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きみの手を引いて2:第六話

 

  
「ん……」
 頭痛と共にハルは目を覚ました。薄暗い闇の中、見覚えのある天井が目に入る。額に右手を当てて身を起こすと、左手首の違和感と共に、しゃら、と聞き慣れない音がした。
 
(……え、と、……オレ、どうしたんだっけ……)
 家に ─── 長谷川の家を訪れた。帰るつもりはないこと、養子離縁の手続きをして欲しいことを長谷川に伝えて……。
 
(「彼のことも誘惑したんだろう」)
(「僕とのことを聞かされても、合意の上としか思えないような情事を聞かされても、彼は君に誘惑されたと思わないでいてくれるかな? 悪いのは君だと思わないでいてくれるかな……?」)
 
 長谷川の言葉に血の気が引く思いをした。─── その言葉はハルの弱点を、自分のほうが柚月を好きで、柚月はさほど想ってくれていないのかもしれない、という不安を的確に攻撃した。
 
 思い出した途端にその不安は増幅する。うまく呼吸が出来なくなるほどのそれを、落ち着かなくては、とハルは頭を横に振って追いやった。

(そ、……それから、そうだ)
(急に身体の力が抜けた)

 気が遠くなって、気がついたらここにいた。
(……ここ)
 二階の自分の部屋だった。長谷川とハルが一緒に暮らしていた頃、使っていたハルの部屋。

 ─── 夜になると時々、長谷川が訪れた、部屋。
 その考えに、びく、と身体を震わせ、辺りを見回す。
 暗闇の中、ハルはベッドの上にいた。小さなベランダに続く窓はカーテンが締め切られている。綺麗なままの勉強机。フローリングの床に置かれたローテーブルにクッション。

 長谷川はいなかった。
 
 自分をこの部屋に運んだのは間違いなく彼だった。出されたアイスコーヒーに何かの薬が混ぜてあったのだろう。薬が効きやすい体質なのはヘヴンのオーナーのマンションにいた頃、知った。自分の体質を知らない長谷川は身体の自由を奪う程度に仕込んだつもりで、多く入れ過ぎた。昏倒した自分を抱えて二階へ上がって ───……。
(……それで、コレ)

 左手首の冷たい違和感に耐えかね、目線の高さまで持ち上げてみた。
 しゃら、と鳴る、それは。 
 手首に嵌まっている手錠から伸びた鎖の金属音。

 ハルの左手首は手錠を掛けられ、鎖のその先はベッドヘッドに繋がれていた。
 
(……ヤベーな、これ。ホンモノかな)
 冷静に考えながらも、長谷川に思いを巡らせる。
 ドリンクに薬を入れて意識失わせて、手錠付けて監禁。
(完全に、ヤバいじゃん。フツーありえないって)
 
 茶化そうとして出来ず、足元から冷えてゆくような感覚から意識を逸らす。
 手錠をしげしげと観察しながら抜けないかどうか、試みる。抜けなかった。
 手の甲に出来た二重線の赤い痣を反対側の手で擦りながら、ベッドから足を下ろした。
 
 幸いにも鎖には余裕があり、ベッドを降りる程度なら支障はない。小さなベランダに続いているすぐそばの窓に右手を伸ばし、少しだけカーテンを開けた。
 外は陽が落ちてすっかり暗くなっていた。月が、中空にかかっている。

(……帰らないと)
 こんなに遅くまで帰らないと、柚月が心配する。

 考えながらも力が抜けてカーテン越しのガラス窓に凭れる。ずるずると座り込んだ。
(……手錠、スゲーな。ハンパねー)
 手首を戒める金属の冷たさはハルの気力を根こそぎ奪う威力があった。逃げられない、とベッドに繋がれた鎖が、じゃら、と音を立てて教える。

(オレ、なにやってんだろ)
(なんでこんなとこいるんだろう。……ほんとは柚月さんちじゃないのかな、ココ)
(もうすぐ柚月さんが帰って来て、そんで)

 ハルは頭を振って、今の状況を忘れて余所へゆこうとする心を引き止めた。─── そんなことをしても事態は一向に変わらない。
 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

(オレは今、多分ショックを受けている。長谷川さんに一服盛られて監禁されたからだ。……よし、客観的に見れる。大丈夫)
 落ち着け。落ち着け。大丈夫。

(まずは、コレ外さないとダメだ)
 立ち上がったハルは勉強机の引き出しを開けてクリップを探し出すと、それを伸ばして手錠の鍵穴に突っ込んだ。
 かちゃかちゃかちゃ……。

「……なんだよ、外れろよ……っ」
 ちきしょう、と口の中で呟く。曲がってしまったクリップをもう一度丹念に伸ばして、鍵穴に差し込む。涙が滲んでいることには気が付かなかった。

