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きみの手を引いて2:第十七話

  
 ハルの勤める「カフェ・ヴィンテージ」のクラシカルなドアを引き開けて入ってきたのは、あやだった。夏らしい、明るい色のふわふわとしたブラウスにクロップドジーンズのその姿は、落ち着いた店内を一瞬で華やかにする。

 昼時の客が引けた後、カウンターの中で片付けをしていたハルは、目線を上げ、あやに気付くと笑みを浮かべた。トレイに水とおしぼりを載せて、窓際の席に座ったあやの元へ向かう。

「いらっしゃいませ」
 おしぼりを差し出す礼儀正しい、ウェイター然としたハルの態度に、あやはふふっと笑った。
「具合、良くなったのね」
 
「はい。もうすっかり」
「これでも結構心配してたのよ。信じてくれないかもしれないけど」
「知ってます。あやさんが、心配してくれたって」
 
「……それ? 例の誕生日プレゼント」
 ハルの首元からネックレスのチェーンが見えた。仕事中は服の下に隠しているそれをあやは目敏く見つけ、ハルを手振りで屈ませる。
 自分からチェーンを手繰って、ハルはドッグタグを見せた。
 
「要ちゃんにしては趣味いいじゃない」
「……オレが欲しがってたの、柚月さん、知ってて。それでプレゼントしてくれたんです」
 
 ハルが柚月の元に戻ってから十日が経っていた。
 柚月がすぐに修理に出したドッグタグのボールチェーンは、元通りの姿になって帰ってきていた。それを身に付けたハルに、柚月は「やっぱりよく似合ってる」とプレゼントした時と同じように、満面の笑みを浮かべた。 

 照れくさく、やはり面と向かっては素直に「嬉しい」と言えないハルだったが、せめて精一杯の想いを込めて柚月を見上げる。しかし、柚月は気後れしたように目を逸らし、─── それがハルの心にますます不安な陰を拡げていた。
 その陰を払拭するようにハルは、はにかんだ笑みを見せた。

「あらまあ、今日からバイト復帰するって聞いたから陣中見舞いに来たのに、いきなり惚気られるとは思わなかったわ。帰ろうかな」
「今日はオレがおごります。電話で、迷惑かけたお詫びに」
「そう? じゃ、おすすめのケーキセット。アイスコーヒーでね」

「かしこまりました」
 時代がかった恭しさで頭を下げるハルにあやはくすくすと笑った。

 

「ケーキセットワン、アイスコーヒーでお願いします」
「はい、……あの子、ハルくんの誕生日にマグカッププレゼントした子だよね」
 カウンターに戻り、オーダーを告げたハルに環はひそひそと話しかける。

「確か、要の分と二人分。共通の友達?」
「……友達、っていうか、ちょっと、フクザツな関係なんです」
 困ったように笑うハルに環は、目を丸くした。

「複雑、ね。……ハルくん、そろそろ上がっていいよ。送ってあげるといい」
「でも、まだ、時間……」
「病み上がりなんだし。それに、あの子、わざわざハルくんの様子見に来てくれたんだろう」

 レアチーズケーキをケーキ皿にサーブしながら、ハルはそっとあやに目を向けた。─── 以前、あやに、柚月のアパートを出て行きがしにされたハルだったが、好きな人に対するひたむきな心がゆえだと判っていたので、その時も彼女を嫌いにはなれなかった。
 
 情熱的な気性と普段のさっぱりとしたところを併せ持つ魅力的な性格の持ち主であることを知った今となっては、申し訳ないような、それでいて好ましい気持ちさえしていた。─── それは、長谷川に監禁された時、「柚月の手を離さなければならないのなら、あやに渡したい」と考えてしまうほどだった。
 
「……ありがとうございます。じゃ、送ってきます」
「うん。あ、フタマタはやめた方がいいよ。要が嫉妬に狂って何するか判らないからね」
 
 トレイにケーキセットを載せてカウンターを出たハルに、環は冗談めかした忠告する。軽く笑ったハルは、その時は匿って下さい、と言ってあやの元へ向かった。

 

 
 

 
 
