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2009年10月

続・月見4更新。

 続・月が見ている4更新しました。

 四話目に全部入れちゃおう、と思ったのですが、入りきらなくて少し足が出ました……。それは五話目に入れて、完結させたいと思います。

 しかし、なんですね、3、4、そして5にまたがるような話を一話として捉えていたなんて。どうしてそう思ったんだろう……(@Д@;

 実は1、2も一話として捉えていました。
 1、2が一話目、3、4、5、が二話目、5の後半が三話目、合計三話、あ、ちょっと短くなって二話で片がつくかな~とか思って、続月の連載始める前に「二、三話で終わり」みたいなことを書いたんですが、とんだ見込み違いでした……ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

 大体、特殊施設(妓楼)出すんなら、その説明だけで五話ぐらいいけそうだ、と思って然るべきですよね……。でも、元々、妓楼の内部にはあんまり重点を置いてない話なので、ほぼスルーしようと思っていたんです。
 翠の部屋とか、着物とか身請けの話とかは避けて通れないので、それなりに書きましたが、それでもまだ全然描写不足。(←書くならちゃんと書け……)
 精進します……そんなに説明に文字数取られないように、簡潔に、判りやすく、せめて雰囲気だけでも~(´;ω;`)ウウ・・・

 

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続・月が見ている。4

 

 〈4〉

 
 色街の夜は明るい。夏の終わり、まだ日の沈まぬ内から取り決めた刻限に派手なネオンや街灯に灯りが入り始める。まがきと呼ばれた緋色の格子は街中から廃止されて久しいが、それでも念入りに化粧をして思い思いに和服や洋装で着飾った娼妓たちは、一階にあるかつての張り見世に集まり、時には外に出て、客を引く。
 
 開け放し、カナエが物憂げに外を眺めている窓から遣り手の客引きや妓の嬌声が微かに聞こえてくる。
 自分がいては勤めに差し障るのではないか、とかずさは翠に対して気が咎めて、訊いてみた。
「ええんよ。大和の大事なひとやもの。……それに、身請けの話はもう旦那様まで通っとるの。うちが相手するんは坂口様だけなんよ」
 
 そんなしきたりを知る間もなく佐野屋を飛び出した事に、かずさは気付いた。隠居というからにはかなり歳を重ねた人物であろう坂口某に身請けされる話、それは翠の本意なのだろうか、果たして仕合せになれるのだろうか、と考えていたかずさの心は、一足飛びで自分の為に佐野屋に行った大和へ向かう。
 
 途端にそわそわと落ち着かなくなる。佐野屋の主に大和がひどいことを言われてはいないだろうか。
 ─── 自分を連れて来い、と怒鳴られてはいないだろうか。
 
 もし、そうならばすぐに佐野屋に行って、主に頭を下げよう。自分がそばに置いてくれと大和に頼んだのだ。大和は困って、それでも仕方なしに置いてくれた。厄介者でしかない自分に優しく接してくれて……だから。
(大和はちっとも悪くないんだから、俺が守らなくちゃ)
 
「……翠さん、俺、佐野屋に行ってきます。やっぱり俺が行かないと、おかしいです。だって大和は俺を請け出す為に佐野屋に行ったのに、……俺だけここにいるなんて」
「かずさちゃん、せっかくやからお化粧してみいへん?」
「えっ? ええっ?」
 かずさの言葉を聞かなかったように立ち上がった翠は、いそいそと鏡台のそばから化粧道具入れを出してくる。

「大丈夫、よう似合とるから、着物。……ひゃー、お肌すべすべやないの、ええねえ」
「あのう、あの、翠さん、困ります、俺、あの、……佐野屋に」
 頬を撫でられ、身体を引こうとするかずさを翠は捉まえた。思いがけず、真剣な眼差しがかずさの目を覗き込む。

「……あかんよ。かずさちゃんはここにおって? 話は大和がつける。旦那様も付いとるし、心配あらへん。……かずさちゃんが行ったら逆効果なんよ。佐野屋さんが、大和と寄り添って庇うかずさちゃん見たらどう思わはると思う?……二度と佐野屋さんから外に出られへんようになるよ」
 
 翠の言葉に驚いて、その取りすがるような瞳を見つめる。だから自分を連れて行かなかったのか、とかずさは合点がいった。見張りに付けられた翠が自分に女物の着物を着せたのも、うかうかと表に出られなくする為だ。かずさはためらいながらも、頷いた。
「……判りました。ごめんなさい……」
 
「謝ることない。かずさちゃんが大和んこと心配するん、しゃアないと思うわ。さんざんえげつないこと言われてそれでも平身低頭するしかないんやから、……まあ、大和がアタマ血ィ昇りきる前に旦那様がおゼゼでどうにかしてくれはるやろ。その為に付いていってるんやし」
 
「……」
 大和は、今、自分の為に嫌な思いをしてくれている。そう思うといてもたってもいられなくなるかずさだったが、自分が行ったところで更に状況が悪くなるだけなのだ。
 歯痒くて、唇を噛みしめるかずさの顎にそっと白い華奢な手が添えられる。

「そんな噛んだらあかん。血ィ出る」
「……翠さん」
「歯型ついとるやないの。大和が帰ってきたら心配するわ」
 
 翠は化粧道具から紅筆を取り出してかずさの少し腫れた唇に押し当てた。沈んだ気持ちで大和のことを想うかずさはされるがまま、唇に色を乗せられる。
「……さ、出来た。噛んだとこ目立てへんようになったからね、……落とすときは大和に口で取ってもらうんやで」

 軽口を耳打ちする翠にかずさはうっすらと頬を染める。─── 大和に早く帰ってきて欲しい。くちづけは、しなくてもいい。ただその顔を見て、声を聞いて安心したかった。
「なんや、そうしとると仲良し姉妹みたいやな」
 
 相変わらず頬杖をついたまま窓の外を眺めていたカナエが、ちらりと視線を寄越して言う。紅筆を手に翠は笑みを向けた。
「坊ンもキレイにしたろか? 元が器量良しやからめっちゃ別嬪さんなるで」
「ダレがや、アホ。お断りや」
 
 ふん、と顔を背けたカナエは、通りの斜向かいの路地を入ったところにある一軒の娼家の黒い屋根を見つめた。平屋のその家屋には今、春霞楼の主と若衆頭を約束されられた男が乗り込んでいるはずだ。
 
 ─── 主夫婦の一人息子とはいえ、カナエは自分が跡を継ぐなどと実感したことがなかった。いつも、自分の前には大和がいたから。
 
(何かあれば、大和が)
 出来のいい大和に反発しつつ、甘えていた。見世の妓に手を出したのも、三日も余所の見世に入り浸って春霞楼を顧みないような真似をしたのも、それは大和がうちで認められているせいで、比べる周りが悪くて、─── だから。
(とっとと大和が見世継いだらええのに)

