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きみの手を引いて2:第十三話

 
 
 和臣が先に立ち、ドアへ向かって歩き出す。
 ハルを抱きかかえるようにして部屋を出ようとした柚月の背後から、声がした。
「……待ちなさい」
 三人 ─── 柚月とハル、和臣は振り返った。髪を乱し、腫らした顔を手で押さえた長谷川がゆっくりと立ち上がる。

 くぐもった声が呪詛のように告げた。
「……傷害罪だ。告訴する」
「ああ、……やってみてもいいですよ」
 応えたのは和臣だった。ドアの近くで片方の口角を上げて笑う。

「多分、不起訴になると思います。俺がそうするように働きかけるし、……何より長谷川さん」
 柚月とハルをその場に置いて、和臣は長谷川の近くに行き、囁いた。
「監禁、脅迫、暴行、傷害、……長谷川 瞠に働いたこれらのことが明るみになって困るのはあなたの方でしょう。─── 彼らはいい、警察沙汰になっても構わない、と腹を括っている。向こう見ずなくらい」
 
 楽しげにさえ聞こえる口調で和臣は言い、ちらりと背後の二人を見る。
「特に柚月くんがね。俺の目に狂いはなかった」
「……瞠は僕の養子だ。自分の子供をどうしようと僕の勝手だろうッ」

 初めて ───。
 長谷川が声を荒げた。鼻からの出血をYシャツの袖で拭い、和臣を押しのけようとする。
 その腕を、和臣が掴んだ。

「……俺はね、長谷川さん。自分のものだから何をしても構わない、そういう傲慢な支配心が死ぬほど嫌いだ」
「なん……」

「あんたには二十四時間監視を付ける。もしあんたが不穏な動きをすれば、社会的な制裁を加えることも厭わない。……会社に圧力をかけて退職に追い込むとかどうですか? その前に、あんたがとんでもないヘンタイだって噂を流さないとね。写メ、結構よく撮れてますよ。誰が見ても手錠だ」

 一瞬ぽかんと口を開けた長谷川の顔が赤く染まっていく。腫れた瞼の奥の目が、和臣を睨みつけた。
「……信じるわけないだろう、そんな写真、……圧力だと? そんなこと出来るわけが……」
「出来るわけがないとどうして判るんです?」
 
 薄らと嘲笑を浮かべる和臣を長谷川はまじまじと見て、二、三歩後ずさる。ベッドに膝の裏をぶつけてその上に尻餅をつくように腰を落とした。

「……権力を笠に着るのは不本意なんだが」
 スラックスのポケットに手を入れた和臣は長谷川を見下ろした。身に着けた量産品のスーツとはつり合わない、生来の品格を凛然と知らしめる。

「こう見えて意外とオモテの社会にもウラの社会にも融通が利くんですよ、俺」
 凄んだ和臣の表情は、意外でも何でもなく長谷川の目に映った。怯えたように見上げるその頬が引きつる。
 
 すっとしゃがんだ和臣は、長谷川の皺になったYシャツの前身ごろを手で払った。
「……大丈夫ですよ。俺も強いて力を使いたいわけじゃない。穏便に揉み消すのも骨が折れる。後ほど弁護士を通じて養子離縁の話を進めさせてもらいます。あんたはサインをしてくれるだけでいい。……ああそれと、生涯彼らには関わらない下さい。……コンクリ詰めで海の底なんてなかなか浮かばれない死に方です」 

「弁護士……離縁……?」
 長谷川は思いも寄らないことを言われたように目を見開いた。その目が柚月に肩を抱かれたハルを捉える。

「……瞠……」
 よろり、と長谷川は立ち上がった。取り付かれたようにハルの方へ手を伸ばす。病的なその仕草にハルはびくっと身体を竦ませ、柚月にしがみついた。
 柚月は、体温の高い ─── 恐らく発熱しているハルの身体を抱きしめる。

 二人の姿を見つめる長谷川の瞳が揺れ動く。
「……どうして……瞠は僕のものだ。何もかも思い通りにしていいはずだ……! 瞠は僕を慕っていた、全て僕のものになった、……そいつの方が瞠に好かれているなんてあるはずがない……!」

 いつも穏やかな笑みを浮かべていた長谷川はその仮面を捨て、形振り構わずハルに近づいていく。血で汚れ、瞼も頬も腫れたその顔は鬼気さえ感じられた。
「おいで、瞠。……柚月 要に危害を加えられてもいいのか……? 迷惑をかけて、自分のせいで、」
「そういう手口を使ったってわけか。ずいぶん矛盾している、」

