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きみの手を引いて2:第三話

 

  
 ベランダに続く窓を開けると、爽やかな風が部屋に入ってきた。
 明け方まで降っていた雨は上がり、梅雨の晴れ間の青空が広がっている。ハルは雨にさらされた物干し竿を軽く拭き、手早く洗濯物を干していく。
 
 キッチンでは柚月が朝食を拵えていた。洗濯物を干し終えたハルが部屋に入る頃には、コーヒーの豊かな香りが漂いだす。
「ねー、オレの、スクランブルエッグにしてくれたー?」
「出来てるよ」
 
「甘いのだよ」
「判ってる」
 ハルはダイニングテーブルに並んだメニューを見て満足したのか、鼻歌でも歌いそうな雰囲気で自分の真新しいマグカップを手にする。
 
 ─── わざとハルの誕生日を外し、その次の日に、あやが柚月と色違いのおそろいでプレゼントしてくれたマグカップだった。「要ちゃんより気が利いてたらシャレになんないでしょ」とヴィンテージに訪れたあやはコーヒーをオーダーしがてら、ハルに手渡して肩を竦めた。
 そのマグカップにコーヒーを注ぎ、席に着く。
 
「いただきまーす」
 スプーンを手に、嬉々として卵料理に取り掛かるハルの様子を柚月はじっと見つめる。
「……美味いか?」
「うん。めっちゃくちゃうまーい! ヤバいよ、コレ」
 
 その卵料理は最近のハルのお気に入りで一日おきに、作ってくれ、とせがまれる。無論、断る理由もなく、惚れた弱みのハルの喜ぶ顔見たさに、柚月は言われなくても作ってしまい、……要するに、柚月の料理を不味いと思っていた、などということはやっぱりありえない。
 そう結論付けた柚月はハルに皮肉を言った。

「ずっとマズいと思ってたって?」
「う……」
 昨日の夕食時の下手な芝居の揚げ足を取られ、ハルはスプーンの先を口に咥えて柚月を上目遣いを向けた。
 
「だって、さ、……柚月さんに迷惑かかると思って」
「毎食、おいしいうまいヤバイを連発するのが嘘だったってか? そんなにがっついてて?」
 ハルは口を尖らせて、スプーンで残り少ないスクランブルエッグをひとつに寄せる。
 
 ゆっくりとコーヒーを飲んでいた柚月は、ことんとマグカップをテーブルに置いた。
「……俺はもうお前には騙されない。二度と俺を傷つけて嫌ってもらおうなんて詰まらないことは考えるんじゃない。無駄だ。何言われても嫌いにはなれないから」
 
 ぽかっと口を開けてハルは柚月を見つめた。
 みるみるうちにハルの頬に血が昇っていく。慌てたように目を伏せた。
「判ったか?」
「……はい。ごめんなさい……」
 
 柚月はハルを見惚れさせるあの微笑みを浮かべて、トーストを手にする。ハルはそんな柚月をちらりと見てぼそぼそと言った。
「……柚月さんて、自覚したらすげータラシになると思う」
「何を自覚するって?」
「なんでもない、……」
 
 自覚されて他の人間にもそんな殺し文句を言われてはたまらない。ハルはそ知らぬ振りで、寄せたスクランブルエッグを口に運んだ。

 
 
 食事を終えると柚月は大学院へ向かう為に家を出た。そういう際、いつもべたべたしたことのない二人だったが、昨日のことがあったせいか柚月は珍しくハルを引き寄せた。
「なに?」
 少し驚いて見上げるハルを柚月はじっと見つめる。
 
「……お前の家はここだから。絶対にどこにも行くな」
「うん、……」
「迷惑だとか、そんなことは考えなくていい。お前のこと渡したりしない」
  
 同じ意味の言葉を昨日の夜、ベッドの中でさんざん聞かされてた。その時のことを否応なしに思い出して、ハルは赤面する。
「わ、……判ってるよっ……昨日だって言われたし、……」
  
