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続・月が見ている。4

 

 〈4〉

 
 色街の夜は明るい。夏の終わり、まだ日の沈まぬ内から取り決めた刻限に派手なネオンや街灯に灯りが入り始める。まがきと呼ばれた緋色の格子は街中から廃止されて久しいが、それでも念入りに化粧をして思い思いに和服や洋装で着飾った娼妓たちは、一階にあるかつての張り見世に集まり、時には外に出て、客を引く。
 
 開け放し、カナエが物憂げに外を眺めている窓から遣り手の客引きや妓の嬌声が微かに聞こえてくる。
 自分がいては勤めに差し障るのではないか、とかずさは翠に対して気が咎めて、訊いてみた。
「ええんよ。大和の大事なひとやもの。……それに、身請けの話はもう旦那様まで通っとるの。うちが相手するんは坂口様だけなんよ」
 
 そんなしきたりを知る間もなく佐野屋を飛び出した事に、かずさは気付いた。隠居というからにはかなり歳を重ねた人物であろう坂口某に身請けされる話、それは翠の本意なのだろうか、果たして仕合せになれるのだろうか、と考えていたかずさの心は、一足飛びで自分の為に佐野屋に行った大和へ向かう。
 
 途端にそわそわと落ち着かなくなる。佐野屋の主に大和がひどいことを言われてはいないだろうか。
 ─── 自分を連れて来い、と怒鳴られてはいないだろうか。
 
 もし、そうならばすぐに佐野屋に行って、主に頭を下げよう。自分がそばに置いてくれと大和に頼んだのだ。大和は困って、それでも仕方なしに置いてくれた。厄介者でしかない自分に優しく接してくれて……だから。
(大和はちっとも悪くないんだから、俺が守らなくちゃ)
 
「……翠さん、俺、佐野屋に行ってきます。やっぱり俺が行かないと、おかしいです。だって大和は俺を請け出す為に佐野屋に行ったのに、……俺だけここにいるなんて」
「かずさちゃん、せっかくやからお化粧してみいへん?」
「えっ? ええっ?」
 かずさの言葉を聞かなかったように立ち上がった翠は、いそいそと鏡台のそばから化粧道具入れを出してくる。

「大丈夫、よう似合とるから、着物。……ひゃー、お肌すべすべやないの、ええねえ」
「あのう、あの、翠さん、困ります、俺、あの、……佐野屋に」
 頬を撫でられ、身体を引こうとするかずさを翠は捉まえた。思いがけず、真剣な眼差しがかずさの目を覗き込む。

「……あかんよ。かずさちゃんはここにおって? 話は大和がつける。旦那様も付いとるし、心配あらへん。……かずさちゃんが行ったら逆効果なんよ。佐野屋さんが、大和と寄り添って庇うかずさちゃん見たらどう思わはると思う?……二度と佐野屋さんから外に出られへんようになるよ」
 
 翠の言葉に驚いて、その取りすがるような瞳を見つめる。だから自分を連れて行かなかったのか、とかずさは合点がいった。見張りに付けられた翠が自分に女物の着物を着せたのも、うかうかと表に出られなくする為だ。かずさはためらいながらも、頷いた。
「……判りました。ごめんなさい……」
 
「謝ることない。かずさちゃんが大和んこと心配するん、しゃアないと思うわ。さんざんえげつないこと言われてそれでも平身低頭するしかないんやから、……まあ、大和がアタマ血ィ昇りきる前に旦那様がおゼゼでどうにかしてくれはるやろ。その為に付いていってるんやし」
 
「……」
 大和は、今、自分の為に嫌な思いをしてくれている。そう思うといてもたってもいられなくなるかずさだったが、自分が行ったところで更に状況が悪くなるだけなのだ。
 歯痒くて、唇を噛みしめるかずさの顎にそっと白い華奢な手が添えられる。

「そんな噛んだらあかん。血ィ出る」
「……翠さん」
「歯型ついとるやないの。大和が帰ってきたら心配するわ」
 
 翠は化粧道具から紅筆を取り出してかずさの少し腫れた唇に押し当てた。沈んだ気持ちで大和のことを想うかずさはされるがまま、唇に色を乗せられる。
「……さ、出来た。噛んだとこ目立てへんようになったからね、……落とすときは大和に口で取ってもらうんやで」

