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きみの手を引いて2:第八話

 

 
 ─── 朝になってもハルは帰って来なかった。
 
 柚月はのろのろとソファーから立ち上がった。ダイニングテーブルの上の冷えた食事には目もくれず、ロフトのカーテンをざっと引き開ける。
 
 中はきちんと整理されていた。これだけ見たならハルが出ていったと勘違いしてもおかしくない程、片付いている。
 しかし。

(……服が残っている)
 携帯用ゲーム機も。ソフトも。荷物が入れられる大きなスポーツバッグも。

 その代わり、ハルがいつも身に付けていた携帯電話やこの部屋の鍵、柚月がプレゼントしたドッグタグなどはない。
(ようするに)

 ハルはアルバイトの帰り、どこかへ立ち寄って帰ることが出来なくなった。─── ちゃんと帰って来るつもりだったのに、だ。

(成沢さんの家へ行った時は自分の私物、ほとんど何もかもをバッグに詰めて持っていった。ハルは、……ミハルは、覚悟を決めて、もう戻らないと考えたなら、必ずそうするはずだ)
 それら私物がある、ということは ───。
 今現在、ハルがここにいないのは、ハルの意思ではない、ということだ。

 部屋中を検分し、自分の考えに確信を得た柚月は一も二もなく部屋を飛び出し、ヴィンテージに向かった。
 ─── 以前とは違う、もう一つのこと。

 ハルの行き先は、はっきりと判っている。

「環さん! あいつ父親のこと、自分の家のこと何か言ってなかったか!?」
 朝の七時過ぎ、叩き起こされた環はそれでも文句一つ言わず、徹夜で血相を変えた柚月を店内に迎え入れる。
 柚月がハルを思う気持ちは、よく判っていた。

「それは、ハルくんが家に帰ったっていうこと?」
 カウンターに入った環は従兄弟と自分、二人分のコーヒーを淹れながら問い質す。
「お父さんと何か確執が?……面倒事と関係がある?」

「………」
 押し黙る柚月の前にコーヒーカップが差し出される。香り高く立ち上る湯気にささくれだった神経が和らぎ、柚月にほんの少しの安寧をもたらした。
 
「環さん、……俺、あいつを連れ戻すつもりだから、……だから、聞かなかった振りをしてくれないかな、……」
 ハルくんの為になるなら、と環は請け負った。

 穏やかな環の表情を目にして、柚月は低く話し出した。───

 

 

 

 

 柚月の話を聞き終えた環は少し目を伏せただけで、何も言わなかった。
 気詰まりな沈黙に、環が怒っているのかもしれないと感じた柚月は、機先を制して謝罪の言葉を口にした。
 
「……今まで黙ってて悪かったと思ってる。……ミハルを働かせて欲しいって言った時、環さんが何も訊かないで連れておいでって言ってくれて本当に嬉しかった」
「事情は話せないけど一緒に暮らしてる友達を働かせて欲しい、なんてそんな無茶を言うのが珍しいと思ったんだよ。……理詰めで考えがちなお前に説明の付かないことをさせるお友達って子に興味を持った」

 独白のように呟いて、環はコーヒーを飲み干した。
「連れてきたハルくんはいい子だし……働いてもらうのに支障はなかったよ。……さすがにそんな事情があるとは思わなかったけど」
「騙すつもりはなかったんだ。……家出していると知っていてあいつを雇えば環さんを巻き込むことになる。何も知らない方が迷惑がかからないと思って」

「結果から言えばそれは判断ミスだ。せめてもう少し事情を教えてくれていたら、しばらくハルくんを住み込みにするとか、……いや」
 年若い従兄弟を、その若いからこそ周りに迷惑をかけまいとする心遣いを、今になって責めるのは余りにも酷だと思い至り、環は口をつぐむ。
 一拍置いて、柚月に向き直った。

「……ハルくんは、その義理の父親のところに?」
 柚月は唇を噛んだ。
「─── 多分。ひとりで話をしに行ったんだと思う」
 
「……帰ったっていうことは?」
「それはない」
 自信を持って断言する柚月に環は面食らう。

 環の表情に気付いて、柚月は気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……ないんだよ。絶対に」
「理由を訊いても?」

 口の端に笑みを浮かべた環の揶揄混じりの問いかけに、柚月はぽつりと答える。
「……判るんだ」
 荷物を置いて行ったのはなおのこと、それ以上に ───。

「……あいつが自分の意思でうちを出ていくなんて考えられない」
 恋に心を奪われた人間の思い込みだ、と片付けるのは容易い柚月の言葉を、環は眩しく聞いた。
「……そう。お前がそう言うなら、間違いないだろう」

 胸の中に湧き出た、笑みを伴うふつふつとした温かい感情を抑えて、環はしかめ面しく言う。
 その雰囲気を察した柚月はカウンター越しに環に詰め寄った。

「環さん、俺は本気で」
「ああ判ってるよ。からかってやしない。……そんな風に誰かを好きになるなんて羨ましいと思っただけだよ」
 環の言葉を素直に受け取れず、柚月は面白くない顔をする。
 それに構わず、環は話を戻した。

