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きみの手を引いて2:第十六話

 
 
 次の日の朝、柚月は環に連絡を入れた。 ─── ハルの体調が悪いと知ってずいぶんと心配した環は、店の開店時間を遅らせて見舞いに訪れた。しかし玄関から内へは上がろうとせず、柚月に焙煎したコーヒー豆を渡して、良くなったらまたバイトに来てくれるようにハルくんに伝えて欲しい、と穏やかに言う。

「ハルくんもだけど、お前も大丈夫か?」
 長谷川との揉め事を心配した環の言葉に、柚月は軽く笑って見せた。
「大丈夫、……間に入ってくれるひとがいるんだ」
 柚月から成沢の話を聞いた環は、そうか、頼りになる人がいるならいい、と安心したように言って、帰っていった。
 
 午後になり、やはり心配していたあやからは直接ハルの携帯電話に着信があった。再び発熱して眠っていたハルを起こしたくなかったのと、携帯電話の小窓に「あやさん」と表示されたのを目にして柚月が出た。

「昨日も言おうと思ったんだが、なんでミハルがお前のケータイ番号知ってるんだ。頻繁に連絡取り合ってるのか?」
『あら、ヤキモチー? 時々デートしてるだけよ』
 
「………」
『冗談よ。なによ、その深刻な間。そんな嫉妬深いとハルにマジ引かれるわよ。昨日かかってきたのが初めてだから安心しなさい』
「そうか、……」
 
『……要ちゃん、本っ当に、ストーカーにならないように気を付けた方がいいと思うわ……』
 心底ほっとしている柚月にあやは呆れたように忠告した。
 
 ハルがアパートに戻っていること、少し具合が悪いことをあやに伝えると、「そう。でも要ちゃんがそばにいるなら心配ないわね」と成沢のようなことを言ってさばさばと電話を切った。
 
 柚月には、みんなが優しいように思えた。
 環もあやも成沢もナオも、─── みんなが、心配しながらもハルと自分をそっとしておいてくれる。
(……なんて、優しいんだろう)
 
 自分の周りにこんなにも優しい世界が拡がり、繋がっているなんて想像もしていなかった。長谷川という支配欲で歪んだ人間が現れたことで、それが視えるようになったのは皮肉なことだったが ───。
(長谷川のような人間でさえも気にかける、成沢さんみたいなひともいる)

 三日後、その成沢から書類が送られてきた。養子離縁届と共に、もう一通、証人の欄に成沢の署名がある養子縁組届が同封されていた。
 柚月は慌ててそれを隠し、困り果て、成沢に電話を入れた。
  
「成沢さん、……俺は」
『ついでに送っただけだよ。今すぐって話じゃない』
 
「……もしこれを見たら、ミハルはきっと辛い思いをする。俺もあの男と一緒だって」
『それなら捨てればいい。あいつの目に触れないうちに』
 成沢との電話を終えて、柚月は深いため息をついた。

 成沢は情が深い。本人はそう言われるのを良しとしないだろうが、好ましくない長谷川のような人間でさえ気に掛け、身近なハルに対してはより一層親身になる。
 
 成沢の言うように、養子縁組届を出してハルときちんとした関係になりたい、と思わないこともない。ハルの身の上を慮る成沢に言われて初めて意識したことだったが、─── しかし、それでも、時期が早過ぎる。
 
(……俺が、そんなことを考えていると知ったら、ミハルはどう思うだろう)
 ハルはこの三日間、寝たり起きたりを繰り返していた。その時々は熱を出し、身体的な具合の悪さもさることながら、精神的なダメージも相当なものだと知れた。
 眠っている時にうなされることもあったので、柚月はその度にハルを抱きしめて宥めた。
 
(「柚月さん、柚月さん、柚月さん……っ」)
 飛び起きて、切なく自分の名を呼び、抱きついてくる細い身体に「大丈夫だ。そばにいるから」と囁き、抱き返す。そんな柚月の腕の中でハルは安心したように、寝息を立て始める。
 
 ハルを連れ戻したあの夜以来、性的な意味では触れていなかった。ハルの身体に負担をかけるわけにはいかなかったし、何より、─── ハルに、あの男と同じだ、と思われたくなかった。
(……絶対に、あの男と同じにはならない。ミハルを養子にはしない)
 
 考えながらコーヒーを淹れていると、寝室から目を擦りながらハルが出てきた。
「いい匂い、……」
「ああ、環さんから差し入れ。トラジャブレンド、……カフェオレにするか?」

 本調子でない身体を気遣う柚月の言葉に、ハルは頭を横に振った。
「せっかくいいヤツもらったのに、もったいないじゃん。……でも、砂糖だけ入れようかな」
 言いながら、キッチンに立つ柚月の手元を覗き込んで嬉しそうにふわふわと笑う。
 
 ふいにその顔を翳らせて柚月を見上げた。
「柚月さん、今日、ガッコ行った?……」
「………」
「行っていいって言ったろ、休んじゃダメだよ。高校行ってないオレが言うの、ヘンだけどさー、……行かなきゃダメだよ。オレ、もう大丈夫だし」
  
