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月が見ている。6

 

 第六話

 

  
 いつものように夜半も過ぎた頃、大和はカナエとかずさ三人で暮らす屋敷に帰ってきた。三和土で靴を脱いでいると階段から軽い足音がする。寝巻きにしているカナエの子どもの頃の浴衣を身に着けたかずさが降りてきて、ほっとしたように大和に微笑んだ。
 
「なんや、まだ起きとったんか。寝とってええて言うたやろ」
 框に上がりしな、大和はかずさの頭を撫でる。
「子供は早よ寝なあかんで」
 
「……」
 切なく大和を見上げたかずさは、その目をすっと伏せる。
「ね、……眠れなくて」
「? 腹でも痛いんか?」
 かずさは黙って頭を横に振った。
 
 その様子を訝しく思いながらも大和は食堂に入り、片手に提げていた風呂敷を解いて重箱を取り出す。中には春霞楼が仕出しから取り寄せた惣菜がぎっしりと詰まっていた。
 それは女将が厚意で持たせてくれるもので、大和はこのおかげでほとんど料理をしなくて済んでいる。飯を炊くのと、やはり見世から持ち出しの卵や魚の干物をたまに焼いたりする程度だった。
 
「─── ほら、これ。やるわ」
 重箱を電気冷蔵庫に仕舞った大和は、風呂敷から転がり出たおひねりにしてある水色の和紙をかずさの手の平に載せた。
「なに?」
 
 くるくるとおひねりを解くと、薔薇の花を象った小さな砂糖菓子が幾つも現れた。かずさは目を輝かせる。
「すごい、きれい、……食べられるの?」
 
「ああ。珈琲とかに入れてもええらしいけど、飴みたいにそのまま食うてもええんやて」
「大和が買ってくれたの……?」
 
 嬉しさを隠し切れない表情でかずさは大和を見上げた。
 大和はそんなかずさに相好を崩しそうになり、慌てて引き締める。下心があると勘付かれたくない。

「いや、翠にもろた。馴染みの客からもろたんやて、……今、うちでワケありの子ォ預かっとるて話したら、ぎょうさんあるから持ってって、て」
 大和の口から出た翠の名に、かずさの笑顔がしぼんでいく。

「あ……翠さんが」
「そうやねん。あいつ、子供やったら菓子のひとつも買うたらな、言うて。なに買うたらええか判らん、言うたらコレくれてん。……」

 半分嘘だった。確かに、翠にはかずさが家にいることを話した。彼女が菓子のひとつも、と言ったのも本当で、それを聞いた大和は見世を抜け出し、近くの洋菓子店で薔薇の砂糖菓子を買い求めたのだ。

「あ、翠は口堅いから心配せんでええで。お前がここにおるて誰にも言わんから、……あいつな、お前と同じ歳で見世に来てん。一本立ちしたんは十六んなってからやけど、……お前が、心配やて。そんな子供にお勤めなんか出来へん、て」
 
「俺のこと心配して、……翠さんが」
「ああ。……ジブンこそそんな境遇やのに。ええ女やろ?」
 かずさは笑顔を見せて、頷いた。その笑顔に大和は目を細める。

「……ひとつ、食うてみ」
 促されるままにかずさは砂糖菓子を口に含んだ。薔薇の花弁がほろほろと崩れて甘い味が広がる。
「おいしい。甘い……」
 
「そおか。良かった、……翠に言うとくな」
 嬉しそうに笑う大和にかずさはちくりと胸の痛みを覚えた。それを隠し、自然な笑みを浮かべる。

「翠さんと話せて嬉しい?」
「子供は色恋に口出さんでええの。からかいな」
 かずさはえへへ、と笑い、目を伏せた。─── 本当は、大和に聞いて欲しいことがあった。

(……大和、……俺、か……カナエさんに……)
 ─── とても言えない。せいぜい弟としか思っていない子供が、口止め料代わりに無理やり口付けを強要され、しかもその『口止め』の内容は大和への恋心だなどと。
(……知られたら、……大和に、嫌われ……)

「どないした?」
 俯くかずさの様子を訝しく思い、大和は顔を覗き込んだ。かずさは慌てて顔を上げる。

「な、……なんでもない。もう、寝るね」
「ああ、おやすみ。寝る前に口ゆすぐんやで」
「うん」

 大和に言われるがままにうがいをしたかずさは、水色の和紙に包まれた砂糖菓子を大事そうに両手で捧げ持ち、二階へ上がっていく。ふわふわとした兵児帯の結び目が揺れるその背中が不思議に淋しそうに見え、大和は首を傾げた。
  

  

 
 
 
 
 
 明くる日の午後。かずさは食堂でひとり、掃除をしていた。
 続きの台所の洗い場やコンロはほとんど使わないので余りいじらず、床をきれいに掃き、雑巾で磨く。

 ……仕事に出かけた大和が帰って来て、これを見たらなんと言うだろう。褒めてくれるだろうか。少しでも、自分のことを気にかけて、……子供じゃない、と、……。
「……」

 かずさの手が止まる。─── 大和が、自分を子供としか見ていないことは判っていた。そしてだからこそ、大和のそばにいられるのだということも。
 もしも自分の恋心を知られ、……「子供ではない」ことを大和が認識したら、たちまち遠ざけられてしまうだろう。

