先に部屋に入り、ナオを促す。─── なぜか、小ぶりのスポーツバッグを両手で抱えている。
「どうした。昨日は無理やり上がりこんで来たくせに。上がれよ」
 ナオはどうしたらいいか判らないように、玄関先で和臣を見上げた。

「あ……あの、ね、あいつが、充が僕のアパートまで来て」
 ナオは唐突に喋りだした。
「多分、ヘヴンから尾けられて……それで」

(「イイ金づる掴んでんだろ……ほら、あのオヤジだよ」)
(「昨日はいくらで寝たんだ? ええ? 少し恵んでくれよ」)
 
「……僕、寝てないって言ったんだ、臣さんは僕なんか相手にしないって、……百万返せって、でもあいつニヤニヤ笑って、全然本気にしなくて……っ」

 しつこい充はペンチでチェーンを切ると脅してきた。怖くなってドアを閉めたらまたチャイムが鳴って、ドアが叩かれて。ベッドの上で布団被ってたら音が止んだから、ドアスコープを覗いた。

「誰もいなくて、ほっとしたんだけど、窓から外見たら」

 充が、立っていた。

 街灯の下で、ナオの部屋の方を見て笑っていた。

「……逃がさないって怒鳴ってた、ドアの外で。……あいつ、また来るって、……いなくなった隙に服とか、荷物持って出てきたんだけど、……ヘヴンとかも知られてるから行けなくて……行くとこなくて」

「電話しろ。─── どうしても俺が行けなきゃ牧田でも河合でも寄越す」
 充の恐喝を思い出しているのか、ナオは真っ青になった。
「ご……ごめんなさい……」

 スポーツバッグをぎゅっと抱きしめる。和臣の言葉をろくに聞いていないようだった。
「ここにくれば泊めてもらえるって、……僕……臣さんにつけ込もうとしたんだ。……サイテーだよ……」

 和臣は片眉を上げ、皮肉そうな表情を作る。ヤク中よりはまだ俺のほうがマシってことか。
 ため息をつき、前髪をかきあげた。
「つけ込めばいいだろう。なんだって言うこと聞いてやる」

 俯いたままナオは頭を横に振った。
「さっき、……臣さんのこと待ってるとき、考えたんだけど……ずっと迷惑かけっぱなしで……ヘヴンで揉めたり、百万、とか……今も……だから、僕、いないほうがいいと思って……」

 たどたどしいナオの言葉に和臣は険しい顔になる。なんだ。何を言おうとしている ───?

「……最後に臣さんに会ってから行こうって……もう、行くね。会えたから……」
 ナオはスポーツバッグを抱えたまま頭を下げた。

「迷惑かけて、ごめんなさい」
「どこに行く気だ」
 和臣はナオに最後まで言わせなかった。スポーツバッグを強引に取り上げ、その細い腕を掴む。

「どこにも行くとこなんかないだろう!?」
 引っ張られたナオは、慌てて靴を脱ぐ。ずんずん廊下を進んだ和臣はリビングでナオを放した後、自分の寝室にスポーツバッグを放り込んだ。

「お……臣さ……」
「お前の荷物はあの部屋の中だ。強姦される覚悟があるなら取りに行け」

 コートを脱ぎながら戻ってきた和臣はイライラと煙草に火を点けた。空になった煙草の箱をくしゃりと潰し、ゴミ箱に投げる。
「言っとくが、本当に犯すぞ。お前が俺をどう思ってようと関係ない」

 ソファーに座った和臣は灰皿を引き寄せ、灰を落とす。
「強姦されたくなけりゃ昨日の部屋行って寝ろ」

 ナオはおずおずと和臣の前のソファーに腰を下ろした。
「……優しいね、臣さん」
「ひとの話、ちゃんと聞けよ? 犯すって言ってんだぞ」
 和臣はスーツのジャケットを脱ぎ、ソファーの背もたれに掛ける。ネクタイを緩めた。

「……」
 ナオは和臣が自分の目を見ないことに気付いた。─── 昨日、自分の目を覗き込んで「笑って欲しい、なんでもする」と切羽詰った声で言った人間とは思えない。

 以前の和臣と同じ、優しさをそれと悟らせない乱暴な口調。昨日のことを、なかったことにしたいと思っているのだろうか。
(……もう、嫌われたのかも)

 ナオはしょんぼりと肩を落とした。
「……ごめんなさい。会わないで、黙って行けば良かったね……? あと少しだけ、少しだけ待って来なかったら、行こうって考えてて……ずっと待ってた……臣さんに迷惑だって判ってるのに……」

 俯き、すんと鼻を啜り上げるナオに和臣は視線を向けた。
「迷惑、ね。─── お前はそう思うわけだ」
「臣さん……?」
 冷ややかな和臣の声にナオは顔を上げた。まともに視線がぶつかる。

「ずっと待ってた? すごい殺し文句だな。俺がどんなに嬉しいか判らないだろうな、お前には」
「僕……殺し文句とか、そんなんじゃ……」
 ナオは口ごもり、和臣を見つめた。─── 本当の気持ちを話しただけなのに、伝わらない。

 和臣はふんと鼻を鳴らし、煙草を灰皿に押し付けた。
「ああ、判って言ってるのか。俺みたいに自分に夢中になってるオヤジひとり、転がすのなんざわけねえってか、……そうだろうな」
「そんな……」
 言葉が続かない。どう言えば伝わるのか判らない。

 涙を浮かべたナオから和臣は目を逸らした。
「ここにいたいなら、好きなだけいればいい。何もしやしない。─── 利用したけりゃいくらでも利用されてやるよ。何が欲しい?」

 ナオは呆然と和臣を見つめた。
 ─── 利用、と言った。和臣を利用する、と。

「金か? 欲しいもの言ってみろ。……そうだ、このマンションごとくれてやろうか。車は? 欲しくないか?」
 声も出せず、すうっと青ざめたナオは頭を横に振る。
 
「なら、ヘヴンのオーナーは? やってみるか?」
「……やめて下さいっ……」

 ナオの瞳の涙が徐々に大きくなっていく。
「そんなの、いらないっ……利用、とかそんなつもりで来たんじゃないよ!……」

 また泣かせてしまう。
 和臣は内心の動揺を気取られないように、わざとゆっくりと言った。

「じゃあ、……じゃあ俺がレイを愛人にするってのは、どうだ?」
 涙に濡れたナオの目が瞠られる。

 泣かせたくない、と和臣は心の底から思う。─── その為なら何でも出来る。
「……そうして欲しいんだろう? レイを愛人にする。昨日みたいなことはレイに言えばいい。……」
 
 和臣は立ち上がり、ネクタイを締め直す。ジャケットに袖を通した。
「……明日の午前中に一度戻る。ここは好きに使え。……ずっといていいんだぞ。何かあったら電話しろ。すぐ飛んでくるから」
 思わず本音が出た。和臣は口を噤み、訂正する。
 
「……牧田か河合を寄越す」
 ダイニングチェアに掛けてあったコートを手に取る。

 ナオはリビングを横切る和臣の前に飛び出し、しがみ付くように見上げた。
「ど……どこ行くの、臣さん……」

 細く掠れる、ナオの甘い声。
 和臣は自分を見上げる涙を滲ませた瞳を、ただじっと見つめた。 

 

     

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ヘヴンズブルー:21

  

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 第21話

  

「はあ……」
 スタッフルームであったことをナオの口から聞いたレイは思わずため息を吐いていた。
「……あの、オーナーが」

 形振り構わないオーナーの告白が信じられない。酔っ払っているという自覚がなかったせいか ─── いや、酒の力を借りたからこそ身も世も無い告白が出来たのか。

「……それで、……ナオさんは?」
 当然恋人同士になったものとしてレイは話の続きを促す。オーナーが腹を括ったのなら仕方が無い、という心境だった。
 
 牧田が言った「オーナーが先に一人で店を出た」という言葉が少し引っかかったが、ナオが断るのは考え辛い。─── オーナーの為に自分を呼び出し、デートして欲しいと頼んだほどなのだ。

(ナオさんの気持ちはオーナーにある)
 傍から見れば嫌になるほど良く判る。

「…………」
 ナオは言葉に詰まった。

 押し黙るナオにレイは首を傾げる。
「どうしたんですか? 俺、結構ココロ広いからすこーしくらいならノロけてもいいですよ」
「……そんなんじゃないよ」

 頬を赤らめるナオを目を細めて眺めながらレイは次の言葉を待った。
「……僕……あの……泣いて」
「は?」

 泣いて?─── そういえば牧田はナオが泣いたみたいだと言っていた。
 
「……びっくりして……あんな風に、なんでもするって、─── 好きになって欲しいって言われて、……怖くて……」
「怖い……? 何が怖いんです? 好きな人に好かれたいと思うのって当然でしょう」
 ナオの瞳が揺れる。

「でも、……すっごい怖かったんだ。臣さん、……僕しか視てなくて……僕ね、全部臣さんに取られちゃうって思った。無理やり、全部、心も身体も持ってかれるんだって思った。……無理やりにでも好きにさせようとしてるって、……だって、臣さんはそうしようと思えばいつだって、『俺以外見るな』って命令できるんだもの……」
 
 小さな、小さな声。囁くほどの頼りない声はそのままナオの不安な気持ちを表す。

 レイはグラスを片手で揺らしながら頬杖をついた。
「─── オーナーは命令なんかしないでしょ。てゆーか、出来ない」

 揺れるグラスの中身を見つめながらナオは頷いた。
「……うん。たの……頼んだだけ。笑って欲しいって……あと、どうしたら好きになってくれるって……」

「めちゃくちゃ下手(したて)じゃないですか」
 それで怖がられて泣かれたらオーナーも遣る瀬無い。なんだか気の毒になってきた。

「う……うん。それで後から、悪いことしたって……泣いたりして、臣さん、びっくりしただろうなって、思って……臣さんの家、行った」
 牧田の言ったとおりだ。ナオの話を遮らぬようこっそり視線を送るレイに、牧田は「聞いている」と言うようにわずかに頷いた。

「なんか、僕もなんて言ったらいいか判んなくて……あんな風に、すごい勢い、っていうか……情熱、っていうか……そういう風に言われるの怖いから、言わなくていいって言ったんだ。あの、……好きなんて言わなくても、寝るって……」

 レイは思わず顎を落とした。─── なんだってそんなこと。
「な……なんでそんなこと言ったんですか。オーナーが欲しがってるのは、ナオさんの心、なんですよ。身体じゃない、そんなこと判ってるでしょうっ」

「だって、……だってどうしたらいいか、判んなかったんだ。臣さんが僕のこと好きって知らなかったし、あんなに、すごく、……思ってくれてるの怖くて、でも」

「でも?」
「……臣さんに、嫌われたくなかったから……」

 萎れたようにうな垂れるナオ。
 レイは脱力していた。─── やっぱり惚気じゃないか。バカバカしい。やってられない。
 何回目かも判らないため息を吐いて、レイはジントニックを飲んだ。

「でもね、臣さん寝てくれなかった。僕、誘うの下手だから……」
「─── それは誘うのが下手なんじゃなくて、オーナーの意思表示だと思いますよ。ナオさんの心が欲しいっていう」

 生殺しかー、オーナー良く我慢したなー、と半分感心しながらレイはナオを見つめた。
 ナオは眉尻を下げ、すがるような目付きをする。
 
「……どうしよう、臣さん怒ったのかな。朝、謝ろうと思ったんだけど起きたらもういなくて……ヘヴンも来てないし」
 不安そうにフロアを見回す。

「怒ってるんじゃなくて、ただ落ち込んでるだけだと思います。ナオさんと顔合わせらんないくらい」
 その言葉にナオはうろたえ、手が空いた牧田とレイを交互に見た。

「どうしよう、僕どうしたらいい? もう嫌われた?……もうカオも見たくない?」
 牧田と視線を合わせたレイは肩を竦めてみせた。─── 仕方が無い。オーナーに貸しひとつ付けとくか。

「ナオさん。……嫌われたくないってオーナーに言ったらどうです?」
「な……なんで? そんなの、いつだって」

 そんなのいつだって思ってるってか? やっぱ邪魔しちゃおうかな、と思いながらもレイは助言した。
「……いつだって思ってるんなら、言ってください。多分、それが一番近道です」

「…………」
 ナオは目を伏せて、ジントニックを飲んだ。

 
 ─── 自分に「嫌われたくない」と言われて、和臣は「嫌わないで」くれるだろうか。

 昔、両親にそれを望んだ時は駄目だった。テストでいい点を取っても、逆上がりが出来た時も、二人は話しかけられるのさえ疎ましがった。
 
(……今度は失敗しないようにしたかったけど)
 
 和臣は自分を抱かなかった。ヘヴンにも来ない。─── もう嫌われてしまったのかもしれない。

 
「……ごちそうさま」
 ナオは立ち上がり、隣のスツールに置いてあったダッフルコートから財布を出す。

 慌ててレイは制止した。
「俺が出すって言ったでしょう。……オーナーのとこ、行くんですか?」
  
 ナオは曖昧に笑った。
 なんとなく淋しそうな笑みにレイは胸を突かれる。
 衝動的に、コートに袖を通したナオの腕を掴んで引き寄せた。

「ナオさん、……欲しいものは欲しいって言わないと、ダメですよ。嫌われたくないって言っていいんですよ」

「……うん」
 ナオはレイの目を見ようとしない。
 やんわりとレイの手を解くと、気を取り直したように言った。
 
「ありがと、レイ。今日はごちそうになるけど、今度は僕がおごるね。忘れないように覚えといてよー?……」
「そんなの、……」

 軽い口調のナオにレイは眉根を寄せた。無理に明るく振舞おうとするナオは見ていられない。

 レイが逡巡している間にナオは手をひらひらと振り、ヘヴンズブルーを出て行った。

 ナオの後ろ姿を見送るとレイは唇をへの字に曲げ、カウンターに頬杖を付く。
「……欲しいものは欲しいって言わないと駄目って?」
 牧田の声がレイの頭上から降ってくる。

 レイはちッと舌打ちをすると、牧田を見上げた。
「判ってますよ。言うは易し、行なうは難し。……どうせ俺のことですよーだっ」
 ははは、と珍しく牧田が声を上げて笑う。

「案外レイくんてイイこだね。もっと強かだと思ってた」
「強かですよ? 俺は。……ナオさん相手だから調子狂うだけ」
  
 牧田は新しいジントニックのグラスをレイの前に置いた。
「じゃ、強かでイイこなレイくんに牧田さんから奢り」
 ふん、と鼻を鳴らして、飲んでいたジントニックを空け、グラスを牧田に渡す。

「オーナーに貸しひとつ、これだけじゃチャラにしませんからね」
「判ってるって」
 面白くない顔をしているレイに牧田はまた、破顔した。

  

   

   

 

 ……自分のアパートに帰りついたナオは、後ろ手に鍵を閉め、ため息をついた。
 目の前には、見慣れた自分の部屋が広がっている。
 殺風景なワンルーム。ベッドとクローゼット、二人がけのダイニングセット、 ─── 以前、島崎という男に囲われていた時に使っていた ─── 今では、椅子が一脚余って邪魔なだけだ。

(……小さいソファーとローテーブル、買おうかな。これ、もういらないし)
 放っておけば和臣のことを思う頭から、彼を締め出そうと取り留めのないことを考える。
(あ、……金、ないんだった。どうしよっかな……)

 TVをつけてその前に座る。ちょうど後ろにあるベッドに寄りかかったとき、チャイムが鳴った。
 ナオはこげ茶色の玄関ドアを見た。

 一人暮らしで親とは絶縁状態、訊ねてくる友人もいない……と言うか、この時間、ナオが親しく口を利く人間は、ヘヴンか似たような店にいるはずなのだ。

(新聞の勧誘?……でももう八時半だし……)
 誰だろうといぶかしみながら、立ち上がる。
 ひっきりなしに鳴るチャイムの音がうるさくて、インターフォンを使わずにいきなりドアを開けた。
 
「おっと」
 ドアの外で驚いて飛び退ったのは、金髪の頭。── 充だ。

 驚いたのはナオも同じだった。
 何でここに、と思いながら、ドアを閉めようとノブを引く。

 そうはさせまい、と充はドアを掴んだ。
 ナオからは充の右手の指がドアの隙間から見えている。

「……放せよ! 指へし折るぞっ!」
 必死で叫ぶナオ。── 怖い。充には関わりたくない。
 蹴られた腹が痛い。

 充は力いっぱい引っ張るナオに根負けしたのか、手を離した。
 バン、と音を立てて閉まったドアに施錠し、チェーンをかける。手が震えてなかなか上手くいかない。

 やっとかけ終えたところへまたチャイムが鳴り出した。
 のみならず、ドアが叩かれる。ドンドンドン……。

(うるさい……っ)
 ナオはチェーンをかけたまま、そっとドアを開けた。
 
「よう。ごアイサツだな?── ちゃんと開けてくれよ、ここ」
 頬に引っ掻き傷を付けた充はチェーン越しにナオを見下ろし、薄く笑いながら威圧する。

 震えそうな膝を叱咤し、ナオは充を思い切り睨みつけた。

  

  

    

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番外編7更新しました。

 

 番外編7話更新しました。トップページの更新お知らせが5話のままになっていて、ビックリ。Σ( ゜Д゜)ハッ!

 直したつもりで直してなかったようです。┐(´д`)┌ヤレヤレ

 

 親しくさせて頂いている雪ひろとさん(リンクありがとうございます)や拍手コメントして下さった方々から、「臣、カッコいい」と言う言葉を頂いたりしています。自分の作ったキャラなのでもちろん嬉しいです。

 ……が、ホントに~?こんな歪んだエロオヤジなのに?下ネタばっかり飛ばすSなのに?こんな奴が?と、照れくさくてたまりません。思い直すなら今のうちですよ!(@Д@;

  

 ところでWiiに引き続き(修理に出したら3千円で直って帰ってきました。データもそのまま。任天堂さん、ありがとう)炊飯器が壊れました。

 ここ十日くらいガスで、鍋でご飯を炊いています。

 鍋を火にかけてご飯を炊くなんて、小学校の家庭科以来……。でも、美味しいです。

 保温しないからご飯が黄色くならないし。鍋ごとテーブルに運ぶのでおかずが増えたような気になるし。子供たちも目の前に飯釜(鍋)があるせいか、おかわりするし。

 あったかいご飯がいつでも食べられるってわけにはいかないけど、冷めたら電子レンジであっためればいいもんね。しばらくこれで行こうかな~。( ^ω^ )

 

きみの手を引いて:番外編7

  

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第7話

 

   
「── 桐嶋ってのは?」
「……前の、名前……養子になる前の……」
 座り込んだオレはぼんやりとシーツを見つめていた。ベッドの横にある小さいテーブルの上のランプの明かりが影を作る。

 その影を避けるように、臣はオレの膝頭の近くに財布と保険証をぽん、と投げて寄越した。
「しばらくとはいえ、家に置くからな。ちょっと身元を割らせてもらった」
 横柄な口調。これっぽっちも悪いことをしたなんて思ってない。

 オレは財布と保険証をのろのろと拾い上げて、俯いたまま言った。
「……ひっでーな、あんた。勝手にひとの財布ん中調べんのかよ。サイテー」
「俺が家空けてる間に、金目の物一切合財持ってトンズラこかれちゃたまんないからな。最低限の自己防衛だ」

「……オレの住所も把握済みってわけ」
「当然。長谷川 瞠、十五歳。住所は」
「判った、もういい。……絶対家に連絡入れんなよ。あのひとに知らせたりしたら」
 
 言い淀んだオレを臣はせせら笑った。
「『長谷川さん』に知らせたらどうするんだ?」
「……あんたに監禁されて暴行されたって言う。オレの身体が証拠」

 臣は目を見開いて驚いたような顔をする。次の瞬間、身を二つに折って心底可笑しそうに笑い始めた。
「── いいタマだな、お前。十五のガキにしちゃ上出来」

 何が可笑しいんだ。オレは面白くなくてむっとした。
「ヤラしいことしといてガキ扱いすんな」
 財布の中にぐいぐいと保険証を突っ込む。

「言っとくけどオレ、あんたのこと大っ嫌いだから。でも契約した以上、シゴトはするよ。あんたがさせろってったら、させる。── その代わり、あのひととのことごちゃごちゃ言うな。名前もキリシマ ミハルだ」

 臣は片眉を上げて皮肉そうな表情を作る。オレがそう言うことで、返って意地悪く突付かれるかと思ったけど、臣はただ鼻を鳴らしただけだった。
「ま、ちゃんとやらせんならなんだっていいけどな」
 
 言いながら煙草をテーブルの上の灰皿に押し付ける臣に背を向けて、オレは布団に潜り込んだ。
 手の中の財布が熱を帯びる。
 どこにでもある二つ折りの黒い財布。長谷川さんがオレに買い与えたものだ。

(『……そんな安物じゃなくて、ブランド品にしたらどうだい? 瞠には高級な物の方が似合う』)
 それを断り、この黒い普通の財布がいい、とオレは長谷川さんに言い張った。
 ブランド物の財布を買ってもらえるなんて自分にはありうべかざる幸運で、とても信じられない、と思っていたから。

 長谷川さんと暮らすようになってオレは毎日、有頂天だった。地に足がついてない、夢見心地な日々。
 一戸建ての大きな家、広い庭。地位も名誉もある、格好が良くて優しい長谷川さん ── お父さん。 オレのことを気にかけてくれて、何も不自由がないように配慮してくれて。
 
 長谷川さんが ──。
 オレを、ヘンな目で見てることに気がついたのはいつだったろう。
 初めてキスされる直前だったかもしれない。

 びっくりして……でもその後も長谷川さんはいつもどおりだったから、何かの冗談だったのかな、あんまり気にしないほうがいいのかな、って思って……何も、言わなかった。
 次にキスされた時も。……舌入れられた時も。触られて、イヤだ、と思って……でも。

 ヤダって言ったらマズイんじゃないか、ってその時初めて思った。
 長谷川さんを拒んだら、ここを追い出されてしまう。「お父さん」を失ってしまう。
 オレはそれがひどく怖かった。

 けれど、長谷川さんの行為はだんだんエスカレートしてきて。
(『や……やだ……っ』)
 オレは泣いて訴えた。痛いからやめて欲しい、と。

 初めてイヤだ、と言ってしまって、「ああ、やっぱりオレ長谷川さんとこんなことするのイヤなんだな」と自覚して ──。
 
 イヤだけど、「お父さん」は失いたくなかった。だからずっと黙ってた。誰にも言わなかった。
 長谷川さんの行為がそれで終わってくれたら、今でもオレは沈黙を守ってあの家に住んでいたかもしれない。

 でも。
 五日前、長谷川さんに「部屋に行くよ」と耳打ちされた。

 長谷川さんが怖かった。おかしなことをされるようになってから、ずっと。
 昼間は上品で優しく姿の良い父親。けれど夜になったら。

 息を荒げてオレを組み伏せ、熱っぽい手で身体中を触り、唇を這わせる。
 オレは緊張に身体を強張らせたまま、その愛撫を受ける。
(……やだ……そんなこと、されたくない……)

 また、アレをされる ──。
 そう思ったら怖くてたまらなくなった。足が竦んで動けない。
 鏡を見たら、顔色が真っ青で。

 オレは家を出て、そのままもう帰れなくなった。
  
『お前の意思無視して無理やり突っ込んだらレイプだろうが。なに庇ってんだ、お前。バカか?』

 臣の言葉が、頭の中に響く。
 それを聞いた時、目の前がさっと開けたような気がした。
 あの不思議な感じ。ずっと遠くまで見渡せる、あの感じ。

 多分、臣の言うとおりだ。オレは長谷川さんにレイプされた。
 長谷川さんとセックスなんかしたくなかった。我慢すればいいやって思ってたけど、やっぱり嫌だった。

 無理やり突っ込まれたらレイプなんだ。そうか、と思った。
 
 でもまだ納得出来ない。
 そんな簡単にレイプされたってこと認めるわけにはいかない。

 長谷川さんだって何か事情があったのかもしれない。突っ込まれるまで抵抗しなかったオレが悪かったのかもしれない。
 オレがもっと早くイヤだって言ってたら良かったのかもしれない。

 そしたら、やめてくれてたかも。だって長谷川さんはいいひとなんだ。
 オレの父親になってくれたんだ。

 そっと黒い財布の表面を撫でて、枕元に置く。
 頭の上まで布団を引き上げてじっとしているとひどい眠気が襲ってきた。

 臣の言葉が頭の中でぐるぐると廻っていたけど、考えるのはやめて目を閉じた。

 

    

    

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ヘヴンズブルー:20

  

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 第20話

 

 午後七時過ぎ。ヘヴンズブルーに入ってすぐ、レイはナオを捜した。
 どうやら今夜は来ていないようだ。

 昨日、顔に怪我を負っているのだからしばらく家でゆっくりしていた方がいい、と進言したのを聞き入れてくれたのかもしれない。
 少しほっとして、気が緩む。

 カウンターの中にいる牧田にオーダーしがてら、話しかけた。
「昨夜、オーナー来たでしょ。血相変えて」
「え、……ああ、デートだったんだっけ」

 縁なし眼鏡ごしの表情が強張るのを隠し切れない牧田。それでも何事もなかったようにドリンクを手早く作りながらレイを伺うように見た。
「……オーナーと、昨日、何かあった?」
 
「ちょっと。ナオさんのことつついたら、テキメン。オーナー、店に行くって飛び出してっちゃって、酔っぱらってるって自覚なかったんじゃないですかね。ナオさん、今日はヘヴン行かないって言ってんのに聞かなくて」