 後ろから長谷川の肩を掴んだ和臣は、その身体を引き戻し、ベッドに無理やり座らせた。
「ハルの奴、柚月くんが好きだからあんたの言うこと聞いたんだ。……あいつが頷いた時点で、あんたより柚月くんの方が好かれてるって気が付かなかったのか?……」

「───」
 長谷川の顔から一切の表情が消えた。それは、何もない、無。
 膝の上に肘を突き、その顔を両手で覆う。嗚咽が漏れた。
「……なぜだ……そいつと僕の、どこが違うんだ……そいつだって瞠を所有していると思っているから、ここに来たんだろう……!」

「……長谷川さん」
 苦く笑った和臣は優しく労るような口ぶりで告げた。
「柚月くんは一度俺にハルを預けてるんです。ハルが好きなのは俺だと勘違いしてね。……柚月くんとあんたの決定的な違いはそこだ。誰よりも、自分の気持ちさえ殺して、ハルの気持ちを一番に考える。……彼はハルを支配したいとは思っていない」

 独占欲や嫉妬はあるかもしれないがね、と和臣は目だけで笑う。
「……もし、ハルが本気であんたのことを好きだったら、柚月くんはどんなに辛くても手を引く。必ず」
 確信を込めた和臣の声が続く。

「だからハルは柚月くんのものになったんだ」
 静かな和臣の言葉は長谷川に取って断罪にも等しい。瞠、と途切れ途切れに呼ぶ声が、顔を覆った手の隙間から何度もこぼれた。

「………」
 不意にハルは、─── 柚月の腕から抜け出した。
「ミハル?……」

 訝る柚月の目の前を、熱に浮かされたハルがふらふらと長谷川の方へ歩いていく。
 その気配に振り向いた和臣は、ハルが近づいてくるのを知り、身体を避けた。
 ハルは、長谷川の前で立ち止まった。うな垂れる長谷川の頭をじっと見下ろす。

「……はせがわさん」
 呂律の回っていない、小さな、子供のような声だった。その声が、たどたどしく言葉を繋げる。
 
「……オレ、……長谷川さんのこと、……お父さんが出来た、って、嬉しかった……長谷川さんがオレに触りたいって、思ってくれるみたいに、……好きになれなくて、ごめんなさい……逃げ出して……」
 ハルはゆっくりと頭を下げた。
 
「……ごめんなさい……」
 長谷川は顔を上げなかった。自分の言葉が聞こえているのかいないのか判らなかったが、ハルは長谷川に背中を向けた。ドアの近くに、心配そうな表情を浮かべた柚月がいる。

 ─── 柚月さんが、オレを、待ってくれてる。
 どうしようもない恋しさに駆られて心が柚月へ引き寄せられる。足が縺れた。
「ミハルっ……」
 柚月の腕が前に傾いだハルを抱きとめる。

 目が霞む。身体が重い。
 
 薄れていく意識の中でハルは和臣の声を聞いた。
「ああ、こいつ熱に弱いんだった。車まで頼むね、柚月くん。……あいつ、ちゃんと中で待ってるか……」
 柚月の体温に包まれてふわりと身体が浮く。その感覚にハルは深い安堵を覚え、意識を手放した。

 
 
 
 
  
 
 遅い、とじりじりしながら待っていたナオは和臣が玄関から出てきたのを見て、車を飛び出した。走って和臣の元へと急ぐ。
「ハルはっ?……」
 
「ちゃんと待ってたか。エライエライ」
「待ってろって臣さんが言ったんじゃんか!」
 開けたままの玄関のドアを身体で押さえた和臣は、噛み付くナオの頭を撫でた。
 
 
 
 ─── ほんの少し前、ナオはハルの義父だという男と対峙していた。クラウンの後部座席の窓から、外にいるその男を見上げる。ナオを無表情に見下ろした男は儀礼的な質問を投げた。
『─── 君は、誰だ?』

 その口振りから自分への興味の無さが見て取れる。背中にひやりとするものを感じながら、ナオは笑顔を見せた。
『……長谷川さんですね? 僕はハルの友人です。あなたの話を、ハルから聞いています』

『……瞠から、何を?』
『大したことじゃありません。……あなたに施設から引き取ってもらって、親切にしてもらったことや、だからとても感謝していること、……ハルがあなたを尊敬してるってこと』

『そうだろう』
 長谷川はナオの賛辞に満足そうに笑みを浮かべた。
『瞠は僕を尊敬して慕っている。僕のものなんだ』

 その言葉と陶酔した口調にナオは全身が泡立つような不快感を覚える。……苦手なタイプだ、と思いながらも車の窓枠に手をかけて、親しげに、より一層見上げてみせた。

 ふと我に返ったように、長谷川は訝しげな顔をした。
『……君は、なぜ、瞠の名を騙る?』
『僕は……ハルの尊敬するあなたに会ってみたくて』

『瞠だと名乗っても、何の意味もない。あの子は僕のところに帰って来ている。知らなかったのか?』
『え、……ハルは、帰ってるんですか? 知らなかった。会いたいな』
『……今、あの子は具合が悪いから ───』

