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きみの手を引いて2:第十話

 
 遮光カーテンを閉め切った薄暗いホテルの室内に無機質な着信音が響き渡る。その音で目を覚ましたナオは、部屋の中央にある大きなベッドの上から携帯電話を置いてあるテーブルに手を伸ばした。
 
「……?」
 反射的にそうしたものの、自分の携帯の着信音でないことに気付き、その手がぱたりと糊の効いたシーツの上に落ちる。
 そのまま身体ごと、隣に寝そべる恋人の背中に柔らかくしがみついた。
 
「……臣さん、ケータイ……鳴ってるようー……」
 そばかすのある白い頬を、広く逞しい背中に擦り付ける。その感触にナオの心は温かく満たされ、ナイトシャツを身に着けた身体を未だ起きない恋人に添わせた。 
 
「……ね、起きてよ……ケータイ……」
 いきなりナオの視界が仰向けにひっくり返った。腕をベッドに押さえつけられながらその唇を乱暴に塞がれ、口の中を熱い舌でさんざんに蹂躙される。寝起きとは思えないような官能的な口づけにナオは息を上げた。

「─── よし起きた」
 満足げに、にやりと笑った恋人 ─── 和臣は、長いキスのせいで切れてしまった携帯電話を手に取る。顔を真っ赤にしたナオは恨みがましい目を和臣に向けて、濡れた唇を手の甲で拭った。

「……朝っぱらからエロいチュウすんのやめてよっ」
「そっちこそ朝っぱらから煽るのやめろ。犯されたいのか?」
 言いながら、和臣は携帯電話のフラップを開けて着信履歴を確かめる。─── 画面に出た「柚月 要」という表示を思わず凝視した。

「どしたの?」
 首を傾げたナオが和臣の腕に寄り添う。その華奢な肩に手を回した和臣は、さあなんだろうな、と面白がるように呟いた。
 
 
 ふたりがいるのは和臣の実家にほど近い、避暑地にあるホテルだった。この近辺では最も格式が高いホテルのインペリアルスイートにチェックインしたのは昨日のことで、和臣はそのやたらに広い部屋にナオを押し込むと「外に出るな」と言い含めた。和臣がそんな行動に出た背景には、前回実家を訪れる際やむなくナオから目を離したところ、ヘヴンでろくでもないくそガキとイチャついていた、ということがあったからだった。
 
 ナオにとってそれは単なる「可愛い弟」でなんの他意もなく、想っているのは和臣だけ、ということはその日の夜、さんざん泣かせて白状させた。それはそれで和臣の独占欲を満たしたが、「可愛い弟」の方が自分を「弟」だと思っているとは限らない。はっきり言えば和臣はその「可愛い弟」に、「今度ナオさんをひとりにしたらありがたくゴチになる」と宣言されていた。
 
 そんなケダモノのような「可愛い弟」のそばにナオをひとり残していくわけにも行かず。
 またもや実家に呼び付けられた和臣は「ヘヴンで待ってる」と言うナオを説き伏せて車に乗せ、このホテルに直行した。チェックインの際までなんとなくつまらなそうにしていたナオだったが、その部屋の豪奢な広さと大きな窓から水平線と緑の山々両方が眺望出来るのが気に入ったのか、笑顔で実家に向かう和臣を送り出した。

 午後七時には戻ってきた和臣とルームサービスの食事を取り、そのホテルで一夜を過ごして、──── そして次の日の朝、十時半。
 和臣の携帯電話に柚月から着信があったのは、そんな状況だった。
 
 
 かけ直そうか迷っていると、またもや着信音が鳴り出す。
「柚月って、ハルのカレシの?……」
 液晶画面に表れた名前を見て、ナオは不思議そうに首を傾げる。ああ、と短く答えた和臣は通話ボタンを押して電話に出た。
 
「……はい。柚月く」
『成沢さんお忙しいところすいません、ミハルの家の住所知りませんか』
 余裕なく切羽詰まった柚月の声に虚を突かれる。ハルに何か良くないことが起きた、と勘付いた和臣は言葉を失い、黙り込んだ。

 
 
 

「……なるほどね」 
 大体のあらましを聞いた和臣は、すでに服に着替えたナオから淹れたてのコーヒーの入ったカップを受け取って頷いた。
「その、男のところに行ったわけだ。ハルの奴は」
 
『……帰ったわけじゃない。誤解しないで欲しいんです。迷惑になるから、とかそんな理由で帰ったんじゃない、何か違う理由であの男の家に行ったんです。……ミハルは、俺と一緒に暮らすのを望んでいた』
「惚気てくれるね」
 
『事実です』
 苦笑しながら茶化した和臣は、きっぱりとした柚月の口調に気圧される。全くまあ、あいつに好かれてるって確信があるだけでこんなに強気になれるなんて羨ましい限りだね、と和臣は心の中で呟きつつ、柚月の最初の質問に答えた。