「……来たよ。ナオくん」
「え」
 牧田の言葉にレイは固まる。ごくりと息を飲んだ。

「ウソ、……マジで? だってカオ怪我して」
「うん。口のところバンソーコーしてた。ちょっと痛々しいよね、あれは」
「いや、てゆーか、まさかとは思うけど、……オーナーと鉢合わせ、とかって……」

 ふふふふ……と牧田は暗い笑みを浮かべた。
「……危うく、うちのスタッフが一人生き埋めになるところだったよ……」
 レイの喉がひッ、と鳴る。

 そういえばナオは、河合さんにでも声かけてみよーかな? とか言ってなかっただろうか?
「もしかして河合さん……」
 牧田はレイの前にグラスを出しながら、大儀そうに頷く。思わずフロアを振り返ったレイは河合を捜した。

「河合は二日酔いで休み。……あいつ、ナオくんに声かけられてね……ノッたあいつも悪いんだけど、交渉中に血相変えたオーナーが飛び込んできて。後はもう……」
「……それって美人局じゃないですか」
「要求されるのは金品じゃなくて命だけどね……」
 
 目にしたはずも無いのに、レイの脳裏にまざまざとそのときの様子が思い浮かぶ。
 修羅場。修羅場だ。こんなことならもっとちゃんとオーナーを引き止めるべきだった。いいや、ナオをこそ、引き止めるべきだった。
 
 頬を引きつらせてジントニックに口を付けるレイを、牧田は半眼で見た。
「レイくん、……ナオくんに気があるでしょ」

 なんでバレた? ってオーナーに対する態度かあ……、と思いながらもレイは誤魔化すように笑った。
「まさか。オーナーのお気に入りに手え出すなんて身の程知らずじゃないですよ、俺」

「ま、いいけどね。……あのひと、めちゃくちゃ本気みたいだから、出来ればナオくんから手、引いてやってくれない? ただでさえナオくんて掴み所がないのに、その上、君みたいに同年代のコがちょっかい出してるなんてなったら、あのひと嫉妬と独占欲でどうかするよ。監禁ぐらいしかねない」
 
「……俺を?」
「ナオくんを。……昨日だってあの後どうなったんだか……」
「あの、あの後って?」

 牧田はわずかに身を乗り出し、声を低めた。
「……オーナー、スタッフルームにナオくん連れ込んだんだよ。すっごい怒ってた」
「……そりゃ」
 それはそうだろう。本人以外、公認のお気に入りが自分の店の中でスタッフにコナかけたのだ。レイでさえ同情を禁じえない。

「その後さ、……その後、オーナー一人で出てきて、店出てっちゃったんだよ。平然としてたけどああいうことの後でしょう。まさかナオくんに手を上げたりはしないだろうけど心配になって、スタッフルームに行こうとしたらナオくんも出てきたんだ。……そしたら」

「そっ、そしたら?」
「泣いたみたいに目、赤かった。怒られて泣いたのかな、と思ったんだけど、オーナーは? ってスタッフに訊いててさ……出てったって教えたらナオくんも出てっちゃって。……オーナーの無表情といい、ナオくんの様子といい、ただ怒った怒られたってカンジじゃないね、あれは」

 「………」
 レイは押し黙り、グラスを見つめた。─── 何があったのだろう。
 ナオに聞き質したかったが ─── その権利ぐらいあるはずだ ─── ヘヴンに彼の姿はない。

「ナオくん来てないし……」
 レイの心を読んだように、牧田は眼鏡のブリッジを押し上げてフロアを眺めた。
「……もし、あの後オーナーの家に行ったんだったら、最悪、監禁とかってことも」
「ま、……」

 まさか。
 不吉なことを言う牧田をレイは呆然と見つめる。

「……ま、無いと思うけどねー。あのひと、ナオくんのことすごい大事にしてるから。嫌がることしないでしょう。極端な話、ヘヴン出入り禁止になりたくなけりゃ愛人になれって脅迫することだって出来たのに、辛抱強くナオくんが気付いてくれるの待ってたりして。育ちに似合わず我慢強いって言うか、押しが弱いっていうか」

「はあ……」
 雇い主に対して言いたい放題の牧田に、レイは全くその通りだ、とため息と共に頷く。
 そもそも、和臣とナオがとっとと恋人同士になってしまえば自分と牧田だって振り回されなくて済んだし、河合に至っては命を危険に晒さずに済んだのだ。

「─── あ。来たよ、天然の『お姫様』が」
 牧田の声にレイは振り返り、フロアを見渡す。

 誰かを捜すようにきょろきょろしている、そばかすのある白い顔。唇の端の腫れは大分引いていたがまだ絆創膏が貼られている。
 不安そうにフロアを見回した後、カウンターのレイに気が付き、足早に近づく。

「レイ、……昨日ごめんね。連絡、出来なくって」
「え、いや、いいですけど……」
 オーナーとのデートが駄目になったことを謝っているらしい。そんなものに興味の無いレイは軽く流し、他のもっと「興味のあること」の為にナオにスツールに座るように促した。

「そんなことより。……昨日、ここに来たって本当ですか。オーナーと鉢合わせしたって」
「え……ああ、……うん」

 スツールには座らず、ナオはちらりと牧田を見る。レイと牧田の間で昨夜のことが話されていたのに感づいたナオは、隠す必要も無い、と牧田に訊いた。

「……オーナー、来てる?」
「いや、今日はまだ……」

 まさに渦中の人物からもう一人の渦中の人物の名が出たことで、妙な空気になる。
 ナオはそのことに気づかず、顔を俯けた。
 
「そっか、……」
 明らかに落胆した声。レイは気が気ではない。
「とにかく座って。─── 何があったんですか、昨日?」
「んん……」

 口ごもるナオを強引に座らせ、牧田にオーダーする。
「俺と同じのでいいですよね」
「あっ、僕、金ないから……」
「俺がオゴります」
「オーナーに付けとくから」

 ナオの声に被さるレイと牧田の声に一瞬、場がしんとする。
 おろおろと二人を見るナオに ─── どうせそんなことしてもらったら悪い、とでも思ってるに違いない ─── レイは咳払いをした。

「……まあどっちでもいいですけど。金のことは心配しないで」
「そ、そうかな……ごめんね……?」
 自分でもなぜ謝っているのか判らないナオ。

 焦れたレイは性急に訊ねた。
「それより。昨日のこと聞かせて下さいよ。俺には聞く権利、あると思いますけど」
「う……ん。そうだよね……」

 ナオの前にレイと同じグラスが置かれる。少し離れた牧田は他のオーダーをこなしながらも、充分聞き取れる位置にいた。

「……昨日、ね、……臣さん」
 オーナーと言わずに、いつもの ── 二人のときの呼び方で和臣を呼んだナオはたどたどしく話し始めた。

  

   

     

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ヘヴンズブルー:19

  

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 第19話

  

「あの、……あのね、臣さん」
「……」
 今。
 振り返って、ナオを抱きしめたらどうなるか。

 絶対に歯止めが利かなくなる。ナオがどんなに抗っても自分のものにしてしまうだろう。
 それはたった一回のことではない。
 この先ずっとナオを所有するということだ。─── ナオの気持ちを、心を無視して。

(……そんなことをすればナオはきっと俺の前では笑わなくなる。俺の顔色を気にして、怯えて)
 それは、ナオじゃない。

 ドアの前から一歩も動けない和臣にナオは近づいた。
 広い和臣の背中に抱きつく。

「……やめろ」
 ナオは頭を横に振る。
 その髪の香りと体温に和臣の理性は飛ばされかける。

 慌てて振り返り、ナオの両腕を掴んだ。
 端に青痣のある唇を引き結び、ナオは必死に和臣を見上げる。─── 怖さを堪えている。
(そんな表情をさせたかったんじゃない)

「……もう、いいから。無理するな。……俺と寝て機嫌を取らなきゃいけないと思って来たんだろう? そんなこと、しなくていい」
 やっぱりお前の頼みでも部屋に上げるんじゃなかったな、と和臣は淋しい笑みを浮かべた。

「……ちが……う」
 ナオは頭を横に振った。
「話……聞いて? お願い……」

「……」
 和臣はゆるゆるとナオの腕を放した。思いの外、強く掴んでいたらしいその部分をさすり、ナオは俯いた。

「……臣さんが……あの……僕のこと、す……好きって言ってくれたとき……びっくりしたんだ……」

 眼下にナオの赤く染まった首筋を見た和臣は、思い切り目を逸らした。

「笑って欲しいとか……何でもするって、言われて……こ……怖くて……怖くなって……」

 和臣はため息を吐いていた。─── 風呂上りでバスローブ着た片思いの相手を目の前にして、フラれる理由を聞かなきゃならないのか。
 
「─── あんな風に、好きだって言ってもらったの、初めてだったから……」

 和臣は片眉を上げた。
 以前、寝物語でナオの過去を聞いた。愛情の薄い家庭。のけ者にされた子供だったナオ。抱きしめられたことも、心配されたことも、物心付いた頃にはほとんどなかっただろう。

「……びっくりして、怖くなって…どうしたらいいか、判んなくて…」
 突然激しい感情、愛情を向けられたナオは戸惑い、泣いた。
 
「臣さん、……僕のこと、好き、とかそんな風に思わなくてもいいんだよ」
 ナオはゆっくりと和臣に手を伸ばす。和臣のバスローブの合わせを掴み、額を押し付ける。

「お金とか迷惑かけてるし……臣さんに呼び出されれば、いつでも、あの……タダで……好きなんて言わなくても……」
 和臣はナオを抱きしめた。

 ─── ナオは何も判っていない。何一つ。
(ナオに好かれたい。嫌われたくない。怖がられたくない。そばにいて欲しい。他の誰にも触れさせたくない。─── 笑っていて欲しい)

 自分の心を占める「ナオ」と同じぐらい、ナオの心を自分で占めたい。─── ナオの心が欲しい。

「お……臣さ……」
 抱きしめられたナオはぎゅっと目を瞑り、おずおずと和臣の背中に手を回す。和臣の気持ちに身体を与えることで応えようとしている。─── 身体を与えれば、満足すると思っている。

「……くそっ、お前に惚れてさえなけりゃとっくの昔に強姦してるところだ……っ!」
 和臣はナオを引き離した。
 踵を返して、部屋を出る。ドアが閉まる瞬間、ナオの「待って臣さんっ」と追いすがる声がしたが、あえて無視した。

 背中を押し付け、ドアが開かないようにする。
「……開けてっ、開けてよ臣さん!」
 ガチャガチャとレバーハンドルが上下に動き、ドアが叩かれる。

「お願い、開けて! そこにいるんでしょ、臣さんっ……ごめん、ごめんね、僕、誘い方下手で、今度は臣さんが気に入るようにするから! お願い、開けてよ……っ」
「いいから寝ろ! お前が寝るまでここ動かねーからな!」

 やけくそで和臣は叫ぶ。ちきしょう何が誘い方だ、ただそばにいるだけでこっちは触れたくて気が変になりそうだってのに!
   
 しん、と部屋が静かになった。
 微かに鼻をすするような音。くしゃみが聞こえた。
「……早く着替えてベッドに入れ。風邪引くぞ」

「ごめん……臣さん……僕、どうしたらいいか判んなくて……」
 涙声。ドア一枚隔ててナオがいる。額をドアに押し付けて和臣に精一杯、話しかける。
「……僕と寝るの、いや?……」

(嫌な訳あるかっ)
 ナオの気持ちが自分にあるのなら、当然、抱くに決まっている。
(……でも今のナオは)

 自分の気持ちを初めて聞かされ、怯えて混乱している。ナオ自身の心を脇に退けて置いて、とりあえず寝ておこうとしている。
(……俺だけ好きなんてごめんだ)

「……青痣だらけの身体なんか抱く気しねえよ。触る度に痛がられたんじゃ、おちおち突っ込んでもいられねーしな。よがらせて泣かせんならともかく、怪我の痛みで泣かれたら興醒めなんだよ」

「……」
 ドアの内でナオは小さく、和臣の名を呼ぶ。冷たいドアの表面を撫でて和臣の体温を知ろうとするが、叶わぬと悟り、涙の浮かんだ目を手の甲で擦った。
 
 ゆっくりとベッドに近づき、パジャマに着替える。和臣がドアを開けて、さっきのように抱きしめてくれるかもしれないという思いが離れず、何度も目をやった。
 
 ドアは開かない。
 
 涙を滲ませたナオの膝の下でベッドが軋んだ。
 

 ……お休みなさい臣さん、と小さな声が聞こえたような気がして、和臣はドアに背を付けたまま蹲る。
 
 天井を見上げて大きく息を吐いた。

   

    

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きみの手を引いて:21

  

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 第二十一話

 

  
 柚月が、─── 会いたくて、会いたくて、仕方がなかった柚月が近づいてくる。
 
 ずっと柚月に会いたかった。顔が見たかった。声が聞きたかった。
 そばにいたかった。あの優しい眼差しで見て欲しかった。─── 優しくなくてさえ構わなかった。

(ただ、そばにいられるだけで良かったんだ……)
 その強い想いにハルは放心する。

 周りに沢山の人がいることも、自分と近づいてくる柚月とをナオが心配そうに見つめていることも、意識から消えた。
 
 瞬きもせずに柚月を見つめるハルの前に誰かが立ち塞がり、視線を遮る。
 
 ハルはぼんやりと、立ち塞がった「誰か」に焦点を合わせる。─── 昨日の夜、ハルに五十万出すと言った男だった。
 アルマーニのスーツを着た二十代後半のその男は爽やかそうににっこりと笑った。

「今日も会えて嬉しいよ、ハル。君にプレゼントしたい物があるんだ」
「プレゼント……?」
 ハルは男の名前が思い出せない。最初から覚えてないのだから当たり前だった。

 それよりもそこをどいて欲しかった。
(柚月さんが見えない)             
 柚月がそばにいないことに自分がどれほど飢(かつ)えていたか、ハルは思い知った。
 
 ハルの思いなど全く知らず、目の前の男は小さな紙バッグから木製の箱を取り出し、開けて見せた。
「カルティエとピアジェ。どっちがいい?」
 中にはビロードに包まれた腕時計が二つ入っていた。恐らく、どちらも百万は下らない。

「君の返事次第では二つともあげるけど。……今夜、僕と過ごしてくれるなら」
「どっちもいりません。そこ、どいて下さい」
 一瞥しただけであっさりと言い放つハルに、男の笑みは固まる。

 様子を見ていたナオは、はらはらしながらもそれを隠し、やんわりと言った。
「八島さーん、シュウはー?」
 そうかヤシマだっけ、とハルはちらっと思ったがやっぱり心当たりはない。首をかしげるようにして、どいてくれるのを待った。

「じゃ、じゃあブルガリとかはどう? 僕のマンションに来てくれれば」
 ナオの言葉に聞く耳を持たず、八島はハルに詰め寄る。
 ハルは頭を横に振った。

「いらない。オレ、ブランド物知らないし興味ないから」
 八島を避けるようにして、その横をすり抜ける。ハルの後を追って八島も身体の向きを変えた。
 ─── 柚月はじっと八島の手元を見た。

 八島が現れた時から立ち竦んでいた柚月は、それがとても高価なブランドの時計と判ると眉尻を下げ、情けない表情をする。
 自分がハルにつり合っていないと感じた。

 ハルの気を引く為の高価なプレゼントもなければ、財布の中の持ち合わせも少ない。ブランド物のスーツなど持っていないし、それを着てこようとも思わなかった。
 
 自分がハルにしたことと言えば、下心いっぱいでアパートに置いてやり、四六時中物欲しそうに見ていたことぐらいだ。
 ─── 一体どうしたらハルに戻って来てもらえる?

 立ち尽くす柚月をハルの茶色い目が見つめている。

「ひどい、八島さん、ブルガリの時計はボクにくれるって言ったじゃないか!」
 突然の金切り声と共に、八島に体当たりするようにしがみ付いたのはシュウだった。
 ぱっちりとした大きな目と愛嬌のある少し上を向いた鼻を持つ彼は、ふわふわの髪の毛を揺らし、きつくハルを睨みつける。

「嘘つき、約束したのに!─── こんなガキのどこがいいんだよッ」
 ハルを指差して喚くシュウに辟易して、八島は彼をもぎ離した。
「ん、そうか、約束したかな……もちろん君にもちゃんと」
 
 柚月から視線を外さず、ハルは冷静に言う。
「オレ、カルティエもピアジェもブルガリもいらないからシュウがもらえば? ヤシマさん盗ろうなんて思ってないし」

 その言葉にかっとなったシュウは真正面からハルの襟元を掴んだ。
「バカにしてんだろうハル! ブランド物も男も盗られそうになってヒステリー起こしてるって! スカしたツラしやがってお前みたいのが一番アタマくるんだよッ、やる気ねーんなら来んな!」
 人が変わったようなシュウの口調に目を丸くする八島。止めに入る気配はない。

「シュウ、シュウ! ちょっと落ち着いて、ね!?」
 慌てたナオはシュウを宥めようとその肩に手を掛け、ハルから引き離そうとする。

 ほぼ同時に大またで近づいた柚月は、ハルとシュウの間に割って入った。
 ハルを背中に庇うようにして立ち、シュウを見下ろす。
「─── 済まなかったな、逆撫でして。悪気はないんだ」

 いきなり現れた、自分より大分上背のある仲裁人をシュウは見上げた。気圧されて後ずさる。
「な、……なんだよアンタ」
 小さく不満そうな声を漏らすが食って掛かろうとはしない。柚月が何者なのか、推し量ろうと上目遣いに睨めつけた。

「─── バカになんてしてないよ」
 ふいに柚月の背中から、ハルの声。
 振り向く柚月。周りの視線がハルに集中する。

「バカになんて、してない。本当にいらないからいらないって言ったんだ。……気ィ悪くしたんなら、ごめん」
 ハルは俯いて小さく言った。

 ナオもシュウもハルのそんな様子に唖然とする。以前のハルならば間違いなく謝ったりなどしない。「客盗られるほうが悪いんだろ。そんなに大事ならアソコに名前でも書いとけば?」ぐらいは平気で言うだろう。

 それが、そんなハルが、─── なんだこれは?
(エラく可憐になっちゃって)
 このひとのせいかな ─── とナオは柚月を見上げた。

 その柚月は、俯いて自分を見ようとしないハルに視線を注いでいる。

「……なんなんだよ、一体。……調子狂うなー」
 毒気を抜かれたのか、シュウはぶつぶつ言いながらもぽかんと口を開けていた八島の腕を取り、その場から離れていく。ボクだけだって言ってよ、ねえ、と甘えた声が微かに聞こえた。

「……」
 ギャラリーも散っていく中、ナオは柚月とハルを見守る。
 
 いきなり、ハルは柚月とナオに背を向けて出入り口に向かいだした。
「ハル」
 柚月とナオは同時に彼の名を呼んだがその足が止まることはない。

 柚月は迷わずハルの後を追い、ナオは肩を竦めてそんな二人を見送った。

 

  

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 第二十話

 

 柚月の家を出て二日後。
 ハルはファストフード店で軽く夕食を済ませると、そのままヘヴンズブルーへ足を向けた。

 大きな通りはクリスマスムード一色だった。店という店から定番のクリスマスソングが流れ、街路樹にはイルミネーションが瞬いている。土曜日だからか、カップルや親子連れが目立ち、その幸せそうな様子がショップのウィンドウに映し出されていた。

 赤と緑ときらめく光の中をハルはゆっくり歩き、半地下になっている店の階段を下りた。
 カウンターでドリンクを受け取り、空いたテーブルを探す。
 ハルに気づいた一人の少年が手を挙げた。

「ハル」
「ここ、いい?」
「うん。─── 昨日どうなったの、あれから」
 
 少年の名はナオと言う。くせのある明るい茶色の髪、色白で少しそばかすの散るその顔は百六十センチそこそこの身長と相まってどう見ても中学生ぐらいにしか見えないが、ハルより年上の十九歳だった。
 
 整った美形と言うわけではなかったが、人懐こく、愛らしい小動物をイメージさせるせいもあって、客受けも同業者受けもいい彼はハルが親しく出来る数少ない友人だ。

「五十出すって言ってた人、いたでしょ」
「ああ。別にどうも」
「別にどうも、って……やっぱり断っちゃったんだー」

「まーね。目の前に現ナマ積まれたわけじゃないしさー、……」
 例え積まれたってヤダけど、と心の中で思う。ダウンジャケットのポケットに手を入れ、そっと携帯電話を撫でた。

「でもあの人、何とかって商事会社の次期社長だよ。御曹司だからもう決まってるんだって。シュウが見せてくれた雑誌にも載ってたし」
「ふーん。前、いなかったよな」

「うん。関西の支社から本社に呼び戻されたんだって。ずっとシュウの常連だったんだけど、……わあ、こっち睨んでるよ、シュウ……」
「怖えー……」

 別にオレ、盗ってないのに、とハルはぶつぶつ言ってグラスに口を付けた。
「あれ、ウーロン茶?昨日もそうだったよね」
「……うん」
  
「煙草も吸わないし、……なんかあった?」
 ナオは意味あり気な上目遣いをハルに向ける。
 
「何もないよ。オレ、未成年だもん」
 シラを切るハルに、ナオは驚いたように目をくりっとさせた。
「僕も未成年なんだけどー、……どしたの? なんかの冗談?」

「冗談ってことないだろっ。未成年だから煙草も酒もやらねーの」
 照れ隠しに唇を尖らせるハルに、ナオは眼差しを和らげた。
「─── そっか。未成年、だもんね」
「そーだよ。悪い?」

 悪くないよ、とナオは笑う。
 バカにしてる、してない、と応酬していると一人のスタッフが近づいてきた。
「ハルくん」

「何? 河合さん」
 河合と呼ばれたそのスタッフはニキビ跡の残る頬を人差し指で軽く掻いた。
「いやあ、今日もダメなのかなーと思って」

「え、河合さんてハル狙いだったの? 知らなかったー」
 そうでないことを知りながら冷やかすナオ。河合は慌てて両手を胸の前で振った。
「違うよー、誤解だって、……今日さ、まだ店が開いてない内から来てた人がいてさあ、どうもハルくん目当てみたいなんだよねー、」

 ハルは嫌そうに眉根を寄せた。
「やだな、そういうの。……オレ、当分商売する気ないから」
「判ってる、判ってるって。ちゃんとそう言ったよ、諦めろって。でも、話すだけでいいって言うんだよねー。……話すだけ、話してみない?」
「うーん……」

 返事を渋るハルを見て、ナオが河合に水を向けた。
「ね、どんなひと?」
「ナオ」
「いいじゃん、どんなひとか聞くぐらい。年イッてた? 若いの?」

 他人事だと思って、とむくれるハルの言葉など二人とも聞いていない。
「それがさ、若くてけっこう男前なんだよ。大学生っぽくて、どうもアレはいいとこのお坊ちゃんてカンジだなー。背え高くてセンの細そうなカオしててさ、なんかこう、明らかに頭脳労働系だった。そう、インテリっての?」

「へえ、けっこういいね。ヘンなイタズラ目的のオヤジよりか、よっぽど……どうしたの?」
 ハルはすっかり黙り込み、青ざめた顔で呆然と河合を見つめている。不自然なハルの様子にナオは首をかしげた。

 掠れるハルの声が問う。
「な……まえ、訊いた?……」
「いや、ちょっとそこまでは」
「……」

 訊かなくても判っていた。
(柚月さん)
 片時も忘れたことなどない彼の顔が思い浮かぶ。無意識に携帯電話を握りしめた。
(……オレを捜して……?)

