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きみの手を引いて2:第二話

 

 
 ハルの目の前、少し離れた場所でスーツ姿のその男は穏やかそうな ─── あくまでそう見えるだけの笑みを浮かべる。
「……瞠」
 返事をしないハルを訝るように、男は再びハルの名を呼んだ。
 
 ハルはざあっと足元まで血が引いていくような気がした。
(……なんで、……ここに)
 動揺で一歩も動けない。男は立ち尽くすハルの元へ、ゆっくりと近づいていく。
 
「─── 捜したんだよ。……とてもね」
 ハルの膝ががくがくと震えだす。─── 柔らかなその声が、怖くてたまらない。
 すぐに逃げ出したいハルの気持ちとは裏腹に、震える足は全く役に立たない。端整な男の顔がすぐ前まで来た。
 
「髪を、染めたんだね……? 似合ってるけど、僕は黒い髪の毛の方がいいと思うな」
 決して激しない声。それなのに、有無を言わせない強制力を持つ。髪を黒く染め直すことになるだろう、とハルは思った。
「さあ。帰ろう」
 
(帰るって……どこへ?)
 ─── 無論、男の家に決まっている。自分は、男の籍に入った子供なのだから。
 真っ青な顔を俯かせたまま、一言もしゃべらないハルに男は手を差し出す。
 
「瞠」
 男の手が、ハルの腕に伸びてくる。
 触れそうになったその時。
 
「ハル」
 柚月の声が、聞こえた。
 ハルは弾かれたように顔を上げ、男の肩の向こうにレジ袋を提げた柚月の姿を見つけた。途端に竦んでいた足が動き、何も考えずに柚月の元に駆け寄る。
 
「ゆづ……柚月さん」
「どうした。……」
 柚月はハルの様子がおかしい、とすぐに気が付いた。青い顔色をして、すがるような眼差しで柚月を見上げてくる。─── それだけでなく。
 
「……あの、ひとは?」
 アパートに帰る途中この道を通りかかり、随分と近づくまで男のスーツの背中しか見えなかった。近づいてみれば男の前にはハルがいて、腕を掴まれそうになっている。
 
 思わず声を掛けた。自分には、そうしていい権利がある。
 自分に助けを乞うように駆け寄ってきたハルがそれを証明している。
 
 柚月はこちらを向いた男を観察した。濃いグレイのスーツに白いYシャツ、目立たず品のいいネクタイを締めている様子は普通のサラリーマンのようだった。軽く整えられた髪の毛の下の顔はよく見れば端整で ─── そのくせ、絶やさない笑みの下で何を考えているか判らないような印象がある。
 
 柚月は嫌な予感に捕らわれながらも、誰何した。
「……どちらさまですか。彼に何か」
 ゆっくりと近づいてきた男は、突如現れた柚月を冷たい目で見つめる。それでも口元の笑みを絶やさず、スーツの内ポケットからカードケースを取り出すと一枚の名刺を差し出した。
 
 薄暗くなってきた公園内の灯りが次々に点き始める。三人のいる通りをも照らすその光は、男の寄越した小さな紙切れを照らした。
 有名企業の役職名が細かく印刷されているその下に、男の名があった。
 長谷川 昌樹。
 
「─── 瞠の父です」
 その声に名刺から目を上げた柚月は黙って、長谷川を見据えた。ハルを無意識に背中に庇う。
 そんな柚月の仕草に長谷川は初めて穏やかな表情を消した。
 
「……君は、瞠の友達?」
「いいえ」
 柚月の断固とした声に、ハルはどきんとした。─── 自分たちの関係を、柚月はなんと説明するのだろう。友達でなければ、居候? 知り合い?……まさか、こんな往来で、恋人などと言うはずがない。
 
「僕は柚月 要といいます。ハルは……ミハルは、僕の大切なひとです。一緒に暮らしている。恋人です。……彼がそう言ってもいい、と思っていてくれるなら」
 驚いたハルは、柚月のTシャツの背中を掴んで引いた。
「柚月さんっ」
 
「……けれど、ミハルはこの通り、あなたやよその人間には僕が恋人と知られたくないらしい」
 わざと柚月は長谷川を他人と同列に扱った。ハルはあんたとは関係ない、と言いたい気持ちであることを長谷川を睨みつけるその目が雄弁に物語る。
 
「ミハルが嫌がるので、恋人同士と吹聴したりはしませんが」
 当たり前だよ! とハルは心の中で柚月に向かって悲鳴を上げた。だってそんなことしたら、柚月さんが、すごく困る……。
「僕はいつでも、ミハルを大事に思っています。恋人、です」

「……これは困ったね」
 敷石に目を落とした長谷川は、くす、と笑った。
「君は瞠がいくつか知っているの?……」

 ハルは柚月の背中に緊張が走ったような気がした。
(なに、……なんで、……オレの歳?……)
 話が急に変わったことにハルは付いて行けず、口を挟むことも出来ない。おろおろとするハルとは対照的に、柚月は落ち着き払った声で答えた。
 
「……知っています」
「そう。……未成年者略取って知ってるかな」
 
 リャクシュ? なにそれ……っ。
 その剣呑な響きに、柚月が困ることになる、とハルは直感した。
 
「君は大学生かな? とても頭が良さそうだから、縁もゆかりもない他人の君が未成年者の瞠を家に置くってことがどういうことか、ちゃんと判ってるみたいだね。……もちろん、そんな外聞の悪いおおごとにはしないよ」
 
