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月が見ている。12

 
  

 第十二話

 

「─── かずさ……?」
 不意に ─── 。
 
 背後から大和の訝しげな声が聞こえた。
 かずさは、びくんと背筋を硬直させる。

 大和が帰ってきたのだ。カナエと揉めていて気付かなかった。
 
 ─── 振り返ることが出来ない。
 
「おう、大和ー、ええとこ帰って来たなあ」
 へらへらと明るい口調でカナエはかずさを押しのけた。

「……カナエ。お前、酔うて」
 大和はいつものように片手に提げていた風呂敷包みをテーブルに置く。そのまま苦言を呈しようとした大和をカナエはにやりと笑って遮った。
「お前にええこと教えたるわ、大和」

 かずさは大和とカナエに背を向けて俯いたまま、─── 一歩も動けない。

「お前が大事に、大事にしとるこのガキな」
 意地の悪いカナエの声がかずさの背に当たる。止める術はなかった。

「お前のことスキなんやで。ホンマはお前にヤられたがってんやで?」
 
 ─── もう、駄目だ。

 うな垂れたかずさの肩が、揺れた。

「お前、翠のこと好きやて言うたやろ、こいつに。それでも性懲りもなく、お前んこと諦められんと、オレに黙っててくれ、言うんやで。お前に気持ち知られて気味悪がられたらイヤやから、言わんでくれて」
  
 大和が絶句しているのが、かずさには判った。

 ─── ずっと、弟のように思って、親切にしてきた相手が、実は下心一杯で一緒にいた。
 大和は、もう。

「笑てまうやろ? 好きな女いてるて知っとるのに、お前に嫌われたないてこいつ、……オレに口止め料払ててんで」
「くちどめ……?」

「そうや。お前の目ェ盗んでオレにチュウさしたり、いろんなとこ、触らしたり、……お前に黙っててくれて、今も」
 
 ─── ちがう。
 俺、やだって、やめてって何度も頼んで、でも、……大和に嫌われたくなくて。

 黙っていてくれるって、カナエさんが。だから。

「さっきかて、翠の、お前の好きな女の写真見たいて、部屋まで押しかけて来て、……オレの下で」
 
 ぱさり、と軽い音を立てて水色のおひねりがかずさの足元に落ちる。……その瞳から涙が溢れた。
 
 身を翻したかずさはカナエと大和の脇を小走りに通り、二階に駆け上がっていく。
 ばたんとドアの閉まる音を大和は聞いた。

「……カナエ」
「なんやあ?」
 上機嫌でへらへらと笑い続けているカナエに大和は低く訊いた。

「─── 今の話、ホンマか。口止め料払た、て」
 
「ああ? ホンマやでー、オレウソつかへんもん。……あいつ本気でお前に惚れてんねんで。お前が男のガキなんかキョーミないて、気持ち悪いて思われたらイヤやから、ジブンこと黙っといてー、て、……おもろいねんで、いや、やめて言うててもな、大和にバラすで、てちょお言うたらすぐ大人しなってな、カラダいじらすんやで。涙溜めて、可愛え声上げて、……大和に言わないで、お願い、て」

 カナエの、身体が飛んだ。
 飴色の椅子にぶつかり、派手な音を立てて、向こう側に頭からひっくり返る。載せてあった風呂敷包みごとテーブルがずれた。

 何が起こったのか判らなかったカナエが、大和に殴られたのだと自覚したのは一瞬のちのことだった。
 背中と後頭部が痛い。それよりも更にズキズキと痛む頬に手を当てる。

「……いっ……痛った、なにすんねん、……」
 身体を起こそうとしたカナエは大和にカッターシャツの胸倉を掴まれた。
 至近距離の大和は火を噴きそうな目付きで真上からカナエを睨みつける。
 
「─── 今度あいつに触ってみい。殺すぞ」
 カナエは目を瞬かせた。─── 大和らしからぬ、自分を見失った乱暴な言葉。

 大和でも、我を失ってこんなに怒りを露わにすることがあるのか、とあっけに取られた。
 二の句が告げずにいると大和がぱっと手を離した。引き上げられていたカナエはどさっと床に落ちる。