 「……ハル。大丈夫? 顔色悪いよ」
 心配したナオがハルを覗き込む。ハルは我に返り、ぎこちなく言った。

「─── 大丈夫。何でもない。……今日はもう帰る」
「えッ帰っちゃうの、ハルくん」
 慌てる河合に、ハルは今にも泣きそうな ── 笑みを見せる。ナオははッと胸を突かれた。

「……そのひとには会えない。会いたくないんだ。話もしたくない。─── もしそのひと来たら、そう言っといて。オレがそう言ってたって」
「ハル」
 呼ぶナオに答えず、ハルは飲みかけのグラスを河合に渡す。

 フロアを横切ろうとし、─── 立ち止まった。
 追おうとしたナオは不審に思い、ハルの視線の先を辿る。
 ひとりの男の姿があった。

 河合が言っていた通りの、背の高い大学生風の男。

「……柚月さん……」
「え?」

 柚月だった。
 目の下に少しクマが出来ている。ハルに気付くと、こけた頬にうっすらと血の色が差した。
 その唇が動く。

『ハル』

 フロアにはたくさんの人がいて互いの顔を見るのがやっとだったが、ハルには判った。
  
 彼が、自分の名を、呼んだ。

   

  
 

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ヘヴンズブルー:18

  

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 第18話

  

(……フラれたな。思いっきり)
(ひとまわりも年下に熱上げて追い掛け回した挙句、告白したら泣かれるほど嫌がられて、……みっともないったらないな、全く)
 
 和臣は自分のマンションに帰ってきていた。どこをどう通ったのか覚えていない、などということもなく、ごく普通にいつもの道を歩いた。─── 失恋で自分を見失うほどの子供には戻れない。心の柔らかな部分に痛手を負ってもそれを表に出さぬ術はもう熟知していた。

 雪ですっかり濡れてしまったコートを廊下で脱ぎ捨てる。背広を白い革張りのソファーの背に引っ掛け、ネクタイを緩めながら浴室へ向かう。

 湯が張られるのを待たずにバスタブに身を沈めた。
 冷えた身体が温まるにつれて、閉じた瞼の裏でナオの泣き顔が鮮明になる。
(……泣かせるつもりじゃなかった)

 もう気持ちを抑えることが出来なかった。─── 笑って欲しかった。好かれたかった。自分以外と寝ないで欲しいと……。
(……完全に営業妨害だ)

 河合を口説いているところを邪魔した。それだけではない。以前から、自分がナオに構えば構うほど客が付かなくなるのを承知の上で、わざとそうした。ナオに声を掛けただけで店のオーナーに睨まれ、他の少年に乗り換えざるを得なかった客はかなり多い。

 自分を売って生計を立てているナオにしてみれば営業妨害以外の何ものでもないだろう。
 
(……でも)
 ナオはすぐに気づくと思ったのだ。─── オーナーのお気に入りの自分はその相手さえしていればいい、と。
 
 思えばナオにそんなことを望んだのが間違いだった。よく言えば控え目、悪く言えば自分に自信がないナオは、オーナーに気に入られているとは夢にも思わなかった。
(……そういうところが気に入ったんだが)

 自分に好かれていると気づかなかったナオがいきなり怒鳴られ、告白されてどれほど困惑したか想像に難くない。─── 断れば、店に出入り出来なくなる。
 
 それはほとんど脅迫に近かっただろう。断る、という選択肢はないのだ。
(……結果、泣かせた)
 勢い良くシャワーを出し、頭から浴びる。浴室を出ると身体を拭くのもそこそこにバスローブに袖を通した。

 キャビネットからウイスキーを出し、タンブラーに注ぐ。ストレートの液体は和臣の喉を焼いた。
「……」
 ロックにしようそうだそれがいい、と冷蔵庫の前に来た時、チャイムが鳴った。

 何も考えずインターフォンに出る。
『─── 臣さん』
 ナオだ。玄関の前まで来ている。

 一瞬の沈黙の後、和臣は冷たい声を出すのに成功する。
「何の用だ」
『開けて下さい』

「ついさっきフラれた相手と面と向かえるほど俺の神経は図太くない。帰れ」
『いやです』
「……犯すぞ」
『いいよ』

 和臣はインターフォンを切った。冷凍室からロックアイスを取り出し、タンブラーに落とす。
 その上からウイスキーを注いでいるとまたチャイムが鳴った。何度も、何度も鳴る。
 足音も荒く玄関に向かい、ドアを開けた。

 ─── ナオがそこにいた。
 くせのある柔らかい髪が雪に濡れている。小さな鼻の頭と、─── 泣いたせいか ─── 目の縁を赤くして、寒そうにマフラーに顎を埋めていた。唇の端の絆創膏がちらりと見える。

 オリーブグリーンのダッフルコートの肩に積もった雪が今しも解けていくところだった。
 もう一度、「帰れ」と言おうとした和臣も思わず言葉を飲み込む。─── 今、帰せば確実にナオは風邪を引くだろう。

「……中、入れて?」
「もう挿れていいのか?」
「臣さん!」
 ふざけた下ネタにナオは目を吊り上げる。

 和臣はナオのそんな表情に目を細めつつ、部屋へ上げた。
「そのままじゃ風邪引く。風呂に入れ。……何もしやしない」

 浴室に続くユーティリティにナオを押し込み、ドアを閉める。
 廊下に脱ぎ捨ててあった自分の黒いコートとナオのダッフルコートをハンガーに通し、エアコンの近くに掛けた。
 
 ソファーに座ってタンブラーを揺らす。氷が溶けて飲みやすくなったそれを半分も喉に流し込んだが、大して酔いも回らない。

 タオルを頭から被り、髪の毛を拭きながらナオが出てきた。
 和臣はナオを視界に入れないようにあらぬ方向へ目を向ける。
 おずおずと近づいてくる、バスローブを身に着けたナオの足を止めようと先制攻撃を仕掛けた。

「何の用だ」
「臣さん」
「……一体何しに来た。自分がフッた野郎の間抜けヅラ、拝みにでも来たのか」

「臣さん、僕、そんなつもりじゃ……」
 立ち止まって俯いたナオの言葉は口の中に消える。
 
「ああ、ヘヴンに出入り出来なくなると思って慌ててご機嫌伺いに来たってわけか?」
「…………」
 露悪的に言う和臣にナオは弱く首を振る。
 
 和臣は喉を鳴らしてウイスキーを煽った。カランと氷が鳴る。
「安心しろ。そこまで狭量じゃない。……営業妨害して悪かったな。牧田でも河合でもレイでも好みの奴を誘ったらいい。常連の……高木さん、だったか。来るんだろう?」

「どうして、高木さんのこと……知って」
「河合に訊いた。他の奴も知ってる。お前の馴染みは大体。……俺はストーカーなんだ。フッて大正解」
「……」

 ナオは困ったように眉尻を下げた。その表情を横目で盗み見て、和臣は口調を和らげる。
「……もうそんなことはしない。悪かったな。いつでもヘヴンに来るといい。……無理やり買ったりしないから」

 すまなかったな、と和臣は立ち上がる。ナオは和臣の目にも判るほど、びくッと体を竦ませた。
 今度は眉尻を下げるのは和臣の番だった。
「……何もしないって言ったろう」
 
 近づいてくる和臣をうっすらと涙が滲んだ目で見上げるナオ。─── 怖がっている。自分の機嫌を損ねれば何をされるか判らない、と怯えている。何をされても言うとおりにするしかない、と……。

 思いを告げた時と同じ、自分を恐れるその瞳。

 和臣の胸に苦いものが広がってゆく。こんなはずじゃなかった。
 ただ、好きになって欲しかった。笑って欲しかっただけなのに ───。

「……何もしないから、怖がらないでくれ……」
 
 和臣はナオの傍らをすり抜ける。
 ユーティリティでドライヤーを用意した。
 ドアを開け放したままナオの様子を見ると、彼もこちらを見て目を瞬かせている。

「………」
 思わず口を付いて出た言葉が気まずかった。
 名を呼ぶことも、手を引いて連れて来ることも叶わず、和臣はじっとナオを見つめる。
 
 気づいたナオは和臣の元にゆっくりやって来た。
「……風邪、引くからな」

 言い訳がましい言葉と共に、ドライヤーのスイッチを入れてナオの髪の毛に当てる。ぎこちない雰囲気の中に響くその生活音は和臣には救いだった。

 柔らかく、くせのある茶色の髪が和臣の真下で揺れる。シャンプーと混ざったナオの匂い。
 後ろを向いたナオの髪の毛に指を入れ、何度も梳く。

「…………」
 ナオは何も言わなかった。少し顔を俯けて、されるがままになっている。

 乾かし終わると和臣はパジャマと下着を用意し、ナオを玄関のそばの部屋へ連れて行った。エアコンを点ける。
「……もっと早く部屋、温めとけば良かったな。気が回らなかった」

 出窓のあるその部屋は、シングルベッドがひとつと作り付けのクローゼットがあるだけの小さな部屋だった。普段は使用せず、専ら泊り客があった時だけゲストルームとして使っていた。

 初めてその部屋へ通されたナオはきょろきょろと見回した。振り返り、和臣を見上げる。
「……」
 怖がっている目付きではない。
 物言いたげな瞳から目を逸らし、和臣はリモコンと用意しておいたパジャマをベッドの枕元に置いた。

「……ここ、使っていい。ゆっくり寝ろ」
 視線を合わせず、部屋を出て行こうとする和臣。
「臣さん」

 切ないナオの声。
 ナオに背中を向けたまま、和臣は目を閉じた。

 

   

    

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きみの手を引いて:19

  

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 第十九話

  

 あやを残したまま、部屋を出た柚月は真っすぐヴィンテージへ向かった。
 まだ昼前で、客は二、三人しかいない。
 サイフォンの下のアルコールランプに火を点けながら、環は言った。

「ハル君なら、昨日来たよ」
 顔色を変えた柚月に、少し落ち着け、とカウンター席に座るように環は身振りで示す。
 柚月はしぶしぶそれに従ったが、落ち着けるはずもない。

 目を充血させ、髪の毛を乱した従兄弟の様子で、寝てないと察すると環は手短に話した。
「いつものスポーツバッグ持っててさ、元気なかった。裏口じゃなくて店から入って来たから、どうしたのか訊いたら急に頭下げて」

『……ごめんなさい。明日から来られなくなりました』

「本当にごめんなさい、ってすごい申し訳なさそうに謝るんだよね。理由訊いても俯いて謝るだけでさ、……仕方なく昨日までのバイト代出そうとしたら、それは柚月さんに渡してくださいって、……今までの迷惑料だって」

 沢山のカップが並ぶ背後のキャビネットから白い封筒を取り出した環は、カウンターの上にそれをそっと置いた。
「─── お前にひどい迷惑をかけたって言ってたよ」
 
 迷惑なんか、と柚月は呟き、唇を噛む。
「……どこか、行くって言ってなかったかな。あいつ、……出てったんだ、昨日。帰って来ないんだ……」

「……そうか。そんな感じだったものな」
「環さん」
「何も聞いてない。訊いても言わなかったよ。ただ、お世話になりました、急に辞めてすいませんって、それだけ」

 柚月は立ち上がり、封筒を見つめた。
「ありがとう。……俺、あいつ捜してくる。またここで働かせてもらうから、それ預かっといて」

 言いながらドアに向かう。背後で環が笑みを含んだ声で「判った、預かっとこう」と言うのが聞こえた。

 それから柚月は当てもなく街中を捜した。ハルと一緒に買出しに行った店、ファミリーレストラン、ファーストフード店、CDショップ、本屋、ゲームセンター……。

 果ては駅前をうろつき、ハルがアパートに帰っているかもしれない、と家に戻り、─── あやの姿はすでに無かった ─── 携帯電話をかけ、メールを打つ。

 外を見ると日が暮れていて、三十数時間寝ていなかった柚月はいつしか、気絶するようにソファーで眠り込んでいた……。

 

 

 

 

 明くる日。
 柚月は「Heaven's blue」と書かれたネオン管を見上げていた。その下にはぽっかりと暗い口を開けて地下へ向かう階段がある。

 出会ったばかりの頃、ハルがスーツの男と話していた場所だった。

 ここにハルが来る可能性は高かった。彼はヴィンテージでのバイト代を受け取っていない。金が尽きれば確実にこの店に来るだろう。
 
「……」
 金を稼ぐ手段を思い、柚月の胸はちりっと焦げる。今はそんな場合じゃない、と頭を振って自分を諫めた。
 携帯電話を手にしてじっと見つめる。

(ハル) 
 一度もハルからの返信もなければ、電源が入っていたことさえなかった。

 けれど、彼が携帯電話を ─── 柚月の名義で、支払いも柚月の口座からになっているいわば柚月の携帯電話を持って出たということは、二人での生活に気持ちを残している証拠ではないか、と柚月は思っていた。

 そう思いたかった。

 リダイヤルでハルの携帯電話に掛ける。やはり電源が切られていて繋がらない。
 時計表示は午後の四時を指していた。このまま階段を下りても恐らく開店していないだろう。

「─── まだ開いてないですよ」
 唐突に掛けられた声に振り向くと若い男が立っていた。柚月よりも若いくらいだろうか。頬にニキビ跡がいくつもある。

「それともウチに何か用ですか?営業……には見えないけど」
 ぼさぼさの髪と無精ヒゲ、前を開けたままのダウンコートからよれたシャツを覗かせている柚月をじろじろと眺め、従業員らしい若い男は不審そうな顔をする。

「あ、……あの、何時からやってますか」
「六時です」
 そっけなく言い、男は階段を下りていく。

 柚月はそれを追いかけ、階段を下りきったところで捉まえた。薄暗かったが意外にも広い空間で、目の前のドアにはクローズと書かれたプレートが下がっている。
 
「なんだアンタ」
 男は警戒したようだったが、柚月は構わず訊いた。

「ハル、という子が来ませんでしたか、」
 ハルがここでもハルと名乗っているかどうかは判らない。それでも訊かずにはいられなかった。

 必死な表情の柚月を男は訝しげに見つめる。
「アンタ、ハルくんの知り合い?……客?」
「知っ……てるんですか、ハルを」
 喉がひりついて上手く言葉が出て来ない。

「知ってるよ。昨日、来たよ」
「昨日……」
 柚月は身体の力が抜けそうになった。やっとハルに繋がる糸を見つけた。

 急く心を宥め、男に詰め寄る。
「今日、今日も来るかな」
「来るんじゃないかなあ。なんか一人でいるの、嫌なんだって。ナオくんに話してたよ」
「あの……その、ナオって……客……?」

「違う違う。ナオくんはお仲間。商売のコ。……久しぶりにハルくんが来たっていうからさ、お客さん達目の色変えてんのに、全然相手にしないの。まあちょっと元気なかったけど、そこそこ愛想はいいのに指一本触らせないし、いくら出すって言っても頭、横に振っちゃって取り付くシマもない、ってカンジ」 
 
 柚月がハルの知り合いと判ったせいか、男は気が良さそうに話した。

「あんなにはっきり断るハルくん初めて見たよ。今までは断るにしたって思わせぶりだったのにさ、……でもお客の中には凛としたところが色っぽいとかって、五十万出すって言ってたヒトもいたけどー、」

 柚月は思わず目を剥いた。
「ご……!?」
「別格の美人だからねえ、タガ外れちゃったんだよ。……それでもハルくんちっともなびかなかった。やる気ないから、ってあっさり一言」

「……」
 男を呆然と見つめ、柚月はごくりと息を飲む。

 時給七百五十円でヴィンテージのアルバイトをしていたハルは、その気になれば一晩で五十万稼ぐことが出来るのだ。
 ほんの少し、我慢さえすれば。

 黙りこんだ柚月に男は言った。
「まあそういうわけで、ハルくん商売する気ないから諦めた方がいいよ」
「は……話すだけでいいんだ。話すだけなら、出来るだろう?」

「そりゃ、出来るけどね」
「……ありがとう。これ、コーヒー代」
 財布を出し、男に千円札を渡す。男は一瞬、驚きの表情をニキビ跡の残る顔に浮かべたが、素直に受け取った。

「悪いな、なんか。ハルくんに話、つけとこうか? 男前のお兄さんが来たって。アンタみたいに若くてイイ男だったらハルくんもオーケーするかもね」
「……俺と話してくれるだろうか」

「話す、話すって。それよか先にヒゲ剃ってきなよ。あと、髪もどうにかして。コートはともかくそのヨレヨレのシャツは着替えた方がいい」
 
 柚月の格好をしげしげと見て、男はアドバイスをくれた。確かに今のままでは職質を受けてもおかしくない挙動不審人物だ。
 柚月も自覚があったので頷いた。

 階段をゆっくり上っていく柚月に、男は思い出したように声を掛ける。
「そうだ、ハルくん来るの八時ぐらいだと思うよ。前からそうだったし」
「判った。その頃また来る」
 
 柚月はもう一度男に礼を言って、地上に出た。

    

   

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「きみの」四十三話更新!

    

 「きみの手を引いて」四十三話、なろうサイト様にて更新しました~

 いや、むしろ、ヘヴンズブルーのおまけ話と言った方がイイかもしれません。

 ヘヴンを読んでない方には、なんだコレ的なものになってしまったんじゃないか、とかなり心配です。(A;´・ω・)アセアセ

 BLとしては結構王道な出来栄えだと思うんですが、いかがでしょうか?

 

 「きみの」を思いついた(いつも思い付きなんです……)時、「和臣に恋人がいたら、柚月のとこにいるしかないっていう大義名分(?)が立つよなー、ハル、素直じゃないしなー」と、はっきりそう思ったわけではないですが、そんなイメージが頭にあって、で、出来たのが「ヘヴンズブルー」でした。

 だからヘヴンは本当にスピンオフ、柚月とハルをくっつける為に作った話で、でもいきなり臣に恋人、というのが突拍子もないことに思えて(八月自身もちょっと信じがたかった┐(´-`)┌)、「よし、本当に恋愛するのか見てみよう!」と書くことにしました。

 恋に落ちる相手のナオ。ナオの設定、コンプレックスがあって、自分に自信がなくて、でもそれを隠して軽く明るく振舞って、大げさなことともめごとがキライで、自分に向けられる好意に疎い=天然、などの性格はほぼこの時決まりました。

 ちなみに臣の性格設定は、父親から世襲(?民主主義はどこへ)で政治家になった兄のスペアだと思っていてひねくれている、父親の擁護から逃れられないのが無意識に苦痛になっていてそれを隠そうと斜に構えている、セックスは遊びの一環、恋人ヅラなんてされたらうんざりだからS、しかし基本的に情が深いのでハルと柚月に手を貸す、などです。

 臣の性格が先に決まってたので(多分、柚月より先に)、こんな歪んだ(?)ヒトにはナオの性格しかないな、ということになりました。

 なんで柚月より先に臣の性格なのか、というと八月はネタ帳に記す順番がめちゃくちゃだからです。

 「きみの」で最初にネタ帳に書いたのは十七話、臣のとこに転がり込んできたハルが酔っぱらって好きな人がいるのがバレるけど帰れない、というシーンなのです。次に書いたのが二十六話、ヘヴンで客捉まえろと臣にけしかけられるとこ、次が二十四話、臣の家まで柚月がハルを迎えにくるとこ、……お気づきかと思いますが、八月は書きたいところから書く、というどうしようもない癖があるのです。

 いえ、頭の中にはちゃんと最初から最後まで話があるんです。ただ、書きたいとこを先に書かずにいられないだけなんです……。で、書きたいとこがハルと臣のシーンだったので、性格付けもこの二人が先。次が柚月、次がナオ。

 ネタ帳なのですが、そんなわけで、めちゃくちゃです。八月以外は誰も通して読めません。八月でさえ、「この後の話、どこだっけ」と把握出来ないくらい。ヘヴンが混じってるのはまだしも、途中で書きたくなったのか、違う話も平気で混じってます。ヒドイ……ヒドイよ、これは。アタマがどうかしてる……。

 なんか製作ウラ話になってしまいましたが、そんな「ヘヴン」、書いてるうちに気に入ってきて、「きみの」より熱が入った時期もあったほど。それに気に入って下さる方も多くてとても嬉しいですもちろん、「きみの」がイイといって下さる方もありがたいです。

 

ヘヴンズブルー:17

  

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 第17話

 

  足早に階段を下りた和臣は重い木製のドアを開ける。薄暗い店内を見回し、彼の姿を捜す。
 いない。
 
 焦ってフロアを突っ切る。
 なぜか確信があった。─── ナオはここに来ている。
(金の代わりに自分の傷ついた身体を差し出そうとした。……受け取らなかった俺に、必ず金を返すと)
 昨日の夜を反芻する。

(金も身体も要らない。ただ)
(これ以上辛い目に遭わせたくない)
 
 カウンターに入ってきた牧田を捕まえた。
「ナオ。ナオを見なかったか」
「オーナー、……どうしてここに?」
 
 驚いた牧田は決まり悪げな表情をして眼鏡を押さえる。
「レイくんとデートじゃ」
「─── 誰がそんなこと」

 牧田は従業員が出入りするドアに目配せする。
 フロアよりもなお一層暗くなっているその場所にナオがいた。一人ではない。
「……さっき、俺も誘われて。オーナーはレイくんと会ってるって言ってましたよ。もちろん俺は断っ……オーナーっ、」
 
 和臣はずかずかとナオの背中に近づいた。
「……お願い河合さん、この通り」
「ええっ、でもなあ……」
「じゃ、一万五千! ダメ?」

「金額のモンダイじゃないよー、オーナーに知れたら、俺」
「オーナーはレイとデートだよ。そうじゃなくたって僕なんかオーナーの眼中にないもの、知ったって眉一つ動かさないよ」

「何言ってんの、お気に入りのくせに」
「違うって。もう、みんな誤解してる。お気に入りなんかじゃないよ。……聞いたら、オーナー、気い悪くするよー」

「うーん、そうかな……? ま、レイくんとデートしてんならいいか。二枚でいいの?」
「ありがと、助かる」
「ケガって顔だけ……」
 ナオの頬に触れようとした河合の手が硬直する。─── ナオの真後ろに、黒い影。

 河合の顔色がみるみる変わっていく。ナオは首を傾げた。
「……どうしたの、河合さん?」
 自分の後ろで真っ黒い瘴気を発しながら佇む人影にナオはまだ気がついていない。

 河合は後ずさった。
「ご、ご、ごめん、ナオくん、俺今日ちょっと用事あってさ、さっきの話なかったことに」
「え、なんで?」
「頼む、なかったことにして! 俺まだ死にたく」

「……生き埋めと水死体(どざえもん)、どっちがいい河合?……」
 悲鳴のような河合の声に被さる、怒りを孕んだ地を這う声。
 ナオは振り返って驚いた。

「臣さ……オーナー」
 髪を乱し、剣呑な眼差しをした和臣がそこにいた。
 河合は涙目で首を横に振る。

「どっ、どどど」
「水死体(どざえもん)?」
「どっちも嫌ですごめんなさい許して下さいまだ何も」

「まだ、何も?」
「これからも何もしません誓います!」
 和臣はナオの前に出ると河合の目前に顔を近づけた。

「……そろそろ仕事に戻った方がいいんじゃないか、ええ?」
 河合はこくこく首を縦に振る。壁伝いにナオを避けるとフロアに駆け出す。様子を伺っていた牧田に駆け寄るその後ろ姿は「怖かったよう死ぬかと思った~」と語っていた……。

 ナオはぼんやりと和臣を見つめる。
 どうしてここにいるのか判らなかったのだ。
 不意に和臣はナオを見据えた。─── 明らかに怒っている。

「……来い」
 怒気を隠そうともしない低い声と共に、ナオの二の腕を掴む。そのまま目の前のスタッフルームのドアを開け、真っすぐ進んでいく。ナオは引き摺られないようについて行くのが精一杯だった。

 奥にある和臣一人が使う事務室に入ると、やっと歩みが止まる。
「……どうして」
「え……」
 ゆっくりと閉まっていくドアを待ちきれず、和臣はナオを壁際に追い詰めた。

「どうして、来なかった」
「あ……あの……レイが行ったでしょう。僕が頼んだんです」

 ナオは戸惑っていた。─── なぜ、和臣の機嫌がこれほど悪いのか判らない。
 機嫌が悪い、などという生易しいレベルではなかったが、ナオはそのことに気が付いていない。
「僕、何か悪いこと」

「─── 俺はレイと約束したんじゃない」
 低く、冷たい声。
 和臣はナオを閉じ込めるように壁に手を付き、身を屈める。わずか数十センチ先のその目に本気の怒りを見たナオは、事の重大さをやっと把握した。

「あっ……あの、他のコがいいんだったら今すぐ頼んできます、ダレかキレイなコ、ハルみたいな美人てわけには行かないけど僕よりずっとキレイな」
 取り繕うはずのその言葉は返って火に油を注ぐ。

 和臣は握りこぶしをナオの顔の横の壁に叩きつけ、怒鳴った。
「判らないのか!? レイが嫌だって言ってるんじゃない、お前じゃなきゃ嫌だって言ってるんだ!」
 
 ナオは呆然と和臣を見つめる。─── 何? 今、なんて。
 わけが判らない、怖い、臣さんが怒ってる ───。
 
 ナオがその言葉の意味を理解するより先に、和臣は怒りの表情を消し、うな垂れた。
 ナオに顔を見られたくない。

「─── 好きなんだ。どうしたらいい?」
「え……」
 ついぞ聞いたことのない和臣の頼りなげな声だった。徐々にナオの心に浸透していくその言葉。驚きでナオは目を瞠った。
 
「どうしたらいいんだ。会ってもくれないのか? お前が喜ぶと思って、少しでも笑ってくれると思って『比さ乃』に誘ったんだ。……他の奴を寄越して俺が嬉しがるとでも思ったのか?」
「臣さ……」

「その上、……河合なんぞに……!」
 顔を上げた和臣はナオを睨みつける。顔の横の手が振り上げられるのを見て、ナオは目をぎゅっと瞑る。身体が竦んだ。
 だん、と音が響く。またもや壁を殴った和臣は小さく囁いた。
 
「……俺がどんな気がしたと思う?」
 優しいとさえ言っていいような口調に恐る恐る目を開けると、和臣は困っているような表情でナオを見つめていた。

「─── 教えてくれ。どうしたらいいんだ? どうしたら俺を好きになってくれる? なんでもする。─── 笑って欲しいんだ。昨日からちっとも笑わない。俺がレイと寝ればいいのか? そうしたら笑ってくれるか? お前の笑った顔が見たい。好きなんだ。お前が笑ってくれるならなんでも」
 する、と言いかけた和臣の唇はその言葉を発することはなかった。
 
 じっと和臣を見上げていたナオの瞳に涙が浮かぶ。─── 見る間にそれは大きくなり、頬を伝って落ちた。
 自分が泣いていることに気がついていないのか、ナオはぼんやりとした表情のままだ。

「……ナオ……」
 和臣はうろたえた。どうしてだ?
 無意識の内に覚束ない足取りで後ろへ下がる。

 圧迫がなくなり、ゆっくりと俯いたナオはぽろぽろと涙をこぼした。ついに泣き顔になると両手で覆い隠す。

 ─── 泣かせた。
 頭の中が真っ白になる。そんなつもりじゃなかった。
(ただ、笑って欲しくて)
 どうしたら好かれるのか判らなくて、気持ちをぶつけた。

(……つまりそういうことか)
 要するに、好きじゃない、と。俺に告白されるのは迷惑だ、と。
(やっぱり慣れないことはするもんじゃない)

「…………すまなかった」
 声が掠れる。和臣はナオを残して事務室を出た。
 一度も振り返らず店内を抜け、階段を上がり切る。

 雪が降っていた。
 積もってこそいないものの、空からは白い羽毛のような一片が次々と舞い落ちてくる。
 和臣は構わず歩き出した。

   