 言いかけた長谷川の表情が固まる。少し離れて車のフロントに凭れていた和臣をゆっくりと振り向いた。
『……確かあの男もそう言って……』
 小さく呟き、突然、踵を返す。長谷川に背中を向けられたナオは慌てて窓から身を乗り出した。

『長谷川さん!』
 遠ざかっていく背中を悲鳴のような声で呼んだ。長谷川が家へ戻ろうとしているのは明らかだった。
『待ってください! まだ話が……』

 言いながらナオは車のドアを開ける。いきなり伸びてきた和臣の手に強く肩を掴まれ、シートに押し戻された。
『……お前は車の中にいろ』
『あの人を止めなきゃ、まだ早過ぎるよ!』

『いいからそこにいろ。もう充分だ。車に誰もいないよりはかなり時間が稼げた。あとは俺が行く』
『僕も一緒に行く!』
『駄目だ』

『なんで!? どうして僕だけ』 
 頑強に言い立てるナオの唇は、和臣の唇に強引に塞がれた。
 
『……柚月くんとハルの奴を迎えに行ってくる。外に出るなよ。待ってろ』
 ナオの目の前でドアが閉まる。
 いつになく、長く乱暴なキスにぼう然とするナオを車内に残して、和臣は長谷川の家に入っていった。
 
 
 
 
 それから数十分。
 家から出てきた和臣に駆け寄り、睨み上げたナオは、玄関の上がり框にハルを抱え上げた柚月が佇んでいることに気付く。

「ハル、……」
 そばに近付こうとして思い留まる。その代わりに玄関先にあったハルのスニーカーを拾い上げ、柚月の為に道を空けた。
 
 柚月を通した和臣の後について、ナオは小さく非難の声を上げる。
「一緒に行くって言ったのに! なんで僕だけ車の中なんだよっ」
「……」
 歩きながら和臣は難しい顔をして、柚月の腕の中で意識を失っているハルを見た。その視線に気付いてナオは口を噤む。

 造作の整った小さなハルの顔は血の気が失せていた。仰け反った喉元に口付けの痕が二つ覗き、─── その他の、長袖のTシャツやスウェットのパンツに覆われた身体がどうなっているか、想像に難くない。
「……ま、こいつがどんな状態だか知れなかったし、……もっとひどいってこともありえたわけだからな。どっちにしろ、お前に見られるのはこいつの本意じゃねえだろう」
「……」
 
 ナオは目を伏せて、唇を噛んだ。和臣の言っていることは正しい。自分は行くべきではなかった、と納得して、辿り着いたクラウンの後部座席のドアを開けた。
 ありがとう、と言う柚月の声は穏やかだった。和臣の手を借りて車に乗り込み、ハルの頭を膝に乗せる。

 車が出てしばらくするとハルは意識を取り戻した。
 
「……チェーン、切れちゃったんだ……直んないかな……? 柚月さんにもらったんだ、……長谷川さんに見つかって……引っ張られて、切れちゃった……取り上げられて……でも、オレ、取り返したんだよ、捜して……また、見つかったら、取り上げられるし、もっと、ひどいことされるって、判ってたけど、……柚月さんがオレにくれたから……。柚月さんを守らないと……長谷川さん、柚月さんに何するか判んないから……柚月さんのこと、柚月さんが、めちゃくちゃになっちゃう……ケーサツ、通報されて、オレのこと、へんなふうに言われて、オレが柚月さんのそばにいたくて、いたのに、柚月さんが……」
 
 柚月の膝の上で取り留めのないうわ言を小さな声で発し続ける。柚月はハルの頭をそっと撫ぜた。
「……大丈夫だ」
 優しい柚月の声がハルの耳に流れ込む。
「ずっとそばにいるから」

 窓の外はすっかり暗くなっていて、環状線をすれ違う車のヘッドライトが時折り車内を照らす。信号渋滞に巻き込まれながらも、景色は柚月とハルの暮らすアパートへ近づきつつあった。

 柚月の手の下でハルはなおも「柚月さん」と口にし続けていたが、次第に呼吸が間遠になる。安心したのか、寝入ってしまったハルを起こさぬように柚月はもう一度、ずっとそばにいる、と囁いた。

「ハル、柚月さんのことばっかり」
「プロポーズは二人きりの時にな」
 まるで大したことなど起こらなかったかのような、前列席の二人の冷やかしを受けて、柚月は微かに笑んだ。
 

       

      目次第十四話
 

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