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月が見ている。7

 

 第七話

 

 
 ─── 大和が、翠を好き?
 
 それを聞いて一瞬だけ奇妙な表情をしたカナエは、繊細そうな顔にいつもの倣岸不遜な笑みを浮かべる。
 大和が嘘を吐いた、と判ったからだ。─── かずさを安心させる為に。

 翠は、十三で春霞楼に売られてきた。大和よりも更に二つ年上の彼女は、当時七つかそこらだったカナエにとって到底太刀打ちできない「お姐さん」だった。

 面倒見の良い翠は、お勤めをしている姐さん方の身の回りの世話をする仕事をこなしながら、カナエとよく遊んでくれた。大和に対しても同様で、二つの歳の差は大きいのか全くの弟扱い、彼女には今でも頭が上がらないようだった。
 
 片想いの相手というよりは、ただの幼馴染みのはずで、大和との間に色っぽい話は聞いたことがない。 
 
「か……カナエさん、……はなし、て」
 カナエの腕の中で、かずさがか細い声を上げて身動ぎする。抜け出そうとするかずさの華奢な身体を腕に閉じ込めたまま、カナエは小さな耳に囁いた。

「翠がどんな女か、知りたないか?」
 かずさはカナエを見上げた。もがいていたかずさの身体から力が抜けていくのが判り、カナエは心の中でほくそえむ。
 
「……おとなしゅうしとったら教えたってもええで。大和が惚れた女、気になるやろ?」
「……」
 カナエを見つめるかずさの瞳が、わずかに揺れる。掠れるほど小さな声がかずさの唇から漏れた。

「……おとなしくしてたら、……教えて」
 目を細めたカナエは、笑みを浮かべる。
「どつかれたらかなんからな。佐野屋の二の舞はごめんやで」

 言いながらかずさの耳の下に口付けた。びくん、とその身体が震えるのが判る。首筋に沿ってゆっくりと唇を這わせ、シャツの裾から手を侵入させた。
「……っ、や」
 
「おとなしゅうしとれて言うたはずやで」
 抗おうとしたかずさの二の腕を掴んで、阻む。もう一度、強引に唇を重ねた。
「……ふ……っう、……」
 当然のように舌が入り込んできて、蹂躙される。かずさはろくに息が出来なくなり、思わず顔を背けた。
 
 それをしおにカナエはかずさを突き放した。
「イヤやったら、ええねんで。無理せんでも」
「カナエさ……」
「─── 翠んこと、知りたかったらいつでもきいや。……もちろん、タダっちゅうわけにはいかんけど」

 ハラくくったら、おいで、とカナエはにやりと笑う。
「……」
 放心したかずさは、カナエが食堂から出て行くのをぼんやりと見送る。俯き、赤く濡れた口元を手の甲で拭った。……

 

 

 
 
 
  
 
 暗闇の中、かずさは目を開けた。ベッドで横たわる自分のその目の前に、大和が仰向けに眠っている。
 規則正しい寝息と共に浴衣に覆われた厚い胸板が上下する。かずさはこっそりと彼の横顔を眺めた。

 ─── 時々こうして大和の寝顔を見ていることを、彼が知ったらどう思うだろうか。
 
 気味悪がられるだけだと判っていた。大和は自分を子供としか、せいぜい弟としか思っていない。
『今日のみやげは水饅頭やで。美味そうやろ、……また翠にもろてん』

 子供の自分のために大和は翠からもらった菓子を、あの日から毎日のように携えてくる。その心遣いが嬉しく、……辛くて、哀しかった。
 
(……翠さんと、どんなこと話すんだろう。俺のこと、話したりするのかな……。それから、誰にも見つからないように、キ……キスしたり、とか)
「……」

 かずさは自分の唇を指先でそっと撫でる。─── 今日も、カナエにくちづけをされた。
 
 大和が見世の手伝いに行ってしまえば、家の中でカナエと二人きりになってしまう。それでも遊び歩くことの多いカナエが出かけてくれればいいが、たまに家に居ようものなら、かずさは大和の部屋からほとんど外に出られなくなる。
 
 もしもカナエに捕まれば……。
 今日のことが脳裏に浮かび、かずさは大和に背を向けた。

『……翠のこと、気にならへんの? ぜんぜん来えへんやん。……なんでも教えたるのに』
 カナエの指が器用にかずさのカッターシャツのボタンを外していく。
『あー動いたらあかんで。破けたん、大和に見せられへんやろ。……オレのお下がりなん着して、シブチンやな、あいつ、……オレが囲ったったらさらっぴんのええ服、着したるし』

