« | トップページ | 第十五話更新 »

きみの手を引いて2:第十五話

 
 
 腕の中で眠ってしまったハルのこめかみに、柚月はそっと唇を落とした。起こさぬようにゆっくりと身体を離す。今は下がっているものの、発熱していた細い身体をタオルケットでくるんだ。
 
 負担をかけてしまっただろうか、と柚月は気が咎めていた。─── 触れることを厭っていないとハルに判って欲しくて、した行為だった。最後の方は余りにもハルの姿態があえかで、自分の欲望を抑えるのに必死になった。

 どれほどハルが欲しくても、傷ついた身体に押し入るような真似は出来ない。
(……俺は、あの男と同じにはならない。なりたくない。……絶対に)
 辛い目に合わせるくらいなら、自分のものに出来なくていい。ただ、触れて気持ちよくさせたい。そう考えた柚月はハルの身体に泣かせるほどの快楽を施しながら、自分の欲情に蓋をした。
 
 独占欲や嫉妬がないかと言えば嘘になる。身体中に付けられた無残な痕を目にした時、思わずかッとなった。
 明らかに所有の証だった。長谷川はハルを支配し、独占したしるしとしてあの痕を付けたのだ。誰にも渡さない、という明確な意思を持って。
 
 こんなに頭に血が昇るものか、と自分に呆れながらも止められず、ハルを乱暴に組み敷いてしまった。怖かったのだろう、声も出せない程怯えて、涙を次々にこぼして。─── すぐに頭が冷えた。
(俺はミハルに辛い思いをさせない。─── あの男とは違う)

 それを証明したかった。ハルを所有したさにひどい痕を付けた奴と自分は違うのだ、と。
 そしてハルに快楽だけを与え ───。
(「そいつと僕のどこが違うんだ」)
 長谷川の言葉は柚月の心に暗い影を落とした。
 
(……成沢さんは全然違うと言ってくれたけど)
 今まで自分がハルに対してしていたことは、長谷川となんら変わらないのではないか ───?

 ハルの好意を逆手に取り、身体を貪ることしか考えていない、と ─── 辛い思いをさせてでも自分の欲望を満たしたいのだ、と、もし ─── もし、ハルにそう思われていたら。

 柚月は頭を横に振ると、すっかり寝入っているハルのそばを離れ、リビングに向かった。
 
 時刻は夜の十一時だった。まだ寝てはいないだろう、と成沢に電話をした。
「こんな遅くにすいません。今日はありがとうございました」
『……ハルの奴は、どう?』

「ええ、……熱は引きました。時間が経てば、元気になると思います」
『……そうだな、大抵のことは時が過ぎればどうにかなる。きみが付いててくれれば尚更だ。俺は全く心配してないよ』
 
「……買い被りです」
『またまた。……買い被り、とは逆だけどね、俺はハルの奴を見損なってた、と思ったよ』
「見損なう……?」

『長谷川に謝ったろう、あいつ。……俺ァてっきり、殴るか、罵倒するかだと思ったんだが、されたことがされたことだからね、別に止めねえ、って……そしたら、好きになれなくてごめんなさい、ときた。長谷川にとっちゃ、殴られるより、大嫌いだって言われるより、キツかったんじゃねえか』

 熱のせいで涅槃が近かったのかも知れんが菩薩みたいにひでえヤツだって見直したよ、という声に皮肉っぽく笑う成沢の顔が思い浮かんだ。
「……成沢さん」
『ん? どうした』

「……あの時、俺と、……あの男とは違うって言いましたよね……?」
『言ったよ。全然違うからね』
「俺は、……どこが違うのか、判らない……」

 思わず心情を吐露していた。ハルに対するみっともない、浅ましい思いを成沢に知られるのは不本意だったが言わずにはいられなかった。
「ミハルを……独占したいと思うし、……あなたと二度と会って欲しくない、と思うくらい、嫉妬深い、……これから先、俺は、ミハルを苦しめてしまうかもしれない……」

『きみはハルを苦しめたりはしないよ。……出来ない、かな』
「なぜ、……どうして、言い切れるんですか」

『人間の質が違うからさ。……ハルを苦しめるくらいなら、手を離す。どんなに離したくなくても、だ。それは無論、嫉妬も独占欲もあるだろう。けれど、あいつに他に本気で好きな奴が出来たら ─── まあ、ありえないけどね、仮にだよあくまで ─── きみは、心臓を切り裂かれるような痛みを抱えてでも、ハルの為に、手を離す。幸せになって欲しいと願って』
 
「……俺はそんな高尚な人間じゃ」
『一度、やってるじゃないか。俺の目の前で』
 確かに ───。
 ハルが幸せになるのなら、自分の気持ちなどどうなっても構わない、とあの時思った。
 
「でも、……俺は、」
『……長谷川に近いのはむしろ俺の方なんだ』
「え?」

『あんまり自分に似てて驚いたよ。支配したい、所有したい、全てを自分のものに、なんて、俺とそっくりだってね。同類嫌悪でムダに圧力かけた。ぞっとしないね、アレが俺のなれの果てか、ってね、……長谷川と俺は同じ種類の人間だけど、きみは違うよ。魂からして、違うんだ』

「成沢さんだって違う」
 柚月は強い口調で否定した。
「あなたは優しい、……情がある。ミハルを助けてくれた。あの男と話をつけて、ミハルを自由にしてくれた。……俺には出来ないことをあなたは易々とやってのけたんだ。……格好良くて、……悔しかった」

 最後を押し出すように告白した柚月に、成沢はやんわりと諭すように言う。
『力の使い方を知ってるってだけだよ。……俺みたいに力があって、それの使い方を、使いどころを知っていて躊躇しない奴ってのは、ある意味、長谷川より性質が悪いんだ。相手を好き放題追い詰めることが出来る、……俺は柚月くんが羨ましいよ』

