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きみの手を引いて2:第五話

 

  
 指先で、Tシャツの上からドッグタグのプレートの確かな質感を探る。ハルは静かに言葉を続けた。
「養子に性的虐待を加えたなんて、─── 外聞が悪いでしょう?」
 
 柚月さん。柚月さん。
(……オレは、柚月さんがそばにいてくれると思うだけで、こんなにも強くなれる)
 その手を離さないと言ってくれるだけで。
 
「長谷川さんには、感謝しています。だけど、オレはあのひとと一緒にいたい。……あなたのしたことは忘れます。なかったことにします。その代わり、もう、関わらないで欲しい」
 
 もしも、柚月の名誉を傷つけるようなことがあれば、長谷川が自分にしたことを公表する。自分が公の場で辱められることも厭わない。─── ハルが考えに考えた結論はそれだった。
 自分が声高に長谷川に強姦されたと言えば、信じはしないまでも世間は長谷川を疑いの目で見るだろう。

(それだけでいい)
 長谷川が、そう想像し、そんなことになったら困る、と思うだけでいい。
 それは、長谷川が柚月を傷つけることへの抑止力になる。自分と柚月の生活を壊させない為の、最大の防御。
 
 わざわざ、柚月の身内の弁護士の手を煩わせることもない。長谷川が自分を諦め、合意の上で養子離縁をしてくれればいい。
 
(─── オレはいつでも、長谷川さんを告発出来る)
 ハルは目に力を込めて長谷川を睨めつけた。
 
 ゆっくりとした仕草で脚を組み変えた長谷川は、眇めた目でハルを見据えた。
「─── 沈黙と引き換えの、脅迫?」
「違います。取り引きです。……オレの言うことダレも信じなくても、疑われるだけで、困るでしょう?……」
 長谷川は ─── 。
 
 端正な顔を歪ませて、くすり、と笑った。
「君に誘惑されたんだ」
「……え?」
 
「君はその綺麗な顔と身体を使って僕を誘惑した。僕は不覚にも一度だけそれに乗った」
 一瞬、ハルの頭の中は真っ白になった。言葉を失う。─── 疑われるのを恐れるだろうと思っていた長谷川は、それさえも飛び越えて、自分に誘惑されたと ─── 悪いのは瞠だ、と言おうとしている。 

「……そんなことをしてはいけない、と諫めた僕に君は怒って、家出をした」
 一体、いつ、そんなことを。ハルは思わず立ち上がって長谷川を見下ろした。
「でたらめだ……!」
 
「僕の話と、君の話。─── どちらが信用してもらえるか、試してみるかい。ああ、『誰も信じなくても』と君は自分で言ったね。……僕の話の方が信憑性がある、と君は思っているわけだ」
 軽い冗談だと言わんばかりの長谷川の口調。手にしたグラスを揺らして、氷を鳴らす。
 
「……あの頃の君はとても可愛かった。今の君と違って。……従順で、僕の言うことを何でも聞いて、抵抗などしなかった。誘惑されたも同然だよ。何をされても構わない、というように君は大人しかった。……性的虐待なんてとんでもない」
 
「───」
 それは、自分を引き取ってくれた長谷川に嫌われ、見捨てられるのが怖かったから。長谷川が求めるものを与え続ければ、ずっと「父親」でいてくれると思ったから。
 けれど、それはやはり辛くて。自分に欲望を向けてくる長谷川が怖くて。
 
(だから逃げ出した)
 あの時、抗わずに長谷川にされるがままになっていたのは、誘惑したのと同じことなのだろうか ─── ?
 
 ハルの声は小さく震えた。
「……オレは、誘惑なんてしていません。嫌だった。あんな、……こと、されるのは」
「それじゃ、君がどんな風だったか、調停で詳しく話す?……キスをした時、おずおずと応えようとしたり、僕の唇が、指が身体中を這った時の君の声や、あられもない格好をさせられて感じていた君の」
  
「やめて下さい!」
「彼が ─── 柚月 要がそれを知ったらどう思うだろう。……やはり、君が誘った、と思うんじゃないかな?……彼のことも、誘惑したんだろう」
「違います!……オレは……オレの方が柚月さんを、好きかも知んないけど、でも、……柚月さんもオレを好きだって……言ってくれて」
 
「─── そう。君のほうが、彼を好きなんだ」
 落ち着いていた長谷川の声が少しだけ冷ややかになり、ハルの耳を打つ。
「……僕とのことを聞かされても、合意の上としか思えないような情事を聞かされても、彼は君に誘惑されたと思わないでいてくれるかな? 悪いのは君だと思わないでいてくれるかな……?」
(それは)

 ハルの心に不安が拡がる。……最初に、柚月を誘ったのは、自分の方だった。
(……柚月さんのこと、好きだったから。触って欲しかったから)
 じゃあ、柚月は?……自分の方が、柚月を想っていて触れたくて、柚月はそれほど、……触れたくなかったとしたら?
 
