« お礼小説の続き…… | トップページ | きみの2第七話更新&お礼小説最終話掲載 »

きみの手を引いて2:第七話

 

  
 階段を昇ってくる足音にハルは、はっと顔を上げる。慌てて携帯電話を机の引き出しの奥にしまい込み、ベッドに腰掛けた。 
「─── 起きたんだね」
 部屋に入って来しな、後ろ手にドアを閉めながら長谷川は言う。
「急に気を失ってしまったから、心配したよ」
 
(……自分が一服盛ったくせに)
 灯りも点けずに近づいてくる長谷川をハルはぼんやりと見上げる。心の中では非難めいたことを思っていても、面と向かって糾弾する気にはなれなかった。
 長谷川は ───。
 
(どうか、している)
 激昂しない彼を穏やかな人柄なのだと思っていた。やんわりと自分の乱暴な言葉遣いや仕草を注意する紳士的な人物だと尊敬していた。
 しかし。
 
「買い物に行ってきたんだ。お腹が空いたろう?瞠の好きなビーフシチューを作ってあげよう」
 優しい口調。伸びてきた長谷川の指先がハルの髪の毛を弄ぶ。
(怖い)
 薬を使って気絶させた相手を手錠に繋いで言う言葉だろうか。
 
 いや、もっと言えば家出をした自分を非難し、怒鳴ってもいいくらいだ。告発すると言い出した自分に、みっともなく感情を剥き出しにして暴力的になってもいいはずだ。
 それなのに ───。

 この、奇妙に穏やかな優しさ。 
(……気持ちが悪い)
 どろどろとした得体の知れない何かに足元から絡め取られていく感覚。
「─── 帰らせて下さい……」
 
 吐き気がする。長谷川と、話したくない。
「帰して下さい。帰りたいんです。手錠を外して」
「ああ、これ」
 まるで今気付いたように長谷川はハルの左手首に目を落とした。繋がる鎖をじゃらと手に取る。

「今はどんなものでもネットで買える。便利な時代だ、……君が気を失ってしまった薬もネットで購入したんだよ。用量があっていれば意識を失くすことなく身体の自由を奪えたはずなのだけど」
 そんなことはどうだっていい。帰りたい、と言っているのに。
 
 話の通じないもどかしさに無力感を覚えながらもハルは懇願した。
「お願いです、これを外してください、訴えたりしません、一年前のことも、……一生黙ってます。帰りたいんです、柚月さんに、会いたい」
 会って、確かめたい。自分のことを心配してくれたか、どうかを。─── もし、心配してくれなくても。

「柚月さんと、一緒にいたいんです、一緒にいないと、オレ」
 不安で ───。
 柚月は、自分のことなど大して好きじゃない、という疑念に押し潰されそうになる。

「せめて、そばにいないと、柚月さんはオレのこと、忘れて」
 思わず口をついた縋りつくような自分の心情に、目を伏せる。─── こんな風だと疎ましがられて、柚月に嫌われてしまうと判っているのに。だから、甘えないようにしてたのに。
 
「……お願いです。これを外して、帰らせて」
「……赤くなっている。無理に抜こうとしたね……?」
 跪いた長谷川はハルの手を取り、その甲の手錠の痕を指でなぞる。背筋に粟立つような感覚を覚えながらも、逆らわない方がいいと教える本能に従ってハルはじっと耐えた。
 
「……外してあげてもいい、と思っているんだよ。……瞠がどこへも行かないと約束してくれるなら」
「…………」
 そんな約束、出来るはずがない。

 息を飲んで、ハルは長谷川の次の言葉を待った。細い手首を取り巻く手錠が僅かな月の光にきらりと反射する。
「これを外して、君がまた家を出たら」
 囁きながら長谷川はハルの目を覗きこみ、唇の両端を上げて、にい、と笑みを作った。