 またも穏やかそうな表情に戻り、長谷川は柚月の背中のハルを覗き込んだ。
「時間をあげよう。一週間だ。……自分で帰って来なさい。判ったね」
 柚月は身体の向きを変えて、ハルを長谷川の目から隠す。
 
「……ミハルは、どこへも行きません」
「そうかな?……君に迷惑をかけてばかりではいられない。そろそろ自分の家へ帰りたくなるはずだ。……」
 長谷川は背中を向けて、静かに立ち去る。柚月のTシャツの背中を握りしめていたハルは、ゆるゆるとその手を離す。
 
 目の縁を赤く染めて俯くハルの手を、柚月はそっと取った。

 

 
 
 
 
 
 
 ……ろくに言葉も交わさず帰宅した柚月とハルは、いつものようにダイニングテーブルに差し向かいで夕食を摂っていた。
 柚月は何度も話しかけようと試みたが、ハルの態度がそれを拒んだ。帰宅途中でも、家に着いてからでも終始俯き加減で、何も話さない、と言うように口を真一文字に引き結んでいる。
 
 ただ、その手を引いてアパートに連れ帰った温もりだけがふたりを繋いでいた。柚月はそれを信じて、頑なになってしまったハルの心が解れるのを待っている。
 ほとんど夕食に手を付けず、ハルは箸を揃えて手前に置いた。
 
 気付いた柚月は軽く諫める。
「……育ち盛りなんだろう? 俺みたいなオヤジとは違って。……ちゃんと食べろ」
 声が僅かに擦れる。それでも、柚月は日常を続けた。
「腹へって眠れないぞ。夜中に起きて冷蔵庫漁るなんて真似は」
 
「……荷物まとめろって言わねーの?……」
 自分が使った器を積み重ね、シンクに運ぼうと席を立っていた柚月はハルが発した言葉にぴたりと動きを止めた。
 揃えた箸に目を落とすハルを見つめる。
 
「……家に帰れって言わねーの?」
「お前の家はここだ。ちゃんと帰ってきてる。どこにも行く必要は無い」
 ハルは唇を噛んだ。
 
 ─── 柚月は優しい。ずっと前から、最初から、判っていた。
 赤の他人の自分と戸籍上の父親である長谷川とでは、どちらが分が悪いか、柚月はちゃんと知っている。長谷川が出るところへ出れば立場を失うことも承知の上だ。
 柚月は全てを了解していてそれでもなお、ハルの手を離そうとはしない。
 
(未成年者略取)
 どんな罪も、柚月には相応しくない。
「……こんなの、マズくて食えない」
 器を下げて、テーブルの上を拭いていた柚月の手が止まる。
 
「……ここに置いて欲しいからお世辞言ってたけどさあ、オレ、あんたの作ったもんマズくて食えないってずっと思ってたよ。おっかしーよね、あんたオレのおべんちゃら真に受けてまいんち一生懸命、メシ作って、……いつか言ってやろうと思ってたんだー、ほんとのこと。あんたがどんなカオするかって」
 
 ハルの傍らに柚月がすっと立った。俯いたままのハルには柚月がどんな表情をしているか判らない。
(殴れ。突き飛ばせ。……出て行けって)
 柚月が、そう言ってくれたらいい、とハルは思った。
   
 大きな温かい手が肩にかかる。─── 近づいてきた唇に、唇が覆われた。乾いた優しい感触。
「は……」
 ハルは驚き、涙を滲ませた目を瞬かせた。一瞬離れた柚月の唇が、また触れてくる。
 
 真っ赤になったハルはその顔を引いた。
「な、……なにやってんだよ。バカじゃねーの、自分の作ったもん居候にけなされて、なに、……」
「もう慣れた。騙されない」
 跪いた柚月は至近距離でハルの目を覗きこんだ。
 
 ハルが成沢の家に転がり込んだあの時。……迷惑になってはいけない、とハルは柚月の為に柚月に嫌われようと必死になって悪態をついた。あとになって、それを知った。
 当時、ハルの嘘を見抜けなかった柚月も今では真実を知っている。
 
 そして、ハルは今も。
 
「同じ手が二度通用すると思ってるのか? お前が俺の作ったメシに絆されてるのはお見通しなんだよ」
「ほだ……ほだされてるって」
「メロメロって意味だ」
「大体判るよっ!……そうじゃ、そうじゃなくて、……なんで怒んないの……」
 
 ひどいこと、言ったのに、と小さく言うハルの目にふわっと涙が浮かぶ。
「その、ひどいことが嘘だって知ってるから。お前が言いたくないこと言って、辛そうだって思うから。……全部、俺の為だって知ってるから」
 
「……いつから、そんな自信過剰の自惚れ屋んなったの? 柚月さん、……」
「お前が俺を好きだって知った時から。自信過剰でも、自惚れでもないつもりだけどな」
 そうだろ、と柚月はハルに囁いて抱きしめる。
 ハルは柚月の腕の中で何度も、何度も頷いた。
 

 

 

      

     目次第三話
 

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