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月が見ている。4

 

 第四話

 

「……何しに行ってん」
 うっすらと笑みを浮かべてかずさを見下ろすカナエの視線を遮ろうと、大和はその間に立ちはだかる。

 少しだけ上背の高い大和をちらりと見上げたカナエは、ふん、と鼻で笑った。その息に酒が臭う。 
「遊んできただけや。ベツに足抜けしたヤツがここにおるなんて言うてへんで。……ただ、ちょっとおもろい話聞いた」
「……なんや。おもろい話て」

「五日前の夜」
 カナエは大和の肩に手をかけると、ぐいと押し退けた。現れたかずさが、おどおどと身を竦ませる様子を目を細めて眺める。

「下働きのガキが逃げたそうなんや。そのガキ、エライ見目麗しいからてイロ付けて買うて、その内お得意さんに出すはずやったんやて。……ところが、旦那様が、─── 佐野屋の旦那やで、あの六十近い ─── そいつをエラくお気に召して」
 
「もうええ、聞きたない。かずさ、行くで」
 そこまで聞けば話の筋は大体お定まりで想像がつく。胸の中に生まれたもやもやとした嫌な予感に従って背中を向ける大和に構わず、カナエは話し続けた。
  
「見世には出さん、妾にする、言わはったそうや。見世のもんも驚いたらしいけど、もう隠居も近いし、女将は何年か前に他界しとるし、そのガキひとりで大人しゅうしとってくれるんやったら、て目ェ瞑ることにしたんやて。……そんで、そいつ、旦那様の寝間に呼ばれたんやけど」

「カナエ! もうええわっ」
「もうちょっと聞けや、ここからが肝心なとこやねんで。……布団に突き転ばされたそのガキ、枕元にあった灰皿で、覆い被さってくる旦那様のアタマどついて逃げたんやて。どや、結構な武勇伝やろ?」

 なあ、かずさ、とカナエはわざとらしく身体を屈めて、俯くその顔を覗き込む。
「大したもんやわ。女郎屋の旦那たぶらかして、妾にする、とまで言わせたんやからな。どんな手練手管使たんか知りたいなあ?」
 「そんな言い方止めえ。こんな子供がたぶらかしたり出来るかい。大方、佐野屋の旦那が勝手に逆上せ上がったんやろ」

 下らん、とそっぽを向く大和を横目に、カナエはかずさの顎に手をかけて上げさせる。
「きッれーなカオしとるわ、ほんま。佐野屋が骨抜きンなったんもしゃアないわなあ?」
「おい、触んなや!」

 目を剥いた大和はカナエの手を掴んで振り払う。かずさに無遠慮に触れられることが、許せなかった。
 カナエは目を眇めて腕を組んだ。
「すっかりたぶらかされてもうてるやんか、大和。よう灰皿で殴られんかったな。ヤったんやろ?」

「ヤっ……」
 絶句した大和は口をぱくぱくさせることしか出来ない。
「あ、それとも、かずさちゃんが許したんかな? 大和やったらええ、て」

 カナエの揶揄にかずさは真っ赤になった。その顔を伏せる仕草にカナエは片眉を上げる。
「なんや、図星……」
「アホウ! 子供相手にそんなんするかっ!」

 やっと否定の言葉を発することに成功した大和を、カナエはしれっと流す。
「隠さんかてええやろ。一緒のベッド使てて何にもないわけあらへん。……殴らへんねやったら試させろや。俺でもええやろ?」

 かずさに向かって言いながら、細い二の腕を掴んだ。引き寄せられそうになったかずさは頭を振って抗う。
「……っ」
 
 助けを乞う瞳を目にする前に大和はカナエの手をもぎ離し、かずさを背後に隠した。背中にしがみ付いてくる体温に胸をざわつかせながらカナエを睨む。
「ええ加減にせえっカナエ! お前酒抜けてへんやろ!?」
「悪いか? 朝方まで飲んでてんもん、……そいつのこと聞き出すんエラかってんでー」

 へらり、と笑うカナエに大和は眉間にしわを寄せた。
「わざわざ佐野屋出向いていって聞き出すことない、かずさから聞いたらええ」

「女郎屋の旦那に手込めにされて妾にされそうになった、なんて言うかいな。ただの女郎の足抜けとちゃうねんで。俺やったら、連れ戻されるんやないか思てよう言わんわ。─── 佐野屋の旦那な、アレ、しばらく諦めへんで。みず穂が言うてたもん、まいんち男衆に捜させとるて。ご執心」
 
 思わず大和は言葉に詰まった。娼家の主の妾ということになれば、確かにただの女郎や陰間の足抜けとは訳が違う。カナエの言うことが本当ならば、面目を潰された形になる佐野屋が簡単にかずさを諦めるはずがない。─── かずさがここにいることを知られ、揉め事に発展する不利益を思えば、今すぐ佐野屋に連れて行くのが妥当だ。

