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続・月が見ている。1

 

 〈1〉

  
 関東大震災から復興しつつある首都・東京。
 
 浅草十二階と呼ばれた凌雲閣や建造中だった丸の内のビルディングが大破する中、幾つか点在する色街は、廃娼運動にも屈せず逞しく明かりを灯し始めていた。
 
 当時、関西に見世を構えていた遊廓・春霞楼は、東京に安く見世を設ける好機と見て進出、思惑通りに成功を納める。
 
 ─── 十年後。
 いずれ二人いる倅の内ひとりに見世を任せて安泰を得るはずだった春霞楼は、あろうことか大いに揺れていた。

 
 今は障子を立て切っている、左手に中庭を臨む十二畳ほどの座敷。麻の着物に夏羽織の春霞楼の主は、大黒柱を背に、しかめつらしい顔で腕を組んで座していた。

 まだ五十には手が届かないらしく、僅かに髪に白いものがあるが顔に深い皺が刻み込まれているわけではない。それでも寄せられた眉間の縦じわは深くなるばかり、不機嫌そうに下がった口元は二度と言葉を発しないのではないかとかずさには思われた。
 
 一方、地味な銘仙を粋に着付けた女将は主のごく近くに座り、カナエによく似た面立ちに柔和な笑みを浮かべていた。しかしそれも、次第に深くなっていく困惑の色は隠せない。かずさと大和に等分に視線を向け、口を挟まず静かに大和の話を聞いていた。

「─── 申し訳ありません」
 正座をしているかずさの膝のほんの少し前、やはり正座をして主と対峙していた大和は白いカッターシャツの背中をぴんと伸ばしたまま、平伏する。
 かずさも同じように、いやそれ以上に、手を付いて頭を下げた。
  

 妓楼と呼ぶのに相応しい、壮麗な遊郭・春霞楼の主の居室。主と女将が普段使っている部屋で ─── と言っても、営業中はそれぞれが客の入りや、揉め事が起きていないか監視するなど細々した仕事に追われ、帳簿を付ける時か休憩時しか用のない部屋だが ─── 大和に連れられたかずさは、二人に対面していた。
 
 かずさを連れた大和に話があると言われた主と女将は、戸惑いながらもこの部屋へ通した。いつになく畏まった大和が口火を切って話し出したことといえば、ここにいるかずさは佐野屋の主に手込めにされかけて逃げ出した「商品」であること、そのかずさを大和が匿い、ふたりが想い合うようになったということだったので。

 それらが余所に知れれば春霞楼の体面に泥を塗るであろうことはこの場にいる全員の想像に難くなく───。
 
 しん、と静寂が訪れる。しわぶきひとつ洩れない沈黙が恐ろしくて、かずさは顔が上げられない。

 主はふっと息を吐き出した。
「─── そおか」
「はい」
「ええ歳して浮いた話ひとつあらへんから女郎屋継ぐんは向いとらんのやろか、思っとったけど、まさかこんなわけありの子供に入れ揚げとるとは思わなんだ、」

 言外にかずさに誑かされたと匂わせる主を、大和は真っ向から見据えた。
「旦那さま。かずさは見ての通りの子供でございます。何一つ、他意はございません。……そんな子供に気持ちを動かされた俺の方が、悪い」

「それは本気っちゅうことか?」
「はい」
「離す気ィないねんな?」
「はい」

 ぽんぽんと小気味良いほどに肯定の返事をする大和の斜め後ろで、かずさは赤らめた顔を上げた。
「あのう……」
「かずさ、……大丈夫や、心配せんでええから」
「なんや」

 おずおずと口を挟んだかずさを制しようとした大和に構わず、主は面白そうに水を向けた。
「なんや。言うてみ、別嬪さん。ようもそないなおぼこい顔して手塩にかけて育てたうちの倅、誑かして」
「旦那さま、かずさは」
「ご、ごめんなさいっ」

 主の揶揄に、かずさは上げた頭をまた下げて小さくなった。
「やま、大和、さんは、悪くないんです、……俺が、あ、僕が、勝手に好きになった、ですっ……そばに、いたくて、大和さんのそばにいたくて、だから、大和さんは、ちっとも悪くないです、ぼ、僕が悪いんです、たぶら、かしたです、ごめんなさい……っ」
 
「─── こら驚いた」
 主は目を瞠り、そばにあった煙草盆から銀煙管を取り上げる。刻み煙草を指先で丸めてその先端に詰めながら大和を見た。
 
「この子、お前んこと庇とるで、大和」
「はあ……」
「大したもんや。可愛くてたまらんやろ、お前」

 カナエとそっくりな物言いに少しだけかずさは目線を上げた。その先にいる主は眉間のしわも取れ、幾分緩んだ顔つきで種火から煙管に火を移している。きつかった面差しが少しだけ、柔らいだような気がした。 
 
 はい、と微かに笑みを浮かべる大和を見て、主は納得したように頷き、吸い口を咥えた。
「よう判った。お前が悪いわ」
「はい。知ってます」
「しれっと言いな。そういう食えへん奴に見世、継いで欲しかってんけどな、……まあええ」
 
 煙を吐き出す主にかずさは食い下がる。
「あのう、……あのう、大和は悪くないんです……僕が」
 
「ああ、もうええ。惚気は聞きたない。あんたみたいな子供にジブンこと庇わせるなん、とんでもない色悪やで。女郎屋の倅としたら大合格やな。大和んこと、褒めてんねんで。……せやから、余計もったいないけどな……」
 