 カナエの気持ちとは裏腹に使用人然とする大和が腹ただしかった。
 大和がどれほど「自分は使用人」と言い張ったところで、周りの目は、若旦那を見る目付きなのに─── 。
(それやのに、結局)

 お店大事で育った大和はかずさの為に、見世よりも大事なものが出来てしまったがゆえに、暇をもらうと言い出した。大和にとって本当に、自分は使用人という意識だったに違いない。それを思い知らされた。
 いや、大和だけでなく ─── 本当は周りも、跡取りは一人息子の自分で大和は使用人に過ぎない、と思っていたのだろうか。
  
 カナエは心ここにあらずでぼんやりと、娼家が軒を連ね、湯屋の煙突があちこちに聳える色街の風景に目を馳せる。幾人かの男が二階の窓を見上げていることにカナエが気付いたのは、遣り手のひとりが翠の部屋の外から声をかけた時だ。
 
「翠姐さん、いてはりますー? なんや、窓から外見てる別嬪さんいくらや、訊かれたんですけど、姐さんやないみたいで」
 
 翠とかずさは顔を見合わせる。そっとカナエの後ろ姿を見つめると、やにわに立ち上がった薄青の着物姿の器量よしは窓の下めがけて怒鳴った。
「ワレどこに目ェ付けとんじゃ、ボケー!」
 
 直接声をかけられたのか、死ね、カス、と罵詈雑言が続く。憤然と肩で息をするカナエの後ろ姿にかずさは驚き、翠は可笑しくてたまらず笑い出した。
「なんや、化粧もしてへんのに客引いたん? 別嬪さんやなー、カナエちゃん」
「殺すど翠! お前がこんなん着せるからやっ!」
   
 カナエの恫喝をどこ吹く風とやり過ごし、すっと立っていった翠は襖の向こうの遣り手に「断ってー。その別嬪さん、ご機嫌斜めやねん」と言って引き取らせる。
 解いた帯と着物をカナエは畳に投げ捨てた。
 
「乱暴にしな、サラやねんで」
「知るかッ。なんでオレにコナかけんねん、目ェ腐っとんか!」
 
「お目が高い、言うやつやで」
 じき、春霞楼の若旦那なるんやもんなあ?とカナエの出方を見るかのように翠は訊く。
 少しの間、唇を引き結んで黙りこくっていたカナエはやがて口を開いた。
 
「……なんで知っとん」
「女将さんから聞いとるよ。坊ンが跡継いで、大和が若衆頭んなって見世取り仕切るて。うちが請け出される前に若旦那なってな? 坊ンの若旦那に送り出して欲しいわあ」
「……」
 
 薄青い袷を片付けながら面白がる翠に、むっとしたカナエは胡坐をかいて座り込む。
 ぼそぼそと不満を口にした。
「……オレ、若旦那なんかならん。お前かて判っとるやろ、……大和の方が、大人で落ち着いてて、しっかりしとって、若旦那らしいて。親父かてお母んかてそう思とったくせに、なんや今さら、……大和が、なったらええんや、……」

「なんや、えらい弱気やねえ」
「……無理やもん、オレ……」
 姉のように思っている幼馴染みに対する気安さからか、カナエはかずさには見せたことがない気弱な表情で膝を抱えた。

「大和の方がずっと向いとる。オレ、あかん。……」
 恨みがましい気持ちが先に立ってかずさに視線を走らせる。「お前さえおらなんだらこんなことには」と言いそうになって口を噤んだ。さすがに子供に言うのは憚られたし、─── 何より。

「ごめんなさい……」
 かずさの方から、目を伏せたまま、頭を下げてきた。
「……俺の、せいだって……判ってます。でも、……あの、俺」

 桜の花びらの模様が舞う膝の上、かずさの指が組み合わされる。
 意を決したようにカナエを正面から見据えた。
「や、……大和が、好きなんです……」

 憧れていた翠にも渡せないほど。誰にどんな迷惑をかけても。
 大和を想う気持ちは、譲ることが出来ない。
 
「─── 判っとるわ、そんなん」
 大きな瞳の中にきらきらとした意思を垣間見て、カナエはため息をついた。抱えた膝に頬杖を付く。
「今頃なに言うてんねん。オレほど思い知らされとる奴、他におらんで? あーんなヤラしいことされても、大和、大和、て……そや、大和に教えといたろか? お前がどこヨワいか。探す手間が省け……」

 翠が後ろから、手に持った漆塗りの長煙管でカナエの頭をぽかりと殴った。
「いっぺん大和に半殺しにされたらええ」
「痛いなあ! ガキからこうたぐらいでどつくなやッ」

 頭を押さえたカナエは、未だ申し訳なさそうにしょんぼりと肩を落とすかずさをちらりと見た。
「─── しゃあないなあ。ガキが辛気臭いツラすんなや。……大和が若衆頭務めるんやし、オレみたいなんが若旦那でもなんとかなるやろ。いやや言うたかて親父の決めたことやしな」

 ハラ括らなあかんかあ、とカナエはごろりと横になる。俯くかずさを下から眺めた。
「しっかしお前も強情やな。そんな大人し顔して、うちの見世、引っ掻き回して……アレやな、傾城の美女、言う奴やな。ホンマに城傾けるようなヤツて大人しいて強情やねんなー」
 
「ご、ごめんなさい……」
「大和と一緒におりたいから謝っとんのやろ? 諦める気ないねんやろ?」
 恐る恐るながらも、こく、とかずさは素直に頷く。カナエはその場で大の字になった。
 
「よう惚気てくれるわ。……アホらし」
 やはり、自分は若旦那になるしかないらしい。元々跡取り息子なのだから当たり前と言えば当たり前だが。
「なかなか覚悟でけへんで……」
 
「─── 覚悟はおいおい決めたらええ」
 煙草盆の前で翠は長煙管に火を移しながらカナエのひとりごとに答える。
  
「大和に甘えてきたツケが回ってきたんや。まだ時間があるだけマシやで。今すぐでのうても、腹括りや。─── 大和かて覚悟決めて、うち来て洗い浚いぶちまけて佐野屋さんにいびられに行っとる。かずさちゃんも大和が好きて腹括っとる。坊ンの番が来た、言うだけの話や」

 細い指に支えられた長煙管を形のよい唇から離して、翠は煙を吐いた。
「誰かていずれは、何がしか覚悟決めなあかん時がくるんやで。それを他人のせいにするか自分で選ぶかは己次第や。みっともなくなりたなかったら自分で選び」
「……きッつい娼妓やなあ。よう身請け先決まったもんや」

