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ヘヴンズブルー2:第4話

 
 斜め掛けにしたドラムバッグをナオは肩に掛け直した。身体の脇のその荷物は実際の中身以上に重く感じる。

 夏の夜の匂いと虫の声がやけに懐かしい。昼間は嫌になるほど暑く湿った空気が、夜になるとこうして落ち着き、涼しい風になるのがナオは好きだった。

「……」
 夜の外の匂いを忘れ、今それを懐かしく思っているのは、─── 冬から夏に季節が変わるまで和臣のマンションにいたせいだ、と気付く。その記憶、和臣のそばにいられた思い出は瞬時に温かくナオの心を満たしたが、頭を振って隅に押しやった。

 ふっと息を吐いて、どこかひと休み出来るところはないか、と辺りを見回す。道路の反対側に小さな公園があることを思い出し、そこに向かった。
 動物を模した遊具や周りを柵に囲われたブランコの間を抜けて、背もたれのない木製のベンチに近付く。
 
 風雨に黒ずんだベンチにバッグを下ろして腰かける。傍らの砂場を覆うブルーシートが目を引いた。
 すっかり暗くなった中、人けのない公園の外灯が明るくナオを照らす。

 携帯電話が鳴った。ナオはパーカーベストのポケットから着信音を鳴らすそれを取り出し、通話ボタンを押した。着信拒否設定をしてあるので電話の相手が和臣である可能性はない。─── 尤も、和臣が自分に電話すると考えるのは、思い上がりに過ぎないのかもしれないが。
 
「はい。……レイ?」
『今、大丈夫ですか?』

 かけてきたのはレイだった。受話口の向こうで、明日会えますか、と訊いてくる。
「うん。大丈夫」
『よかった。待ち合わせってどこがいいですか? また、迎えにいきましょうか』

「あ、えーと、……臣さんとこはまずいかな。どこか、レイが決めていいよ。そこ行くから」
『?……なんか、変じゃないですか?』
 臣さんとこなんて、まるでマンションにいないみたいですよ、とレイは茶化すような口調で言う。ナオは少し笑みを浮かべた。

「……うん。ちょっと外出てるから」
『え、外? 今ですか?……オーナーとデート中?』
「ううん。一緒じゃない」

『……どこにいるんですか。そこ、どこですか?』
 レイの声が心配そうに曇る。ナオは問われるままに場所を答えた。

 レイはすぐに現れた。足早に公園に走りこんで来てきょろきょろと見回している。
「……ナオさん?」
 ナオを見つけてまっすぐに駆け寄ってきた。

「今、何時だと思って……こんなとこにひとりでいるなんて」
 食ってくれって言ってるようなもんですよっ、と息を切らしながら顔を強張らせている。ああ、レイにはよく叱られるなあ、と思いながらナオはその綺麗に整った顔を眺めた。

「だいじょぶ、ここ、あんまりそういうとこじゃないから」
「もう! そういうとこじゃなくたって夜の公園でぼんやりしないで下さいよ!」
 えへへ、とナオは照れたように笑う。

「ったくもう、……オーナーはどうしたんです。その荷物は?」
 ベンチの上のドラムバッグを横目に見ながらレイは問いただす。決まりの悪い思いでナオはバッグを足元に下ろして、レイの座る場所を作った。
 
「ええと、……オーナーは、どうしたっけ……? この荷物は、ねえ……」
「はあ?」
 ごにょごにょと要領を得ないナオの言葉に、隣に座ったレイは眉間にしわを寄せた。

「なにごまかしてるんですか。白状して下さい」
「……はい……」
 ナオはしおしおと項垂れて、レイに黒川と会ったことを打ち明けた。……

 

 

 

「……まさか受け取らなかったですよね、その封筒」
 ほとんど口を挟まずに聞いていたレイは、「お金の入った封筒渡されて」とナオが話したところで低く訊いた。

「受け取ったよ」
 あっさりと言うナオにレイは動顛した。
「どうして。ありえない、なんで突き返さないんですか!」

「なんでって……わざわざ持って来てくれたわけだし。もったいないし、受け取らなかったら黒川さん困ると思うし」
「そんな奴どうだっていいでしょう!? 判りましたって金もらってマンション出てきちゃったんですか!?」

「んん、まあ、そうなんだけどー」
「そうなんだけどー、って……一体いくら、いくら入ってたんですか」
「あっ、見るー?」

 呂律もよく回らなくなっているレイの目の前で、ナオはドラムバッグの中をがさがさと探る。膨らんだ大きめの封筒を取り出した。
「はい」

 無造作にレイに手渡そうとする。レイはその封筒をナオへ押し戻した。
「いや、いいです。見ないです」
「そう? 五百万くらいかなー」
 覗いたら、五コ、束になってたから、と朗らかに封筒をバッグへ戻すナオにレイは嘆息した。

 がくりと力が抜けたように肩を落とすレイを残して、ナオは身軽に立ち上がる。公園の入り口の自販機でペットボトルの炭酸飲料を買って戻ってきた。

 冷たいそれを一本、レイに手渡す。
「レイの家の近くでなくてゴメンね。……缶コーヒーの方がよかった?」
 『缶コーヒーをおごって欲しい、自分の家のそばで』とレイが以前言ったことをナオは覚えていたらしい。
 レイは苦笑いを浮かべた。
 