     

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きみの手を引いて:18

  

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 第十八話

 

 二日続けて柚月のアパートを訪れたあやは躊躇いつつ、チャイムを鳴らした。
 インターフォンから何の応答も無い代わりに、中で何かが倒れる音がし、次いでドアが勢いよく開く。

 飛び出してきたのは柚月だった。
「……ハル!」
 名を呼んだものの、すぐに彼ではないことに気付いたのか、目に見えて落胆する。

「……要ちゃん」
「ああ……あやか……」

 柚月は憔悴していた。
 乱れに乱れた髪の毛、髭も剃っていない。身に着けているシャツはよれ、赤く充血した目は余り寝ていないことを物語っている。

「………」
 あやは後ろめたさに俯いた。─── ハルは本当に出て行ったのだ。

 柚月はあやの様子など全く気づかず、中へ入っていく。あやも続くと、目隠しのパーテーションが倒れているのが目に入った。どうやらさっきの、物が倒れる音はこれだったらしい。
 
 柚月はパーテーションを起こすと、ふらふらと覚束ない足取りでソファーに向かい、腰を下ろした。
 俯き、目を手の平で覆う柚月にあやはそっと近づいた。
  
「……要ちゃ」
 「ハルが」
 
 声が被る。構わず、柚月は続けた。
 
「ハルがいなくなった」

 知っている。自分がそう仕向けたのだ ─── あやは肩に掛けたバッグの持ち手をぎゅっと握り締めた。

「……昨日帰ったらもういなかった。あいつ、バイト休みで家にいて……いるはずなのに、いないんだ。買い物に出てるのかと思って待ってても帰って来なくて……ロフト見たらあいつの物、なくて……無くなってて。ケータイ、電源切れてて……繋がらないんだ……」

「要ちゃん、寝てないの……?」

「ああ。あいつ鍵置いてったから……帰って来たとき、入れなかったら困るだろう?……」
 ハルが出て行った、と柚月は認めたくなかった。例え、ハルの物が無くなっていたとしても。─── 施錠した後、ドアポストに鍵を入れて行ったとしても。

 柚月はあやの先回りをして、言い訳をする。
「……だって、あいつ昨日の朝は普通だったんだ。なんにも変わったことなんかなくて、にこにこ笑って、……いきなり出て行くなんて、そんなわけない……」

「で……でも、現に出て行ったじゃないの」
「そんなわけない……!」
 柚月は髪の毛を掻き乱した。

 「……そりゃ好かれてはいなかったけど、何も言わないで出て行くなんてことあるわけないだろう……!? いくら物欲しそうに見たって、ソファーでそばに座っても何にもしてないんだぞ、なんにも! これから先だってあいつが俺のこと好きになってくれない限り、……なにも」

 ハルを思う気持ちを聞かされたあやは頬を引きつらせる。
「─── そう。そんなにあの子が好き?」
「………ああ」

 あっさり肯定され、あやはかっとなった。

「だったら買えばよかったじゃないの。お金さえ出せば簡単に手に入るわよ。あの子、……売春してたんだから」
「お前、……何で知って」

「要ちゃん知ってたの?」
 互いに顔を見合わせ、驚く。あやが先に口を開いた。

「知ってて一緒に暮らすなんてどうかしてるわ。─── 男娼なのよ。汚らしい。お金で好きにさせるなんて信じらんない、相手なんか誰だっていいんだわ。出て行ってくれてせいせいし……」

 ソファーから立ち上がりながら柚月は手を振り上げた。
 あやは身体を竦ませる。

「……二度と言うな」
 柚月は下ろした手をぐっと握り締めた。
 
「な、……なによ、殴ればいいでしょ!」
「女なんか殴れるかっ」
「要ちゃんのバカ! あの子要ちゃんのことなんとも思ってないんだからっ! 好きじゃないってはっきり言ったんだからね!」

「そんなこと知ってる!……ちょっと待て。それいつの話だ。いつハルに会った」
「だから昨日っ……」

 はっと口を噤んだあやに柚月は詰め寄った。
「昨日? 昨日、あいつに会ったのか」
「……会ったわ」

「どこで。どこで会った。どこに行くって言ってた? 近く捜せば」
 アパートを出た後のハルにあやは会ったのだ、と柚月は思っているようだった。

 あやは目を逸らし、頭を左右に振る。柚月は彼女の両肩を掴んだ。
「─── どうして。教えてくれ、あや、頼む」
「ち……違うのよ」
「何が」

 目を合わせようとしないあや。─── たった数秒の沈黙があやには五分にも十分にも感じられる。
 柚月の顔色が、すう、と変わり、その目が見開かれた。
 
「まさか、─── お前」
「……」
「出て行く前か?─── 出て行く前に、ここであいつに会ったのか。そうなんだな?」
 彼女は目を伏せたまま、ゆっくりと頷いた。
 
「─── あいつに何言った。何した?」
 怒りを孕んだ、柚月の低い声。
 
 あやは意を決して真正面から柚月を見つめた。
「聞いて、要ちゃん。……要ちゃんがあの子と一緒にいるところ、見たコがいるの。そのコはハルが、あの子が売春してること知ってたのよ!……もし学内で噂になったらって、……だから、あたし」

「……出て行けって言ったのか。あいつに」
「言ってないわ! 言ってないっ……そのまま話しただけよ! そしたらあの子、出てくって勝手に」
「話しただけ?」

 柚月の握りしめた拳が震えた。
「それ聞いたあいつがこのままここにいるわけないだろうっ!」

 その通りだった。出て行くように仕向けたのだ。
 あやはいやいやをするように頭を横に振る。涙が浮かんでいた。
 
「だって、……要ちゃんが諦めると思ったのよ……!」
 
 涙ぐんだまま、一歩も引かず柚月を見つめる。
「あの子が出て行けば諦めるって、……もし諦めなかったら、男と寝てお金もらう、そういう子だって知れば、要ちゃんも目が覚めると思った。いくらキレイだって、そんな子出て行ってくれて良かったって思うに違いないって……あたしを、見てくれるかもしれないって……」

「……あや」
 あやは顔を両手で覆って伏せる。─── 自分の醜い心に直面した。

「……ごめんなさい。ごめんなさいっ……あの子が出て行くように仕向けたわ、一緒に暮らしてるの周りに知れたら、庇ってあげられないって……ここ出て行ったらあの子がどうなるか判ってて、止めなかった。……ハルが他の人と寝ればいい、と思ったのよ……!」
 あやの嗚咽が静かに響く。

 柚月は宥めることもせず、唇を噛んだ。─── ハルが他の男と寝る。
 その言葉は想像以上に柚月の心を焼いた。
(……知らない男に微笑み、しなだれかかって)
 焦燥感でいても立ってもいられない。

 バッグからハンカチを出したあやはそれを鼻の下に押し当てる。
 柚月は自分の部屋からダウンコートを取ってくると、玄関に向かいながら袖を通した。

「ど……どこ行くの?」
「ハルを捜す」

 あやに背を向けて、柚月は毅然と言う。
「捜して連れ戻す。どこにいても、何をしていても」
「待って」

 あやの悲鳴のような声に柚月は顔だけ振り向いた。
「なんであの子なの? あたしじゃ駄目なの? ずっと好きだったのよ、あの子の代わりにはなれない……?」

 涙に濡れた頬と鼻の頭は赤くなり、いつも綺麗に化粧をしているあやとは別人のように子供っぽく見えた。また涙が瞳に滲む。

 柚月はあやに対峙すると静かに言った。
「─── ハルが好きだ。誰も、あいつの代わりにはならない」

 瞠られたあやの目の縁から涙がこぼれ落ちる。
「……ごめん」
 柚月は目を逸らし、玄関を出た。

 アパートの外は曇天の空が覆っている。
 あやは、追って来なかった。

 
 

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ヘヴンズブルー:16

  

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 第16話

 

             
 和臣の目の前にはレイが座っていた。

 料亭『比さ乃』の離れである。室内は豪奢と言うよりも、品のいい調度で比較的簡素に纏められていた。床の間には一輪の白い寒椿、雪見から見える庭は枯山水になっていてその周りに手入れされた竹が植えられている。

 レイを案内してきた女将は「お連れ様にもただいま突き出しをお持ち致します」と優雅に襖を閉めて出て行ったが、和臣は全く聞いていない。

 ─── 静まり返っていた。

 行儀良く正座しているレイは何も言わず、ただ和臣の目を見ている。
 人形のように整ったレイの顔を見ながら、和臣は胸の奥に何か黒いどよどよとしたものが湧いてくるのを感じていた。

 喉が渇き、錫のちろりから直接飲む。温燗のおかげでやっと声が出た。
「─── ナオは」
「俺は、ナオさんの、代わりです。ナオさんに、頼まれました。……一晩、オーナーと、付き合って欲しいって」

 嫌そうにセンテンスを区切って告げるレイ。
 彼が現れた時から予感はしていたが、決定的になった。
 和臣はあぐらを掻いた膝の上で両手を握りしめた。

「……俺はナオと約束したんだ」
「ええ。知ってます。─── ずいぶん前から待ってたんですね」
 周囲に繊細な螺鈿蒔絵が施された黒い漆塗りの座卓の上には、和臣の為の酒肴と酒器が乗っている。その減り具合と温燗で大分待っていた事が容易に知れた。

「ナオさんはオーナーを喜ばせたいって言ってました。……自分よりも俺のほうがキレイだから、って」
 和臣は座卓の上に肘をついて両手を組み、その前で顔を隠して俯いた。

「……ナオ以外の奴が来て俺が喜ぶとでも?」
「ナオさんは絶対喜ぶと思ってるみたいでしたよ。微塵も疑ってませんでした」
  
 顔を上げた和臣は、だん、と座卓に拳を叩きつける。
「喜ぶわけがないだろう!? あいつでなけりゃ誰がわざわざ『比さ乃』に誘うかっ!」 「……落ち着いて下さい、オーナー」

 怒りを露わにする和臣を前にレイはため息を吐いた。─── だから嫌だったんだ。
「俺だって来たくて来たわけじゃない、ナオさんに頼まれて仕方なく」
「そんなこと判ってる! どうせあいつに「お願い」されてしぶしぶここに来たんだろう」

 頷くレイを和臣は鋭く睨んだ。
「何を報酬に望んだ。一発ヤらせろとでも言ったのか?」
「……いい加減にしろよ。ナオさんが承諾すると思うのか?」

 口調が変わったレイを和臣は初めて見るような目で見た。
「ナオさんにそんなこと言ったらびっくりしてどん引きされンだろ。口きいてもらえなくなったらどーすんだよ。……あんたたちが別れんの気長に待つつもりだから。あ、なんなら今すぐ別れてもらってもいいけど? ナオさんのことは俺に任せて」

「誰が別れるかっ!」
 にっこりと微笑む日本人形のように整った顔に怒号を浴びせる。─── こんな綺麗なツラしやがってとんだ狸だ、狐だ、いや悪魔だ。

 レイはしれっと口調を元に戻した。
「ああ、別れるとか別れないの問題じゃないですよね。付き合ってもいない」
「……!」
 痛いところを突かれ、和臣は言葉に詰まった。

「─── 俺が横からナオさんを掠う可能性もあるわけだ」
「……そんなものは、ない。あってたまるか」
「告る勇気もないくせに」

「……俺はここ何ヶ月もあいつ以外の客にはなっていない。女遊びもしていない、言い寄られても断ってるんだぞ。自分に気があると思うだろう、普通!?」
「ナオさんみたいな手合いはね、オーナー」
 
 レイは和臣のぐい飲みに手を出し、中身を煽った。
「好きだってはっきり言わないとダメなんですよ」
「─── そんなこと言えるか。俺はもう三十三だぞ」
「それが何か?」

 正座を崩したレイは片膝を立てて、ちろりからぐい飲みに注ぐ。
「……なら、俺が告白します。オーナーは指咥えて横で見てればいい」
「させるか。……ナオはどこだ」

 和臣とレイの視線がぶつかる。対峙した時から友好的とは言いがたかった空気がさらに張り詰め、緊迫する。
 レイは視線を外すことなく、ぐい飲みを乾した。

「……ヘヴンに行くって言ってました」
 ふっとため息を吐くレイ。
「─── ヘヴン?」
「百万。借金あるんでしょう、ナオさん。早く返したいからって。─── もちろん、止めましたよ。顔、怪我してたし」

「あれは借金じゃない。ナオにやった金だ。返す必要はないって」
「オーナーなら多分そう言うと思いました。……でもナオさんはすごく気にしてましたよ。今夜はともかく、怪我が治ったらどんな奴でも相手しちゃうんじゃないかなあ」

 オーナーの為に、とレイはちろりを手に取った。「失礼致します」と女将の声がし、襖が開け放たれる。
「遅くなりまして申し訳ございません」

 崩した足を正座に戻すレイの前に給仕が酒器と酒肴を並べてゆく。何食わぬ顔をしたレイは和臣のぐい飲みに手に取ったちろりから酒を注ぎ、「さ、どうぞ?オーナー」と酌をしているふりをした。

 その白々しさに呆れながら、和臣はナオのことが気がかりだった。─── ヘヴンに行く、だと?
 レイは止めたと言った。しかし。
(……ナオは必ず返す、と言っていた)
 胸の奥に不安が広がる。─── もしも、まさに今、ナオが見知らぬ客に微笑んでいるとしたら?
 
 新たに燗をつけたちろりを和臣に出した女将と給仕が去り、猫を被るのを止めたレイは自分のぐい飲みに熱燗を注ぎ、ぺろりと舐めた。
「美味いすねえ、コレ」
「ヘヴンに行く」

 いきなり立ち上がると、和臣は背広を着込みネクタイを締め直した。
「支払いは俺のツケだ。好きなだけ飲んで帰れ」
「え、ちょ、俺ほったらかし? オーナーとデートしてってナオさんに言われてんのに」
「知るか。最初から寝る気もねえくせに引き受けるのが悪い」

「ナオさんに頼まれると弱いんですよねえ……でも、オーナーだって俺はごめんでしょ」
「当たり前だ。─── 二度とナオに色目使うな」
 低く言い、レイを睨めつけると和臣は音高く襖を閉めた。

「……色目なんか使ってねえっつーの」
 てか、使っても無駄でしょ、あんだけオーナーのことばっか言ってるひとにさー、と一人呟き、レイはぐい飲みを空けた。
 

 

    

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 第十七話

  

 時刻は夜の十一時をまわっていた。
 広いリビングの照明は落とされ、白い革張りのソファーの上で膝を抱えたバスローブ姿のハルは、横でグラスを傾ける男をぼんやりと見た。─── やはり柚月ではない。

 食事の間も、この家に帰ってきてからも、考えないようにしていた現実を再び目の当たりにする。
(……なにを今さら)
 自分で言ったのだ。泊めてくれ、と。やらせるから、と。─── 金が欲しい、とさえ、言った。

(オレが頼んだ)
 判ってる。判ってる。平気。こんなの、なんでもない ───。
 和臣の手がハルの肩にまわされる。唇を寄せられたが何気なく顔を背けていると、ゆっくりとソファーの上に押し倒された。

「ちょっ、ちょっとタンマ」
 近づいてくる和臣の唇を手の平で塞ぐ。
「待ったなし。……と言いたいところだが、やっぱりお前変だぞ」

 腕でハルの手を払いのけ、和臣は身を起こす。煙草に火を点けた。
「何があった。誰のところにいた?」
「……なんもないって言ってんじゃん」
 ハルはのろのろと起き上がり、うな垂れた。バスローブの前がはだけていたが直すでもない。

 和臣は目を眇めた。
「酒は飲まない、煙草は吸わない、その上身持ちも良くなったってか。大した品行方正ぶりだな。それで何もないってのを信じろってのか?」
「……オレ、未成年だぜ。そういうのダメだって、当たり前だろ」
「三ヶ月前まで全部取っ払ってたくせに」

「それは、……」
 口ごもるハルを和臣は観察した。─── 誰か、ハルを変えた人間がいる。ハルの後ろに透けて視える。いや、内側(なか)にいるのか。

 三ヶ月前。和臣は図らずも自分の言った言葉で思い出した。
「─── そうか。あの、兄ちゃんか」
 にやりと笑みを浮かべる。

 ハルが焼け出された後、一緒にいたあの男だ。店の前で遠目に見た程度だが背の高い男前だった。あれから一度もハルはヘヴンに来なくなった……。

「そうかそうか。ずっと一緒に暮らしてたってわけだ」
「な、……なんの話だよ」
「お前が今まで一緒にいた奴の話だよ。店の前で一度見た」

 途端にハルは頬に血を昇らせた。余りにもあからさまな変化に和臣は驚きを隠せない。
「……何だ、判りやすい奴だな」
「何がッ? オレは何もっ」

 今や耳まで赤くなったハルを和臣はしげしげと眺める。
「へえ。本気で惚れたんだな、そいつに」
「ば……バカか、そんなわけねーだろ……っ」

 ハルは和臣のグラスをひったくった。両手で持ち、赤いワインの表面を見つめる。
 ごく、と息を飲む。
 それから一気に飲み干した。

「─── あーらら。あのひとに嫌われちゃうー」
「……うるせ」
 普段そんなキャラじゃないくせにひとからかう時だけ……とハルは和臣を睨みつける。
 その視線を空のグラスに落として小さく呟いた。

「……もうとっくの昔に嫌われてんだからいいんだよ」
 和臣は片眉を上げてハルを見た。─── これは思ったより深刻な。

 煙草を消し、デキャンタからハルの持つグラスに注ぐ。またもやそれを飲み干してしまったハルはぐい、と手の甲で唇を拭き、グラスを和臣に突き出した。

「もっと、」
「……おねだりならもっと上品にな。そんなハイペースだと悪酔いするぞ」
 冗談に包まれた和臣の気遣いをハルは一蹴する。

「アタマ痛くなんないよーになんか作ってよ。サワーとかさー。グレープフルーツがいい」
 言いながら自分でグラスに注ぐ。半分ほども飲んで唇をぺろりと舐めた。
 ふー、とため息とも大きな息継ぎとも取れる息を吐く。

「……あのひとさー、俺がちょっと近づいたら、触るな、だって」
 アルコールが入ったハルは饒舌になった。
「ちょっと額に触っただけなのにさー、触るな! って怒鳴んだよ。……オレー、ウリやってたのバレてたからさあ。オレみたいなオカマ野郎には触られたくないんだって」

 和臣はキッチンに立ち、ハルの飲み物を拵えた。このままではワインは全部ハルの胃に納まってしまう。
「ふざけて背中に抱きついた時は勃ったくせに、心配して真正面からおでこ触ったら触るな!だって。……ずーっと我慢してたのかな。オレに触られんのすげー嫌で、でも我慢してたのかな。バッカみたい。早く言えばいいのに。……出て行けって言えばいいのに」

 ソファーとテーブルの下に敷かれた毛足の長いラグにハルはずるずると座り込む。
 ハルにサワーのタンブラーを手渡した和臣は、それと引き換えにワイングラスを受け取り、ソファーに腰を下ろした。

「お人好しだからなー、柚月さんて。拾ってきたガキには言えなかったんだろうなァ。……気持ち悪いから出て行けって。早く言ってくれればさー、オレだって、」

「オレだって好きになんかならなかった?」
 和臣はハルの蹂躙から逃れたデキャンタを目線の高さまで上げ、減った中身に眉尻を下げた。
「な……な……」

 ハルは口をぱくぱくとさせる。ごく、と唾を飲みこみ、またも顔を赤らめた。
「……そんなこと言ってないじゃん。ダレが、あんな奴、好きだって?……」
「お前が、そのゆづきさんを」
 何でもなさそうに言う和臣に、ハルは自分の口を押さえた。

「……オレ、名前言った?」
「言った。「ゆづき」ってどんな字?」
「かっ……カンケーない。臣には」
 
 そっぽを向いたハルはつまみのチーズが付いた指を舐め、タンブラーに口を付ける。
「いっぺんぐらいヤったんだろ?」
 和臣の言葉にハルはむせた。咳き込み、和臣からティッシュを受け取ったハルは反論する。

「や……ヤってねーよ! バカじゃねーのっ」
「へー。珍しくお前が本気んなったのに、カレシの方が相手にしてくれないとはね」
「おかしな言い方すんなっ」

 初めて見る、からかい甲斐のあるハルに和臣はにやにやと笑った。
「でもチューぐらいはしたんだろ」
「……!」

 した。彼が寝ているときに勝手に。
(柚月さんは知らない)
 頭に浮かんだ柚月の寝顔を慌てて追い出そうと試みるハルの瞳が揺れる。

「し……し……してない」
「してないってツラじゃねーぞー? んー?」
 生乾きのハルの頭を和臣は乱暴に撫でる。

「うるせーなっ柚月さんはオレなんて相手にしないんだよ! チューなんかするかっ」
 和臣の手を払いのけながらハルは噛み付いた。
「あのひとは本当に好きな相手とじゃなきゃやんないんだよ、オレとかあんたみたいに、……だ、ダレでもいいって奴とは違うんだよっ……」

 誰でもいいとはご挨拶だな、俺にだって好みってものがある、と和臣は文句を言うがハルは聞いていない。
「ほ……ほんと、すっげーアタマ硬くてさー、煙草吸うなとか、酒飲むなとか、うっさいの。オレみたいに金で寝るとか絶対ありえないって思ってんだよ、あのひと、……あんな奴、大嫌い」

「大嫌い、ねえ」
「そ……そう。大嫌い。口うるさくて大人ぶってて、……オレのことキライなくせにお人好しだから冷たく出来なくて、……あんな奴大嫌い」

 和臣はため息を吐いた。
「じゃあ何で泣きそうなツラしてんだよ」
「そんなツラしてねーよっ……」

 ハルは抱えた膝に顔を埋めた。
 想うのは柚月のことばかりだった。優しくしてくれた。おかしな目で見たりしなかった。おんなじテレビ見て笑った。ご飯作ってくれて、バイト紹介してくれて、─── それから名前を呼んでくれた。

『……ハル』
 あんな風に優しく呼ばれたのは初めてだった。─── ずっとそばにいれたらいい、と思った。
(でもダメだった。柚月さんのそばにオレのいる場所なかった)
 判っていた。知っていた。初めから。

(だから好きじゃない。大嫌い。好きになったことなんかない。……辛くない)
(大嫌いだから辛くない。柚月さんと離れても。全然平気)

 心臓が痛い。痛い。痛くなんかない ───。

「お前そいつんとこ帰れ」
 和臣の言葉に、はッと顔を上げるハル。
「『柚月さん』とこ帰れ。他の男のものに手ェ出す趣味はないんだよ」
 
「オレはあのひとのものじゃねーよ! 言っただろ、大嫌いだって!」
 嘘つけ、大好きなくせに……と言いかけた和臣は面倒を恐れて止めた。今でさえ目の縁を赤くしているハルを追い詰めれば泣かれかねない。

「……だったらヤらせんの? お前。出来ねーだろ? とっとと出て行……」
「出来る!……出来るよ」
 ハルは飲み終えたタンブラーを和臣に振って見せた。

「もっと強いやつないの」
 真っすぐに見据える目と言葉でハルは挑発する。強がりにしか見えないそんな態度に和臣は一瞬眉根を寄せたが、諦めたようにタンブラーを受け取った。
 
「……判った」
 よほど帰れない事情があるな、と和臣は察したが追求はしない。ハルが素直に白状するとは思えなかった。

「抵抗したくても出来なくなるようなやつ作ってやるよ。そのほうがいいんだろ」
「……ダレが抵抗なんかするかよ」
「今度は待ったなしだからな」

「……判ってるよ」
 ソファーから立ち上がった和臣は、ふん、と鼻を鳴らした。
「どうだかね」
「……」
 和臣の皮肉はハルの耳には届かず、その目はぼんやりとここにはいない『彼』を見つめていた。

 
 

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ヘヴンズブルー:15

  

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 第15話

 

         
 ─── レイは大通り沿いのファミリーレストランにいた。ナオに呼び出され、彼を待っているところだった。

「ごめん、遅れた?」
 ナオの声がし、携帯電話をいじっていたレイは顔を上げる。

「いえ、俺が早く来すぎたんです。ナオさんから連絡貰えるなんて思ってなかったから……」
 舞い上がっちゃいました、と続けようとして驚く。その視線の先にはナオの唇の端の絆創膏。その周りも青く腫れあがっていてひどく痛々しい。

「……どうしたんですか、それ」
「あ、これ?……なんでもない、ちょっと」
 レイと向かい合わせに座りながらナオは絆創膏に手をやり、顔を顰めた。

「何でもなくないでしょう、かわいいツラが台無しじゃないですかっ」
 声を引きつらせて上半身を乗り出すレイ。ナオの頬を両手で包み込もうとしてとレイは手を伸ばしかけたが、ここが公共の場だということを思い出し、その手はテーブルの上に乗せられるに留まった。

「なにそれ、イヤミ? 自分こそそんな綺麗なカオしてるくせにさー」
 ナオは明るく言って苦笑する。
「イヤミ? 何がイヤミなんです、そんなこと言ってせんよ! 一体誰に、……まさかオーナーが」

 レイは昨日、ヘヴンを飛び出したナオを和臣が追いかけて行った事しか知らない。
「違う違う」
 慌てたナオは頭を横にぶんぶん振って否定する。
「臣さ……オーナーは手え上げたりしないよ。すっごい優しいんだから。あんな優しくていいひと、見たことない」