「失礼やね。引く手あまたやで」
 そう言う翠も請け出される覚悟を決めたのだろう。自分よりずっと年上の男の手活けの花になって一生を終えてもいい、と。
 結局うじうじゴネてるのはオレだけかいな、とカナエは口を尖らせた。

「……」
 かずさは柱にかかっている時計に目を走らせた。─── 大和が見世を出てから、一時間半が経っている。
 俯いて、膝の上で手をぎゅっと握り締めた。

 かずさの様子に気づいた翠はカナエを促した。
「坊ン、佐野屋のみず穂、馴染みやろ。ちょっとカオ見に行って来て」
「ええー、……オレまで吊るし上げ食らうわ」
 
 そう言いながらも、カナエは立ち上がる。さすがに少し遅いのが気になってきた。
 一緒に行きたくてかずさもカナエのそばに来るが、見上げるのが精一杯で「行きたい」とは言えない。
「……そんなツラすんなや。オレが泣かしたてまた大和にどつかれる」
 
「かなっ……カナエさん、俺、どうしよう、大和が、……大和が帰って、こ、こなかったら」
 不安定に声が揺れ、大きな黒い瞳に涙が滲む。カナエは参った、と言わんばかりに嘆息した。
 かずさの髪の毛にさらりと指を入れ、耳をくすぐる。
「帰ってくるて。万一、帰ってけえへんでもオレが面倒見たるし」 

 カナエが軽口でかずさの気持ちを宥めようとしたその時、何の前触れもなく襖が開いた。
「─── ダレが帰ってけえへんて?」
「……大和っ」

 出掛けて行った時よりも、少し疲れた様子の大和が入ってくる。かずさはカナエの手を振り払うようにして大和の元へ駆け寄った。
「……おか……おかえり」
「ただいま。……着物、どうしてん? 翠のか?」
「う、うん」
 
「くちも紅い。何してくれてんねん」
 大和に軽く睨まれた翠はにっこりと笑顔を返した。
「だってかずさちゃんめっちゃ可愛らしいねんもん」
 
 待ちわびていた想い人をかずさは見上げた。そのがっしりした身体つきも低く優しい声も、目を細めて自分を見る仕草も全てに惹きつけられ、 ─── どうしていいか判らないほどの慕わしさがこみ上げてくる。
 
 大和はかずさの泣きそうな表情に気付いて、有無を言わさず抱きすくめた。驚きながらもかずさは白いカッターシャツに覆われた広い胸に顔を埋める。
「……っ心配した……」
「うん。遅なって、ごめん」
 
「すぐ帰るって言ったのにっ……うそつき、……も……帰ってこなかったら、どうしようって、俺、……佐野屋の旦那さまのお妾になってもいいから、大和を春霞楼に帰してって……」
「そんなん困る。せっかく頭ぺこぺこ下げて俺のもんにしたのに」
 
 大和の言葉と体温で不安な気持ちから解き放たれたかずさは、声を上げずに泣き出す。
 柔らかい髪に指を差し入れながら、大和はもう一度小さな身体を強く抱きしめた。
 
 
 

 
      

     目次続・月が見ている。最終話

 

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続・月3更新\(^o^)/

 続・月が見ている3。更新しました。

 この一話、実は一万文字を超えてしまったので、ちょっと編集してます。
Σ( ̄ロ ̄lll)
 3、4、5、くらいに分ける、ということで。(ほんとは3、4にしたい)

 あんまりにもとりとめがなく、長過ぎる……_| ̄|○

 そしてびっくりなことに、まだこの一話、つまり4か5の最後、書き上がってません。書き上がってないのに6千文字超。アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!ちなみに3は5千文字近く……_ノフ○ グッタリ(これでも縮めたほう……)

 えッ、なに、この見切り発車状態……(lll゚Д゚)┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

 ヤっちゃった感が見え見え。どうしよう、どうすんの、コレ……(@Д@;

 

 まあ気を取り直して、(←気を取り直すのが早過ぎる)文字サイズのことですが、読むときブラウザで変換出来るんですね
 雪さん、教えて下さってありがとうございます(o^-^o)全然知りませんでした……(;´д`)トホホ…

 とりあえず続月だけは文字・大で行きたいと思います。試験的に。

 それではこの長い一話にオチをつけるべく、頑張ります。┐(´д`)┌ヤレヤレ

 

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続・月が見ている。:目次

 かずさを自由にしてやりたい一心で身請けすることにした大和は、彼を連れて春霞楼へ赴いた。

 大和とかずさ、カナエのその後です。

 

  続・月が見ている。1 

  続・月が見ている。2 

  続・月が見ている。3 

  続・月が見ている。4 

  続・月が見ている。最終話

  

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続・月が見ている。3

 

 〈3〉

 
 正座をしたかずさの目の前に、ひとつに括った洗い髪を肩から胸へ流した浴衣姿の美しい娼妓がにこにこと微笑んで座っている。
「まあ、そんな緊張せんでええんよ」
 優しく涼やかな声は、その内容からして初めて登楼した初心な若衆を解きほぐそうとしているかのようだったが。
 
 実際のところ、この姐さん女郎の翠はかずさの想い人の幼馴染みで、その想い人が出掛けてしまった為にかずさの面倒を見ることを押し付けられただけに過ぎなかった。
 
「かずさちゃん。いややわ、思った以上に可愛らしいねんなア」
「……なんでそんな浮かれとるねん。イミ判らん」
 そしてその場にはカナエもいた。白い湿布を貼った顔を不機嫌そうに歪め、腿の高さの位置の窓枠に腰掛ける。二階から見た外の景色は、大きな通りを沢山のひとが忙しなく行き交う夕暮れ時だった。

 初めて翠と対面したかずさは、春霞楼の二階にある彼女の部屋へ案内された。階下は忙しいて落ち着かんからね、と翠に言われ、茫然自失の呈だったカナエもついでに連れてこられた彼女の部屋は八畳間と次の間のふたつも座敷があるものだった。
 
 鴨居に掛けられたきらびやかで豪奢な着物が目を引く。その隣には白い清楚なワンピースが掛かっていて、どちらも翠の美貌にはよく似合うだろうと思われた。凝った彫り物が施された煙草盆や真空管ラジオ、黒漆の和箪笥は二棹もあり、鏡台もその鏡台の前掛けの刺繍も素晴らしく手が込んでいる。
 明らかに見世で一位か二位を争う売れっ妓の居室だった。

 緩く結んだ藍色の帯もしどけない翠の色っぽさにも、彼女の持つ豪華な調度品にも気後れして萎縮してしまう。
 何を話せばいいのか判らず口ごもるかずさを置いて、翠はカナエに目を向けた。
「坊ン。その男前、大和に殴られたんやって? かずさちゃんに手ェ付けようとして。アホやアホや思とったけどほんましょーもな」