 柚月も同様の状況を思い出したのか、顔を赤らめて、「行って来る」と玄関に向かった。
 一人になったハルは、洗濯物を早めに終えて出来た時間で、昨日予定していたロフトの片付けをすることにした。
(昨日はそれどころじゃなかったもんな)
 
 長谷川が目の前に現れたことは、衝撃だった。足が竦んで動けなかったほどだ。
 ─── 時間をあげる、と言っていた。一週間。
 
 本当を言うと、柚月がなんと言ってくれても、自分がここにいるということは柚月の迷惑に繋がると判っていた。
 長谷川は籍の入った義理の父親で、自分は未成年者で、柚月は赤の他人。長谷川が警察にでも通報すれば、即自分は保護され、長谷川の元に連れ戻される。柚月は汚名を着せられ、後ろ指を差されて普通の生活を営むことは難しくなるだろう。
 
 長谷川に性的虐待を受けた、と告発するという選択肢がある。しかし、それはなるべくならしたくなかったし ─── 知らない人間の前で微に入り細に入り説明することなど到底出来ない ─── 家出した後の自分の素行を考えると、とても信用してもらえるとは思えない。
 
 世間的に見れば、長谷川は地位も名誉もある立派な紳士で、自分は引き取ってもらった恩も忘れて家出をし、男相手の援交で金を得ていたどうしようもない不良なのだ。
  
(……それに、長谷川さんを犯罪者にするなんて)
 柚月がそばにいてくれるからこそ、こうして長谷川自身を、彼が自分にしたことを客観的に見ることも出来るが、そうでなければ自分を引き取ってくれた彼を悪く思うことなど出来はしない。

 例えそれが親切ごかしからきた、自分に恩を売って言うことを聞かせようとした偽善行為であっても。
 それでも、長谷川は施設から自分を引き取って高校に進学させてくれたのだ。
 
(……オレ、も、悪かったのかも)
 悪いのは、長谷川だけではないのかもしれない。一緒に生活している間、長谷川を誘うようなことをしていなかっただろうか。自分に原因がある、ということはないだろうか ─── ?
 
 ハルは自分に責任を感じる悪い思考を追い出そうと、頭を横に振った。
(……オレは、悪くない。……長谷川さんも、悪くない。……多分、悪くない。たまたま、組み合わせが悪かっただけだ)
 
(一週間経っても、何も起こらないかも知れない。オレと柚月さんをほっといてくれるかもしれない)
 長谷川を信じたいという気持ちと ─── 。
 それは楽観的過ぎるのではないか、という不安がハルの心の中でせめぎ合う。
 
『どこにも、行くな。……行かせない』
『ミハル』
 不意に、昨日の夜の柚月の声が耳の奥に蘇ってくる。

 身体中にキスの雨を降らせて、抱きしめてくれた柚月は熱っぽく何度もそう囁いた。
 ハルは安堵の息を吐いた。その唇に笑みが浮かぶ。
 
 同じように、みはる、と呼ぶのに、長谷川と柚月とではどうしてこんなにも違うのだろう。
 柚月の声は安心させてくれる。誰よりも ─── 自分のことよりもハルを思っている、その声。
(柚月さん、……)
(……オレ、ここにいていいんだよね……?)
 