「ハルの家、……長谷川の住所なら知っている」
『本当ですか』
 思いがけない、という声音の後、柚月の脱力したように絶句した気配が伝わってくる。和臣はコーヒーを飲みながら続けた。
 
「あいつを拾ったときに保険証取り上げて、住所も生年月日も手帳に写した。勝手にやったもんだからサイテーって罵られたけどな。もう時効だろう?」
『……ミハルに訊いて下さい』
「あれ、妬いてる?」
 
 ますます柚月くんに嫌われそうだな、と考えながら和臣は嘆息した。ハルを引き取ってもらって感謝している和臣の気持ちは、少しも柚月に伝わっていないようだった。
『……そんなことより住所を教えて下さい、今すぐ』
「去年の手帳だから今すぐは無理だ。ちょっと、……遠出していてね」

 遠出、と柚月の途方に暮れたような声が送話口から漏れてくる。タイミングが悪いな、と和臣が考えていると、諦めずに気を取り直した柚月の声が聞こえた。
 
『マンションの前で待っていてもいいですか』
「いいけど、三時過ぎになると思う」
『……判りました。じゃ三時過ぎに伺います』
 
 すぐには住所が判らないと知り、落胆する柚月の声を最後に通話を終えた。
「……」
 コーヒーを飲み干して、和臣は思い切り舌打ちをする。─── あのガキは一体いつまでひとに心配させれば気が済むんだ?

「……せっかく柚月くんのところに嫁がせてやったってのに」
「臣さん」
 電話が終わるまで邪魔にならないよう、別室にいたナオがそばに近寄って来て、不安な目を向けた。
 
「……ハル、どうしたの?……」
 友人の身を案じるその小さな声に切なさを覚えた和臣は、ナオの身体を引き寄せる。ベッドに座ったまま抱きしめ、言い聞かせるように、心配するな、と囁いた。

 

 

  
 緩く傾斜する坂道を上がった柚月は和臣が所有するマンションを見上げた。ここに来るのは二度目だった。
「……」
 
 環に「ハルくんの家の住所、知っていそうなひとは?」と訊かれて真っ先に思いついたのがヘヴンズブルーのオーナーだった。ハルと深く関わり、一緒に暮らしたこともある彼なら知っていてもおかしくはない、と瞬間的に考え、─── それはほんの少し、ちりっと焦げるような胸の痛みを伴う。

 逡巡は一瞬のことだった。頭を振って余計な思いを追い出し、和臣に電話をした。
 間の悪いことに、出先だと告げられたのでマンションの前で待つことにした。

 何人かのマンションの住人が出入りし、柚月を怪訝そうに見る。長谷川の家に乗り込む前に警察のお世話になりそうだな、と自棄気味に考えていた時、車寄せに入ってきたアウディからTシャツにカーゴパンツの一人の少年が降りて駆け寄ってきた。
「柚月さん、……」

 ナオだった。心配そうに柚月を見上げて、その目が伏せられる。
 成沢が事情を話したのだろう、と察した柚月は、無理やりに笑顔を作った。
「デートの邪魔をしてすまない。……ミハルを迎えに行きたいんだ」

 その悲壮な表情を目にしたナオは、こく、と頷き、最上階の和臣の部屋へ柚月を案内した。
 
 地下駐車場に車を止めた和臣は、部屋に来るとすぐに書斎として使っているベッドルームの隣室に入り、手帳を捜し始めた。
 リビングに通された柚月は所在無さげにうろうろと歩き回っていたが、直にソファーにくず折れるように座り込んで、顔を両手で覆う。
 
 ハルを思う心労で疲れ果てていた。環の店で仮眠を取らせてもらったものの、全く眠った気がしない。
(……ミハル。もうすぐ迎えにいく)
 その思いだけにすがって、ここにいる。
 
 うな垂れる柚月の目の前のガラステーブルに、アイスコーヒーが差し出された。目線を上げるとナオが傍らで痛ましそうに柚月を見つめている。
 何も言わない。─── 自分もハルのことを心配しているのに、慰めも責めもしないナオが柚月にはありがたかった。
 
(……成沢さんや、他の……レイ、だったか……夢中なわけが、なんとなく判る)
 柚月がそう感心したように思った時、ナオの白い小さな顔がベッドルームの方に振り返った。和臣が出てきたのだ。
 真っすぐ柚月の前に来た和臣はその場で手帳の一ページを破り取る。アイスコーヒーの隣にそれを置くと、スーツのジャケットを脱いでソファーの背に掛けた。
 
「─── すぐに行くつもり?」
 向かいのソファーに腰を下ろしながら和臣が言うのに、柚月は大きく頷く。そっと破り取られた手帳の一片を手にした。

「お手数かけてすいませんでした。失礼します」
「まあ待ちなよ」
 立ち上がった柚月を和臣は制した。座って、と強い口調に、柚月はしぶしぶ従う。
 
「─── このまま行っても門前払いを食らうだけだ」
 冷静に切り出した和臣の言葉に、薄々判っていた事実を突きつけられる。
「判ってるだろう。……ハルの義理の父親が、ハルと君を会わせるわけがない」
 