「うっさいわ、ほっとけ。坊ン言うな」
「せやったら若旦那でええの?」
 どこまで翠は知っているのか、その言葉にカナエは口をぱくぱくさせる。線の細い神経質そうな顔の目元が赤く染まった。
 
「……勝手にさらせ」
 ぷい、と横を向いて、目線を大通りに落とす。窓枠に上げた片膝の上に、頬杖をついた。
 何事もなかったかのように翠はかずさに向き直ると、そばにおいてあった菓子鉢を薦めた。

「良かったら食べて? お茶もそろそろ来る頃やし、……大和からようけ聞いてたんよ。かずさちゃんが今日はひとりで洗濯しただの、床磨いただの、まあ惚気やね。大人しいてしっかりしとる、聞いてたけど思てたよりずーっと可愛らしいねえ」
 
 金平糖や落雁などが盛られた菓子鉢に目を落としたかずさは、翠に今まで毎日のように菓子をもらっていたことを思い出し、初めて彼女に自分から恐る恐る話しかけた。
「あのう、……いつも、お菓子を下さってありがとうございます。一度も、会ったことなかったのに」

「え? なんのこと?」
 翠はきょとんとした顔でかずさを見つめた。怪訝そうな翠の様子にかずさは焦ってしまう。
「あ、あ、あの、……いつも、美味しいお菓子……大和が、翠さんからもらって……俺にくれて……」

「─── うち、あげてへんで」
 しどろもどろながらもかずさの言っていることに見当がついた翠は、くす、と笑った。
「うちはあげてへん。大方、大和が自分で買うてかずさちゃんにあげたんやろ。プレゼントやな。下心バレたのうてうちの名前出すなん、ようやるわ、大和も」

 翠の言葉を心の中で反芻して、その意味を理解したかずさはみるみる顔を火照らせた。
 そんなかずさの様子を翠は楽しそうに見ている。ほどなくして見習いらしい少女が運んできた湯飲みを三つ載せた盆を受け取った翠は、「ありがとうね」と金平糖を包んだおひねりをその少女に渡した。
 
 そんな風に穏やかで優しい気性は、やはりかずさの思い描いていた通りの女性だったので、自分に菓子をくれたのでなくても翠に対する憧れに似た気持ちは薄らがなかった。
 翠は優雅な仕草でかずさの前に戻り、盆を机に置くとカナエを振り向いた。
 
「こっち来て茶飲みや」
「……いらん」
「ご機嫌斜めやねー。女郎屋の二階に上がって、娼妓に勧められた茶ー断るてどないやの」
 呆れたように言って、翠はどうぞとかずさに茶を勧めた。ありがとうございます、と行儀の良いかずさの声が応える。
 
 カナエはそれを背後に聞いていたが、暢気らしく茶など飲める気分ではない。
(大和のボケが、大店の主まっしぐらの道コケよって)
 おかげで自分にお鉢が回ってきた。大和の方が主に向いている、と言われ続けてずっと面白くない思いをしてきた自分がバカみたいだ。こんなことなら、無駄に妬んだりするのではなかった。
 
 なんだか大和や周囲に対して苛立っていたのは、自分ひとりの空回りだったような気がする。今思えば、徒労に過ぎなかった。
「…………」
 夕暮れの色街を眼下に臨みながら思いに沈むカナエの背後では、翠が真新しい畳紙を引き寄せていた。
「これな、さっき出来上がってきた着物やねん。まだいっぺんも袖通してへんのよ」
 
 かずさに言って、畳紙の結び目を解く。ぱらりと開かれたそこには、薄青の袷の着物が折り畳まれていた。
 白い華奢な翠の手がそっと着物を開くと、裾から腰まで拡がる秋草と紅葉の模様が現れる。かずさはその見事な手書きらしい絵に素直に見惚れた。
 
「ね、ちょっと羽織ってみてくれへん?」
 翠に言われ、かずさは驚きで瞳を瞬かせた。俺が? まだ一度も持ち主が袖を通していない高価そうな着物を?……それに女物だし。
 とんでもない、と首を振るかずさに翠はにじり寄った。
 
「初めて着物おろすときは若うてキレイな子に袖通してもろたほうがええのよ。着物も喜んで長持ちしてくれる」
 そんなこと、聞いたことがない。しかしあからさまに逃げることも出来ず、立たされたかずさはカッターシャツの上から薄青の着物を着せ掛けられた。
 
 目の前に来た翠が着物の前を打ち合わせる。ふわり、と翠から良い匂いが漂ってきてかずさの鼻をくすぐった。
「うーん、ちょっと地味やねえ。……そうや、かずさちゃんにはこっちの方が似合うわ、きっと」

 その香りにぼうっとなっていたかずさは、彼女が出してきた桜色の単をあっさり着せられていた。
「似合う、似合うわあ。可愛い、振袖若衆やね」
 
 両手を自分の胸の前で合わせた翠が褒めそやす。さらに、帯、帯、と言いながら箪笥の引き出しから何本もの帯を引っ張り出してきた。
「あの、……あのっ、み、翠さん」
 
「ん、なにー?」
 口に挟んでいた腰ひもをかずさに巻き付ける。黒かこげ茶で帯の色を迷っていた翠は結局、こげ茶の帯を手に取った。
「こ、……これ、新品じゃないから、俺が着る理由がない、と思うんですけど……」
 
「あるよ、理由。めっちゃ可愛らしいやん」
 それって理由かな……? とかずさは思ったが、強引かつ、たおやかで良い匂いのする女性の身体をむげに押し退けるわけにもいかず。
 
 ごく緩くではあったものの、桜の花びらが舞い、裾にはぼんやりと黄色い満月がかかった美しい着物をかずさは着付けられていた。
「うわー可愛いッ。可愛えわあ、ほんま。大和に見せたいなあ」
 きゃっきゃっと手を叩いて喜ぶ翠。かずさは恥ずかしさで赤くなった顔を伏せた。
 
「─── やかましいわ、なにし……」
 ふてくされたようにずっと外の景色を眺めていたカナエが振り向く。
 その目の前に、桜色の美しい着物を着たかずさがいた。色白の頬を染めて俯くその姿は新造もかくや、という風情で可愛らしい。
 
 目を瞠ったまま、沈黙。
 それからカナエは唇の片側を上げて、にやにやと笑った。
「よう似合とる。なんで帯、後ろで締めとんの? 前で結んでこっから下に手ェ振ったら、お客が引きも切らんで」
 
 面白がってからかうカナエを翠は睨みつけた。
「かずさちゃんは大和のもんやでっ。なんでそんないけず言うん?」
 
「似合とるからそう言うただけやん。─── 今からでもオレを旦那にせえへん? そしたら大和、この見世の主に返り咲きやで。大和みたいな朴念仁よりよっぽどイイ思いさした……」
 言い差したカナエの顔に薄青の着物がばさりと投げつけられる。
 
「子供相手にいちびるんも大概にし。客引きたかったら自分でしたらええ」
 つかつかと近づいた翠は投げた着物を手早くカナエに着付け、おまけとばかりに頬の湿布を引き剥がす。
「いたッ」
 
「大げさやな。なんともなってへんわ」
「さっきまで腫れとったんじゃ!」
 薄青の着物をまとわされ、銀鼠色の帯を前で垂らしたカナエは立ったまま頬を押さえる。湿布をくず入れに放り、かずさのそばに戻った翠は困ったように笑いかけた。

「堪忍な、意地悪ばっかり言う坊ンで、……大好きなお兄ちゃん、かずさちゃんに取られてもうたからおもんないのよ」
「なっ……ダレが」
 誰が大好きなお兄ちゃんで、誰がおもんないて?