「……」
 レイは疑いの眼差しをナオの目と絆創膏に交互に向ける。
 仕方なしにナオは声を低めて話し出した。

「─── 昨日、ヘヴンに来た奴だよ。あの後あいつに尾けられて、……殴られた」
「殴られた、だけ?」
 口ごもりながらのナオの言葉にレイは思わず詰問する。

 ナオは言いにくそうにぼそぼそと白状した。
「……レイプされそうになって抵抗したら殴られた」
 そこで上目遣いでレイをちらっと見ると、腕を組み口をへの字に曲げた不機嫌丸出しの表情。「お待たせしましたー」と愛想良くコーヒーを運んできたウェイトレスも美形のあまりの不機嫌ぶりにそそくさと立ち去ろうとする。

「僕もコーヒーお願いしますっ」
 どん引きのウェイトレスを無理やり引き止めオーダーを通した。
 ナオがレイに向き直ると矢継ぎ早に文句が飛んでくる。

「あんな風に絡まれて金ずくで追い払うような真似して恥かかせたくせに何で一人で飛び出すんですか!? ちょっと考えたら外で待ち伏せてるかもしれないって想像付くでしょう! ああもう何だってこんな……!」

 やっぱりオーナーなんか当てにならない、けしかけてる暇があったら俺が行けば良かったと歯噛みするレイにナオは弁解する。
「待ってよ、問題は殴られたとかレイプされそうになったとかじゃないんだ」
「充分問題だと思いますけどね!?」

 レイの速攻の切り返しにナオは、はは…と笑うしかない。
「……で、その時さ、逃げようとした時なんだけど、……お金、取られちゃって」
「お金って……」
 まさか。レイはごく、と唾を飲む。

「百万全部……?」
 ナオはこくんと頷く。はあ、とレイは息を吐き出した。
「……バカだよねえ、オーナーのお金持ち逃げしてあいつに捕まって、全部取られちゃうなんて。ほんとはお金返して断ろうと思ってたんだよ、でもオーナー受け取ってくんなくってさー、……結局このありさま。百万の借金」

 ちょうどナオのコーヒーが運ばれてきて会話が途切れる。ウェイトレスが行ってからナオが口を開いた。

「取り合えず今日から頑張って稼ごうと思うんだけど、今日の夜さ、オーナーに食事に誘われてて。……なんか強引に決められちゃったんだけど、……僕の代わりにオーナーと会ってくれないかなあ……?」

 それは。つまり。
「……俺にオーナーの相手をしろってこと、ですか」
 思わず知らずレイの声は低くなる。
「うん……いや、かなあ?」
 嫌に決まっている。なにが悲しくて恋敵と寝なきゃならないのだ。
      
 渋い表情でコーヒーを飲むレイにナオは畳み掛けた。
「あの、さ、オーナーお金持ちだからさ、お気に入りになったらきっとすごい貰えると思うよー。なんなら愛人とかどう? 僕も押すし……あのひとメンクイだからさ、レイみたいにキレイな子が好きなんだよね」
 
 愛人! 冗談じゃないっ、とレイは気色ばんだがそれを隠し、ぎこちない笑みを浮かべた。
「またまた。オーナーの「お気に」はナオさんでしょ。みんな知ってますよ、オーナーとナオさんがデキてるって」
 内心嫉妬に駆られながらもレイは軽く言う。

「僕……?」
 ナオは目を丸くしてぱちぱちと瞬かせた。
「え、そんなんじゃないよ、オーナーはそんな趣味悪くないよ。すっごいメンクイなんだ。……ちょっと前にハルってすごい美人がヘヴンに来てたんだけど、オーナーその子のこと今でも好きなんだよ。僕はその子と仲良くしてて、だから気に掛けてくれるだけ」

 目を伏せたナオは静かに言う。
「……牧さんもそんなこと言ってたけど、お気に入りとかデキてるとかそんなんじゃないんだ」
「……」

 レイはため息をついて頭を掻いた。─── なんだって俺がこんな事言わなきゃなんないんだ?
「─── じゃあナオさんが「お気に」じゃないとして、百万も出してあのヤク中から助けたのはどうしてでしょうね? 昔の恋人……だかどうだか知らないけど、その美人の友達だってだけでそんな大金出すと思いますか?」

「それは……」
 言いよどみ、ナオはコーヒーを一口飲む。

「……オーナーね、優しいんだ。客付かなかったら買ってやるとか言って売れ残りの僕をいやいや買ってくれてさ、……ほんとは僕と寝たくなんかないんだよ。ベッドの中で僕のことじーっと見て、ちょっと笑ってアタマ撫でてカオ撫でて、なんて言ったと思う?」

 オーナーとナオのネヤゴトなど知りたくもない、とレイは思ったがしぶしぶ先を促す。
「……なんて、言ったんですか」

「何もしなくていいから朝までそばにいてくれ、だって。……ほら、僕、こんなだからさ、チビだし不細工で色気もないからさ……飽きられちゃって。でも、売れ残ってるのほっとけなくて……仕方なく。オーナー、僕と寝るの、ほんとは嫌なんだよ」

 オーナーは優しいひとだから、とナオは続ける。
「前もあいつから助けてくれた。先約だって、嘘吐いて。昨日もおんなじ。……今度は金出さなきゃあいつが引き下がらなかったから、……僕を百万で買ったんじゃないんだよ。助けてくれたんだ。だって、飽きちゃった奴に百万も出すわけないもん」

 ナオは鼻を、すん、とすすり、へへと笑った。
「みんながお気に入りって勘違いしてんの、おかしいね。ほんとは臣さ……オーナーが優しいだけなのにね。……僕さ、オーナーを喜ばせてあげたいんだ。何回も助けてもらって、お金も失くしちゃって……僕に出来ることったらレイみたいな美人とのデート、セッティングするぐらいしかなくて」

「……」
 レイは俯くナオをじっと見つめる。─── ナオがなんと言おうとオーナーが彼に本気なことは明白だ。本当に目の前のこのひとは「飽きられた」と思ってるんだろうか?

「─── 俺がナオさんの代わりに来たって言ったら、オーナー、喜ぶと思いますか? 俺には烈火のごとく怒り狂うとしか思えないな、」
 
「え、何で? 怒ったりしないよー。……きっと喜ぶ。レイはキレイだもん。お願い、オーナーと会って。絶対悪い話じゃないから、」
 縋り付くようなナオの瞳にレイの心が揺れる。ため息を吐いた。

「…………判りました。ナオさんの頼みなら、仕方がない」
「ありがとう、レイ。一生恩に着る」
「ナオさんの頼みだから聞くんですよ。そうでなかったら」

 誰があんなナオを独占しようと躍起になってる奴のところなんか、と心の中で呟く。俺が代わりと知れば、最悪暴れられかねない。
 ナオは不思議そうにレイを見た。

「レイってちょっと変わってるよね。他の子たちはみんな、オーナーに気に入られたいって思ってるのに。なんか眼中にないってカンジ」
「……向こうもお互い様じゃないっすかね」

 頬を引きつらせるレイに、ナオは「美形ってそういうもんなのかなあ?」と見当外れに首をかしげる。
 レイは咳払いをして話を変えた。

「それでどこへ行けばいいんですか。食事、ですよね」
「『比さ乃』知ってる? この通りの裏手の」
「ああ、料亭の……知ってます」
「そこに七時。少し遅れてったほうがいいと思うな。オーナーが先の方が話早いから」

「……ナオさんは」
 レイはじっとナオを見つめた。そばかすの散る小さな顔に黒目がちの瞳。唇の端の暴力の後が全く似合っていない。
「ナオさんは、ヘヴンに行くんですか」
 
 それは売春をするのか、と訊いているのと同じこと。
 ナオは頷いた。
「うん。外寒くて立ってらんない」
「そーいうこと言ってるんじゃなくて。……ケガ、してるんだから家でおとなしくしてたらどうです? せめて腫れが引くまで」

「んん……でも、早くお金返したいし。こんなカオじゃ客付かないかな?」
 絆創膏を触り、「痛ったー」と顔をしかめるナオ。
 レイはナオから視線を外し、冷めたコーヒーの黒い水面を見つめる。

「……金なら俺が都合します。無利息無期限で百万。……この際、下心もなし」
 代わりに俺のものになって、と言いたい誘惑に負けそうなレイに、ナオはぽかんと口を開けた。
「レイ、金持ちー。もうそんな稼いだの? それともお坊ちゃん?」
 
「俺のことはどうでもいいですから。今日はヘヴン行かないで」
「借りないよ」
「ナオさん」

「オーナーの相手してくれるだけで充分。お金まで借りられないよー。自分で頑張って稼がなきゃ。売れ残ったらどーしよ、河合さんでも口説いてみよーかな?」
 なんで河合だ、俺なら今すぐ口説かれてやるのに! と心の中で叫ぶレイ。
 
 口に出すわけにもいかず、恋敵の立場でナオを引き止めるしかなかった。
「ナオさんが自分を売った金で返されてもオーナーはちっとも嬉しくないと思いますよ。まして、自分とこのスタッフ口説いてなんて。……あのオーナーが知ったらソッコー解雇、下手すると殺され……」
 
 言ってて怖くなってきた。背中がぞくぞくする。 
 身震いするレイにナオはきょとんとした表情を向ける。
「? なんで? お金返してもらったら嬉しいでしょ?……あ、確かに河合さんってのは良くないかも知んないけどー」

 でもスタッフ口説く子も結構いるんだよー、と暢気なナオに、レイは額に手を当てて嘆息した。
「……いいですか、オーナーのお気に入りにコナかけられてうっかり間違って手え出しちゃった哀れな従業員を見たくなかったら、やめて下さい」

「お気に入りじゃないって言ってるのに」
 首をかしげるナオにレイは目頭を押さえる。
「本っ当に自覚がないんですね……」

 オーナーも大変だ。いや、ナオみたいに自分に自信がないタイプははっきり言わなきゃ判らないのに、気持ちを言わないオーナーが悪い。
(あーあ。好きだって言っちゃおうかな)
 
 思ったものの、躊躇しているうちにナオは伝票を手に取り立ち上がる。
「七時に『比さ乃』だからね」
「……判りました」
 レイにはナオの華奢な後ろ姿が遠ざかっていくのを見送ることしか出来なかった。

 

 

    

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きみの手を引いて:16

  

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第十六話

 

 その日の夕方。
 ハルは瀟洒な高層マンション最上階に一つだけしかない部屋の前に立っていた。
 ネームプレートに記されているのは成沢 和臣という文字。

 この部屋の住人にしてマンション全体の所有者であり、またヘヴンズブルーのオーナーでもあった。他にも保有する不動産や経営する会社はいくつもあるが、そこまでハルは知らない。

 エントランスのインターフォンでのやり取りの後だった為、オートロックは外してある。ハルはスポーツバッグを肩に掛け直し、ドアを開けた。

 見慣れた、マンションとは思えないほど広い玄関を難なく通り過ぎ、廊下を進む。
「よう」
 リビングに入ると遥か向こうにあるキッチンから声がした。
 
「しばらくだな。火事ん時以来だから三ヶ月ぶりか」
 部屋の主である和臣はスーツの上着だけ脱いで、大きな冷蔵庫に缶ビールを詰め込んでいた。
 ちらりとハルを見止めただけですぐに背を向ける。煙草の匂い。白いYシャツの後姿。やたらと広い、生活臭の薄いリビングダイニング ───。

(何もかも違う)
 目の前にいるのが柚月でなく、今いる場所が柚月の部屋でない。
 その当たり前のことを、突きつけられた。現実。これが、現実 ───。
(……嘘みたいだ)

「飲むか?」
 なんとなくふわふわとした足取りで近づくハルに、和臣は冷えた一本を差し出す。ハルは頭を横に振った。
「……いらね」
 和臣は片眉を上げて、おや、とでも言いそうな顔をした。
「ふーん?」
 
 缶ビールを冷蔵庫に戻し、Yシャツの胸ポケットから煙草を取り出す。
「どうしたよ。ご機嫌ナナメか?」
「べつに。……普通だよ」

「仏頂面が?」
「あんたがナナメとかって言うからだろ」
 顔を覗き込もうとする和臣から逃れ、距離を取る。
「ガキ扱いすんな」
「はいはい」

 和臣は肩を竦めて煙草に火をつける。灰皿のあるリビングにハルも一緒に移動した。
「腹減った。メシ」
「とんだ亭主関白だな。ヘヴンでいいか?」
 ハルの子供っぽいわがままに慣れている和臣はなんなく受け流し、咥え煙草でネクタイを締め直す。

「ヘヴンはやだ。またあんたとどうかなってるって思われんだろ」
 オーナーのお気に入り、と嫉妬と羨望が入り混じった揶揄を他の少年たちから受けたことを思い出し、ハルは顔をしかめた。

「どうもなってない、ってわけでもねえけどな」
「シゴトだ」
「つれねえなァ、相変わらず」

 やれやれと言いたげに和臣は煙草を灰皿に押し付ける。
「ま、適当にイタリアンでも食うか」
「焼肉がイイ」
「判った判った。荷物置いて来い」

 リビングを出て玄関に近い部屋へ向かう。以前、ここで暮らしていた時にハルが使っていた部屋だった。元々ゲストルームらしく、家具らしい家具は最近使った形跡のないシングルのベッドが一つだけ。風通しに半分開けた作り付けのクローゼットの中には何も掛かっていない。
 
 明かりも点けずに、ベッドの上にスポーツバッグを無造作に投げ出す。─── その拍子にダウンジャケットのポケットに入っていた携帯電話が揺れた。
「……」

 ポケットに目をやり、そっと手を差し入れ、取り出す。
 壊れ物を扱う慎重さでゆっくりと開いた。
 真っ暗な液晶画面。

 ハルは電源を切っていた。
(……柚月さん)
 柚月と一緒に選び、柚月が買ってくれたケータイだった。─── どうしても、置いて来れなかった。
 画面の汚れをTシャツの袖で丁寧に拭う。綺麗になるとハルは口元を綻ばせた。

「─── ダレに買ってもらったんだよ」
 不意に掛けられた声に驚いて振り向く。
 和臣が開け放たれたドアに凭れていた。腕を組んだその姿を廊下からの明かりが照らす。

「ケータイ。前、持ってなかったろ」
「……自分で買ったんだよ」
 ハルは携帯を閉じ、ダウンジャケットのポケットに突っ込んだ。

 つんと顎を反らし、部屋を出ようとドアに凭れる和臣の前を通る。─── 途端に腕を掴まれ、引き寄せられた。
「……何すんだよ」

「なんかお前変だぞ。三ヶ月前と違う。─── 何があった?」
「なんもねーよ」
 ハルは目を逸らして和臣の手を振り解く。その大きな手も、Yシャツの下の体温も、漂う煙草の匂いも、柚月と違うというだけで何もかもが厭わしかった。
 
 ハルの様子が以前と違うことに気づいた和臣は、玄関で靴を履く彼を見下ろした。
「ヤらせる気あんのか? ねェんなら」
「ある!」
 ないならないと言え、一晩ぐらい泊めてやる、と言おうとした和臣は、ハルの速攻の切り返しに口を噤まざるを得ない。

 ハルは和臣を真っすぐに見上げた。
「……あるよ。心配すんなって。オレだって金欲しいんだからさ」
 
 ─── 好きでもない奴に簡単にやらせるな、と柚月さんは言った。
 
 オレがこんなこと言ってんの知ったら、あのひときっとびっくりして、……いや、「やっぱり」って軽蔑して、そんで。
(もう絶対口もきいてもらえない)

 二度と会わないつもりで柚月の家を出てきたのに、無意識の内に彼に会った時のことを考えてしまう。
(……柚月さんなんてカンケーない。どう思われようと)
 ハルは和臣に営業スマイルを向けた。

「稼がせてもらうから。高いの、知ってんだろ」
「……当たり前だ。自分を高く売れって教えてやったの、誰だと思ってる」
「あんた」

 にこにことハルは笑う。
 素直でないハルの「なにもない」という言葉と笑みを額面どおりに受け取るほど付き合いは浅くない。和臣は目を細めた。

「とりあえずさー、メシ行こ。腹減ってたらエッチも出来ねーよ」
「……」
 玄関ドアを開けるハルの背中をじっと見つめ、和臣はコートに袖を通した。

     

  

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番外編6更新。

 

 番外編6更新しました。( ^ω^ )

 本編の更新は金曜、番外編は月曜、と八月は勝手に決めているのですが、(でないとずるずると遅れるil||li _| ̄|○ il||li)たまたま小学校の入学式が番外編の更新日に当たってしまいました。

 そう、今日、一番下の子が1年生になったのです。キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 おおう、これで子供全員小学生か、授業参観かけもちだな!!45分を三等分して行ったり来たり、……楽しそう~。ダレが何組か判んなくなりそうです。

 こんなハレの日にダークな番外編更新ですが、宜しくお願いします。m(_ _)m

  

   

ヘヴンズブルー:14

 

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

  

 第14話

 

          
 ─── ナオが目を覚ました時、ベッドの隣は空だった。
 分厚いカーテンの隙間から陽が射し込んでいる。ナイトテーブルの時計は午前十時を指していた。

 起き上がろうとして痛みが走り、脇腹を押さえる。肩もズキズキと痛み出した。
 しばらくじっとしていると少し楽になる。昨日よりましとは言え、急に動くのは無理なようだ。

 ナオはそろそろと起き上がり、部屋を出る。廊下を抜けてリビングに入るとダイニングで新聞を読んでいる和臣の姿が見えた。もうスーツを着て身支度を終えている。
 
 ナオに気づいて顔を上げた。
「起きたのか。まだ寝ててもいいんだぞ」
 バサバサと新聞を畳む。その横のテーブルの上ではコーヒーカップが湯気を立てていた。

「……」
 和臣のさまになるスーツ姿と比べて、自分がひどくみっともなく思えた。和臣から借りたかなり大きめのパジャマも、唇の絆創膏も、身体中のケガもナオを情けない気持ちにさせるには充分だった。

 朝の光に満たされた、シンプルで洗練されたマンションの室内。一分の隙もないブランドスーツでコーヒーを飲みながら新聞を読む和臣と、ぶかぶかのパジャマで顔にバンソーコーなんか貼ってぼーっと突っ立っている自分とではお話しならないほど釣り合わない。

 ナオは赤くなって俯いた。
「き……着替えてきます」
 その着替えとて安物のジーンズとレイヤードの長袖Tシャツだが、今の格好よりましだろうと浴室に向かう。

「服ならこっちだ」
 和臣の声に振り返りその視線を辿ると、ソファーの上に昨日着ていたナオの服が綺麗に畳まれて置いてあった。
 
「汚れ、なかなか落ちなくてな……」
 ジーンズが少し白く汚れていた。ナオは気にせず、その場でパジャマを脱ぎ出す。
 和臣は新聞紙をストックボックスに入れる振りをして立ち上がり、ナオが着替える様子から目を逸らした。 

「……あの、コートは」
 小さな声で訊かれ、何の気なしに振り向く。
「ああ、玄関の………」

 ナオはジーンズを身に着けたところだった。上半身は何も着ておらず、肩と脇腹のガーゼが和臣の目に焼き付く。
 白く華奢な身体に貼り付けられたガーゼは痛々しく、だからこそ、引っぺがして青くなっているであろう痣を見てみたい、触って痛がらせたいという嗜虐心が煽られた。
  
 昨日ろくに寝てないせいだ、くそ、と生殺しの憂き目を見た和臣は慌ててナオに背を向ける。
「……コートハンガーに掛けてある。でもずいぶん汚れてたぞ。新しいの、買ってやろうか」

 プレゼントなどというつもりはなかった。ナオは一度も物をねだった事がない。汚れたコートの代わりに新しいコートを買ってやるぐらい造作もないことだ。
 しかし、ナオは ── 背を向けている和臣には見えなかったが ── 頭を横に振った。

「いえ! とんでもない、……汚れててもいいんです。安物だし」
「……」
 和臣はナオの他人行儀な物言いに片眉を上げる。昨日のことで気が引けているのだろうか。
 
 少しだけ後ろを見てナオが着替え終わったのを確認してから、改めて振り返る。ナオは和臣のそんな様子に気づいた風もなく、所在なさげに俯いていた。

(……ちっとも笑わない)
 いつもにこにこと笑っていたナオから笑顔が消えていた。昨日、あんな事があったのだし、まだ怪我も痛むだろう。笑えと言う方が無理かもしれない。

 それでも、ナオの笑顔が見たかった。
「……今日の夜、空いてるか?」
「え……」
「なんか旨いもんでも食いに行こう。俺の奢りだ。『比さ乃』でいいか?」

 駅前の大通りからは少し外れた閑静な住宅地に店を構えるその料亭は、訪う客を選ぶ事で有名だった。いわゆる代議士(センセイ)と呼ばれる人間の接待や密談に使われる事が多く、当然一見お断りの老舗である。

 元大物政治家の父が贔屓にしていて、和臣も馴染みの上客である事に違いはないがそれでも敷居は高い。
 わざわざそんな店にナオを誘ったのは、美味い料理でナオを喜ばせてやりたかったのと、顔の怪我を慮ったからだった。

(あの店なら個室だからじろじろ見られたりしないし、女将も給仕も噂話でさえしないからな)
 贔屓筋が筋だけに従業員の教育が行き届いているのが最大の長所だった。

 しかし ───。
 和臣の気遣いは返ってナオを気後れさせた。
「あ……あの、僕……」
 そんな高級料亭に自分は場違いだ、と言いたくて言えない。

 口ごもっていると和臣の眉間に皺が寄った。
「……先約があるのか?」
 ナオの常連客が何人か、和臣の脳裏に浮かぶ。ますます不機嫌になり眉間の皺が増えた。

 和臣の表情にナオは首を横に振る。
「先約なんてない、けど……」
「じゃ、いいな。七時に『比さ乃』だ」

 和臣は強引に決めた。先約があるんじゃないかという嫉妬に駆られ、ナオの困った表情に気が付かない。
「……」
 ナオは仕方なく、頷いた。

   

    

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きみの手を引いて:15

  

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 第十五話

 

 

 十二月も半ばを過ぎ、街には赤と緑の配色が目立ち始めた。至る所でツリーが飾られ、ショップでは定番のクリスマスソングが流れ出す。 

 その日、ハルはアルバイトが休みだった。ロフトの片付けをしていたところへ、玄関のチャイムが鳴ったので慌てて降りる。
「はい」
 何度も鳴るインターフォンに出ると、女の固いつっけんどんな声が聞こえた。

「……峰岸 あやです」
 ドアを開けてハルは驚く。
 あやは唇を引き結んでハルを睨みつけたのだ。

「……あやさん。あのう、柚月さんはまだ帰ってないんですけど」
 睨み付けられる覚えのないハルは戸惑う。
「判ってるわ、大学院にいたもの。……あなたに話があるのよ」

「オレ、ですか……?」
「上がってもいいわね。ここで話すことじゃないと思うの、あなたの為にも」
 あやは強引に部屋に上がりこんだ。コートを着たままソファーに浅く腰掛ける。
 
 ハルはキッチンに立ち、コーヒーが入っているサーバーを火に掛けた。
「何もいらないわ。そこに座って。話があるって言ったでしょう」
「はあ……」
 初めて会った時とは打って変わったあやの冷たい声に困惑しつつ、火を消し、L字のソファーの短い方へ座る。
 
「……ヘヴンズブルー」
 あやは前置きなく切り出した。
「あなたはヘヴンズブルーで何をしていたの」

「……あやさん」
 あやの目は真っすぐハルを射抜く。「悪いもの」を排除し、断罪する、瞳。
 徐々にハルは表情を強張らせ、俯いた。

「売春してたのね?」
「───」
 直截的なあやの言葉にハルは声を失う。膝の上で両手をぎゅっと握り締めた。 

 あやは声を上擦らせた。
「それとも現在進行形かしら。要ちゃんをカモにしてるってわけ」
「違います!」
 思わず顔を上げて大きな声を出してしまう。あやの視線とぶつかり、うろたえながら俯く。

 声を落とし、それでも否定した。
「……違います。柚月さんとは何もありません」
「たぶらかしたくせに」
「そんなことしてませんっ……オレはただの居候です……」

 あやは品定めをするようにハルを眺めた。─── 本当にまだ「ただの居候」なのだろうか。柚月はハルが好きだと肯定した。

「……あのひと、あなたに言い寄ったでしょう?」
「あのひとって? 柚月さんが? オレに? まさか。ありえない」

 あやのことで柚月と気まずくなり、最近になってやっと普通に会話が出来るようになったばかりだった。言い寄るどころか、柚月の態度は今もってぎこちない。
 
「……本当にただの居候なのね」
「はい」
「でも売春はしてた」
「……」

 俯いたまま、肯定も出来ずにハルは小さく声を発した。
「どうして……知って……?」
「友達がたまたまそのヘヴンであなたを見たらしいわ。……すごく目立ってたって。彼女、あなたのそのキレーな顔見たくて何回か通ったけど、あなたの周りにはいつも、」

 あやは口を噤んだ。察したハルはうな垂れる。
「……それであなたの『仕事』が判って諦めた。ところが、今度は昼日中あなたが男と歩いてるのを見かけた……要ちゃんと、あなたが。彼女びっくりしてあたしに訊いて来たわよ、柚月 要ってソッチのひとなの、って」

 居たたまれず、ハルはロフトに逃げ込みたくなった。
 柚月と夕飯の買い物に行った時だろうか。それとも柚月がヴィンテージに来て一緒に帰った時だろうか。何にしろ、ふたりで出歩くべきではなかった。

 こんな風に噂になるのは当然のことだったのに。

「要ちゃんはあたしと付き合ってる、って言っといたわ。……あなたと一緒にいたなんて見間違いだって」
「……その人だけですか。オレのこと、知ってるの」
「今はね。……けど、もしあなたと要ちゃんが一緒に暮らしてるって知られたら、あたしがどんなに庇っても、無理。………」