 甘い声でかずさの抵抗を封じて、露わになった胸に手の平を這わせる。伏せた目に涙の浮かんだかずさの顔を上げさせ、唇を重ねた。
 後ろを廊下の壁に阻まれてかずさは逃げることも出来ない。─── それだけではなく、下手に抗えばカナエの機嫌を損ね、大和に何もかも暴露されてしまうだろう。

『……や……大和に言わないで、お願い……』
 涙声で懇願するかずさをカナエは目を細めて見下ろした。
『ええよ。オレのものンなったら、黙っといたる』

 カナエの言う、「オレのもの」がかずさにはどういうことか具体的には判らなかった。ただ、何か嫌なことだ、と思った。─── カナエの目は、佐野屋の主と同じだった。
 
 答えられずにうな垂れるかずさの鎖骨の下に、カナエはくちづけの跡を残した。
『手付けや。オレがツバつけたてしるし』
 
 内風呂の洗い場の鏡でその刻印を見て、かずさは泣きそうになった。消えないものか、と何度も指でも手ぬぐいでも擦ってみた。消えなかった。
(……大和に見られたら)

 これがくちづけの跡だと気付くだろうか。佐野屋の姐さんたちの白い首筋や胸元に付いていたものときっと一緒だ。二、三日しか娼家にいなかった自分でさえ何回か見ているのに、廓育ちの大和に判らないはずがない。
 
 かずさは浴衣の袷を掻き合わせた。─── 絶対に大和に見られたくなかった。
 
 何も知らない大和は、背を向けたかずさの隣で健やかな寝息を立てている。
 
(……大和だったらいいのに)
 三日とあげずにくちづけをされることも、シャツの上から触れていた手がボタンを外して、あるいは裾をたくし上げて入り込んでくることも、身体にくちづけの跡を残されることも。……全部、大和だったら、いいのに。

 実際は違うと判っていた。大和が好きなのは、「翠」。美人で色っぽくて、見も知らない子供にさえ高価な珍しい菓子をくれる、優しい女の人。子供の自分を心配して、気にかけて、……大和が好きになって当然の女性。

 大和が自分に触れてくれることなど、この先一生ないのだと。
 
 自分がカナエにされていることを、大和は翠にしているのだと。

 そして、大和はそれがとても幸せで、自分の気持ちなど迷惑な、いらないものなのだと。

(……判ってる)
 身動ぎもせずにかずさは、大和の体温をいつまでも背中に感じていた。

  

  

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コメント

こんなに嫌なキャラなのに……
カナエが好きすぎる私←
かずさも可愛いケド、カナエに苛められてるのが好きです☆
かずさと大和のすれ違いが何とも切ないです**
でも……もっと焦らしちゃってください(腐
カナエの活躍待ってます(え
 
 ≪コメントありがとうございます♪レス遅くなってすいませんι(´Д`υ)アセアセ
 カナエ、人気ありますね!臣にしろカナエにしろ、ちょっとヒネててエロくてヤな奴が、八月のキャラの中で人気があるようで嬉しいです^^;
 これからカナエ大活躍です。ええそりゃもう……。
 次話もイロイロとカナエに頑張らせますので、よろしくお願いします☆
 
 

キャハ━━━━(#゚ロ゚#)━━━━ッ!!
ちょっとおばちゃんが目を離した隙にかずさがカナエに手を出されておるΣ(*゚д゚*)クッハア--!!!
がんばれ!かずさ!!
何て一途なの、この子スリ(●'∀`人'∀`●)スリ
大和も優しいし、カナエはカナエでそういう性格好きです(・∀・)キュン!
もう、みんなまとめておばちゃん家においで~( ゚Д゚)コラ!!
小さい怪獣いるけど……。
 
 ≪コメントありがとうございます♪レス遅くなってすいません(A;´・ω・)アセアセ
 そう……そういう話なんですよね、コレ……。うーん、なんていうか、言葉を飾らないで言うと、セクハラ。いや飾ったってセクハラでしょう(^-^;
 セクハラものもイイなあ、と思って(ココロが病んでる…)思いついた話だったんですが、なんだろう、意外にセクハラシーンが書きづらいです。
 エロくならない……ならないなあ。元々えっちなシーンを書くのが苦手、というのを差っ引いても、色気がない……。
 精進します^^;
  

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