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月が見ている。5

 

 第五話

 

  
 大和とかずさが共有している部屋は二階に三部屋ある内のひとつ、南西向きの部屋だった。階段を上がってすぐの南東向きの部屋はカナエが使い、もう一つの北向きの部屋は納戸として使用している。
    
 二人の使う部屋の内部は至って簡素で、ベッドと小さな本棚、箪笥が一棹あるだけだった。床に敷かれたカーペットと大きな窓が部屋を明るく見せているが、それがなければ殺風景な部屋である。

 それでも、田舎で両親と暮らしていた頃の隙間風の通る古い木造家屋や、更に親戚の家での貧しく倹しい生活を思えば、かずさには夢のような贅沢さだった。明るい草色のカーペットなど初めて見たし、大きな窓を開けると続くバルコニーを家の内側から見ることなど一生ないと思っていた。

 中でも驚いたのは、やはり初めて見たベッドだった。真鍮の金具のついたヘッドボードがぴかぴかと光っている。とても大きくて、「英国から入ってきたやつなんやて。ほら、あちらさんガタイええやろ」と言う大和の声をかずさは呆然と聞いた。なにしろ、寝床は畳むものだと思っていたのだから仕方がない。

「……一緒に寝れんくはないけど、それでええか?」
 最初の夜、自分の意向を尋ねた大和にかずさは慌てて頭を横に振った。
 こんな真っ白いふわふわの布団の上には上がれない。そう訴え、カーペットの上で、かい巻きか毛布があればいい、と控え目に主張するかずさに、優しく笑った大和はその小さな頭を撫でた。

「子供、床で寝かして大人がベッドで寝るゆうわけにいかんやろ。一緒が嫌やったら俺が床で寝るわ」
 違う、嫌じゃないけど俺が床で寝る、と譲らないかずさに、せやったら俺も床で寝るわ、と応戦する大和。

 結局、最初の大和の提案どおりに二人でベッドに眠ることになった。
 眠れない、と言っていたかずさも今では大和の隣ですやすやと安心しきった寝息を立てている。
(……安心しきられても困るんやけど)

 寝巻きにしているカナエのお下がりの浴衣が乱れていて、大和には目の毒だった。緩んだ袷から白い肌が覗き、すんなりした膝下が何の警戒もなく晒されている。蹴飛ばした夏掛けをそっと掛けてやり、自分の目から隠した。
『お前、このガキかわええと思わへんの。俺やったら最初の夜に』

(……うっさいわ、アホ。子供にへんなこと出来るかい、……俺がどんだけ我慢しとると思て)
 思いかけて大和は頭を振った。自分を諫める。我慢などしていない。かずさを、─── 子供を欲情の対象とするなどあってはならないことだ。

(あかんあかん。気ィしっかり持たんと)
 そんな大和の気配に気付いたのか、かずさが身動ぎした。
「ん、……」

 ふ、と長い睫毛が上がる。ぼんやりとした黒目がちの瞳が大和を捉えた。
「………」
「お、起こしてもうたか。悪かったな」
 少し声が上擦るのは見逃して欲しい。大和はぎこちない笑みを浮かべた。

「大和……」
「ん? どないした、」
「……大和の好きなひと、美人……?」

 半分寝ぼけているようなかずさの言葉に大和は瞬きした。─── かずさを安心させようと、好きな女がいると嘘を吐いたのは昼間のことだ。自分が見世に出て、夜半過ぎにこうして戻って来るまでずっと気にしていたのだろうか。
 
(確かにあの後、様子おかしかったけど)
 いつも大人しく、控えめなかずさが更に輪をかけて静かだった。元来が騒がしい性質ではないので、気にしていなかったが ───。
「ああ。べっぴんやで」

 かずさを不安がらせたくない一心で大和は嘘を重ねた。
「……翠、いうねん。春霞楼におる。女郎やから手ェ出せへんけど」
 思うだけやったら誰にも迷惑掛からんしな、と大和は続ける。

 かずさは捉えどころのない目付きを大和に向けた。
「……みどり、さん。美人なんだ……」
「ああ。べっぴんやし、色っぽいし、胸もデカいし、ええ女やで」
「……のろけてる、大和」

 少し微笑んで、かずさは大和に背を向ける。大和はその細い肩に口元を綻ばせた。
「……そうか?すまんかったな。……」
 これでかずさは安心したはず。幼馴染みで春霞楼一の美女と名高い翠に心の中で感謝の手を合わせた大和は、かずさの胸の内には気付かなかった。

 
 

  

 
 
 
「お前、大和のこと好きやろ」
 かずさが胸の内を言い当てられたのは、次の日の夕方だった。

 早めの夕餉を大和と済ませ、洗い物を終えて振り向いたかずさの先にいつの間に帰ってきたのか、カナエの姿がある。
 かずさは少し驚きながらも大和が春霞楼に出かけたことを伝える。食事を新たに用意するか訊ねるとカナエは頭を横に振って、断った。

 その代わりに、かずさの気持ちを暴き立てた。
「大和のこと、好きなんやろ」
「───」
 かずさは頭の中が真っ白になった。次いで、どうして、という思いが駆け巡り、頬を熱くさせる。

「ははあ、やっぱり。……正直やな」
 真っ赤になったかずさを面白そうに眺め、カナエはその頬に手を伸ばした。触れられ、びくついたかずさは後ずさる。

 カナエは、にやにやと笑みを浮かべた。
「オレには触られたないけど大和やったらええんやろ。誘ったったらええやん、おんなじベッドで寝とんねやから」

 直截的なカナエの物言いにかずさはますます頬を赤らめる。意を決してやっと言葉を口にした。
「や……大和は……好きなひと、いるから……」
 おどおどとしたかずさの様子にカナエは意地悪を言わずにいられない。

