« | トップページ | 月が見ている。第九話更新 »

月が見ている。9

   

 第九話

 

   
「かずさ。かずさちゃん」
 ノックの音と妙に優しいカナエの声をドアの外に聞きながら、かずさは壁際にしゃがみこんで膝を抱えた。

「─── いつでもおいで。待っとるから、な?」
 カナエが遠ざかる気配。かずさはほっと息を吐いた。
「……」

 しばらくそうしていて、やがて立ち上がったかずさはベッドの反対側にある箪笥の真ん中に付いている小引き出しを開けた。中から、薄い水色の和紙のおひねりを取り出す。
 
 かずさはその包みをそっと開いた。小さく繊細な薔薇の花を象った砂糖菓子が、三つ、残っている。

 初めて、翠に ─── 大和の、想い人にもらった菓子であるそれを、かずさは大事に取っておいた。

 都市部との経済格差が大きい、貧しい農村に生まれ育ったかずさは、こんなに綺麗な細工の菓子など見たこともなければ、食べたこともなかった。この砂糖菓子に限らず、大和が持ってきてくれるいろいろな甘味はかずさの憧れであり、未だに手の届かないものとしか思えない。
 
 とくに、この薔薇の砂糖菓子をかずさは気に入っていた。カナエに意地悪をされて、泣いたときはこっそりこれを眺めて気持ちを慰め、時々はひとつだけ口に入れてその甘い味が消えるまで、消えてもなお大和のことを考えた。

 そうすると、だんだんに気持ちが落ち着いて、不思議と心が温かくなっていく。カナエに身体を触られて「お前みたいなガキがいくら大和のこと思ったかてムダや。諦め、」と言われたときの辛く、悲しい気持ちが薄らぎ、大和が優しくしてくれたことを思い出して胸がいっぱいになった。

 けれど、─── この、かずさの心を慰めてくれる砂糖菓子は翠が大和に持たせてくれたもの。

 大和が大好きな翠。
 大人の女性で、色っぽくて美人で優しくて、大和が好きになって当然の……。

 どんなひとか、会ってみたかった。ほんの少し、遠くから眺めるだけでもいい。
 そう思い、以前に「翠さんに直接会ってお菓子のお礼が言いたい」と大和にせがんだことがあった。

『さ、佐野屋とうちの見世は目と鼻の先やで。あかんがな』
 慌てたように言う大和に、かずさは仕方なく諦めた。
 
 ─── ところが、そこへ、不意に目の前に差し出された翠の写真。
 
『おいで。翠のカオ、見たいやろ』

 ……カナエの手を取って、部屋に行ったら写真を見せてもらえただろうか。

 かずさはベッドに腰掛けて、両手の平に載せた和紙の中をじっと見つめる。砂糖で出来た、小指の先ほどしかない小さな薔薇は、薄く黄色や水色に彩色されていてとても可愛らしい。まるで翠自身を象徴しているようで、そんな菓子を見たこともなかった自分とのあまりの落差を思い、かずさはうな垂れた。

 ……砂糖菓子ではなく、直に翠の写真を見たら、大和のことを諦められるだろうか。
 好きじゃない、と。なんとも思ってない、と。

 夜中にこっそり大和の横顔を眺めて、少しだけ近づいて、幸せな気持ちになったり、翠とのことを考えて落ち込んだり、することが無くなるのだろうか。
 
「……」
 翠の写真が見たい、と思った。大和があれほどまでに好きなひとの顔が、見たい。   
 ─── それで大和を諦めなくてはならなくなっても。
 
 かずさは手の平の上の砂糖菓子をひとつ摘んで、口の中に入れた。
 

   

  

 
 コツコツ、とドアを控え目に叩く音がして、カナエは読んでいた雑誌を放り投げた。
 大和はノックなどしない。せいぜい「入るでー」と声をかけて、返事も待たずにいきなりドアを開ける。カナエもかずさが大和の部屋に住み着く前はそうしていた。

 その上、大和は見世を手伝っているはずの時間で、そうなるとかずさしかいない。
 カナエが確信を持ってドアを開けると、やはりかずさがそこにいた。

 息を詰めて、カナエを見上げている。
「……なんや」
 綺麗に整った顔が緊張に強張っているのを目にして、カナエはうっとりと蕩けるような笑みを浮かべた。─── 昨日、エサまいた甲斐があったわ。
 
 意外に釣れるん早かったな、と思いながら、促しもせずにかずさの顔を無遠慮に眺める。
 カナエが部屋に入れてくれないので、かずさは仕方なしに口を開いた。

「……写真……翠さんの、写真、……見せてくれるって……」
「ああ。アレ?─── ええよ。入り」
 
 カナエの部屋に入ったかずさは煙草の匂いに咽そうになった。七宝焼きの灰皿にうずたかく積まれた両切り煙草の吸殻が目に入る。大和の部屋よりも広いはずなのに、床一面に散らばった服や雑誌で足の踏み場もなく、狭く感じた。
 
