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きみの手を引いて2:第四話

 

  
 日を追うごとに ───。
 ハルの口数は減っていった。ぼんやりしていたかと思うと、不意に落ち着かないようにそわそわと部屋の片付けを始めたり、一度畳んだ洗濯物を畳み直したりしている。
 
 環から電話をもらわなくても、ハルの様子がおかしいことに柚月は気付いていた。うちであの様子なら、ヴィンテージでの様子も推して量るべしだろう。
 原因ははっきりしていた。
 
「……柚月さん。あの、オレ」
「もう少しで出来るからな。座って待ってろ」
 朝、キッチンでフライパンを振るっていたところへ、恐る恐る話しかけてきたハルを柚月は遮る。─── 話の内容は想像がついた。
 
 ここにいていいのか、とハルは問おうとしている。
 何度でも、ここにいていい、どこにも行くな、と答えるつもりだが、その不安を根本から取り除きたくて、柚月は一週間目の朝食の席でハルに告げた。
 
「─── 弁護士に相談しようと思う」
「べ……弁護士?」
 
「ああ。叔父が弁護士で管財人やってくれてるって、前、話したろう」
 両親の遺産の管理をその人物に任せていた。母の弟で両親の生前から懇意にしていて信頼出来る人となりだ、と話すとハルは目を伏せた。
 
「うん、……」
 そんな立派なひとが自分の味方をしてくれるだろうか。ハルが第一に考えたのはそれだった。むしろ、ハルを長谷川のところに帰して、柚月は何もなかったことにした方がいい、と言われるのではないだろうか……。
 
(オレ、ほんとに厄介者なんだな)
 自分でさえそう思う。自分が長谷川の家に戻れば、何もかも、丸く収まるのだ、と。
(だけど……)
 
「野村さん ─── その、叔父さんだけど、野村さんには俺から話す。お前は何も言わなくていい」
「……そういうわけにはいかないよ。だって、オレが、……オレが、長谷川さんと、……そういうことンなって……そんで家出して……柚月さんちに置いてもらってんだもん……」
 
 消え入りそうなハルの声に柚月は断固として言った。
「俺が相談する。お前は、話さなくていい」
 辛いことは思い出さなくていい、と柚月の声音が言う。
 
「…………」
 黙ってハルは朝の食卓を見つめた。熱いコーヒーの入った新しいマグカップ、トーストにサラダ、ハムを添えたスクランブルエッグ。─── 目の前には、自分のために、迷惑ばかりかける自分のために、それらの食事を用意してくれる大好きなひとがいる。
 
「……判った」
 ハルの承諾を得て、柚月はほっとしたように笑みを浮かべた。
 マグカップを手にしたハルは、一口飲み、静かに言った。
「……でも、一日だけ、待って?……オレのこと話されんの、やっぱちょっと、……心構えがいるからさあ」
 
 最後は軽く言い、茶化そうとする。そんなハルが痛々しくて、柚月は目を逸らした。
「……ごめんな。そんなこと話されるの、嫌だって、判ってる……」
 柚月もそれが判っていたので、環の忠告を受けてから ─── 二人だけでどうにかしようとするな、と言われてから、決心するのにこんなに時間がかかってしまった。けれど、もう猶予はない。長谷川は、一週間だと言った。
 
「明日、野村さんに連絡取って、時間を作ってもらう。……きっと、味方になってくれる」
「……うん」
 柚月が自分のために、一生懸命になってくれている。それだけでハルは自分が強くなれるような気がした。
 
(オレが、長谷川さんの家に帰れば、丸く収まる……けど)
(柚月さんがここにいていいって言ってくれてるから。……オレがここにいれるようにする為に一生懸命だから)
 だから、オレも、頑張ろう。
 
 ハルは晴れやかに笑って、スプーンを手にした。

 

 
 
 
 
 
 ─── 綺麗に整備された住宅地の一角にある、ラティスと緑の垣根に囲まれた一軒の家。門扉から中の様子を窺うと、少し離れて玄関があり、庭には中低木が植わっていて芝生が敷き詰められている。錠がかかっているわけではないその門扉をそっと開いて、レンガの敷石に足を踏み入れた。
 
 元通りに門を閉める時、キイ、と音がした。日が暮れるにはまだ少し時間のある六時前、それでも梅雨時とあってなんとなく薄暗い。ハルは尻込みしそうな気持ちを奮い立たせて足を進め、玄関ドアの前に立った。
 