 軽口を耳打ちする翠にかずさはうっすらと頬を染める。─── 大和に早く帰ってきて欲しい。くちづけは、しなくてもいい。ただその顔を見て、声を聞いて安心したかった。
「なんや、そうしとると仲良し姉妹みたいやな」
 
 相変わらず頬杖をついたまま窓の外を眺めていたカナエが、ちらりと視線を寄越して言う。紅筆を手に翠は笑みを向けた。
「坊ンもキレイにしたろか? 元が器量良しやからめっちゃ別嬪さんなるで」
「ダレがや、アホ。お断りや」
 
 ふん、と顔を背けたカナエは、通りの斜向かいの路地を入ったところにある一軒の娼家の黒い屋根を見つめた。平屋のその家屋には今、春霞楼の主と若衆頭を約束されられた男が乗り込んでいるはずだ。
 
 ─── 主夫婦の一人息子とはいえ、カナエは自分が跡を継ぐなどと実感したことがなかった。いつも、自分の前には大和がいたから。
 
(何かあれば、大和が)
 出来のいい大和に反発しつつ、甘えていた。見世の妓に手を出したのも、三日も余所の見世に入り浸って春霞楼を顧みないような真似をしたのも、それは大和がうちで認められているせいで、比べる周りが悪くて、─── だから。
(とっとと大和が見世継いだらええのに)

 カナエの気持ちとは裏腹に使用人然とする大和が腹ただしかった。
 大和がどれほど「自分は使用人」と言い張ったところで、周りの目は、若旦那を見る目付きなのに─── 。
(それやのに、結局)

 お店大事で育った大和はかずさの為に、見世よりも大事なものが出来てしまったがゆえに、暇をもらうと言い出した。大和にとって本当に、自分は使用人という意識だったに違いない。それを思い知らされた。
 いや、大和だけでなく ─── 本当は周りも、跡取りは一人息子の自分で大和は使用人に過ぎない、と思っていたのだろうか。
  
 カナエは心ここにあらずでぼんやりと、娼家が軒を連ね、湯屋の煙突があちこちに聳える色街の風景に目を馳せる。幾人かの男が二階の窓を見上げていることにカナエが気付いたのは、遣り手のひとりが翠の部屋の外から声をかけた時だ。
 
「翠姐さん、いてはりますー? なんや、窓から外見てる別嬪さんいくらや、訊かれたんですけど、姐さんやないみたいで」
 
 翠とかずさは顔を見合わせる。そっとカナエの後ろ姿を見つめると、やにわに立ち上がった薄青の着物姿の器量よしは窓の下めがけて怒鳴った。
「ワレどこに目ェ付けとんじゃ、ボケー!」
 
 直接声をかけられたのか、死ね、カス、と罵詈雑言が続く。憤然と肩で息をするカナエの後ろ姿にかずさは驚き、翠は可笑しくてたまらず笑い出した。
「なんや、化粧もしてへんのに客引いたん? 別嬪さんやなー、カナエちゃん」
「殺すど翠! お前がこんなん着せるからやっ!」
   
 カナエの恫喝をどこ吹く風とやり過ごし、すっと立っていった翠は襖の向こうの遣り手に「断ってー。その別嬪さん、ご機嫌斜めやねん」と言って引き取らせる。
 解いた帯と着物をカナエは畳に投げ捨てた。
 
「乱暴にしな、サラやねんで」
「知るかッ。なんでオレにコナかけんねん、目ェ腐っとんか!」
 
「お目が高い、言うやつやで」
 じき、春霞楼の若旦那なるんやもんなあ?とカナエの出方を見るかのように翠は訊く。
 少しの間、唇を引き結んで黙りこくっていたカナエはやがて口を開いた。
 
「……なんで知っとん」
「女将さんから聞いとるよ。坊ンが跡継いで、大和が若衆頭んなって見世取り仕切るて。うちが請け出される前に若旦那なってな? 坊ンの若旦那に送り出して欲しいわあ」
「……」
 
 薄青い袷を片付けながら面白がる翠に、むっとしたカナエは胡坐をかいて座り込む。
 ぼそぼそと不満を口にした。
「……オレ、若旦那なんかならん。お前かて判っとるやろ、……大和の方が、大人で落ち着いてて、しっかりしとって、若旦那らしいて。親父かてお母んかてそう思とったくせに、なんや今さら、……大和が、なったらええんや、……」