 かずさの落とした水色のおひねりを拾い上げ、大和は二階へ上がっていった。 
「……なんやあ」
 仰向けにひっくり返ったまま痛む頬をさすりながら、カナエは口の中を舌で探った。頬の裏側が切れているらしく、血の味が広がる。ぐらつく奥歯を舌先で突付いて顔をしかめた。

「……歯ァのうなったらどないしてくれんねん」
 大和はかずさを想い、かずさは大和を想っている。
(……ま、知っとったけど)
 
 最初はほんのちょっとした悪戯のつもりだった。かずさが一途に大和に恋心を寄せているのが可愛らしく、意地悪をしたくなった。そのまま大和に、カナエに触られた、とご注進に及べば済む話だったのが、かずさは大和に嫌われるのを怖がる余り、いつまでも黙っている。
 
 カナエはイライラした。もっと苛めたくなる。
(……イラつくのも道理や)

 自分ばかりが悪者になり、気分が悪い。かずさは自分がどれほどちょっかいを出してもなびく様子を見せず、それはカナエにとって大和に負け続けることだったのだから、余計に苛立つ。
 
 それでなくともカナエは、いつも何とはなしに苛ついていた。兄貴風を吹かせる大和や周りの人間が気に食わないからだ、と思っていた。それを解消しようと、見世の娼妓に手を付けたり、遊び歩いたりもしてみた。
 
 ─── 本当のところは。

 何もかもが苛つく対象であるカナエにとって取り分け面白くないのは、周囲の人間全てに頼られ、跡取りと目されている大和の、使用人と言って憚らない言動と分を弁えた態度だった。

( しょーもないホンマもんの跡取りなんかほかして、俺が見世継いだる、ぐらいの顔すればエエものを)
 
 申し分のない「いい奴」で、一人息子の自分を立てる大和に歯ぎしりしたくなる程イライラする。この一ヶ月、自分を悪者にし、大和を想い続けるかずさを間近に見て、尚更それは深まっていた。

 苛立つ気持ちは行き場を失くして、カナエの内側に澱む。
 
 ─── 何もかもを暴露して、大和を、本気で、怒らせてやりたい。
 
 そして、そうした。
 
(……怒りよったな。あいつ。思った以上に)
 少し、あっけに取られるほどに。世話になってきた春霞楼の正当な跡取りである自分に、甘やかしてきた自分に、拳を振りあげるほどに。
 
 殺す、とまで言い放った大和の鬼のような形相が頭から離れない。
(……怖っわー、なんやねんアレ、……手ェ出されてそんなアタマくるんやったら、とっとと自分のもんにしたったらええねん。どアホウが)

 そう思いながら、なぜか、気分が良かった。頬は腫れ上がってきていて、口の中に拡がった血の味で吐き気がする。何より顔半分と頭の後ろと背中が痛くて、状態としては最悪だが。
 
(……大和のヤツあんな必死こいて、……ホンマにかずさに惚れてんねやな) 
 胸のつかえが取れたようで、笑いの発作がこみ上げて来る。
「……いっ……つつつッ」
 笑おうとしても笑えない。カナエは大きく息を吐いた。
  
「割りに合えへん……」
 かずさがお前んこと好きて教えたったのオレやで、大和。……思っきりどつくことないやろ……。
 天井がぐるぐると回り出す。カナエは、酔いに任せて目を閉じた。

 

 
    

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コメント

おっと!!∑(゚ω゚ノ)ノ
十一話のコメントを入れようと思っていたら、十二話が更新されておりました!!ラッキー♪♪

ついにカナエが言っちゃったよ~。・゚・(ノД`)・゚・。
そんなはっきりと……あんたって子は……好きだ((〃∀〃人〃∀〃))ダキッ
かずさが心配な反面、カナエを慰めて抱き締めてあげたくなります。んで、大和もかっこいい……結局みんな好き(;^ω^)

続き楽しみにしてます♪♪
また寄らせて頂きますね~(o^―^o)

 ≫コメントありがとうございます♪
 カナエ大暴露。しかもあんな意地の悪い言い方って……┐(´д`)┌ヤレヤレ
 そんなカナエを気に入って頂けて嬉しいです^^*でもうっかり慰めたりしたら図に乗りますよ~。そういう奴だ……^^;
 
 毎日更新されてお忙しいのに、来て下さって本当にありがとうございます ((w´ω`w))
 またお邪魔させていただきます!
 
 
 

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