 深呼吸をして、Tシャツの上から羽織ったチェックのパーカーのポケットに手を入れる。─── 中の携帯電話を握り締めると少し気分が落ち着いた。柚月に知られれば止められることは判っていたので、電源は切ってある。
 それでも、柚月の存在を身近に感じられるそれは、ハルに安堵をもたらす。

 震えそうな指先を抑え、インターフォンを押した。
 開いているから入りなさい、と応答を受け、ドアを開く。
 綺麗に掃除された広いタイルの玄関で框に上がらず立って待っていると、奥からゆっくりとした足取りで長谷川が現れた。
 
 スーツのジャケットを脱いでネクタイを外し、Yシャツの一番上のボタンが止まっていないところを見ると帰宅したばかりなのだろう。ハルも、それを見越した上でこの時間に訪れた。
 
「おかえり。……上がりなさい」
 やはり、有無を言わさぬ強制力を持つその口調。上がり框から見下ろす上品で穏やかな笑顔を、ハルは頭を上げて傲然と見上げた。
 
「オレは、帰ってきたんじゃないです。話があって来ました」
 もう逃げるのは終わりだ。ハルはヴィンテージのバイトを終えてからここに来るまでの間、呪文のように唱えていたその言葉を、反芻する。
 
 ─── もう逃げない。柚月さんがオレの手を離さないなら、オレも離さない。
 オレが、柚月さんを、守る。
 
 ハルの目に何かを勘付いたのか、長谷川は気圧されたように笑みを消す。
「そう。奇遇だね、……僕も話があるんだよ。……上がりなさい」
「………」
 ここでいい、と突っぱねることも出来た。それでも、きちんと話がしたい気持ちが勝り、ハルは一年ぶりに長谷川の ─── 自分の家のリビングに入った。
 
 かっちりとしたフォルムのアイボリーのソファーが向かい合わせで目に入る。その下に敷かれた絨毯や大きなTV横のサイドチェストは黒色で、一年前と変わらず洗練された印象を見る者に与えた。よく手入れをされたモンステラの緑が白い壁際で映える。
 
 ソファーにハルを座らせた長谷川は続きのダイニングキッチンに消えた後、アイスコーヒーを二つ作って戻ってきた。横に長いガラステーブルの上、ハルの前と自分の前とに一つずつ置き、ハルの真向かいに座った。
「─── どうしてオレのいる場所が判ったんですか」

 先に口を開いたのはハルだった。本当に話したいことは別だったが、いきなり本題に入ることに躊躇を覚え、とりあえずの疑問を口にした。
「一度も連絡したことなかったし、……偶然、じゃないですよね」
「そうだね。偶然じゃない」

 ゆったりと足を組んだ長谷川はハルに探るような視線を向ける。─── 一週間前の怯えた様子とは打って変わって、強気なハルを訝しく思っているのが見て取れた。
「ネットでね。……女の子が自分の近くの格好良い男の子を紹介しているサイトがあって。紹介文と一緒に写真を掲載しているんだよ。もちろん、はっきりと居場所が特定出来るわけじゃない。けれどアルバイト先は判ったよ」
 
 ヴィンテージで ───。
 写真を撮られた。
 大したことじゃない、と思っていた。まさか、あれが。
 
「ケータイで撮った写真かな。あまり映りは良くなかったけれどすぐに判った。……僕の養子だからね」
「……長谷川さんは、オレを子供だと思ってるんですか。自分の子供だと」
「……そうだね。もう、子供には見えない」
 
 長谷川はすっと細めた目でハルの全身を舐めた。……華奢な身体つきも、長めの茶色い髪の毛も、白く小さな顔も長い睫毛に縁取られた大きな目も、赤い唇も ───。
 ひどく色っぽく、長谷川の目には映った。
 
 長谷川の視線をうっとうしく思い、振り払うようにハルは頭を横に振る。
 アイスコーヒーのグラスに手を伸ばし、緊張から乾いた喉を潤した。そろそろ、ちゃんと話さなければならない。
 
「取り引きを、 ─── しに来ました」
「取り引き?」
「はい。─── オレと柚月さんに関わらないでくれたら、あなたがオレにしたことを一生黙っています。養子離縁をして、オレを他人にして下さい」
 
 言えた。声も震えなかった。
 ハルはTシャツの上から胸に手を当て、自分の素肌に触れているドッグタグを握り締めた。
 
 
  

     

     目次第五話
 

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