「なんや、えらい弱気やねえ」
「……無理やもん、オレ……」
 姉のように思っている幼馴染みに対する気安さからか、カナエはかずさには見せたことがない気弱な表情で膝を抱えた。

「大和の方がずっと向いとる。オレ、あかん。……」
 恨みがましい気持ちが先に立ってかずさに視線を走らせる。「お前さえおらなんだらこんなことには」と言いそうになって口を噤んだ。さすがに子供に言うのは憚られたし、─── 何より。

「ごめんなさい……」
 かずさの方から、目を伏せたまま、頭を下げてきた。
「……俺の、せいだって……判ってます。でも、……あの、俺」

 桜の花びらの模様が舞う膝の上、かずさの指が組み合わされる。
 意を決したようにカナエを正面から見据えた。
「や、……大和が、好きなんです……」

 憧れていた翠にも渡せないほど。誰にどんな迷惑をかけても。
 大和を想う気持ちは、譲ることが出来ない。
 
「─── 判っとるわ、そんなん」
 大きな瞳の中にきらきらとした意思を垣間見て、カナエはため息をついた。抱えた膝に頬杖を付く。
「今頃なに言うてんねん。オレほど思い知らされとる奴、他におらんで? あーんなヤラしいことされても、大和、大和、て……そや、大和に教えといたろか? お前がどこヨワいか。探す手間が省け……」

 翠が後ろから、手に持った漆塗りの長煙管でカナエの頭をぽかりと殴った。
「いっぺん大和に半殺しにされたらええ」
「痛いなあ! ガキからこうたぐらいでどつくなやッ」

 頭を押さえたカナエは、未だ申し訳なさそうにしょんぼりと肩を落とすかずさをちらりと見た。
「─── しゃあないなあ。ガキが辛気臭いツラすんなや。……大和が若衆頭務めるんやし、オレみたいなんが若旦那でもなんとかなるやろ。いやや言うたかて親父の決めたことやしな」

 ハラ括らなあかんかあ、とカナエはごろりと横になる。俯くかずさを下から眺めた。
「しっかしお前も強情やな。そんな大人し顔して、うちの見世、引っ掻き回して……アレやな、傾城の美女、言う奴やな。ホンマに城傾けるようなヤツて大人しいて強情やねんなー」
 
「ご、ごめんなさい……」
「大和と一緒におりたいから謝っとんのやろ? 諦める気ないねんやろ?」
 恐る恐るながらも、こく、とかずさは素直に頷く。カナエはその場で大の字になった。
 
「よう惚気てくれるわ。……アホらし」
 やはり、自分は若旦那になるしかないらしい。元々跡取り息子なのだから当たり前と言えば当たり前だが。
「なかなか覚悟でけへんで……」
 
「─── 覚悟はおいおい決めたらええ」
 煙草盆の前で翠は長煙管に火を移しながらカナエのひとりごとに答える。
  
「大和に甘えてきたツケが回ってきたんや。まだ時間があるだけマシやで。今すぐでのうても、腹括りや。─── 大和かて覚悟決めて、うち来て洗い浚いぶちまけて佐野屋さんにいびられに行っとる。かずさちゃんも大和が好きて腹括っとる。坊ンの番が来た、言うだけの話や」

 細い指に支えられた長煙管を形のよい唇から離して、翠は煙を吐いた。
「誰かていずれは、何がしか覚悟決めなあかん時がくるんやで。それを他人のせいにするか自分で選ぶかは己次第や。みっともなくなりたなかったら自分で選び」
「……きッつい娼妓やなあ。よう身請け先決まったもんや」

「失礼やね。引く手あまたやで」
 そう言う翠も請け出される覚悟を決めたのだろう。自分よりずっと年上の男の手活けの花になって一生を終えてもいい、と。
 結局うじうじゴネてるのはオレだけかいな、とカナエは口を尖らせた。