 ─── 気持ちが悪い、近寄るな、と言われて。
 そばには置いて置けない、と佐野屋に連れて行かれてしまう。
「───」

 かずさは腕まくりしたカッターシャツの肩口で顔を拭った。雑巾をすすぎ、台所の窓から天日に干す。
 ちょうど、カナエがぶらぶらと屋敷の敷地内に入ってくるのが見えた。

『─── 口止め料、寄越せや』
 それをされたとき、驚いて声も出なかった。感触などよく覚えていないくらい動揺してしまった。
 けれど、カナエに口づけをされたことは事実で。

 それが大和だったらいい、と思ったことも本当だった。

「─── 何しとんの、お前」
 背後から声をかけられ、びくんと身体が竦む。いつの間にかカナエが食堂の入り口に立っていた。
「お、……お帰りなさい、……」
 
「うん」
 挨拶を返さなくて普通、といったところに甘やかされて育った坊々気質を覗かせながら、カナエは食堂に入ってくる。くすみなく磨かれたこげ茶色の床板に目を落とした。

「あ、……今、拭き掃除、して」
「掃除ィ? 大和に言いつけられたんか」
 かずさは黙って首を横に振り、小さく言った。
「……俺が、勝手に……」
 
 以前からかずさはカナエが苦手だった。カナエは遠慮なくかずさを値踏みする視線を投げかけ、あまつさえ平気で性的なことを仄めかす。立場が上だと熟知している者特有の傲慢な態度と仕草の圧力も相まって、かずさはろくに口も利けなくなってしまう。
 
 その上に、昨日のことがあった。
 
 とてもカナエの顔をまともに見ることが出来ない。

 俯いたかずさは食堂を出ようと扉に向かった。
「……大和に気に入られとうて床磨いたん?」

 カナエに腕を掴まれ、引き寄せられる。
「ケナゲやな。ジブンこと好かん奴に媚売ったかてしゃあないのに、……大和、他に好いたらしい女いてるねんやろ」
 
「……は、なして、下さ……」 
 怖い。カナエの喉仏が目の前にある。カナエの匂い。力強い腕がかずさを取り巻いた。

「つれへんやんか。─── 大和に言わないで、言うてすがりついてきたくせに」
 かずさは腕を突っ張り、カナエの胸を押した。その二の腕を掴んで、カナエはかずさの顔を覗き込む。
「チュウさしてくれたやろ、昨日」

 たちまち顔を真っ赤にするかずさをカナエは目を細めて眺めた。
「……今度はもっと、ちゃんとさして?」
 カナエの言葉にかずさは思い切り頭を横に振る。

「─── 大和に言うで。お前の気持ちも、オレにチュウさしたんも」
 突然冷ややかになったカナエの口調に、かずさは顔を上げた。
「大和、どう思うやろな、お前んこと。……気持ち悪いてもう口利いてくれへんかもな。部屋追い出されて、行くとこのうて、……そしたら、面倒みたってもええで。オレの妾んなる……?」

 甘い声でかずさを絶望させる言葉をカナエは口にする。
「いや……大和に言わないで、お願い、……おねがい……」
 泣きそうに瞳に涙を滲ませながら、かずさはカナエの胸に顔を埋めた。

 かずさのさらさらとした後ろ髪に指を差し入れて顔を上げさせたカナエは、そっとその唇に口付ける。大人しく目を瞑ったかずさの身体が硬く強張っているのが判った。─── 大和以外には触れられたくないのだろう。
  
 カナエはかずさの唇を舌で割り、ぬるりと侵入させた。一瞬びくついたかずさの腕がカナエの胸を押す。

 それだけだった。
 かずさの腕に力は込められず、カナエは好き勝手にその口唇を犯した。

「……は……」
 やっと唇を解放されたかずさは目の縁を赤く染めて、息を吐く。
「─── 甘ったるいなあ。飴でも舐めとった?」

 掃除の前に昨夜の砂糖菓子を口にしていたことを思い出したかずさは、カナエに問われるがままに、たどたどしく答える。
「……薔薇の、砂糖菓子を……大和が、翠さんからもらって」
「ミドリぃ? なんで翠が出てくんねん」

「……大和は、……翠さんのことが好きだから……俺を預かってるって、翠さんに話して……」
 
 かずさの言葉にカナエは奇妙なことを聞いたような表情を浮かべた。
 
 
 
   

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コメント

ども♪16です♪♪
くふ~~ん(ノ_≦。)切にゃい……。
そして毎度の事ながら、流れる様な深みのある文章に感服致します。
私も関西の方の方言なので、気持ち入っちゃって「うちがかずさ養うたる――」って胸キュンしてますc(>ω<)ゞ

またお邪魔させて頂きます☆
 
 ≪コメントありがとうございます♪
 文章のことを16さんに褒めていただくなんてとんでもない……(lll゚Д゚)
 堤防が決壊したような文章なので、よく練られて抑えられたでも気持ちの伝わる16さんのような文章に憧れます。
 もっと抑制されたカッコいい文章が書けるようになりたい……精進あるのみですよね~^^;
 
 関西の方なんですね!八月の関西弁はネイティブではないので(あえて言うならバイリンガル?^^*)おかしかったらすいません…。
 大和とカナエは生まれたとき(?)から関西弁でそれ以外ありえなかったんですが、なんでだか判りません。なんだろう、カナエがスカした標準語ってへんだから?そうかも……。
 
 また、ブログにお邪魔させていただきますね~♪
 

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