(自分のことも、長谷川さんと同じように誑かしたんだ、と柚月さんに、……柚月さんが、そう考えたら?)
(そんなはず、ない)

 ハルは立ったまま、Tシャツの胸の前を掴んだ。ドッグタグの質感がハルを僅かに安定させる。
 ─── え?
 手が、確かにTシャツの上からドッグタグを掴んだはずの手が、滑り落ちた。 
 
 力が入らない。ハルは呆然と力なく脇に垂らされた自分の腕を見つめる。
 その、視界がぐらりと揺れた。
(なんだこれ……っ)
 
 感覚がおかしい。酔った時のような酩酊感で頭の芯がぐらぐらする。
 力が抜けていき、気が付いた時にはソファーにくず折れて横になっていた。
「……っはせ、がわ、さ……なに……」
 
 霞む視界に半分残ったアイスコーヒーのグラスを捉える。外側の水滴がつっと落ちた。
「─── 言っただろう。僕も話があるんだ。気を失うほどの量じゃない。そのまま聞いてくれるね」
 
 ガラステーブルの向こうでスラックスに包まれた長谷川の足が立ち上がる。
「おかえり、瞠。ずっと待っていたよ。─── 一年前と変わらない君なら、……せめて一週間前のように大人しい君ならこんな薬を使わなくても済んだんだけれど。……あんな目で僕を見るなんてすっかり変わってしまったんだね」
 
 この髪と同じように、と長谷川はハルの髪の毛を掴んで引き上げる。ハルは痛みもよく判らず、頭が浮いたような感覚が鈍くあるだけだった。
「……二度と出て行かせないようにする為に、考えたんだ。ずっと僕といて欲しいんだよ……瞠」
 
 そばにいる長谷川の声が遠くなる。─── 気を失う量じゃないって言ったくせに、ウソツキ、と長谷川を心の中で詰ったのを最後に、ハルは意識を失った。

 

 
 
 
 
 
 
 時刻は午後七時を回っていた。柚月は壁に掛けられた時計を見上げて、ほんの少しだけ焦れる。
(あいつ。……なにやって)
 ハルのバイトが終わるのは五時だった。その後は別の学生バイトが入って午後九時までがヴィンテージの営業時間だ。時々、学生バイトの休みでハルの上がりが押すこともあったが、七時は遅過ぎる。
 
 大体、遅くなるならばメールの一つも寄越せば済むことだ。それも出来ないほど忙しいのだろうか。
 電話しようかと携帯に手を伸ばして、思い止まる。まだ七時だ。仕事中ならば携帯の電源を落としているだろうし、万が一、鳴ったら鳴ったで環に冷やかされて居たたまれない思いをするだろう。
 
 ため息を吐いた柚月は掛けていたエプロンを外し、ダイニングチェアの背に乗せる。テーブルの上には出来上がったばかりの夕食が並んでいた。
 ソファーに移動してTVの前に陣取る。バラエティー番組をやっていたが、内容が全く頭に入って来ない。
 
 柚月はものの十分で立ち上がった。
(……遅い!) 
 独占欲が強い、と環に揶揄されようが構うものか。カウンターに置いてあった携帯電話を乱暴に取り上げた。
 
 リダイヤルから一番上の「ミハル」を表示させ、耳を澄ませる。
 ─── 音声案内が、ハルの携帯電話の電源が入っていないことを伝えた。
 ここまでは予想通りだ。多分、バイトが押しているのだろう。
 
 少し環に対して恨みがましい気持ちになりながらも、直接ヴィンテージへ電話を入れた。
『はい、……なんだお前か。どうした、……ハルくん? 定時で上がって帰ったよ』
 環の言葉に柚月は戸惑う。五時に、帰った?
 
 予期していなかった環の言葉に、思わず息を詰めた柚月の沈黙は事実を雄弁に知らせた。
『……帰ってないのか?』
「あ、……いや」
 声音が否定になっていなかった。不意に湧き上がってきた不安を打ち消そうと柚月は言葉を続ける。
 
「……きっとどこかで買い物でもしてるんだろう。あいつだって遅くなることぐらい」
 なかった。今までは。
 ハルが帰って来なかったことはただ一度だけ。
(……俺に迷惑をかけるのが嫌で、成沢さんの家に行った時だけ)
 
(「君に迷惑をかけてばかりではいられない」)
 名刺。一週間。自分で帰ってくるように、と ───……。
 フラッシュバックする頭の中でパズルがかちりと合うような気がした。しかし柚月はそれを払いのける。

『……要。要、聞いてるか? ケータイは? ハルくんの』
「ごめん、環さん、また連絡する」
 環の声を聞かず、電話を切った。

 もう一度、ハルの携帯電話にかけてみる。
(……今朝、ちゃんと話した。野村さんに間に入ってもらって、話を付ける。ハルも納得した。……ここにいて欲しい、と気持ちを伝えた)
 あの男の家に行くはずがない。

 柚月の不安を煽るように、ハルの携帯電話の電源が入っていないことを音声案内が教える。
 携帯電話を閉じて、じっと手の中のそれを見つめる。
(─── まさか)
(まさか、本当に、あの男のところに)
 
 呆然とソファーに座り込む。力の抜けた柚月の指先から、携帯電話が滑り落ちていった。

      

     目次第六話 

 

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