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きみの手を引いて2:第十二話

 
 
 携帯電話を手にしたハルは、ゆっくりと顔を上げて背の高い柚月を見上げる。
  
 柚月の目に映ったハルは一日でひどく衰弱してしまっていた。見たことのない黒っぽい長袖のTシャツとスウェットのズボンを身に着けていて、顔色が悪く目に生気がない。自分を認識した様子もなかった。─── そんなハルのすぐ後ろ、ベッドヘッドから下がる手錠が照明にきらりと反射する。
 
 それは柚月の想像力を刺激するには充分だった。
 かッと頭に血が昇る。思わず柚月が一歩前に踏み出しても、ハルはなんの感情も持たないようにぼんやりとしていた。

「…………」
 ハルは ─── 夢の続きを見ているのだ、と思った。柚月がここにいるはずがない。
(だって、柚月さんがここに来たら、あのひとに何されるか、判んないから)

 柚月は、柚月だけは、ここに来てはいけない。
 
 熱と、いるはずのない柚月を目にしたショックに麻痺した頭でハルは精一杯考え、携帯電話に目を落とした。─── 柚月さんに返さなきゃ。
 開けたままの机の引き出しからチェーンの切れたドッグタグを掴み出し、携帯電話と一緒に柚月の胸に押し付けた。
 
「あの、これ、返すから」
「ミハル」
「チェーン切れちゃって、ごめん、わざとじゃないんだ、オレ、嬉しかった、これもらってすごく、嬉しくて、言えなかったけど、すごく嬉しかった、ケータイも返すから、解約して」

 抑揚の乏しい掠れた小さなハルの声は、精神の均衡を失っていることを知らせる。
「すぐ、帰って、長谷川さんに見つかんないうちに、見つかったら、機嫌悪くなって、柚月さんに何するか、判んない、オレ、柚月さんのこと、大好きだよ、お願い、帰っ……」 
 柚月は目の前のハルを思い切り抱きしめた。

「……ミハル」
「もう、帰れない、から……オレが、柚月さんからもらったもの、大事にしてるって知ったら、柚月さん、何されるか判んないから……全部、返すから、オレのこと、いなかったって、思っていいから……」

「ここにいる」
 俺が抱きしめてる、と柚月はハルに囁く。
「帰ろう。迎えに来たんだ。……二度目だな」

 茶化すような柚月の声を聞いてハルの目に涙が浮かぶ。─── 夢の続きじゃ、ない。
「ゆっ……柚月さ……っ」
 携帯電話とドッグタグを握ったままの手が柚月の背中に回されて、しがみつく。

「今度は簡単に騙されたりしないからな。抱え上げてでもお前を連れて帰る」
 優しく慈しむような柚月の声。その匂いと体温に包まれて、ハルの身体は弛緩していく。
「……柚月さん……、柚月さん、柚月さん、……」
 何度も柚月の名を呼んで、その存在を確かめた。
 
 
「─── 瞠」
 その低い声に ───。
 ハルは身体を強張らせ、柚月から離れた。二人が視線を向けた部屋の入り口には。

 長谷川が立っていた。

 いつもの底知れない穏やかな笑みを消し、無表情で、柚月とハルを見つめている。
「長谷川さん……っ」
 真っすぐ柚月に目を向けて部屋に入ってきた長谷川の前に、ハルは飛び出した。

「これは、違うんです、オレが呼んだんです、柚月さんに会いたいって、無理言って、……柚月さんは来たくなかったけど、オレが無理やり」
「どきなさい」
 ハルは頭を横に強く振った。
 
「今度は大人しくします、抵抗しない、絶対、だから柚月さんに何もしないで、お願い……!」
 さっきまでハルを抱きしめていた柚月の手の指先が、ぴくり、と動く。─── 『柚月さんに何もしないで』
 
(ミハルは、……俺に何かすると脅されて)
(「柚月くんが巻き込まれるのを怖がってるって場合もある」)
 自分に協力し、ハルに会わせてくれた成沢の言葉がちらりと胸をかすめる。

「そういうわけには行かない。不法侵入だ。警察へ連絡を」
「お願い、長谷川さん、オレが呼んだんだ、柚月さんは悪くない」
「………」

 必死に柚月を庇うハルを長谷川は眇めた目で見下ろした。
 すっと柚月へ向けた目を、再びハルへ戻す。

 長谷川はゆっくりと手を上げ、ハルの頬を撫ぜた。びくつき、俯こうとするその顎を捉える。
 反対側の手でハルの腕を取ると引き寄せた。
「や……っ」
 
 もがくハルの悲鳴のような声。柚月はハルの腕を掴み、長谷川から力ずくで引き離した。ハルを背中に庇う。
「……触るな……!」
 
「柚月さ……」
「二度とミハルに触るな!」
「やめて、柚月さん、ダメだよっ……」
「ミハルは連れて帰る、警察呼ぶなら呼べばいい!」
 
 激昂した柚月の声が家の中に反響する。
 長谷川は冷たく柚月を見据えて、言った。
「─── 君のところへ行きたい、と瞠が一言でも言ったのかい」
 
 激しく声を荒げた柚月とは対照的に静かな長谷川の声。それは穏やかにさえ、聞こえた。
「瞠の家はここだ。君のアパートじゃない。瞠が帰ってくる場所は僕の家に決まっている。僕は瞠の父で、瞠は僕の子供だ。君は赤の他人。もし君が瞠を無理に連れ出すのなら警察に通報する」
 