「僕は柚月 要を傷つけようと思う」
 その言葉にハルは呼吸を忘れる。見開いた目を瞬かせもせずに長谷川を見つめた。
「─── 一年も君が帰ってくるのを待っていたよ、瞠。邪魔をする人間は誰であろうと容赦はしない」
 
 言葉の激しさからは想像も付かないほど穏やかな口振りだった。だからこそ、不自然さが際立つ。
「大学院生なんだってね。彼は。……優秀な研究生で友達も多くて、周りから信頼されている。……君のことを知られたくない相手が、たくさんいる」
 一週間も時間があったからね、色々と調べることが出来た、と長谷川は楽しげな口調で語る。

「……は…せ、がわ、さん……」 
「─── 未成年者略取の容疑をかけられた彼は社会でまともに扱ってもらえないことに耐えられるかな? もしかしたら買春や未成年者に対する淫行の容疑も付くかもしれないね。それとも、物理的に暴力を加えようか? それなら対象は彼だけとは限らない。彼女のような幼馴染みがいるね。君がバイトをしていたカフェの店長は彼の従兄弟だそうじゃないか」
 優しい長谷川の声にハルは頭の芯がじんじんと痺れたようになる。うまくものが考えられない。

 茫然と霞がかった瞳を向けるハルに長谷川は、すっと目を細めた。
「……彼はきっと君を嫌いになる」
 小さく発した長谷川の言葉はハルの胸を貫いた。
 
「仕方なく置いてやってたのに、警察沙汰に巻き込んだ。厄介者。疫病神。もう二度と君の顔も見たくない、と……彼の恋人づらが剥がれるところが目に浮かぶ」
 不意に、ハルの胸元に伸びてきた長谷川の指が、Tシャツの外に引っ張り出したままだったドッグタグのプレートに触れる。

「さっき、Tシャツの上から握りしめてたのはこれかな……?」
 うな垂れたまま微動だにしないハルの視線の先で、長谷川はその複雑なクロスの模様を爪の先で引っ掻く。
「─── つまらないものだ」
 
 呟いて ───。
 長谷川は思い切りプレートを掴んで、瞬時にチェーンを引きちぎった。
(……あ)
 ハルは、声も出なかった。あまりにも簡単に切れて、自分の胸元から失せた柚月からのプレゼント。
 
 手の平に載せたそれを長谷川はつくづくと見やって、口元を歪めた。いつも浮かべている笑みの代わりに現れたのは、醜悪な、何もかも思い通りにならなければ気が済まない、長谷川の本性そのものの表情。
 
「……さ、それじゃこれも外してあげようね」
 スラックスのポケットから小さな鍵を取り出した長谷川はハルの手を取り、手錠の鍵穴に差し込む。かちゃ、と音がして鍵が外れた。ベッドヘッドに繋がれていたもう片方はそのままにし、立ち上がる。
 
 長谷川の右手の先から切れたボールチェーンが揺れている。

「もしこの家から一歩でも外に出たら、……瞠」
 長谷川は、続きを言わなかった。さっきまでの歪んだ笑みを消して、ただ穏やかな微笑みを浮かべる。─── 無言の脅迫。
 
 ベッドに座り込んだハルは繋がれてもいないのに身動き出来ず、長谷川の背中が部屋の外に消えるのをぼんやりと見ていた。
「…………」
 一人になった部屋で壁の掛け時計が、かちこちとやけに大きな音を立てる。落とした視線の先には赤い痕のついた手の甲とジーンズに包まれた膝と ─── 何もない、Tシャツの胸元。
 
 長谷川の脅迫で麻痺したハルの感情を呼び起こしたのは、もう失ってしまったものだった。
「……つまらなくなんか、ない……っ」
 押し出された微かな声は薄暗い室内に少しだけ響いて、消える。
 
 長谷川にはつまらなくても。他の誰にとってつまらなくても。
(あれは柚月さんがオレにくれたんだ。オレの誕生日に、柚月さんが、オレのために、選んでくれた)
(その時だけは)
 
