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月が見ている。2

 

 第二話

 

  
 遊郭「春霞楼」の一人息子・鼎(カナエ)と春霞楼の娼妓であった雅(みやび)の息子・大和は色街から離れた洋風建築の一軒家に暮らしていた。
 元々は春霞楼敷地内の一角にある離れで暮らしていた二人が、今のこの屋敷に移り住んだのには訳があった。カナエの女癖の悪さである。
 
 カナエは見世の「商品」である娼妓たちに手を付けたのだ。

 大事な商品に手を付けるのは言語道断とばかりにカナエの父である春霞楼の主は一人息子を勘当し、─── 勘当息子を心配した女将は兄弟同然に育った大和に一緒に暮らして様子を見てやって欲しい、と頼み込んだ。

 母親である雅と共に長年、見世に世話になってきた大和は当然のように引き受け、─── 五つ年下で弟同然のカナエを大和なりに心配していたこともある ─── 以前から春霞楼所有のこの屋敷に二人で暮らし始めた。

 それから今まで大和は、春霞楼を手伝う為にここから毎日通っていた。昨日の夜は実に半年振りにカナエを伴って見世に赴き、主人と女将揃っての面会の後、佐野屋を逃げ出したかずさと出会った ───。
「……と、まあ、そんなところやな」
 食堂での朝餉の席で大和はかずさに語って聞かせていた。

 かずさの身の振り方は明日考えようと、大和は自分の部屋に一晩泊めた。大和にとって恩義ある春霞楼と同業の佐野屋はごく近い。昨夜の内に佐野屋に送り届けるのが筋だとも、道理だとも判っていた。

 それでも。
 
(……こんな、子供にお勤めが出来るかい)
 いたいけな子供がひどい目に遭うと判っていて、連れ戻すのは憚られた。十三という年齢と、騙されたことも気がつかず、疑いもしなかったかずさの幼さが、廓育ちの大和をして躊躇わせる。
 
(どうしたもんかな、……)
 思案に暮れる大和に、当の本人は控え目な微笑みを向けた。
「大和さん、かんどうって何?」
 
「大和でええよ。親子の縁を切るっちゅうことやな」
「じゃあ、カナエさん、親子の縁切られちゃったの?」
「建前はな。実際のとこは、まあ、この屋敷かて見世のもんやし、生活に必要な金かて女将さんが出しとるし」

「……あんまり勘当じゃないね」
 遠慮がちながらも的を射たかずさの言葉に大和は苦笑する。
「しゃあないわ。跡取り息子やからな、カナエは。大事にしたらな」
 
 跡取り、という言葉にかずさは昨夜の言い争いを思い出した。
(「大和は女郎屋の跡取りやで」)
「でも、カナエさんは大和さんが……大和、が、跡継ぐって言ってた」
 
「ああ、……それはあいつの勘繰りや。女将さんが俺にカナエを頼むてよう言うとるもんやから。うちとこみたいな大店、カンベンやわ」
 使われとるほうが気が楽や、と大和は最後の漬物を食む。

「……やのにあいつ、旦那様と女将さんが俺に継がせたがっとるて誤解しとる。すっかりヒネてもうて手ェ付けられへん」
 大和はここしばらくの悩みのタネを思い、はあ、とため息を吐いた。
 
 カナエが娼妓たちに手を付けたり、遊び歩いて見世を顧みなかったりするのは、多分に自分の存在があるせいに違いなかった。

(「使用人の不始末で俺のクビ切れば済む話や」)
 昨日の夜、そう言ったのは成り行き任せの勢いではない。以前から暇をもらうことを考慮していたからこそ出た言葉だった。
 
(……俺が居らんようになればあいつもちっとはしゃんとするやろ)
 そうは思いながらもなかなか行動に移せずにいた。見世は男手が足りなくて忙しい。今まで育ってきた故の愛着もある。主や女将から受けた恩義に報いようと忠実に働いてきた分、信頼もあり、自分から暇乞いをすることに二の足を踏んだ。
 