 思わず目を剥いたカナエだったが、聞き捨てならない翠の言葉に反論しようにも慌て過ぎて舌が縺れる。
 そんなカナエにちらりと視線をくれ、翠はかずさの耳元に囁いた。
 
「……大和がまともに相手にしてくれへんから、おもんないねんで、アレ。子供の時分からそう。大和とケンカしても軽くあしらわれるだけやから、本気で相手して欲しいて余計挑発すんねん。それがかずさちゃんには大和が本気の本気やからおもんないのよ。かずさちゃんに手ェ出そうとしたんかて、大和本気で怒らしたかっただけやで。迷惑な片思いやね」
 
 言いたい放題な翠を腕を組んだカナエが睨みつける。片思いはともかく、大和を本気で怒らせてやろうと思ってかずさに手を出したのは事実だったので、それを言い当てられて面白くない。

「……ダレが片思いや。あんな、ひとが好いだけが取り得みたいなボケ、足抜けしたガキに本気ンなるアホがおるか、……出世街道踏み外しよってからに、……」
 ぶちぶちとこぼしつつ、カナエはそっぽを向いて窓枠に腰掛けた。

 愚痴に近いカナエの言葉を拾って、翠は微かに笑みを浮かべる。
「大和、別にお人好しとちゃうわ。かずさちゃんこと家に置いたんは優しいからやのうて、一目惚れしたからやで。……坊ンこと一人息子や跡継ぎやて甘やかしたんも人が好いからやない、見世の為や。ジブンが跡目に色気出したらごたごたするやろ。全く骨の髄までお店もんやねんから」

「………」
 かずさは大和が翠と恋仲だったという頃の話を思い出した。見世を裏切れない、と一緒に逃げるのを諦めたという。
 翠は今、その時のことを思い出しているのではないだろうか。

 じっと見ているかずさの視線に気付いて、翠はふふ、と笑った。
「かずさちゃんが羨ましいわ。あの大和が暇もろてもええ思うくらい、惚れとるんやねえ」
 うちもいっぺんそんくらい男衆に惚れられてみたいもんやわ、と冗談めかして言う。
 
「……あの、……翠さん」
「ん? なに?」
「……大和のこと、……今でも」
 
 訊いてどうするのだろう、とかずさは口ごもった。─── もし翠の気持ちが大和にあっても身を引くことなど、出来ない。そう出来ないほど余りにも深い想いが大和へ向かっていることを、かずさは今、初めて知った。

 そんなかずさの心中を見透かしたように、翠は優しく語りかける。
「うちな、身請けの話、来とるんよ。坂口様いう鉄鋼会社のご隠居。ずっとお馴染みさんやったし、穏やかでええひとや。そばにおると安心出来る」
「……翠さん」

「花火みたような惚れたはれたもええけど、うちは一緒におって楽なお人がええわ。受けようと思とるん、この話」
 まとまればかずさちゃんとおんなじやね、とにこにこと笑う。そんな翠が無理をしていないか推し量ろうとしたが、臈長けた姐さん女郎の真意が年若いかずさに判るはずもなかった。 
 
 

 
      

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続月2更新しました。

 続・月が見ている。二話目を更新しました。\(^o^)/

 なんだか最近、考え事をしていて、更新がはかどりません……。スランプってやつでしょうか。まあ大概いつもスランプなんですが。

 この現状を打破するために、なんかしないと、と思います。しかしそれも返ってプレッシャーに。┐(´-`)┌

 なので、とりあえず更新は気ままにします。まあ、気楽にいこうよってことで
( ´_ゝ`)フーン

  

続・月が見ている。2

 

   〈2〉

   
 障子を開け放ったままの仁王立ちで、大和の恋人であるかずさに手を出した、と暴露したカナエは大きく息を吐いた。寄り添うように正座する大和とかずさに視線を向ける。
 かずさはびくっと怯えて顔を赤らめたまま大和のシャツの袖を掴んだ。

 二人の近くにカナエはどっかと胡坐をかいて、陣取る。
 そんなカナエを一顧だにせず、またもや大和は主に頭を下げた。
「─── 大事な跡取りのご子息さまに怪我を負わせましたことは、大変申し訳なく」

「ああ、なに言うてんねん!? しらじらしい、止めや、止め! 今言うたやろ、オ・レ・が! かずさに手ェ出してんッ。これっぽっちも申し訳ないと思てへんくせに頭下げんなや、胸くそ悪い!」
 「……お前はいったい何してんねん、鼎……」
 
 先程よりも深い皺を眉間に寄せざるを得なくなった春霞楼の主であるカナエの父は思わずその眉間に手を当て、頭を横に振る。隣の女将も、はあ、と深いため息を吐いた。
「鼎、お前という子は」
 
「判っとるわ、小言は聞きたない!……オレが医者行っとる間にかずさ連れて見世に来るなん、やり方が汚いで大和」
 後半を大和に向けて言い、睨めつける。大和は涼しい顔でカナエをちらりと見た。
 
「かずさを旦那さまと女将さんに紹介しよ、思ただけや。いつ連れて行くか、お前にお伺い立てなあかんか?」
「あかんに決まっとるわ! オレの今後が、将来がかかっとんねんで!……オヤジ、絶対大和辞めさしたらあかんからな!!」
 
 話を向けられた主は諦めたように嘆息した。
「……お前も事情が判っとるようやな」
「当然や。跡継ぎのくせにガキにタラしこまれて、アホやこいつ」 
 
 その場にいた全員が ─── カナエを止めようと付いて来て廊下からこちらを窺っていた用心棒の繁次までもが ─── かずさを見つめる。
 かずさは所在なさげに俯いた。
 
 自分が、佐野屋に戻れば ───。
 なにもなかったことになるのだろうか。
 こんなに大騒ぎにはならず、大和は春霞楼の主人に納まり、カナエを怒らせることもなく、自分は佐野屋の主の囲い者になって ─── やがて大和は自分のことを忘れて。
 