(……柚月さんがオレのこと、……そんなに好きじゃなくても、その時だけは、……柚月さんがオレのこと考えて、……俺の欲しいもの、考えて)
(オレには、何よりも)
 特別だったのに。
 
 チェーンが引きちぎられた瞬間の首の後ろのぷつりとした感覚を思い出す。プレゼントされてから幾度となく触れたクロスの感触も、プレートの裏のロゴも。
 柚月さん、とハルは涙声で彼の名を呼んだ。

 

 

 

 
 階下に降りた長谷川は手にしていたアクセサリーを燃えないゴミの袋に放り込んだ。
 ─── ちゃちな、大して価値のない銀細工だ。こんなものに執着するなんて、瞠はどうかしてしまったんだろうか。
 考えながらキッチンに立つ。レジ袋から食材を取り出して調理に取りかかった。

(やっと帰ってきてくれた)
 一年以上もの長い間、ずっとあの子が帰ってくるのを待っていた。

 久しぶりに顔を出したかつて自分が暮らしていた施設で、あの子を初めて見た時、その美しさに驚いた。言葉遣いは汚かったし、身形もそれは良くなかったけれども、そんなことは後からどうにでもなる。
 問題は中身だ。あの子は奇跡のように綺麗だった。
 
 引き取りたいという自分の申し出に、あの子はびっくりしてそれからぱっと顔を赤らめた。頷きながら「高校、行っても、いいんですか……?」と恐る恐る訊ねるあの子がどれほど可愛らしかったことか。
 
(……すっかり、僕のものだと思っていたのに)
 触れられることに慣れておらず、最初のうちはびくついていたあの子も次第に大人しく身を委ねるようになった。その様子が余りにも可愛くて、つい無理を強いてしまったが。
 
(僕のもとから逃げ出すなんて。……ならば最初から思い知らせておくのだった)
 長谷川 瞠は、頭の先から足の爪先まで髪の毛ひとすじ余さず僕のものだと。
 
(今度はちゃんと判らせてあげないと)
 また、邪魔者が現れないように。もう逃げ出したりしないように。
 
 支配欲に満ちた薄い笑みを無意識に浮かべながら、長谷川は鍋を火にかけた。

 

 

     

     目次第八話
 

   *投票していただけると励みになります。

     ←ネット小説ランキングの人気投票です。

   にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
   にほんブログ村  ←クリックすると投票になります。

    ←クリックすると投票になります。

« お礼小説の続き…… | トップページ | きみの2第七話更新&お礼小説最終話掲載 »

コメント

 年を越して、やっとお邪魔することができました♪
 お久しぶりでございます!!
 
 いよいよ本編は気になる展開ですね(ノ>。☆)ノ そして甘々な拍手小説が終わってしまったのが少し寂しい…(_ _。)もう、ラブラブな話ならいくらでも来い!と構えて、本編がいつかそうなるとことを願っております☆彡

 去年ほど頻繁にはお邪魔出来ませんが、今年も変わらず応援させて頂きます!!
 なにとぞよろしくお願いいたします<(_ _)>

 
 ≫コメントありがとうございます(≧∇≦)あけましておめでとうございます。
 どん底で年を越してしまった彼らですが、最後は甘々になるよう頑張っていきたいと思います☆
 うちとこはさておき、16さんの新連載が気になります……開始した際にはぜひお邪魔させて下さいね ゜.+:。(*´v`*)゜.+:。
 
 今年もよろしくお願いしますo(_ _)oペコッ
 
 

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: きみの手を引いて2:第七話:

« お礼小説の続き…… | トップページ | きみの2第七話更新&お礼小説最終話掲載 »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト

リンクⅡ

  • 拍手お礼画像等を使わせて頂いています


  • アルファポリス


     
  • 雪ひろとさんと鷹槻れんさんのサイトです。


ブログバナー

  • Bromance

    リンクフリーです。報告は任意でお願いします。
無料ブログはココログ