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続・月が見ている。2

 

   〈2〉

   
 障子を開け放ったままの仁王立ちで、大和の恋人であるかずさに手を出した、と暴露したカナエは大きく息を吐いた。寄り添うように正座する大和とかずさに視線を向ける。
 かずさはびくっと怯えて顔を赤らめたまま大和のシャツの袖を掴んだ。

 二人の近くにカナエはどっかと胡坐をかいて、陣取る。
 そんなカナエを一顧だにせず、またもや大和は主に頭を下げた。
「─── 大事な跡取りのご子息さまに怪我を負わせましたことは、大変申し訳なく」

「ああ、なに言うてんねん!? しらじらしい、止めや、止め! 今言うたやろ、オ・レ・が! かずさに手ェ出してんッ。これっぽっちも申し訳ないと思てへんくせに頭下げんなや、胸くそ悪い!」
 「……お前はいったい何してんねん、鼎……」
 
 先程よりも深い皺を眉間に寄せざるを得なくなった春霞楼の主であるカナエの父は思わずその眉間に手を当て、頭を横に振る。隣の女将も、はあ、と深いため息を吐いた。
「鼎、お前という子は」
 
「判っとるわ、小言は聞きたない!……オレが医者行っとる間にかずさ連れて見世に来るなん、やり方が汚いで大和」
 後半を大和に向けて言い、睨めつける。大和は涼しい顔でカナエをちらりと見た。
 
「かずさを旦那さまと女将さんに紹介しよ、思ただけや。いつ連れて行くか、お前にお伺い立てなあかんか?」
「あかんに決まっとるわ! オレの今後が、将来がかかっとんねんで!……オヤジ、絶対大和辞めさしたらあかんからな!!」
 
 話を向けられた主は諦めたように嘆息した。
「……お前も事情が判っとるようやな」
「当然や。跡継ぎのくせにガキにタラしこまれて、アホやこいつ」 
 
 その場にいた全員が ─── カナエを止めようと付いて来て廊下からこちらを窺っていた用心棒の繁次までもが ─── かずさを見つめる。
 かずさは所在なさげに俯いた。
 
 自分が、佐野屋に戻れば ───。
 なにもなかったことになるのだろうか。
 こんなに大騒ぎにはならず、大和は春霞楼の主人に納まり、カナエを怒らせることもなく、自分は佐野屋の主の囲い者になって ─── やがて大和は自分のことを忘れて。
 
(俺、……迷惑、だよね……)
 しょんぼりと肩を落とすかずさの手が大和のシャツの袖からゆるゆると離れていく。その華奢な手にすっと大和の大きな手が伸ばされた。安心させるように包み込む。
 
「─── 誑かしたんは俺や。かずさは何にも悪ない。……お前かてよう知っとるやろ、かずさが俺んことどんだけ惚れとるか」
 かずさを庇う大和の仕草と言葉に、カナエはぐッと押し黙る。実際、大和に対するかずさの想いはカナエが一番よく、身を持って知っていた。
 
「たらしたんは大和のほうやで。その子、大和を庇いよった」
 さらに主である父親までもがかずさを擁護する。おかしな風向きに気付いて母親に目を向けたカナエは、この短時間で主だけでなく、同情的な視線でふたりを見ている女将にもかずさが受け入れられつつあることを悟った。
  
「どっちがたらしたんでもたらされたんでもどうでもええわッ、勝手にせえ! とにかくオレは大和が見世辞めるなん、認めへんからな!」
「─── そうやな。大和に辞められるんは困る」
 主は静かにカナエに同調した。

「あなた」
 女将は小さく諌めるような声を上げた。─── 大和に暇を出さないということは、取りも直さず、ふたりの仲を認めずにかずさを引き離し、佐野屋へ送り届けるということで。
 
 そのことに気付いたかずさはすうっと青ざめた。大和も顔色を変え、かずさの手を握り締めている。
 そんな中、抗議の声を上げたのは女将だった。
「あんまりですよ、あなた。……この子たちの様子が目に入らないんですの? 駆け落ちぐらいしかねませんよ」
 