「ああ、せやったな。大和はお前みたいなガキ、好かん言うとったもんなあ?」
 みるみるうちに俯き、しょんぼりと肩を落とすかずさ。カナエはその真っ黒で癖のない髪の毛を見下ろして、「判りやすっ」とにやにや笑う。
 
「オレが大和に言うたろか? お前が大事に匿っとるかずさちゃんはお前のこと大好きなんやで、て。あいつどないな顔するか見ものやな」
 大和がかずさを不安がらせない為に「興味ない、好きな女がいる」とでまかせを言った事は判っていた。伊達に兄弟同然に育ってはいない。少なからず、かずさを気に入っていることは明白だった。

 ただ。
(……あいつはこんなガキに手ェ出せへんやろな)
 例えかずさの方から言い寄られても、自分もかずさを好ましく思っていても、ただ子供だというその一点で大和が弱りきると想像がついた。

 そしてその想像はカナエを喜ばせた。
 いつもちゃんとしている大和。しっかり者で頼りになって大店である見世の跡を継ぐのに相応しいと周囲に思われている大和。─── 年上で、いつだって偉そうに自分に命令してくる大和。

 そんな大和が、ずっと年下のガキに好かれてうろたえ、慌てふためいたら。
(おもろいやんか)
 カナエは唇を片側だけ上げた意地の悪い笑みを浮かべる。
「─── 協力したるわ。大和帰ってくるん何時やて? オレに任しとき」
 
「だ、……だめっ……」
 思いも寄らないかずさの制止の声だった。上機嫌で食堂を出ようとしたカナエの腕に手を掛けて引き止める。

「大和には言わないで……お願い、カナエさん」
 かずさの方から自分に近づき、あまつさえ腕を掴んだりするとは思っていなかったカナエはあっけに取られた。必死に見上げてくる視線を受け止める。

「─── なんで。大和のこと、好きやろ」
「やま……大和、好きな女のひと、いるから……俺みたいなの、全然、好きじゃないから……」

 自分の言葉に傷つき、かずさは目を伏せた。
「……知られたら、……気持ち悪いって……」

『子供で、男やんか。そんな気なるか、気色悪い』
 
 眉をしかめた大和の言葉がかずさの胸に突き刺さる。─── 自分の気持ちを知ったら、大和は。
「お……お願い、お願いカナエさん、大和に言わないで、黙ってて……」

 縋りつくように自分を見上げるかずさをカナエはじっと見つめた。
「……黙ってて、欲しいんか」
 かずさは何度も、何度も頷く。どうしても大和に嫌われたくなかった。かずさ、と自分を呼ぶ大和の声。カナエから庇ってくれる大きな背中。頭を撫でてくれる優しい、温かい手 ───。

 自分の気持ちを知った大和が、冷たい目つきで顔を背ける様子を思い浮かべただけで涙が滲みそうになる。
「……おねが……お願い、言わないで、……大和に言わないで……」
「─── 口止め料」
「え……」
「口止め料、寄越せや。黙ってて欲しいねやろ」
 
 かずさの顔に身体に、舐めるような視線を這わせながらカナエは要求した。戸惑い、俯くかずさに詰め寄る。
「俺……お金持ってない……」
「判っとるわ、そんなん。ゼニには不自由してへん」

 カナエはかずさの腕をいきなり掴んで引き寄せた。抗う間もなく、唇を塞ぐ。
 舌を割り込ませようとするカナエを、かずさは思い切り突き飛ばした。
 驚きと混乱で声も出ない。

「─── 毎度」
 立ち尽くし、赤く濡れた唇を片手で押さえるかずさに、カナエはにやりと笑って顔を近づける。かずさは二、三歩後ずさった。
「そんな警戒すんなや。口止め料、言うたやろ。ごちそーさん、……大和には黙っといたるから」

 言いも果てず、かずさは身を翻して食堂を出て行ってしまう。階段を慌てたように駆け上る足音が聞こえた。
 泣かしてもうたか、とカナエは少し気が咎めたが、肩を竦めただけだった。

 
 
 
  

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コメント

実は更新されたその日に拝読しておりましたが、毎回更新してすぐにコメントを入れるのもちょっとストーカーっぽくて控えておりました(笑)
第五話読ませていただきました~♪♪
カナエ……このヤロウ~……好きだc(>ω<)ゞそんなカナエが結構好き。
ひどい事しやがって!と言いたいところですが、自分の小説でもっとひどい事を主人公にしてしまったので何も言えません(゚ー゚;
でもでも!かずさ受難の予感キュンキュ──(ω'∀'ω)──ン♪

この前息子が引き出しからハサミを取り出して口にくわえておりました……Σ(;゚Д゚ノ)死ぬ気か!!
あいかわらず、そんな必殺仕事人ばりの息子の世話におわれております( ̄Д ̄;;
子供も育てて!BLも書く!!BL大好き主婦(主腐?)同盟!!
続き楽しみにしてます♪♪
 
 ≪コメントありがとうございます♪ 
 すぐに読んで下さってるんですか?嬉しいです、ありがとうございます!ストーカーなんてとんでもない^^*
 八月もそんなカナエが好きです。ヒドイやつですが^^;かずさゴメン。(←この場で謝るの……?)

 必殺仕事人な息子さん、大変でしたね!チャラリ~というテーマ曲が頭の中に流れました……。子育てしてると、色々なことが日常茶飯事で起こりますよね^^;覚悟はしてても、「考えられへん!」的なことが。
  
 主腐同盟、いいですね!八月も末席に入れてください♪
 「キングの買い物」、続き楽しみにしてます☆
 
 

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