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ヘヴンズブルー2:第1話

  
 軽くため息を吐いた成沢 和臣は、目頭に指を当て、揉み解した。
 経営する店舗のひとつ、ヘヴンズブルーの事務室。和臣の目の前のパソコンの液晶画面に映し出されている売り上げデータは決して芳しくはなかった。

 その前に所有する他の不動産物件からの収入データも検分したが、この不況にしてはよくやっているという程度で大きな儲けが出ているわけではない。

 しかし、実際のところ、それらのせいでため息を吐いたわけではなかった。
 
 三日ほど前にほんのちょっとした事件が起きた。知り合いの少年が監禁され、その救出に手を貸すことになったのだ。少年の恋人は、少年が自分のところへ帰って来ないはずがないと言い張り、譲らなかった。結果としてその主張は正しく、少年は養父に監禁されていて、和臣は少年の恋人と共にそこへ乗り込んだ。

『そいつと僕のどこが違うんだ』
 その時、養父に言われたその言葉は、少年の恋人にはひどく堪えたらしい。電話で話した時は自己嫌悪で落ち込んでいた。─── 「あの男と自分は同じだ」と。

 和臣はそれをその場で言下に否定した。
 
(柚月くんとあの男が同じなら、この世には支配欲の塊みたいな人間しかいないだろうよ)
 柚月 ─── 少年の恋人 ─── の性質を何から何まで全て知っている、とは言わない。
しかし、それでも柚月は恋人を傷つけたりはしないと断言出来る。彼は、恋人である少年を苦しめるくらいなら、自分が傷ついたほうが百万倍マシだと思っているような人間なのだ。

(監禁して脅して、無理やり自分の意のままにしようとする奴とは、人間の格ってものが違う)
 相手の為ならば自分が血を流すことも厭わない、といったような柚月の性質を、和臣はまばゆく思っていた。
(……羨望、ってやつかね)

 正直、以前の和臣ならば、柚月のような人間の話などキレイごとだと一笑に付し、都市伝説か、と意地悪く思ったに違いない。実際、初めは信じていなかった。 しかし、柚月は、和臣のところに転がり込んできていた少年 ─── ハルを二度も迎えに来、ハルが和臣に想いを寄せていると知ると ─── 本当のところ、それは大きな誤解だったが ─── ハルを、和臣に預けようとした。

 その頃にはどうしようもなくハルに惹かれていると、絶対に手を離したくないと思っていたにも関わらず、だ。
(……あの時の、悲愴な顔)
 ハルをこの店へ送り届け、遠く離れた出入り口の近くで、カウンターにいる自分とハルをじっと見つめていた柚月の顔が思い浮かぶ。

(まるでこの世の終わりみたいな顔をしていた)
 心臓が焼き切れるような、そんな想いをしても、ハルが幸せになる方を選ぶ。

(……まったく、柚月くんには敵う気がしない)

 自分とは違うと和臣は思う。自分は ───。

(……あの男と一緒だ)
 和臣の思いはそこへ帰っていく。─── 何度も、何度も浮かんでくるその思い。

 周囲の人間の前では何事もないように振舞っている和臣だったが、ハルの養父の支配欲、傲慢さ、思い通りにならなければ気が済まない気質、その醜さ ─── それを目の当たりにして「もしかしたら自分もこうなのか」と打ちのめされたような気持ちになったのは、柚月だけではない。

 むしろ柚月ではなく、和臣こそ怒りを伴うほど痛感したのだ。─── 「こいつと俺は同じ種類の人間だ」と。
 同類嫌悪で思わずその養父に対して必要以上に威圧的になったが、頭に昇った血が下がり切ると、反動のように気持ちが沈み始めた。
 
 冷静に考えても、ハルを監禁した養父と自分は同じタイプの人間だ。違うのはただ一点だけ。
 手に入れたいと願った人間 ─── 現在の恋人であるナオが、幸運にも自分を好いてくれたということだけだった。
 体面を失っても手に入れたいと望んだ、彼の柔らかな笑顔が和臣の脳裏を過ぎる。
 
 それをかき消すように、あの男の声が耳に蘇った。
『……どうして……瞠は僕のものだ。何もかも思い通りにしていいはずだ……』
『そいつと僕の、どこが違うんだ……そいつだって瞠を所有していると思っているから、ここに来たんだろう……!』

 養父の ─── 長谷川の気持ちが判り過ぎるほど判ってしまって、思わず苦笑した。─── ナオの気持ちが移って他の男の元に身を寄せたとしたら、自分も同じように彼を取り戻そうと「所有権」を主張するだろう。