(……ま、言うても、この子使こてまでクビ切ってもらおとは思わんけど)
 ご馳走さまでした、と行儀良く手を合わせるかずさをつくづくと眺めた。
 
 目鼻立ちが整った小さな顔は大和の拳ほどしかない。大和が貸したカッターシャツとズボンは大きすぎて痩せぎすなのが目立ち、男装した少女のような艶めかしい感じがある。
 じっと見られて困ったのか、首を傾げる仕草をした。

(……なるほど、かわええわな)
 大和は咳払いして、ごっそーさん、と席を立つ。食器は自分が洗うと言うのでかずさに任せて、茶を淹れた。

 洗い物が済むと、もう一度二人で差し向かいに座り、話を切り出した。
「これからどないする?……佐野屋には帰りたないやろ」
 おずおずと頷いたかずさは申し訳なさそうに大和を見る。うーん、と大和は唸り、腕を組んだ。
 
「帰ったところで折檻やろしな。親……は」
 娼家に子供売り飛ばすぐらいやから当てにならんな、と大和が口ごもると、かずさが後を引き受けた。
「……二人とも、流行り病で亡くなって……親戚の家から、働きに出されて」
「……ああ、そうなんか、……」

 ますますかずさの身内は頼りにならないと判った。どうしたもんか、と食事の間も考えた問題にまたもや頭を悩ませる大和に、かずさは頭を下げた。
「こ、ここに置いてください」
「かずさ」

「俺、何でもします。掃除も洗濯もします。ご飯も作ります。出来ること、何でもしますから、お願いします」
「……」
 大和は今日二回目のため息を吐いた。
 
「……ここに置くのはかまへんねん。正直言うてな。……ただ、ここから色街まで近い。佐野屋に見つかるかもしれへん。俺のクビが飛ぶんはええけど、お前は」
「─── 置いたったらええやん」
 
 寝巻きの浴衣のまま起きてきたカナエは、食堂に入って来しなに話に割り込んだ。
「カナエ」
「今さら佐野屋連れてったかてしゃあないやろ。お前のクビ飛ぶで。ウチの見世かて、よその見世の商品かっさらったていい恥晒しや。そのガキかてひどい折檻くらうで」

「せやから、どこか遠くに逃がそ思て……見つからんところに」
「当て、あるんか?」
 なかった。不安そうな目を向けるかずさに、大和は困って自分の首の後ろに手を当てる。
 
 そんな二人の様子を見て、カナエはにやにやと笑いながら椅子を引いてくる。かずさのそばに陣取った。
「それに、何でもしてくれるんやろ。楽しみやな?」
「……」
 
 かずさを上から下まで眺めるカナエの視線に大和は苛立ちを抑えきれない。
「よう似合とる、それ。男モンの服着た女の子みたい、……ホンマはシャツだけの方がええけど」
「カナエっ!」

「なんやねん、いきなり大声出しな。たまげるやんか」
「お、……お前が変なこと言うから注意しただけや。かずさは、子供やで」
 カナエは面白くなさそうにふん、と鼻を鳴らした。

「いーっつもそうやな、大和。お前は叱る方で、オレは叱られる方。春霞楼の一人息子はしょーもないけど跡取りはしっかりしとるて評判やもんなあ?」
「……くだらん。跡取りはお前や。そんなんに耳貸しとる暇あったら、旦那様に頭下げて見世手伝い」

「嫌や。お前がおったら充分やろ」
 ふい、と顔を背けて、かずさに向けた目を細めた。 
「残念やなあ、お前が佐野屋におったらオレが贔屓にしたったのに」
 
「カナエ!!」
 見世など知ったことではない、と言わんばかりの態度と、 ─── あからさまにかずさを性的対象として捉えている言葉に、大和は思わず声を荒げる。
 そんな大和を無視したカナエは、かずさに蕩けるような笑みを見せた。

「とりあえずメシ、チョーダイ? ハラ減った」
「は、はい」
「かずさっ、残りもんで充分やからな!……干物焼いたりせんでええってッ」
 
「やかましなあ」
 かずさと一緒に台所に立つ大和を横目で見たカナエは、我関せずとばかりにあくびをした。

 
  

 
 

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