「まあ、そう慌てな。確かに春霞楼の大和が佐野屋の商品攫って誑かして囲いもんにしとる、いうのは拙い。ほんまにあかんで、これは。大醜聞や。二、三ヶ月は持ちきりやな」
「何をのんきなこと、……ですから大和も暇もらいたいとこうして」
「せやけどうちは大和がおらんと困るねん。判るやろ。いずれ大和か鼎に見世譲るつもりで仕込んどったんやから」

「オレは物の数に入ってへんかったはずやで」
 恨みがましさを底に秘めたカナエの声が座敷に響く。勘当息子を外に出せ、という命が下らないのを見て、用心棒の繁次は静かに障子を閉めて立ち去った。
 密閉された空間にカナエの中に溜まった鬱屈が愚痴として吐き出される。

「なにが見世譲る、や。元からそんな気さらさらあらへんかったくせに。大和があかんくなったから次はオレか? 冗談言いさらせ、オレは絶対継がんからなッ」
「─── 大和は若衆頭や」

「旦那さま」
 言いかけた大和を主は手を挙げて遮った。
「黙って聞きいな。─── これだけのこと仕出かしたんやからな、大和に見世継がせるわけにはいかん。けど、暇やるんは惜しいんじゃ、譲ってもええくらいの気持ちやったんやでこっちは。せやから若衆頭に据える。─── 春霞楼は、鼎、お前に継がす」

 父親の言葉にカナエはぽかんと口を開けた。
 春霞楼の正当な跡取りとはいえ、ずっと見世は大和が継ぐものだと思っていた。それそのものは正直な所、別に構わない。
 
 ただ、─── 子供の頃からずっと、大和と比べられ、貶められるのが不当だ、と大和に対して逆恨みに近いような感情を抱いていた。次第にいっそ大和が跡取り然とした顔をすればいい、そうしたら悪者に出来る、とまで思ったカナエだったが。

 今やその大和は子供ひとりに誑かされ、跡取りの座を追われた。そして残ったのは自分だけ ───。
「……ちょっと待たんかい」
 到底納得できない。今まで出来のいい大和と比較され、劣等感を味わってきた自分はなんだったのか。カナエは父である春霞楼の主に反駁した。

「オレは勘当されとんのやで! 跡なんか継げるわけないやろ!? 大和引き留めるんやったら主に据えろや!」
「ちょうどええ、たった今から勘当取り消しや。出入り自由やで。なに、大和の仕出かしたことに比べたらお前の悪ふざけなんぞ大したことやない。お前が跡を継ぐんや。頼んだで」

 父親の「頼み」に引導を渡された形になったカナエは頭の中が真っ白になった。 
 呆然とするカナエに頓着せず、同じく若衆頭と宣告された大和は主に食い下がる。
「若衆頭などとんでもない、今日にもお暇を頂きたく」
「……問題は佐野屋さんやな」

 かずさははっと身を硬くした。大和と引き離されて、佐野屋に連れて行かれてしまう。
 大和の背中に隠れ、しがみついた。大和も片手を背中に回し、かずさを庇う。
 そんなふたりに主は目を細めた。

「その子、身請けする言うたな、大和」
「……はい。とてもこの見世にいられるような所業ではございません。どうか、暇を言い渡して下さい」

 余裕を失くした大和の必死な形相を尻目に、主は立ち上がる。きびきびとしたその姿は壮健そのもので跡取り問題で悩むにはまだ早すぎるようにしか思われない。
 そんな若々しい春霞楼の主人は大和を見下ろした。

「佐野屋さんにお邪魔するで、大和。覚悟は出来とるんやろな」
「……旦那さま?」
「全くまあ、ずーっと手ェかからん子ォや思とったら、とんだ猫かぶりの悪たれやったな。今頃なって余所の見世に頭下げに行くようなこと仕出かすとは思わなんだ。……ああ、別嬪さんは来やんでええ。女将、誰ぞか付けて相手してやりいな」