(俺、……迷惑、だよね……)
 しょんぼりと肩を落とすかずさの手が大和のシャツの袖からゆるゆると離れていく。その華奢な手にすっと大和の大きな手が伸ばされた。安心させるように包み込む。
 
「─── 誑かしたんは俺や。かずさは何にも悪ない。……お前かてよう知っとるやろ、かずさが俺んことどんだけ惚れとるか」
 かずさを庇う大和の仕草と言葉に、カナエはぐッと押し黙る。実際、大和に対するかずさの想いはカナエが一番よく、身を持って知っていた。
 
「たらしたんは大和のほうやで。その子、大和を庇いよった」
 さらに主である父親までもがかずさを擁護する。おかしな風向きに気付いて母親に目を向けたカナエは、この短時間で主だけでなく、同情的な視線でふたりを見ている女将にもかずさが受け入れられつつあることを悟った。
  
「どっちがたらしたんでもたらされたんでもどうでもええわッ、勝手にせえ! とにかくオレは大和が見世辞めるなん、認めへんからな!」
「─── そうやな。大和に辞められるんは困る」
 主は静かにカナエに同調した。

「あなた」
 女将は小さく諌めるような声を上げた。─── 大和に暇を出さないということは、取りも直さず、ふたりの仲を認めずにかずさを引き離し、佐野屋へ送り届けるということで。
 
 そのことに気付いたかずさはすうっと青ざめた。大和も顔色を変え、かずさの手を握り締めている。
 そんな中、抗議の声を上げたのは女将だった。
「あんまりですよ、あなた。……この子たちの様子が目に入らないんですの? 駆け落ちぐらいしかねませんよ」
 
「まあ、そう慌てな。確かに春霞楼の大和が佐野屋の商品攫って誑かして囲いもんにしとる、いうのは拙い。ほんまにあかんで、これは。大醜聞や。二、三ヶ月は持ちきりやな」
「何をのんきなこと、……ですから大和も暇もらいたいとこうして」
「せやけどうちは大和がおらんと困るねん。判るやろ。いずれ大和か鼎に見世譲るつもりで仕込んどったんやから」

「オレは物の数に入ってへんかったはずやで」
 恨みがましさを底に秘めたカナエの声が座敷に響く。勘当息子を外に出せ、という命が下らないのを見て、用心棒の繁次は静かに障子を閉めて立ち去った。
 密閉された空間にカナエの中に溜まった鬱屈が愚痴として吐き出される。

「なにが見世譲る、や。元からそんな気さらさらあらへんかったくせに。大和があかんくなったから次はオレか? 冗談言いさらせ、オレは絶対継がんからなッ」
「─── 大和は若衆頭や」

「旦那さま」
 言いかけた大和を主は手を挙げて遮った。
「黙って聞きいな。─── これだけのこと仕出かしたんやからな、大和に見世継がせるわけにはいかん。けど、暇やるんは惜しいんじゃ、譲ってもええくらいの気持ちやったんやでこっちは。せやから若衆頭に据える。─── 春霞楼は、鼎、お前に継がす」

 父親の言葉にカナエはぽかんと口を開けた。
 春霞楼の正当な跡取りとはいえ、ずっと見世は大和が継ぐものだと思っていた。それそのものは正直な所、別に構わない。
 
 ただ、─── 子供の頃からずっと、大和と比べられ、貶められるのが不当だ、と大和に対して逆恨みに近いような感情を抱いていた。次第にいっそ大和が跡取り然とした顔をすればいい、そうしたら悪者に出来る、とまで思ったカナエだったが。

 今やその大和は子供ひとりに誑かされ、跡取りの座を追われた。そして残ったのは自分だけ ───。
「……ちょっと待たんかい」
 到底納得できない。今まで出来のいい大和と比較され、劣等感を味わってきた自分はなんだったのか。カナエは父である春霞楼の主に反駁した。

「オレは勘当されとんのやで! 跡なんか継げるわけないやろ!? 大和引き留めるんやったら主に据えろや!」
「ちょうどええ、たった今から勘当取り消しや。出入り自由やで。なに、大和の仕出かしたことに比べたらお前の悪ふざけなんぞ大したことやない。お前が跡を継ぐんや。頼んだで」

 父親の「頼み」に引導を渡された形になったカナエは頭の中が真っ白になった。 
 呆然とするカナエに頓着せず、同じく若衆頭と宣告された大和は主に食い下がる。
「若衆頭などとんでもない、今日にもお暇を頂きたく」
「……問題は佐野屋さんやな」

 かずさははっと身を硬くした。大和と引き離されて、佐野屋に連れて行かれてしまう。
 大和の背中に隠れ、しがみついた。大和も片手を背中に回し、かずさを庇う。
 そんなふたりに主は目を細めた。

「その子、身請けする言うたな、大和」
「……はい。とてもこの見世にいられるような所業ではございません。どうか、暇を言い渡して下さい」

 余裕を失くした大和の必死な形相を尻目に、主は立ち上がる。きびきびとしたその姿は壮健そのもので跡取り問題で悩むにはまだ早すぎるようにしか思われない。
 そんな若々しい春霞楼の主人は大和を見下ろした。

「佐野屋さんにお邪魔するで、大和。覚悟は出来とるんやろな」
「……旦那さま?」
「全くまあ、ずーっと手ェかからん子ォや思とったら、とんだ猫かぶりの悪たれやったな。今頃なって余所の見世に頭下げに行くようなこと仕出かすとは思わなんだ。……ああ、別嬪さんは来やんでええ。女将、誰ぞか付けて相手してやりいな」

「じゃア、翠に預けましょうか。あの子なら面倒見もいいし、子供も好きですし」
 いち早く夫の意図を汲み取った女将はさっと立ち上がり、障子を開けて「翠、翠はお湯屋から帰ったかい?」と声を上げながら部屋を出て行く。まだ主の真意が読み取れない大和は、膝立ちでかずさと顔を見合わせていた。

「何してんねん。その別嬪さん身請けしに行くんやろ。……倅の不始末や、一緒に頭下げたる。佐野屋さんがゴネはったときは二倍でも三倍でもゼニ出したるわ。その代わり判っとるやろな、若衆頭」

「……旦那さま」
「お前には鼎を助けてもらわならん」
 袂に手を入れて腕を組んだ主は父親の目をして、呆然と畳に目を落としているカナエを顎で指した。

「まだまだ分別つかんガキや。コレを主に据えるんは骨やで。お前の協力がいる。その為の若衆頭や。その子身請けしてうちの若衆頭務めてくれるんやったら大いに結構。なんぼでも出す」

 その言葉の意味が大和の心に徐々に沁みこんでくる。─── 自分を育ててくれた春霞楼の主人は、手酷く見世を裏切るようなまねをした自分を許し、引き留め、あまつさえ一緒に頭を下げてかずさを落籍せてくれるというのだ。