 服や雑誌を整理していたハルの手はいつの間にか止まり、ただぼんやりとロフトの床を見つめていた。

 

 
 
 
 
 
 柚月の元に、ハルを心配する環からの電話がかかってきたのは三日後だった。
『ハルくん、……どうかしたのか?』
「え?」
 
 立ち止まった拍子に、斜めがけにしたボディバッグに触れたレジ袋ががさりと音を立てる。院から家に帰る途中だった。バイトを終えたハルが家に着く頃を見計らって、環は電話を寄越したのだろう。             
 訝しんで逆に問いかける柚月に環は、ハルの様子がおかしい、と打ち明けた。
 
『元気がない。ぼーっとしてるし……今日はカップ二個も割ったよ。こんなのお前の時以来の損失』
「俺の時以来は余計だよ。……でも、そうか、ごめん。ちょっと面倒が起きてて」 
 
『お前がしつこくするせいじゃないのか?』
「何をだよ。何がだよっ」
『お前と違ってハルくんは働いて金稼いでるんだ。少し控えなさい』
 
「控えてるよ、これでも。……いやそうじゃなくて、俺が原因じゃない」
『そうか。安心した』
 環の本当にほっとしたような声が携帯電話の向こうで言った。
 
『うまくいってないのかと思った。お前と駄目になったら、ハルくん、きっとバイト辞めてしまうだろう?』
「……あいつにヴィンテージ辞められたら、そんなに困る?」
『看板息子だからね、彼は。ファンが多いんだよ。……変に勘繰るんじゃないよ。純粋に雇用主として心配してるんだ』
 
 独占欲が強いね、全くと環は苦笑いした。
「……別に、そんなんじゃ」
『そんなんだよ。その内ハルくんに愛想尽かされても知らないよ』
 
 確かに寛容だ、とは言えない。二週間ほど前ヘヴンズブルーを訪れた時、その店のオーナーとハルが話しているのを目にして、平静を装いながら苛立ってしまった。
 未だにヘヴンのオーナーは鬼門だ、と認めざるを得ない。オーナー ─── 成沢自身は他の男が自分の恋人にちょっかいをかけた、というので恐ろしく不機嫌だったが。
 
 その成沢の態度といい、ハルの応対といい、何も嫉妬を煽られるものはなかった。それでも、二人が慣れ慣れしく話しているのを見るのは、気分のいいものではない。
 ……自分の嫉妬深さにちょっとうんざりして、咳払いをした。携帯電話の向こうでは、環がハルの不調の原因について訊いている。
 
『それで、面倒って?』
「……うん、まあ、ちょっとした面倒。大したことない」
 柚月はバッグの中の財布にちらりと気をやった。そのカードポケットの間に面倒事の名刺が入っている。絶対にハルの目に触れさせたくなくて、自分の財布に仕舞い込んだ。

 
『………』
 少しの沈黙の後、環は口を開いた。
『……僕に何か出来ることは?』
 
 説明を拒んだ年下の従兄弟に思うところがあったのか、深入りしようとせずに、手だけ貸そうと申し込んでくる。
 思いも寄らない環の優しさを見せられて、柚月は苦笑した。

「何も。何もないよ。カップの損害、見逃してくれたらそれでいい」
 環のため息が聞こえた。カップのことなど、最初から問題にしていない。柚月もハルを心配する環の気持ちを知っていて、はぐらかす。
 
 ─── この件に関して全く関係のない環を、不用意に巻き込んではいけない。
「電話させてごめん。ハルには気を付けるように言っておくから」
 
『そんなこと言ってるんじゃないよ。─── 好奇心で訊いているんじゃないんだ。また、あの子がお前のところを出て行くようなことは、……お前が徹夜で捜し回ったり、あの子がいやな目に遭うんじゃないかって薄々思いながら、それをただ横で見ているだけなのがどんな気がするか、判らないだろう』
 
 環の言葉に ─── 。
 穏やかで、何事にも動じないと思っていた彼がそんなにも、やきもきしていたことに気付かされる。
 柚月は心の中で頭を下げた。 
 
「ありがとう、環さん。……もし、ハルを預けるようなことになったら、頼む」
『……判った。それで充分だ。二人だけでどうにかしようとするなよ』
 珍しく強い口調の環にもう一度礼を言って、通話を終える。軽くため息を吐いた柚月は、先に帰っているはずのハルの待つアパートへ足取りを速めた。
  

 
      

     目次第四話
 

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