「……無理に、じゃない……!」
 押し殺した柚月の声が殺気を帯びる。
「ミハルに無理を強いたのはあんたの方だ!」

「─── 頭がいいと思っていたのは買い被りだったかな。そのまま何も見なかった振りをして帰れば、警察沙汰にはしない、と言ってるんだ。……チャンスをあげているんだよ」
「何言ってるんだ、あんた、……」

「瞠を置いて帰りなさい」
 長谷川の声に、俯いたハルの肩がびくんと震える。目の前の柚月の背中からほんの僅か、後ずさった。
「自分の将来と瞠とどちらが大切かははっきりしているだろう。瞠のせいで前科が付いて将来をふいにするか、それともここで何も見なかった振りをして帰るか」

「……やめて……」
 小さな ───。
 小さな、ハルの声が長谷川の言葉を遮る。携帯電話とチェーンの切れたドッグタグが華奢な手をすり抜けて足元に落ちた。ふらふらと長谷川に近寄ったハルはその傍らから柚月に視線を向ける。

「オレ、この家にいる……。柚月さんのとこには帰らない」
 言いながら長谷川の腕に自分の腕を絡めた。甘えるようにその肩に額を擦り付ける。
 ─── 柚月が、自分を見捨てるところを見たくなかった。

(……誰だって、自分のほうが大事に決まっている)
 柚月も、それは例外ではない。きっとこのまま、目を逸らして、黙って出て行く。
(……でも、来てくれて嬉しかったな……迎えに来た、って言ってくれて……)
 
(「ミハル」)
 自分の名を呼ぶ愛しい声が耳に残る。
 やっぱり、夢だった。

「ね、長谷川さん、早く可愛がって……?優しくしてくれなきゃ、ヤだよ……」
 長谷川の顔に満足げな笑みが浮かぶ。寄せられたハルの唇に、長谷川の唇が重なろうと ───。

 長谷川の背後から伸びてきた手がハルの頭を軽くはたいた。同時に飛びかかってきた柚月が長谷川の胸倉を掴んでハルから引き離す。
「─── バカかお前。言い慣れねーこと臆面もなく言ってんじゃねえ、じんましんが出る」

「な、……」
「俺にも柚月くんにもいっぺんだって言ったことねえくせに。シュウ並みに甘えられるようになってからにしろ」
 振り返ったハルの前には、いつもの皮肉気な笑みを浮かべる和臣がいた。その目が呆然とするハルの全身を眺め、次いで眉が顰められる。

「もっと上手く立ち回れよ。出来るだろう、……大人しく乱暴されろなんて教えてねえぞ」
「成沢さん、……」
 そんな和臣の冷静で伝法な口調はハルにたまらなく安堵をもたらす。張り詰めていた気が一瞬緩んだハルの背後で、どさり、という音がして振り返った。
 
 揉み合った挙句、柚月は長谷川をベッドに突き倒し、馬乗りになっていた。
 頭を庇う長谷川の腕を柚月は殴りつけた。その鈍い音にハルは身体を竦ませる。
「柚月さんっ……」
 どうしよう、とうろたえながらハルは和臣を見上げる。和臣は止めにも入らず、その様子を見ていた。

「殴らせてやれよ。人生棒に振ってもいい、とまで想った奴が目の前で他の男誘ったんだ。俺なら殺すね」
「柚月さんはアンタとは違うんだよっ……ひと殴ったりしない、優しくて、優秀な研究者になるって、将来をしょく……嘱望、されてて、周りの人に信頼されてて、……」

「そんなもんよりお前を取ったからここにいるんだろ」
「………」
「お前。─── 信じなかったな?」

 眇めた和臣の目が鋭くハルを射抜いた。
「柚月くんを信じなかったろう。自分を見捨てて帰るって?」
「……だって……」
 
 和臣のその視線に耐え切れずにハルは俯く。柚月の為でなく、自分の為にしたことだ、と ─── 自分の弱さを、狡さを言い当てられ、徐々にハルの瞳に涙が浮かぶ。

「……オレ……っ見たく、なかったから、……柚月さんが、悩んだり、……そんで、オレから目ェ逸らして、出てくとこ、見たくなかった、から、……」
「可哀想に、柚月くん。お前に信じてもらえなくて、死ぬほど怒ってる」
 
 長谷川を殴り続けている柚月のその表情は怒り ─── というよりも、悲しそうに歪んでいた。ハルはその表情を見て取り、振り上げられた柚月の右腕にしがみつく。
「やめて柚月さんっ……」
 
「柚月くんの方はお前がこの家に帰ったなんて微塵も思ってなかったぞ。わけがあるんだってずっと信じてた」
 言いながら和臣はベッドヘッドから下がる手錠を携帯電話で何度か撮影する。

「監禁の証拠、と。……柚月くん」
 やっと和臣は柚月の肩を掴んで、長谷川から引き剥がしにかかった。
「いい加減、気が済んだろう。帰るよ」

 はあはあと荒い息を吐いた柚月がようやく立ち上がる。ハルはその胸に抱きついた。
「ミハル、……」
「……っ」

 広い胸にその額を頬を擦り付ける。柚月の体温、柚月の匂いを身体中で感じて、─── ハルは懇願した。
「一緒に行く……!」
「……ミハル……」
「オレも一緒に行く、柚月さんの家に帰る、迷惑でも、帰りたい、なんでもするから、柚月さんと一緒にいたい……っ」

 荒々しかった柚月の雰囲気が静まっていく。泣きそうに顔を歪ませた柚月は強くハルを抱きしめた。 

 

      

     目次第十三話

 

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