 ……どう感謝の言葉を告げればその気持ちが伝わるか判らず、黙ったまま。
 大和は畳に手を付き、深々と頭を下げた。

「勘違いするんやないで、大和。その子身請けしてお前を若衆頭にするんは見世の為や。お前の為やない。一生見世におってもらうからな。覚悟し」
「……はい」
「佐野屋さんが話通じへんかったらその子と逃げようとしとったろ、お前。アホやな。ちっとは親父を頼らんかい。……ほな、行くで」

「はい。……かずさ、」
 一緒に頭を下げていたかずさの腕を掴んだ大和は、その細い身体を引き寄せた。
「……すぐに帰ってくるさかい。待っとって」
 
 一瞬だけ、きつく抱きしめる。すぐに離して、主と共に廊下へ出た。

 かずさはすっと大和の体温が離れていくのを追いかけて立ち上がり、障子の桟に手をかける。
 遠ざかる大和と主の背中が廊下で立ち止まった。話し声が聞こえる。
「……なんや物々しいやおへんか。どこぞへ行かはるん?」
「ちっと出入りや。佐野屋さんに」

「あれまァ、随分と剣呑な話やねえ。うちは好かん」
 女性の声が涼やかに笑う。
「ほな頑張りや、大和。あんたのええ子の相手ェちゃんとしたるし」

「……頼んだで」
「まァ赤うなって。岡惚れやね」
 それを潮に、すれ違う。大和と主の背中に代わって現れたのは。

 白い細面に、凛とした大きな瞳。真っ黒な洗い髪をひとつに結わえ、肩から胸の前へ垂らしている女性の姿。
 朝顔柄の白い浴衣に藍色の帯を締めた、白黒の写真よりもはるかに美しい翠は、かずさを見つけて艶やかに微笑んだ。
  

 
      

     目次続・月が見ている。3 

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 ケータイが白泉社の花丸文庫に非対応なんです……il||li _| ̄|○ il||li
 
 なんのことかさっぱり判らない、と思われた方もいらっしゃると思いますが、白泉社さんが月額登録制で配信しているweb小説(BL)なのです。

 親しくさせて頂いている雪ひろとさんの小説「君にだけは言えない言葉」が、この度、花丸文庫で配信されることになったので、よっし登録してダウンロードするぞ、パケホーダイで良かった、とか思って意気揚々と花丸文庫に入ったらば、……「非対応です」?

 なんですと?ありえない、と思って対応機種一覧を見ても、……ない。八月のケータイの機種が、そこにはなかったのです……。
 くう、このがっくり感。まさにこの絵文字。→il||li _| ̄|○ il||li

 八月のケータイではムリでしたが、対応機種をお持ちの方、雪ひろとさんの「君にだけは言えない言葉」花丸文庫で配信中です。切ないラブストーリーですので、どうぞご一読を。オススメです。\(^o^)/
   

 

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続・月が見ている。1掲載\(^o^)/

 

 続・月見1、掲載しちゃいました……。銀煙管とか煙草盆とか趣味に走りすぎましたね。
 いや~我ながらびっくり。ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ煙草吸えない喘息持ちだからこそのアコガレってやつです。(/ω\)ハズカシーィ

 かねてより懸念してた小さい文字を大きくしてみました。でもなんか、ぎゅうぎゅうなカンジが否めない……。
 どうしよう、元のほうが良かったかな……。(´・ω・`)ショボーン

   

続・月が見ている。1

 

 〈1〉

  
 関東大震災から復興しつつある首都・東京。
 
 浅草十二階と呼ばれた凌雲閣や建造中だった丸の内のビルディングが大破する中、幾つか点在する色街は、廃娼運動にも屈せず逞しく明かりを灯し始めていた。
 
 当時、関西に見世を構えていた遊廓・春霞楼は、東京に安く見世を設ける好機と見て進出、思惑通りに成功を納める。
 
 ─── 十年後。
 いずれ二人いる倅の内ひとりに見世を任せて安泰を得るはずだった春霞楼は、あろうことか大いに揺れていた。

 
 今は障子を立て切っている、左手に中庭を臨む十二畳ほどの座敷。麻の着物に夏羽織の春霞楼の主は、大黒柱を背に、しかめつらしい顔で腕を組んで座していた。

 まだ五十には手が届かないらしく、僅かに髪に白いものがあるが顔に深い皺が刻み込まれているわけではない。それでも寄せられた眉間の縦じわは深くなるばかり、不機嫌そうに下がった口元は二度と言葉を発しないのではないかとかずさには思われた。
 
 一方、地味な銘仙を粋に着付けた女将は主のごく近くに座り、カナエによく似た面立ちに柔和な笑みを浮かべていた。しかしそれも、次第に深くなっていく困惑の色は隠せない。かずさと大和に等分に視線を向け、口を挟まず静かに大和の話を聞いていた。

「─── 申し訳ありません」
 正座をしているかずさの膝のほんの少し前、やはり正座をして主と対峙していた大和は白いカッターシャツの背中をぴんと伸ばしたまま、平伏する。
 かずさも同じように、いやそれ以上に、手を付いて頭を下げた。
  

 妓楼と呼ぶのに相応しい、壮麗な遊郭・春霞楼の主の居室。主と女将が普段使っている部屋で ─── と言っても、営業中はそれぞれが客の入りや、揉め事が起きていないか監視するなど細々した仕事に追われ、帳簿を付ける時か休憩時しか用のない部屋だが ─── 大和に連れられたかずさは、二人に対面していた。
 
 かずさを連れた大和に話があると言われた主と女将は、戸惑いながらもこの部屋へ通した。いつになく畏まった大和が口火を切って話し出したことといえば、ここにいるかずさは佐野屋の主に手込めにされかけて逃げ出した「商品」であること、そのかずさを大和が匿い、ふたりが想い合うようになったということだったので。

 それらが余所に知れれば春霞楼の体面に泥を塗るであろうことはこの場にいる全員の想像に難くなく───。
 
 しん、と静寂が訪れる。しわぶきひとつ洩れない沈黙が恐ろしくて、かずさは顔が上げられない。

 主はふっと息を吐き出した。
「─── そおか」
「はい」
「ええ歳して浮いた話ひとつあらへんから女郎屋継ぐんは向いとらんのやろか、思っとったけど、まさかこんなわけありの子供に入れ揚げとるとは思わなんだ、」

 言外にかずさに誑かされたと匂わせる主を、大和は真っ向から見据えた。
「旦那さま。かずさは見ての通りの子供でございます。何一つ、他意はございません。……そんな子供に気持ちを動かされた俺の方が、悪い」

