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きみの手を引いて2:第一話

 

  
 アルバイト先のカフェの従業員用出入り口から外に出た長谷川 瞠 ─── ハルは、中へ向かって軽く頭を下げた。
「お先失礼します」 
 
「ああ、はい、お疲れさま。明日もよろしく」
「はい、お疲れさまでしたー」
 挨拶を交わし、にっこりと笑う。店のマスターの環は、髭を蓄えた顔にちょっと面食らったような表情を浮かべた。

「最近すごい機嫌いいね、ハルくん」
「え、そうですかー?」
「うん。OLのお客さんたちにも笑顔の大盤振る舞いじゃない。ぎこちない笑顔も可愛いけど今の笑顔も良いわー、なんて言われてたよ、お姉さんたちに」

「そうかなー。前と同じつもりなんだけどなあ」
「……要とうまくいってるんだ?」
 ハルの恋人である柚月 要は環の従兄弟だった。その仲を知っている環は、彼にしてはひとの悪い笑みを見せて冷やかす。ハルは、ぱッと顔を赤らめた。

「やだなー、もう。そんなんじゃないです」
「説得力のない否定だねえ。ま、いいけど、要に言っといてよ。コーヒー飲みに来て他のお客さん睨みつけるのやめろって」
 
 環が言うのは、二日前、柚月がハルを迎えに店へ訪れたときのことだ。
 
 最初のうちはまめまめしく働くハルを微笑ましく見ていた柚月だったが、女子高生にきゃあきゃあ言われている恋人を安穏と眺めていられるほど人間が出来ていない。眉間にしわを寄せつつ我慢していたものの、こっそりと携帯電話でハルの写真を撮られてると知った時には、ついに彼女達に険悪な視線を向けた。

 気付いた環が、スタッフの写真を勝手に撮られるのは困る、とやんわり注意してやめさせたが、柚月の眉間のしわはしばらく消えず、イライラとしているのが傍目にもはっきりと判った。
「あんなヤキモチ焼きじゃ、ハルくんも大変だねえ」

 やれやれと嘆息する環に、ハルは首を横に振った。
「や、……そんなことないです」
「おや、余計なお世話だったね」
  出歯亀して惚気られてはたまらない、とばかりに環は肩を竦め、カウンターの中に戻っていった。

 帰る道すがら、ハルは柚月が迎えに来てくれたあの日のことを思い返していた。
 その日はハルの誕生日だった。
 
 
 
 
 
  二人で連れ立って帰るなりキッチンに向かった柚月は、夕食時には見事にハルの好物ばかりをテーブルに並べた。
『すっげ、どうしたの? なんか悪いことでもした? うわ……浮気、とかさ』
 
 軽口に不安を覗かせるハルに、柚月はふっと笑った。
『お前の誕生日だろうが』
 ヴィンテージを出てからずっと不機嫌そうにしていた柚月の笑みに、ハルはほっとして見惚れる。最近、柚月はやけに穏やかに微笑むようになった。
 
 その笑顔にどうしようもなく惹かれている自分を自覚しながら、ハルは照れ隠しに唇を尖らせる。
『……覚えてたんだ?』
『忘れるか』
 
 至極当然のように柚月はあっさりと言う。
 どんな手を使ってでもハルの誕生日を突きとめるように、と幼馴染みのあやに焚きつけられた柚月は、それこそベッドの中で訊き出すことに成功していた。
『だって、あれから何も言わないし、今朝だって、……忘れてると思ってた』
 
『覚えてるだろう、普通。恋人の誕生日は』
 言って、リボンのかかった銀色の四角い包みをハルに手渡す。柚月の「恋人」発言にぼうっとなっていたハルは、上の空でそれを受け取り、視線を落とした。
 
『……なに?』
『なんだろうな?』
『……訊いてんの、オレなんだけど』
 
 憎まれ口を叩きながら細いリボンを外し、包装紙をそっと剥がす。現れた黒い箱を開けると、シルバーのボールチェーンとその先に繋がった、クロスに複雑な模様が刻まれた金属のプレートが出てきた。

『……ドッグタグだ』
『うん』
『駅前のショップのヤツ、無くなってた』
『うん』
『……どんな奴が買ったのかと思ってた』
『俺で悪かったな』

 胸がジンと熱くなる。柚月は、自分がこれを欲しがっていたことをちゃんと知っていた。
 なんとなく目を合わせられず、ハルは包装紙や黒い空箱を見ながら、チェーンを首の後ろで留める。
 俯いて、胸の前のプレートのクロスの模様を指でなぞるハルの頭を、柚月はくしゃくしゃと撫でた。
 