「…………」
 柚月は唇を噛みしめた。─── 長谷川がなんらかの手段を使ってハルを自分の所に帰さないこの現状は、自分が長谷川の家に行ってもハルとは話どころか、会えもしないということを示していた。

 思わず紙片を握り潰してしまい、その手を開く。細い走り書きの文字がハルの居場所を、その存在を明確に伝え、─── それでも手の届かないもどかしさに柚月はうな垂れた。
 ─── どうしたら、ミハルに会える。
 
 和臣の手が煙草を一本抜き取り、火を点けた。咥えた煙草の先から煙が白く流れ、沈黙の間を持たせる。
 唐突に、柚月の携帯電話の着信音が鳴った。
 
 静かな部屋にそれは大きく響き、柚月はジーンズの後ろポケットから携帯電話を引っ張り出す。ハルかもしれない、という期待から確かめもせずフラップを開いた。
『あ、要ちゃん? あたし、あや』

 明るい幼馴染みの声に、がくり、と力が抜ける。返事も出来ずにため息が口をついた。
 しかし。
『ハル、どうかしたの?』
 続いたあやの言葉に柚月の心臓は跳ね上がった。

「どう、どうしたって、なんでお前が、ミハルのこと」
『? なんでって、ケータイかかってきたのよ、さっき。なんか、要ちゃんに伝えて欲しいって』
 混乱してうまく頭が回らない。ミハルが、あやに電話をして、俺に伝えて欲しいって?

『ええとねー、ドッグタグ、……誕プレのドッグタグ、嬉しかった、ありがとう、って。云えなかったから、伝えて欲しいって』
 誕生日プレゼントの、ドッグタグ。一度も欲しいとねだったことはなかったハルだが、柚月はその目がいつもそれを見ていることに気付いて、プレゼントすることにした。
 
(嬉しかった、って? そんなこと、)
(たとえ大げさに嬉しがってもらえなくたって、ただ、あいつにプレゼントするだけで、俺は満足だった)
 だから、受け取ってくれただけでよかったのに。
 
 放心状態の柚月の耳にあやの声が流れ込む。
『ねえ、あの子、どこか行ってるの? それともケンカ中? あたし経由するなんておかしいじゃない』
「……何か、言ってたか。他に何か、あいつ、」
『確か、帰れないって言ってたわよ。それに具合悪そうだった』

 帰れない。帰らない、じゃなくて、帰れない。その言葉に柚月は、長谷川に対して殺意さえ覚えた。
 ミハルは間違いなく長谷川に監禁されている。

『……要ちゃん。ねえ、まさか、ほんとに何かあったの? くだらないケンカなんでしょ?……』
 不意に、明るかった幼馴染みの声が不安に翳る。何かおかしい、と勘付いたその声は柚月にとって最も聞かれたくないことを、訊いた。
『……ハル、どこにいるの……?』

「ミハルは、……」
 必ず連れ戻す、と柚月は歯の間から声を押し出すようにして言い、電話を切った。
 
 もう、一刻の猶予もない。ハルが長谷川の元にいるのは我慢がならない。
(俺でなく、あやに電話をして、俺へ伝えるように言った)
 そのことは、ハルが自分と直接話せないということを示していて。

(乱暴され……)
 出来るだけ考えないようにしていたことが頭に浮かび、目の前が真っ赤になるような怒りがこみ上げてくる。
 柚月は、ふらりと立ち上がった。

「…………」
「柚月くん。待てって」
 軽く頭を下げて背中を向ける柚月に和臣は声をかけた。それも聞こえないのか、柚月は全く無視してリビングを突っ切ろうとする。慌てて立ち上がった和臣は柚月の腕を掴んだ。
 
 柚月はその手を振り払った。
「……もう我慢出来ない……!」
「柚月く……」

「いったいあいつが何をしたっていうんだ! あいつは何も悪くない、何も悪いことはしていない、なのになんでこんな目に遭わなきゃならないんだ!」
「ちょっと、……落ち着けよ」
「あの男が会わせないと言っても無理やりにでもミハルを連れ戻します、警察を呼ばれたって構わない……!」

「判った、判ったから、……」
 柚月を宥めながら、和臣は、はーっと嘆息して言った。
「手を貸すよ。……俺も全く関わりがないわけじゃないし、はっきり言って寝覚めが悪い。それに俺が一枚噛んでれば、よもやの警察沙汰だって揉み消せるかもしれねえし」

 ま、事と次第に寄るけどな、と肩を竦めた和臣は、もう一度柚月にソファーに座るように促した。

 

 

       

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