 噛んで含めるように言ってかずさを諭し、主は大和を睨めつける。
「もうこの見世、継がせることは出来ん。判っとるやろ」
「承知しています」
「跡継ぎは鼎でええんやな?」
 
「はい。元よりそう思っていました」
「……アナタは昔から、年端も行かない子供の時分から、鼎は跡取り息子と言って聞かなかったものねえ、」
 不意に口を開いた女将が残念そうにため息をつくのを、大和はにっこりと労るように笑った。
 
「坊ちゃんは見世の主人に相応しいと思います。旦那さまも女将さんも俺を買い被り過ぎです。どうぞ、坊ちゃんを跡継ぎに仕込んでください」
「もう、まったく、欲のない……」
 嘆く女将を主が取り成した。

「仕方あらへん、これも成り行きや。こうなってもうたんやから、……どのみち、継がせるわけにはあかんようになってもうたなあ」
 ひとりごとじみた言葉を漏らし、主はふっと煙を吐き出す。
 それからおもむろに灰吹きの縁を叩いて煙管から灰を落とし、袂に手を入れた。

「うちのことはええわ、それより、……どないするん。佐野屋さんとこの商品攫って手ェつけてもうたんやで。どう落とし前つけんねん、ええ?」
「……春霞楼を辞めさして下さい。暇もろてから、佐野屋さんに詫び入れに行かさしてもらいます」
「うち辞めて、詫び入れて済むと思とるんかい」

 凄みを利かせた主の声が腹にびいんと響く。
「同業の女郎屋の倅が、後ろ足で砂かけるような真似して逃げた商品攫ってひと月もええようにしとったんやで。これこれこうでしたすいませんて詫び入れて、めでたしめでたしンなると思とんのかッ」
 声こそ大きくはないものの、威圧感のある亡八然とした主の姿にかずさはすっと血の気が引いた。

 大和はそんな主に臆せず、真っすぐに見返して言った。   
「かずさを身請けします」
 揺るぎない視線に込められた大和の気迫に、主は面には出さないものの柄にもなくたじろぎ、その言葉に意表を突かれる。
 
「ふん、……身請け、なァ……」
「責任は取ります。いくらかかってもかずさを落籍せます」

「……佐野屋さんの、その、妾にされかかったんやろ。承知せんかったらどないするん」
「それは、……その時は ───」
 言いかけた大和を遮るように障子を隔てた廊下が騒がしくなる。荒々しい足音と声高な言葉 ───。
 
「……大和っ、大和とキレーなツラしたガキ来とるやろ!」
「ぼ、坊、困りますよう、許しなしに上げるなて旦那さまから言われとるんですから」
「やかあしいんじゃ、どけ、繁次ッ」
 
 だかだかと廊下の床板を踏みしめる音が近づき、中庭に面した障子が開け放たれる。
 腫れた頬に湿布を貼ったカナエが仁王立ちで座敷にいた全員を見下ろした。
 
「……ま、鼎、その顔」
「なんやソレ。どないした」
 目を丸くした父と母に同時に訊かれたくないことを訊かれ、苛立ちが頂点に達したカナエは思わず声を張り上げた。
 
「ああ!? かずさに手ェ出して大和にどつかれたんじゃ、悪いかー!!」
 広い広い春霞楼中に響き渡るカナエの声に、かずさは真っ赤になり、大和は全く表情を変えず、あっけにとられた主と女将は顔を見合わせた……。

 

 *亡八…仁・義・礼・智・信・忠・悌・孝の八つの道徳の心を失くした者。血も涙もない、という意味で娼家の主人などがそう呼ばれました。

 

     

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コメント

 ゚*。(o'∀')b。*゚こんにちは♪
 自分の連載が終わって、ブラブラしていたら、なんと! 月見の続編を発見!! ワァ──o(。´・∀・`。)o──ィ♪
 
 かずさは小さいのにちゃんと恋人を庇ってえらいな~~♪♪
 そしてもう一騒動ありそう……(ΦωΦ)フフフ・・
 カナエよ……あんたって子は、両親の前でまた堂々と(笑)

 相変わらず時代描写がすごい!! 尊敬しますキュピ──(。☆д☆。)──ン
 
 あ!そしてそして!四万ヒットおめでとうございます!!!
 すごいですねΣ(゚Д゚ノ)ノオオォッ
 この前三万ヒットされたばかりのような……┣¨キ(*゚Д゚*)┣¨キ 私も万単位ヒット目指してがんばります!!
 
 また寄らせて頂きますね♪
 続き楽しみにしております♪
 

 ≫コメントありがとうございます♪
 本編にも増して取っ付きにくい入り……これは面白くないだろう、と削ろうかと思ったんですが、時代背景がはっきりしてたほうがイイかな、と入れました。というか、こういうことを入れるなら本編で、って話ですよね…┐(´-`)┌
 知らないうちに若旦那になっちゃうかも、と慌てたカナエが乱入しましたね( ̄ー ̄)ニヤリ
 
 四万ヒットおめでとうございます!!!≫
 ありがとうございます!m(_ _)m
 お越し下さる皆様のおかげです。ほんとに、ありがたい…(;ω;)
 ついこの間、三万ヒット…は多分、週一ぐらいしか更新しないトロさなので、三万ヒットありがとうございます記事が目立ったんだと…思うんですが~(°°;)))オロオロ(((;°°)~
 たくさんの方に読んで頂けると、本当に嬉しいです。できれば、面白いと思って頂けると、もっと嬉しいです。 (≧∇≦)

 ブログの方、またお邪魔させて頂きますね♪
 次回作楽しみにしています^^*
 

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