「ああ、……あれは口実です。ナオさんがうちに来てくれたら、と思って」
「ふーん?」

 よく意味が判らずにナオはあいまいに笑って、自分のペットボトルの蓋をひねる。
 ふたりともがしばらく黙って飲んだ後、目を伏せたレイは押し出すように低く言った。
「……金なんて欲しくなかったくせに」

 詰るような口調のレイに、ナオは明るい声を出した。
「そんなことないよ。封筒、すんごい分厚いでしょー。くらくらして思わず受け取っ……」
「そういうことじゃなくて」

 遮ったレイの声は明らかに硬かった。それに気付いたナオは口を噤む。
「……そういうんじゃなくて。……金に目がくらんだ、みたいな嘘やめて下さい。なんでもないみたいなフリもしないで下さい。……なんで、そんな……」

 目のふちを赤く染めて、レイは絞り出すような声を出した。
「……あのひとのこと、本気で好きなくせに……!」
 ぐっとペットボトルを握りしめ、それをじっと見つめている。そんなレイにナオは穏やかな表情で首を傾げた。

「……さあ、どうかなー。最初から、オーナーが僕のこと本気で相手にしてくれるわけないって判ってたし。……僕も本気になんてしてないよー」

「本気じゃないって……」
「……オーナーね、お見合いするんだって。黒川さんが教えてくれたんだー。……僕はもういらないって」

 ほんの一瞬だけ ───。
 淋しそうな色がナオの目と声に宿る。はっと胸を突かれたレイは言葉を失った。
 それはすぐに通り過ぎ、ナオは満面の笑みを浮かべた。

「オーナーが結婚するの、楽しみだね? どんなひとかな、奥さん。オーナーの趣味ってちょっと変わってるからなー、あ、僕とエンコーするくらいだから、ちょっとじゃなくてすごい変わってるか。いいひとだといいねー」

「……て下さい」
 低いレイの声が聞き取れなくて、ナオは首を傾げた。

「やめて下さい。……なんで、そんな、……俺は、ずっとそばで見てた。ちゃんと、あんたが、……ナオさんが、あのひとのこと、……あのひとだって」
 言いかけてレイは唇を噛んだ。赤くなった瞼を手の平で覆って乱暴に擦る。

「……ああもう! 信じらんないひとだな、本当に!」
「怒ってるの?」
「怒ってませんよ! ただとんでもない嘘つきだと思ってるだけで!」

「エー、嘘つきじゃないよー」
 ナオは拗ねたように唇を尖らせる。それを少しの間眺めていたレイは、ぽつん、と言った。
「……こういう時、俺には本当のこと、言ってくれると思ってたのに」

「本当のことだって」
 ナオの指先が、中身が半分ほどになったペットボトルの側面を軽く押した。その音が夜の公園に響き、二人の耳を打つ。
「……オーナーはちょっとエンコー相手に引っかけられて、一緒に暮らしたりしちゃったけど、それだけ。そのエンコー相手も遊びで、お互い大して好きじゃなかった。これが本当になるんだよ」

「……そんなの本当じゃない」
 あいまいにナオは笑みを浮かべる。聞き分けのない子供に接するように、ゆっくりと言った。
 
「……オーナーのおうちはさー、ちゃんと結婚しなきゃいけないおうちなんだよ。お父さんとかお母さんとかに早く結婚しろって言われてるんだよ、きっと。……ちょうど僕にも飽きてきて、いい機会だって」

「飽きてきてって……ナオさん、……その黒川って奴のこと、オーナーも承知の上だって思ってるんですか」
「……」
 ナオは答えずにペットボトルを弄ぶ。

 穏やかに笑みを浮かべるナオをレイはただ黙って見つめる。─── なぜ笑っていられるのか、とレイは思う。金はその場で突き返すべきだし、オーナーには黒川のことを訊いて真意を質すべきだ。言いなりにマンションを出る必要はない。
 
 しかし、そうしないのがナオなのだ、ということもまた判っていた。自分の不利益よりも、誰も困らせたくない、迷惑をかけたくない、と考えるナオだからこそ、レイを惹きつけた。
 そして同時に、黒川のことをオーナーに訊けないナオの弱さにも、愛しさともどかしさを覚える。

 ナオから目を逸らして、レイは俯いた。
「……俺はそうは思いませんけど」
「オーナーのこと庇うんだ? やっぱり好きなの?」
「誰が!? 誰を!?」

 いきり立つレイにナオは明るく笑う。あの男を擁護したのはナオの為だ。なにもかも全て、甘やかな記憶さえなかったことにしようとするナオを、レイは見過ごすことが出来ない。
 ひとしきり笑ったナオは夜空を見上げた。

「あーあ。……どっか、しばらく泊まれるとこ探さなきゃねー。前のアパート解約しなきゃよかったな」
「……ほんとに、マジで、帰らないつもりなんですか」
「帰らないよ。手切れ金ももらったし」
 
「……じゃあ、俺んちに来てください」
「いいの?」
「いいですよ」

 レイは立ち上がり、ナオのドラムバッグのストラップを持ち上げた。
「行きましょうか。……ジュースのお礼に、うちで夜明けのコーヒーごちそうしますよ、毎日」

「やったー」
 レイの冗談にナオは無邪気に喜んだ顔を見せる。通りすがりざま、公園の入り口のゴミ箱に潰した空のペットボトルを投げ入れたレイは、ナオを見守るような自分の視線に気付いて目を逸らした。

 

 

      

      目次第5話
  

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