 しかし。
『ここに置いて。余所へやらないで……』
 かずさの言葉が耳の奥に蘇る。シャツの背中を掴む手に熱が篭もるのを感じた。

「─── ここにおればその内ほとぼり冷める。佐野屋の旦那かていつまでも子供一人にかかずらってへんやろ」
「暢気なこと言うやんか、大和。ほとぼり冷ましとる間にこのガキ、ジブンの妾にしよ思てるんか? よっぽど気に入ったんやな」

 言いながらカナエは大和の背中を覗き込んだ。大和のシャツを握りしめているかずさに、にやりと笑う。
「佐野屋みたいなジジイより大和のほうがええわなあ? 若いし、いずれ春霞楼の主になるし、大和たらして当たりやで」

「……」
 かずさは顔を赤らめて大和の背中からぱっと離れた。
「春霞楼の主にはならんし、こんな子供も妾にせえへんわっ」
 
 吐き捨てるようにカナエに言った大和はかずさに向き直る。打って変わった優しい声音でかずさを安心させようと試みた。
「心配せんでええねんで。め…妾、とか、手ェ出したりせえへんから。俺、男にも子供にもキョーミないし、ほんま、……こいつの言うこと、気にしなや」
 
 カナエは目を丸くした。
「なんやホンマに手ェつけてなかったん?……まさかその歳で勃たんくなったとか」
「お前にシモの心配してもらいたないわっ、大きなお世話や、……俺な、好きな女、いてるし、……お前に手ェ出したりせえへんから、安心しいや」

「……」
 じっと大和が弁解がましい言葉を並べ立てるのを見つめていたかずさは、わずかに表情を変え、瞳を瞬かせた。こくり、と頷く。
 
 そのかずさの表情にカナエは違和感を覚える。
 ─── 驚いたような、悲しいような、その表情。

『かずさちゃんが許したんかな? 大和やったらええ、て』
 そうからかったとき、かずさは真っ赤になって俯いた ───。

 カナエは鼻を鳴らして腕を組んだ。
「お前、そのガキ、可愛えと思わへんの。オレやったら最初の夜に」
「あっアホかっ。……子供で、男やんか。そんな気なるか、気色悪い」
「へえ……」

 切なく大和を見上げていたかずさの視線が伏せられる。カナエは確信した。
 ─── かずさは、大和に思いを寄せている。

 気付いていないらしい大和に、カナエはにんまりと笑った。
「せやったらオレがこのガキ引きとろか?お前んとこじゃ用なしやろ、オレが手取り足取り色々教え」
「教えていらんわボケッ。酔っぱらいに付き合うてられるか、行くで、かずさ」
 
「シンセツで言うてんでー」
 軽薄な笑みを浮かべたカナエは、二人が二階へ上がっていく様子をじっと見送った。

 
 

 

  

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コメント

久しぶりですw
この話にコメするの初めてですかね!?違ったかな(笑
すんごく面白いですね☆☆
かずさが可愛くて可愛くて♪大好きです(*^m^)ニマ
個人的カナエの捻くれっぷりも好きですね*
続き、楽しみにしてます^^
 
 ≪コメントありがとうございます♪
 八月もカナエみたいにヒネたガキっぽいひとは書きやすくて、好きです。キャラがはっきりしてて。
 カナエのイジワル本領発揮はこれからです。呆れてしまうかも……(泣)
 どうか続きもよろしくお願いします☆
 
 

16でございます( ´_ゝ`)ノボンジュール♪
第4話拝読させて頂きました!!
さっそくせつない胸キュンな予感でございます┣¨キ(*゚Д゚*)┣¨キ
そしてかずさがピュアで可愛い♪♪
自分がこんな性格のせいか、自分の小説にはピュアなキャラが登場しないので癒されます。ああ浄化される…゜.+:。(*´v`*)゜.+:。
金魚さんは本当に時代背景とかの下調べがしっかりされてますね!自分には無いものだらけで、読んでてもすごいな~って思いっぱなしです。
続き楽しみにしています♪♪
 
 
 ≪コメントありがとうございます♪
 いえ、時代背景はにわかです(汗)……すいません、付け焼き刃で^^*
 かずさみたいに素直でおとなしい子は書きづらいかな、と思ったんですが、意外に面白いです。思ったよりも。
 たぶん、八月がカナエばりのひねくれ加減だからだろうと思います……。
 外ヅラはおとなしい優等生なかずさだけど、大和を思う激しい一面があって、そういうところを書くのが楽しいです。←やっぱちょっと歪んでる……。
 
 またブログにお邪魔させて頂きますね~☆
  

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