『よく似合ってる』
『……っ』
 不覚にも、涙が滲む。嬉しくて、嬉しくて、でも、どう言葉にしたらいいのか判らない。
 
『……ガキ扱いすんなっ、髪、めちゃめちゃンなんだろ……っ』
 強気な言葉とは裏腹に、顔が上げられない。柚月は笑ってハルの髪の毛を指で梳いて整えた。
 ─── 髪なんかどうだっていい。他に、もっと、聞いて欲しいことがあるのに。
 
 こんなに、嬉しくて仕方がないのに。

 プレートをぎゅっと握りしめる。
『こんな高価いの、オレにくれちゃってイイわけ? 柚月さんの誕生日、肉じゃがの材料買ってきただけじゃん。しかもオレがほとんど食っちゃったし、……なんもあげてねーのと一緒』
 違う違う。こんなこと、言いたいんじゃない。心の中で焦れながら、ハルは平静を装う。
 
 それを聞いた柚月は、ちょっと笑って言った。
『ちゃんともらった。値段が付けられないくらい、いいもの』
『ウソだっ。何もあげてねーもん』
『もらったよ』

 細い肘を掴んで引き寄せる。いつになく強引な柚月の仕草に驚いて、ハルは俯けていた顔を上げた。
 目が合う。
 柚月の唇がゆっくりと下りてくる。

 何度も何度もキスを繰り返す。力強い腕の中でハルは膝の力が抜けていくのを感じていた。
『……ほら、もらっただろ?』
 柚月の声が耳元で囁く。抱きすくめられてキスをされただけでへろへろになってしまう自分をだらしない、とハルは思う。

 だから返事をせず、柚月に抱きついた。
『……じゃあ、オレにも柚月さん、ちょうだい。アクセだけじゃやだ』
 自分をこんなにもダメにしてしまう柚月に、わがままを言わずにいられない。柚月が困っているだろうか、と気が差して見上げると案に相違して嬉しそうに笑っている。

『今すぐでいいか?』
『え、う、……わがままだって怒んねーの』
『なんで恋人にねだられて怒るんだ?』
 真っ赤になるハルを抱えるように部屋に連れて行き、『ご飯、冷めちゃうよっ……』という抗議の声を全く無視した柚月は、その望みどおり、ハルのものになった。
 
 
 
 
 
 この上なく幸せになった誕生日のことを思い返しながら、ハルは公園脇に差しかかった。
(今日の晩メシなんだろ。柚月さん、買い物して帰るって言ってたからオレの方が先に着くかも)
(……ちょっとロフト、片付けようかな……?)
 
 柚月と想いが通じてから、ほとんど柚月のベッドで寝起きしていた。それは必然的にハルが独占していたロフトが本来の使用目的である物置に戻るということで、その内部は有り体に言って荒廃してきている。
 
 さすがに布団は畳んで隅に置いてあったが、服や雑誌が雑然としている様子はいかにも見苦しい。見苦しいのでカーテンを引いて隠しているが、自分が先に帰れる今日のような日こそが片付けるチャンスだとハルは決意した。
 
(……片付けたら、服、柚月さんの部屋に少し置かせてもらおうかな)
 言えば、柚月は快く承諾してくれるだろうことは判っていた。しかしハルの心の中には、厚かましいのではないか、という引け目がなんとなくあり、言い出せずにいた。あまりにも柚月のテリトリーを侵し、頼りすぎになって柚月に疎まれるのをハルは無意識に恐れている。
 
(や、……やっぱり、いいか。片付けはするとしても、服はロフトに置いとこう)
 歩くたびに胸の前でしゃらりと揺れるドッグタグの幸せな重みを感じる。今のままで、充分、満足だ。
 
 ハルは自分を納得させ、足を速める。
「……瞠」
  ─── そんなハルを呼び止める人物がいた。聞き覚えのあるその声に、ぴたりと足を止め、ハルは振り返る。
 
「瞠」
 ハルを瞠と呼び、公園の中から現れる。
 端正な顔に浮かんだ笑み。ブランド物のグレイのスーツを品良く着こなし、ゆっくりと歩いてくる。
 
 顔色を失って立ち尽くすハルの目の前に、かつて誰よりも尊敬し、だからこそ強要されたことの辛さで逃げ出さざるを得なかった義理の父親の笑顔があった。
 

 
    

     

     目次第二話
 

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コメント

お久しぶりです((´∀`*))
ほんと、久しぶりです((

最近自サイトで苦戦してた為全然お邪魔できなかったのですが…

君の手の続編が出てたんですね!
久しぶりのハル君と柚月//
にやにやしながら見ました(笑

これから、ちょくちょく来れたら来ます!
そして追いつきます!(笑

バナー、私のサイトに貼らせて頂いてもいいですか?
 