 じっとあやはハルを見つめる。自分の言葉の意味がハルに浸透するのを待ってから、改めて口を開いた。
「あたしの言いたいこと、判るでしょう」

 この子は聡い子だ。この間、気を利かせようとした事だけでも判る。─── 必ず、汲み取る。

 うな垂れたままのハルの肩が揺れた。
「── 判りました。出て行きます」

 あやはほっとして息を吐いた。柚月の心とこの部屋に入り込んだ『ハル』を追い出したかったが、面と向かって「出て行け」と言うのはさすがに気が咎める。自分から言い出してくれればそれに越した事はない。

 ハルはスポーツバッグを取り出してくるとダイニングテーブルに置いた。ヴィンテージの制服を持ち帰り、洗濯する為に柚月に貰ったものだった。今はそれに私物を入れていく。
 Tシャツやジーンズ、パーカー、雑誌や漫画がほんの少し。
 すぐに出て行ける。
 
「……ずいぶんあっさりしてるのね」
 ソファーから立ち上がり、そのままハルの様子を見ていたあやはぽつりと呟く。─── なんだか拍子抜けする。柚月と一緒に暮らすという特権を失っても淡々としているハルの気が知れない。

「ねえ、……あたしを嫌な女だと思ってるんでしょう」
「思いません。あやさんは、柚月さんのことが好きで大事に思っていて、だからオレみたいな奴にそばにいて欲しくない……当然のことです」

 柚月さんの彼女って言ってくれて助かりました、とハルは微笑む。

「本当に何もないけど、ヘンな噂立ったら、柚月さん、困るもんね。……オレねー、柚月さんに嫌われてんです。あのひと、お人好しだからオレのこと置いてくれてるけど、もう嫌ってんの丸判り。だからそろそろ出て行こうと思ってたところなんです」
 
 明るい口調で言うハルにあやは眉根を寄せた。
「それ、嫌味? 誰が誰を嫌ってるって?」
「柚月さんが、オレを、です」
「……」

 フザケているのだろうか。それとも本気?─── だとしたらハルは柚月の気持ちを知らないということになる。
「─── あなたは?」
「え?」
 
「……要ちゃんはあなたを嫌ってるんでしょう。だったらあなたは?」 
 あやの胸の奥がずきんと痛む。今、ハルが柚月の気持ちを知れば出て行くのを止めるかもしれない。それだけは嫌だ。絶対、嫌だ。
 だから、痛くても言わない。

「オレー?……柚月さんはいいひとですよ。でもそれだけ」
「す……好きなんじゃ、ないの」
「好きって恋愛で? まさか。そうゆうイミなら好きじゃないです。ただの家主とただの居候」

 何のてらいもなく言うハルにあやは少しだけ安堵した。柚月の想いは一方通行だ。
 ハルを出てゆけがしにした罪悪感が薄れる。

「……帰るわ」
 それでも苦いものが胸に残り、ハルから目を背けた。
「あっ、はい。……オレもすぐ出ます」
「今? すぐに?……」

「ええ。……柚月さんにカオ会わせらんないから。ほんとに何もないのに柚月さんに迷惑かけて、……他の人にヘンに思われて」
 オレはほんとのことだからイイけどー、とハルは寂しそうに笑う。

「……行く当てあるの、」
「泊まるとこぐらいどうにでもなります。……オレのシゴト、知ってるでしょ?」
 ふっとハルの雰囲気が変わった。あどけなさを残すぱっちりとした目を僅かにすがめ、口角を上げる。首をほんの少し傾げ、どうしようもなく色っぽい表情をあやに向けた。

 あやは真っ赤になり、ばたばたとパーテーションの向こう側に逃げ込む。
 ブーツを履くのももどかしく、柚月の部屋を出た。

「……冗談なのにな」
 一人残されたハルはくすくすと笑う。
 そして二度と訪れる事のないこの部屋を、見渡した。

  

  

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きみの手を引いて:番外編6

   

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 第6話

 

  
 うつぶせにされたオレは膝をついて腰を上げさせられていた。顔を埋めた枕のおかげで声が半分くらい消える。
 体勢を変えるとき臣がアレを抜いた。おかしなことに挿れられてる時より、痛い。

 ……これ、終わったあと、すげー痛いんじゃね……?
 ちらっとそんなこと考えてたら、臣が入ってきた。痛みと異物感に声が上擦る。
「んっ、……す、少しは遠慮しろよ、まだ二回目なんだぞ……っ」

「二回目でイけたら上等だよ。入ってる方が痛くねーだろ」
 ちきしょう、その通りだ。臣のモノでいっぱいにされたそこは、さっき抜かれた時より痛くない。
「っあ、あっあっ、ん、……んん」

 痛くないどころか、イイ場所を狙われてよがってしまう。枕に口を押し当て声を封じる。
 背中にぬるりとした感触。臣が、舐めたのだ。唇を背骨に沿って這わされ、肩甲骨に軽く歯を立てられる。
 
「ああ……っん……やあ……」
 オレは泣くような声を上げていた。笑いを含ませ、臣は囁く。
「ここも性感帯?……ほんとにエロいな」

 シーツを掴んで、頭を横に振る。オレはエロくない。そんなこと、するからこんな声が出るんだ……!

 強がっても、泣きそうで。また勃ってしまったモノを臣の手が擦り上げて。
 オレの中を、臣が出たり入ったりしていて。
 もうワケが判らなくて、涙が出てくる。
「……はっ……は……っあ……あ……ん……っ」

「……腰、動いてんぞ、お前」
「ちが……これは、……勝手に……んっ……ん……っ」
 オレの意思じゃない。身体が勝手に中の気持ちいいところに臣のアレを擦りつけようとしているだけだ。
 
 止めようとしても身体はその快楽を求めて止まない。臣の手の中にあるモノの先端から、透明な滴が溢れてきて、臣の手を汚しながらやらしい音を立てている。
「すげーエロい……」

 臣の声が掠れる。焦らすように腰を動かしていた臣は、その動きを急に激しくした。
「ああああ……っ!」
 声が。枕に口を押し付けても防ぎきれない。ぽろぽろと涙がこぼれる。
 三回目、オレがイってしまったのとほぼ同時に臣は引き抜いて、オレの背中に放った。
 
 息を荒げてベッドに突っ伏す。ヤバイ、シーツが、と頭の隅で考えたが、とても動けない。
 臣はオレの背中を丁寧に拭ってくれた。
「なんで……外で……」

「中出ししても良かったか?」
「……気ィ使ってくれてありがとうゴザイマス……」

 イヤミな口調になるのは仕方ないと思う。あれだけプライドもへったくれもないようなカッコさせられて、AVもかくや、って声上げさせられて、最後は紳士的ってありえない。いや、中出しされると後大変だから助かったけど。

 ぐったりとして動けないオレの代わりにシーツを拭いた臣は、ドアを開け放したまま寝室を出て行く。
 五日ばかりまともに寝てなかった上に、さんざん喘がされて疲れがピークに達したオレは、シャワーの水音を聞きながら目を閉じた。

 眠い……疲れた……も、カンベン……。
 意識が、暗闇に飲み込まれた。

  

   

   

「おい起きろ」
 容赦のない声と共に肩を揺さぶられ、目を開けた。ダレだっけ……あ、臣だ。 
「な……に?」 
 どれぐらい寝てたのか ── 気絶、してたのか判らない。部屋は真っ暗だから朝じゃない。多分ほんの三十分くらいか、まだすげー眠い。

「どけ、シーツ代える。シャワー浴びて来い」
「……はーい」
 シャワーを浴びてさっぱりとした臣はバスローブ姿でオレに言いつけた。ちょっとムカついたけど、確かに風呂に入りたい。

 ヒドい有り様だった。汗だかローションだかなんだかで(詳しく言いたくないモノで)ベタベタするし、へんな臭いもする。
 しかめっ面で身体を動かそうとして、気付いた。

「……痛い」
「あ?」

 「痛てー。すっげ痛てー。マジで、……」
 言いながらもベッドを下りる。身体を支えようとして、ふらついた。
 足ががくがくする。一歩踏みしめようとして、ぺたんと横座りになった。

「なにやってんだ」
「足が立たねーんだよっ!」
 ケツは痛いわ、足に力入んないわ、サイアクだよ!

「しょうがねえな。ほら」
 臣はオレの脇の下に腕を入れて立たせる。バスローブの臣の首に腕を回して、しがみ付くようなカッコで裸のまんま、オレはゆっくり歩き出した。
 一歩、歩くごとにひりつくような痛みが走る。
 
「あんたが悪いんだ、めちゃくちゃするから」
「はいはい」
「手加減しろよ、少しはさー。遠慮とかって知らねーの」
「遠慮して気持ちイイとこ弄らないほうが良かったか?」
「……そういうこと言ってないじゃんか」

 痛いばっかよりは気持ちイイ方がいいに決まってる。臣の当てこすりにオレはちょっと顔を赤くして背けた。

 浴室まで歩いてる内に、足に力が入るようになってきた。
「も、いい。歩ける」
 臣の首から腕を外し、オレの身体を支えていた力強い腕を叩いて引っぺがした。
「可愛げのないヤツだな。連れてきてやったんだからお礼のチュウぐらいしてみろ」
「イヤだ。あんたのせいだろ。……痛ってー」

 ぶつぶつ言いながら臣を閉め出し、シャワーを浴びて汚れを落とす。
 痛む身体を宥めながら浴槽に浸かっていると、だんだん楽になってきた。
 いっかいめの時よりラクだな、あんときは死ぬかと思ったもんなと、埒もない事を考える。

 ……まあ、あのオヤジが結構巧かった、ってのもあるけどー。
 自分の乱れようを思い出して、ひとりで赤くなる。
 頭をぶんぶん振ってそれを追い出した。

   

   

    

 臣が貸してくれたスウェットを身に着けて、清潔なシーツの上に横になる。
「なあ、あんたなんでオレが初めてじゃないって判ったの?」
 その時は痛くてそんなのどうでも良かったけど、結構引っかかってた。

「指突っ込んだら判んの? そーいうもんなの?」
「この部屋に連れ込んだとき、お前すげー怯えてたろ。顔引きつってた」
 ベッドの向こう側に膝を組んで腰掛けた臣は、新しい煙草の封を切りながら言った。フィルムテープを足元のゴミ箱に放る。

「オンナじゃないって。ありゃ逆効果だ。そういう目にあったことあるな、コイツって丸判り。ベッドに転がされてもぼけっとしてる方が返って手え出し辛いってもんだ」
「へえ、……」
 なんだ。最初っからオレの出方がマズかったのか。
 でも待てよ、ベッドに転がされてぼけっとしてたら。

「手え出し辛いってだけで、出さない、わけじゃねーよな」
「まあ、出すな」
「結局ヤられんじゃん!」

 どっちにしてもピザに釣られたオレがバカだった。
 あーあ、と下半身の違和感にため息をつく。明日起きれんのかな。動くとなんか痛てーし、身体全体が熱っぽい。

「あんたさー、いつもあんなしつこいの? カラダもたねーよ」
 契約破棄しよーかな、と煙草を咥えて火を点ける臣に言ってみる。

「破棄するか? 今すぐ出てけ」
「……そーの言い方。冷てーなっ。ヤったばっかとは思えねー」
 臣はオレを甘やかす気は一切ないらしい。オレもそのほうが都合がよかった。下手に気持ちがあったり、気遣われたりするほうが鬱陶しい。

 軽口叩きながらえっちするほうがよっぽど気が楽だ。オレは宣言した。
「契約続行。今度はもっと丁寧に扱えよな」
「じゃもうちょっとしおらしくしろよ。イイ、とか、許して、とか言ってみろ」
「なんであんたに許しを乞わなきゃなんないんだよっ、ふざけんな」

 くだらねー、とオレは臣に背を向けて布団を被った。
 程よくスプリングの利いたベッド。ふかふかの羽根布団。腹は空いてないし、これで身体がダルくなきゃサイコーなんだけどなー、惜しい、と思いながら目を瞑る。

「── 長谷川 瞠」
 オレはぱっと目を開けた。
「さっき桐嶋って言ってたよな。偽名使うなんざ大したもんだ。自分で考えたのか?」

「ち……な……っ」
 違う、何で、と言いかけて起き上がりながら、臣を振り向く。── その手に保険証。オレの。

「返せよっ!」
 臣に飛びかかり奪おうとしたけど、頑丈な腕に阻まれる。返り討ちにあってベッドに突き転がされた。
「白状しろよ。長谷川って奴にレイプされたんだろ。お前の苗字も長谷川、……偶然、じゃねーよな」

 ひらひらとオレの保険証を振る臣に噛みついた。
「レイプじゃないっ、長谷川さんはそんなことしない!」
「お前の意思無視して無理やり突っ込んだらレイプだろーが。なに庇ってんだ、お前。バカか?」

 オレはぽかんと口を開けて臣を凝視した。
「──……」

 なんだか、目の前の霧がすうっと晴れていくような感じがした。ぼんやりしていた何かの姿がはっきり見えたような。
 けど、オレはそれが怖くて ── 混乱した。

「……違う……だって……長谷川さんは、優しいんだ……上品で……怒ったりしない、オレの……おとうさん……本当の父親じゃないけど、でも、……オレのお父さんになってくれるって……」
「血が繋がってない、ってわけだ。お前のお袋と再婚?」
 
 無意識に頭を横に振る。
「……母さんは小学生の時、死んだ。病気で。それから施設にいて……長谷川さんも施設の出で……高校、行かせてあげるって。そんで養子になった……。長谷川さんのコドモになった……」

 オレなに言ってんだろ。会ったばっかで、えっちはしたけど、名前もよく判んない男になんでこんなこと話してんだろ。
 でも。

 長谷川さんがオレにしたことはレイプなのだ、と臣に決め付けられて、腑に落ちたような気がしていたのは事実だった。

  

   

     

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ユニークアクセスが……

  

 小説家になろうサイト様にて「きみの」のユニークアクセスが1万を超えました。とても嬉しいです。キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 ほんとは今日ではなく二日前に超えたのですが、四十二話の更新にテンパっていて、「ひとりごと」に書くのを忘れてしまったのです。その日にこの嬉しさを書きたかったな……。(何のためのブログなんだか……┐(´-`)┌)

 PVも4万近くて、初めて他人様に自分の書いたものを晒したのに、こんなに読んで頂いてすごく嬉しいです。ボキャブラリーが少なくて、言葉に表せないほど。(←仮にも小説を書いている人間が決して書いてはいけない一文)

 

 祝!と言えば、明日からハガレン始まりますねっ。楽しみです~。゚.+:。(・ω・)b゚.+:。

 マンガの方に「最終章(のようなもの)」とあって、マジっすか、寂しい……とヘコんだ八月でしたが、とりあえずアニメで盛り返しました。

 息子たちもアニメ見ないだろうか、そして兄弟愛に目覚めて欲しい……口ゲンカはウルサイし、戦いゴッコからマジゲンカになるし、うちはもう戦場です。

 戦いゴッコの最中にグーが顔面に入って、ちょっとグラついてた乳歯がボッキリ折れて血まみれ、とか、考えられないようことが二回もありましたよ。次男と三男です。

 「野郎共っ!ケンカなら廊下でやれっ!」と叫んだことはありませんか?八月はあります。

 これが子育ての苦労か~、生命力を吸い取られてるような気がする……いや、子供たちになら吸われてもイイけどさ……。

 とりあえず、ハガレン見るのを心の支えに生きていこう~。ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

  

   

  

ヘヴンズブルー:13

  

 R-15BL小説です。15歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第13話

  

           
「あ……あの、ね、僕、何でもするよ。何でも言うこと聞く。臣さんの言うとおりにする。……さっきいやだって言ったけど、牧さんと寝て稼いでこいって言うならそうする。あの……写真撮ってネットで売ってもいいよ。し……したかったらレイプしてもいい。臣さんの気の済むようにして下さい」

 腕の中にあるナオの柔らかい身体。Yシャツをぎゅっと掴み、震える華奢な指先。
 和臣の理性など無いも同然だった。
 ごく、と喉が鳴る。
(……ヤバ、い、……)

(何でもする、だと? 俺の言うこと何でも聞くって?)
(バカなに想像してんだ。やめろ、怪我人相手に)
(据え膳だぞ。幾ら寝たって俺のものにならなかったナオが好きにしてくれって言ってんだぞ。今なら俺のものに出来る。俺を好きになれって命令できる)

(ばかッそんなの本当に好きになるわけじゃない、好きな振りされるだけだ)
(フリでもいいじゃないか? さんざんヤラしいことして泣かせて好きだって言わせて他の奴好きになるの許さなくて、そしたらほらずっと俺のものだ。なんでそうしたらいけない?)

(……たった百万でナオを縛り付けるつもりか? そんなことをしてもナオは手に入らない。俺を好きにはならない)
(もったいない!)

 風前の灯火だった理性を見事松明ぐらいにまで復活させ、和臣はナオの身体を引き離した。
「……腹と……肩か? 怪我したとこ見せろ」
 もったいない、もったいないと頭の中でかかるエコーを無視する。

「……」
 必死の思いで和臣を誘惑し、それを断られたナオはしゅんと肩を落とす。言われるままバスローブの前を寛げた。

 左肩と左の脇腹、肋骨すれすれの部分が青黒く腫れている。顔の右側には擦ったような細かい傷。左端の唇が切れてやはり腫れていた。
 和臣は眉を顰めてひとつひとつ確かめる。

「肋骨はイってないみたいだけどな……ひでえな、商売道具に……あのくそッたれヤク中、マグロ船乗せて死んだ方がマシだって目に合わせてやる……」
 ぶつぶつ言いながら脇腹と肩にシップを張り、やっと見つけたテープで止める。さらに包帯を巻こうとする和臣をナオは「おおげさだよ」と止めた。
 
 和臣はらしくもなく眉尻を下げて情けない表情を作る。
「誰かの手当てをしてやるなんて初めてだから加減が判らない。………顔、殴られたんだろう? 口の中切れてないか」

「あ、……ちょっと切れた。もう平気、です」
 顔を上げさせ、切れた唇の端に絆創膏を貼った。苦痛に瞑った目が平気でない事を物語る。
 和臣は苦々しく呟いた。

「金なんか素直にくれてやりゃ良かったんだ。そうすればお前が怪我する事なかった。……こんな」
 大きなシップが貼られたナオの細い身体は痛々しかった。和臣は抱きしめようと手を伸ばしかけ、やめる。

 抱きしめればナオは何をされるか判らない、と怯えるだろう。それでも抵抗せず、和臣の腕の中で身体を硬くするナオは見ていられない。

 和臣はナオから目を逸らし、バスローブの前を合わせた。
 手早く救急箱を片付け、パジャマと下着、Tシャツを持ってきてナオに手渡す。目を合わせず背を向けた。

「ベッドに行ってそれに着替えて寝ろ。俺はここで寝るから、安心し……」
 くん、とYシャツの背中を引っ張られる。顔だけ振り向くとナオがじっと見上げていた。
「臣さんと一緒でなきゃいやだ」

「な、……」
「お願い。……臣さん」
 掠れるナオの声。Yシャツを掴む指に力がこもり、ナオが真剣さが伝わる。

 和臣はため息を吐いた。
「……判った。一緒にベッドで寝る。でも、絶対近づくなよ。さっきみたいに抱きついたら」

 和臣は言葉に詰まった。ベッドの中で抱きつかれたら、さっきでさえ風前の灯火だった理性がどうなるのか想像に難くない。
「……抱きついたら、俺は外で寝る。凍死されたくなかったらああいうことはするな。判ったか?」

「……」
 ナオは泣きそうな顔をして掴んでいたYシャツをゆるゆると放す。こくんと頷いた。
「……判った。もうしない、……」

 泣くのを堪えるような声で言うと、ナオはゆっくり立ち上がり和臣の寝室に入っていく。
 しおれた後ろ姿を見つめながら和臣はもう一度ため息を吐いた。

  

   

 広いベッドの端と端で和臣とナオは互いに背を向け横になっていた。

 充に取られたとはいえ、自分に百万もの大金を出した和臣と寝ないわけにはいかないと、ナオは思っていた。必死に和臣を誘い、なんとか許してもらおうとしたが和臣に「近づくな」と釘を刺され、今はひどく落ち込んでいる。

 一方、和臣は無論眠れるわけがなかった。言いなりになると言ったナオがすぐ側にいる。
 何であの時格好つけて引き離したりしたんだ畜生、百万分やらせろって言えば良かったと人間性を疑われるような考えが頭の中をぐるぐる回っていた。

 ナオはしくしくと痛む脇腹に手を当てた。その仕草が肩の痣に響き、「つッ」と声が漏れる。
 気づいた和臣は身体の向きを変え、ナオの背中を見つめた。

「……痛むのか」
「……ん、……平気です。ちょっと、辛いだけ、……臣さん、僕が邪魔で眠れない?……」
 邪魔じゃないから眠れないんだ、とツッコミたかったが思い止まる和臣。

「痛み止め服むか? 確か救急箱に入って」
「ううん。いらない。……そっち、向いてもいい?」
 出来ればそのままでいて欲しい、と和臣は心の底から思ったが、自分の意向を伺うナオの小さな声に負けた。

「……こっちを向くだけだぞ。絶対に近寄るな」
 ナオはゆっくりと身体ごと和臣に向き直る。
 柔らかな茶色の髪の毛が枕の上で揺れる。大きすぎる和臣のパジャマは倒錯的でひどく艶かしい印象をナオに添えた。

 実年齢より大分幼く見えるそばかすの散るその顔に絆創膏が目立つ。
 ナオは二、三度瞬きをして和臣を見つめた。
「─── もう誘ったりしないから安心してください」

(お前がベッドの中でそうしてるだけで充分誘ってるんだッ!)
 和臣は喚きたいのを堪えた。
「僕じゃその気にならないって判ってるし……あの、だからお金は必ず返します。せめて身体で少しでも返せたらなー、なんて甘いこと思ってたけどそんなわけいかないよね。……ハルみたいに臣さんの好みの美人だったら良かったんだけど、」

(身体で返すだと? ちきしょう身体で返してくれ。ヤらせろ。一発百万でチャラにしてやる)
 錯乱した気持ちが口まで出かかっている。抑止剤になったのはナオの唇の端の絆創膏とシップの匂いだった。

「……金は返さなくていいって言ったろう。あの金はお前のものだ。もう俺の金じゃない。早く寝てケガ治す事だけ考えろ」
(……すごい無理してるな、俺)
 自分の余りにも「イイひと」な言葉に和臣は心の中で自嘲した。

 ナオは和臣の心中など知らずぼんやりとしていたが、やがてその目を閉じる。
「臣さんて……本当に優しいね……尚更……返さなくちゃ……僕、必ず……」
 うわ言のような言葉の後、ナオは眠りに落ちた。

 

  

    

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きみの手を引いて:14

  

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 第十四話

 

 眺めていたアパートの情報誌を、ハルは乱暴にテーブルの上に置いた。
 どんなに古い物件も今の彼には高嶺の花だ。敷金礼金、保証人 ─── 身分証明は保険証があるもののそれだけで済むか判らない。

 伸びをひとつしてソファーに寄りかかる。
(……やっぱ、柚月さんに頼んでみようかな)
 保証人と最初にかかる費用 ─── バイトを掛け持ちして少しずつ返すと約束して。

(本当はここにいたいけど、……仕方ないよね)
 そもそもハルがこのアパートを出るべく、安い物件を検討しているのは、柚月に ─── 家主に避けられているからだった。

 熱を出して寝込んだ三日前から、彼の態度は一変した。
 明らかに自分から目を逸らしている。わざと見ないようにしている。
 会話もほとんどない。

(……完全に嫌われた)
 ハルはソファーの上で膝を抱え、顔を埋める。
 
 あやと二人きりにした事をひどく怒っていた。あんなに怒った柚月は ─── 熱のせいもあったろうが ─── 初めて見た。
(「俺とあやがくっつけばいいと思ってるんだろう!」)
 柚月の声が耳に蘇る。

(余計なことして……オレってほんとバカ……)
 落ち込み、後悔しながら、その後の柚月の寝室で起こった事も同時に思い出す。

 手の平から伝わる柚月の熱。ちくちくとしたその手触りは頬に無精髭が生えているせいだ。汗の匂い、「冷たいな」という柚月の言葉。ひっくり返りそうなほど大きな自分の心臓の音 ───。

 思い出すだけで顔が熱くなる。柚月に自分の気持ちがバレなかっただろうか。
(まさかバレて嫌われてたりして……)
 もしそうなら、尚更ここにはいられない。

 もう一度情報誌を手に取ったとき、玄関のドアが開く音がした。─── 柚月が帰って来たのだ。
 慌てて情報誌を背中に隠し、ソファーに深く座る。

「お……お帰りなさい」
「……ああ」

 なぜ隠したのか自分でも判らず、ハルは混乱した。そのことに柚月は全く気づかず、自分の部屋に入っていく。
「……」
 
 柚月のそっけなさがハルには辛かった。ろくに口もきいてもらえないのだ。
 背中の雑誌を取り出して、ぱらぱらとめくる。

 不意に柚月が部屋から出てきた。また、情報誌を背中に隠す。
「……なんだ?」
 その態度が返って不審を生んだらしい。柚月は訝しげな表情も露わに、ハルに近づいて来た。  
 
「何隠した」
「な……なんでもないよ」
 ハルは目の前に立つ柚月を恐る恐る上目遣いで見た。柚月は不機嫌そうに右手をハルに突き出す。

 無言で「見せろ」と要求する柚月に、仕方なくハルはその右手の上に情報誌を乗せた。
「……何だこれ。どうしてこんなもの」
「あのう、……もうそろそろ出てったほうがいいかなー、なんて。……いつまでも居候してたら迷惑だし、……」
 