「じゃア、翠に預けましょうか。あの子なら面倒見もいいし、子供も好きですし」
 いち早く夫の意図を汲み取った女将はさっと立ち上がり、障子を開けて「翠、翠はお湯屋から帰ったかい?」と声を上げながら部屋を出て行く。まだ主の真意が読み取れない大和は、膝立ちでかずさと顔を見合わせていた。

「何してんねん。その別嬪さん身請けしに行くんやろ。……倅の不始末や、一緒に頭下げたる。佐野屋さんがゴネはったときは二倍でも三倍でもゼニ出したるわ。その代わり判っとるやろな、若衆頭」

「……旦那さま」
「お前には鼎を助けてもらわならん」
 袂に手を入れて腕を組んだ主は父親の目をして、呆然と畳に目を落としているカナエを顎で指した。

「まだまだ分別つかんガキや。コレを主に据えるんは骨やで。お前の協力がいる。その為の若衆頭や。その子身請けしてうちの若衆頭務めてくれるんやったら大いに結構。なんぼでも出す」

 その言葉の意味が大和の心に徐々に沁みこんでくる。─── 自分を育ててくれた春霞楼の主人は、手酷く見世を裏切るようなまねをした自分を許し、引き留め、あまつさえ一緒に頭を下げてかずさを落籍せてくれるというのだ。

 ……どう感謝の言葉を告げればその気持ちが伝わるか判らず、黙ったまま。
 大和は畳に手を付き、深々と頭を下げた。

「勘違いするんやないで、大和。その子身請けしてお前を若衆頭にするんは見世の為や。お前の為やない。一生見世におってもらうからな。覚悟し」
「……はい」
「佐野屋さんが話通じへんかったらその子と逃げようとしとったろ、お前。アホやな。ちっとは親父を頼らんかい。……ほな、行くで」

「はい。……かずさ、」
 一緒に頭を下げていたかずさの腕を掴んだ大和は、その細い身体を引き寄せた。
「……すぐに帰ってくるさかい。待っとって」
 
 一瞬だけ、きつく抱きしめる。すぐに離して、主と共に廊下へ出た。

 かずさはすっと大和の体温が離れていくのを追いかけて立ち上がり、障子の桟に手をかける。
 遠ざかる大和と主の背中が廊下で立ち止まった。話し声が聞こえる。
「……なんや物々しいやおへんか。どこぞへ行かはるん?」
「ちっと出入りや。佐野屋さんに」

「あれまァ、随分と剣呑な話やねえ。うちは好かん」
 女性の声が涼やかに笑う。
「ほな頑張りや、大和。あんたのええ子の相手ェちゃんとしたるし」

「……頼んだで」
「まァ赤うなって。岡惚れやね」
 それを潮に、すれ違う。大和と主の背中に代わって現れたのは。

 白い細面に、凛とした大きな瞳。真っ黒な洗い髪をひとつに結わえ、肩から胸の前へ垂らしている女性の姿。
 朝顔柄の白い浴衣に藍色の帯を締めた、白黒の写真よりもはるかに美しい翠は、かずさを見つけて艶やかに微笑んだ。
  

 
      

     目次続・月が見ている。3 

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コメント

お久しぶりです><
きみの手を引いての続編も見なくてはと慌ててΣ
でもこっちの方も全然見れてなくて…

大和の男らしさが惚れますね^^
前作は鼎に萌えてたんですが、かずさを庇う大和もいいですねェ♪
そして翠とご対面のかずさも気になります☆
また見に来ますね**
 
 
 ≫ご無沙汰してます、コメントありがとうございます~♪
 なかなかお邪魔出来なくてすいません(;ω;)
 
 続月3からはまた、カナエさんが出張ってます (;;;´Д`)ゝ一番出張ってるのは翠ですが。女の子キャラは書き慣れてないんですが、書くのが楽しいです。 (o^-^o)
 
 「きみの2」連載始めちゃいました…よろしくお願いしますo(_ _)oペコッ
 
 またブログにお邪魔させて下さいね~(*^.^*)
 

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