 
八月>お久しぶりです~(*^-^)
こちらこそ、忙しくてなかなかお邪魔できなくてすいませんでしたo(_ _)oペコッ

書いちゃいました、きみの2。ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ
八月も時間を作って、なつきさんのブログ寄らせて頂きますね~。

あッ、バナー作ってみました、よろしかったらどうぞ♪
  

 ハルも柚木さんも懐かしい~!!(泣)
 また会えて嬉しいです♪♪
 なんか疲れ取れたというか、癒されました☆

 八月さんが書かれる登場人物はみんなどこか可愛くて透き通っているというか、純粋な印象を持ちます。文章も含めて、お人柄が伺える素敵な小説をいつもありがとうございます。
 
 拍手ページの番外も楽しかったです♪ いいですねえ!拍手ページにチラリと載せるって……ちょっと憧れました。
 
 なんだか仕事再開でてんやわんやな二週間だったので、久し振りに寄らせて頂いて、本当に八月さんの小説に出会えてよかったと感じました。

 第一話のコメントから変な文章でスミマセン(´-∀-`;)
 疲れてますね……私。
 
 続き楽しみにしています♪
 また寄らせて下さいね☆ 
 
 
 ≫コメントありがとうございます♪お仕事で疲れているのに、読んで頂けて本当に嬉しいです。感涙 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
 
 「きみの2」はいつか書こうと思ってたので、「月見」の連載中も忘れないようにちょこちょこ書きたいところを書き散らしてました。その副産物が拍手お礼(;;;´Д`)ゝ
 あわよくば掲載用に、と思っていたのですがどう転がっても「ヘヴン2」だろう、とアレ一話だけで頓挫。
 なんか単発続編として載せるのも悪いし( ´・ω・`)でもこのままお蔵入りするのももったいないしな~、という貧乏根性で拍手お礼(お礼じゃない(;´д`)にしてみました。あんまりカッコ良くない舞台裏……。(←いつものこと)
 いつかほんとに「お礼です!」という話を載せたいです。
 
 文章もキャラも褒めて下さって、もう……どうしたらいいのか(/ω\)ハズカシーィただ、人柄はすれっからしのオバサンなので透明感はないです。断言。
 
 お仕事も育児も頑張っている方に、ブログも頑張って下さいとは言えないのですが……16さんの書かれるお話、とても好きです。あの描写力、すごく勉強になるので「堕ちます…」とか読み返させて頂いてます。(八月には無理だな、と落ち込むんですが(^-^;)
 新作書かれたら必ずブログにお邪魔させて頂くので、無理せずゆっくり頑張って下さいね。楽しみにしてます。(o^-^o)
 
 

八月さんこんにちは!
月見も終わって新作展開ですね☆
八月さんのキャラはやっぱり可愛くって・・・
好きです。はい。大好きです。

君ので拍手したらヘブンが出てきてびっくり!!こっれはナオ君・・・絶対臣にお仕置きされそう・・・wwwワクワク

あ、ひとつ訂正がありました。
「呼びたかったんだよ」のあと、柚月が大和になってます(笑)

ゆっくり頑張ってくださいね!応援してます
 
 
 ≫ほんとだ……柚月が大和になってる。PCの前で爆笑したら、子供達に不審な目で見られましたよ!(@Д@;
 早速直しました~。「月見」書きながら「きみの2」も並行してたせいでしょうか……大変失礼しましたヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ(←エヘヘじゃないよ全く…)
 
 そうなんです、この後、臣×ナオでお仕置き……って考えたんですが、それ「きみの2」じゃなくて「ヘヴン2」じゃん、って我に返ってやめたんです。(お仕置きシーン書かなかった…一体何の為にこの話書いたのか、くう…!)
 おかげでこの話だけ宙に浮いちゃって、どーすんのコレ、って……その内、小ずるく「ヘヴン2」の第一話になってるかもしれませんΣ( ̄ロ ̄lll)
 
 本当にコメントありがとうございます(≧∇≦)
 まだまだ先は長いですが、最終話まで頑張ります!
 
 

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