 柚月は驚いたようにハルを見つめる。
 ハルは俯き視線をさまよわせた。
「そ……そうだ、柚月さんにお願いがあるんですけど、……あの、保証人になってもらえませんか……? もちろん迷惑かけないし、それからお金も、その……」

 徐々に小さくなるハルの声。
「か、……貸して欲しいんだけど……あの、ちゃんと返すから。ヴィンテージでバイトして、それだけじゃ足んないから他にもバイトして、働いて返します。借用書とかも書くし……あの、柚月さん……?」

 見上げると柚月は相槌ひとつ打たず、呆然とハルを見ている。
 やっぱり厚かましかったか、とハルは目を伏せた。
「……やっぱいいや。ごめん」
 
 居たたまれなくなりハルは立ち上がる。アパートの情報誌を返して欲しかったが、柚月は右手に持ったまま身体の脇にぶら下げていて、返す気配はない。
 ハルは諦めて柚月を避けるとロフトに向かう。

「待て」
 ばさっと何かが落ちる音。
 ─── ハルは柚月に腕を掴まれた。

 そのまま引き寄せられ、両腕を掴まれる。柚月の怒ったような顔にハルは身を竦ませた。目の端に落ちて広がった情報誌を捉える。
 
「出て行く必要なんかない。ここにいればいい」
 ハルは驚き、柚月をまじまじと見つめた。
 引き止められるとは思わなかった。早く出て行けと言われてもおかしくないとさえ思っていたのだ。

(あ、……もしかしたら)

「あのう、……保証人とかお金のことだったらもういいから。オレのこと、信用できないの当然だし……知り合いに、頼んで」

 その知り合いの顔が思い浮かぶ。
 ヘヴンズブルーのオーナーであり、一ヶ月ほど一緒にいたことのあるその男はハルの身体に見返りを求める、出来れば頼み事をしたくない相手だった。最後に会った時、店の前で煙草を吸っていた姿を思い出す。

『俺ん家のゲストルーム貸してやろうか。前と変わってないぞ』
(……ヤらせんの、やだな……)
 他の誰でも、柚月以外は。

 はっきりとそう思い、ハルは柚月から目を逸らした。

「そういうことじゃない」
 もどかしげに柚月はハルを揺さぶる。ハルは反射的に顔を上げた。
「……そういうこと言ってるんじゃないんだ。お前が一人で暮らしたい、自立したいって言うなら保証人にだってなる、金も出してやる。……でも違うんだろう」
 
「……柚月さん」
「……俺の態度のせいだな? 悪かった。普通に接しようと思って……お前にうっとうしいと思われないようにしようとすると、ついそっけなくなって。……すまなかった。でも少し時間が欲しい。友達として見られるように努力するから、……ここにいてくれるか」

 ハルはこくん、と頷いた。
(ともだち)
 さっきまでの重く塞がれた気持ちが晴れていくのが判る。
  
(柚月さんに嫌われたわけじゃなかった。……ほんとは嫌われてんのかもしんないけど、でもここにいていいって。このままオレの気持ちバレなかったら、本当に友達になってくれるかも。……少し好きになってくれるかも)

(柚月さんのそばにいられる)
 
 柚月は念を押すように言った。
「ここにいていいんだからな。出て行かなくていい。……あ、悪い」
 ずっとハルの二の腕を掴んだままだったことに気づき、柚月は慌てて放した。
 
 掴まれていた部分が熱い。
「……オレ、コーヒー淹れる」
 ハルは頬を赤らめながらその場所をさすり、キッチンに逃げ込んだ。

 

  

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ヘヴンズブルー:12

 

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 第12話

 

             
 ナオが和臣の前に現れたのは11時半を過ぎた頃だった。
「─── な」
 一目見た和臣は絶句した。和臣の表情にナオは居たたまれなくなって俯く。

 酷い有様だった。
 小さな唇の端には殴られて紫色に切れた傷。癖のある茶色の柔らかい髪の毛にも、オリーブグリーンのダッフルコートにも白くコンクリートで擦った跡が付いている。
 目の縁に涙の滲みを見つけ、和臣はナオの肩を掴んだ。

「何があった、誰にこんな」
「痛ッ……」
 小さく悲鳴を上げ、身を捩るナオに戸惑い手を放す。肩を庇うナオの仕草に息を呑んで立ち尽くした。

「……ナオ……」
 声を上擦らせる和臣を見上げ、ナオは泣きそうに顔を歪めた。
「─── ごめんなさい」

「何で謝る? 判るように言え、ああやっぱり後でいい、─── 歩けるか」
 ナオに肩を貸し、リビングのソファーに座らせる。和臣は跪いてナオを見上げた。
「辛かったら横になっていいんだぞ。今、バンソーコー持ってくる」

 甘く優しい和臣の声にナオの涙腺が緩む。
「……臣さんの、百万取られちゃった……」
「え?」

 百万? なんだっけ? 一瞬本気でそう思い、ああ今日俺がナオに出した金か、と合点する。ナオに拒否され逃げられたことの方が和臣にとっては「大事」ですっかり忘れ去っていた。
 今にも溢れそうな涙を目に溜めたナオは跪いたままの和臣に頭を下げた。

「ごめんなさいっ……明日返そうと思ってたんです、僕にあんな大金出すはずないって判っ……判ってたから……」
 ぽつ、とナオの膝の上に涙が落ちる。

「……返してって頼んだんだけど、かっ……返してくれなくて、僕、何度も頼んで……っ僕のじゃなくて臣さんのだから返してって言っても全然、聞いてくれなくてっ……」
「落ち着け」
 和臣はそっとナオを抱きしめた。丸まったナオの背中をゆっくりと撫でさする。
 ナオは和臣の肩に涙を零した。

「ごめっ……ごめんなさい……っ臣さんのお金取り返せなくってごめんなさいっ……」
「泣くな。─── お前を泣かせたの誰だ。教えろ?」
  
 幼馴染みでドラッグ中毒の男の名をナオは小さな声で告げる。
 すうっと和臣は目を細めた。
「……尾けられて……僕がバカだったんだ、ヘヴンで揉めたんだからもっと気を付けなきゃいけなかったのに……レイプされそうになって暴れたら」

「ちょっと待てレイプされたのか?」
 ナオの身体を少し離しその顔をじっと見つめる。表情を強張らせ、瞬きもせず目を覗き込む和臣にナオは怯えた。

「さ……されてない、ごめんなさい……」
「何で謝るんだ」
 ほっとした和臣は眼差しを和らげる。
 ナオはおどおどと目を伏せた。

「て……抵抗しなかったら百万、あいつに見つからなかった、きっと……僕が大人しくしてたら、こんな、臣さんに迷惑……」
「レイプされてたらあいつソッコーコンクリ詰めにして海に沈めてやる。ジジイに頭下げて社会的に抹殺してやってもいい。どっちがいい?」
 
 優しい和臣の声がナオは怖かった。真っ青になり頭を横に振る。
 母を愛人にし、自分を溺愛する戸籍上では「祖父」の父親を和臣が苦手にしていると、ナオはぼんやりとだが知っていた。なるべくなら顔を合わせずやり過ごしたい、そんな父親に権力を使わせて欲しいと頼み、借りを作るのも辞さないということは ───。
 
 本当に、心底怒っているのだ。
 コンクリ詰めで海中遺棄も社会的抹殺も冗談ではない。
 
 ナオは震えそうな両手を膝の上で握り合わせた。
「……僕のこと、もう、……顔も見たくない……? 臣さんのお金取られて……取り返せなくて……あの、貯金あんまなくて……最近、常連のひととかにも飽きられちゃったみたいで……お金、なくて……」

 常連客が手を引いたのはナオがヘヴンのオーナーのお気に入りだという傍から見れば明らかな理由があったからだ。
 気が付かないのは当のナオぐらいで「売れ残る理由」を知っている和臣は目を泳がせた。

「すぐには百万、用意出来なくて……あの、僕、なんでもします」
 ナオが何を言わんとしているのか感づいた和臣は彼の冷えた手を両手で包み込んだ。
「あの金はお前にやったんだ。俺の金じゃない。返す必要は無い」

 ナオは頭を横に振った。 
「……シャワー借りるね、……」
「おい」
 困惑の声を上げる和臣。傷ついたナオを借金のカタに抱くような真似をするつもりはない。

 ナオは立ち上がりかけて脇腹を押さえ前屈みになる。苦痛に歪んだ表情に和臣は戸惑い、抱えるように細い身体に両腕を回した。

「腹、殴られたのか」
 痛みをやり過ごしながらナオは弱く首を振った。
「……け、られた……返してくれなくて、足にしがみ付いたら……」
 
「見せろ」
「やだっ……」
「やだじゃない!」

 無理やりにコートを脱がせTシャツを捲り上げる。─── 白く滑らかな腹の左寄り。青黒い痣が和臣の目を射る。
 限界だった。頭に血が昇り、思わず唸り声を上げる。

(クソ野郎殺してやる)
 充に対する殺意が固まったことなど知らず、ナオは慌ててTシャツの裾を下ろした。和臣の手をすり抜け浴室へ入って行く。

 憤懣やるかたない思いのまま和臣はヘヴンズブルーに電話を入れた。
「あ、牧田か? 悪いが救急箱持ってきてくれるか。そう、店に置いてある、……マンションだ。急いでくれ」

 牧田はすぐにやって来た。玄関先で救急箱を受け取りチップで一万円を渡す。断る牧田に無理に押し付けた。
「本当にいいですよ。……それより何かあったんですか?」
 ナオの靴をちらりと見て訊く。

「いや……ちょっと頼みがある。今日、ナオに絡んでた奴の事調べてくれないか」
「ありゃヤク中ですよ? オーナーが関わるような奴じゃない。ろくでもないクズです」
「辛辣だな」

 店での態度がよほど腹に据えかねていたのか、吐き捨てるような牧田の言葉に、和臣は怒りを忘れ、苦笑した。
「ヤク中なのは判ってる。マグロ船にでも乗せてやって日本に帰ってくる頃にはヤクとも手が切れてるだろうな、と思ってな」

「慈善行為ですか。ま、どうしてもって言われるんなら調べてみますけど、どうせ大した奴じゃないですよ。せいぜいがとこ、組の下っ端からヤクのバイ任されて吹き上がってるチンピラってところですかね」

「そりゃコッチじゃないのか」
 和臣は自分の頬に人差し指を当て、顎に向かってつッと引いた。

「違いますね。組員はそこら辺に突っ立って子供みたいな奴ら相手に商売しません。暴対法厳しいですから。そういう商売するのは杯貰ってない素人、自分もヤク中でのっぴきならなくなってる奴です」

「じゃ、よしんばマグロ船乗せられても」
「組がどうこう言って来るってことはないでしょうね。使い捨てですから。幾らでもいるんです。……ってオーナー、コッチなんて怖くないでしょう。お祖父さまがついてらっしゃる」
 雇い主と同じ仕草をし、にやっと笑みを浮かべる牧田。和臣は渋面を作った。

「もうとっくの昔に引退したよ。知ってるだろ。頭にヤのつく自由業の方々とは揉めたくない」
「未だ政界には結構な影響力誇ってるんでしょう。総裁選さえ御大の胸ひとつだってハナシですよ。仮にあのチンピラが杯貰ってたとしても、オーナーと事を構えるよか、切った方が組にしても無難です。潰されたくはないでしょうからねえ」

「物騒だな。潰す気はないぞ、」
「オーナーにその気がなくても、その気になるお方がいらっしゃるでしょう」
 牧田の携帯電話が鳴った。フロアマネージャーがいなくなり困った店かららしい。
 牧田は電話を耳に当てたまま「失礼します」と足早に立ち去った。

 救急箱を抱えた和臣がリビングに戻るとバスローブを着たナオが緊張した面持ちでソファーに座っていた。
 和臣に気づき、びくっと顔を上げる。

「……牧田さんは?」
「ああ、救急箱、持って来てくれって頼んだんだ。ここにはバンソーコーぐらいしかないからな。もう帰った。……お前のことは何も言ってないから安心しろ」
「そ……そう」

 あからさまにほっとするナオに和臣は疑いの目を向ける。
「……そんなに牧田に知られたくなかったのか?」
「あ……そうじゃなくて……牧田さんと寝なくちゃいけないのかなって……そういうつもりで呼んだのかなって思ってたから……」

 たどたどしくナオは続ける。
「あの……嫌だなって……あ、牧さんが嫌いってわけじゃなくて、いい人だけど……臣さんの目の前でお客取るの、いやだなって思って……」

「……怪我してんだから客取るのなんだの考えないで、横になってろ」
 和臣は救急箱をテーブルに置き、蓋を開ける。消毒薬とシップはすぐに出てきたがサージカルテープが見つからない。

 がさがさと救急箱を探る和臣の背中にナオは抱きついた。
 驚いて振り返る和臣。
 ナオはその胸に顔を埋めた。

「あ……あの、ね、僕なんでもするよ。なんでも言うこと聞く。臣さんの言うとおりにする、───」
 和臣のYシャツにしがみ付くナオの白い指が、細かく震えていた。

   

  

     

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きみの手を引いて:13

 

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 第十三話

  

                  
  ハルが部屋から出て行ってしまうと柚月は布団から顔を出し、ぼんやりと天井を見つめた。
(「……まさか、あの子のこと好きなの?」)
 疑いを孕んだ、否定して欲しくて堪らないあやの声が耳に蘇る。

 否定出来なかった。
 
 一時間前、この部屋で目を覚ました柚月は、ハルが出て行ったことを知った。─── 恐らく、あやのことを勘違いして。

 ハルを捜しに行く、とパジャマのまま家を飛び出そうとする柚月を必死に押し留めながら、あやは驚くべき鋭さで核心を突いた。

(「あの子のこと、好きなの?」)
(「……何で判った?」)
(「判るわよ! ハル、ハルって自分がどんだけ半狂乱か格好見て判んないの!?」)
 あやは無遠慮にパジャマ姿の柚月を右手の人差し指でびッと指した。

 それからその指を握りこみ、胸の前で左手で右手を包み込む。
(「……凍死覚悟で外に飛び出すほどあの子が好きなわけ?」)
 凍死を覚悟したわけではない、ただ熱で頭が朦朧として、それでもハルを連れ戻さなくてはとそれしか考えられなくて。

 正直にそう告げるとあやの目はみるみる吊り上った。
(「男の子じゃない!信じらんない、なんで好きになるの!? ……まさか寝たりなんて」)
(「そんなこと出来るかっ! あいつは俺とお前をくっつけようとしてるんだぞ! 許すはずないだろうっ」)

(「許すって……身体を?」)
 自分で言ってあやは絶句する。熱のせいで赤かった顔をさらに赤くする柚月を見て、あや自身は顔色を失った。
(「じゃ、じゃあもしあの子が許したら、寝るの?」)

 柚月は口を噤んだまま唸った。当然じゃないか?
(「……とにかく、お前はもう帰れ。お前がいたらあいつ帰って来ない」)
 出し抜けにあやは、すぐ側のダイニングテーブルに置いてあった小さな紙袋を引っ掴み、柚月に投げつけた。
 
(「なによう要ちゃんのばかッ! フラれちゃえ!!」)
 振られちゃえって、もう振られたも同然だと思うが……。
 足音も高く玄関を出て行ったあやの捨て台詞を思い出して、ため息を吐いた。

(そうだろう? ハル)
 天井を見つめて自分の額に手を当てる。
 
(……嫌がらせしてしまった)
 ハルの手の平を反芻する。
(冷たくて柔らかい手だったな。……指も細くて)

 無理やり頬に移動させた時、びくッとして手を引っ込めようとするのが判った。
(……セクハラだ。最悪……)
(嫌だって言えなくて、困って泣きそうな顔をしていた。……離して欲しくて)
 
(好きでもない奴の顔を触るように強制されたら、当たり前だ)
 風邪薬を買い忘れたと嘘を吐いて外に出たのは、うっとうしい自分をあやに押し付ける為。
 
  ハルの気持ちが自分にないのは明白だった。
(……元々、好かれてはいないと思ってたが)

 あの夜以来、ハルは柚月に近づいて来なくなった。親しげに口を利いていても見えない壁でもあるように、一定の距離からは近寄ってはこない。柚月のほうから近寄れば、さりげなく距離を空けようとする。

 さっきはハルの気持ちを確かめる最後のチャンスだった。もしも、嫌がらないでくれたら希望が持てる。
(結果はご覧のとおりってわけだ)
 
 柚月が半ば予想していた通り、ハルは無理やり掴まれた手を離して欲しくて涙を浮かべた。嫌だと言いたくて、けれど言えなくて我慢して、やっと離してやったら心底ほっとして。
 それでも表面上は良好な同居人の関係を壊したくなくて、何事もなかったかのように振る舞った。
 
(いっそ正面切って告白してやろうか)
 それこそ嫌がらせ以外の何ものでもないだろう。柚月はすぐに想像出来た。
 ハルは、嫌だとは言わない。言えない。

 同居人の機嫌を損ねて追い出されたら、行くところがないからだ。

 セクハラされても我慢していたのがいい証拠、きっとさっきのように驚いて泣きそうになって、─── それから慌てて笑顔を見せるだろう。
(『えっと、……オレも、柚月さんのこと好きだよ。……寝ても、イイよ』)

 嘘だ。頬を触らせただけで泣くほど嫌がっていたくせに。
 好きなのは俺だけ。
 ハルにしてみれば、ただ、ここにいたいから我慢するだけ ───。

(嘘なら要らない)
 柚月は寝返りを打ち、ドアに背を向けた。

 

  

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「きみの」四十二話更新。

 

 「きみの手を引いて」四十二話、小説家になろうサイト様にて更新しました

 子供たちの友達が遊びに来ていて、人口密度が高い中での更新となりました。Wiiを修理に出しているのでプレステ2で桃鉄をしています。小学生男子ばかりなので、非常に猛々しいです……お母さん(八月)のPCは気にしないでね?

 そしてもう一人、……旦那さんが。今日、お休みなのです。PC覘かないでっ……。

 マズい、バレる……。ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

   

       

拍手・コメントありがとうございます♪

 

 きみの本編とヘヴンは~なろうサイト様で掲載させて頂いてるので、拍手はもらえないだろうな、と思っていたのですが、毎日、拍手(コメントも)を頂けてとても嬉しいです。

 なるべく毎日1話ずつ移していこうと思っているので、よろしくお願いします。

                                       (=゚ω゚)ノ o(_ _)oペコッ

 心配していたエロい(……)番外編も拍手、コメント頂けてとても嬉しいです。

 確かにイヤらしいエロじゃないですね~。書いた当時、読み返して、半分コメディだな、これ、ヤってるのにコメディだよ、ハードコアコメディ……とPCの前で呟いたのを覚えています。┐(´д`)┌ヤレヤレ

 ぜひムーンに、という声に後押しされて、俄然ヤる気、じゃなくて、やる気が出てきました!でもやっぱり、完結をみてから全話一気投稿したいと思います。(*^.^*)頑張ります!

    

ヘヴンズブルー:11

  

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 第11話

 

          
 ナオがヘヴンから飛び出した後、逡巡している和臣を焚きつけたのはレイだった。

『ナオさん様子が変だった。オーナーが放っとくなら俺が追いかけますけど構いませんよね?』
 傍目には嫣然と笑みを浮かべながらヘヴンのオーナーを口説いているようにしか見えないだろうが、レイのその目は笑ってなどいない。

 明らかに恋敵に対する挑発だった。
 
 レイ、あいつあんなお上品なツラしてナオにマジで惚れてやがる。
(大体初めて会った時から気に食わなかった、ナオを見る目つきがただ事でなかった、俺を冷たーい目で観察してた)

 まるでナオに相応しいかどうか量るように。
(ナオは誰にもやらない。レイにもヤク中のくそガキにも、ナオが嫌だと言っても)
 
 軽いストーカーだな、と自覚しながら寒空の下へ走り出る。どこへ行ったのか、家に帰ったのならいいが……。
 和臣はナオのアパートを知らなかった。舌打ちをして辺りをまわるが見つからない。駅前の大通りを何度も行きつ戻りつしてから、ケータイにかければいいと思いつく。ナオに拒否され、和臣は自分で思う以上に動揺していた。

(ざまあねーな)
 一回りも年下にいいように鼻面引き回されてる、とため息を吐いて携帯電話を取り出す。しかもその一回りも年下は天然で全く自覚がないときた。始末に負えねえ。

 耳の中で何度もコール音が響く。
「……なんで出ない」
 どうしてだ。焦燥感が募る。

 和臣はいらいらと足を運び、狭い路地に入る。
 ヘヴンを出てから馴染みの客と会っているのだろうか。胸にちりっと焦げ付くものを感じ、和臣は一旦切った携帯電話のリダイヤルボタンを押した。

 コール音が途切れる。和臣は立ち止まった。
『……』
「ナオ」

 おかしい。電話の向こうに気配を感じるのに無言だ。
「……ナオ? どこにいる?……俺が悪かった、俺に買われるのが嫌ならもうそんなことしない、ただ」
 ただ店に来て顔を見せてくれたらそれだけでいい、と続けようとして躊躇う。

 本当にそれだけでいいのか? 他の客に、レイに笑いかけるナオを目の当たりにして平静を保てるのか?……無理だ。想像するだけで表情筋が引き攣る。

「……とにかくどこにいるんだ? 話がしたい、会いたい」
 和臣は言葉を詰まらせた。三十過ぎたいい大人の言うこっちゃない。咳払いで誤魔化した。

 沈黙。和臣も携帯電話の向こうのナオも押し黙る。
 互いの息遣いしか聞こえない。

『─── 臣さん』
 口を開いたのはナオの方だった。

「ああ」
 和臣は安堵の息を吐く。電話の向こうにいるのがナオでなく、他の誰かなのではないかと疑った。─── 他の、ナオが心を許し、携帯電話を預ける人間。杞憂だった。

「今、どこにいる? すぐに行くから待ってろ」
『だ……駄目、来なくていい』
 
 和臣は虚を突かれた。─── 来なくていい、だと?
「……顔も見たくないってか?」
『違う、僕も会いたい。……臣さんに会って話したいことがあるんだ』

 さっきの台詞は咳払いでは誤魔化せなかったらしい。言葉の綾だと弁解したかったが、ナオの様子がいつもと違う事に気付いて、和臣は口を噤んだ。

『でも今は駄目、会えない。……ちょっと、酷い、から』
 ナオは辛そうな ─── 痛みを堪えているような声音で続ける。
『こんなんで会ったら、臣さんびっくりしちゃう……へへ、助けてくれた臣さんに酷い事言ったからバチ当たった、ね』

「……どうしたんだ?」
 和臣の胸に不安の雲が広がってゆく。
『……平気。そんな心配そうな声出さないでよ……』

「心配させたくなかったら場所教えろ!」
 焦りから思わず和臣は怒鳴っていた。─── 一体なにがあった? ナオはどうしているんだ?
 あの時迷ってる暇などなかった、引き止めれば良かった……!

『……』
「頼むから教えてくれ」
『……』
「ナオ」

『……臣さんの、マンション』
「え?」
 ナオは根負けしたように息を吐きながら言った。

『臣さんのマンションに行くから。部屋で待ってて』
「迎えに行く」
『外、寒いから駄目。……お願い、最後だと思って僕のわがまま聞いて』

「最後?」
『……きっと臣さん、僕の顔も見たくなくなるよ。せっかく助けてやったのになんてバカだって。すっごく怒る……』

「……そんなこと」
 確かにひとの心はきっかけがあるにしろないにしろ、移ろって行くものだ。和臣も経験上よく知っている。
 けれど、それでも。
 ナオの顔を見たくなくなる、なんてことがあるか。

『部屋で待っててね。……百万の価値なんて全然ないけど、僕、ちゃんと』
 ぷつっと音がして携帯電話が切れた。
「……ナオ」
 和臣は足早にマンションへ向かう道を、ナオに繋がる道を辿った。

 

「……百万の価値なんてないけど、僕、ちゃんと仕事するから」
 通話が切れていた。ビルとビルの谷間で電波状況が悪いのだ。
 しゃがみ込んだナオは冷たいコンクリートの壁に凭れて空を見上げた。星などほとんど見えない。

 吐く息が白い。
「……臣さん」
 明日までは大丈夫だと思っていたのに。

(早かったな、バレるの。臣さんカンいいんだから)
 何も充に百万ひったくられた直後に電話してくることないのに、とナオは苦笑いを浮かべた。

(……ああでも、いかにもレイプされましたって格好で路上に座り込んでるとこ見つかるよりはまだ電話のがましか。こんなみっともないの、臣さんに見られたくない)

 自分で和臣のマンションに行き、詫びを入れることが出来ればまだ格好がつく。
 ……いくら謝ったところで許してくれないだろうけど。
 
 よろよろと立ち上がる。
 壁に手を付きながら、ナオはゆっくりと和臣のマンションを目指した。

 

    

     

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きみの手を引いて:12

 

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 第十二話

 

       
 柚月のアパートからほど近い公園のベンチにハルは座っていた。
 アルバイトを始める時に買った携帯電話を見ると六時。柚月の部屋を出てから二時間以上が経っていた。

 あれから行く当ても無く、コンビニやゲームセンターをぶらぶらとしていた。
 ヴィンテージに顔を出そうかと思ったが、早退した手前、それも出来ない。
 ましてヘヴンズブルーなど論外だった。柚月に知られたらどれだけ軽蔑されるか判らない。

 そこまで考えて自嘲の笑みを浮かべた。
(……あのひとにはあんな美人の彼女がいるのに)
 それでもこれ以上嫌われたくなかった。
 
(……柚月さん……)
 きっと、今頃はあやと仲良くしているに違いない。
(俺みたいのがいたら邪魔だもんね)

 柚月は喜んでくれただろうか。少しは自分の事を気に入ってくれただろうか。
 ここにいてもいいと思ってくれただろうか。 
 ハルは小さくため息を吐いた。

 辺りはすっかり日が暮れてしまっていた。それでも公園内には明かりが灯り、真っ暗という事はなかったが人影もなくかなり心細い。
(……帰りたいなあ)

 ダメダメ、と頭を横に振る。
(どっか、泊まれるとこ捜さなきゃ。……ネットカフェかな。あ、でもあんま金ないんだっけ……)

 柚月が出すと言ったダウンジャケットの代金をハルは自分で払っていた。アルバイトで得た初めての給料をはたき、財布の中にはもう小銭しかない。
 
 これが二ヶ月前なら間違いなくその手の男を ─── 自分をおかしな目で見る男を躊躇いなく引っ掛けるところだが、今のハルはそんな事を考えるのも嫌だった。

(……野宿って……寒いよな、どう考えても。てか、もうすでに今寒いし。コンビニ、はしごするか)
 ハラ減ったなー、と呟いて立ち上がる。
 
 その時、ハルの手の中で携帯電話が鳴り出した。
 ─── 柚月さん。
 表示を見て戸惑う。
(何で……?)