 従業員用の出入り口から表に出たハルは、街路樹の青葉に目を細めた。梅雨が明けて、すっかり夏の日差しが降り注いでいる。
 木漏れ日の中をウェッジソールのサンダルで歩いていく巻き髪の後ろ姿に声をかけた。
 
「……あやさん、送ります」
「ハル?……いいって言ったじゃない。まだバイト中でしょ」
「今日はもう上がっていいって、環さんが」
「気、遣ってもらって悪かったわね」
 
 あやに追いついたハルは、その隣に並んで歩き出した。少しだけハルの方が背が高く、あやは眩しそうにその小さな顔を見上げる。
「170、超えた?」
「さあ、……測ってないから判んないですけど」

「成長期ね。要ちゃんとちょうどチュウしやすい高さなんじゃない」
 あやの冷やかしにハルは少し頬を赤らめた。俯いて、思わず呟く。
「……全然、そんなこと、しないから……」

「え?」
 ぼそぼそとしたハルの言葉を聞き咎めて、あやは怪訝そうな顔をした。
「またー。そのドッグタグだってもらって、ラブラブなんでしょ。あたしに気遣う必要ないわよ」

「…………」
 ハルはゆっくりと歩くスピードを落とし、立ち止まる。二、三歩先を行ったあやは振り返って、ハルの顔を覗き込んだ。
「ハル?」

「……柚月さん、オレに触るの、……イヤになったみたい」
 寂しそうに微笑むハルの表情に胸を突かれて、あやは黙り込んだ。

 
 
 
「……それで、なんでそう思うわけ」
 ハルをいつかの公園へ誘ったあやは、近くの自販機で買った缶ジュースを手渡しながら問い質した。沈んだ様子のハルを目にして放って置けなくなった。バイト先で明るく振舞っていたのは、無理をしていたのか、とも思う。
 
 缶ジュースを受け取ったハルは軽く頭を下げた。
「……ありがとうございます。あやさんは、何か」
「あたしはさっきアイスコーヒー飲んだからいいわ。……言いたくないことなら言わなくたっていいけど、そんな寂しそうな顔されると気になるのよね」
 
 木陰のベンチに座った二人の前を子供の一団がはしゃぎながら駆けていく。それを過ぎて静寂が訪れると鳥のさえずりや、花壇の向こう側の道路から車の通る音がのどかに聞こえた。
「……あやさんに電話した時、オレ、柚月さんのところに帰れなかったんです」
「うん」

 ハルの話は唐突だった。小さな、頼りない声をかき消さないように、あやは次の言葉を待つ。
「……もう、柚月さんと一緒には、いられない、と思った」
 
 ハルはあやに全てを話した。施設にいたこと、養子に貰われたこと、長谷川に乱暴され家出をしたこと、長谷川との養子関係を解消したくて家に行ったこと、監禁されて脅され、再び暴力を受けたこと、……。

「環さんは、あ、ヴィンテージのマスターだけど、多分、知ってます。だから、店休ませてくれて……でも知らない振りしてくれて。……なんにも訊かないで、前と変わらなくオレと話してくれて。環さん、優しいから……。柚月さんと上手くいってないこと知られたら、また心配かけるし」

 あやさんに話せてなんかすっきりしたな、とハルはにこっと笑いかけた。
 言葉を失っていたあやは、ハルの笑顔で少し気を取り戻した。何かあったのだろう、と薄々判っていたもののハルの話の内容の凄惨さにかける言葉もなかった。

 それでも、最後のハルの言葉尻を捉えて、聞き返す。
「上手くいってないって、……どうして。要ちゃん、迎えに行ったんでしょう」
「んー、……」
 困ったように、ハルは笑みを浮かべた。

「……やっぱ、ほら、……他の男に触らせたから、イヤなんじゃないかな。前から、柚月さん、好きでもない奴に触らせるな、って言ってたし。……夜とか、オレがそばに行こうとすると、さ……避けるし。一緒に暮らしてると、逃げ場ないから、……柚月さん、なんか、辛いみたい。オレは、……オレは、柚月さんと一緒にいられるだけで、いいけど、……柚月さんは、きっと、オレと一緒にいるの、イヤなんだと思う、……」
 