 乱れたベッドの上からバサッと雑誌が落ちて、扇情的な格好をした女性の絵姿が露わになる。カナエはそれを足で避けて、灰皿の横にあった写真を手に取った。フーと灰を吹き飛ばし、更に手で払う。

 そしてベッドに座った。
 立ち尽くしているかずさに、にやり、と笑う。

「ここ、おいで」

 かずさはカナエに言われるままに近づき、─── その足の間に座らされた。
 背中にカナエの体温。肩の上、耳元に寄せられた口から煙草の匂いが強く香る。自分を取り巻く腕から伸びた手の先に、翠の、写真。

「……翠、さん」
「そうや。べっぴんやろ」

 白い縁取りの中に、綺麗な女性が座っていた。畳に昔の遊女のようなだらりの帯と豪奢な着物が広がっている。半襟の上には白く小さな顔。大きな目は凛とこちらを見つめ、口角を上げた唇は色っぽい笑みを浮かべている。結い上げた髪の毛にはいくつも鼈甲らしい簪が刺さっていた。

「それな、ガイジンのお偉いさんが遊びに来はったときに、昔の太夫みたいのんがええて言わはるもんやから急ごしらえしたんや。着物はどうでもなるけど髪は大変やったでー」
 カナエが囁く言葉はかずさの耳を素通りする。─── 生き生きとした艶やかな翠の姿に打たれていた。

(……こんな、ひとが、大和は好きなんだ……)
 放心するかずさの手に、カナエはその写真を押し付けた。かずさは自分が持たされたことも気付かないまま、翠に見入っている。

「やるわ、それ。─── 大和にやったら喜ぶんちゃう。好きな女の写真やもん」
 カナエはわざと「大和の好きな女」を強調する。かずさの潤んだような悲しい目を覗きこんで、悦に入った。

「大和に見切りつけた?」
 後ろから、す、と手をかずさのカッターシャツの裾から潜り込ませる。びく、と震える華奢な身体を腕の中に閉じ込めて、手の平で滑らかな肌を味わう。

「……っ、カナ……」
 周章てたかずさの声が誘うようにカナエの耳に届く。カナエはかずさの胸の突起を見つけ、きゅ、と摘まんだ。

 びくん、と身体を震わせて、俯けた顔を真っ赤にするかずさにカナエはくすくすと笑った。
「……ヤラしいなあ、……気持ちええの?」
 カナエに身体を弄られながら、かずさは精一杯頭を横に振る。

「ウソやん、……エエてココ、言うてる」
「やあ……っやだ、やめて……」
「まだ大和にみさお、立てとんの?」

 小さな悲鳴を耳に心地よく聞きながら、カナエは腕の中のかずさをベッドの上に押し倒した。
 抗うかずさの手の中で、写真がくしゃりと潰れる。
 あっけなく馬乗りになったカナエは泣きそうなその顔を見下ろした。

「判ったやろ。大和は色っぽいオトナの女が好きやねん。オマエみたいなガキ、相手にせえへん。眼中にもないわ」
 カナエの言葉にかずさの目に涙が浮かんでくる。

「あいつが優しゅうしてくれるからて、勘違いしたんやろ。……大和はダレにでもそうやねんで。オマエが特別なんとちゃう、オレにかて優ししてくれる」
 いらんけどな、そんなん、とカナエは呟く。
 
 かずさはカナエの身体を押し戻そうとした。……その余りにも弱々しい力に返って嗜虐心を煽られたカナエは、華奢な手を乱暴に振り払う。

「諦め、もう。大和なんか思っとるより、オレがええこと教えたる」
「……っ」
 カナエの唇が首筋を這い、かずさは声にならない悲鳴を上げて嫌がる。
 
 ─── けれど、カナエの言うことは間違っていなくて。
 大和が好きなのは、翠で、……どんなに望んでも、大和が子供の自分を振り向いてくれることはなくて。

「─── 大人しなったやん。そのまましとき」
 ベッドに押さえつけた細い二の腕から力が抜けたのを知ったカナエは、笑みを浮かべた。

 
 
 

   

     目次next≫  

 ↓ランキングに参加しています。ぽちっと押して頂けると嬉しいです♪

   アルファポリス
     にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ 

 

 

« | トップページ | 月が見ている。第九話更新 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 月が見ている。9:

« | トップページ | 月が見ている。第九話更新 »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト

リンクⅡ

  • 拍手お礼画像等を使わせて頂いています


  • アルファポリス


     
  • 雪ひろとさんと鷹槻れんさんのサイトです。


ブログバナー

  • Bromance

    リンクフリーです。報告は任意でお願いします。
無料ブログはココログ