「─── 今どこにいる」
 携帯を耳に当てたとたん聞こえる、柚月の不機嫌な声。ハルはごくん、と息を呑んだ。
「どこって、……あのう」

 百メートルほど先のアパートの外廊下の明かりを見る。
「か、風邪薬、買うの忘れたからドラッグストアに……」
「薬はいらない。すぐに帰って来い」
 ぶっきらぼうな口調の後、ぷつりと切れてしまう。

 ハルは呆然と携帯電話を見つめた。
(……怒ってる?)
 わけが判らない。彼女と二人きりにしてあげたのに、帰って来いと怒られるなんて余りにも不当だ。
 
(あやさんとケンカしちゃったのかな。……それとも、オレがなんか気に食わないこと)
 考えても考えても柚月の気に障るようなことをした覚えはない。
 家主のお見舞いに美人の彼女が来たから、居候の自分は気を利かせて外へ出た。どこにも不都合なことなどない、むしろ喜ばれこそすれ怒られる謂れはないはずなのに。

 ハルは殊更のろのろと柚月のアパートへ向かう。
 恐る恐る鍵を外して中に入ると、─── 柚月が玄関先でパジャマのまま待ち構えていた。
「─── 二時間もどこのドラッグストアに行ってきたんだ?」
 
 腕を組み、仁王立ちになってハルを見下ろす。背の高い柚月が発する不機嫌のオーラにハルは身を竦ませた。
「ええと、あのう、……その、ちょっと気分が悪くなって休んでたんだ、公園で……」
 
 しどろもどろで答え、靴を脱ごうと足元を見る。あやの目立つロングブーツがないことに気づいた。
「……あやさんは?」
「とっくに帰った。そんなことはどうでもいい。お前に訊きたい事がある」
 
 いやどうでも良くないでしょ、と言いかけるハルの眼前に小さい紙袋が突き付けられる。
 ─── アルバイトの帰りに買った風邪薬が入っている紙袋。

「─── これはなんだ」
「あの、……それは……あ、そっかバイトの帰りに薬買ったんだった、忘れてた……」
 どう贔屓目に聞いても嘘だ。

 柚月はすっと目を眇めた。
「ほー。買ったばっかりでテーブルの上に置いてあっても忘れるのか。それは驚いた」
 柚月のいつになく皮肉な口調にハルはただ俯くしかない。

 不意に柚月はくるりと背を向けるとパーテーションの向こう側へ行ってしまう。
 ハルは慌てて後を追った。
「……あやさん、何で帰っちゃったの? なんか用事?」

「どうしてそんな事を訊くんだ」
 ソファーの背もたれに手を付いたまま、柚月はハルを見ようともしない。
「柚月さんと二人きりになれて嬉しそうだったから、……まさか帰っちゃうと思わなくて」
 
「俺がもう帰っていいと言った」
 ハルは驚いて目を瞠った。
「何でそんなこと。せっかく彼女がお見舞いに来てくれたのに」
 
「彼女じゃない」
 柚月はハルの言葉が終わるより早く、すぐさま否定した。

「彼女はいないって言ったろう。あいつは昔、家が隣同士だったんだ。両親が死んで家は維持できなくて手放した。ここに越してからも付き合いは変わらない、妹みたいなものだ。……今日だって見舞いに来てくれと頼んだわけじゃない、たまたまあいつから電話があって風邪引いたって言っただけだ。来るとは思わなかった」

 背中を向けたままの珍しく饒舌な柚月の口調は、言い訳じみている。
 ハルはそんな柚月に塞いだ気持ちが晴れていくのを感じた。
「……ああ、そうなんだ」
 それでも舞い上がる心を押さえつけ、何気なさを装う。

「でもあやさんは柚月さんのこと、好きなんでしょ? 一瞬オレのこと女の子と思って動揺してたもん。大丈夫、男でただの居候だって言っといたから。柚月さんは優しいから置いてくれてるって持ち上げたんだよー」
 
 柚月の肩がぴくりと揺れる。
 ハルは明るい笑顔を見せた。

「あんな美人、帰しちゃうなんてもったいないなー。一晩中でもそばにいてもらえば良かったのに。あっ、ひょっとして居候のこと気にした? ヘーキだよー、オレなんかどこでも。せっかく空気読んで二人きりにしたげたのに、これじゃ」

「─── そんなに俺とあやをくっつけたいのか!」

 怒りも露わに柚月は振り向いた。くしゃりと小さな紙袋が握り潰される。
「薬買いに行くって嘘まで吐いて二人きりにして満足か!? 俺があやとどうにかなればいいと思ったんだろう!」
 
 柚月の怒りに驚き、ハルは顔色を失った。
 おろおろと言い繕う。 
「だっ……だって、あやさん柚月さんの彼女だと思って……だから、ふ、二人きりの方がいいと思って。オレがいたら邪魔だから、……」

 ただ。柚月に気に入られたかっただけなのに。
 邪魔だと思われたくなかっただけなのに。
 
 柚月はきつくハルを睨み、吐き捨てるように言った。
「生憎だったな、あやはただの幼馴染みだ。恋人になる予定はない。─── 俺が鬱陶しいからって他の奴に無理やり押し付けるような真似をすることないだろう……!」

 歯軋りをし、柚月は手の中の潰れた紙袋を見やる。
「判ってる。お前にしてみれば、しょっちゅう物欲しそうに見られて嫌気が差してたんだろう。……そこに都合良くあやが現れて、熱でわけが判らなくなってる俺とどうにかなればいいって、そういう、……そういう……」

 柚月の口調がおかしい。
「柚月さん……?」
 ふらふらと覚束ない足取りでハルの前を横切り、一言「寝る」と言って柚月は自分の部屋に入って行ってしまった。

 ハルはやっと気づいた。柚月はまだ、具合が悪かったのだ。
(……玄関で待ってたから良くなったのかと思ってた)
 多分ほとんど熱は下がっていなかったに違いない。それを押して、自分と話しに起きてくるとはよほど怒っていたのだろう。

 ハルは柚月の部屋へ入っていく。また怒られるかもしれないが、自分のせいで余計に具合が悪くなったとすれば放っては置けない。
 薄暗い中、寝乱れたベッドに近寄り、仰向けで目を瞑っている柚月を覗き込む。少し汗の匂いがした。

「……まだ熱あるんじゃん。病人のくせに起きてきたら治んないよ」
 ふてくされた、小さな声で詰る。
 柚月はうっすらと目を開け、ハルの綺麗な茶色の目が心配そうに自分を見つめているのを確認した。
 
「……お前が嘘吐いて俺とあやを二人きりにしたせいで、熱があるのを忘れた」
「……ごめんなさい。嘘吐いたのは謝ります。でもさ、オレ」
「熱が、上がってきたみたいだ」
 ハルの弁解を柚月は無理やり遮った。

「頭が痛い。熱、測ってくれないか。─── 手の平で」

 低く言う柚月にハルは驚いて身体を強張らせる。

 あの夜から一度もハルは柚月に触れていなかった。のみならず、近寄る事さえ滅多に無かった。
 軽口を叩きながらも柚月を不快にさせないように気を使っているのを、当の柚月も知っているはずなのに。

『さわるな』
 柚月の声が蘇り、ハルの胸を突き刺す。
 
「た、……体温計持って来るね、今」
 立ち上がろうとしたハルの左手首を柚月は強く掴んだ。上半身を起こしてハルを引き寄せる。

「ゆ……柚月さ……」
 
 ハルの手の平を、柚月は自分の額に押し当てた。
 熱っぽく少し汗ばんだ柚月の額を感じ、ハルの心臓の鼓動は跳ね上がる。
(あ……あ……どうしよう)

 手を、離して欲しかった。柚月に嫌われているのはよく判っている。
 ─── こんな事、柚月が望んでいる筈がない。
 
「……冷たいな」
 柚月はハルの手首を掴んだまま、自分の額から頬にかけて彼の手の平を移動させた。
 びくッと身体を竦ませ、手を引っ込めようとするハル。
 柚月はそれを許さず、目を瞑り、ハルの柔らかい手の平を頬で堪能する。

 ハルは混乱していた。
(どうしよう。どうしよう。……何でこんなことするんだろう)
(嫌われてるのに。オレのこと、嫌いなのに、なんでこんな)
 
 うっすらと涙が浮かんでくる。ハルはその事に驚き、初めて自分の気持ちを自覚した。
(オレ、……柚月さんのこと、好きなんだ……)

 嫌われていると知り、落ち込みもした。柚月に彼女がいる、と思い込んでショックも受けた。
 しかしそれが「なぜ」なのかまでは深く考えなかった。─── 考えるのを避けていた。
 初めて、強く思った。

(柚月さんが好きだ)
(どうしよう)
(嫌われてるのに)
(本当は触られたくないほど嫌われてるのに)

 目をぎゅっと瞑り、もう一度、今度は弱く手を引く。
 柚月は名残惜しげにハルの手を解放した。

「……熱、あったか」
「う……うん。まだ高いみたいだよ……」
 ハルはほっとして息を吐く。柚月に掴まれていた左手首を右手で握りしめた。
 そんなハルの様子を柚月は黙って見つめる。

 動悸が治まらないまま、ハルは枕元に投げ出してあったくしゃくしゃの紙袋を手に取った。
「……なんか、食べて、薬服まないと……」
 ぎこちなく中を探る。
 何事もなかったようにふるまおうとするハルに、柚月は素っ気無く言った。

「さっきアイス食べてその薬を服んだ」
「そ……そっか」
「少し寝る。一人にしてくれないか」
 
 柚月は布団を被ってハルに背を向ける。
「……」
 ハルは柚月を振り返りながら静かに部屋を出た。ドアに寄りかかり、柚月に掴まれて赤くなった左手首をためつすがめつ見る。

 左の手の平は柚月の額と頬の感触を覚えていた。少し汗ばんだ額から眉の端、目尻を通って頬に生えた無精ひげのザラザラした感覚までもが鮮明だった。

(……どうして、こんなこと)
 ─── 柚月さんが、好きだ。

(触られたくないくせになんでこんな)
 ─── 気づきたくなかった。知りたくなかった。

(嫌いなくせに。ほんとは跳ね除けたかったくせに)
 ─── あのひとが好きだ。優しい目も堅い髪の毛も低い声も匂いも全部好きだ。全部に触れたい。

(嫌われてるのに)
 ─── 触れて、欲しい。

 柚月の部屋のドアに凭れたまま、ハルはうずくまり、抱えた膝に顔を埋めた。

 

  

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ヘヴンズブルー:10

  

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 第10話

 

           
 両腕を交差させて頭と顔を庇う。─── 今度は手加減なしだろうと覚悟を決める。
(やだな、こんなとこでヤられんの……アオカンでゴーカンて最悪。つまんないAVみたい。てか夜だから青空でもないし、めちゃくちゃ寒い)

予想していた衝撃が来ない。
「……?」
 腕の隙間から薄目を開けてみると眼前に覆いかぶさっていた充が上半身を起こしている。
 捲れ広がるナオのコートの右側に目を向け、引っ掻かれた頬の傷をTシャツの袖で拭うとにやりと笑った。
 
「あッ……!」
 コートのポケットから飛び出したものを鷲掴みに引ったくった充は、ナオの目の前でばさばさと振る。
「これなーんだ?」

 和臣がナオを買った金だった。百万。
 全部充の手に渡ってしまったのかと焦ってポケットに手を伸ばす。まだあると思った充が腰を浮かせてコートを掴もうとした隙に跳ね除け、ナオは路上に座り込んでポケットを探る。ない。
 血の気が引く思いがした。

「……これで全部みてーだな」
 充は薄ら笑い、埃を払う仕草をしながら立ち上がる。
「あのオヤジ、お前にご執心だな。一晩でこんな出してくれるなんていいカモじゃね?」
 
「……あのひとには他に本気で好きなひとがいる。僕みたいな淫売、相手にするわけないだろ。ご執心の振りして遊んでるだけだよ」
 内心の動揺を知られぬよう冷静さを装って、ナオはゆっくりと立ち上がった。

 ジーンズのファスナーを上げ、ベルトを締めながら、血が混じった唾液をぺッと横に吐き出す。
「返せ」
 右手を突き出し、充を睨みつけた。
 
 充はどこ吹く風とばかりに札束を眺め、弄ぶ。焦れたナオは声を荒げ詰め寄った。
「耳付いてないのかよ遊びだって言ってんだろ、遊び。マジで百万も出すわけないだろ、さっさと返せよ」
 
「おっと」
 充は札束をナオの頭上に掲げた。それを掴もうと指を伸ばすナオ。届かない。
「返せっつってんだろばかッ」
 にやにやといやらしく笑う充に、ナオは歯噛みしながらも爪先立ちになる。あと僅かで指先が触れる ─── その時、充が札束を掴んだ手を背中に隠した。
  
 札束を追い、ナオは充に抱きつく格好になった。触れられただけで嫌悪に粟立っていたのに、今はそんな事に構っていられない。
 縋りつき、必死に充を見上げた。
「なあ返せよ、それ僕のじゃないんだ、あのひとのなんだよ。あのひとに返さなきゃいけないんだ。返してよ!」

「何で返す必要があんだ? お前が百万分のシゴトすりゃいいだけの話じゃねーか」
 充はせせら笑い片手でナオを突き飛ばす。強かに背中をコンクリートの壁にぶつけた。
 呼吸が止まる。

「……っは」
 息が出来ない。涙が滲んでくる。
 蹲るナオを横目に充は財布を取り出し、そこに札束を詰め込んだ。
 
「すっげ、二つに折れねーや」
 無理やり財布を二つに折り嬉々としてダウンジャケットのポケットにしまう。
 げほっげほっと咳き込みながらナオは充の片足にしがみ付いた。
「か、えせ……!」

「─── うぜー」
 充は足を一振りしてナオをもぎ離そうとするが出来ない。もう片方の足で無造作に肩と脇腹を蹴った。
 
「───!」
 ずるずると力無く手を放したナオの髪の毛を掴んで上向かせる。
 口の端は切れて青ずみ、痛みに顔を歪めて目を瞑るナオは充の嗜虐心を満足させた。

「返せ返せってうるせーんだよ、お前あのオヤジに惚れてんのか? だったらシゴトのし甲斐があっていいじゃねーか、愉しませてやれよ」
 充は小突くようにしてナオの髪の毛を放す。何本か引き抜かれた柔らかい髪がはらはらと落ちた。

「……返せ」
 ナオは諦めなかった。冷たいアスファルトに手を付き、充の方へ這う。荒い呼吸に咳が混じり白く煙る。
 充は鼻で笑い、背中を向ける。

「ヘッ、……そうだ、またあのオヤジからせしめたらよろしくな? いい金ヅル掴んでんだ、すこーしくらい幼馴染みに恵んでくれたってバチ当たんねえだろ?」
 顔だけナオに向け禍々しい笑みを浮かべる。

「ま……待てよ、返せっつってんだろ……あのひと助けてくれたんだよ、僕を助ける為にそんな大金出したんだ、本気で買うつもりなんかなかったんだよ……! ほんとはもうとっくの昔に飽きられててだから金なんか出すはずなくてでも僕を助けようとして」

 充は肩を竦めた。
「何言ってんのか判んね。買う気ねーのになんで金出すんだよ。お前に突っ込みたくてとりあえずポケットに金突っ込んだんだろ。どんだけ金持ちか知んねーけど百万張ったんだ、突っ込ませてやれよ」

 足取りも軽く充の背中が遠ざかって行く。
「ま、……」
 ごほっとナオは咳き込む。身体中が痛い。

 ナオは壁に縋り、やっと立ち上がる。その間に充の姿は消えていた。
(どうしよう臣さんの金。百万。僕のせいだ)
 充の消えた暗がりに目を凝らし、おろおろとその姿を捜す。

(返すつもりだったのに。あんな大金僕に出すはずないって判ってる、だからちゃんと明日返そうって)
「……どうしよう……っ」

 途方に暮れ、その場に座り込んだ。
 臣さんに謝らなきゃ。ナオは手の甲で涙の滲んだ目を擦る。
(……臣さんに謝って、ちゃんと返すって約束しなきゃ。頑張って稼いで返すって)
 
 和臣は怒るだろうか。怒るに決まってる。
(ヤク中から助けてやったのに百万持ち逃げして結局ヤク中に取られて)
 不機嫌な和臣の顔が目に浮かぶ。

(……助けてやるんじゃなかったって、きっと)
 唐突に携帯電話の着信メロディが流れ出す。場違いに明るいそれはナオのダッフルコートの左ポケットから聞こえてきた。

 蹴られた脇腹と肩の痛みをこらえて携帯電話を取り出す。
 ナオは泣きそうに顔を歪めた。
(……間、ワルい)

 ─── 液晶画面には今一番会いたくて、会いたくない彼の名が表示されていた。

    

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きみの手を引いて:11

  

 R-18BL小説です。18歳未満の方、BLに嫌悪感を持たれる方はご遠慮下さい

 

 第十一話

  

         
 それから数日の内にハルは柚月に紹介されたアルバイトを始めた。
 コーヒー専門店「カフェ・ヴィンテージ」のマスターは顎に髭を生やした四十前の人物で、従兄弟である柚月同様、背が高かった。

「よろしく。柚月 環です」
 柚月に伴われたハルを驚いたようにしげしげと見つめた後、そう自己紹介しながらにこりと笑みを浮かべる。
「……ハル、といいます。あの」
 
 本名を言いたくなくて口籠もるハルに、環は「判ってる」という風に頷き、コーヒーを淹れ始めた。
 柚月がカウンターチェアに座ったので、戸惑いながらもハルもそれに倣う。
 しばらくして出てきたコーヒーは本当に美味しかった。

「……柚月さんの淹れてくれるコーヒーも美味しいけど、これすごい」
「俺はここで淹れ方、覚えたんだ。やっぱり敵わないな」
 飲み終わるとカウンターの向こう側から、環がごくあっさりと切り出した。

「それで、いつからハル君には来て貰えるのかな」
「え……オレ、いいんですか?」
「もちろん」
「でもあの……履歴書とか、……ほんとの名前も……」
 
 おどおどと目を伏せるハルに、環の声が柔らかくなる。
「要の紹介だからね。気にしなくていい。今は他のバイトの子もいないし、きみが来てくれると助かるよ。きっとOLさん達が喜んでくれる」

 ハルは柚月の意見を求めるように見上げた。柚月は頷き、目尻を下げた。
「大丈夫だ。環さんはパッと見、ちょっと怪しげだけど案外いいひとだから」
「要、お前ね……」
 
 抗議の声を上げる環にハルは頭を下げた。
「……よろしくお願いします。明日からでも構いません。一生懸命やりますから」
「じゃ、明日から来て貰おうかな。明日の十時から」
「はい」

 ほっとするハルに環は人好きのする笑顔を見せた。
 次の日からハルはヴィンテージでアルバイトを始めた。マスターの環は穏やかで物静かな人となりで、柚月に聞かされていたのかもしれないが、ハルの素性を訊ねることはなかった。
 
 季節は過ぎ、いつの間にかハルと柚月が共に暮らし始めて二ヶ月が経っていた。
 初冬と呼ばれる風の冷たいある日。
 柚月は風邪を引いて熱を出した。

   

    

 

「頭、上げて」
 ハルは柚月に触れないように慎重にアイス枕を取り替える。
「……悪いな」

「別にいいけどさー、……ハラ減らない? なんか食う?」
「いや、いい」
 柚月はそれきり目を閉じてしまう。
 
 朝、起きてこない柚月を心配してハルが寝室に入ってみると、熱を出した彼がベッドにいた。もう午後の三時になるが熱は引かない。

 ハルは始めたばかりのバイトを休むわけにもいかず、それでも環に理由を話して ─── 驚いた事に環はハルが柚月の家に居候していることを知っていた。柚月は隠さなかったのだ ─── 早引けさせて貰い、帰った所だった。

 柚月はずっと横になって食べる物も食べずにいたらしい。
 何か口にして欲しかったが、ハルは黙って寝室を出た。帰りに買ってきた風邪薬もこれでは服めない。

 洗濯物を取り込んで、柚月の様子をもう一度見て来ようかとうろうろしていると、チャイムが鳴った。インターフォンに出る。
「はい」

「あ、要ちゃん? カゼ大丈夫なの?」
 女性の声だった。
「……今、開けます」
 
 ドアを開けると二十歳くらいの女の子が立っていた。長く伸ばした茶色い髪の毛をくるくると巻いている。ミニスカートのワンピースにロングブーツ、手にはコートとコンビニの袋を持っていた。大きめのショルダーバッグを肩に掛けている。

(……美人だ)
 女性しか持ち得ない柔らかく滑らかな頬のライン。ふっくらとしたピンクの唇。細い眉の下の大きな瞳は、ハルを見て不思議そうにぱちぱちと瞬いた。
 
「あの……ここ、柚月 要さんの」
「奥で寝てます。どうぞ」
 女は少し訝るようにハルを見つめたが、結局玄関に足を踏み入れた。

 ロングブーツを脱いで立てかけると女はハルをじっと見て訊ねた。
「……あなたは?」
「ここに居候させてもらってます。ハルといいます」
「居候?」
  
 ハルはこの部屋に住む事になった経緯を手短に話しながら、彼女をリビングに通した。柚月は優しいから同情したのだ、と強調する事も忘れない。
 彼女は大きく頷いた。

「そう。要ちゃん優しいからね、……ところで、あなた、男の子……?」
 本気でそう訊いている事にハルは苦笑する。
「はい。女の子に、見えますか」
 
「最初、ちょっとね。びっくりしちゃった。あたしという者がありながら女と住んでるってなに? って」
「男なんで安心してください」
「それにしてもまあ……」
 
 感心したように女はハルを見つめる。ハルは困って曖昧に笑った。
「あのう、柚月さんは寝室で寝てますけど……えっと」
 名前を訊いてなかった。女も言ってなかった事に気づき、峰岸 あやです、と名乗った。

「……峰岸さん」
「あやでいいよ。ごめんね、じろじろ見ちゃって。あんまりキレイだから、………入っていい? 要ちゃん」
 最後は柚月の寝室に入って行きながらだった。
 
「……」
 ハルは目を伏せ、キッチンに立つ。ケトルを火にかけてコーヒーを淹れる用意をした。手は勝手に粗挽きのコーヒー豆を量ってフィルターに淹れていたが、心はまるで別のことを思っていた。
 
(柚月さんの、彼女)
 ハルはショックを受けている自分を、遠くからもう一人の自分が見ているような気がした。そして、そのもう一人の自分は冷静に今の状況を分析する。
 
(……カゼ引いた柚月さんをお見舞いに来た美人の彼女、ってわけか)
 柚月は普通で健康な二十三の男なのだ。─── 彼女がいない、などという言葉を真に受ける方がどうかしてる。

(バカだ、オレ)
 ぽたぽたと落ちる黒い滴を見つめる。
 ちょうどコーヒーが入ったところにあやが出てきた。
 
「コンビニでアイス買ってきたんだけど食べられないみたい。冷凍庫に入れといてくれる?」
「はい、……コーヒー淹れたんでソファーに座ってて下さい。今、持っていきますから」
「ありがとう」
 
 ハルはコンビニの袋ごと冷凍庫にアイスをしまうと、温めておいたマグカップにコーヒーを注いであやに差し出す。
「どうぞ。……柚月さんみたいには上手く淹れられないんですけど」
「いい香り」

 ハルはマグカップに添えられたあやの綺麗な指先をそっと見る。控えめに施されたネイルアートが女らしく、可愛く思えた。
(……柚月さんはこんなふうに美人で女らしいひとが好きなんだ)

 とても、敵わない、とハルは思った。
 ハルは立ち上がり、ダイニングテーブルに置いてあった袋 ─── 風邪薬が入っている ─── を隅へ押しやった。

 あやの座っているソファーを振り返る。
「あの、あやさん。風邪薬買ってくるの忘れちゃったんです。しばらく柚月さんの側に付いててもらえますか」
「ええ、いいわよ」

 あやは二つ返事で嬉しそうに頷く。
「お願いします」
 軽く笑みを浮かべると、ハルは買ったばかりの白いダウンジャケットを手にして玄関に向かった。
 

 

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