「……ハル」
「し、仕方ないんだけど。……柚月さんが迎えに来てくれたとき、オレ、ぼろぼろだったし、……あんなの見たら、ダレでもどん引きだって、笑えるくらい、……だから、柚月さんがオレに触りたくなくなっても、当たり前だって、……毎晩、考えて、納得するんだけど、そ……その内、酔ったはずみとかで、触ってくれるかなって、……相手がオレじゃないって、間違えたら、触ってくれるかなあって……」

 両手で持っていたジュースの缶が滲んでぼやける。
 いつの間にか涙が浮かんでいた目を、ハルは手の甲でごしごしと拭った。
「……ごめんなさい。オレ、ウソ言った、……一緒にいるだけじゃなくて、柚月さんに、触って欲しい、……あやさんに話すことじゃないって判ってるんですけど、……話されても、困ると思うんですけど、……」
 
 精神的に弱っていたところへ、柚月とのことを訊かれて気が緩んだ。誰かに聞いて欲しかった。 
 以前、柚月とあやが二人きりで会っているのを目にして、デートしているのかもしれない、と不安と焦りに駆られた。そんな自分を彼女にあっさり見透かされてひどく居心地の悪い思いをしたが、それはもうすでに弱い自分をあやに見られている、ということに他ならない。

 加えて、あやの想い人である柚月を奪った罪悪感で、ハルは彼女に対して嫌でも素直にならざるを得なかった。
 
「す、……すいません、ごめんなさい……」
 ショルダーバッグからポケットティッシュを取り出したあやは、それでそっとハルの目頭を押さえる。

 二人の前を通り過ぎた子連れの母親が「あんまり見ちゃだめよ」と子供に諭すのを聞いて、あやはため息をついた。
「あたしが泣かせたと思われたわ、絶対」
「……すいません……」

「要ちゃんのせいなのに。立場ないわ、……今すぐ、要ちゃん叱ってあげようか?」
「いえ!……いえ、いいんです……柚月さんには、言わないで下さい……」

 柚月さんが、悪いんじゃないから、とうな垂れるハルに、あやは目を細める。
「……要ちゃんのこと、好きなのね」
 ハルは瞼を赤くしながら、こく、と頷いた。
 
「……大好き、……」
「困ったもんね。恋人にそんな顔させるなんて、どーしようもない朴念仁、……いっそ自分から誘ったら?」
 
 驚いたハルは涙に濡れた目を上げてあやをまじまじと見た。
「さ……誘っ……」
「要ちゃん、かなり喜ぶと思うわよ」

 あっけらかんと言うあやに、ハルは頭を横に勢い良く振った。
「絶対、ヘンに思われる、……嫌がられる……」
「そんなことないって」

 断言しながらあやはポケットティッシュをショルダーバッグにしまった。涙を止めたハルの顔を覗きこんで、にっこりと笑う。
「あのね、要ちゃん、あなたとあたしが良く会ってるんじゃないかってヤキモチ焼いたのよ。あなたのこと、取られるんじゃないかって気が気じゃないみたい、……こうやって会ってるなんて知られたら、あたし殺されるかも」

「まさか、……オレに触ろうともしないのに」
「ほんとだって。……嫌いで触らないわけじゃないと思う。要ちゃんなりになんか考えてるのよ、きっと」
「…………」

 要ちゃんのこと、信じてやってよ、と言うあやと公園の外で別れて、ハルは沈んだ気持ちで帰途に着いた。
 
 歩きながらハルは、柚月のことを考えた。柚月は、自分に触れなくなってから、以前よりもずっと優しい。少しでも元気がないような素振りをハルが見せると、気持ちを引き立てようと一生懸命話しかけてくる。
 
 普段はさほど口数の多くない柚月のそんな気遣いは、返って二人の間をぎこちなくさせる。そのぎくしゃくとした空気を思うと、あやがなんと言って自分を慰めてくれても心が晴れることはなかった。
 
 

 
      

     目次第十八話
 

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