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月が見ている。3

 

 第三話

 

 

 かずさが大和の部屋で寝起きするようになって五日が過ぎた。
 初めのうちは佐野屋の目を気にしていた大和も、色街の外なら大丈夫だろうとだいぶ警戒を解いていた。

 それでも、春霞楼へ手伝いに行く道すがら、かずさを捜しているらしい佐野屋の男衆に出くわすことはあった。
「あんまり表へ出たらあかんで。見つかってまう」
 ずっと家ん中いうのもかわいそうやけど、と大和は心の中で呟きながら、手拭いを物干し竿にかける。

 天気の良い昼前、大和とかずさは庭で洗濯物を干していた。カナエは一切家事をしない。この屋敷に移り住んでからというもの、家の中のことを一手に引き受けていた大和をかずさは良く手伝うようになっていた。

「うん。外には出ない」
 洗い立てのカッターシャツを手に取り、緊張した面持ちで素直に応じるかずさに、大和はますます切なさを覚えた。

「……ほんまは、もっと離れたところでまともな働き口、世話してやりたいんやけど、……ごめんな、ツテのうて」
 申し訳なさそうな大和の口調に、かずさは黙ってかぶりを振った。シャツのしわを伸ばしながら大和に渡す。
 
「あの、……あのね、大和」
「なんや?」
「明日から、俺が洗濯する。大丈夫、洗濯機の使い方覚えたし、干すのも一人で出来るから。掃除もやり方覚えたし、家の中の仕事、俺が一人でやるから……大和はゆっくりしてて」

「そんなわけいくかいな。お前一人じゃエライ……」
 言いかけた大和はかずさのすがりつくような目に気付く。かずさはすっとその目を伏せた。
「……俺、ちゃんと出来るから。役に立てるように頑張るから。……離れたところ、に、やらないで……」

「……けど、ここにおったら籠の鳥やで。部屋かて俺と一緒で、窮屈やろ」
「お……俺のこと、邪魔なら、食堂か廊下で寝るから……」
「いや、……俺が、邪魔と思てるんやなくて、お前が、俺と一緒で、……イヤなんちゃうか思て」
  
 かずさは大人しく、素直で賢かった。まだ余り世の中に出回ってない電気洗濯機の使い方を大和が教え、実際に使って見せると、ほぼ一度で覚えてしまった。湯沸かし器の使い方にしろ何にしろ、かずさは黙って話を聞き、観察し、すぐに出来るようになった。

(……素直にひとの話が聞けて、自分で考えられるんも才能やからな)
 
 そんな性質を大和は好ましく思い、いたく感心した。その思いのまま褒める大和に、かずさは嬉しさで花のように顔をほころばせる。
 ─── 目が離せなくなる前に、大和は顔を背け、距離を取った。

(アホか、ガキ相手に)
 
 それでも屈託なく、大和、大和と慕ってくるかずさを、大和は少し持て余す気持ちが出てきていた。無論、かずさが悪いわけではない。
 かずさに見惚れる自分が悪いのであって、そんな自分が、かずさと、いつまでも一緒にいるわけにはいかなかった。

(……かずさの方から俺の部屋、イヤや、言うてくれたら)
 
「いやじゃない。大和の部屋がいい」
 大和の思惑など知らず、かずさはきっぱりと言い、大和の手からシャツを取り上げた。ハンガーに掛け、物干し竿に吊るす。

 出来た、とにっこり笑うかずさに、大和はあいまいな笑みを向けた。
「後は俺がやるね。大和は座って休んでて」
「……そおか。せやったら頼もうかな」

 大きな窓から外へ出る石段に大和は腰掛け、かずさが手際良く洗濯物を干していく様を見つめる。
 かずさには大き過ぎる自分の服を着せるのは止めにしていた。春霞楼の離れの納戸にはカナエの子供の頃の浴衣も、仕立ての良い洋服もたくさんある。女将が捨てられずに取って置いたそれらを、大和は少しずつ持ち出してかずさに与えた。