「……」
 かずさは柱にかかっている時計に目を走らせた。─── 大和が見世を出てから、一時間半が経っている。
 俯いて、膝の上で手をぎゅっと握り締めた。

 かずさの様子に気づいた翠はカナエを促した。
「坊ン、佐野屋のみず穂、馴染みやろ。ちょっとカオ見に行って来て」
「ええー、……オレまで吊るし上げ食らうわ」
 
 そう言いながらも、カナエは立ち上がる。さすがに少し遅いのが気になってきた。
 一緒に行きたくてかずさもカナエのそばに来るが、見上げるのが精一杯で「行きたい」とは言えない。
「……そんなツラすんなや。オレが泣かしたてまた大和にどつかれる」
 
「かなっ……カナエさん、俺、どうしよう、大和が、……大和が帰って、こ、こなかったら」
 不安定に声が揺れ、大きな黒い瞳に涙が滲む。カナエは参った、と言わんばかりに嘆息した。
 かずさの髪の毛にさらりと指を入れ、耳をくすぐる。
「帰ってくるて。万一、帰ってけえへんでもオレが面倒見たるし」 

 カナエが軽口でかずさの気持ちを宥めようとしたその時、何の前触れもなく襖が開いた。
「─── ダレが帰ってけえへんて?」
「……大和っ」

 出掛けて行った時よりも、少し疲れた様子の大和が入ってくる。かずさはカナエの手を振り払うようにして大和の元へ駆け寄った。
「……おか……おかえり」
「ただいま。……着物、どうしてん? 翠のか?」
「う、うん」
 
「くちも紅い。何してくれてんねん」
 大和に軽く睨まれた翠はにっこりと笑顔を返した。
「だってかずさちゃんめっちゃ可愛らしいねんもん」
 
 待ちわびていた想い人をかずさは見上げた。そのがっしりした身体つきも低く優しい声も、目を細めて自分を見る仕草も全てに惹きつけられ、 ─── どうしていいか判らないほどの慕わしさがこみ上げてくる。
 
 大和はかずさの泣きそうな表情に気付いて、有無を言わさず抱きすくめた。驚きながらもかずさは白いカッターシャツに覆われた広い胸に顔を埋める。
「……っ心配した……」
「うん。遅なって、ごめん」
 
「すぐ帰るって言ったのにっ……うそつき、……も……帰ってこなかったら、どうしようって、俺、……佐野屋の旦那さまのお妾になってもいいから、大和を春霞楼に帰してって……」
「そんなん困る。せっかく頭ぺこぺこ下げて俺のもんにしたのに」
 
 大和の言葉と体温で不安な気持ちから解き放たれたかずさは、声を上げずに泣き出す。
 柔らかい髪に指を差し入れながら、大和はもう一度小さな身体を強く抱きしめた。
 
 
 

 
      

     目次続・月が見ている。最終話

 

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コメント

 ども ヾ(-∀-*)(*-∀-)ノ ども
 連載終わってフラフラしてたら、発見!([+]Д・)
 ヤタ───v(-∀-)v───♪
 
 大和帰ってきて良かったねえ~。・゚・(ノД`)・゚・。
 そしてやっぱり翠姐さんかっこええです♪♪
 カナエは……あんたはもうどこかの旦那に買おてもらいなさい……ってかそういうのが見たいような((〃∀〃人〃∀〃))

 連載面白いと言って頂けてよかったです~♪
 一足お先に完結してしまいましたが☆仕事復帰しても、ちゃんとここには通いますよ~!!それこそ遊郭に通う旦那衆のように(笑)

 ではまた♪♪
 
 ≫コメントありがとうございます♪
 実は今まで16さんのブログにお邪魔して、コメントを残してきたところです。^^*
 帰ってきたら16さんからコメント頂いていて、超ビックリ。ちょうど同じくらいの時間にお互いのブログに行ってた、ってことになるんですかね~(/ω\)ハズカシーィ
 
 ところでカナエってリバだと常々思っていた(唐突だな!)んですが、段々受けの方に傾いてきてます。受けでもいいんですけど、そうするとカナエ×かずさがビアンぽい気がしてきて、なんか微妙です^^;BLなのに系統の違う色気。トホホ感があります ┐(´-`)┌

 開き直って、カナエがどっかの旦那に囲われる話もイイかもしれません。見世の借金のカタとかで。その際にはぜひともとんでもないツンデレクールビューティーっぷりを発揮して欲しいものです。(冗談ですよ!(@Д@;)
 
 ではでは、またブログにお邪魔させて頂きます♪
 
 

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