「どこがですか。好きになった奴ひとり、助けられない俺のどこが、……助けられないどころか、ミハルは俺を信じてさえいなかったんだ」
 柚月は思わず声を荒げた。─── ハルが、柚月は自分よりも保身を取る、と思い、長谷川にしなだれかかったあの光景は柚月の脳裏に焼きついて離れない。呼吸も忘れるほど頭に血が昇り、あの男を殺してやる、と本気で思った。

「あなたならそんなことはないはずだ。自分を信じさせることは容易い、それくらい力がある。……ナオ君がミハルのような立場に置かれたら、間違いなく、彼はあなたを信じて頼るでしょう。決して長谷川に従ったりしない」
 
『……その仮定は無意味だ、……なんて言わないけどね。信じてもらえてるかどうか、俺だって怪しいもんだ。……力があるってのはいいことばかりじゃない。信じてるのは俺じゃなくて、俺の力かも知れないんだよ』

「同じことです。信じてもらえるなら」
『同じじゃない。全然別物だよ。めくらましの力なんて持ってるより、信じて欲しいってきみの気持ちの方が、ずっと信じてもらえる。……信じてもらえた時、力のせいじゃないかって、……怖がってるんじゃないかって、疑わなくて済む』

「……成沢さん」
 静かな声の内に、成沢なりの想いが滲む。
 察しながらも、唇を噛み、言いよどんだ柚月は少しの沈黙の後、言葉を押し出した。

「それでも俺は、ミハルを守って、信じさせるだけの力が欲しい。……あなたが、死ぬほど羨ましい」
『ままならねえな。そういうもんかも知れないけどな。……まあ、力の方は俺が貸してやるよ。きみがどうも出来ないことがあったら、言っておいで。今度はもうちょっと早くにな、……長谷川には監視を付けた。自殺でもされちゃ敵わないからな。一週間以内に適当な人間向かわせて手続きを済ませるよ』

「……成沢さん、……あなたはやっぱり優しい。あの男まで気にかけるんですか」
『やめてくれよ。ただ寝覚めが悪くなるのが嫌なだけだ。それこそ買い被りだよ。……それに長谷川はきみのアパートの近くまで来たことがあるんだろう。必要以上に脅しをかけて置いたから、まず心配ないと思うが、万が一ってこともあるからな。一応の用心だよ』
  
 ぶっきらぼうな口調に成沢の含羞が見え隠れする。ナオに向けた成沢のしかめ面を思い出して、柚月は笑みを浮かべた。
「……成沢さんより俺がいいなんて、ミハルはどうかしている」
『遠回しな惚気だね。……そのどうかしてるミハルちゃんを、きみの養子にするってのはどう』

 柚月は驚いて言葉を失った。考えたこともなかった。
『長谷川と切れれば、あいつは身寄りのない十七歳のガキだ。天涯孤独で、きみの気持ちだけが頼りでそれにすがって、きみに嫌われやしないかっていつも不安で、……あいつはきみを信じて頼りたがってるよ。けどそれ以上にきみに嫌われるのが怖いんだ』

 紙切れ一枚、でもきみと同じ苗字になったらあいつも安心するだろう、と成沢は続けた。
『ハルを柚月 瞠にするのはいやか?』
「……無理です。嫌なわけじゃない、……でも、それじゃ、あの男と一緒になってしまう……」
 
『一緒じゃないよ。何度も言ってるだろう、きみと長谷川は全然違うって。ひとつも似たところなんかない』
 たとえ、成沢がなんと言ってくれても、と柚月は思う。─── ミハルに、嫌なことを思い出させるわけにはいかない。
「……養子になれ、なんて、ミハルには言えません。……あの男と同じだ、とミハルは、きっと」
 
『きみと長谷川が全くの別ものだと、一番良く判ってるのはあいつだと思うけどね』
 肩を竦める成沢の仕草が目に浮かぶ。
 書類がいくからハルの奴にそれにサインさせて送り返して、という成沢の言葉を上の空で聞いて、通話を終えた。
 
(……ミハルを、……柚月、に)
(……無理だ……そんなこと、言えるわけがない。義理の父親にあんなひどい目に合わされたあいつに、そんなこと)
(あの男と同じになりたくない。……ミハルに、同じだと思われたくない)

 静かな、ひとりだけのリビングを見渡し、ハルのいる寝室のドアに目を留める。携帯電話をダイニングテーブルに置いた柚月は、額に手をやってかぶりを振った。

 

        

      目次第十六話

 

   *投票していただけると励みになります。

     ←ネット小説ランキングの人気投票です。

   にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
   にほんブログ村  ←クリックすると投票になります。

    ←クリックすると投票になります。

« | トップページ | 第十五話更新 »

コメント

つい最近このサイトを見つけて拝見させていただきました。
とても面白くてついつい夜遅くまで読んでしまったりして・・・
続き、とても気になります><
更新がんばってくださいヽ(´▽`)/
楽しみに待ってます^^

八月>コメントありがとうございます♪o(_ _)oペコッ
夜遅くまで読んで頂いてるとのこと、大変嬉しいですが、どうぞ寝不足にならないようにして下さいね~(;ω;)
続き…続き、…が、頑張りまーす(@Д@;
ちょっと遅れるかもしれません。いや、ほんとに頑張りたい…(;´д`)トホホ…
  

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: きみの手を引いて2:第十五話:

« | トップページ | 第十五話更新 »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト

リンクⅡ

  • 拍手お礼画像等を使わせて頂いています


  • アルファポリス


     
  • 雪ひろとさんと鷹槻れんさんのサイトです。


ブログバナー

  • Bromance

    リンクフリーです。報告は任意でお願いします。
無料ブログはココログ