「それは本気っちゅうことか?」
「はい」
「離す気ィないねんな?」
「はい」

 ぽんぽんと小気味良いほどに肯定の返事をする大和の斜め後ろで、かずさは赤らめた顔を上げた。
「あのう……」
「かずさ、……大丈夫や、心配せんでええから」
「なんや」

 おずおずと口を挟んだかずさを制しようとした大和に構わず、主は面白そうに水を向けた。
「なんや。言うてみ、別嬪さん。ようもそないなおぼこい顔して手塩にかけて育てたうちの倅、誑かして」
「旦那さま、かずさは」
「ご、ごめんなさいっ」

 主の揶揄に、かずさは上げた頭をまた下げて小さくなった。
「やま、大和、さんは、悪くないんです、……俺が、あ、僕が、勝手に好きになった、ですっ……そばに、いたくて、大和さんのそばにいたくて、だから、大和さんは、ちっとも悪くないです、ぼ、僕が悪いんです、たぶら、かしたです、ごめんなさい……っ」
 
「─── こら驚いた」
 主は目を瞠り、そばにあった煙草盆から銀煙管を取り上げる。刻み煙草を指先で丸めてその先端に詰めながら大和を見た。
 
「この子、お前んこと庇とるで、大和」
「はあ……」
「大したもんや。可愛くてたまらんやろ、お前」

 カナエとそっくりな物言いに少しだけかずさは目線を上げた。その先にいる主は眉間のしわも取れ、幾分緩んだ顔つきで種火から煙管に火を移している。きつかった面差しが少しだけ、柔らいだような気がした。 
 
 はい、と微かに笑みを浮かべる大和を見て、主は納得したように頷き、吸い口を咥えた。
「よう判った。お前が悪いわ」
「はい。知ってます」
「しれっと言いな。そういう食えへん奴に見世、継いで欲しかってんけどな、……まあええ」
 
 煙を吐き出す主にかずさは食い下がる。
「あのう、……あのう、大和は悪くないんです……僕が」
 
「ああ、もうええ。惚気は聞きたない。あんたみたいな子供にジブンこと庇わせるなん、とんでもない色悪やで。女郎屋の倅としたら大合格やな。大和んこと、褒めてんねんで。……せやから、余計もったいないけどな……」
 
 噛んで含めるように言ってかずさを諭し、主は大和を睨めつける。
「もうこの見世、継がせることは出来ん。判っとるやろ」
「承知しています」
「跡継ぎは鼎でええんやな?」
 
「はい。元よりそう思っていました」
「……アナタは昔から、年端も行かない子供の時分から、鼎は跡取り息子と言って聞かなかったものねえ、」
 不意に口を開いた女将が残念そうにため息をつくのを、大和はにっこりと労るように笑った。
 
「坊ちゃんは見世の主人に相応しいと思います。旦那さまも女将さんも俺を買い被り過ぎです。どうぞ、坊ちゃんを跡継ぎに仕込んでください」
「もう、まったく、欲のない……」
 嘆く女将を主が取り成した。

「仕方あらへん、これも成り行きや。こうなってもうたんやから、……どのみち、継がせるわけにはあかんようになってもうたなあ」
 ひとりごとじみた言葉を漏らし、主はふっと煙を吐き出す。
 それからおもむろに灰吹きの縁を叩いて煙管から灰を落とし、袂に手を入れた。

「うちのことはええわ、それより、……どないするん。佐野屋さんとこの商品攫って手ェつけてもうたんやで。どう落とし前つけんねん、ええ?」
「……春霞楼を辞めさして下さい。暇もろてから、佐野屋さんに詫び入れに行かさしてもらいます」
「うち辞めて、詫び入れて済むと思とるんかい」

 凄みを利かせた主の声が腹にびいんと響く。
「同業の女郎屋の倅が、後ろ足で砂かけるような真似して逃げた商品攫ってひと月もええようにしとったんやで。これこれこうでしたすいませんて詫び入れて、めでたしめでたしンなると思とんのかッ」
 声こそ大きくはないものの、威圧感のある亡八然とした主の姿にかずさはすっと血の気が引いた。

 大和はそんな主に臆せず、真っすぐに見返して言った。   
「かずさを身請けします」
 揺るぎない視線に込められた大和の気迫に、主は面には出さないものの柄にもなくたじろぎ、その言葉に意表を突かれる。
 
「ふん、……身請け、なァ……」
「責任は取ります。いくらかかってもかずさを落籍せます」

「……佐野屋さんの、その、妾にされかかったんやろ。承知せんかったらどないするん」
「それは、……その時は ───」
 言いかけた大和を遮るように障子を隔てた廊下が騒がしくなる。荒々しい足音と声高な言葉 ───。
 
「……大和っ、大和とキレーなツラしたガキ来とるやろ!」
「ぼ、坊、困りますよう、許しなしに上げるなて旦那さまから言われとるんですから」
「やかあしいんじゃ、どけ、繁次ッ」
 
 だかだかと廊下の床板を踏みしめる音が近づき、中庭に面した障子が開け放たれる。
 腫れた頬に湿布を貼ったカナエが仁王立ちで座敷にいた全員を見下ろした。
 
「……ま、鼎、その顔」
「なんやソレ。どないした」
 目を丸くした父と母に同時に訊かれたくないことを訊かれ、苛立ちが頂点に達したカナエは思わず声を張り上げた。
 
「ああ!? かずさに手ェ出して大和にどつかれたんじゃ、悪いかー!!」
 広い広い春霞楼中に響き渡るカナエの声に、かずさは真っ赤になり、大和は全く表情を変えず、あっけにとられた主と女将は顔を見合わせた……。

 

 *亡八…仁・義・礼・智・信・忠・悌・孝の八つの道徳の心を失くした者。血も涙もない、という意味で娼家の主人などがそう呼ばれました。

 

     

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 四万アクセス、ありがとうございます!\(^o^)/

 お越し下さる皆様のおかげで、ブログを続けていけます。

 まだまだ下手な文章ですが、頑張りますのでこれからも宜しくお願いします。
                                                                                          m(_ _)m

 ……で、「月見」の続編ですが、ちょっとコッセツちゃんに手がかかってしまって、四万アクセス記念にも間に合いませんでした、すいません……
 
 いつも後手後手でなんだか情けない……(´Д⊂グスン

   

 

 さっき、執筆中小説(小説家になろう様)を見に行ったところ、無事でした~\(^o^)/
 いや~ヒヤヒヤしました、昨日は。投稿してあるヤツは大丈夫だろうと踏んだんですが、執筆中のはアブないんじゃないか、と思って(´Д`;≡;´Д`)アワアワ

 でもまだリニューアル中で書いてもリセットされてしまうかもしれないので、こっちのフォームで書きます。成せば成る。多分。えッまた書き直し覚悟~?( ̄ロ ̄lll)

 

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