 かずさは文句ひとつ言うどころか、お下がりのカナエのカッターシャツやズボンを喜び、今も着ている。この屋敷に移り住む際に自分の着られなくなった衣服を全て処分してしまった大和は、ほんの少し、それを後悔したほどだった。
「……あの、大和」

 あらかた干し終えたかずさはぼんやりとしている大和に控え目に声を掛けた。
「ああ。なんや?」
「大和の、お母さんて、まだ春霞楼に……?」

「─── いや。もう十年も前に関西で死んだ。女将さんもよう手ェ尽くしてくれはったけど、病でな……俺も母親居らんようになったら余所行かなあかんかなて考えたけど、……ちょうど見世、こっちに出すことになって。人手足らんし、カナエ小さかったから面倒見なあかんし、一緒に来てくれへんか、言われて。ほんまは放り出されてもしゃあないのに、旦那様も女将さんもうちの子供も同然や言うてくれてな、……ほんま感謝しとる」
 
「そう……春霞楼の旦那様も女将さんもいいひとなんだね」
「そうや。足向けて寝られへん」
 自分を見捨てずに、居場所を作ってくれた春霞楼の主と女将を思い、大和は目に笑みを浮かべる。そして、一人息子であるカナエの行状を憂えた。─── 自分がいなかったら、カナエはもっとしっかりしていただろうか。

 沈む気持ちをごまかそうと、大和はかずさに問いかけた。
「なんで急に俺のおかん、気にするん?」
「なんか、大和って……お母さんみたいだなあって思って。ほら、俺とカナエさんの面倒見たり、家の中のことしたり、……大和のお母さんもそんな感じかなって」
 
「……お母さん……」
 大和はがくりとうな垂れた。─── かずさにとって自分はその程度の認識しかないのか。
「……せめて、お兄さんぐらいには昇格させて欲しいんやけど」

「ご、ごめん。嫌だった?」
 嫌だった。かずさの母親になどなりたくない。─── なりたいのは。
 大和は軽く頭を振って、その考えを追い払う。
 
「……ええよ、お母さんで。ちゃんと面倒見たる」
 柔らかく言いながら立ち上がる大和を見て、かずさはほっとしたように笑った。

 綺麗に干された洗濯物がたなびく物干し竿を、高い位置に上げようとするかずさに大和が手を貸していると、ふらりとカナエが家の奥から現れた。
「よう、お二人さん。真っ昼間から仲のええこっちゃな」

 抑揚のおかしな口調でからかう。窓際で見下ろすカナエに大和は眉間にしわを寄せた。
「どこ行っててん。─── 朝帰りどころか昼帰りやないかっ」
 
 カナエは昨日の夜、帰って来なかった。大和と二人暮らしになって半年、カナエは自由を満喫とばかりに度々朝帰りを繰り返した。お目付け役を仰せつかっている大和としては穏やかではいられない。

「お前なんで勘当されたか判っとんかっ。反省せなんだらいつまでも見世戻られへんで!」
「ベツにかまへん。見世はお前がおったら安泰やし。ここ居心地ええし」
「ダレが面倒見とると思ってんねんボケッ」
 
 言葉ほどには大和が怒っていない ─── むしろ心配していることを知っているカナエはどこ吹く風とばかりに、無視する。
 洗濯籠を持った大和の後に続いて入ってくるかずさを、舐めるような目つきで見た。

「……なんやねん」
 カナエの視線に気づいた大和は網戸を閉めながら険しい目を向ける。
 それとなくかずさを庇おうとする大和の仕草に、カナエは目を眇めた。

「……佐野屋、行ってきたで」
「なんやて?」
「このガキが逃げてきた、さ・の・や、行ってきたで」

 酒臭い呼気の混じるカナエの言葉に、大和は顔色を変え、かずさは目を伏せた。

 

 

      

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