「父親の家へ行ったハルくんが、自分の意思でなく帰って来れないんだとしたら事態は相当悪い」
 家出をした理由がそういうことなら尚更だ、と環は小さく付け加える。
 その言葉は柚月の胸の中の不安を的確に表していた。

 家出をし、自分から逃げたミハルをあの父親がどう考え、どう扱うか。
(ミハルが家を出たのは自分のせいだなんて全く考えていない)
 そんな次元の話ではない。あの男はミハルを所有物としてしか見ていない。

 そういう目でミハルを見ていた。

 青ざめた顔をひきつらせている柚月に環は訊ねた。
「……父親の家の住所、知らないんだな?」
「………」
「手掛かりになりそうなものは」
「……名刺が……」

 財布から取り出したそれを環に見せる。初めて長谷川に会った時に渡され、思わず握りしめてしまったせいで折れ線が付いていた。
 環はその小さな紙切れをしげしげと観察し、ため息を吐いた。

「……当然だけど自宅の住所は示されていない。職場に電話して教えてくれるとは思えない」
「……判ってる。だから、環さんが何か聞いてないかと思って」
「お前が知らないハルくんのことを僕が知ってるわけないだろう」

 いつも温厚な環もさすがに口調が辛くなる。なぜ早くに住所を聞き出さなかったのか、と暗に責める環の口振りは柚月の言い訳を誘った。
「……義理の父親の……家のことは訊きづらくて、……あいつに嫌なことを思い出させたくなかった……」
 判らないでもないけどね、と環は肩を落とす。
 
 そのまましばらく沈黙が続いた。環は黙ったまま、冷めてしまった柚月のコーヒーを淹れかえて、簡単なサンドイッチをカウンターに載せて差し出す。
「……諦めるわけじゃないんだろう?」

 元気付けるような低く穏やかな声に、柚月は顔を上げた。
「何か出来るはずだ。ハルくんのいた施設は? どこにあるとか、名称とかは聞いていない? ハルくんの友達は? 知り合いは? お前が知らないことも知っているかもしれない。最終手段だけど、父親の勤めている会社の前で待ち伏せするって手もある。幸い、その名刺で所在地は判ってるし」
  
 矢継ぎ早やに善後策を打ち出してくる環に、柚月はあっけに取られる。その表情を眺めながら環は続けた。
「まあ薦められないけどね。気付かれれば通報されて警察のお世話になる」
 
「……警察沙汰になるのなんて構わない。それであいつが自由になるなら」
「ハルくんを警察に保護してもらう? まともに取り合ってもらえるとは思えないな。家出少年が家に帰った、それだけのことだ。せめてハルくんから通報してくれないと。……でも、出来ることはまだたくさんあるはずだ」

 冷静な環の指摘に、追い詰められ、焦っていた柚月の気持ちは落ち着いてくる。─── すっかり余裕を失っていたことに気付いた。
 食べなさい、と環は静かに言った。
「何も食べてないんだろう。その上徹夜じゃ、ちゃんと物事が考えられなくなる」

「…………」
「少し仮眠を取りなさい。裏の休憩室のソファー貸すから。……それからでも、きっと間に合うはずだ。ハルくんを自由にしてあげたいなら、まずはお前が落ち着きなさい」

 環の言うとおりだった。状況は悪い、けれど今ここでパニックになっても何も解決しない。
(俺……精神的に参ってた……) 
 ハルの不在という現実は、容易く柚月の心を蝕んだ。ハルがいない世界はとても耐えられないと思い知る。
 
(……あの男もそうだったんだろうか)
 長谷川 ─── ハルの義理の父親も、こんな気持ちを味わったのだろうか。
(もしそうなら、二度とミハルを手放さない)
 
 もし自分が長谷川なら。
「要」
 その思考を諫めるような環の声に、柚月は我に返る。頭を横に振ってその考えを追い出し、サンドイッチに手を伸ばした。
 

 
 
 
      

     目次第九話
 

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コメント

お久しぶりです!今年もよろしくお願いしますψ(`∇´)ψ
きみの本編切ない・・・頑張れふたりとも!!
柚木もハルも、危害加えられてんのに人のこと考えられるなんて、ホントに尊敬しますモジ(((*´ε` *)(* ´З`*)))モジ
優しい二人が幸せになれますように・・・☆

八月さんはお元気ですか?Kは春から社会人です。その前に国試があるんですぅぅぅ(´・ω・`)ショボーン
若干、国試浪人になっちゃいそうなケ・ハ・イ(笑)←いや、笑い事ではない
でもまたお邪魔しマース!!
 
 
≫コメントありがとうございます♪今年もよろしくお願いしますo(_ _)oペコッ
 
春から社会人になられるんですね、おめでとうございます!\(^o^)/ 国家試験、頑張って下さい(o^-^o) 陰ながら合格を祈っております。
ちなみに八月は春からPTA子供会の副会長です。BL書いてる主腐が一体なんだってこんなことに…(;´д`)トホホ…その不向きさに思わず失笑です。

ハル側と柚月側、並行していきたいのでこんな具合で頑張ります。こういう書き方はダメって判ってるんですが、やりたいんですよね…愚痴になっちゃってすいません(;ω;)
お忙しいとは思いますが、どうぞ時々、息抜きにでもお越し下さると嬉しいですヾ(´ε`*)ゝ

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