「……どうせおもちゃだろ、ホンモノじゃないだろ?……なんで外れないんだよ……!」
 クリップが指先からこぼれて、膝の上に落ちた。がくがくと震える右手を手錠の掛かる左手で握りしめた。そのまま、唇に押し当てる。

(落ち着け。落ち着けって。鍵が外れないんなら鎖だ。鎖を切る)
 震える手で、しゃらり、と鎖を掴む。
 暗くて、継ぎ目が良く見えないことに気付いた。今まで月明かりだけで作業を進めていた。

(は、……全然ヨユーねーじゃん、オレ)
 もう一度深呼吸をして、自分を取り戻す。
(……明かり、は、……点けない方がイイよな。長谷川さんに、オレが気が付いたって知られる……いや、知られてもいいのか……? ダメだ、様子見に来られたらそれこそ逃げられなくなるかも)
 
 長谷川さんはどうしたんだろう。下にいるのか。それともどこかへ。
 考えながら月明かりになんとか鎖の継ぎ目をかざす。

(─── ケータイ)
 不意にその存在を思い出し、握り締めていた鎖を取り落とした。自分では気が付いていないが、混乱の極みにあったハルは動転して忘れていたのだ。
 慌てて、自分の着ている物を確かめる。パーカーの内ポケットにそれはちゃんとあった。
 
 取り出した薄い携帯電話のフォルムに安堵を覚え、電源を入れようとし ───。
 指先が、止まった。
(……柚月さんに電話して、助けに来てもらう ───?)
 
 それは、ダメだ。まず長谷川が家に上げないだろうし、無理に侵入すれば犯罪行為になる。
(……今現在、オレが犯罪行為に晒されてんだけど)
 けれど、それでも、柚月を犯罪に近づけたくない。ただでさえ、自分を家に置いたことで彼の立場は危うくなっている。
 
(じゃあ、ケーサツ……)
 (警察を呼んで、保護されて、……どうしてこんなことになったか調べられて、長谷川さんとのことや、柚月さんのことも調べられて……)
 何もかも公になって世間の好奇の目に晒されるのは、容易に想像出来た。

(オレはいい、どうせ自業自得なんだし……でも、柚月さんは)
 おおごとにならないように、穏便に、柚月の身内の手も借りずに解決出来るようにと、ここに単身乗り込んできたのに、その意味が全く無くなってしまう。
 
 それどころか、一番悪い形で公表され、柚月のこともどんな邪推を生むか判らない。
(……柚月さん)
 もし ───。
 自分がこのまま、ここにいたら、どうなるだろうか。
 
(何も起こらない)
 警察沙汰の醜聞にもならず、柚月に迷惑もかからず、長谷川は満足し……。
(……オレが、おとなしく、この家にいれば)

 目を覚まして一番最初に感じた不安が頭をもたげる。
(「─── 僕とのことを聞かされても、合意の上としか思えないような情事を聞かされても、彼は君に誘惑されたと思わないでいてくれるかな? 悪いのは君だと思わないでいてくれるかな……?」)
(「君のほうが彼を好きなんだね」)
 
 ─── 柚月が自分を想ってくれるよりも、自分のほうが、柚月のことを好き。
 ハルの内側にその気持ちは僅かに、けれどはっきりとあった。

 重たい、と嫌われるのが怖くて、自分の服を柚月の部屋に置いて欲しいと頼むことも出来ないほど。
 柚月の歓心を買いたくて、本当は嫌なのに「飲みに行っていい」と強がってしまうほど。
(……オレは柚月さんのことが好きだけど、柚月さんは)
 
 柚月は大人で世界が広くて友達もたくさんいて、その中にはあやのように綺麗な女性もいて、……柚月には、自分など、たまたま拾った毛色の変わった居候に過ぎない。
 居候に好かれてしまったから、やむなく手を出して、……もう今さら振り払うことも出来ない。
(……柚月さんが心配してくれている、なんて ───)
 
 どうして、確信が持てるのだろう。
(……帰ってくれて良かった、面倒に巻き込まれずに済んだ、って……今頃ほっとして)
「……ちがう」
 
 そんなはずはない。優しい柚月は、きっと、自分の身を案じて。
(……もし、電話して……柚月さんの声が迷惑そうだったら……?)
「……ちがう。違う……っ」
 
(オレの為にご飯作ってくれた。ここにいていい、って何度も言ってくれた。何言われても嫌いになれないって、……オレだけだって、オレのものだって、言って、……ドッグタグだって)
 携帯電話を放り出し、Tシャツの中からチェーンを引っ張り出す。浮き上がったクロスに複雑な模様が施されたプレートをぎゅっと握り締める。
 
 その仕草にしゃらしゃらと左手首を繋いだ鎖が鳴り、ほぼ同時に階段を昇ってくる足音が聞こえた。
 

 

 

   

     目次第七話
 

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