(あれは、ナオの気持ちを失い、それを必死に取り戻そうとする俺そのものだ)
 そんなふうに自己嫌悪に駆られること自体、和臣には耐え難いものだった。自分が悪い、などとくよくよ思い悩むのはみっともない自己陶酔に過ぎない。自分を否定してその先へ進むのを拒むような思考回路を和臣は持ち合わせていなかった。

 そんな和臣でさえも、長谷川の存在は精神的に堪えていた。─── ナオに執着すればするほど、長谷川に近づく、と判ってしまった。
(……ナオは)
 気付いているのだろうか。自分に向けられているこの独占欲が、養父がハルに向けたものととてもよく似ているということに。

(例え、今気付いていなくても)
 聡いナオのことだ。いずれ気付いて、それとなく自分から離れて行こうとするかもしれない。
 耐えられない、と和臣は真っ先に思った。

(そんなことは耐えられない。ナオの気持ちを失う)
 どうしたらいい? どうしたら、ナオの気持ちを繋ぎとめて置ける?
 和臣は再びため息を吐いて、頭を横に振った。─── そんなふうに思い詰めて考えれば考えるほど、ナオの気持ちが離れていくと判っていた。

 デスクの上に置いてあった煙草の箱を手に取る。際限なく深くなってしまいそうな思考を逸らそうと、一本抜き取り、火を点けた。
 しばらく漂う煙を眺めているとドアがノックされた。

「失礼します」
 入ってきたのはヘヴンのフロアマネージャーの牧田だった。手の上にアイスコーヒーの載ったトレイがある。
 そのグラスをデスクに置き、吸い殻のある灰皿を新しい灰皿と取り換える。

 良く出来た秘書のような一連の動作を見るともなしに見ていると、牧田は動きを止めて和臣に目を向けた。
「……どうかしましたか」
「ああ、……うん」

「あんまり売り上げが悪くてショックなんですか。まさか夜逃げしたいなんて言い出さないで下さいね。姿をくらます前に御大に頭の一つでも下げて援助してもらって下さい」
「……安心しろ、そこまでひどくない」

 冷静な口調で、父親に援助してもらえ、と和臣のプライドなどどうでもいいことをきびきびと発言する牧田に、呆れながら苦笑いが漏れる。
 
「そろそろ店長になったらどうだ? いつでも昇格させてやるぞ」
「またその話ですか。雇われ店長も悪くないですが、オーナーのその怖い表情を見ていると思い切れません」
 
「……この顔は、店の経営状態のせいじゃない」
 唇の端を上げて、自嘲気味な笑みを牧田に向ける。
「そんなに怖い顔か?」
 
「そうですね、怖いというよりも、……」
 言葉を濁した牧田の様子に、彼が最初に発した質問を思い出す。どうかしましたか、と訊いたのは、何も店の経営状態を懸念するばかりではなかったのだろう。
 
 従業員にまで心配されるとはな、と和臣は眼鏡をかけた牧田のすっきりと整った顔を見上げる。
「俺の様子は、そんなにおかしいか」
 
「お気付きじゃないんですか?─── このところずっとぼんやりしてらっしゃる」
「……」
 牧田が言うならそうなのだろう。和臣は煙を吐き出した。

 黙り込んでしまった和臣をそのままに、牧田は軽く頭を下げて事務室を出ていく。牧田の姿がドアの向こうに消えてからも、和臣はその言葉を考えていた。
(ずっと、ぼんやり、か……)

 原因は判っている。ナオに向かう自分の執着心 ─── ナオとの関係、と言ってもいいかもしれない。
(……少し、気持ちを離したほうがいいのかもしれないな)
(少しは、ナオにも自由をやって……そうすれば、きっと)

 新しい灰皿に煙草を押し付けて消す。データを保存してパソコンをシャットダウンした。
 アイスコーヒーの氷がカランと音を立てる。グラスの外側の水滴がコースターに吸い込まれていくのを、和臣はただじっと見ていた。

 

      

      目次第2話
  

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コメント

うわぁ~
聞いていたとおり、早速始まったのですね(≧∇≦)

めっちゃ嬉しいです。

臣さんの思考が相変らす、グルグルしているのが気になります。

あの事件を引きずっていて・・という始まりだったんですね。
あ~楽しみだな~

八月>コメントありがとうございます。(*^-^)
以前もメール下さって嬉しかったです。また何かありましたら、よろしくお願いします。o(_ _)oペコッ

そうなんです、「きみの2」から引きずってます。落ち込んでますね、ヤツが。そんな落ち込んでる彼の出番、この先二、三話に渡ってあんまりないかも(^-^; …本当にヘヴン書こうとしてんのかって、ねえ…?(;´д`)トホホ…

しかし最後はハピエンです。( ̄ー ̄)ニヤリ 頑張ります♪
 
 

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