「明日は行くよ、」
「絶対だよ? オレが熱出しても行くんだかんね」
「……お前が熱出したら休む」
 
「ダメだよ! ゼッタイ、休まないで」
 きつく言うハルに、判った判った、と柚月は苦笑いした。
  
 この部屋にハルを連れてきた当時、彼の喫煙や飲酒を咎めたのが遠い昔のことのように思える。いや、元からハルは、素行はともかく学校には行きたがっていて、そこを長谷川に漬け込まれたのだ、と思い直した。
 
(……養子なんて後回しだ。ミハルのいいように、してやらないと)
 ドリッパーの中のきめ細やかな泡立ちを覗き込みながら柔らかく笑うハルを眺めて、柚月は愛おしさに目を細める。
 長谷川との養子離縁のことを静かに切り出すと、ハルは頷いてサインに同意した。───

 

 
 
 


 日々は穏やかに過ぎた。
 五日目には発熱することもなくなったハルは、起き出し、少しずつ家事を手伝い始めた。本当ならすぐにでもバイトを始めたかったが、身体が弱っていることもあってしばらく様子を見ることにした。
 
「…………」
 夜、風呂上りに洗面所で自分の上半身を映したハルはため息を吐いた。この数日ですっかり痩せてしまった身体は青白く頼りない。もうすぐ夏だというのに、その強烈な日差しが乗り越えられるとは思えない、情けない身体を検分する。
 
 長谷川につけられた唇と歯の痕はだいぶ薄くなってきていた。治りかけて黄色くなっている部分は多少目立ちはしたものの、当初の赤黒い、無残な傷痕としか呼べない痣よりはずっと目に優しい。
 手酷く傷つけられた場所の痛みも引き、治りつつあった。
 
 アパートに戻ってきたあの夜を最後に柚月と触れ合っていなかった。自分が熱を出して弱っていたせいだし、また柚月に長谷川がつけた痕を見られると思うと、とてもそんな気にはなれなかった。
 それに、性的に触れ合うことがなくても柚月は優しく、夢に混乱した自分を抱きしめてくれる。
 
 その度に柚月の腕の中で安心しながら、ハルは次第に、柚月にもっと触れたいと思うようになっていた。
 
(柚月さんにつけられたしるしなら、ダレに見られてもいいし、一生消えなくてもいいのにな)
 そんな甘ったるいことを考えてしまい、鏡の中の赤面した自分に向かって、バカみたいだ、と胸の内で呟く。この季節には少し暑い、長袖のTシャツに手を通してリビングに向かった。
 
 
 ─── 先にベッドに入っていた柚月に続いてハルはその隣に横になった。
 柚月の体温や気配を身近に感じて、どうしようもなく意識してしてしまう。─── 手を伸ばせば、すぐに柚月に触れることが出来る。
 
 仰向けで目を閉じている柚月の横顔をじっと見つめた。線の細い顔立ちだったのが、急に逞しく、引き締まってきたようにハルには思える。長い睫毛や高い鼻梁はそのまま、唇は薄くて、……。
 その唇に何度も慰められ、宥められたことを思い出して、ハルはうろたえた。

 余りにも鮮明な記憶は、自分がどんな声で、どんな姿態で乱れたのかまで思い出させて、居たたまれなくさせる。
 落ち着きなく、何度も寝返りを繰り返した。

「……眠れないのか」
 タオルケットを被ってもぞもぞとしているハルに気づいて、柚月が声をかけてきた。
「あ、……あ、うん、……起こして、ごめん」

 暗闇の中、身体を起こした柚月の目が間近でハルを覗き込む。伸びてきた柚月の腕がハルの身体を包み込んだ。
 びく、とハルは身体を強張らせた。艶めいた記憶を反芻していたせいで、触れられることに緊張して身構えてしまう。

 わずか数センチの距離で柚月と目が合った。
「───」
 キスを、されると思った。……今、目を閉じた方がいいのか、いや、なんか誘ってるみたいだし、どうしよう、と動揺している内に、柚月が目を逸らした。

「……駄目だな」
 呟いて柚月はゆるゆるとハルを取り巻いていた腕を外した。
「……柚月さん……?」

「ちょっと、……頭冷やしてくる。すぐ戻ってくるから、……怖いことないんだぞ」
 優しい柚月の声。大きな手がそっとハルの頭を撫でて、離れていく。
 ベッドを下りた柚月の背中が、リビングに消えた。

「…………」
 もやもやとした気持ちの中、ハルは取り残された。
(……どうして)
 
 どうして、柚月は、何もしなかったのだろう。
(な、……なんかされたかった、ってワケじゃないけど)
 生来のひねくれた、素直になれない自分が顔を覗かせ、なけなしのプライドを守ろうとする。─── それでも。

(……駄目だな、って、……)
 柚月の言葉に冷や水をかけられたような心許なさを覚えた。
(どういうことだろう。アタマ冷やすって……さわ……触れない、ってこと?……)

 触りたくない、って ───。
(違う。そんなはずない、柚月さんは、オレの身体を気遣って)
(……もう、五日も経つのに?)

 五日前のあの夜だって、オレばっかりで、柚月さんは何もしなかった ……。
「………」
(……まだ、少し、痕が目立つせいだ。こ……こんな痕、見たくないから、だから)

(……痕が消えれば、きっと)
(きっと、柚月さんは)

 この部屋に帰って来てから今まで、一度も柚月が自分を求めないことにハルは不安を感じ始めていた。

  

 

       

     目次第十七話

 

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